6話 青天の霹靂
お待たせしました! 第6話です。今回は前後編の前半となります!
蒼空を白銀のエイジスが通り抜けていく。昴流が操る『カレットブルフ』が空中に浮かぶ標的を次々と落としていき、その様子を教官であるベルニッツが複雑な心境で眺めていた。模擬戦から3日、あの一件で対等以上の相手とぶつかり合ったからか訓練を行う姿勢もより真剣味を増している。
一方で昴流以外の者達はあれ以来自信を失くして萎縮してしまっていた。今まで戦うという事をどれほど軽く考えていたか、死の危険がどれほど間近にあるのか炎の翼のストライダーから身を以て教え込まれて、メタトロンに乗れば嫌でも意識してしまうのだろう。教官としてはそこから戦うための意識作りをしっかりやっていくべきだが、このまま彼らが戦うという意思を放棄してくれればと思っている。
「ここにきて、この指令か……」
だからこそ、これを伝えるべきかどうしても躊躇われた。指示用のタブレットには『長距離飛行訓練』の文字が浮かび、その内容も事細かく記載されている。防空戦闘軍団が立案した空中大陸の外縁部に存在する大規模クラウドの攻略戦と合わせて、ノーマッド達を攻略戦が行われる空域の近くまで長距離飛行させる実地訓練だ。
これはノーマッド達に実戦の空気を感じてもらう為だが、あまりにもタイミングが悪過ぎる。すぐに突っ返すべきだが、今回も上層部に反発して教官を解任されてしまったら、次の教官が無理やりにでも彼らを戦いに駆り立てるかもしれない。彼らを守るためににはこの立場を渡すわけにはいかなかった。
ベルニッツは以前地上の最前線で戦っていたが無茶な作戦を立案した上層部と対立し、指揮官を解任されて訓練教官として内地に左遷されていた。今回も反対すれば解任されるのは目に見えていて、結局判断を彼らに任せるしかない。
「よし、そこまで! みんな集まってくれ!」
教官からの号令にエイジスを動かしていた者やメタトロンでの合体訓練、ディストーションの訓練を行っていた面々が動作を止めて集まってきた。やはり多くのものが心ここにあらずといった具合で訓練にも身が入っていなかった。
「明後日、長距離飛行訓練を行うこととなった。これは今までの飛行訓練と違って安全圏でなく、ガレリアとの遭遇もあり得るものだ! なので危険性は総じて高いから参加は強制しない。志願者だけ来てくれ!」
「……えっ、つまり実戦……」
「ムリムリムリ、戦えるわけないよぉ……」
「……俺は行きます! 怖いのは俺だって同じです。でも力があるののここで立ち止まっているわけにはいかない。苦境に立っているこの世界の人々を見捨てる事はできない。だから、俺は戦います!」
実戦と聞いて皆がざわめいた。模擬戦とはいえ相当恐ろしい目にあったというのに実戦となれば更に恐ろしいものだと感じたのだろう。互いに目配せしながら誰も乗り気でなく、このまま行けば誰も参加しないとうことで訓練は立ち消えとなる。
しかしクラスメイトの誰もが躊躇する中で1人だけ声を上げる者がいた。昴流である。その姿はいつも見せていた威風堂々たるものでなく、歯を食いしばり恐怖が浮かびながらも自らを奮い立たせる必死さが浮かんでいた。それでも行こうとする気持ちに他の者たちを揺り動かし、ベルニッツですら圧倒されるような気持ちとなる。
「昴流、お前の気持ちはわかる。この戦いは俺達のもので、君達が関わらなくてもいいものだ。それでも―」
「昴流君の言う通りだわ! ……戦うのは本当は怖いし、そこまで強くない。でも昴流君の為にこの力を貸せるならいつだって!」
「へっ、昴流一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「みんな……」
「本当にいいんだな? それじゃあ今日の訓練はいつも以上に厳しくいくぞ」
