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黒鋼の天使は、虚空を征く。  作者: ドライ@厨房CQ
第1章 コバルトブルー
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5話 邂逅

お待たせしました! 今回はちょっと長めになります

「クソッ、いってえ……」


 頭を抱えて座席に身を投げているのは永山だった。射出されたコックピットが地面に落ちた衝撃が直に響いてしばらくシートにもたれ掛かっていたが、痛みよりも今しがたの出来事で頭がいっぱいだ。模擬戦であったが実弾で撃ち合う乱闘を引き起こしたが、ほぼ一方的に撃たれた挙句無残に落とされたという事実が深々と胸に突き刺さる。

 先に引き金を引いたのはこちらであり、それに対する叱責と何よりも無残な敗北者というレッテルを貼られることが恐ろしかった。


「おーい、生きてるかー?」

「……」

「良かった、無事じゃないか。さ、早く出ようぜ」


 思考が闇に落ちかかったところでキャノピーが開かれて、手をこちらに差し出している少年が視界に入る。茶髪を立たせたホウキみたいな頭をした彼はうずくまる永山を引っ張り出すと外へ放り出した。

 現在地は演習場の外れあたりで背の低い下草が一面に芽吹いていた。そしてすぐ近くには自身をどん底へ落としたあの翼に炎が刻まれたストライダーが鎮座しており、永山は目の前にいる少年の正体を瞬時に察する。


「お前、まさか……」

「いや、落としてすまんかったな。いきなり撃たれたもんだから驚いちまったよ」


 つい先ほどまでストライダーで高速戦闘を繰り返していたとは思えないほど、息は整っていて散歩の途中だと言っても違和感がない。そこでも差を見せつけられて、その軽薄な笑みを今すぐ潰せればどれほど良いかという、ドロドロした感情が内心で渦巻いていた。

 しかしそんな心の奥底を見抜いていたか少年は口角を吊り上げて凶暴な笑みを浮かべる。まるでいつでもかかってこい、お前を倒せるのは容易い事だと言わんばかりの圧を感じで身体が竦み上がってしまった。その表情は一瞬でしかないが、それだけでトドメを刺されてしまう。

 この男には勝てない、昴流とは張り合えるがこの男とは無理だ。心の奥底から恐怖心が浮かんできて、まるで人食い鷲と同衾しているような感じで冷や汗が止まらなかった。その様子を知ってか知らずか少年は相変わらずの調子で続けて、遠目には見ればノーマッドの皆が近づいてきているのも確認できた。


「まあ今回はお互い様ってことで……ってのは難しそうだな。その“恐怖”を忘れるなよ? なぜなら―」

「永山、無事か!?」


 言いかけた言葉が途中で遮るように空を裂いて落着した白い閃光から昴流が声を張り上げた。纏ったエイジスから飛び出して真っ先に永山の安否を確かめるが、茫然自失に近い状態の彼に代わって少年が答える。


「怪我はしてないみたいだけど、ショックを受けてしまってるみてえでな。悪いことしたなぁ……」

「あ、お前がッ!!」

「昴流、やめなさい」


 事情を説明した少年が仲間を落とした張本人だとわかると、昴流をその胸倉を掴んで殴りかかろうとした。それを止めたのはすぐ後ろをついてきた濃紺のエイジスを駆っている少女であった。彼女は橘凜、昴流の幼馴染で正義感の強さから猪突しがちな彼のストッパー役でもある。

 振り上げた拳の向かう先が無くなって震えながらその場に静止した。仲間を傷つけた者を許せないと思う彼はそれを止めた幼馴染に口を尖らせ気味に反論する。


「凜、何故止めるんだ! コイツは俺達の仲間を落としたんだぞ!」

「落ち着きなさい、彼が反撃したのは永山が撃ったからでしょ。それに最初は翼を撃って無力化させるだけで済ましてたし、悪あがきしてなければ落とさなかった、そうでしょう?」

「いや、オレに砲門向けた時点で落とす事は決めていた。だから殴りたいなら殴ってくれ、お前さんの仲間を危険に晒したのは事実だ。それくらいの覚悟は出来ている、気が済むまで存分に殴ってくれ」


