1話 漂流物
これから転移組パート始まります。ちょっと説明が多いですのです
目の前のディスプレイに映る黒点は全て敵を指し示している。周囲には敵しかおらず、操縦桿を握る手にはべったりと汗が溢れている。
スーパーロボットのコックピットの只中、まさにロボットアニメで見てきた光景を己自身で経験しているのだが、そこに感動も高揚感もなかった。あれだけの数の敵を全て落とさなければ後方にいるクラスメート達の生命が危機に晒されるという緊迫感だけが頭の中を支配している。
「リク、来てるよ!」
後方から警告の声が聞こえてはっとする。次の瞬間にはディスプレイが真っ白に染まって、眩さの中で走馬灯が見える。ただの日本人である自分がどうして有り得ないはずのスーパーロボットのコックピットにいるかという経緯を。
今朝はいつもどおり予鈴ギリギリに教室に滑り込んだ。別に長瀬リクが不良少年というわけでない。ただ、夜遅くまでゲームやアニメ鑑賞に勤しむ健全なオタクなだけである。ただ、それを公言してるの多少のやっかみを受けることもある。
世間一般ではオタクに対する風当たりは強いもので、クラス内でも嘲笑してくる者もいれば絡んでくる者もいる。と言っても身だしなみや言動は崩れておらず、積極性こそないものの陰気さは感じさせないと自負している。そのこともあって正面からキモオタと罵られることはなく、リクのクラス内での立ち位置はあまり目立たない、言ってしまえば“モブ”的な存在だ。
なので午前の授業に大半を睡魔とともにやり過ごして、昼休みは10秒チャージなエナジーゼリー飲料を飲み込みながら、スマホ片手にアニメ情報をチェックする。アニメでも特にロボットものを愛好していて、来期のアニメはロボットアニメが豊作だ。
ふとスマホから目を離して何となしに教室を見渡すと購買組はもう向かったのかクラス内の人数が減っている。それでも弁当組が多いので三分の二くらいの生徒が残っており、それに加えて四時間目の社会科教師である先生が教壇で数人の生徒と談笑していた。
弁当組の中でも一際目を引く4人組がいる。クラスの中心的な存在であり、美男美女揃いでクラスどころか学校全体でも人気が上位にあるという。まさにカースト上位でメインキャラクターというリクとは正反対な立ち位置にある。
(って別に関係ないか~、さてもう一眠りしよう……)
彼らは自分とは同じクラスメイトであるが、スクールカーストの上位と下位、物語の主役とモブ、あまりに違いすぎるので関わりなんてないだろうと思って、リクは構わず昼寝の体勢に入る。しかし不思議なことが起こった。普段は誰にも話しかけられずにそのまま夢の世界へ直行するはずが、今日に限ってリクに話しかける者がいたのだ
机に突っ伏した状態で顔をだけを上げると、目の前に女子生徒が立っていた。明るめな茶髪を肩にかからないボブカットに切り揃えた、どこ小動物を思わせるが八重歯の目立つ明るい笑顔が見えた。あまり他のクラスメート、特に女子と関わることなんて殆どないが、彼女の名前と顔は覚えている。
「えっと、日高さんどうしたんの?」
「リク、お前、そんなお昼で大丈夫なのか! それだと午後の元気がでないぞ!」
陰気さとは無縁と言える明るい笑顔と同じくらい元気な声で話しかけてきた彼女は日高ソラ。見た目通りに明るくクラスのムードメーカーであり、年頃の少女でありながらヒーロー物をこよなく愛する変り者。そして自らもヒーローたらん努力を惜しまない少女である。
クラス内ではリクと同じくオタクというパーソナルであるのだが、その性格と人懐っこさでクラスメートの殆どと打ち解けている存在だ。目立たないリクにもこうして気軽に声をかけるのは彼女ぐらいだ。
「だからお弁当を一緒にどうだ?」
「えっ、お弁当を一緒に!?」
思わず言葉をオウム返しで反復さえてしまった。女の子と一緒にお昼食べる経験なんてしたことがない、経験することもこないと思っていたリア充の特権のだと認識していた。
趣味からして少年っぽさがあるのだが、お弁当の中身は厚焼き玉子と肉団子、ポテトサラダに彩りとしてトマトや葉物野菜がしかれたシンプルなものだ。手料理かお母さんのもかはわからないが、これはリクにとっては初体験だ。
これまでのリクの有り様がしっかり顔に出ていたのか、笑みを浮かべてソラは答える。その笑顔は補正が入っているかもしれないが紛れもなくヒーローのものだった。
「大丈夫だ、かあちゃんの料理はどれも美味しいからな! そんなしなびたゼリーなんかより100倍も良いぞ」
「うん、ではお言葉に甘えて、いただきます!」
