9話 新たなる翼
お待たせしました!第9話です。今回はイーサンに新たな機体が届きます。自分の趣味と好みを詰め込んでみました~
「確かここでいいはずなんだが、変な滑走路しかねえぞ」
新しいストライダーを用意したという連絡をシアンから受けたイーサンは早速指定されていた場所に来たのだが、そこはアカデミーの外れにある今では使われていない旧滑走路で、路面標示とは思えない変な模様が刻まれている。
ストライダーなどを格納しているハンガーも見当たらず、見渡す限り舗装されただけの灰色の地面が続いているだけだった。そこへ再びシアンから再び連絡が入り、イーサンは困惑したように返答する。
「今受け取りの場所に来たんだけど、どこにあるんだ?」
『近くに丸い円が描かれた場所があるからはず。そこに立って』
「丸い円ってこれか。乗ったぞー……って動いた!?」
『ようこそ“ニヴル”へ』
指定された通り近くに黄色の線で描かれた直径3メートルほどの円に立つと、その部分が丸ごと動いて地下に降りていく。結構な深さまで潜ったところで扉が開かれると、その先には地下空間とは思えないほど明るく広々とした空間が広がっていた。
白塗りの壁面に囲まれて天井の高さは5メートルほどある長方形状の空間であり、色合いや配置から地下演習場を思わせるがイーサンは別なものを連想している。エレベーターを降りた先でシアンが待っており、内部を案内してくれた。
「地下にハンガーを置くとは、中々すごいもんな」
「あ、わかった? その通りニヴルは地下ハンガーが集まってる場所」
ひと目でこの場所をハンガーだと見抜いたイーサンにシアンが地下ハンガー『ニヴル』に説明する。ここは元々老朽化進んでいた従来のハンガーを建て替える計画の内、地下空間を有効活用する案に沿って建造されたもので、本来はテストヘッドとして作られた小規模なものに過ぎなかった。
しかし地下にある点がストライダーから関連する人員や機材も守りやすい事などからも細々ながら拡張が進められていき、先日のガレリア襲撃事件を受けてニヴル第一号の本格始動と新たなニヴルの建造が決定する。完成度としてはまだ70パーセントほどだが、ハンガーの機能は問題なく順次機材や人員が入ってきており、アカデミーを繋ぐ地下通路も開通済みで使用するのに問題はなかった。
「ほうほう、だから地上にはあの変な滑走路しかなかったわけか」
「あの滑走路も色々と秘密がある」
「ふーんそうなのかー。お、あれが新しい機体か!」
ストライダーのシルエットが見えてくるとイーサンは駆け出して、その機影のすぐ近くまで寄ってきた。これまで乗ってきたストライダーとはあまり変わらない形状だが、機首にはカナード、主翼は軽く反りの入った前進翼となっている。これらの特性から運動性能向上機仕様と判断し、より自分好みなものであった。
見惚れたように周囲を回りながら眺めているとガンメタの機体の影からイーサンに呼びかける者がおり、それは昨日共闘したアズライトであった。
「ウキウキ気分じゃないの。そんなに気に入った感じ?」
「もちろんだぜ! アズライトもここにいるってシアンに呼びれたのか」
「いいえ、私はニヴル利用者第一号なのよ。さ、眺めてないで乗ってみたらどう?」
「それじゃあ、飛ばそうか」
うずうずとした様子なイーサンにアズライトとシアンの二人がGOサインを出すと、旋風を巻き起こしながら物凄いスピードでコックピットに飛び込んでいった。操縦桿の配置やインターフェース類はこれまでのもの変わりないので、乗り込むとすぐにメインシステムを立ち上げる。エンジンが始動したのと同時に滑走路へのタキシングが始まった。
降着装置が固定されると機体を乗せたパレットがレールに沿って可動していき、格納区画の中央に鎮座するエレベーターの一つに配置される。正面には斜め上に伸びていく半月型の通路が伸びていて、そこにもレールがあるのでパレットは進んでいき、機体は地上の滑走路に付いた。