なりふり構わず必死な形相で宣言する昴流の姿に、恐怖の表情だったクラスメイト達が活力と勇気を取り戻し始めたのだ。己の力を過信しない、今までと違う表情に一縷の光明が見えたベルニッツは反対することはない。ここで戦うという意味を真に学び取ってくれれば安易な選択肢は選ばないだろうと。
「うーん、中々難しいな……」
「形になっているだけリクは筋がいいぞ。俺なんて、なんて……なんだこれ?」
リクと巽の2人は床に描かれた円の中にオルゴンから鋼鉄を作り出そうとしていた。これは物質変換とともに正確な位置にディストーションを発生できるように空間把握能力を鍛える訓練でもある。
最も変換しやすい空気に関しては2人とも容易く出来て、その他の現象は実体が無く安定させづらいので鋼鉄球の変換を行っている。しかし、鉄の元素記号を思い浮かべながら作っても再現には手を焼いており、リクは形状が歪みながらも鋼鉄の組成は成功し、巽に至っては鉄以外の金属も混じった形容しがたい形状で生成されていた。
「ふたりとも飽きないでずっとやってられるわね。私はもう飽きましたよ」
「なんだかんだ言いながらも桜花は凄いよ。色々作れるんだからさ」
鋼鉄の生成に四苦八苦している男性陣を横目で眺めながら桜花は手持ち無沙汰に掌の上で生成しては分解するのを繰り返していた。4人の中ではランナーの適性があることから素の能力も高いので、ディストーションの訓練をはじめて早々にあらかたの生成に成功させている。
しかし表情が鬱陶しげで不機嫌なのは、隣で水筒を差し出してくれたソラが持っているPDAに載っているメールが原因であった。
「あ、みんなが長距離飛行訓練するんだって。桜花はいかなくていいんだね」
「当たり前じゃないですか。好き好んで戦いに行くなんて馬鹿のすることですよ……」
「うん、戦うだけが華じゃない。地味な事でも頑張っている人こそがヒーローなんだから」
桜花の目線に気付いてかソラがメールを見せて、意思表示を確認してから拒否の方にサインを書いた。まだメタトロンに乗った事がないことが辞退の理由であるが、戦おうとしているクラスメイトに対する不満がありありと浮かんでいた。
ソラとしてはみんなに戦って欲しくないという気持ちは同じで、自分が出来る事としてメカニックチームの手伝いをしている。必要な部品を直ぐ様生成できるエフェクターがいてくれるのは整備チームとしても心強いが、まだ即戦力とは言えない状態だ。
「よっ、二人とも精が出るな。ほれ、一旦休憩でもどうだい?」
「あ、イーサン君ありがとう」
「ちょうど喉が渇いていたんだ、助かるぜ」
ディストーションの訓練をしていたリクと巽のところへ顔を出したのはイーサンであった。差し入れの冷たい特製ハーブティーは麦茶のようで渇いた喉を潤すにはもってこいだった。集中し続けるのは体力も精神力も使うので、二人とも喉を鳴らして飲んでいる。
明日には単独での偵察任務が控えているので、機体が万全な状態に仕上がったという報告が来たので早速確認に来ていた。しかし、おやっさんとシアンから当日までの搭乗禁止を厳と言いつけられいるため、今日はただ確認して回るとPDAで事務仕事となる。
「さてと、さっさとコイツの登録を済ませちまうか」
「お、何やってんだ、なになに“委託業務遂行許可”……なんだ派遣の仕事でもするのか?」
「あーそういえば、仕事受ける仕組み知らないんだよな。ところで、エフェクターの立ち位置ってどんなのか知ってるか?」
「そりゃあオラクルが誇る最高戦力じゃないのか」
「確かにその通りでもあるけど、建前上は契約で動く雇われさ」
PDAを打ち込むイーサンが気になってかお茶を飲みながら巽が覗き込んできた。これは明日の偵察任務に関することで、エフェクターの仕事がどんなものか雑談混じりに画面に写る委託業務遂行許可証を見せてみる。
エフェクター、とりわけメタトロンを駆るランナーは人類の最強戦力であるがその戦力の高さや希少性、物質変換による経済への影響力など単独の勢力に偏ってしまえばパワーバランスが崩れる危険性があった。それを危惧した三大国家とオラクルの間で取り決めがなされ、三大国家に所属するエフェクターの数には制限が掛けられて、それ以外のエフェクターは所属組織を持たないフリーランスとしてオラクルが管理することになっている。