 予想外の言葉に止めた凜も、そして拳を振り上げた昴流も驚きを隠せなかった。自分の行いを明確に理解していて、それを間違っていないと言いつつも罰を受ける事も受け入れている事実に手を挙上げることなく拳は下ろされた。殴られることのなかった少年は再度確かめてみせる。


「いいのか、殴らなくて? こちらも筋は通したし、あいつには二度と飛べなくなるくらいのトラウマ植え付けちまったんだぜ。本当に納得できるのか」

「暴力で物事は解決しない。……さっきは済まない」

「いいよ、お互い様さ」


 互いに納得したところで他のノーマッドも集まってきたので事情の説明に凜が奔走する。彼女こそが実質的にクラス内をまとめ上げているリーダーと言えて、裏で色々と頭を悩ませているらしい。

 模擬戦に参加していない桜子先生と今日合流したばかりのリク達も来ており、その中にはノーマッドでないショートボブの少女も混じっており、つかつかと歩み寄ってきて顔見知りなのか少年は親しげに声を掛ける。が―


「チェスト」

「グエエッ!? シアン、な、なぜ……」

「おしおき。イーサン、やりすぎ」

「み、みぞおちは効くぜ……ガクッ」


 シアンからの手刀をみぞおちに受けたイーサンはがくりと崩れ落ちた。自分たちをカトンボの如く落としていった相手を一撃でノックアウトしてみせた事で、ノーマッドたちの意識が少女に集中する。そんな視線を一瞥もせず、彼女は凜のもとまでいくと頭を下げた。


「今回の模擬戦、マッチングしたのは私。だから責任がある、申し訳ない」

「いえ、そんな気にする必要はないわ。元々こちらが起こした事だから、むしろ頭を下げるのは私達よ」

「それでも、責任は私と彼でとる。……いいね」

「あぁ、それでいいよ。筋を通して落とし前をつけなきゃ誰が納得できるかって話だ。……おぅ、いってえ」


 生徒会長ということもあってか大人しい風貌だが責任感は強く持っており、クラスを纏める立場の凜とにていて何よりいつも問題を起こす厄介な幼馴染を持っている事からも強くシンパシーを感じている。

 ともあれ生徒会長が頭を下げてまとめ役もそれを受け入れたからか、ノーマッドからはこれ以上追求する声は上がらなかった。永山に付き添う桜子先生が受けべていたがショック状態な彼の介抱を優先し、他の者達もイーサンに向けていた恐怖感などは地に這いつくばるその姿に憐れみに変わっている。


「イーサン、後片付けよろしく」

「まじかよ……。今みぞおち痛めてるしブツもデカイからしっかり準備して明日にでも―」

「ツボ押しの痛みは一瞬だけ。準備はもう進めてる」

「へーい、おかげで疲れ知らずの身体になりましたよ」


 やる気のない返事で立ち上がるイーサンは辺り一面に転がるストライダーだったものを眺めて、その散乱具合に辟易しながら細かい部品から集め始める。

 哀愁漂うその背中を見ぬふりしつつノーマッドは解散していった。






「ふう、作業完了っと。あとは重機の出番だな」

「あ、あの、ちょっといいですか!」

「うん? あ、お前さん達はさっきからこっち見てたな。何か用かい」


 日が落ち始めて空がオレンジ色に染まる中、イーサンは黙々とストライダーの破片を集め終えて厚手の手袋を脱ぎ捨てた。まだ大きめな残骸は残っているがこれらは重機による作業になるので今日はここでおしまいだ。そこへ話しかける者達がいる。リク達4人だ。

 彼らはイーサンに昨日助けられたので礼を言いたかったが、作業の邪魔をするのは悪いと思って遠くから見ていた。そして作業が終わったところで話しかけ、イーサンも作業中ずっと見られていてので何事かと思っていたのだ。


「えっと、実は昨日、君に助けられたから、そのお礼を」

「昨日といやぁ、あー教国からの輸送機に乗ってたのか。別に礼を言われるほどのことでもないさ。実はあれでお叱り受けちまってよ」


 助けられたから純粋に彼らは礼を言いに来たのだが、昨日の行為はイーサンにとっては命令違反でペナルティを受けていた。もっとも訓練飛行中の偶発的戦闘は日常茶飯事なので、先ほどの演習での実弾射撃や練習機を無茶な飛行でスクラップに変えたこれまでの所業から比べれば可愛いものだ。

