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黒鋼の天使は、虚空を征く。  作者: ドライ@厨房CQ
第1章 コバルトブルー
9/19

8話 それぞれの選択

お待たせしました! 第8話です。戦いを終えて各人はそれぞれの思いを抱えてこれからの事を見せていきかす。今回もちょっと長めですがお付き合いおねがいします!

 滑走路だった場所にイーサンが降り立ち、エイジスを展開したままのアズライトも着地する。砲撃によってクレーターだらけでハンガーもほとんどが崩壊してしまい、被害の少なかった部隊が救助を続けていた。先程まで上空で戦っていたエイジス達も援軍で来たストライダー部隊に防空を任せて、小回りとパワーを生かして瓦礫を除きながら救助隊をサポートしていく。

 駆け足でイーサンが向かったいつものハンガーも見る影も無く崩壊しており、その前には見知った顔がうずくまっているのが見えた。整備士のエヴァンとローレンが横たわるおやっさんを鉄骨と布で作った担架に載せているところだった。


「二人とも無事で良かった! おやっさんは大丈夫なのか!?」

「イーサンも無事で、俺達は離れていたからな。おやっさんも頭打ってるみたいだから今から医務室に運ぶんだ」

「ただ一緒にいたリクとソラが見当たらないんだ。巽と桜花に頼まれているんだが……」

「あの二人なら無事さ、ついさっきばっちり声も聞いたからな。……おやっさんのことは任せるから、オレは救助手伝ってくるー!」


 ハンガーにいた面々の無事がわかりおやっさんも大事無い事だったので、一安心したイーサンは救助活動が行われている方へ駆け出していった。担架を持ち上げたエヴァンは彼と一緒に行動していたアズライトに声をかける。


「アイツに付き合ってくれたありがとう。今しばらく任せられないかな」

「はい、それに他の人達も助けたいという点なら私もイーサンと同じですから」


 慎重に担架は運ばれていき、エイジスはそのパワーとスピードを生かして右に左に飛び交っていく。まだまだ人手が足りないのか放置されているハンガーの残骸も多い。そんな一つのハンガーの前でイーサンは足を止めた。

 瓦礫に身体を挟まれた青年を助け出そうとたった一人で鉄骨の塊を持ち上げている壮年の男性がおり、いくら体格が良くて筋肉質な身体をしていようが単独で持ち上げるのは無謀でイーサンも直ぐ様駆けつけて手助けする。


「おっさん、手伝うぜ!」

「ああ、すまない……! 大丈夫、もう少しだ」

「二人とも無茶です……俺のことは構わず」


 挟まれている青年の身体は瓦礫と地面の間に出来た僅かなスペースに入っているようで、すぐに潰れる危険は低いが積み重なった瓦礫がいつ崩れてくるかわからない状況だ。

 肩で鉄骨を持ち上げる壮年男性により隙間が確実に上がってきており、肉体強化でも使っているのかと驚きながらもイーサンは負けじと肉体強化を行って力を込める。得意ではないのだが二人の力が合わさって隙間はより大きくなっていった。


「あと少しだ、がんばれ!」

「わりいが泣き言は潰れちまった時に言ってくれねえかッ!」


 ついに這い出ることが出来るほどの隙間が出来て青年は匍匐前進で抜け出すと転がるように離れていく。それを確認した二人は同時に鉄骨から身体を離して飛び退くように後方へ下がり、支えを失った瓦礫は盛大に音を立てて崩れていった。

 もうもうと砂煙が舞い上がる中、助け出された青年は空を仰いでそれまで踏ん張っていた男性はどっしりと腰を落としながらも青年の容態を確認している。大の字に転がっているイーサンは呼ぶ声が聞こえた。アズライトだ。