しかしこの取り決めは三大国家のパワーバランスを維持するためのまやかしで、地上奪還部隊は三大国家の連合という触れ込みだが実際はオラクルが仕切っていて実権を握っており、事実上国家の所属といえる専属契約も横行しているのが現状だ。
「ふーん、色々事情があるわけだな」
「そういう事。この取り決めでエフェクターが各地に散って資源問題が解決できた点は評価できるけどな。何より気に入れねえのが、エフェクターは最も自由に飛べるはずなのに、自分から首輪付けてることだぜ」
「なるほど、確かにイーサン君にはフリーランスがお似合いだね。もしかして、今まであんな無茶苦茶ばかりなのはどこの組織にも引き抜かれないため?」
「ご明察! まともな軍組織だったら命令違反の常習者を加えるはずねえもんな。サイン一つで依頼を受け合う関係が向こうにとっても良いはずさ」
懲罰任務たる偵察任務もフリーランスとしての契約にあたるのでイーサンはささっとサインをしてみせる。自分こそが自由に空を飛ぶ存在であるという圧倒的な自負とそれに支えられた実力で周囲を認めさせるいるのだから、フリーランスとしても活躍を見込めるだろうとリクは分析していた。
その根底にあるのは、どこまでも自由でいようとする気概と反骨精神だということも。
「さぁ、みんな! 気合い入れていこう! 大丈夫。いつもどおりにやれば上手く行く。それに教官達も一緒に飛んでくれるから心強いものさ」
天気は雲一つない快晴、日は既に高く昇っており、空を飛ぶには絶好の日和と言える。滑走路の脇には総勢20機以上のエイジスやストライダーが集まって、これから始まる長距離飛行訓練を前にして不安や高揚感が綯い交ぜなクラスメイト達は昴流の激励で今一度意思を固めていた。
今回はベルニッツが選りすぐりの護衛チームを結成しており、大規模作戦に戦力が割かれている中で5機のメタトロンを集める事ができて、そのランナー達は今もベルニッツを中心に飛行ルートや陣形について詰めていた。
何より模擬戦から引きこもっていた永山が参加していることだ。彼の状態は良好か気にかけた昴流が声をかける。
「永山、調子は大丈夫か? 今回は実戦にもあり得るから無理は禁物だぞ」
「そんなんわかってるさ。でもここで出ないと、ヤツにもお前にもギャフンと言わせられないだろ。桜子先生は最後まで反対してたけどな」
「あー桜子ちゃんならわかるわー。あの人かなり過保護だし……あ。あれ……」
「チッ、やっぱ出てきたか、あの野郎」
ざわざわと雑談が聞こえる中、一瞬だけ誰もが口を閉ざして静寂が訪れる。滑走路上に炎の翼のストライダーが現れたからだ。まるで不吉な象徴でも見つけてしまったかのように誰もが目をそらして何事も無かったように雑談が再会される。
ただ一人だけ、永山だけがその翼をいつか叩き落とすと心に誓って睨み続けていた。
「久々のコックピット! 待ちわびたぜ相棒~、今日は思いっきり飛ばしてやるからな!」
《もう離陸位置についているんだ、死後は慎め。……と言いたいところだが、今日は大規模作戦にノーマッドの訓練飛行が重なって色々てんやわんやでな。しばらくそのまま待機していてくれ》
「了解、管制官殿。お仕事頑張ってくれよ~」
ハンガーよりタキシングして滑走路上には出たがおあずけを食らってしまったイーサンは今か今かとそわそわしながら待っていた。顔なじみのならぬ声なじみである管制官が忙しげにしているのが無線越しにでもよくわかる。
周囲を眺めていたら件のノーマッド達が滑走路の片隅に集まっているのが見えた。あれだけの数が編隊で飛んでいくのは実に壮観であろうと思いながら、リク達がそれに加わらずハンガーにいた事を思い出して無無線のチャンネルをハンガーへ回す。
