第3話 悲劇の幕開け
気がついた時には、私の身体は
教室の外に吹き飛ばされていた。
目の前がちかちかしてよく見えない。耳も痛い。
頭の中でわーんという音が鳴り響いて、
くらくらする。
「大丈夫か?」
すぐ傍で東涼の声がした。
私の上に覆いかぶさるような格好をしている。
周りには無数の瓦礫が散乱していた。
私は状況が呑み込めず、呆然とした。
と、何かやわらかいものが手にあたった。
何だろうとそちらの方を見る。
ーーーー人だった。血まみれの。
服はボロボロに破け、身体のあちこちから
出血している。片腕の肘あたりから先がない。
その生徒は目を見開いたまま硬直していた。
…………死んでいる。
「ひっ………?!」
私は反射的に手を引っ込めた。
全身に悪寒が走る。
「…手榴弾だな。誰かが教室に投げ込んだんだ。
一年生は狙われやすいから…………」
そう言いながら、東は立ち上がった。
腰を抜かして立てない私を見て、
ひょいとかつぎ上げた。
「きゃっ?!ちょ、ちょっと……何するの?!」
「外に出る。狭い室内だと動きづらいだろ」
爆発で穴の開いた壁に手をかけながら、
東が言った。
「で、出るってここ4階………って
きゃああああぁあああぁあああ!!!!!」
東は私を抱えたまま外へ飛び出した。
ゴオッという風の音が耳もとで鳴る。
地面がどんどん近付いてくるのが見えた。
ヤバイ、死ぬーーーー
が、二人が地面に激突することはなかった。
東はスタン!と着地すると、
何事も無かったかのように歩き始めた。
「?! えっ、ちょっと待っ……は、離して!」
慌てて手足をばたつかせると、東は
ああ悪い、と言って私を降ろした。
私はその場に座り込んだ。足の震えが止まらない。
まだ何が起こっているのか理解出来なかった。
泣きそうになるのをこらえて、東を見上げた。
「その、東……くんは」
「涼でいい」
「……涼くんは、一体何者なの?
私を軽々持ち上げるし、4階から飛び降りるし…
それに、この学校で何が起こってるの?
さっきもひ、人が……死んで………」
涼は少し驚いたような顔をした。
「お前は……一ノ瀬家の者だろう?
何も聞かされてないのか?」
私がきょとんとしていると、涼は
呆れたようにため息をついた。
「まったく、あの人は……何を考えてるんだか」
話が呑み込めない。何の話を
しているのだろう?
混乱している私を見て、涼が話始めた。
「わかった。一から説明する。
まずこの実習についてだが………
端的に言うと、これはサバイバルゲームだ。
命を賭けた生き残り合戦。この学校にいる者は
教師も含め全員で殺し合いをする」
私は耳を疑った。
サバイバルゲーム?殺し合い?
そんなのあり得ない。
「腕を見てみろ。もうカウントダウンは始まってる」
袖をまくってみると、数字が
1秒ずつ減っていっている。先生が言ってた
制限時間って、もしかして…………
「つまり、お前はあと2999時間46分32秒しか
生きられないということだ」
衝撃と恐怖が入り交じったような絶望感が
私を包んだ。じゃあ私の命はあと
4ヵ月くらいってこと?
「で、でも、人の寿命を制限するなんて
できるはずないわ‼」
私は理不尽な現実から逃れようと、必死に否定した。
「この学校ではできる。だが、
ただ死を待つことしかできないということはない。
例えば、こんな風に」
その時、突然横の茂みから二人の男女が
飛び出してきた。男は身長程ある大剣を、
女は大鎌を、涼の頭上めがけて
降り下ろそうとした。
「あぶないっ!!!」
咄嗟に私は叫んだ。斬られるーーーーー!!
