第四話:レキとライト
-エデン:中央市役所-
エデンプレイヤーが一番最初に来る、「エデン」の中心地【エデン中央市役所】へやってきたライトは、少し気まずそうに受付の女の子に声を掛けた。
「あの……」
「ようこそ、エデン中央市役所へ……って、ライト君じゃないの」
「やっぱり。どこかで見たことあると思ったんだ」
「にゃはは、まさかここの受付やってるとは思わなかったでしょ」
そこにいたのは、今朝ライトの正体を見破ったレキだった。レキの見た目はヒカルを助けた時となにも変わっておらず、強いて言うなら目の色を変えていることぐらいだった。
元々ライトの装備には顔バレを防ぐために初プレイから欠かさずマスクを付けていた。しかし、レキはマスクをつける前のライトを中央市役所の受付でたまたま見掛けていたため、学校でヒカルを一目見てすぐにライトだと気づいたのだった。そこでライトが一つ気になった点は、真面目そうなレキが廃人のライトよりも速く「エデン」をプレイしていた事実があることだった。
その事実は廃人のライトからしてみると羨ましい限りで、レキには「エデン」の「βテスター」という隠れた称号があったのだ。それに気づいたライトは興奮気味に「もしかして君、「エデン」のβ版からプレイしてるのか!?」とレキに迫った。ライトの興奮に押されて、レキは目を逸らしつつ、「ん~……そういうことになるわよね。まぁ「エデン」の変わっていく様子は一通り見てきたつもりよ。だけど、5年たった今がやっぱり1番落ち着いているかもしれないけど」と言うと、更にライトの興奮に火が付いた。
「β版って百万人の中からたった10名程だった気がするんだけど!」
「その競争率にも勝ったってことね」まぁまぁ座りなさいよ。とレキに言われ、暫く関係のない話をしている内に落ち着きを取り戻したライトはあることに気が付いた。
「運が強いんだな……ってβ版からここを受けとけば、そりゃあ競争率も関係なくすんなりジョブにできるよな」
「あはは、バレた? β版からしてないと私があなたの姿をここで見れるはずないしね」
唯一「エデン」側からサーバー管理を行うことができるこの中央市役所では、NPCの他に生活者が働くこともできるジョブで、その競争率は計り知れないが、「エデン版:憧れのジョブランキング」では常に上位に君臨するほどの人気ぶりだった。
「アンタ、生活者だったのか……」
「違うわよ? その証拠に今日学校で会ったじゃない」
「このジョブは生活者用のジョブで、アルバイト用のジョブじゃない。なのになんで働けているんだ?」
「私は特別なのよ。って正直なところ、「エデン」もまだまだ甘いところがあってね。履歴書とか適正とかクリアしちゃえば、生活者用とかアルバイト用とか関係なく働けるのよ」
「そうなのか?」
確かに、「エデン」は複雑なシステムで構成されており、維持だけでも大変なのは誰もが知っていることで、月に2回行われる1日がかりのメンテナンスや、小まめなバグ修正などを見ると至らない点が複数あるのも納得だった。「エデン」の維持には全てにおいて高度な技術が必要で、発売されてから5年間、誰も文句を言わないのはメンテナンス中でも「エデン」で遊ぶことができるため、プレイヤーにイライラが起こらないことにあるとライトは考えている。
「全部のサーバーをダウンさせることができるなら、ライヴァのアプリみたいにメンテナンスもバグ修正も3時間とか2時間で一片に終わるんだろうけど、生活者のことを考えるとそうも行かないしね。1日がかりでもちびちびにしか進まないバグ修正とかメンテナンスばかりなんだから、この状態が改善されるのもまだまだ先の話になりそうよね」
無言で話を聞いていたライトをちらりと見ると、レキは「さてと」と席を立って「もう私上がりなのよ。これからご飯でもどう?」とライトを誘うと市役所の裏口で待ち合わせをした。
・・・