箸を伸ばして肉団子を摘もうとした中、それを遮るように教室中に奇妙な音が響き渡る。サイレンにも似たそれは各々のスマホから流れており、画面には奇妙なマークが浮かんでいた。
「えっ? なにこれ……」
「一体なんだ? えっと……、あれ? 僕のはなんともない?」
慌てて自分のスマホに目を落としてみるが、そこにはいつも通りロボットの絵がが張りつけてある壁紙だけだった。サイレンもリクのスマホからは発せられてはいなかった。
おかしいなと首を傾げていると画面から放たれる光とサイレンが収まった。ただのトラブルかと一息つくも、まるで爆発したかのような閃光が各々のスマホから迸って教室全体で真っ白に染め上げる。そして光が収まった時には部屋の中には人間はだれもいなかった。
「……へっ、ここどこ?」
気がついて瞼を開けてみたら雲ひとつない透き通った青空が広がっていた。仰ぎ見るように倒れていた上体を起こして週を見渡せば、背の低い草がどこまでも続く草原と青空の地平線がどこまでも続いているだけだった。
さっきまで教室にいたはずと困惑するが、すぐ隣には先程まで一緒だったソラが大の字に寝転がっており、慌てて起こそうとした。しかしそのあまりに気持ち良さそうな寝顔にとても無理に起こす気がわかなかった。
「んー、おはよう……、ってここはどこ?」
「おはよう、日高さん、それが僕に何が何だか……」
「それじゃあ、少し歩いてみよう!」
勢いよく立ち上がったソラは草原の中を進んでいった。まるで状況がわからない現状でも動ける行動力を頼もしく思えて、その後ろに着いていく。広く見えた草原はそこまで大きいものでなく、すぐに草が生えていない端までやってこれた。眼下には真っ青な海が広がっている。否、遥か下方に白く伸びているの雲海だ。
「…………え、なにこれ?」
「雲があそこにあるってことは、ここは空の上なのか?」
ここは島である。しかし海でなく、空に浮かぶ文字通りの浮島だ。そんなもの有り得ないと思うが、リクとソラもあまり混乱することはなかった。リクは伊達にオタクやってるわけでなく、異世界転移というものを知っていた。それを実際に体験する時が来るとは露程も考えていなかったが。
ソラも同じくようでその光景に恐怖や困惑よりも感動を覚えているようで、身を乗り出して雲海を眺めていた。それは危ないと諌めようとした時不意に上から声が聞こえてきた。
「おーい、子どもがこんなところで何してんだー?」
「おー空飛ぶトラックだ!」
「ここはマジで異世界かな、でも少なくとも中世ファンタジーじゃなさそうかも……」
見上げれば荷台がついた車輪の無い車みたいな乗り物が浮かんでいた。その運転席から顔を出した中年の女性が2人を見下ろしていた。羽根もローターもなく空飛ぶ車に興奮してか、その問いかけには答えなかった。
トラックが地面に降りると運転席から女性が降りてきて、赤いチェック柄のシャツを靡かせて2人の前に立つ。少し気が強そうだがその中にも優しさが見える表情で、まじまじと見つめながらリク達にこう切り出した。
「お前さんがた、“漂流物”ってやつだね」
「「ノーマッド?」」
トラックの後部座席に座ったリクとソラは今、空を飛んでいた。初めての飛行に興奮と不安がないまぜになった気分であるが、透き通る青空と白い雲と浮かぶ陸地が織りなす幻想的な光景に目を奪われていた。ここが地球でない事を改めて理解して、そんな2人を運転席からの盛大な声が笑い飛ばす。
彼女はクリスと名乗って運び屋をしていると2人に語った。浮かんだ岩がいくつもあるこの空域は普通の輸送業者は危ないから通らないが、腕前に自信があるのと小型ながらパワフルなマシーンだから出来る芸当である。
「浮遊大陸を初めて見るなんて、やっぱりノーマッドみたいね」
「クリスさん、どうして大陸が浮いてるんですか?」
「そうさね、掻い摘んで言えば全部“ガレリア”の仕業だね」
なんでも地上は人が住める状況でなく、その原因となったのが400年前に異世界より現れた『ガレリア』と呼ばれる敵性存在だ。正体はまったく不明で、超空間通路と呼ばれるワープゲートから無尽蔵に現れてまたたく間に人類は地上を追われてしまい、浮遊大陸に生活圏を移して地上奪還を目標に戦っている。
また超空間通路の存在によって次元の境界が曖昧になってしまっているようで、時折別世界の物品やはたまた人間そのものが現れる個とも発生している。そうした存在はひっくるめて『漂流物』と呼ばれていた。
「まあ今でも大元の超空間通路を壊そうと頑張ってるんだけどね。ま、そこら辺の話は教国の学者先生にでも聞いておくれよ」
