表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鋼の天使は、虚空を征く。  作者: ドライ@厨房CQ
第2章 何処へ行く
19/19

アカシックレコード

「お疲れ、朝早くから精が出るね」

「イーサン、いらっしゃいー。ネクサスの準備整ってるよ」

「サンキュー、クーリェも朝からお疲れさんだ」


 ニヴル39番ハンガーに入ったイーサンは忙しなく動いている整備士たちとすれ違うごとに挨拶を交わして、彼らも気さくに返してきてくれた。愛機であるネクサスの前まで来るとそれまでタブレットに目を通していたクーリェが顔を上げてトコトコと近づいてくる。彼女はまだ10歳くらいの幼子であるが、ネクサスの設計を手掛けた一流の技師のだ。

 詳しい整備記録が載っているタブレットを受け取って内容を確認していく。イーサン自身はメカニックではないが、愛機の具合を自分で調べられるぐらいには機会に精通しており、前任の整備士だったおやっさんことジン・マルバスの時は一緒に整備を行っていた。


「毎度良い仕事だ、助かるぜ。ただこの報告書は大雑把だな、おやっさんのはきっちり書いてあったし」

「大雑把で悪いな。必要な部分はしっかり書いてあるからいいじゃろ。ジンの奴はそういう細かいところまで気が回るからのう。そこんところを買われてラーゼグリスの主任整備士に選ばれたわけじゃな」

「オレはじっちゃん達の整備に文句はねえさ。正直このじゃじゃ馬を毎回整備してくれてるもんだよ」

「感心してるならせめて丁寧に扱って欲しいもんだが……。そこは仕方ない、ほれお前はワシの孫じゃしな」


 駐機されているネクサスの影から野球帽を被ったレイジが顔を覗かせる。高いセンスと技術力を合わせ持った超一流のメカニックにしてエキセントリックな行動が目立つ彼は、まさに問題児なイーサンの祖父といえよう。ネクサスにも色々変な装備をつけようとしてイーサンを辟易させ、レイジも毎回毎回どこかを壊して戻ってくる孫に頭を抱えていた。

 お互い五十歩百歩な似た者同士ということで、顔を合わせれば祖父と孫とは思えない応酬が始まってクーリェは珍しそうに眺めているが、これは挨拶代わりみたいなもので実害もないから整備チームにとってはよく見る光景である。


「今回は大規模作戦になるんだろう? こっちもあとで合流するつもりだ。あとこれも持ってけ」

「ん? なんだこれ?」

「ワシからアズライトちゃんへのプレゼントじゃ」

「はいはい、渡しておきますよ。んじゃ、いってくる」


 渡された大きなケースを手にしたままコックピットへ飛び乗ると、すぐにエンジンへ火を入れた。完璧に整備されているので各部はどれも問題なく動き始め、機体を載せているパレットもエレベーターに向かっていく。手を振り見送るクーリェやレイジ、整備チームの皆にイーサンはハンドサインで応えて地上滑走路に向かって昇っていった。






「えっ!? どうしてみんながここに!?」

「それはこっちのセリフよ! なんでソラと長瀬君が裏アーカイブにいるのよ!」

「混乱するのは仕方ないよな、お客人よ。そなたたちを呼んだのは妾である」


 予想だにしていなかった人物の出現に桜花は指先を突き出し、指されたリクも何が何だかといった困惑した様子を見せている。お互いにこのような場所で邂逅しようなどと思ってもみなかったので仕方なく、混乱する二人を落ち着かせるように凛とした声が響いた。

 声の主である白づくめの少女に皆の視線が集まるが、この場で彼女の素性を知らないのは桜花だけである。しかし醸し出されるカリスマと神々しいまでの美貌に気圧されて只者ではないと悟り、自然とゴキが弱まった。


「……あなたは?」

「申し遅れた、妾は御子。この部屋の主といったものだ」

「ほ、本物の御子さまだ……」


 ぽつりとリコッタが漏らした言葉でぽつりとリコッタが漏らした言葉で桜花は目の前にいる少女が教国のトップに立つ御子その人であることに気づく。考えてみれば枢機卿でも閲覧が制限されているアカシックレコードを一介の司書がどうこうできるはずがなく、さらに上位で唯一の存在が一枚噛んでいたわけだ。

