1話* 「えぇと・・・ここ何処!?」
私自身が5歳のころ両親は蒸発してしまってからは両親を嫌った、世界のすべてを恨んだ、自分を呪った、自分で自分の命を絶とうともした。
けれど今ではそんなことをしなくてよかったと心から思う。祖母の優しい笑顔、大切だといつも言っていてくれた口、怒るときはしっかりと怒ってくれ、褒めるときは精一杯褒めてくれた手、幸せという言葉を人の愛し方をしっかりと私の心に刻んでくれた。
それからは世界を恨んだ事もない。私に居場所をくれた、多くのことを教えてくれた祖母は数年前に癌で他界した。その時まで私に弱音をはくことなく、笑顔を向けてくれていた、「愛なら大丈夫、大丈夫」いつも言っていた言葉。だから私の世界そのものだった祖母が居なくなってからは世界が再び寂しいものに見えた、けれどけして絶望はしなかった。祖母のためにも私は生きていこうと決めたのだ。
私がバイトとして働いている場所は自分が生活しているアパートから15分ほど自転車を走らせたところにある、トミカワ薬局という薬屋だ。品揃えもよく、交通の便が良いということもあり客足が途絶える事はない。従業員の数が少なく、シフトはいつでも目一杯に入れる、バイト代もなかなか良い、仕事仲間の関係も良好。そんなとても良い条件な事もあり、私はこの薬局に5年くらいは居るだろうか。
今日も、またそんなバイト先で仕事をしていた。
商品を箱から出し売り場の棚に押しこみ、すべてを並べ終わろうとしていたときに聞こえた詩に良く似ている音に手を止めたとても美しい音律。
その音になぜか惹かれる、ついていきたくなる、まるで私をこの世界から切り離そうとする呪文。
― 時空の扉よ開け われらリストスの魔術師により 召喚する
手を止め周りも見回してもいつもと変わらない薬局独特な匂いとせわしなく動く従業員たちの足音、そして客のたわいない会話が聞こえてくるだけだった。そのことに安堵をし、再び棚に目を戻し手を動かす。しかし再びその音律は私の心に響く。
― 賢者である ルキリスが命じる
その音に作業をしていた手を急いで動かす。心に頭に自分自身の声が語りかけてくる。一人になるなと、この薬局には私以外にたくさんの人がいるバイト仲間もお客様も、従業員もパートのおばさんたちもだけど私の周りにだけ誰一人と居ないという錯覚に陥る。
早く 早く 早く 終わらせて 誰かを呼ばないと・・・
素早くその作業を終わらせて立ち上がり、仕事を指示を出してくれた店長に向かって大声で叫ぶ。
「店長!!終わりました!!」
―来たれ 選ばれしものよ
その私の叫びに不思議な音律が重なる。その瞬間、私はこの現実世界から切り離されたような感覚が全身に広がると私の瞳は自然と閉じていた。
瞼の奥にある闇の中で違和感を感じる。私が立つこの場所は現実世界とはまるで違う、空気も雰囲気も匂いもすべてが、けれどこのまま目を閉じていてもどうしようもない事は分かる開けて確認しなければ、その決心を心に言い聞かせて恐る恐る開くとそこには不思議な世界が広がっていた。
室内であるはずなのに流れ、消える、青く光る水。不思議に思い、目で水をたどるがそこにあるのは小さな杯が置いてあるだけだった、そこからコポコポと水が溢れているその水は美しい反射と共にキラキラと輝いているしかしある一定の場所まで来るとその水たちは落ちることなく消えていく。その周りを囲むように数人の白いフードを被っている人たちが立つ。
「えぇと・・・ここ何処!?」
現実世界ではありえない、まるで本のようだと本当に思った。茫然と見つめている私の前に水の周りに居る人たちとはまた違った青いフードを被った謎の男が前に出て、手を差し出してくる。
青いフードの男は近くで見るととても背が高い、あまり身長が高くない私と比べれば頭三つ分くらいは違うだろう、時々ちらりと見える緑色の双眸は切れ長く鋭い、この男の心の強さを物語っているようだった。一見恐ろしいようなその瞳から感じるのは憎悪というよりも、心から私のことを心配するような優しげな視線。それは何処となく私の大切な人の視線と似ているのだ。
「お待ちしておりました。 黒姫様」
手を差し出してきた男の人が先ほど聞いた音律をつむぐ、この美しい音律こそが世界の標準語なのだろう、なんとなくそう思うこれは感だ。
けれど、私には通じる事はない言葉だ。茫然と立ち尽くしたままその男を見つめていると男が何かを思い出したように青く光る水が溢れ出す杯の前に行き、白い指で触れるとその水は途切れ、青く光っている点を除けば、普通の水が入った杯だ。その杯を手に取り私の前まで来てそれを目の前に差し出してきたのだ。
もしかしなくてもこの怪しげな水を飲めとでも言うのだろうか、それを確認しようと男を見上げると男が訝しげに見た後、その水を少しだけ自分の口に運ぶとゴクリと男の喉下が動く。その後、再びこちらに杯を差し出す。
