第五話:速水 希望
「エデン」からログアウトすると、強い眠気がヒカルを襲った。「セイヴァ」を腕から外し代わりに「ライヴァ」を付け、そのままベッドに倒れこむ。レキに出会えたおかげで学校に対しての緊張やプレッシャーが解けたのか、ヒカルは久しぶりに心地のいい眠りに着くことができた。
・・・
-絶対にあなたを守る-
-もう二度と大事な人を失うなんて悲しい結末はしたくないから-
ジリリリリリリリリリリリ……
ジリリリリリリッ……
カチっ
「また変な夢……」
浅い眠りが続いていたせいか、ヒカルはこの頃、不思議な夢を見続けていた。ヒカルと同い年ぐらいの女の子がずっと目の前で戦っていて、自分はその背中を見ているだけという夢なのだが、ヒカルがどんなに動こうとしても体は鉛のように重くて動かず、終いにはその女の子が光に包まれて消えてしまうと言う落ちだった。そして、その夢に出てくる女の子は心なしか駅で出会った女の子に似ていて、夢を見続けるごとにその容姿がはっきりしてくるような気がしていた。
体を起こし、テレビを付けると和やかだった番組が一変して、臨時ニュースを伝えだした。
『臨時ニュースをお伝えします。ただいま、川瀬名グループが大人気VTGゲーム「エデン」でよりリアルな世界を追求するため、長期にわたるメンテナンスを行うことを発表しました。これまで、「エデン」では何度も行われていたメンテナンスですが、今回は少し違うメンテナンスになるようで、川瀬名グループでは現実世界からの《協力者》を募っていると言うことです。なお、このメンテナンスには危険が伴うそうなので、初心者の方には向いていないと言うことです。以上臨時ニュースでした』
公共の電波を今や川瀬名グループは思うがままに操ってしまう程の権力があるらしく、ゲームとは無縁の人たちには到底わからないような内容でも、臨時ニュースとして流してしまえる時代になっていることを、ヒカルは複雑な思いで感じていた。ヒカルは、昔からテレビに映る川瀬名の文字に少し抵抗を感じていた。というのも、川瀬名グループの社長、川瀬名 隆之は、ヒカルの父親であり、ヒカルが一番嫌っている人間なのである。
ヒカルが虐められた原因は、川瀬名の苗字にあり、母親の再婚で急に川瀬名の姓を引き継いだヒカルは、すでに大きくなっていた川瀬名グループの後継人となり、勝ち組の未来を手に入れたも同然になっていた。しかし、それだけに親族や教育面で厳しくなった環境と学校での虐めが重なってヒカルを引き籠りにさせてしまったのも事実である。
「メンテナンス……」
少しニュースを気にしながらも、ヒカルは学校に行く支度を済ませ、テレビを切ると家を出た。その部屋の窓に映った影も気づかずに……。
校舎の前に来ると、レキが生徒1人1人に挨拶をしている姿が見えた。そして、レキはヒカルを見つけると明るく声をかけ、駆けよってきた。
「ちゃんと学校来たわね! おはよう 輝」
「おはようございます。 暦さん」
「暦で良いわよ 水臭い」
「じゃあ、暦で」
少し吹っ切れたようなヒカルの姿に、レキは少し安心して、「今日のお昼。話したいことがあるの」とヒカルを屋上へ誘った。ヒカルが「実は俺も……」と続けようとしたとき、遠くから大きな声で「暦さぁあああああああああん~!」と男が走ってきた。そして、ヒカルを押しのけると、目をキラキラ輝かせて、「おはようございます! 暦さん! 今日も麗しい!」と暦の手を握りしめた。
「アンタ、だれ?」
レキが困惑したように返すと、その男はガックリと肩を落としヒカルを睨みつけ、再びレキに「なんで、輝は覚えててなんで俺を覚えてないんですかぁ! 重本 和美です!」と今度は瞳を潤ませて言うと、暦は更に困ったように「誰?」と笑って返した。
「俺を虐めてた奴ですよ……。昨日助けてくれた時の……」
「ああ! あの時の下等生物ね。少しは人間に近づけたのかしら?」
「はい! もう人を虐める事も、下劣なこともしません! 俺は! 俺は暦さんに恋をしてしまったみたいでーー……」「そろそろ予鈴のチャイムが鳴るわね。じゃあ、輝お昼休みに待ってるわね」「はい」
カズミはやりきれない思いを地面に叩きつけ、ヒカルをじろりと見ると、とぼとぼと教室へ入っていった。
「なんなんだ……」ガックリと肩を落としているカズミの後姿を見ていると、「邪魔そこどいて」と
後ろから急に声をかけられた。ヒカルが慌てて「あっごめんなさい」と横にずれるとそこには、昨日の感じの悪い女の子がいた。