 してやられたと頭を抑える桜花に対して御子と司書はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。しかし枠に控えていた老紳士が咳払い一つすると二人は居住まいを正し、御子は先程の威厳を取り戻して司書もビシッと姿勢を伸ばした。


「さ、ここを自由に使って構わぬぞ。眠れる星の記憶のほんの上澄みに過ぎぬが、そなた達の助力になれば幸いだ。フフ、早速始めてくれているそうだな」

「えっ? あ、ちょっと!? アンタ達ねぇ……」


 桜花が後ろを振り向けばさっきまでそこにた三人の姿はいつの間にかなく、古書が並ぶエリアで釘付けになっているアズライトがおり、書架が林立している広いスペースの向こう側にいつの間にかリコッタは移動している。極めつけにロイは既にタブレットを手にして記憶を見ながら既に黙々と作業をしており、各々が自由で勝手気ままに動いていた。

 仮に国家元首兼宗教的最高指導者を前にしても相変わらず自由奔放に振る舞うストレイズの面々に桜花はますます深く頭を抱えていくが、御子は微笑ましそうに眺めて微小を浮かべる。流石に失礼だろうと頭を上げるが、当の彼女はきにしていないようで手を横に振った。


「ハァ……、なんかホントすみませんね」

「いうあ、気にしなくて結構。御子だからと崇め奉られるよりずっと気楽でいい」

「ね、みんなならきっと大丈夫って言ったでしょ?」

「ソラ、あなたの差し金だったのね……」

「桜花さん、なんかごめんね……」


 親しげに御子へ話しかけるソラの姿を見て、一連の出来事の黒幕が最も黒幕に似つかわしくない彼女だったことに嘆息を漏らす。なぜ自分がここまで苦労を背負い込まねばならないのかという貧乏クジを引いた自らへの憤りもあり、それを唯一感じ取ってくれたリクがせめてもの慰めであろう。

 気を取り直して改めて書庫を見渡せば、確かに長く伸びる書架がいくつも並んで壁にも天井までぎっちりと詰まっていた。装丁されているが中身は先程の結晶体と同じで素材で作られた記憶端末で、直接手にしなくとも閲覧用のタブレットでアクセスして中身を見る事が出来る。


「さてまずは超空間ゲートに関する情報から探しましょう~。はい、タブレットをどうぞ」

「フェイよ、この方達はお客人だ。少し言葉遣いと態度を改めたらどうだ」

「もうお祖父ちゃんったら堅いんですから~。わっちと桜花さんはマブダチですよ!」

「誰がマブダチだ。っておじいさん?」

「はい、某はモーゼス。孫のフェイがご迷惑を」


 タブレットを受け取って早速調べ始めたところへ紅茶を持ってきてくれた老紳士な執事が司書の軽口を窘めた。話を聞けばどうやら二人は孫と祖父の関係であるらしく、御子専属の執事たるモーゼスが孫娘の楚々を詫びてくる。司書のフェイには色々と手伝って貰っていたのは事実なので、桜花は気にしないでいいとそのまま伝えた。当の本人は逃げるようにこの場から離れてアズライト達の間に顔を出しており、話を聞いていないことにモーゼスからため息が漏れる。

 思えば彼が眉間に皺を寄せて厳格な表情を作っているのはどうにも孫娘のことで頭を悩ませているからかもしれず、振り回される者同士だからか妙な親近感が湧いてくるのだった。


「お互い難儀な身内を持つと苦労しますね……」

「桜花殿、お心遣い痛み入ります」






 昴流は竹刀を振りながら汗を流している。教国よりノーマッドはエクスシアのランナーであるリクとソラの二人に次ぐ国賓級の待遇を受けて大聖堂に逗留しているが、他のみんなは教国の文化保護区画にて故郷である日本によく似た雰囲気の場所があったのでそちらに向かっていた。