 一方叱られたと聞いたリク達はバツの悪い顔を浮かべるが、イーサンは軽く笑い飛ばした、この程度なら序の口だと自虐混じりに。


「そっちが気にすんなって。オレが勝手にガレリア相手に曲芸飛行しただけなんだしよ。1日で練習機を4機オシャカにした時に比べればなんともないぜ!」

「いやいやいや、そっちの方が気になっちゃうよ!? というかそんなに壊して大丈夫なの!?」

「ほほう、まさにデストロイヤーだな」

「おいグラサン、なんでオレのあだ名知ってんだよ。まさかエスパーか!?」

「まったく、バカばっかですか……」

「違反とかは良くないが、誰かの為に動いてるだからあたしはアリだと思うぞ」


 イーサンのぶっ飛び具合に様々な反応を見せるが、昨日のガレリアとの戦闘と先程の模擬戦での超絶機動を見ればそれが真実だと伺えた。

 あだ名を看過した巽には的外れな突っ込みを入れたイーサンであるが、ソラからかけられた言葉にはどこか思い当たる節を感じてか打って変わって真面目に返した。


「別に飛んでる最中にピンチなやつを見つけたから出来るだけ助けてやってるぐらいなもんだ」

「それでいいの。ヒーローのあり方は誇らないものだからな」

「そいつが君のヒーロー観ってわけか。でもオレはヒーローじゃないさ。誰かのためじゃなく、自分が思うがまま好きなように飛ぶ。それがオレのやり方だ」

「うん、イーサンはイーサンが思う道をすすめばいい。ヒーローの役目は皆が進むべき道を照らすことなんだ!」


 屈託ない真摯なまでのソラが思うヒーロー観にイーサンは心から感服した。他人の在り方を否定せず己の在り方も否定させないことを標榜しているので、正義と言え押し付けがましくないソラの考えにはシンパシーを抱く。

 今回の模擬戦で彼女のような者と戦えたのは僥倖であったが、それをソラが首を振って否定した。なんでも彼女らは模擬戦に参加していなかったという。


「実はランナーの適正がなくてね。今回は観戦していたんだ」

「そうか、そいつは残念。じゃあ身の振り方困ってるなら相談のるぜ。エフェクターなんて引く手数多だしな。あ、そうだ、これからハンガーに戻るんだけど、メタトロンの整備とか見学してみないか? 整備士にもエフェクターがいると助かるんだってよ」

「え、いいの! 是非お願いするよ!」

「お、いい返事だ。さぁ付いてきてくれ!」


 食いついたのはソラでなくリクのほうだった。大人しげだと思っていたが意外な熱意を見せる彼に驚きながらも喜んでもらえるならと誘い、他の3人も一緒にハンガーまで案内していく。






「このバカモンがッ!!」

「グエェッ!? ごめんなさーい!!」」


 ハンガーへ戻ったイーサンに下されたのはおやっさんからの雷と拳骨であった。事の顛末がシアンを通して伝えられており、ガレリアとの戦闘で機体に負荷をかけたり破損したとしても仕方ないと流すが、乱闘で実弾を撃ってあまつさえ相手の機体を破壊するという人命に関わる事を引き起こしたのなら怒りを見せるのは当然だ。

 問題の重大さはイーサンもわかっていたのでイーサンは素直に謝った。おやっさんもそう思っているので拳骨一発だけですましてくれたが、その強烈な一撃に頭を押さえて地に伏している彼を無視して、色々とガタがきている機体の整備を始める。

 負荷のかかる機動を連発していつも以上にボロボロになっているので、これなら出撃するごとに機体を変えたり、イーサン専用機を一から作った方が安上がりで時短にもなるんじゃないかと、おやっさんはいつも以上にぼやいていた。


「お、このメカはなんていうやつなんだ?」

「これはストライクガンナーっていいます。バックパックや手足が換装可能な汎用機で、これは砲撃支援型になりますね」


 イーサンがおやっさんに叱り飛ばされている間、他の整備士達はリクの周囲に集まっていた。彼のスマートフォンは運良く一緒にこちらへ来ていて既に通信が断たれて充電も出来ない状態だが、内部には向こうのロボアニメの画像がたくさん詰まっていた。