「おーい、ノーマッドが飛ぶみたいだけど、お前たちはいかねえのか?」
《うん、そもそもメタトロンを動かせないからね。それにもう少しで再現できそうなんだ、超合金ガラディーンを!》
《メカを弄るのは楽しいもんだな。特に巨大ロボとなれば男のロマンだぞ!》
「なるほどね、お前たちはいいメカニックなれるず。もし飛びたくなったら、オレが水先案内人をするぜ」
《また私語を……、まあいい。イーサン、離陸をする》
リク達の引きつった笑い声が聞こえたのと同時に管制官から離陸の許可が降りる。エンジンの出力を上げると滑走路を走り抜けて、ランディングギアが地面から離れた。同時に機首を上げて出力を全開にすれば、吐き出されたジェットの推力で鋭角に上昇していく。
既に高度は9000メートルを指し示し、滑走路が遥か眼下で見えなくなっていた。そのタイミングで通信が入ってデータリンクも同時に開始された。
《こちら空中管制機ストーン・コールドだ。イーサン・バートレット、噂は聞いている。そのパンチ力を見せてくれ》
「こちらこそよろしく。度肝が抜かれても知らないぜ?」
《俺の肝は鋼鉄製だぞ。さて、こんな仕事は早く終わらせよう》
「ああ、ついてきな!」
懲罰任務ということで監視役を兼ねた管制機がつくのだが、大抵は高圧的に接してくる奴らばかりだ。しかし、AWACSストーン・コールド管制官は友好的な態度をとっている。懲罰任務に同行するのは不名誉という風潮が管制官達の間にもあるようだが、彼はそれを気にしないマイペースなタイプなのだろう。
イーサンとしても気が合いそうでやりやすいものだ。スロットルを強く握りしめると、ジェットを響かせてスカイブルーの大海原を炎の翼が音速で突き抜けていく。
足元に広がる雲海に目をやりながら編隊の先頭を昴流は進んでいく。ここまでの道中でガレリアの襲撃はなく、順調過ぎるほどの航程に他の皆はすっかり気が緩んでいた。しかしここはガレリアの侵攻を阻むオルゴンが薄くなっているエリアなので警戒するに越したことはない。それはベルニッツ率いる護衛チームも同じで目視とレーダー類を交互に見ながらガレリアが潜んでいないか目を光らせていた。
長距離飛行も折り返し地点、オルゴン空域の端まで到達して皆が達成感に酔いしれて昴流もほっと息を吐いた。しかしベルニッツは目で雲の向こうを見てから計器類を確認しまた雲の向こうに目線を送るのを繰り返していた。なぜならここがあまりにも平穏過ぎたからだ。
ガレリアの雲海と大規模なメタトロン部隊が交戦しているなら、何かしらの反応をセンサーが感知出来るはずだが、一向に何も指し示さない。クラウドは一箇所に留まるものでないからレーダー範囲外で戦闘が行われているのか疑っていると、モニターを睨んでいた部下が声を荒げた。
「隊長、大変です! 周辺に異常なエネルギー反応ッ、とんでもない数値ですッ!!」
「なんだとォ!?」
晴天だった青空が突如として紫色へ染まり上がると、宙に浮かぶ黒点から黒い靄のようなものが吐き出されていく。それは彼らを丸ごと握り潰す巨大な手の如く周囲を包み込んでいき、靄を構築する小さな粒子一つがガレリアであった。
取り囲むアローヘッドだけでも数は一万を超えており、その中に潜んで大型タイプであるデトネイターやエグゼキューターまでもが三桁ほど確認できる。それほどの数のガレリアを目の当たりにしてノーマッド達は恐慌状態に陥ってしまい、きっちりと飛んでいた陣形はバラバラになって我先にと包囲網から抜け出そうとしていく。
「こんな数、相手に出来るかよ! 早く逃げるぞッ!!」
「嫌だ、死にたくないよ!?」
「皆落ち着くんだ、今陣形を崩せば―」
ベルニッツの叫びが届く前にガレリアが動いて、隙間から外へ抜け出そうとした数機に向けてレーザーの雨霰が浴びせられる。直撃をなんとか避けるも、百を超えるアローヘッドが迫ってきて、護衛役のメタトロンが間に割って入るもシールドだけでは受け切れずに各部を削り取られていく。