「イーサン! こっちに人手がいるから手伝って!」

「わかった! それじゃあオレはいきませんで、二人はしばらく休んでてくださいな」

「いや、私もいこう。人手は多いほうがいいだろう」

「俺もいきます! 身体の方はおかげさまで無事ですから、手伝わせてください!」


 日が落ちて闇夜が広がり星々が煌々と輝く下で強烈な光を放つ投光器がいくつも置かれて続々と人や機材が集まってくる。その中にイーサン達も混じり救助活動は夜を徹して行われた。






「リク達、無事だろうか……」

「まったく、ここまで人に心配かけるなんて」


 オレンジ色に染まる道すがらで巽と桜花は未だ連絡のつかぬリクとソラの安否を気にかけていた。いつも通りに悪態をつく桜花も連絡が来ないものかとチラチラPDAに目を配っている。

 休憩がてら軽食を購買部へ買いに行ったのだが、大きな振動があったのと同時に地下のシェルターへ流されるままに押し込まれてしまった。そして、ようやく外に出られたと思ったら今度はハンガー近辺への立ち入りが制限されていた。

 どうやらガレリアの直接攻撃を受けてしまったようで、今は救助に関する人間しか入れなくて残っていたおやっさんやリク達の安否を確かめるべく、立ち入り許可を受けた整備士達が向かったのだがまだ連絡は来ていない。

 そこへ巽のPDAがコール音を鳴らす。急いで確認してみると発信先は全く見たこともない名前であり、恐る恐る着信を押した。緊急の連絡だからか立体映像は浮かばず、音声だけが流れる。


《突然の連絡ですまない、こちらはストーン・コールド。イーサンに頼まれてな、君らに長瀬リクと日高ソラの居所を伝える》

「本当ですか!? 二人は無事なんですね!」

《ああ、彼らはここで一番安全なところにいるさ》


 ストーン・コールドから伝えられた場所がPDAのマップデータにも送られてきて、二人は迷うこと無く駆け出した。現在地からはそれなりに離れた所を指し示しているが、地下には直接つながる通路があるので時間はかからないだろう。

 地下道をしばらく進んで扉が見えてきてその前を兵士が固めているが、話が通っているのか二人の身分証明書を確認するとすんなり中へ通してくれた。扉の先に広がっていたのは巨大な円筒形の空間で、見るからに強固ではあるがシェルターのようには見えなくて事実人の姿は確認できない。

 ドーム状の天蓋が轟音を立てながら開き始めたのは巽と桜花がちょうど中に入ったタイミングであった。驚いて顔を上げれば円形に切り取られた橙色の空がぽっかりと浮かび、その中を光点が爆音と暴風を巻き起こしながら円筒形の中に降り立つ。

 青白い光を放つ表皮を纏った鋼鉄の巨人はまるで重力を感じさせないふわりとした動作で着地すると、壁から伸びてきたアームが機体各所を固定させる。腹部へ続くように足場が伸びていくとハッチが開き、もしやと思い駆け寄る二人の前に中から汗だくのリクが顔を見せた。


「リク、お前がこれを動かしていたのか! というかすごい汗だぞ、大丈夫か?」

「たはは、気が抜けたら足がガクガク震えちゃって……。動かしてるときはホント無我夢中だったよ」

「まったく、お前は世界一、いや宇宙一のロボット馬鹿だ!」


 よろよろとした足取りでコックピットから出てきたリクは出迎えた二人の姿を見た途端、緊張の糸が切れてかその場にへたり込んでしまった。エクスシアを動かして敵を撃退してきたのだから疲労困憊になるにのは仕方ないことで巽は肩を貸す。

 後から出てきたソラも男の友情を眺めてどこか和らげに目を補締めている。しかしその手が僅かに震えているのを桜花は見逃さなかった。その手をそっけなくもしっかりと握り、突然の事にソラは驚いて見上げる。


「いきなり、どうしたんだ?」

「あなただって、こんなに震えているじゃない。本当に大丈夫なの?」

「あたしは……うん、ほんとはちょっと怖かった」


 ちょっと複雑な笑みを浮かべてから少しうつむき加減なソラは何も言わずに抱き着いてきた。大胆なその振る舞いに驚くも小さな身体は小刻みに震えているのを感じ取り、彼女も恐怖と高かっていたことを思い知らされせて桜花は何も言わずしっかりと抱き寄せる。