 誰も口にはしていないが少なからず望郷の思いを抱えているものであり、昴流もそこは変わらない。しかしここへ来た理由がオラクルや空中騎士団と共闘して人々に仇なすガレリアを倒すためであり、そんな雑念を振り払うように振るう竹刀にも自然と力が入っていった。


「さてと今日はここまでにしとくか。俺達も余暇を有意義に使わねえとな」

「だけど龍之介、俺はまだ疲れてなんか……」

「まぁまぁ、肩肘張りすぎてるからさ昴流はな。息抜きしてリラックスしたほうが本番で力出しやすいぜ?」


 一緒になって鍛錬をしていた龍之介が額の汗を拭いながら休息を提案してくる。昴流としては戦いに備えてもっと鍛えておきたかったが、力が入りすぎていることを幼い頃から武術に慣れ親しんでいる彼はすぐに見破って昴流もしぶしぶ竹刀を置いた。時間も正午を回ったところで休息に丁度いい時間帯なので、シャワーで汗を流してから間借りしていた修練場の管理人に例を言って外へ出る。

 大聖堂がある小高い丘には小さな礼拝堂の他に修練場もいくつかあり、心身を鍛える事による宗教的鍛錬や昔からの武術の保存のためだ。修行してる者も純粋な修行者から武道家、はては武術の歴史を紐解く研究者まで一つ屋根の下で同じように汗を流してる姿は、どこかちぐはぐふぁが懐の深さも感じられる。


「ん? あそこにいるのは乾じゃないか。でもなんか様子が変だけどよ……」

「本当だ、なにか燃え尽きて真っ白になった感じだな」


 大聖堂に入ってすぐんぽ大広間は多くの人が行き交っているが、その中で人が避けて通るスペースがあった。そこには柱にもたれかかる巽はいて、まさに真っ白な灰になったと形容できる雰囲気を醸し出していて、これでは人が避けていくのは必至である。

 クラスメイトであるがもともと接点が薄い関係でしかもこちらに来てから異様にテンションが上っていた彼をどことなく苦手で、今はあからさまに異常な状態なので更に関わりたくない思いが強いのが龍之介の本音なのだが、同時にお人好しの親友は捨て置くことなど出来ないと確信していた。


「……あ、お前たちは筋肉ブラザーズじゃあないか。フッ無様なこの俺を笑いに来たのか、さぁ存分に笑えよ……」

「別に笑わねえよ。つーかお前さんなキャラだったか? って筋肉ブラザーズってなんだよ!」

「乾、なにかあったのか?」


 悪い予感は的中どころかそれ以上に悪い方向で当たってしまい、なんとも言いづらい呼称がついた事へ綺麗に突っ込みを入れながら龍之介は頭を抱えるしかない。彼とよくつるんでいるクラスメイト3人とイーサン達はいつもこのノリに付き合ってるのかと思えば頭が痛くなってくるし、昴流に至ってはいつもとさほど変わらぬ調子で事情を尋ねる天然ぶりを発揮しているのだ。

 やさぐれてしまっている巽が言うにはいつもつるんでいる3人やストレイズに見捨てられて一人こうして黄昏れていたらしい。首から下げているカメラはただの観光用でなく、オルゴン教団のの秘密のベールを剥がすためのものでこの3日間は撮って撮って撮りまくったのだ。


「でも、なんでそんなに撮りまくったんだ?」

「決まってるだろう、ここの秘密を探ってたのさ。桜花は公文書館に籠もってたが、やはり情報を得るに足で回るのと相場が決まってる。だけどな、あんまり良いものが…………およっ?」

「あっ!? 巽危ない!」


 よろよろと立ち上がった巽はまるで芝居がかった大げさな動きで壁に手を付けて顔を俯かせる。しかしちょうど手がある部分の壁が抜けるように開いていくとあまりに素っ頓狂なうめき声とともに彼の身体が闇の中へ呑まれていき、それを助けようと昴流が手を伸ばすが彼もバランスを崩して同じく落ちていこうしていた。