全自動でハンガーから発進位置まで移動したのはイーサンにとっては発体験で中々の刺激であった。前に受けた空母からの発艦訓練もぐっと短いがエレベーターで移動したのは似通っている。
《位置についた。こっちで動かすのはここまで。あとはイーサンの自由、コントロールを移す》
「了解、アイ・ハブ。それじゃあ早速行ってくる!」
既にエンジンは暖まっており、スロットルを全開にすれば轟音とともに滑走路を走り抜けていく。先程見た滑走路上の変な模様はオーグメントシステムによる表示であり、キャノピーに路面標示や指示灯がわかりやすく表記されていた。
吐き出されるジェットの推力で機体が持ち上がって、機首を鋭角に傾けて一気に急上昇していく。ほぼ垂直に上がって離陸してから約13秒で限界高度20000メートル近くまで到達しており、これまで乗ってきたストライダーとは段違いな加速力にイーサンは驚いた。
《すごい飛んだね。意識失ってない?》
「逆に興奮してるさ! こんな機体は初めてだ。早くコイツの全速力を試してみたいぜ!」
《じゃあドローン飛ばずね。一応ミサイルは模擬弾だけど他は実戦仕様だからちゃんと避けてね》
「ああ、どんと来いだぜ!」
機首を下に向けて今度は垂直に近い角度で落下するように下降していき、視界には打ち上げられた4機の無人機が確認できて彼我の距離を詰めている。機動力を測るべく推力を更に強めれば、上がってくる編隊の隙間を通り抜けていき、あと数秒で地面に激突かというところで機首を上げれば視界にまた蒼空が戻ってきた。
無人機から放たれる弾頭が青く塗られた模擬弾は実弾顔負けの軌道を描いてイーサンに迫るが、加速力とストライダーとは思えない小回りの効いた運動性でミサイルの全てを避けてみせる。オルゴンリンクシステムによる適合率は70パーセント以上の高い数値を叩き出してはいるが、敢えて空力バランスが崩されているこの機体は思考制御だけでは振り回されそうで、操縦桿を握るイーサンが不敵に笑う。
「このじゃじゃ馬め、手綱しっかり握らねえと振り落とされるってわけか! 面白い、どんどん来やがれ!」
飛び交うミサイルと撃ち出されるレーザー機銃をカナードと前進翼が作り出す歪な空気の流れに乗る事で予測出来ない軌道で避けていき、少しでも機体制御を誤れば錐揉み状態になりそうな不安定な中でも推力偏向ノズルを動かして急激に進行方向を変えていった。
AI制御によって正確無比なサイティングと友人機には不可能な空中で制止からの急激な加速という強烈なマニューバで、2機の無人機が変幻自在な軌道を描くイーサンに追いすがってきた。ロールしながら旋回や自機に迫るミサイルを寸前で回避するなど、2機に追われても余裕を崩さないイーサンは細かな岩石が浮かぶ岩礁地帯になだれ込む。
少しでも操縦を間違えれば岩石にぶつかりかねない状況であるが、突入した3機は全くスピードを緩める事なく飛んでいた。この場所は正確無比に飛べる無人機が有利であり、岩を避ける事に専念しているストライダーとの距離は少しずつだが着実に詰めていく。ミサイルを撃ち出す事はこのエリアでは出来ないので機銃の射程距離まで詰めたが、その瞬間にストライダーは加速していく。目の前に巨大な岩石があるにも関わらず。
構わず追いすがる無人機とイーサンの間でチキンゲームが繰り広げられ、その勝敗は一瞬で決まった。岩にぶつかる寸前で機首を全力で上げて偏向ノズルも最大限に吹かして岩の表面スレスレを上がっていき、追いかけていた1機はそのまま岩盤に激突してしまった。
途中で追撃を諦めて上昇したもう1機の無人機の眼前にイーサンがいた。小回りの良さと並外れた操作で岩をかいくぐって肉薄、避けられない距離から放たれるレーザー機銃の雨が無人機を穴開きチーズに変えていく。
「これで残り2」
