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第三話:理想と現実

「エデン」からログアウトした時、既にヒカルが予定していた就寝時間を大幅にオーバーしていた。明日に控える入学式の緊張と、変なゲーマーのプライドがヒカルの中でもやもやした気持ちを生み出し、結局眠りにつけたのは少し外が明るくなった頃だった。


 ・・・


「全く眠れなかった……」

 通学電車に揺られながら、なんとなくヒカルはライヴァを起動させた。ミュージックフォルダを開き、お気に入りのアニメ「目指せ! キラ星アイドルカノン!」の主人公:カノンが歌うキャラクターソングをタップした。

 なんとか遅刻もせず学校には行けそうだが、中学時の友達が1人もいない事を考えると友達作りを一からスタートさせないといけないという現実がヒカルに伸し掛かった。ヒカルは深くため息をついて、目的の駅で降りると、そばに置いてあったベンチにゆっくりと腰を掛けた。

「まだ少し時間があるな……」

 通勤ラッシュも落ち着き、駅にはちらほらと人の影が見えるぐらいになった。賑わいのなくなった駅で気持ちを落ち着かせていると次第に学校に行くのが嫌になってくる。これから始まる学校生活にヒカルは何の未来も希望も見いだせなかったのだ。

「俺、こうして逃げてきたんだなぁ」

 いくら「エデン」の中では無敵の英雄でも、やはり現実に帰ってくると「エデン」でモンスターを倒す強い威勢さはなく、自分でも情けないくらいに現実逃避をしたい気持ちで満たされてしまう。

「よし! このままでも良くないし、とりあえず学校に向かうか」

 覚悟を決めてヒカルが立ち上がると、丁度駅から同じ学校の制服を来た人がちらほらと降りてきた。この中に混じって学校に行こうと改札を出ると、突然ライヴァが反応を示した。

『50メートル先で喧嘩が発生しています。巻き込まれないように気を付けてください』

「交通安全警報か……。50メートル先ってだいぶ近いよな」

 少しあたりを見渡して、それらしきものが起こっていないか確認すると、ヒカルは数人の男性に囲まれた女の子を発見した。

「ねぇ? 聞こえてるよねぇ?」「その制服、神束(かみつか)私立高校のだよねぇ? そこってぇ、金持ちの集まる高校で有名だけど、ほんとぉ?」

「朝からカツアゲかよ……」

 ヒカルが離れたところで見ていると、真ん中に立っていた女の子と目があった。特に助けを訴えるような気配もなく、この状況を冷静にとっているようだったが、ヒカルには昨日の女性プレイヤーの影と重なってみえて関わりたくなかった気持ちが助けなくちゃという気持ちに塗り変わり気づけば自然と足が動いていた。

「あのさ」

 不思議と学校に行くよりも落ち着いて、ヒカルは、はるかに年上そうなガラの悪い男達に声をかけた。「ああ? なんだよ?」「なんか文句あんのか? オラ」「カッコつけてんじゃねーぞ、雑魚が」

 男達の対象が女の子からヒカルに変わったところでヒカルはふと我に返った。

「あ、えーっと……文句とかじゃなくて……」「うるせぇ!」ヒカルに何も言わさず、1人の男性が殴りかかろうと拳を振り上げた。「っ……!」殴られる!と思ったその瞬間、ヒカルの体が突然軽くなり咄嗟に低くした姿勢で男性の振りかざした拳は綺麗にかわされた。まるで、「エデン」にいるときのような感覚にヒカル自身も驚きを隠せない。

「あ? 避けてんじゃねーぞ!」かわされたことで熱が上がった男達は完全にヒカルを取り囲み、リンチ体制に入った。

「あ、これは詰んだ……」ヒカルは苦笑いをして、少しずつ後ろに下がると、ふと冷たい手がヒカルの手を握ってリンチの輪から連れ出した。一瞬の隙をついてヒカルを助けたのは、深い夜の色をした髪とアニメのような紫の目をした先ほどの女の子だった。そしてその足の速さはヒカルも速いと思われた。

「あ! おい! 待てこの野郎!」「逃がすな!」「お巡りさんここです!」「うわ、サツだぜ! 逃げるぞ!」

 ヒカルが時間を稼いでる間に、他の人が警察を呼んでいたようで、女の子とヒカルは無事に学校の校門前に着くことができた。

「あの、さっきはありがとう……」ヒカルが少し息を切らしながら礼を言うと、女の子は綺麗な長い髪を揺らし、短く息をついた。そして、ヒカルに「勘違いしないで。別にあなたを助けたわけじゃないから」と冷たく言い放った。これにはヒカルもムカついて、「親切心で助けてやったのに、それはないだろ」と言い切ると、再び女の子は「私は助けてなんて言ってない。私なんて放っとけばよかったのよ」と強く言うと、踵を返して校舎に入っていった。