5機のメタトロンが庇うようにガレリアの猛攻を受けながらノーマッド達は囲まれぬよう高速で飛び回っているが、連携の取れていない無茶苦茶な機動と攻撃では多勢に無勢で各個撃破されるのも時間の問題だ。
「クソッ、これに攻撃隊もやられたのか……! 本部との連絡は!?」
「駄目です! 通信が阻害されているのか、かなり混線しています!」
「そのまま続けるんだ! バラバラになるな、皆一つに集まって全方位防御陣形を――おい、馬鹿な真似をやめろ! 戻ってこい!」
「でもこのままじゃ全滅してしまいます! だから俺が引きつけてる間に脱出を!」
一人だけ陣形から抜け出した昴流は波状攻撃を繰り返すガレリアに向けてライフルから光弾を遮二無二に放ち、それに反応して無数の筋が伸びていくようにガレリアの群れが殺到する。
ライフルから近接用のレーザーブレードに切り替えてシールドを構えながら迫るアローヘッドを切り伏せるが、数で圧倒しているガレリアの勢いは止められない。取り囲まれぬように高速で動き回って迫りくるレーザーをミサイルを紙一重で避けていく。
彼一人だけ危険な行為をさせるわけにいかず、ベルニッツ機と僚機が2機がその後ろについてカバーを行っている。おかげで包囲の壁が薄くなったポイントが出来ており、そこをメタトロン達の火力で穴を開ければ退路が開けるはずだ。
「昴流、深追いするな! すぐ戻って合流しろ、取り残されるぞ!」
「でも皆が離脱するだけの時間を稼がないと……!」
「それは我々の役目だ! お前はすぐに戻れ、じゃないと……」
「教官!?」
ベルニッツの言葉が途中で遮られた。アローヘッドの一部が攻撃方法を変えてきたのだ。矢じりのように鋭角な機首を向けて高速で突っ込んできたのだ。直撃を受けたベルニッツのメタトロンは大きく跳ね飛ばされて、無数の矢じりがトドメを刺すべく迫るも寸前で機体制御を取り戻して紙一重で回避してみせる。
しかし突撃型アローヘッドの猛攻は離脱しようとしていたノーマッド達にも襲い掛かり、全方位防御陣形で辛くも防御しながら3機のメタトロンが一斉に包囲するガレリアの薄い一点に向けて火力を集中させた。
「やったな、これで退路が……うわあぁぁ!?」
「なっ、エドガーとフランツがやられた!?」
「なんだよ、あの目玉の化物は!?」
薄い壁を破った瞬間、そこから巨大な黒い球体が現れた。その大きさ反して後ろへ伸びる4枚のフィンを巧みに動かして高い加速力を生み出して、最前列にいたメタトロンは逃げる間もなく激突して巨大な爆炎を巻き起こす。
退路が開けた瞬間に新たな自爆兵器の登場に全方位防御陣形は脆くも崩れさって皆はだた一心不乱に逃げ回る。最悪の状況になってしまった。
「どうしたの日高さん。ぼーっとしちゃって?」
「あ、ごめん。なんか変な感じがして」
「さっきから色々と作業しっぱなしだからな。ちょっと休むか」
段ボール箱を持ったまま上の空だったソラに同じく箱に入った部品を棚に入れていくイーサンが尋ねた。頭をぶんぶんと振って作業を再開しようとした彼女をおやっさんが制すると、休むように指示を出した。イーサンが戻ってきてから行う整備の準備はあらかた出来ている。
前もって桜花と巽にお使いを頼んでおり、購買部までは距離があるので二人が戻ってくるまで足を伸ばして寛いでいく。ソラは汗を拭いて水分を取りながらも不安そうに外を見つめていた。
その時、地響きとともに足元が大きく揺れ動く。
「じ、地震!?」
「そんな馬鹿な、ここで地面が自然に揺れる事なんて、何か起こっているぞ!」
空中大陸で地震が起こることなど有り得ないので、何かが起こったのだと感じてハンガーの外に出て確認しようとした途端、大きな衝撃が走ってハンガーごと揺り動かす。棚が崩れて部品が辺り一面に散乱する中、腰をかがめながら外の様子を見たリクの目には、いつもの滑走路が見るも無残な姿が映っていた。