しかし、大剣と大鎌が触れる寸前、涼は
それをかわし、地面を強く蹴って
宙に舞い上がった。そして右手を前に
伸ばして、叫んだ。
「黒鬼、発動!!!」
直後、どこからともなく一本の刀が
涼の手もとに現れた。涼はそれをつかんだ。
そして着地すると同時に、襲いかかってきた
二人に向かって突進した。
二人は武器を構えたが、遅かった。
涼は目にもとまらぬ速さで刀を走らせ、斬った。
「うわああああっ!」
二人は悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「……こんな風に、他人の寿命を奪うことができる。
ほら、制限時間が延びただろう」
涼はカッターシャツの袖をまくってみせた。
3001:05:57。私のは3001:15:03。
確かに、増えている。
「つまり、相手に与えたダメージの分だけ時間を
自分のものにできるんだ。だから攻撃対象が
死ねばそいつの寿命はまるごと
こっちのものになる。奪った時間は自動で
ペアで均等にわけられる。俺は手榴弾から
お前をかばった時にお前よりも大きなダメージを
くらったから、今はお前のリミットの方が長いが」
私はまだ信じられない気持ちで説明を聞いていた。
先程涼に斬られた二人を見る。
まさか………殺したの?
「殺してない。お前に説明するためにな。見てみろ」
涼は倒れている男子生徒の腕をぐいと引いて、
私に見せた。(男子生徒が呻き声をあげた。)
リミットが、私たちのより早いテンポで
なくなっていくのがわかる。同時に、その分の
時間が私たちにのリミットに入っていく。
「致命傷を受けた場合はもっと早くなくなる。
あっという間だ。そうならないよう気をつけろ」
私は、おそるおそる尋ねた。
「そ、その人たちは、助かるの?」
涼は手で服をはたきながら答えた。
「このままならな。傷が浅いから。だが普通は殺す」
そう言った時の涼の目を見て、
私はぞっとした。
冷たく殺伐として、情けを知らない、
そんな目だった。
「じゃあ………それは?」
私は声が震えないようにしながら、
涼が持っている刀を指差した。
「これは黒鬼……俺専用の刀だ。
ここは重要ポイントだからよく聞け。
この学校に集められる人間には必ず何らかの
『能力』が潜在している。そしてその能力を
発揮するための『何か』を持っている。
俺の場合は『斬る』能力。だから黒鬼は
刀の形状をしている。そこの二人も同じだな。
剣と鎌…………『斬る』能力だ」
その時、どこかで爆発がおこった。
また誰かが戦っているらしい。私は音に驚いて
ビクッと身体をこわばらせたが、
涼は気にせず説明を続けた。
「能力を発揮させる道具は普段は次元の
狭間にあって見えないが、自分の好きなときに
現実世界に具現化することができる。もちろん
お前も例外じゃない。ただ、お前はまだ能力が
覚醒してないからどんなものかは分からないが
………………そして」
涼は私の目をまっすぐ見据えて言った。
「俺は東家の人間………
代々一ノ瀬家の者の護衛を務める家系だ。
なぜなら一ノ瀬家はこの世界においてトップに
君臨する一族だからだ。権力も実力も、全てに
おいての王者………それがお前たち一ノ瀬だ。
お前の父君……一ノ瀬滉は
この学校の責任者だよ。そしてこの不合理な
世界を造ったのもまた、お前の祖先たちだ」
聞かされたこと全てが信じられなかった。
全部夢なのではないかと思った。
いや、そうであってほしいと思った。
「心配はしなくていい………
お前のことは必ず守る。死なせたりはしない。
それが東家の……俺の使命だ。
だがな、これだけは覚えておけ」
急に涼の声が重く、真剣になった。
「ここでは生きるか死ぬか。それが全てだ。
もう誰も逃げられないよ。お前も、俺も」
逃げられない――――
その言葉は私の心に重くのし掛かった。
一筋の涙が私の頬を伝って落ちた。
悲しかったから? 違う。
じゃあ、苦しかった? それも違う。
ただ、絶望しただけだ。
これから始まる悲劇に。呪われた自分の運命に。
ゲームは、まだ始まったばかり。