三.猫とアレルギー
シュウシュウは、天気が良い日には庭にやって来た。
猫が来ると、件の変な音が聞こえるので、すぐに分かるのだ。
最初のうちは、私と目が合うとシュウシュウは逃げていったが、日が経つうちに逃げなくなった。
私もシュウシュウが逃げないように、窓からこっそりと覗いて見た。
私は庭を覗きながら、ひとりで悦に浸っていた。
蒼汰は晩酌の時に、シュウシュウの話を訊くのが日課になった。
「今日は猫、来たの?」
「うん、エアコンの室外機の上にいたよ」
私は携帯電話のカメラで撮影した『シュウシュウ』の写真を蒼汰に見せた。
蒼汰は写真を眺めながら言った。
「飼い猫なのかなぁ、毛並みはあんまり良くないけれど」
「どうだろう。ノラ猫にしてはでぶだし、エサに困っていたらもっと人に媚びてきそうだけれど」
「シュウシュウはメスだと思うよ」
「えっ、何で?」
「まだら模様や三毛猫は、ほとんどがメスだって。理科の先生から聞いた」
「へぇ・・・変な音といい、目つきの悪さといい、メスに思えないな」
蒼汰は携帯電話を私に返しながら言った。
「なんか、姉ちゃんが来てくれて楽しい」
「そお?」
「帰ってきて、明かりが点いているのはいい。
ご飯もできているし、弁当も作ってくれるし、猫の話もできるし」
「だったら結婚しなよ」
「恋人とか奥さんとかって、他人じゃない?他人と一緒に住めるか不安で。
姉ちゃんには気を遣わないから楽だけど、恋とか愛だけのつながりだと『気持ちが覚めたらどうなるか』って思う」
蒼汰は姉の私から見ても、それなりにモテる風貌だった。
身長は170 cmを超えているし、太ってもいない。
目は一重瞼の割には大きく見えて、視力もいいし目つきも悪くない。
髪の毛は少し癖毛がかっていて、薄くもない。
中学生や高校生の時には、バレンタインデーにチョコレートをもらって帰ってきたような記憶がある。
学歴も高いし、性格も穏やかだ。
私が作る適当な料理も、お弁当も『美味しい』と言ってくれる。
これで『気を遣っていない』のなら、どれだけデキた男なのだろう。
私は思わず言った。
「考えすぎだよ。彼女だっていたでしょう?
蒼汰は姉から見てもいい男だと思うよ?」
弟は残ったビールを飲み干して言った。
「ありがとう。でも恋人はしばらくいいや。
まずは、今の生徒を無事に卒業させないと」
蒼汰は高校二年生の担任で、来年はそのまま三年生を担当する。
今のうちから、生徒の卒業後の進路を考えなければいけないのだと言った。
「そうか、最初の担任の生徒だから、責任重大だね」
「うん。だから、弁当とか助かる」
「私が来る前は、どうしていたの?」
「通勤途中でコンビニに寄ったり、仕出しの日替わり弁当を注文したり。
でも、日替わりだと、エビとかカニが入っていたりして。
他の弁当を選べばいいのだろうけど、メニューを決めるのが面倒だし」
蒼汰には甲殻類アレルギーがあった。
私にアレルギーではなかったが、二人だけの食卓に、甲殻類が入っているおかずを出すことはなかった。
「そっか。私の弁当も、少しは役に立つのね」
「俺は姉ちゃんが来てくれて、良かったと思っているよ」
蒼汰の言葉は、私の胸にすとんと落ちた。
色々なものを無くした私に、何かをくれたような気がした。
ふいに涙が出そうになった私は、それを隠すように言った。
「晩酌はそのくらいにしようか。ご飯を盛るね?」