 この中で一番の腕力を誇る龍之介が慌てて二人を掴むが、咄嗟のことで肉体強化をしていなかったからか重力に引かれた二人分の体重を支えきることが出来ずに一緒に闇に飛び込んでいく。入り口の影は何事もなかったかのように覆い隠して、悲鳴をあげるまもなく闇の中へ吸い込まれた三人は細いスロープを滑り落ちていった。






「色々と情報が出揃ったわね。結果から言えばゲートをどうこうしなきゃいけないけど」


 タブレット端末を机に置くと桜花は肩をほぐす。流石にアカシックレコードの情報量で公文書館では閲覧禁止されていた超空間ゲートに関する情報が大量に集められて、元の世界へ戻れる光明も見えていた。しかし、ゲートそのものはガレリアの発生源として最重要攻略対象となっているから、奪還するまで何も出来ないわけである。

 何よりノーマッドを大量に呼び出した方法についてはまったく不明で唯一の手がかりは転移するあの時にスマホに映っていた謎の文様だけで、そちらをアカシックレコードを使って探すのにも長い時間がかかるだろう。


「あまり根を詰めすぎるのもよくないですよー。桜花さんも他の皆さんみたくまったりいきましょう」

「そうね。でみあれはまったりじゃなく怠惰に諦観よ」


 ティーポッドを持ってきたフィーが祖父の淹れた紅茶を勧めたきたので口をつけて、その美味しさに舌鼓を打った。美味しい紅茶に舌は満足しているが周りの惨状で美味しさは半減してしまっており、燃え尽きたように突っ伏してるアズライトとリコッタへ目をやる。アカシックレコード全体から見てもほんの一部な上澄みだが膨大な情報量に二人は早々にギブアップしてしまい、桜花もロイが組んだ検索プログラムの補助があってなんとか集めれたものだ。

 当の本人は解析プログラムを組み上げてからはそちらに全てを丸揚げして趣味の方に没頭しており、今回の黒幕たるソラと御子は仲良く談笑をしている。未だに情報を調べているのはリクだけで彼も難しい顔をしながらタブレットに向かっており、やはり悪戦苦闘しているようだ。これは長丁場になりそうだと桜花は感じて一息つくのだが、休息を与えぬかのように突如としてけたたましい警報が部屋中に鳴り響く。


「ゔっ!? い、一体なによ!?」

「こ、これは……! 大聖堂内の緊急避難バイパスが作動した警報音ですっ! 地上で何かあったか誰かが隠し通路を使っているみたいです!」

「隠し通路って、なんでそんなものがあってここに繋がんてのよ!」

「ここがまだ研究施設であった頃の名残でな。緊急時にすぐこの場所へ集まれるよう各所にスロープが隠されておるのだ。大聖堂へ回収する時に全て塞いだと聞いていたが、まだ稼働するものがあったとはな」


 思いっきり紅茶を吹き出した桜花は喉を詰まらせながらも状況を問い、紅茶をもろに被ったフィーは顔をハンカチで吹きながら同じく緊迫した口調で答え、対して非常に落ち着いた調子の御子が補足を入れた。異常な事態に違いはなくモーゼスは御子を庇うように立ち、さっきまで突っ伏して机にダウンしていたアズライトとリコッタも己の得物をその手に握りしめて迎撃の構えをとっている。

 本棚の一部が一部が横にスライドして大穴がぽっかりと開かれて、何かが転がってくる音が次第に大きくなっていき、叫び声とともに腕や足などが絡まって雁字搦めになった人間の塊が転がり込んできた。まさに奇妙なであるが、突き出された顔はそれも見知った人物のものである。


「乾君!? どうしたの、こんな男祭りなんかしちゃって……」

「た、助けてくれー苦しい……。いやどうしてこうなったのか自分でもさっぱりでよ……」

「わかったわかった、今解くからおとなしくしててね」


 雁字搦めになっていたのは巽と昴流と龍之介の三人であり、一目散に駆け寄ったリコッタが心配そうに眺めながら抜き出そうと引っ張り出して、剣を収めたアズライトも絡んだ糸を解くように三人を解放させていった。糸と違って人間の手足は自在に曲がらないので無理矢理力任せに引き剥がしていくのだから、時折苦悶の声が漏れているがどうにか歪な融合は解かれた。