 いくつもの靴音が聞こえてオラクルの制服に身を包んだ男達が一糸乱れぬ動きで4人の前に現れると、先頭に立つ隊長格らしき男が恭しくうやうやしく頭を下げて一団もそれに倣う。男は丁寧な物腰でエクスシアを動かした二人を迎えに来たことを告げた。


「エクスシアは我らにとって最重要の存在となります。それを動かしたということはこの世界に大きな影響を与える事になります、お手数ですがご同行を願えますか?」

「わかりました、いきます」

「……ソラ、大丈夫なの?」

「うん、あたしはもう平気。桜花ありがと」


 隊長からの依頼にリクは汗を拭うと自分の足で立ち上がり、心配げに見つめる桜花へソラは感謝といつも通りの笑みを見せて、二人は準備されていたリグへ乗り込む。

 またしても離れていく二人を残された桜花と巽は見送るしかなかった。






「イーサン君、今日は君のおかげで多くの人を助けられた。疲れただろう、後は任せて休むといい」

「それはユルティームのおっさんも同じっしょ。その歳であれだけの怪力で瓦礫持ち上げるわ、一度に三人運んだり手当したりと、大活躍だったじゃないっすか」


 時間は空が白み始めた午前4時過ぎ、イーサンは仮設テント脇にて椅子にもたれこむように座りながら眠気覚ましのコーヒーを仰いでいた。壮年ながら凄まじい力を発揮するユルティーム氏とともに夜を徹して瓦礫の撤去と埋もれた生存者の救出を行っていたが、本格的にレスキュー隊も加わってきたので彼らに現場を任せて日付が変わった頃から後方の手伝いに切り替わる。

 医者としての心得もあったのかそこでもユルティーム氏は負傷者の応急処置に尽力し、イーサンは運ばれてきた物資を必要な場所に振り分けながら同時に不眠不休で働く救助隊や医師達に栄養補給のドリンクを用意していた。

 今は後方の役目も正規の医療班に移行したので、ボランティアである二人はお役目御免となる。昼頃から偵察任務として空に上って以降、ここまで休む間もなかったイーサンは疲労困憊であり、対してユルティーム氏は顔に疲労の色が見えているが紳士的な佇まいは崩れていなかった。


「人を助ける行為に優劣なんてないよ。私は私の出来る事をやったまで、それは君も同じだろう?」

「ああ、その通りっすよ。こんな事言うのおかしいですけど、今日はあなたに会えてよかったですよ」 


 互いに握手を交わして別れを告げるとユルティーム氏は家の帰路につき、イーサンはそのまま椅子にもたれてイビキを書き始める。しかし間もなく鳴り響いたPDAからのコール音に叩き起こされる羽目となり、目をこすりながら呼び出し先を確認するとシアンからだった。


『イーサン、起きてる?』

「今寝ようとしたところだけど、こんな朝っぱらから何か用か?」

『うん、色々忙しくなりそうだから先に伝言。起きてからでいいから、ベルニッツ中佐に届けものがあるの。取りに来てくれる?』

「了解だ。一眠りしてからそっちにいくよ、おやすみー」


 通話をそこで切るとイーサンは先程までと同じように椅子の上でイビキをかき始める。






 あの地獄から一夜明け、ノーマッド達は宿舎に併設されたサロンに集まっているがその表情は一様に暗かった。空にいた時は無我夢中で逃げていたからこそ感じる暇はなかったが、こうして安全な場所に戻ってからこそ恐怖がぶり返してくる。自分たちを守ろうとした護衛機が為す術なく落とされていき、自分たちのすぐそばまで死が近づいている事を目の当たりにして、誰もが震えていた。