爆散した無人機をバックに岩礁地帯を向けだしたイーサンはすぐさま別の無人機を標的にした。推力を全開にしてその後ろにぴったりと張り付いて、無人機も上下左右に激しく振って振り切ろうとしたり、空中で制止からの急転換を見せるが、それでもイーサンは逃さない。ついに射程距離に収めるが、なぜか機銃もミサイルも撃とうとはしなかった。
徐々に距離を詰めてくるが攻撃してこないストライダーの挙動に対して、変則的なマニューバを行わずに直線の速力を上げて引き離そうとしていく。しかしイーサンの加速力は想像以上の発揮して、追い抜き際にシールドで保護強化された主翼が無人機を切り裂いた。
「これで3機、残りは!」
「私が落としたわ。というかあんな速度で飛んだり、羽根で切り裂くとか、相変わらず無茶苦茶ね」
「お、アズライトも飛んできたのかい。こいつが中々のすごいもんでな、色々とやらせたくてな」
3機目を落としたのと同時に4機目の無人機も赤い光刃によって落とされていた。アズライトが駆るレーヴァテインは機体構成そのものに変わりないが、両腕に握られている武装が変更されている。これまで同形状のレーザーブレードを二振り装備していたが、右手にはまるで三日月のように湾曲した発振器を持つ長剣、左手は逆に発振器を持たないグリップだけの短剣が握られていた。
フライヤータイプの無人機に続いてバルーン状の小さな飛行物が打ち上げられて、無人機と違って空中をただ漂うだけなのだが、その数は優に100を超えている。空を覆うバルーンの群れと相対するのはアズライトだ。
《次はアズライトの試験。その小さい標的を全部破壊すること》
「殲滅戦か。オレだったらミサイルで纏めて吹っ飛ばすかな」
「それじゃあ私のやり方、見てなさい!
空中を漂う小型標的機の群れに目掛けて両手のブレードを構えたアズライトが突っ込む。右手の三日月状な長剣はその大きさに見合って高出力なレーザーを作り出し、発振器である刀身を纏う真紅のエネルギーが一振りで無数のターゲットを断ち切って見せた。
続いて左手の短剣を振るえば発振された光刃が円盤型の光波となって撃ち出され、射線上にいたドローン郡を真っ二つしていく。更に発振時の収束率を任意に変更することで、光刃は無数の針に姿を変えて広範囲を撃ち抜く光の雨を振らせた。
機動力を生かして飛び回りながら、特性の異なる二振りのレーザーブレードを巧みに操るアズライトは瞬く間にターゲットを破壊していく。遠巻きに観戦していたイーサンはその力量の高さに舌を巻いて驚嘆の声を上げた。
「すごいもんだ! 全部ぶった斬っちまうんだからよ」
「ま、これくらいは準備運動みたいなものね。イーサン、あなたの飛び方見てたらそう思えるもの」
《あとイーサンに一つ、そのストライダーの新武装を教えて上げる》
「お、まだコイツには秘密があるのか」
シアンが示したようにオルゴンリンクシステムを介して新しい武装がイーサンに提示される。それは今まで乗ってきたストライダーには搭載されていない新装備であり、一体どんな物かと期待を寄せてさっそく発動させてみた。
始動とともに機首部が左右に分割された簡易的な変形形態になると、エンジンの出力が高められてエネルギーが機首へ充填されていく。開かれたスリットにはエネルギーが集中して不可視の力場による銃身が構築されて、チャージ完了するとともに発射権限がイーサンに移される。
岩が並ぶ岩礁地帯に標準を合わせて引き金を引いた。膨大な推力を生み出すエンジンからのエネルギーが蓄えられてその出力はかなりの物で、高出力レーザーが空を切り裂いて小さな岩を消し飛ばしストライダーとは10倍以上の質量を誇る巨大な岩塊を粉砕する。数秒程度の照射で岩礁を二つに割いた火力にイーサンは大満足だ。
「こいつはいいぞ! ストライダー単機でも大型ガレリアを墜とせそうだ」
《飛びながら撃つときは推力に要注意。だいたい試験は終わったから、一度帰還して》