「それが御大層な登場だけど、一体何があったのよ?」

「何があったって、お前たちこそ酷いじゃあないか!” 俺を放置してこんなとこでパーリィナイトしてるんだよ!」

「ごめん、忘れてた」


 なぜこうなったのか桜花は事情を尋ねるが、逆に放置プレイを食らっていた巽から猛抗議を受ける。あまりにも必死な形相に虚を突かれるが短くバッサリと言い切った一言はトドメに相応しい破壊力を持っており、彼は顔を床に擦り付けるように崩れ落ちて動かなくなってしまった。

 そんなやり取りを未だに混乱状態にある昴流と龍之介は呆然と眺めており、アズライトが助け舟を出して現状を伝える。ここがどんな場所でそこに集まっている理由を話し、昴流も突如として壁に穴が開いてここまで転がってきたことを伝えて隣に立つ龍之介は苦笑いを浮かべた。


「しっかしアカシックレコードとはまた大層な……。でもこれがあれば元の世界に戻れるんだろ? みんな喜ぶぜ!」

「まだまだ検証段階だけどね。今のままだとゲートをどうにかしなきゃいけないからさ」

「その為にも戦う必要があるわけか……。俺達も頑張らないとな!」


 アカシックレコードに元の世界へ戻れる情報が埋もれていると聞いて龍之介は期待を寄せ、こちらの世界に来てから2ヶ月ほど経って慣れてはきているが、ノーマッドは誰しも望郷の念を捨ててはいない。昴流も今までは義理や義務感で戦っていた節があるが、これで戦う心構えもより強いものとなった。

 盛り上がる二人へ水を差すように口を挟んだのは桜花であり、その隣に立つロイがタブレットを操作してそこから映像を空中に投影する。そこには複雑な文字や数字が並んで2本の折れ線グラフが映し出され、特に1本はものすごい勢いで上になっていた。


「盛り上がってるところ悪いけど、まだまだ調べなきゃいけないことが山ほどあるのよ。ロイ君お願いね」

「はいよ、こっちのグラフは今のメンバーで人力であたった場合だけど、解析すんのに328年かかる。ノーマッド総出でも変わらないな。んで、もうひとつのグラフはラーゼグリスの量子演算システムを使った時の試算で時間を100分の1まで縮めることが出来る」

「ラーゼグリスを使えばここまで短くなるの?」


 示されたデータがあまりにも大きな数字だったからリクが疑問の声を上げる。ラーゼグリスに搭載されている頭脳体はエクスシアでは標準的な量子コンピュータであるが、それが21基集まって形成された演算処理システム《ナーヴス》は巨大ネットワークを築き上げる程に莫大な情報処理能力を持っていた。なので量子コンピュータであるラーゼグリスの頭脳体を利用すればより早く多くの情報処理が可能になる。

 だが、ここで一つの疑問が生まれた。それはアカシックレコードの解析作業にナーヴスを使っていないことで、あれだけの情報量もナーヴスがあればそこまで時間がかからないはずである。それを御子へと尋ねると彼女は顔をしかめながら肩を落とした。


「アカシックレコードは教団において絶秘で封印されているものでな。外部の機器と繋げるのは以ての外、ここに部外者を入れるのも憚れておる。全ては世界の記憶を悪用されぬ為だな」

「えっ? それじゃあ御子さま、ここにあたし達を入れたのはマズイんじゃ……」

「フフ、心配は無用。そなた達の力になるという約束を違えるつもりはないからな」

「あ、それはありがとうございます。ですのでこことラーゼグリスを繋ぐためのハブを設置してもいいですか?」


 小さな胸をどんと張って御子は得意げな笑みを浮かべて、ソラの心配を吹き飛ばして彼女もにっこりと笑う。麗しい友情が広げられるが、そんな空気を読まずにロイは口を挟んでアカシックレコードとラーゼグリスを繋げるネットワークを構築する許可を求めてきた。