 全員生き残れたノーマッドの中にも負傷者は出ていて、特に仲間を守るべく奮戦していた凜は深い傷を負って今も集中治療室で眠りについている。


「俺のせいだ……」

「そうだ、お前のせいだ!」


 彼らの中で最も深い絶望を抱えていたのは昴流だ。今回の訓練を行うと声を上げたのは彼自身であり、その結果が仲間たちを危険に晒して幼馴染は重傷を負ってしまい、そして自分たちを守ろうとした者を死に追いやるものとなってしまった。

 行き場の無い怒りと恐怖心を抱えているのは皆同じだが、一部のクラスメイト達は発端となった昴流へ矛先を向ける。囮役として最前線で戦っていた彼がほぼ無傷だったのは当人の高い力量だからなのだが、それが火に油を注ぐものとなって急先鋒である永山が激発したように掴みかかった。


「俺達はお前に付いてきたが、その結果がこのザマだ!」

「待て! 昴流に責任はない、全部私が悪いんだ!」


 二人の間に割って入ったのはベルニッツ教官だった。彼も負傷して全身に包帯が巻かれた痛々しい姿であるが、しっかりと力の籠もった腕で引き剥がすと永山と昴流へ面と向かって頭を下げた。


「最初にこの訓練の打診が来た時に断れば、こんなことにはならなかった! だというのにこの地位を失うのが怖くて決断をお前たちに委ねてしまった。自分の保身のためにお前たちを危険に晒して部下も死なせてしまった、俺は教官失格だ」

「そんな、教官がいなかったら俺達はどうなっていたか……」

「ちくしょう! どうすりゃいいんだ!?」

「……ったく朝っぱらからうっせえーな。ここは動物園かってんだ」


 永山が拳を振り上げたそんな時、場違いながら聞き覚えのある、否忘れたくとも忘れられないその声に石のように固まってしまった首を無理矢理動かして振り返る。そこにはノーマッドにとってガレリアに次ぐ恐怖の対象、永山にとってはそれ以上のトラウマとなった存在である、イーサン・バートレットその人が扉の目に立っていた。

 ピリピリとした雰囲気に包まれたサロンの中にあってまるで寝起き直後のような酷い顔をして梳かしてもいないモップみたいな頭を不造作に掻いて大あくびを見せる。一目見た瞬間に心臓が止まりそうなほど萎縮するが、永山をそれは気取られないように行き場のないドス黒い感情をぶちまける。


「うるせえ! てめえのようにいつもヘラヘラしてる能天気野郎にわかるわけないだろう! 俺達が死ぬ気で飛んでる時だってお前はそうやってアホ面して飛んでたんだろうが!!」

「馬鹿にするなよ、オレだって空を飛ぶ時は恐怖心を覚えなかった事はない。それは飛んでる奴らみんな同じだ」

「うっ……、うるせえ、てめえは人でなしだ!」


 感情のままに吐き出された言葉は今まで見たこと無いほどに鋭く真っ直ぐなイーサンの瞳と言葉に気圧されて、ようやく吐き出された。空を飛ぶ事は恐怖とともにあり、それを打ち勝った者こそが自由に飛んでいけるというランナー達が共有する意思であり、イーサンは唯一信奉するものだった

 空を飛ぶ事がある種の人間讃歌と考えているのだから、人でなし呼ばわりされる事はその否定のように聞こえて渋い顔を浮かべて否定する。


「バケモノには空を飛ぶ奴は居るかもしれねえが、空を飛ぼうとするのはいつだって人間だけだ。オレもそうさ」

「なんだよそれ! 怖いのに飛ぶのが人間らしいってのかよ!? 俺はお断りだ、もう頼まれたって飛んでやるものか!」


 激昂した永山は涙を流しながらその脇を通り抜けて音を立ててドアを開くとサロンを出ていった。微妙な空気が辺りに流れるがポツポツと立ち上がる者が増えていき、部屋を出ていく者が続々と続いて結局三分の二がいなくなってしまう。