輸送パレットに載せられたストライダーがニヴル内の39番ハンガーに戻ってきた。アズライトは専用のエレベーターでレーヴァテインを展開したまま降りてきており、そのエレベーターはイーサンがハンガーへ来る時使ったものと同一である。
エイジス専用のステーションの下へ入るとアームが伸びてくると、武装や背面ウイングユニットが備え付けのハンガーに収められ、エイジス本体が折り畳まれたような待機状態となって固定された。胴体部の前面が開かれてレオタードタイプのランナースーツを纏ったアズライトが出てきて、ヘッドギアと機体と繋がっている腰部ケーブルを取り外す。
また飛び足りないと名残惜しく座席にもたれ掛かっていたイーサンもようやくコックピットから出てくると、待っていたアズライトが給水ボトルを投げ渡した。喉が渇いてたので一気に飲み干すと、ほっと一息つけた。
そんな二人を迎えるように声を掛けられる。初出撃を終えて点検を行うために作業着とベストを着ているが、呼び止めた人物もオレンジのベストに黄と黒の腕章を巻いた白髭を蓄えた老人だった。その顔を見た途端にイーサンが叫ぶ。
「じっちゃん!? なんでここにいんの!?」
「よっ、久々じゃなイーサン。噂は聞いとるぞ、かなり暴れてるみたいじゃないか」
「え? じっちゃんって、あの人がイーサンのおじいさん?」
「そう、レイジ・バートレット博士。イーサンのお祖父さんで高名な技術者。……変人だけど」
イーサンの祖父であるレイジ・バートレットはメタトロンのカスタマイズでは右に出る者はいない。企業や個人でリグやフライヤーをカスタマイズする技術者は多いが、レイジはフルスクラッチでメタトロンを作り上げた伝説を持っていた。
しかしシアンが最後にボソリと付け加えたように高い技術力を持った者の典型でもある変わり者で、古くからの友人であるシアンの祖父ミハエルも彼の奇行には相当頭を悩ませていたようで、ちょうど今のイーサンとシアンの関係が祖父世代でも起きていたとアズライトは容易に想像できた。
「やぁ、君がイーサンと分隊を組んでいる娘さんだね。孫が世話になっておる」
「いえ、イーサンのおじいさんが高名な技術者とは驚きました」
「ふむふむ、良い肉付きな臀部に太腿じゃな。お、スタイルも中々……アダダダダ!?」
「レイジ博士、セクハラ。お祖母さまに言いつけますよ」
身体にぴったりと密着するスーツはボディラインを強調させ、ハイレグタイプなので尻や太ももが一部露出している部分がある。更にスタイル良いアズライトということでレイジはだらしなく鼻を伸ばすが、スケベな視線にいち早く反応してシアンの指先がその頬をつねった。
祖父の痴態にイーサンは頭を抱えながらアズライトに頭を下げる。当人のアズライトもさほど気にしてはいないが、一応他人の目もあるからと私服の赤いジャケットを上から羽織った。シアンから頭の上がらない人物の名前を上げられてレイジは抵抗出来ないのでこれで一安心だろう。
「すまん、うちのスケベじじいが迷惑かけて。せめて変な機械作るだけにしておけってんだ」
「ううん、気にしてないわ。それに新装備やあのストライダーはレイジ博士が作ったんだよね?」
「よくぞ聞いてくれたお嬢さん! その通りこの不肖レイジ・バートレット渾身の作でありますぞ」
アズライトから尋ねられてレイジは切り替わって説明してくれた。根っからのメカニックなので自分が作った物とそれを扱う者には真摯に相手しているのが彼の美点だ。セクハラを受けたとはいえアズライトも新しい装備の性能には満足しているので彼に対する悪感情は抱いていない。
昔から変なものを作っては押し付けられていたイーサンも技術者としての祖父は尊敬しているので、今回ストライダーを用意してくれた事に感謝だ。
「じゃあオレのストライダーもじっちゃん作ってわけか。今回は変なもの付いてなくて一安心だぜ」
