四.Voices
私はシュウシュウが鳴けることを知った。
近くのパン屋で買い物をして家に戻ると、シュウシュウと白い猫が双方で見つめ合い、うなり声を上げていた。
鳴き声は白い猫のものかと思ったが、よく見るとシュウシュウも低い声で鳴き返していた。
双方の猫は相手に夢中だった。
それをいいことに、私は二匹を観察した。
白い猫の眼(虹彩)は青色をしていて、鼻先や背中には薄茶色の模様があった。
白い猫はしばらくシュウシュウと見合っていたが、そのうち離れていった。
シュウシュウは白い猫を見送った後、勝ち誇ったような表情で私を見た。
猫に『表情』と言っても説明が難しいけれども、私にはそう見えた。
私はシュウシュウに話しかけてみた。
「縄張り争い?勝ったの?」
猫に話しかけるなんて我ながら『痛い人』だと思うが、周りに誰もいなかったので、気にならなかった。
シュウシュウはそこで『にゃあ』と鳴く、といった幻想的な事態は(もちろん)起きなかった。
シュウシュウは前足をもぞもぞと動かしたと思ったら、おもむろに座り、いつものシュウシュウという音を立て始めた。
私は『シュウシュウが鳴いた』というネタは、今日の晩酌の話題にしようと思いながら家に入った。
その直後、私の携帯電話が鳴った。
***
私には恋人がいた。
黄楊さんという、会社の取引先の人だった。
つきあって七年が経った頃、私の病状が本格的になったのを機に別れた。
その彼から、電話がかかってきた。
彼とは大喧嘩の末に別れたわけではなかったので、着信拒否はしていなかった。
私はあまり深く考えずに電話に出た。
彼の口調は、以前と変わらなかった。
「ほっかちゃん、久しぶり」
彼は恋人なのに、私を名字由来のあだ名(北河=ほっか)で呼んだ。
「黄楊さん、お久しぶりです」
「弟さんと仙台で暮らしているって聞いた」
「仙台ではないけれど、宮城で暮らしている。誰から聞いたの?」
「紺野ちゃんから聞き出した。ごめん、怒った?」
紺野ちゃんは、私の前の職場の同期だった。
彼女は人の個人情報をべらべら話す人ではないので、彼が強引に聞いたのかもしれないと思った。
「怒っていないけれど、何?」
「今度、出張で仙台に行くから、会えないか?」
突然の話で、私は返答に少し困った。
彼は返事を催促しないけれども、沈黙を恐れない。
沈黙が耐えられないのは、私の方だ。
元彼が『会いたい』という話を、受けるべきか断るべきか。
私は考えた末に、ようやく口を開いた。
「食事だけでも良ければ」
「いいよ。じゃあ、美味しい牛タンの店を探しておいて」
「わかった」
私に会えると分かった彼は、それ以上は深く話をせずに、電話を切った。