 もう飛ばないと面と向かって言われたイーサンはどこか残念そうだが、気を取り直すと残っていた面子とともにいるベルニッツ教官へ持っていた手提げ袋に入っていたノートサイズのPDAを差し出した。それはシオンから頼まれた届け物である。


「ここに来たのはこいつを届ける為っすよ。これから色々大変だと思いますが」

「わかってる。私も責任は可能な限りとるつもりだ」

「イーサン、ちょっと待ってくれ!」


 用事は済んだので帰ろうと踵を返したイーサンを昴流が呼び止めた。これから空を飛ぶ為には彼のような強さが必要だがその元はなんなのか、それを聞いたくて少し口籠るも意を決して尋ねる。


「すまない、聞きたいことがあるんだ。君は怖いのにどうしてそんなに空を飛んでいるんだ?」

「風と一体になった感覚を覚えちまったら飛ばずにいれないのさ。自分がまるで銀色の流星になったみたいにな……」


 感慨深くどこか懐かしむように空を飛び続ける理由を語るとイーサンは感覚的なもので参考にならないと詫びながら、ノーマッドたちに気安く手を振り部屋を出ていく。それを見送りながら昴流は彼が強い訳の片鱗に触れて深く考え込むのだった。






「まさか、エクスシアに触れる機会が来るなんて……!」

「今回は点検だけで、本格的な整備や研究のために正式に技術者を募ってるそうらしい」

「こちらは異常なしっと。……おや、あんなところに、女の子?」


 格納庫に鎮座するエクスシアの周囲を作業員達が忙しなく動き回っている。稼働し終えた後の点検整備であるのだが、高度な自己修復機能を持つエクスシアに対して出来る事は外観をチェックする程度だ。それでも滅多にない機会ということで作業員達の士気は高く、警備している兵士達も時折足を止めて眺めていた。

 警備兵の一人がエクスシアの肩に止まっている人影を見つけた、機体色と同じ淡い青色の長髪をなびかせる姿を。しかし瞬きしたらその姿は消えてしまい、肩の上には何もいなかった。一体どうしたものかと首を傾げていたら近くにいた整備士がその様子を不思議に思ってか声をかける。


「おかしいな、見間違いか……?」

「あの、どうかしたんですか?」

「あ、いや、肩の上に人が居たように見えてね。どうも自分の見間違いのようだ」

「ああ、それはきっと守護霊ですよ。父から聞いた話なんですが、エクスシアには守護霊が宿っていて、いつも機体を見守っているとか」


 事情通な整備士から聞いた話はどうも眉唾物であるが、同時になんとも言えない説得力があった。兵士はもう一度見上げて肩の上に目線を送ってから警備任務に戻る。その後ろを空色の何かが通り過ぎるのを気付かずに。






「いただきます! ん。食べないの?」

「あ……、うん、いただきます」


 広いラウンジの中でリクとソラの二人は食事を取っていた。大きな丸テーブルに書籍が詰まった本棚が詰まった本棚がいくつも並ぶ、娯楽用の映像パッケージも揃った広大な空間であるが二人だけで過ごすにはいささか広すぎる。エクスシアを動かせたということで身体検査などが行われて、そのままオラクルが管理する病院の特別棟であるこの部屋で過ごしていた。

 給仕の人が用意してくれた食事はかなり美味しいのだが、ソラはどこか上の空で相槌もどこか心ここにあらずといえる。すぐにいつもの調子と明るい表情に戻ったが、どこか無理しているように映った。


「日高さん、調子良くなさそうだけど、大丈夫?」

「いや、悪いところなんてどこにも! ……ただ、この先どうなるかちょっと心配なだけ」


 テーブルに伸ばした上半身を乗せた彼女は漠然とした不安を抱えていて、いつもは見せない姿であるが同じ境遇であるリクに対しては本心をさらけ出していた。昨日は自分のことで精一杯だったが、彼女も恐怖とと戦っていたはずで、それでも背中を押してくれたのだから今度は自分がお返しする番だとリクは感じている。