 今しがた絶秘で外部と繋げるのは禁則事項と伝えたのだが、それを完全に無視した発言にまたしても御子は眉をしかめる。先程から表情がコロコロ変わってか最初に感じられた神々しさは全く無くなっていたが、格段に親しみやすさが上がっていた。ムムムとしばし口を閉ざしていたが諦めてか溜息とともに頷く。


「まったくとんだ図太い男よな。本来なら不敬も良いとこだが許可しよう。これで妾もそなたらと立派な共犯者だ」

「ご協力ありがとうございます。ここをこうして……っと、プログラム入力完了だ。あとはラーゼグリスにもこのプログラムをインストールしておけばいいぞ」


 タブレットになにかを打ち込んでから長方形のメモリースティックをリクへ投げ渡した。これをラーゼグリスに導入したらアカシックレコードとバイパスが生まれて、頭脳体の量子コンピュータによる解析が可能となり、逆にアカシックレコードとの情報も共有できて更にラーゼグリスを強化できる事になる。

 明確に禁則事項を破る事になるのでリクやソラでなくアズライト達やモーゼスにフィーも心配しているが、腕を組んで仁王立ちする御子は覚悟を決めていた。教団の方針から外れて御子は自らの意思でソラ達に協力すること、それを示している。


「協力してくれるのは心強いけど、御子さま本当にいいの?」

「……枢機卿たちに内密でこんな事するのは流石にマズイことだろう。だがそなたらがこちらの世界へ召喚されたのは誰かの意図があってのものだと確信しておる。ならば元の世界へ戻す為に尽力するのは我々の義務というわけだ。その前に我らの慣習など些事に等しい。それにそなたらはアカシックレコードの情報を悪用することはない、そうであろう?」

「ありがとうございます! はい、僕たちも約束を絶対に違えません!」


 御子の心意気にいたく感動してリクが頭を下げた。アカシックレコードにそれを管理する御子の協力を得られたのは大きな進歩で、元の世界へ戻る手段の構築とノーマッドを召喚した際に浮かんだ謎の文様の調査もより早く進むだろう。音頭をとっていた桜花は一旦ため息を吐き出すと気持ちをもう一度改める。ここからが本当のスタート地点でまだまだ気は抜けないのだから、立案者として纏めていくことも必要だ。


「さて、方針は決まったからあとは行動あるのみね。星宮君達はクラスの皆に教国へ集まるように伝えておいてもらえるかしら。御子様と枢機卿の話し合いの結果次第かもしれないけど、皆がここに集まって情報を集めた方が効率いいからね」

「了解した。それにしても天吹、君はなんか日本にいた時からずいぶん変わったな。前はなんか暗いな感じだったのにさ」

「私はただやさぐれていただけよ。でもここに来てからはそうは言ってられなくなったのよ。だってこの問題児共の面倒みるの他に誰がいるのよ? はぁ……早く帰りたい」

「それは、そうだな。は、早く帰れるように頑張るぞ」


 暗い雰囲気で目立つ存在ではなかった桜花がここまでリーダーシップを発揮しているのに昴流は関心したが、暗さは消えたがため息の数が増えてやさぐれてしまっている彼女に何も言えない。少なくとも自分にはイーサンを含めたあの我の強くて変わり者な7人を御する自身は無かった。

 変わり者呼ばわりされてしまった当人達は集まってこちらもこれからの方針を話し合ってはいるが、解析の為にもリクとソラの二人がラーゼグリスに乗り続けるわけだから、引き続きストレイズは2人のサポートに回る。新たな目標も出来てかソラはやる気満々で腕を上に振り上げた。


「さて枢機卿たちには妾から話をつけておく。そなたらは出来ることを全力で行う、それだけを考えてうればよい」

「うん、御子さまありがとう! よーしこの勢いでみんな頑張るぞー!」

『おーっ!!』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