 別世界の技術情報は技術者として気になるものであり、リクの持つロボ画像が空想上のものであっても全く別の考えから作られた物から得られるインスピレーション大きいものだ。だからこそ、技術体系的には役に立たずとも電源が切れぬ内にみんな我先にと模写していく。

 とはいえロボットに群がって壊れかけのストライダーを放り出している同僚達をおやっさんが一喝する。模写はあらかた済んでいたからみなすぐに作業に取り掛かる。


「そういったのに触れるのはいいことだが、本職を忘れんでくれよ」

「うっす、今戻ります。うっわ~、いつも以上に酷いじゃないっすか、これだと今日中の修理は無理みたいっすね」

「ああ、張本人はそこで伸びてるから好きなだけ文句言っていいぞ。それから坊主達、見学は自由だが勝手に機械とかに触るなよ」

「は、はい、お邪魔しますッ!」


 既に日が暮れて夜の帳が落ちているが、ハンガー内は忙しいなく動いている。作業の邪魔にならぬよう、それでいてしっかり見学できる位置からリクとソラは整備の様子を見学していた。拳骨の痛みからようやく復帰してイーサンが目を輝かせている彼を嬉しげに眺めて、同じように2人を見守っている巽と桜花のもとに合流する。


「どうやら喜んでもらえてるようで何より。そちらさんもここに来て良かったか?

「いや別に。私はただの付添ですので」

「俺は楽しいぞ! 巨大ロボではないがこういったハンガーも男のロマンだからな」


 相も変わらず無気力具合で半目を向ける桜花と、ハイテンションでそのサングラスの向こうは輝かせているのだろうと容易く見て取れる巽と、見事に対照的だ。しかし、だらしなく開けられていた口をキリッと閉じると巽は真面目なトーンになった。


「ところでイーサン、色々聞きたいことがあるけどいいか?」

「おうよ、ただオレは頭悪いから難しい話は勘弁な」

「エフェクターについてなんだが、具体的に何をするんだと思ってな。メタトロンに乗ってガレリアと戦うのはそれまた選ばれたランナーみたいだし、その他エフェクターは何するんだ?」

「オッケー、そこんとこを掻い摘んで教えるぜ」


 エフェクターの役割は色々とあるのだが、大きく分けて地上の奪還要員と資源生成にある。

 現在の地上はガレリアが吐き出す人体に有害なクラウドで覆われているが、それを中和して無効化出来るのがオルゴンであり、自由にオルゴンを生成できるエフェクターだけが地上で活動可能だ。防護服と違って制限時間がなく、ガレリアと遭遇してもディストーションが使えて戦闘面でも申し分ない。

 資源生成についてもエフェクターにとっては重大な役割である。地上から切り離された空中大陸では特に鉱物資源は既に枯渇している状態なので、生成したオルゴンを任意の物質に変換するディストーションはまさに福音であり、現在ではエフェクターなくして経済や産業は成り立たない状態になっている。


「とまあ、ディストーションでクズ鉄作って売ってれば金に困ることないわけさ。けど、経済を混乱させないとかいう理由で生成に関してはオラクルが厳正に管理してるわけだけどな。それに組成式とか元素配置とか覚えなきゃいけないらしいから、オレにはてんでさっぱりなもんだ」

「なるほど、資源の面でもエフェクターは重要なんだな。じゃあ俺も訓練すれば色々出せるわけか!」

「ランナーとか危ない地上に行くよりはここで資源係のほうがマシね」

「おうよ、そうだぜ! 色々と好きなもん作るためになんやかんやするんじゃあ! そうだろ桜花ァ!!」


 4人の中で唯一ランナー適性を持っている桜花だが、戦うのは真っ平御免であった。そもそも早く元の世界に戻りたい彼女にとってはこちら出来事は全て面倒事に思えてならない。

 極めつけはこちらの世界に来てから頭のネジが外れてしまった巽の存在だ。ウザいまでのハイテンションで絡んでくるその姿にはウンザリしていて、これが元の世界に戻っても続くと思えば憂鬱具合は加速度的に増している。なので彼に対する言動もトゲがあるものになっている。