「きっと大丈夫だよ日高さん。ここは色々違ってて巨大ロボ動かしたりして確かに大変だけど、頼れる人は少なからずいるよ。それに頼りないとは思うけど、僕だっているからさ」

「リク……。うん、ヒーローにはいつだって相棒がいるもんな! よし、今日からあたし達は7二人で一人のスーパーヒーローだ。というわけでリク、そんな他人行儀の呼び方はなしだぞ」

「え、あ、うん、これからよろしくね。そ、ソラ」


 身を起こしてうんうんと頷くソラの姿はいつも通り、それ以上に明るくなっていた。ちょうど彼女の腹の虫がくぅーっと可愛らしく鳴いて、二人は思わず吹き出した笑い合いながら盛られている昼食に箸をつけた。




「この先に二人がいるのね……」

「無事だと思うが、心配だな」


 分厚い扉で閉ざされた特別棟への入口前で桜花と巽は長椅子に腰を下ろして、その扉が開かれるのを待っている。この奥にソラとリクがいるのだが、エクスシアを動かせる最重要人物ということで無用な混乱に巻き込まれないよう厳重に保護されていた。

 各勢力との調整が済めば解除されるとのことだが、それまでは友人であれど簡単に面会できずにこうして扉が開くのを待っている。桜花は昨日の別れ際に見せたソラの表情が忘れられずにいて心配だった。


「お、あの子、綺麗だ……」

「入るみいね。ってなに見惚れてるんですか」


 二人の前を通り過ぎて特別棟の入口へ向かう人影がいた。年齢は自分達と同じくらいか少し年少と思われる少女で、なびく浅葱色(あさぎいろ)のロングヘアーからは光の粒子が零れているように見える。巽が見惚れるのも無理がないほどに美少女であるが、特別棟に入れるということは関係者ではないかと思って中に入れて貰えないか交渉すべく桜花は少女に近づいた。

 ところが目を疑うような光景がいきなり飛び込んでくる。なんと少女は手を触れること無く、ディストーションによる念動で強引に開いたのだ。突如の暴挙に思わず桜花は咎める。


「ちょっとあなた! いきなり何してんの!?」

「……マスターに会いに来た」

「え? あ、ちょっと待ちなさい!」


 扉を苦もなく破って奥へ歩みを進める少女の後を桜花は追いかけ、巽が危ないからと及び腰になっていたところを無理矢理引っ張ってきた。危険なのは承知の上で中に入るチャンスを見逃すわけにはいかない。

 結局謎の少女の後ろについていくこととなるが、厳重に警備してあるのか天井には可動レールにのったカメラと銃口がいくつも並び、床には高さ90センチほどの円筒形状をしたガードメカが走り回っている。三人はドアを破って入ってきた不法侵入者であるのだが、なぜか防衛機構は彼女らを排除しようと動いてはいなかった。


「一体どうなっているのよ……。あなたも何者なの? マスターってソラと長瀬くんのことなの?」

「……」

「な、なぁ、戻ったほうがよくないか……?」

「うっさい! 男ならシャキッとしなさい!」


 入ってからずっと及び腰になってべったりくっついている巽がもう面倒になったか、その腰を強く叩いて無理矢理姿勢を戻した。その痛みに悶えてうずくまるが、置いて行かれそうになって慌てた追いすがってくる。

 眼の前に少女も目的はこの先にいる二人なのだろうと察しはついていたが、その問いへの返答はなかった。入った時と同じく敵意は感じられないが、正体がつかめずに警戒してしまう。目的は何かともう一度尋ねる前に足が止まって、そこにあったドアに手をかけた。


「えっと、どちら様? って巽くんに天吹さん! いらっしゃい」

「お、そっちの人は二人の知り合いか? あたしはソラだ!」


 リクは空中大陸の事情を把握する為に備え付けの本棚から地理情報や歴史が載っている本を片っ端から読み更けて、ソラはこちらの世界にもヒーロー物があると知って映像パッケージに釘付けになっていた。そんな中でいきなり入ってきた見ず知らずの少女には驚きながらも、後ろに見知った顔がいて嬉しそうに声を上げる。