滑走路上にはいくつものクレーターが出来上がって、管制塔は上半分が完全に消失しており、他のハンガーも溶けたように崩壊している。空の彼方で何かが光ると眼が眩むほどの閃光とともに熱風と轟音が吹き抜けた。
「クソッ、高空からの攻撃か!? 二人ともこっちだ、地下に避難するんだ!」
「は、はいッ!」
いつ攻撃が飛んでくるかわからないので、おやっさんはハンガー地下にある避難路への道を開いた。床にはぽっかりと空いた穴は置くまで闇に満ちてスロープ状の道が地下へ続いていく。
ソラから先に入れようとしたその時、背後で閃光が走るのを感じて瞬く間に周囲が輝き始めてレーザー光がすぐ近くまで迫ってくるのを示していた。おやっさんは咄嗟に二人をスロープへ突き飛ばした。闇の中へ落ちていくリクが見たのは光に呑まれるハンガーであった。
イーサンはオルゴン領域の端に到達していた。ここから先はガレリアの蔓延る領域であるので、危険度は跳ね上がる。その旨をストーン・コールドが伝える。
《ここから先はガレリアだらけだ。こちらも安全な空域に留まって引き続き管制を続ける》
「了解、このまま行くぜ」
進路はそのまま速度も落とすことなくイーサンは臆することなく突き進んでいく。その様子をモニタリングしているストーン・コールドも安全圏に留まりつつ、空中管制を引き続き行う予定だ。
ついにイーサンが境界を越えようとしたその時、それまで黙って見守っていたストーン・コールドが待ったをかけた。
「どうしたんだ、いきなり止めて」
《いや、それがな長距離飛行を行ってるノーマッドからちょうどSOS信号みたいなのが聞こえて来てな。それで司令部へ確認とろうにもかなり混線してるようでな、連絡がつきづらいんだ》
「確かにそいつは妙だな……。いつもなら感度良好だしよ」
《この前みたいに杞憂で済めばいんだが、どうにもなあ……》
確認するようにイーサンも司令部へチャンネルを回してみるが、確かに乱れた音しか聞こえてこない。ストーン・コールドは以前司令部との通信が途絶えて何か起こってたと感じて、任務を放り出してトンボ返りしたらただの通信システムの障害だったという事がある。それで叱責されてしまい、懲罰任務の管制に回されたらしい。
なので今回も戻るべきか判断に悩んでいたが、イーサンが後押しする。自分の直感を何より信じる彼にとってはストーン・コールドの判断は間違っていないと確信しているからだ。
「オレはストーン・コールドの判断を正しいと思うぜ。心配して戻ってきた奴を叱り飛ばすとはねえ、上の連中は一回痛い目に遭った方がいいな。あ、それだとこのまま任務するしかねえか」
《本当にいいのか? お前ももしかしたら更に懲罰が増えるかもしれないぞ?》
「気にすんな、いまさら命令違反の一つや二つ増えたところで。あ。そうだ、オレが勝手に戻ったことにして、そっちが追っかけてきたことにすればいいんじゃねえか? じゃ早速!」
《おい馬鹿! なんでそうなるんだよ!? ええい、あの大馬鹿野郎を追いかけろ!!》
勝手に結論付けるとイーサンは機体を180度ロールして背面飛行となりながら、そのまま機首を下ろして逆宙返りの要領で水平に戻りつつ進行方向を反転させた。
アフターバーナー全開でマッハ2を超えて飛んでいく機体は蒼空に一筋の飛行機雲を残していき、眼下に続いていく足跡を目印に頭を抱えながらストーン・コールドが追いかけていく。
長いスロープが終わってリクとソラは広い空間に投げ出された。狭い通り道を一緒に滑ってきたからか、お互いにこんがらがったように折り重なってしまっている。
「おーい、リクゥ……大丈夫かー?」
「うーん、なんとか。って、ここは……!?」
顔を上げてみれば“ソレ”はあった。薄暗い空間の中でもはっきりとわかるほどに淡い光を周囲に湛えた、スカイブルーの巨人。人類最後の希望が二人を見下ろしていた。
さぁここより山場となります!次回もよろしくお願いします!
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