「そんなこと乾くん1人でやればいいじゃないですか。一々私に絡まないでください」

「あー巽の奴、思いっきし撃沈してるー。まぁそんな絡み方じゃ女の子に嫌われるかもだぜ? ほら立ちな、傷は深いぜ?」

「おーいイーサン! そこの棚にある部品、3番から8番まで取ってくれ!」

「へいへい、ちょっとお持ちを。それじゃあ後は自分で立ってくれよな」


 手が空いているなら手伝えと言わんばかりにおやっさんから頼まれると、今まで持ち上げていた巽を放り出して棚から指示された部品を抱えて運んでいった。地に伏した巽とまた2人だけで残された桜花は思いっきり嘆息を吐き出した。





「へぇー昨日は色々大変だったね。イーサンくんお疲れ様」

「それだけの事やらかして懲罰任務一つで済ませてくれるシアン会長に感謝だな」

「まったくだ、頭上がらなすぎてシアンに会うたび頭を地面に潜らせなきゃいけなくなってきてるぜ」


 昨日合った出来事をイーサンはリコとロイに話していた。結局機体の修理は日が変わる頃まで行われたが結局完了できず、3日間は乗れないと診断された。さらに今朝起きたらシアンから懲罰任務として5日後に単独強行偵察を行うというメールが入っていた。

 服務規程違反の罰則は基本的にメタトロンの搭乗を含めたエフェクターとしての権利を一時的に停止させるものだが、イーサンに関しては違反数の多さとストライダーの操縦技能の高さから、アカデミーの学生には本来執行されない懲罰任務が罰則として割り当てられていた。

 懲罰任務の内容は誰もやりたがらない単独での強行偵察や囮同然の別働隊任務などであるが、イーサンから見れば機体への搭乗が禁止されるどころかほぼ自由に飛び回れる任務が罰則として来ているのだから逆に歓迎しているぐらいだ。そういった意味では懲罰になっていないが正規部隊に回しづらい任務を率先して行ってくれる存在として上層部には重宝されているらしい。


「で、今日はなんでここにいるんだ?」

「ストライダーは修理中だし、射撃訓練は飽きたし、苦手克服を兼ねてディストーションの訓練ってわけよ」


 現在3人がいるのは1辺だけでも100メートル以上もある巨大な立方体の空間内で、天井も壁も地面もコンクリートと覆われた地下深くに位置する第4演習場である。あらゆる物質や現象を起こせるディストーションなので、偶発的に有毒物質が生み出されれる危険も考慮して地下の閉鎖空間に置かれているわけだ。

 地下といえど照明によって明るく照らされており、壁面には立体映像も浮かんでいて陰気臭い雰囲気は全く感じられない。他にもディストーションの訓練を行っている学生も多くいて、標的となる楕円形の結晶体と向き合っていた。無論イーサン達の10メートルほど先にも同じ結晶体が置かれている。


「アレをぶっ壊せばいいんだな? それならコイツで十分だぜ!」

「あー生半可な奴は通用しないから気をつけな」

「こんなの余裕でぶち抜いてやるぜ! ―うおぉっ!?」


 懐から抜いたブラスターを結晶体に向けて撃ち放った。奥が透けて見える半透明の結晶に光弾が吸い込まれてその内部で乱反射すると、そのまま撃った張本人のもとへ撃ち返してきた。イーサンは慌てながらも光弾へ意識を向けてオルゴンの斥力を作り出すと、顔面に直撃する寸前で消散することができた。

 標的たる結晶体はダイヤモンドの構造とオルゴン結晶を織り交ぜて作った人工クリスタルであり、生半可の攻撃では傷つかずブラスター程度の光弾では容易に弾かれてしまう。あやうく撃たれかけたイーサンは額の汗を拭いながらブラスターをしまい込んだ。


「ふーん、オルゴン・プッシュはしっかり出来てるんだな、感心」

「おい、はっきり言いな、喧嘩ならいつでも買うぜ」

「ふっふーん、ここはわたしがお手本見せちゃうんだからー!」


 ロイから思いっきり煽られて中指を立てるイーサンという2人の喧騒を気にせず、元気よく前に出たリコがぶんぶんと腕を振るう。そして手の中に虚空から現れたかのように大槌が握られていた。オルゴンが持つ物質圧縮効果により体積と質量を限りなくゼロにすることが可能であり、それを利用した格納機能により上限はあるが装備もいつでも展開できた。そこに格納されているのはエイジスのユニットである。