「いや、わしが担当したのは機体のチューニングで、設計は別人じゃよ」
「へぇ、確かじっちゃんはチューニングと改造が一番得意だったもんな」
このストライダーは運動性能向上用の試験機として開発されたものの一つであり、試験機の中で群を抜くほどの運動性を持っていた。一方であまりにもピーキーな操作難度に操縦できるものがおらず、無人システムと遠隔操作の併用でなんとか飛ばせられた。
しかし人工知能を持ってしても空力特性が崩れたピーキーな機体を操るのは至難の業で、何度目かの飛行試験中に墜落し大破してしまう。このまま廃棄処分ということになったのだが、この機に愛着のある一部の技術者達が修繕と改良をレイジに依頼してきた。非武装で飛ばすのも危うい試験機を実戦仕様に改良するのに四苦八苦したが、協力者の改良設計により完成に漕ぎ着ける。
「改良した結果な、ピーキーだった操作性は……よりピーキーなじゃじゃ馬になったのじゃ!」
「ダメじゃねえか! なんでいつも普通に乗れないもんばっか作ってんだよ!」
「えーだからお前さん専用機にカスタマイズしたんだろうじゃ。ほれ、しっかり飛ばしていたんじゃないか、さすがわしの孫!」
「はー、特定個人にしか動かせないのはどうかと思うぜ……。でもまぁこの機体自体は気に入ったよ」
最初からイーサンが乗る事を前提にセットアップされており、かなりピーキーながら彼との相性は抜群にあった。長年の夢だった念願の専用機を手に入れて、口ではそっけない風であるが興奮を抑えきれずにいる。
機体のチェックを行う整備員たちもこれまで誰も操れなかったストライダーを初飛行で見事に乗りこなした事に、驚きながらもその腕前を素直に称賛していた。その中でも特に小さな人物が駆け寄ってきて興奮するように質問をまくし立てる。
「ど、どうだった!? 空力バランスは運動性重視で安定性をギリギリまで削っているから。それに反応速度も遅延とかなかった? あとエンジン出力やノズルの可動とか……」
「うーん、君の言ってることはようわからんが……、最高の機体だったぜ!」
「レイジ博士、あの子は?」
「彼女こそがストライダーの改設計を担当した、クーリェ・マクニールだよ。設計とソフトウェア面に関してはわしを超えておる」
薄い金髪を二つ結びにした10歳位の少女であるが、レイジが太鼓判を押すように非武装だった無人試験機を実戦向け有人機にするという、一から設計し直すような事を見事に成し遂げてイーサンのこれまでの飛行データを参考に最適なソフトウェアまで構築していた。
こんな小さな女の子がと驚くも実際に操縦してみて完成度の高さを身をもって感じているので、クーリェは紛れもいない天才少女だ。そんな彼女がB4サイズのタブレットを差し出してイーサンの手をひく。
「これに機体のアセンブルデータが入っているの! いろいろ試せるよ!」
「わかったわかった、そんな引っ張んなくても大丈夫だって」
「うんうん、仲良くなって良かった良かった」
パタパタと足音を鳴らしながらイーサンを引っ張っていくクーリェの様子をレイジに限らず、整備員たちもほっこりした気持ちで眺めていた。天才ゆえに訳ありであった彼女を預かり、好きなように研究できる環境を提供できて良い結果も出せている。
イーサンはクーリェからアセンブルツールを使った機体のセットアップや調整の方法について学んでおり、その中にあるペイント機能を実践してみせた。機体の使っている特殊塗料により、ツールで設定したペイントデータを送ればその色に変化するという優れものである。
「よし、ガンメタ一色じゃ味気ないからアクセントを足すか。お、こいつは良さそうだ」
「へぇ、イーサンのエンブレムは流星なのね。私も考えてみようかしら」
「そうそう。ただ機体を取っ替え引っ替えしてから貼る機会がなくてよ。専用機なら絶対貼っておかねえとな」