二人は「エデン」の中で1番人気のあるレストランにやってくると、ささっと注文を済ませ、また話し込んだ。
「心配しないでも大丈夫よ、だれにも言わないわ。アンタがライトだってこと」
レキがニコリと笑うと、ライトはつけていたマスクを外した。人前では決して外したことのないマスクだったが、この際顔がバレているのなら隠す必要はなかった。
「現実だと、あんな感じなんです。人と馴染めなくて弱気でコミュ障で情けない奴で」
「ほんと。無敵と噂されてるライトとは程遠かったわね。寧ろ私のほうがきっと強いんじゃないかしら」
「うん。そうだと思うよ」
「エデン」では確かに理想の自分を保つことができるが、結局それもランクに頼って己惚れているだけなのかもしれないと、ライトはため息をついた。
「なによ。確かに理想と離れててガッカリしたけど、でも、私はアンタみたいな人。がんばれーって応援したくなるわ」
「そう?」
「私、戦闘は全然ダメで。β版だって、始めるなら最初からがいいと思っただけでさ」
「テスターになったら、バグとか見つけないと」
「うん。今考えたらそういう意味だったんだって思えるんだけど、あの時の私は浮いてるって言うか、なにもわかってなかったって言うか」
「テスターは俺のほうが良かったかもな」
「そうだと思うわ……っぷ……あっはははは!」
料理が来るまでの間にレキとの距離がだいぶ縮んだような気がして、また少し学校の重荷が取れたような気がした。
「あ、そうだ。一つ提案なんだけど、次回のアップデート装備の他に外見が変えられるようになるのよ。やっぱり、アンタみたいに「エデン」では現実の自分とは違う、新しい自分で始めたいって人が多いから」
「へぇ~」
「私はもう、アンタの正体を知っちゃってるからあれだけど、今後誰にもバレたくないって思うなら、容姿を少しいじるのも手だと思うんだけど」
「それも有りだな」
「思い切って髪型変えちゃいなさいよ。顔はそのままでもうかっこいいから」
髪型をディスられて、顔を褒められ複雑な気分でいると、夜の「エデン」に奇妙なチャイムが流れた。
「なに!? 今日チャイムの使用があるなんて聞いてなかったけど」
「変な音だな……」
キーンコーンカーンコーン~
『プレイヤーの皆さん。生活者の皆さん。こんばんは。「エデン」の開発会社、川瀬名グループから、大事なお知らせがあります。明日の15:00から、緊急メンテナンスを開始するので、把握のほうをよろしくお願いいたします』
キーンコーンカーンコーン~
「内容は普通だったけど……なんか変だった気が」
「……」
レキとライトは妙な胸騒ぎを覚えつつ、支払いを済ませるとレストランから出て、中央広場まで戻ってきた。
「それじゃあ、また明日学校でね。学校で私のこと見掛けたら遠慮しないで声かけてよ」
「わかった。今日はありがとう。その、奢ってくれて」
「新入生は年上に奢られるものなのよ」
レキがくるっと向きを変えて、「それじゃあね」と言うと、二人はそれぞれ「エデン」からログアウトした。
・・・
グルル……グルルルル……
「私が、終わらせてあげるわ……。大丈夫、貴方に人は殺させない……。貴方を二度と人殺しにはさせないから」
グルルルル……ガァアア!!!
偽物の「エデン」の月に照らされて、大きな竜の姿をしたモンスターの影と小柄な少女の影が重なり合う。勝負は一瞬でつき、やがて、大きなモンスターの影が音を立てて倒れた。次第にモンスターはパラパラと蛍のような光となり夜空に消えていった。その様子を見た少女は眉間に皺を寄せ、手に持っている刀を強く握りしめた。
「β版よりも、"バグモンスター" の数が増えてる……急がなきゃ…………」
少女は人差し指を下にスッとおろし、メニューバーを表示させると、「エデン」の全体図が見れるマップを開き、敵の位置を確認した。そして刀を一振りして鞘に入れると再び夜の闇に消えていった。