「教国ってなんですか? やっぱり浮遊大陸にも色々国とかあるんですか?」
「そうだね。とりあえずこれから向かう先だよ」
四つある浮遊大陸の内一つを統治しているのが『教国はその名の通り宗教国家であり、数多くの研究者が集まる頭脳集団でもある。流れ着いたノーマッドの管理や保護も教国が行う取り決めになっているという。
「宗教と研究者ってなんか変わった組み合わせですね」
「元々は“オルゴン”ってエネルギーを研究する集団が原型だからね、それが長じて信奉するようになったらしいしさ」
「エネルギーを信仰するってへんな宗教だねー」
「オルゴンはガレリアを倒せる唯一無二のものだし、信奉する気持ちはわからなくもないね。それにこのリグの動力もオルゴンで動いてるし、生活には欠かせないものさ」
浮遊大陸もオルゴンの力で浮かんでおり、周辺空域丸ごとオルゴンに包み込まれていてガレリアの侵攻を防いでいる。この空中文明を支える根幹ともいえるエネルギー源であり、オルゴンの研究を進める教国の存在は大きい。
浮かんでいる岩から飛び出してリグは雲の上まで上昇する。眼下には大陸が見えてその向こうには小さくだが建物などが見えており、ここは既に教国内に位置していた。
「さーて、目的地が見えてきたわよ!」
「わー、なんかお城みたいな!」
白亜の城壁が見えてきてその姿を見せるように周囲を旋回していく。中心に巨大なドームが置かれてその周りに尖塔がいくつも並んだ荘厳な建築物だ。そして円形に舗装された着陸ポイントに降りた。
地面に降り立つのと同時に作業着姿の男たちが集まって、荷台の貨物を矢継ぎ早に運んでいく。三人がトラックから出て待機していると、作業を続ける屈強な男とは対照的に白を基調とした制服に身を包んだ若い女性が近づいてきた。
クリスはその女の人と顔見知りのようで気軽に挨拶を交わすと、リクとソラに目線を向けて微笑んだ・
「お話は聞いておりました。こちらのおふたりがノーマッドの方ですね?」
「そうそう、そっちで保護を頼むよ」
「わかりました。では改めてご挨拶頂きます、私はシュザンナ・ベルスターです。これからよろしくお願いしますね」
「は、はいっ!」
2人は緊張気味に挨拶するがシュザンナの人の良さそうな笑顔にほぐされていく。クリスは事後を任せると積み下ろしが終わったトラックへと戻っていき、一度皆の方を振り返ってサムズアップと笑顔を見せた。
「それじゃあ、どっちもさんお達者でな! お呼びとあればこのクリスティーナ・バートレットと流星運送はいつでも駆けつけるわよ!」
「いろいろとありがとうございました!」
激励とちゃっかり宣伝もしてからトラックが浮き上がり、オレンジ色に染まった空の中に消えていく。リクはそれを見送りながら、異世界にて初めて出会った人が彼女のような前任で良かったと心から思い、ソラも同じ心持ちであった
「クリスさんは本当に良い人だな、あんな人をヒーローって言うんだね!」
「ええ、クリスさんは昔からあんな感じの人ですから。さぁ中に入りましょうか」
日も落ちかけて夕闇が広がっても白い輝きを放つ宮殿へ三人は足を向けた。
外見と違えず内装も立派なものであり、高さも幅も10メートル以上ありそうな廊下を進んでいた。ここは御神体を祀る神殿であり、研究機関でもある教国にとって重要な施設だ。そこに保護したノーマッドの逗留施設も備えてある。
廊下を進みながらシュザンナはあることを2人に尋ねる。それはこの異世界転移に関係してるものだった。
「実はですね、ここ1月ほどノーマッドが多く保護されていて、皆様同じ年齢層で服装もちょうどおふたりと同じ物でした。こんな事今まで無くて、何か心当たりはありませんか?」
「もしかして、昼間のアレかな?」
「だとしたら、みんなここに来てるんだ!」
思い当たる節なら当然存在した。昼間に起きたスマホからの発光によって気がつけば2人はこの世界にやってきていた。その現象はクラスの皆にも起きていたので、同じようにここへ流されてきていてもおかしくはない。
それを聞いてシュザンナは顎に手を置いて考え込んだ。今までノーマッドを見てきた彼女だがこれほどの大量転移に遭遇したことはなく、これまでの記録にも乗っていないという。
「携帯情報端末からの発光現象によって、転移ですか……。これは何者かが意図的に起こした可能性がありますね。ですが、皆様のこれからの生活は私たちがしっかり保証いたします! それに元の世界へ戻る方法も日夜研究中です」
「ありがとうございます! 異世界ってわかった時は途方に暮れちゃいましたけど、シュザンナさんやクリスさんみたいな良い人巡り会えてホント良かったです」