 ディストーションを直接発動させるとなるとイメージがあやふやとなって予定外の現象や物質が生まれる危険性があった。そこでオルゴンの制御機能を持つエイジスの武装ユニットを使うことで変換の方向性を絞り込み、望むものを明確にする効果が出てくる。


「いっけー、みんな吹き飛んじゃえ!」


 ハンマーを振り抜くと同時に爆風とそれに混ざる鋭い金属片が一直線に結晶体へ突き刺さる。制御された爆風は接触とともに展開して、あまりの硬度に加工できない金属と言われるアダマンチウムの破片が降り注いで標的を容易く打ち砕いていった。

 小柄な体型に似合わず、そのパワフルな行動力を反映してかリコは圧縮空気を叩きつけたり爆発を操作するのが得意としており、その攻撃力は指折りである。フンスと鼻息を吐き出してハンマーを肩に担いだ彼女は一仕事終えたように満足げだった。


「おー相変わらずの火力だぜ。リコがエイジスの僚機なら火力面は心配ないな」

「当然、爆発は得意分野だからね! ロイくんならもっと色んなの見せてくれると思うけど」

「ほー、オレにあんなドヤ顔かましてた訳だし、そりゃとんでもなくすんごいの見せてくれるんだろうな!」

「……さっきの意趣返しかい。面倒だけど仕方ないな」


 純粋な思いを持ったリコとやっかみ混じりのイーサンから期待を寄せられたロイは面倒臭いそうに頭を掻きながらも前を見据える。リコが破壊した結晶体の破片は周辺の床ごと収納されて代わりに真新しい結晶が置かれている。

 意識を集中させれば左手の中にカードの束が現れた。ストライダーのランナーであるロイはエイジスの装備していないのから、格納領域をより広く使えるのでその中にディストーション補助デバイスを持っている。カード型デバイスを1枚取り出すと、それから稲妻が発せられていく。


「それじゃあ、あとはよろしく」


 手にしたカードを放り出すと、眩い輝きとともに一筋の閃光が迸る。その光は結晶体を貫通して向こう側が見えるトンネルがぽっかりと開けられていて。レーザービームか陽電子砲といえる超出力な一撃に観戦していたイーサンとリコは張り合っていたことも忘れ、手を叩いて称賛する。

 そんな2人の様子にロイは、これならもっと簡単で力使わない技を選ぶべきだったと内心で呆れながらも残りのカードを格納領域へしまい込んだ。中心が大きく溶けた結晶は下に仕舞われて新しい結晶体が出てくると、イーサンが再びベストの裏のホルスターからブラスターを取り出す。


「なんだ、またやるのか。今度は反射されない算段でもあるか?」

「もちろん、アレの特性は既に把握済みだぜ!」


 左右の手にブラスターを1挺ずつ握った2挺拳銃なスタイルを見せるイーサンであるが、左腕を前に突き出して右手を引いて顔の近くまで持ってきているという、かなり独特な構え方だった。その姿勢のまま静止して呼吸を整えたが、目を見開くと電光石火の如く撃ち放つ。

 突き出した左手の銃より光弾が一直線に結晶体へ伸びていく。前回と変わらず内部で乱反射して吐き出されようとしたその瞬間、右手のブラスターからも閃光が走る。

 外に出ようとしていた光弾と放たれた光弾がぶつかり合って、双方が内部に押し込まれて同じように乱反射していく。光弾が出ようとした瞬間を狙い撃つべく、適した入射角を位置取れるようにイーサン自身も踊るような足捌きで流れるように動いていった。

 内部にいくつもの光弾が溜まっていき、飽和状態となったところで結晶体は耐えきれずに内部から崩壊していく。弾けるように結晶が飛び散って光弾の残滓も外に飛び出して光の花を咲かせて見せた。両腕を合わせて銃口をそれぞれ左右に向けた残心を取っていたイーサンは構えを解くと、クルクルと手の中で銃を回しながらホルスターにしまい込む。