 なので少女は二人の知り合いだと思っていたが、一斉に首を横に振られたので首を傾げた。その微妙な空気を気にせず浅葱色の少女はリクとソラの前で片膝をついて恭しく頭を下げた。


「マスター、これより支援を開始」

「え? マスターって確かにそうだけど。……君の声どこかで聞いたような?」

「あ、この子、エクスシアのAIボイスと同じ声してる!」

ヤー(はい)、マスター。ラーぜグリズ支援システム機外活動用インターフェース、直参」


 なんでも彼女はエクスシアのランナー操縦支援システムが登録された者をマスターと認識し、機外での支援や護衛を行えるように作り上げた活動体である。そのボディはオルゴンによって構成されており、目に見える姿は立体映像ながらしっかりとした実体を持っていた。


「じゃあ昨日僕たちの操縦をサポートしてくれたのも君なんだね、ありがとう!」

「ヤー、マスターを支援するのが役目。それが出来て当然」


 無表情ながらどこか得意げな感じを醸し出す彼女から機械的なところは全く感じられず、リクとソラもマスターと呼ばれるのには慣れぬが仲間としてすんなり受け入れる。先程まで警戒していた桜花も敵意がないとわかって解いたが、隣で「AI娘、アリだな」と呟く巽に冷たい視線を送った。


「でも、支援機外なんたらってのは長いな。名前はとかないの?」

ナイン(いいえ)、識別名はラーゼグリズ」

「それって機体名と同じだよな。そうだ、ラーゼグリズから取ってラーゼはどうかな?」

「ラーゼ……。ヤー、識別名はこれからラーゼ」


 尻尾があるならブンブン振り回しているだろうと思えるラーゼの姿に、マスター二人は顔を綻ばせる。元々ソラが心配で見に来た桜花であったが、その様子から問題ないとはっきりわかるので一安心した。

 しかし新たなるトラブルメーカーが絡んでくる。巽が目にも留まらぬ速さでラーゼの隣に移動してくると、その頬をぷにぷにとつっつき始めた。


「す、すごい……! 質感が完全に柔肌だ。さすがエクスシア、超技術の塊であるな!」

「……脅威レベルD判定、排除開始」


 突かれるのが癪に障ったのかわずかにむっとした表情を作ると、ラーゼは巽のみぞおちに手をかざす。そして重い扉をこじ開けた時と同様にディストーションの念動でその身体を吹っ飛ばした。為す術なく宙を浮いて扉に向かっていくが、そこが開いて小柄な老人が血相を変えて入ってくる。


「リク君ソラ君、大変だ。防衛システムの大半が何者かにハックされて……どひゃあああ!?」

「巽くん!? それにクロッカーさんも大丈夫ですか!?」

「まったく、気安く女の子にべたべた触るから」

「ヤー」


 もみくちゃになった二人をリクが真っ先に助けに入ってソラと協力して二人を引き離す。原因となった巽に怪我はないが衝撃で伸びてしまっており、呆れたように見つめる桜花にラーゼが同意を示した。

 飛んできた巽とぶつかったクロッカーは突然のことに驚いていただが、怪我はなくそれよよりも伝えるべきことを思い出してまくし立てるように話す。


「ふぅ、おかげで助かったよ。そうだ、それどころじゃなかった! い、いま防衛システムがハッキングを受けて機能停止しているんだ。それに入口も破壊されていて、君らを狙う輩が入って来てるかもしれない!」

「ナイン、ハッキングしたのはラーゼ。扉も壊しちゃったみたい」

「そう、だから入ってきた時もガードメカが無視してたわけね」


 あっけらかんにいうラーゼに対してクロッカーは思わず目を点にした。そもそもリクとソラの二人しかいないはずのこの部屋に見知らぬ三人が増えていて、その内の一人が部屋へ入った時にいきなり飛んでくるという怪現象に遭遇して混乱のるつぼに落とされてしまう。