「いえいえ、全てはオルゴンの思し召しですよ。あ、そうでした! 今日はおふたり以外にもノーマッドの方が見つかりまして、関係していると思いますので早く行きましょう」
リクからの謝辞にシュザンナは照れ隠しのように足早に進んでいった。目的の扉はすぐ近くにあり、そこを開ければ廊下と同じように赤い絨毯が敷き詰められた豪奢な部屋だった。中央に置かれたソファや背の低いテーブルも格式高いもののようで、ここは応接室だろうか。
シュザンナが言っていたように先客が既におり、リク達と同じような制服に身を包んだ男女がソファに座っていた。扉が開いた音に気付いてか、男子の方が振り向いて三人の姿を見かけると文字通りすっ飛んできた。
「おー、日高に長瀬じゃないか! 2人とも無事で良かった!」
「ええぇぇぇ……、えっと、誰ですか?」
「お前は巽か? なんでそんなにハイテンションで、サングラスなんかかけてるんだ?」
リクの両腕を力強く掴んで上下に揺さぶっているのはクラスメイトである乾巽で間違いない。だが普段クラス内の彼はおとなしくて目立たないリクと同じくモブ的な存在だった。それがこうしてやたらハイテンションでどこで見つけたのかサングラスなんかをかけていて、一瞬同一人物か迷ってしまった。
未だにリクが振り回させる中、ソファに腰掛けるもうひとりにソラが声を掛ける。そこにいる人物もクラスメイトに違いなかった。
「よかった、桜花も無事みたいで! って、どうしたんだ?」
「……なんなのよ異世界って……、地面はソラに浮かんでるし、乾くんは頭おかしくなってるし……もうやだ……」
「ちがーう! 断じて頭がおかしくなったわけじゃない! ただ己を解放しただけなのさ……」
「つまり、高校デビューならぬ異世界デビュー?」
死んだように力ない瞳で虚空を見つめる少女は天吹桜花。巽と同じくソラ達のクラスメイトであり、学業でも運動でも良い成績を修めている優等生だ。しかし性根がネガティブでその年頃に似合わぬやさぐれた言動も多いことからクラスでは浮いた存在でも会った。
彼女らも同じくこの世界へ転移していたようで、ソラ達よりも1日早く流れ着いたようだ。常識で考えられない事態に巻き込まれ、さらに丸1日近くハイテンションとなった巽と一緒だったこともあり、桜花はいつも以上にいじけてしまっている。
「ハァ……それになんで日高さんも長瀬くんも適応してるんですか……。ハイテンションにならない私がおかしいの……?」
「いやいや、有り得なさすぎて逆に肝が座ったというか、異世界転移ってよくお話になってるから知ってると言うか」
「ここがどこだろうと、ヒーローならすることは変わらない!」
「ハァ……どうせ私だけナメクジメンタルですよ……」
やさぐれっぷりが極まってしまっており、これは面倒にな事になったとリクは内心で焦りを見せる。しかし部外者たるシュザンナから見れば再会した学友の仲睦まじい様子として映っていたようで、今まで以上にニコニコとした笑顔を浮かべて人数分のタブレットを持参していた。
タブレットの操作感は地球のものと同じであるが、書かれている言語は見たこともないものだった。しかし自然と操作できて顔や名前がのった名簿が映し出され、そこには見知った者が記載されている。
「これってクラスのみんなじゃないですか?」
「はい、この1月の間に保護されたノーマッドの方を記録したリストです。皆さんに見ていただければ分かると思いますが……」
「ううむ、これはまるでクラス表だ。というか、俺達四人以外はみんな載ってるぞ!」
巽が指摘した通り名簿にはここにいる四人を除いたクラスメイト全員の顔と名前が載っていた。これがノーマッドのリストであることから、やはりクラス全員が1ヶ月の時差はあれどここに飛ばされてきたことになる。
クラス転移なんて本当に起こり得たのかと驚きを通り越してリクは感心していた。もしここでテンプレ通りなら勇者か何かになって世界を救ってくれと言われるのだろう。しかしそれは有り得ない。シュザンナの言う通りノーマッドは保護対象でこれから元の世界に戻る手段が見つかるまでお世話になるだから。
そんな他愛もない事を考えていたリクの耳に力強い足音とけたたましく開かれる扉の音が届いた。その音の正体はゆったりと余裕のあるローブに身を包んだ中年男性で、開口一番にこう叫んだ。
「ああ、ここにいたのか! 君たちノーマッドの力を借りたい!」
「て、テンプレ通りじゃないかあぁぁぁぁ!?」
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