「なんだよあいつ……」

 後味の悪い思いをしてヒカルも校舎に入り、波乱に満ちた初登校は幕を閉じた。


 ・・・


 少し長い入学式を終えたヒカルが割り振られた教室で机に突っ伏していると、急に肩を叩かれた。あまり眠れていなかった分、担任の先生が来るまでの間眠ろうとしていたヒカルは、少し薄目を開けて叩かれた方向を見る。そこに立っていた人物を見て、ヒカルは慌てて席から離れる。

「なんで……」

「よぉ! ひかるぅ~ 元気にやってたか?? お前とは何気にクラスが一緒になるよなぁ?」

 そこにいたのは、中学時代ヒカルを虐めていた張本人、重本(しげもと)和美(かずみ)だった。途端にヒカルの目に恐怖の色が映る。ヒカルが私立に決めたのはこの男から逃げる為だったはずなのに、その張本人が目の前にいるのでは本末転倒の事態だった。

「俺さぁ、都立高校落ちちゃってよぉ。仕方なくここになったんだよぉ。まぁ親が金持ちだから入るのに苦はなかったけどよぉ? こんな真面目な学校つまんねぇよなぁ??」

 カズミの荒い口調に慣れていない他の生徒たちは完全にヒカルと距離をとり、我関せずな態度を取り始める。ヒカルにとってそんな光景は何度見てきたものだろうか。

「ねぇ。ちょっとアンタ。静かにしてくれる? 周りの人が迷惑してるってことに気づかないのかしら? ここはアンタの家でもテリトリーでもなくて、誇り高き神束私立高校なのよ? あなたみたいな下劣な人がよく入学できたものだわ」

 フッと流れを変えたのは、カズミに引けも取らない強気な口調で話す女の子だった。

「あんだとこのアマ!」

「下劣で通じなかったのかしら? なら下等生物で話は通じるかしら?」

「うるせぇ!」

 挑発的な態度と売り言葉に買い言葉な会話が進む中、その女の子の傍にいたもう一人の生徒がヒカルの元に駆けてきた。

「大丈夫ですか? 私たち2年生の新入生係なんです。今帰るところだったんですけど、暦ちゃんが飛び出して行っちゃって……」

「助けてくれて、ありがとう……ございました」

「私は、桜。東雲(しののめ)(さくら)と言います。それで、さっきも言ったんだけど、あっちが石ヶ野(せきがや)(れき)ちゃん一応2年生で生徒会長もやってるんだよ。よければお名前聞いてもいいかな?」

「……」

 1番会いたくなかった人物との再開でヒカルは一気に新生活のやる気を失った。思考回路には再び不登校への道が引かれ、体中をトラウマが駆け巡った。今までの苦労や覚悟がバラバラと崩されていくような感覚に陥り、誰の声も聞こえなくなっていた。

 ひどく憔悴しきっているヒカルを見て、サクラはヒカルの手を掬うように握った。

「嫌なことがあったばっかりなのに、色々言ってしまってごめんなさい。この度は入学おめでとうございます。我が校はあなたの入学を歓迎しています」サクラはそう言ってフワッと微笑むと、レキの傍に戻っていった。

「いい? 私はこの学校の生徒会長なの。この学校の風紀や風格を乱す輩を放っておくわけには行かないわ。入学式早々の恐喝行為及び風紀乱しでアンタを今年度最初の謹慎者にすることだってできるのよ」

「暦ちゃん、それも捉え方次第で脅迫になってるよ……」

「いいえ。これは生徒会長からの"警告"よ。受け入れられないなら今からでも他の学校を当たるのね」

 これ以上はなにも言えないと言うようなカズミを見て、ヒカルにやっと安堵の色が見え始めた。言いたい事を全部言いきったレキはすっきりしたような顔をすると、今度はヒカルに近づき小声で話し始めた。「アンタも、男ならビシッと戦いなさいよ。ゲームばかり威勢が強くても現実がこれじゃあファンもガッカリだと思うわよ」

「!?」

「エデンの最強プレイヤーライトって、アンタでしょう? どこかで顔見たことあると思ったのよね。私より年下だとは思わなかったけど、私、理想を崩されるのがすごく嫌いなの。だから、現実でもかっこいいところ見せてよね」

 レキが不敵な笑みを見せて立ち去ると、ヒカルは現実世界でも強くなる覚悟を改めて決めたのだった。

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