 さすがに説明しなければとリクはこれまでの経緯を伝えた。ラーゼはエクスシアの機能の一部で自分たちの支援に来たこと、桜花と巽は友人で入る際に不可抗力で扉を壊して混乱を避けるためにガードメカをハックした事を伝える。落ち着きを取り戻したクロッカーは説明を聞いて、改めて三人み向かい合った。


「な、なるほど、そうだったのか。三人ともよく来てくれた。申し遅れた、私はハンス・クロッカー。エクスシアを動かせる二人の世話役だよ」

「クロッカーさんは中将でかなり偉い人なんだけど、なんだか親しみやすいんだ」

「ありがとうソラ君、私も君達の世話役を引き受けて良かったと思うよ。それにただ家柄がよいだけで貰った地位なのだから、階級は気にしないで構わないさ」


 しっかりと着込んだ制服にはいくつもの胸章や襟章が付けられているが、好々爺な雰囲気を醸し出すクロッカーは確かに偉い軍人には見えない。本人もお飾りと称してはいるが、中将が直々に世話役をするぐらいにエクスシアのランナーが重要な存在だとわかる。

 ぶつかりあった巽ともすぐに打ち解け、桜花も完全に心許してるわけではないがその人柄の良さは認めていた。護衛役でもあるラーゼにしばし目線を送ると懐からPDAを出して、とある立体映像を全員に見せる。


「ここは警備が厳重だけど、いささか息苦しいだろう。護衛役がいるならここも離れて大丈夫そうだから、ちょっと部屋を見繕っておいたのだが、どうだろうか?」

「ヤー、護衛なら任せて」

「へー、色々ありますね。でもどれも大きくてなんか落ち着かなさそうですね」


 PDAから映し出されたのは部屋の間取りであり、利便性や安全面を考慮してアカデミー・レッドの学生寮の中からグレードの良いものを選んでいた。エクスシアのランナーに相応しいものをクロッカーが選定したのだが、元々一般学生であるリクにはどれも気後れしてしまいそうでソラも同様である。

 どれにしようかと選んでいると、シェアハウスタイプの部屋が出てきて、ソラがそれを指さしてある提案を出した。


「ここがいいと思うぞ! みんなで住むにはちょうどいいと思うんだ」

「お、毎日合宿気分なのも悪くないな!」

「確かにここの男達で自活できるかは心配ね。一緒のほうが何かとカバーしやすいもんね」

「もっとグレードが良いところもあるけど、君達がいいならここにしようか」


 実は推していた部屋をスルーされてしまって少ししょんぼりするクロッカーだが、学生同士ならシェアハウスの方がらしくていいと早速正式な移動の準備を始める。これからの新しい生活の場を楽しみにしながら、リク達は胸を躍らせた。






「さーて、用事は済んだしもう一眠りでも……ん、シアンからだ」


 ベルニッツに届け終えてノーマッドの様子も見てきたイーサンは背を伸ばしてもう一眠りしようかと考えていた。そこへシアンからの連絡が入り、ちょうど報告も兼ねて通信に出る。


「よっ、シアン。ちょうどベルニッツ中佐に届けたぜ」

『ん、お疲れ様。ところで新しいストライダーの目処はついてる?』

「いや全然。普通の機体じゃオレについてこれないから、またフルチューニングした奴を用意しなきゃな」

『そう、だったら朗報。イーサンに合う新しい翼、あるよ』

TOPIXエフェクター

全てを分解し取り込む性質を持つガレリア。それを唯一滅ぼせる物質オルゴンを生み出す事ができる新人類。オルゴン生成以外にも特殊能力の発動や物質変換を可能している。特に高い素養の持ち主は対ガレリア機動兵器メタトロンを動かせ、ランナーと呼ばれる。


これから後書きに設定をちょろっと載せていきたいと思います。

次回もよろしくお願いします! 感想や誤字報告などお待ちしております!

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