この男は私の表情からこの水が大丈夫なのかと疑っていることに気付いたのだろう。とても頭が良く、優しい人なんだと本当に思った。怪しいと思っていた思いまで今ではすっかり取り除かれている。
その杯を受け取り自分自身も口元に運び口に含むとただの水とは違い少しだけ甘く、飲みやすい。その水を一気にあおり杯を前に差し出すと男が何処となく微笑ながら杯を受け取る。
「なかなか根性があるな」
「どうも」
今度、耳に届いたのは低く鋭い声。この音はいままで慣れ親しんできた言葉だ。
「もしかして通じてる」
あわてて叫ぶと男がコクリと頷く。
「あぁ」
男が杯を元あった場所まで行きそっと戻し再び同じように指で触れると再び水が溢れ出す。しかし今ではその水は怪しげな青い光を放っていない。
「ということは・・・・・もしかして最初から日本語がしゃべれたんですか」
男は眉を寄せこちらを見る。
「ニホンゴ? 何だそれは? しかし言えることはお前がこちらの言葉を理解したまで」
私の問いかけに返事をすると共に周りに居た白いフードを被った人たちに目線を向けると白い人たちは、私とこの男に深々と頭を下げ部屋から出て行った。どうやらこの男はあの白い人たちの中では一番偉いようだ。私に頭を下げた意味は分からないが・・・
「はぁ・・・えぇとそれでここは何処ですか、間違いなく私の知らない世界ですよね」
男が私の前に戻ってきてから小さく笑う。
「勘が鋭いな お前は」
「まぁ動物みたいなものですから」
「そうか しかし、その事については俺からではなく奴に聞くのがいいだろう 付いて来い」
男は部屋から出て行った、それを追いかけようと飛び出すと何処までも続く廊下と美しく光る赤い絨毯、石造りの壁に刻まれている彫刻に足を止めた。
「なっ、何ここ!!」
まるでテレビなどで見た外国のお城のような作りだ。
「ありえない」
青い顔をして固まっていると目の前から響くものすごい足音。どうやらこの廊下を爆走している人物が居るようだ。しかも、その音はどんどんと大きくなっていく。
「まっ、まさかこっちに向かってる!!」
この摩訶不思議な世界だ何が起ころうと可笑しくはないだろう。身構えながらその足音に目を向けると遥か向こうから美しい髪を振り乱しながら走る美しい男がこちらに向かって爆走しているのだ。はっきり言おう不気味だ・・
「ひぃっ!!」
青い顔をしながら固まっていると先ほどの不気味な男が思いっきり腹にタックルをかまして抱きついてきたのだ。その衝撃に“グハッ”という変な声が出る。
「待っていた そなたとの出会い 私のことはお父様と呼んでくれ」
ギリギリと抱きついてくる美しい男に圧死させられようとしている自分だが、嬉しさなんて感じられるわけもない。どんなイケメンでも殺されたくはない・・・
「ぐっ ぐるしい」
力を振り絞って呟くとこんどは後ろから先ほどと同じような爆走の音が再び響く。また悪魔の襲来か・・恐る恐る振り返ると今度は茶色の髪を高く結い上げる。気高く気品がある女性が先ほどの同じように突進してくる。そして後ろから抱きしめるというか、金髪の美形のお兄さんよりも強い力で絞め殺そうとしてくる。
「何しているの!!あなた私の娘に先に抱きつくなんてどういうおつもりで」
「なっなにをいうか、エリス そんなもの早い者勝ちというものだよ」
「あなたが抱きついたら軽くセクハラですわよ」
「そんなことはない!!娘に抱きついてセクハラの訳がないだろう」
「あらそうかしら」
二人が仲良く討論を始めるが、私としては出来れば開放して欲しいな・・・・ 意識を保とうと必死で居ると私の体が宙に浮く。どうやら真上から誰かが私をこの圧死地獄から救ってくれたらしい。その命の恩人を一目見ようと顔を上げるとそこには鋭い瞳を持つ男の人が居た、紺色の髪が男の着る青色のローブにとてもはえる。その容姿も私を圧死させようとした二人と並ぶほどに整っている。その姿は男らしく、その鋭い瞳で微笑めばたくさんのお姉様方がぶっ倒れるに違いない感心しながらその男の容姿を観察していると瞳が鋭く細められる。
「黒姫 ついて来いといったはずだが」
私を地面にストンと下ろす男をマジマジと見つめる。
「もしかして、さっきの人」
訝しげに見つめると男がこちらを見る。
「俺の名前は、ルキリス=アーヴィスだ 好きなように呼ぶといい、このアホな男がこの国の国王であるディアス=フィミリスだ」
男がアホ扱いしたのは先ほどの金髪の美しい男。
「なんだと私をアホ扱いとは!!」
「貴様はアホだ」
反論しようとしたディアスと呼ばれた男だが、有無を言わさず言われた言葉に今ではシュンとなって部屋の隅で蹲りブツブツと呟いている。
「私はこの国の国王なんだぞ、ちょっとくらい尊敬してくれればいいのに・・・ブツブツブツ」
「そして、この女性が女王陛下であるエリス=フィミリスだ」
今度、紹介してくれたのは先ほどの女性。先ほどまでの軽さは今ではなく、しっかりとした表情で気高く微笑んでいる。その表情はこの女性にとても似合っていた。
「よろしく お願いね」
「はい」