ペイントデータを操作して試験機時代からのガンメタリックはそのままに両翼を鮮やかなコバルトブルーに染め上げてみせた。その横でアズライトが一緒に映っている流れ星を模したエンブレムを見つけ、イーサンはそれを貼り付ける位置を探っている最中である。
流星のごとく空を輝き翔け抜けらるようにという願掛けと、幼少期に見たストライダーの印象をエンブレに込めたのだ。エンブレムに関しては実際に貼り付ける必要があるが、それをクーリェや整備員たちが快く引き受けてくれたので、感謝しつつエンブレムを貼り付けようとする皆を眺めている。
アズライトも同じく隣で眺めているのだが、何か考え込んでいたシアンが顔をあげると二人に訪ねた。
「ふたりとも、ちょっと提案があるんだ」
「はぁー、いきなり一緒に住めってシアンも無茶ぶりすんな。というかアズライトも本当に良いのか?」
「ええ、イーサンが良いっていうなら構わないわ」
夕焼け空の下、ニヴルからの帰路を二人は並んで歩いている。これからイーサンの家に向かっているのだが、それにアズライトが同行しているのはこれからそこが彼女の住まいになるからだ。二人の同居を提案してきたシアン曰く寝食を共にしてお互いの信頼を深め合い、メタトロンのランナーの同調率を高めるということらしい。
大陸の突き出た半島部分に6つのアカデミーが円形状に集まり、その内側にはオラクルの行政エリアや住民を支える商工業エリア、アカデミーの学生寮を含んだ居住エリアなどが連なる大陸第二の巨大都市“ノーヴス”を形成している。広大な土地が広がる外縁部はアカデミーの訓練施設や飛行場に活用されて防空隊の駐屯地も複数置かれていた。
「さ、着いたぜ、ここが我が家さ」
「へー、ガレージハウスなのね」
学生寮とアカデミーレッドから少し離れた街外れまでやってきて、イーサンは赤い屋根をしたガレージと簡易的な住居が一体化した建物の前で足を止める。ここがイーサンの家であり、元々はレイジがノーヴスでの生活の場や工房として用意したのだが、結局使わなかったのでアカデミーに通うイーサンに譲られた。
しかしイーサンも寝泊まりはストライダーのハンガーや併設された待機室で済ませることが多く、ここ半年はまともに帰っていないかった。なので中に入るのは家主であるイーサンも久々で、どれほど荒れているか予測できない。
「たぶん中は荒れ放題だから、気をつけな…………あらら?」
「すごいピカピカじゃない。しっかり掃除が行き届いてるわね」
玄関を扉を開けて目に飛び込んできたのは綺麗に整頓させた室内だった。前評判とはあまりにもかけ離れた清潔感のある玄関にアズライトは感心し、家主たるイーサンは面食らってしまう。少なくとも半年も放置されてこの状態を維持できるはずがない。
頭を捻る彼にある考えが浮かぶ。それはここに誰かが済んでいるのだ。それを証明する如く二人が入ってきたのに気付いてか部屋の奥から何者かが顔を出す。軽めの茶金色の髪をお団子ヘアに纏めた少女で、顔を合わせた瞬間に少女とイーサンがほぼ同時に素っ頓狂な声をあげた。
「あ、お兄ちゃん! もう、今までどこいったの!」
「ミヒロ!? なんでお前がここにいるんだ?」
「なんでって、お父さんからのメール見てないの? 今月からわたしもノーヴスの学校に通うことになったの。だからお兄ちゃんの家に来てみたら、とんでもないくらい荒れ放題で綺麗にするの大変だったんだから!」
「お、お兄ちゃんって、今度は妹さん……。今日はよくイーサンの家族に合うわね」
イーサンの事を兄と呼ぶ少女は正真正銘の妹であるミヒロ・バートレットである。彼とは4つ年下の12歳ながら祖母や母の影響でしっかり者に育った自慢の妹だが、祖母譲りのお説教となればイーサンも太刀打ちできない存在だ。
ニヴルで出会った祖父に続き彼の妹ともこんな短時間の間に遭遇してた事に驚くアズライトだが、兄を説教していたミヒロもアズライトの存在に気付いて目を丸くする。兄が女の人を連れ込んできたからだ。
