その剣を掲げて
どうも、お久しぶりでございます。こういう作品は広げていくのが難しいですね。
思えば僕が本気で騎士を目指したいと思ったのはこの出来事があったからだと思う。
目の前に一人、少女がいて僕に手を差し伸べている。
些細な言い争いから喧嘩になり、力負けしてボコボコにされていた時に彼女は恐れる事なんてしないで僕たちの間に割り込み喧嘩を仲裁した。しかも、その後僕と相手を叱り付けて。
これに怒った相手は少女に殴りかかった。危ないと思い、痛む体に鞭打って立ち上がろうとする。しかし、少女は冷静に飛んでくる拳をいなし、相手の足を払い転倒させてそのまま腕の関節を極めたのだ。
相手は痛みに喚き、少女が手を離した瞬間に走り去って行った。
そして少女は振り返り、自分に手を差し伸べて来た。普通だったらその手を取って立ち上がればいい。でも、それは出来ない。
それは彼女の身分によるところが大きい。違いすぎるのだ、立場が。
「……助けて頂き、ありがとうございますフェイリス・フェイストリース様」
彼女、フェイリス・フェイストリースは侯爵令嬢だ。側仕えの騎士がいないことで有名な彼女。それは彼女が強いから。騎士を必要としないからであった。
でも、だからだろうか。そんな彼女を見て、彼女の隣に立ちたいと思ったのは。
一瞬、ほんの一瞬だけだが彼女の瞳を見た。その時に感情の揺れが気のせいかもしれないがあった気がした。思えばそこからだ自分が剣を手に修練をし始めたのは。
――全ては彼女の隣に立てるような強い騎士になるために。
◇◇ ◇◇◇◇
父に大元となる剣術の基礎を学び、手始めに冒険者となった。今の騎士の中には冒険者から成り上がった者が少なくないからだ。父もそうだったため、自分もその道から進むことを選んだ。
だがやはりと言うべきか、それは簡単なことではなかった。雑用のような依頼しかない中、彼は文句も言わず黙々とそれらの依頼をこなしていった。得られるものがあったから。
自分の知らない知識。それで足りない見聞を広げられた。だからどんどんやった。
そうしている内に仲間が出来、冒険者のランクも上がって行った。だけどまだ足りない。彼女の隣に立つのには強さが、まだ。
仲間に知られぬように愚直に、時に狂気のように追い求めて冒険者をしている時、『暴力』のような存在に遭遇した。
◇◇ ◇◇◇
それと出会い、その場は一瞬で死屍累々と化した。雄叫びをあげるだけで風が吹き荒れ、歩き走るだけで場が蹂躙される。為す術も無く、次々と仲間が倒れて行く。
亜竜種、【土竜】。翼が退化し、飛べなくなった代わりにそこいらの竜種とは比べ物にならない位の硬度になった外皮を持つ竜。それが現れたのだ。
「――――――!!」
大音量の雄叫びを上げ、一人の仲間の元へ向かって行く土竜。傷だらけの体に活を入れ、その仲間を範囲外へ投げ飛ばす。だがその代償に突進に巻き込まれた。
宙を舞い、意識が途切れる。そして地に叩きつけられた痛みで意識が戻る。
明らかな上位存在。しかし、どうしようもない絶望のなか、彼はまだ諦めていなかった。ボロボロで血に染まった体で尚も立ち上がる。その手で剣を持って駆ける。敵を倒すために。強さを手に入れる為に、その剣を振るう。
そんな彼を見て、鼓舞されるように立ち上がる仲間達。時に攻撃に加わり、時に支援魔法、回復魔法で補助する。弱点とされる魔法を撃ち込み、各々の武器にその属性の付加魔法を付け、それで攻撃する。
「――水よ、場を満たせ。流れは激流、その形は矛。『激雨水槍』」
その魔法は槍の形をした水であった。それが雨の如く土竜に殺到する。
「それは水として形を覆う。それは憑き、属性を成す。『水の付加』」