「ま、ざっとこんなもんよ」

「すっごーい! キレッキレだね、イーサンくんのふしぎな踊り!」

「いや、あれは立派な近接戦闘術だ。対人戦に特化してて主に特殊部隊が使っているとか。俺もふしぎな踊りに見えるけど」

「だろ、使ってるオレだって踊りみてえだと思ってんだからよ。ダンス大会でいいとこまでいけねえかな?」


 リコが率直な感想を漏らしてロイが補足説明を入れる。そこへイーサンが茶々を入れるのがいつものやり取りであり、ロイからの知識には2人も助かっている。

 結晶を砕いて満足したイーサンは2人の訓練を邪魔しないように後ろへ引っ込むと、ディストーションの訓練に顔を出しているのが珍しいかクラスメイトが話しかけてきた。アカデミーきっての問題児ではあるが、人付き合いは良い方なのでクラスメイト達からは絡みづらいが普通に会話は出来る関係を築けていた。


「聞いたぜ、昨日は盛大に暴れたらしいな」

「耳が早いな。お察しの通り、やらかしちまってお叱りを受けたもんだよ」

「いやいや、あのノーマッド達を瞬殺したって持ちきりだぜ? あいつら最近調子乗ってデカイ顔してたから、みんな感謝してるぞ」

「……そうか、コレを機に心機一転してほしいな」


 確かにシアンからノーマッドとの模擬戦の話がきた時も増長し始めた彼らを諌める為と言っており、事実整備チームやクラスメイト達とノーマッドの間に諍いがあって暴力沙汰にまでなったこともあった。

 印象の良くない連中を有無も言わさずに落としたイーサンは話題になったわけで、道理で今日はよく話しかける訳だと納得した。しかし、灸をすえるのが目的とは言え相手機を落とす危険な行為をしてしまい、何より全力でぶつかり合った相手を悪く言うのはどうも好かなかった。






『派手にやったな、ノーマッドの後ろ盾となっている防空軍団より抗議が来ている。それで報告は以上か』

「はい、以上です。予定通り大規模遠征とノーマッドの長距離飛行訓練を進めます」


 広い円形の書斎、その中心に立っているシアンは報告をしていた。その相手は浮かび上がる立体映像であり、モノリス状の投影装置から厳しい表情の老人が映っている。彼はオラクルの総監でシアンの祖父であるミハエル・オルタシアで、つらつらと機械的に報告を続けるシアンに何の感慨も向けずミハエルは何か思案していた。そんな姿に家族という感じは見れなかった。


『そうだ、お前はこちらの指示通りに動けばいい』

「かしこまりました、お祖父様、いえ総監」


 通信が切れて立体映像が消えると部屋の中は薄暗くなる。明かりを付けぬままシアンはしばらく書斎で立ち尽くしていた。



「お疲れさま、お祖父さんとこへの報告は終わった? あの人怖そうで私は苦手ね」

「……アズライト、だらしない」


 送らてきた総監の承認証などの事務仕事を終わらせてリビングに戻ったシアンを出迎えたのは同居人のアズライトである。彼女は上着を脱いで黒いノースリーブとショートパンツ姿で腰まで届く長い白髪を垂らしながらソファーに寝転がっていた。

 上官と部下という関係に終始している祖父ミカエルと比べれば、ひと月ほどの短い付き合いだが自由人ながら面倒見のよいアズライトの方が親しみやすい存在であった。テーブルには食事が並べられていてシアンが戻ってくるまで待っていたのだろう。


「お手伝いさんが夕食作ってくれたから、一緒に食べましょう」

「うん、頂きます。あ、そろそろ申請が通りそうだよ」

「うーようやくかー。まさか相性の良かったイーサンがシアンの幼馴染だったなんてね。こんな偶然あるとは運命感じちゃうわ」

「……こっちは色々大変」


 夕食を口につけるアズライトはまだ認可を受けてないエフェクターでまだ申請中なのだが、時折エイジスを無断で動かしており、そんな時にイーサンと遭遇して共闘したのだ。

 自由人で勝手に飛んでいくところなど似た者同士だから相性が良いのだろうが、2人の面倒を見なければいけないシアンの気苦労が増えたのは言うまでもない。

ここまで読んで頂きありがとうございます!感想や誤字報告などお待ちしております。次回も早めに出せるようがんばります!

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