「お兄ちゃん、その人ってまさか彼女さん!?」
「ふっ、その通りだ我が妹よ、羨ましいか……グフッ!?」
「なに適当ぶっこいてるのよ。私はアズライト・ジュネット、イーサンとはエレメントを組んでるランナーよ」
「あ、そうだったんですね。わたしはミヒロ・バートレットです、いつもうちんのバカ兄が迷惑かけてます」
これ見よがしにアズライトの腰に手を回そうとしたイーサンは強烈な肘打ちを受けてその場から崩れるようにへたりこんで悶絶している。そんな彼を気にせず二人は互いに挨拶を交わして、アズライトはここへ来た理由を告げた。同居ということに驚きながらもミヒロはすぐに快諾して彼女を招き入れる。
わき腹に肘鉄を受けてうずくまっていたイーサンもケロッとした顔で立ち上がると二人の後について中へ入っていた。これからアズライトの歓迎会と今回の騒動はお疲れ様会がささやかながら始まる。
ノーマッドの宿舎では桜子先生とシュザンナがカウンセリングを行っていた。訓練中にガレリアから襲撃を受けた事がトラウマになっている生徒も多く、大抵の者達は少しでも恐怖感を紛らわせようとサロンに集って他愛の無い世間話に花を咲かせている。傍から見れば何もなさそうに振る舞っているが、その心の奥底には死への恐怖がこびりついていた。重症な者は部屋に引きこもってしまい部屋から出てくることもほとんど無い有様だ。
シュザンナと桜子先生が中心になったカウンセリングチームが彼らの支援を開始しているが、自分達を戦わせた者達への不信感を拭えずに彼女らを拒絶する生徒達も多く、元から信頼を得ている桜子先生に頼りざるを得ない状態になっている。
そんな中で昴流はクラスメイトから離れた位置にいた。外の風景が一望できるガラス張りのベランダに備え付けられた長椅子に腰を下ろし、しかし絶景に目もくれなず深く俯いて項垂れている。
自分がクラスメイトを戦いに巻き込んでしまった後悔、自分達を助ける為にエクスシアを動かしてまでやってきたあの二人への感謝と罪悪感、死の恐怖を感じながらも空を飛び続けるイーサンへの疑問。これまでの多くの出来事が頭の中を行き交って堂々巡りに陥ってしまった。
「天宮君、大丈夫……?」
「宝田か、俺は大丈夫だよ」
思考に埋没していた昴流はすぐ近くまでやってきたクラスメイトの気配に気付けず、顔を上げると大きめな黒縁眼鏡に三つ編みに纏めた少女が立っている。彼女は宝田結歌、日本では図書員会に属していた大人しい少女で、昴流の記憶でもこうして面と向かって話したことはない。
何か言いづらそうにしていたが、覚悟を決めたかのように頷くと昴流の右手を両手で包み込んだ。ここまで大胆な事などされたことないので驚くも、目尻に涙を浮かべる結歌の姿に息を呑む。
「辛いこと一杯あって、私なんかじゃ力にならないかもしれない。でも、私は信じてるよ、天宮君が必ず立ち上がるって! だって……、だって、あなたは私のヒーローなんだから……!」
「ありがとう、君にそこまで思われていたなんて想像できなかったよ。……まだ時間はかかるかもしれない。だけど俺は必ず立ち上がる! 約束するよ」
激励の言葉は後半は嗚咽混じりの声でよく聞き取れなかったが、昴流の心にはしかと届いだ。結歌の手を強く握り帰すと立ち上がると正面から、いつもの明るい表情を浮かべてしっかりと頷いた。
TOPIX 《メタトロン》
空中大陸に逃れた人類が作り上げた唯一の対ガレリア機動兵器。操縦者のランナーが生み出すオルゴンを増幅する機構とガレリアの吐き出す瘴気をエネルギーに変換する機構を持つ。複座式で2~3メートルほどの航空パワードスーツ『エイジス』と航空機型機動兵器『ストライダー』に分離可能。操縦には二人のランナーが息を合わせて、高い同調率を出す必要がある。
ここまで呼んで頂きありがとうございます! 感想などお待ちしております!