各々が持っている武器に流水のような付加が付いた。
土竜の外皮に少しずつダメージを与え、爪を破壊していく。率先して攻撃をしている彼は片手ではなく、既に両の手で剣を持ってそれを振るっている。一つでは手数が足りないと感じ、仲間の予備の剣を貸して貰って、両手での攻撃を開始した。
幾つの時間が経ったのか。少なくとも十の時間が経ち、日も落ちかけた時、土竜は痺れを切らしたのかその巨体で跳躍し、地面に顔から突っ込み姿を消した。
誰かが叫んだ。亜竜種を撃退することに成功したのだと。いつの間にか応援に駆けつけてくれた冒険者たちが沢山いた。
自分たちも勝鬨を上げた。仲間もボロボロで無事な箇所が見つからないくらいであるが、それでも生きているのである。
自分も片耳を潰され、左腕も二の腕の辺りから食い切られて先がない。騎士としてやっていくのはほぼ絶望的ではあるがそれでも笑って勝鬨を上げた。
――だって思うのだ。騎士とは心の在り方ではないかと。自分は彼女にそれを見た。だからどんな状況でも騎士として在ることが出来る。
◇◇ ◇◇◇◇
数年後、彼は王城を守る城門騎士になっていた。
先頭に立って土竜を退けた内の一人でその功績からではない。地道にこつこつと積み重ねて行ったのだ。
彼の仲間の冒険者たちはあの時の傷からか、冒険者を長く続けられなくなって今では皆家庭に入っている。喜ばしいことだと彼は思う。だから彼は毎年彼らを祝福している。幸せそうな彼らを見るだけで自分もそんな気分になれた。
そんなことを思いながら今日も彼は門を守る。騎士として。だがそんな日は唐突に終わりを告げた。
突如として反対側の門が爆音と共に消し飛んだのである。
土煙が上がる。被害はどれくらいか、想像すらつかない。原因は何かと思考を巡らせていたら、聞き覚えのある叫び声が大地を揺らした。
「――――――!!」
――あぁ、あいつはあの時本当に退いただけで力を蓄えて戻って来たのだ。奴の姿を見て、そう確信した。
前と比べて倍はある体躯、あの時は効いていたであろう水属性の魔法でもほぼ無傷の外皮。奴は戻って来たのだ。倒すべき敵がいるから、竜種としての汚名を灌ぐため現れたのだと、直感的にそう感じた。
だからこそ、自分がやらねばならない。あの時の剣に掛けて。
馬鹿デカイ土竜を前に彼は挑み、騎士たちの多くはその命を散らして逝った。
そんな彼は何とか顔に登り、渾身の力で土竜の片方の眼を潰すことに成功した。だが、眼を潰された痛みからか顔を大きく振って叫びをあげる。その拍子に剣から手が離れ投げ飛ばされる。
想像以上の風圧と速度で体制を立て直す隙もなく、一直線にガラスを突き破り、派手に転がりまわる。
奴の雄叫びがやけに遠くに聴こえる。腕を支えに立ち上がろう力を入れたとき焼き付くような痛みを感じた。残った片腕も今は使えなくなってしまった。体を使って何とか立ち上がって周りを見る。自分がぶつかって壊れてしまっていたが豪華な内装だ。何処かの貴族の家に突っ込んでしまったようだ。
また、雄叫びと破壊音が聴こえる。行かなくてはいけない。
痛む身体、足に鞭を入れ、何とか歩き出す。すると何人かの慌ただしい足音がこちらに向かって来た。貴族なのにまだ残って居たのかと思った。自分たち騎士が少しは時間を稼いでいたので、安全な場所へ避難出来たであろうと思っていた。
そんな足音の主の顔を見たとき、一瞬息をするのも身体の痛みも忘れた。
「――フェイリス・フェイストリース様」
「――貴方は、ロズウェル・マクロノート」
彼女が自分の名前を知っていたことに驚いた。
自分が知っているあの時より成長した体躯。面影を残した顔だが今は凛々しく、令嬢であるのに鎧が似合い、いつも憧れていた騎士(彼女)がそこにいた。