「あの……」「話すことなんてないでしょう。失礼するわ」ヒカルがなにか言う前に女の子は立ち去ろうとヒカルの前を歩いた。「……昨日も思ったんだけど、やっぱり失礼なんじゃないかな……そういう言い方」ヒカルが後ろから呼びかけると、女の子は立ち止まってヒカルの方に顔を向けた。
「……」
「君がそういう態度だと、いろんな人が誤解を生むよ?」
「それでも構わない。誰かに仲良くなってもらおうなんて思わないし、友達とかいらないの」
「ムッ……だからそういう言い方が……!」
「構わないで」
強く言い放った彼女を見て、ヒカルはふと夢の中にでてきた女の子を思い出した。そして気づけば走って腕を掴んでいた。
「あのさ、俺ら……どこかで会ったか?」ヒカルがそういうと、女の子は一瞬目を見開いて、「会ったことはないわ。昨日ぐらいよ」とそっぽを向いて答えた。
「そう……だよな」
「もういいかしら? 腕、離してもらえる?」
「ああ、ごめん……」
ヒカルが掴んでいた手を離すと、女の子は何事もなかったかのように校舎へ入っていった。
・・・
(えーっと……これは……)
ヒカルは、自分の目を疑った。先ほどまで一緒にいた感じの悪い女の子が先生に連れられて黒板の前に立っているのだ。女の子の容姿にクラス中がとたん騒がしくなった。
「今日は転校生を紹介します! 昨日の入学式に言えば良かったんだけど、1日違いでね、手続きが間に合わなくて……今日入ることになった速水さんです。 じゃあ、速水さん自己紹介よろしくね」
「はい」
先生の簡単な前振りが終わると、女の子は黒板に名前を書き出し、更にその名前でクラスがざわつき出した。
「速水希望です。希望と書いて、いのりと言います。初めに言っときますが、みなさんと仲良くなる気は傍からないので、机の周りを囲んだり、話しかけに来たリしないでください」
「んー……! 速水さんは1人で過ごすのが好きなのかなー!」
「……」
「はい! じゃあ席は空いてるところに座ってね!」
先生のフォローもむなしく、イノリはただ一つ空いていた席……ヒカルの隣の席に座った。
「俺の隣なの!?」
「他に空いてる席があるの?」イノリが必要な道具を机の中に終い、残りの朝のホームルームは終わった。
-昼休み-
「お待たせー! やっぱり新入生は時程が速かったか! ずいぶん待ったでしょ?」
「遅くなってすみませんでした……」
「大丈夫、俺も少し前に来たところだし、ホームルームが少し長かったから。桜さんも来たんですね」
「暦ちゃんから色々聞きました! お2人が名前で呼び合ってるなら、私のことも桜とお呼びください」
「わかった……」
「それで、話があるって言ってたでしょ。ちょっといい?」
「はい」
レキがヒカルにした話とは今回のメンテナンスについてだった。
川瀬名グループは口外していないが、実は最近「エデン」内で生活者が謎に死亡するという恐ろしい"バグ"が発生していると市役所に訴えがあったと言う。川瀬名グループは、「エデン」内で死亡した生活者の遺体が残らないことを利用して、何事もないようにしているという噂があるのだという。
「あくまでも、噂よ? 実際に見たって人もいないし、「エデン」内でセイヴァを付けずに死亡した場合、現実世界での埋葬は不可能とは前もって言ってあるし、色々なデメリットを招致した上で皆生活してるから、本当に病気で死んだんなら問題ないんだけどね。もし、これがプレイヤーにまで出ると問題なのよ」
「そうだね……」
「エデンはあくまでもゲームの世界に自分が入り込んでプレイするスタイルでしょう? 安全は保障されてるし、人体が強化されているから並大抵では死なないわ。20メートルを超える建造物からの転落死、または自発的な病死以外は不自然死扱いになって、市役所に死亡通知って言うのが来るんだけど、5年の内に、死亡通知が来たのは1通ぐらい。それなのに、生活者の名簿を見ると人が5人もいなくなっているの」
「どうして、レキにサーバー管理ができるんだ?」
「エデン」に置いてのサーバー管理は、確かに市役所の仕事。しかし、レキはサーバー管理職ではない。「エデン」ではジョブの複数選択はまだ認められておらず、サーバーセキュリティも最新の技術を用いているため、レキでも容易に近づくことはできないはずだった。
「私じゃないわよ! 桜がサーバー管理職なの」
レキがしれっとサクラを紹介すると、サクラは少し照れた様子で「私も、「エデン」やってるんです」とほほ笑んだ。「おまけに、桜もβ版からやってるのよ。私たち、市役所内で知り合ったの」とレキが言うと、ヒカルは自分の運の無さに絶望を感じた。