「メイっ、彼に回復魔法をっ」
彼女もまさか自分がいるとは思っていなかったようで暫し、呆けていたが怪我の様子に気が付いたのか急いで声をかけた。
「……フェイストリース様、お願いが御座います」
跪いて、片膝を着く。右腕を何とか動かし胸に当てる。
「動いちゃダメですっ、血が!?」
メイと呼ばれた魔法使いが叫んで訴えてくる。分かっている。分かっているのだ。自分はもう永くないのだと、土竜との戦いで血を流しすぎた。
だが、今は、今だけはそんなことどうでもいいのだ。夢にまで見た光景にもう少しで手が届きそうなのだ。
「――今は、今だけは僕を貴女の騎士にして頂けませんか」
場に静寂が満ちた。何処か遠くに音が聞こえる。本来ならあり得ないことだ。城門を守る騎士になったとはいえ、まだまだ階級は下だ。
「ロズウェル・マクロノート。……いえ、ロズウェル、共に往きましょう」
そう言った彼女はその場で騎士の儀式を行った。腰の剣を抜き、刃の腹の部分を左肩に当てる。その後右肩も同じ動作をし、今度は剣の腹を手に持って柄の部分で同じ動作をする。そして彼女少し離れ、剣を差し出す。彼は立ち上がり差し出された剣を握った。その剣を振るい、数度違う剣を手にした彼女と打ち合った。これで儀式は完了である。
「――――――」
ずっと夢見てきた彼女の隣に立てたこと。彼女の騎士に成れたこと。
剣を再度握り、掲げる。
「私の命、そしてこの剣は貴女の為に振るわれる。往きましょう、主様」
彼女と共に道を歩む。だが不思議なことに彼女も自分も笑みが溢れていた。
剣を掲げる者が二人。一人は鎧を纏い騎士の装いの女、一人は血に濡れボロボロな格好の男。そんな二人だが戦いの最中、二人を見た騎士、兵たちは同じようなことを口にしていた。『主と従者』にも『騎士と騎士』にも、そして『令嬢と騎士』にも見えてた、と。
フェイリス・フェイストリースとロズウェル・マクロノートの二人が兵を、騎士たちを率いて先頭に立ち、土竜と戦った。何百人もの兵が、人が犠牲になったが土竜を殺すことが出来た。
彼、ロズウェルがやったのだ。残っていた片眼を潰し、足を裂いて動きを止め、最後に何度も力を振り絞って首に斬りかかった。藻掻く土竜だったがそれでもロズウェルは首を斬り続けた。破壊の余波で命を削りながら、それでも。
それでも彼はやったのだ、命賭けで。人々は彼を、彼女を英雄と称えた。
戦いが終わり、フェイリスはロズウェルの元へ向かった。名前を呼んで駆け寄って、彼の顔を見て、涙を流した。彼は、ロズウェルは既に事切れていた。ボロボロになっても、倒れてしまわぬ様に剣を地面に突き立て、騎士のように死んでいた。彼は何処までも騎士で在ろうとしたのだ。
「――行ってらっしゃい(おかえり)、我が騎士」
立ったままの彼に彼女は優しく腕を回し、涙を流しながらポツリとそう呟いた。
◇◇ ◇◇◇
『土竜侵略事件』から時が経ち、英雄の噂に色が付いて、人々の記憶から真実が薄れた頃、ひっそりと一人の英雄が亡くなった。
彼女は生涯、彼の他に誰も騎士を取らなかった。彼女自身が強く拒み、そう望んだ。
彼女の元に噂の真実を聞こうと来る人は多かった。あの事件の話を、彼の活躍を彼女はは誰よりも嬉しそうに話し、そして時おり悲しそうな顔で何時も語っていた。
そんな彼女が亡くなった時、いつも彼女が使い続け傍らに置いていた二振りの剣が音をたてて折れた。彼女が使い続けていた剣と彼に預けた剣が役目を終えるように。
様子を見に来た執事が発見し、彼女の亡骸は彼の隣の丘に収められた。
一組の主と騎士の物語はここで幕を閉じた。
フェイリスの方も書こうかなとも思ったが筆が進まず断念。