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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
94/123

(3-37)


「陛下。申し訳ございませんでした」


 法務大臣、ほか一同が深く頭を下げる。


「なに、かまわない。君は役割を果たしてくれただけだ」


 王が鷹揚にうなづくとともに手を出し、それ以上思いつめないようにとの旨を告げる。

 場所は一時引き取ったのち、再びの謁見の間へ。

 集められた貴族たちも解散し、片づけも終え、主要な人材だけが残されていた。

 発言したのは、その中のひとり。エムルラトパ・フィア・エスレクレインだった。


「そうですわ。あなたはもっとも善き結果を引き出してくれたのだから。ねぇ陛下?」


「エ、エスレクレイン様。それは……?」


 戸惑いの色を隠せない法務大臣に国王が代わって答えた。


「君には先に謝っておく。申し訳ない。――実は<焼園>排除の話は、今回のことよりも一段階先に持ち上がっていたのだよ」


「なっ……!? そ、それはどういう!?」


「わたくしのネットワークサイドに引っかかった情報があったのよねぇ」


「その前に微細な変化を察知して、検出を依頼したのはコイツだけどな」


 驚き、次々視線を移してゆき、最後に向けた視線の先。玉座のうしろから三名の男女が出てくる。


「殿下……いらしていたのですか」


「うふふ……姫殿下の明敏さ、ますます精度が増しているようで」


 怪しく笑いかけるエスレクレインに、兄たちに挟まれて降りてきた美しい艶の金の髪をこぼす少女が、にっこりと輝かんばかりの笑顔を返す。


「完璧ではありませんでしたわ。わたしの計算では今日この場に乗り込んでくるのは彼の教師様のはずだったんですもの!」


 その笑顔には喜色というものしかない。


「あのお方、そして青き工房騎士様の姿はあるはずがなかったんです!」


「まぁ、それはそれは」


「でもエスレクレイン様は最初から分かっていらしたご様子! あの人はどんな方ですかっ? 話をうかがいたいです!」


「さぁ、どうかしら……」


「へ、陛下! それより、先の事項についてはいったい」


 うむとうなづきエストラルファ王。


「申し訳ないが、彼女の強い進言もあり、利用させてもらう運びになった。君たちの〝調整〟が把握できていたこと、時間が差し迫っていて君に知らせた上であの場を再調整する余地がなかったことなどの事情があった。思うところはあるだろうが了承してほしい」


 小柄な姫が身体ごと傾き、甘えるように大臣を覗き込んだ。


「事態が限界まで悪化した方がいいって言ったんです。王都影花勢力との全面抗争危機を迎えた上で、あの場の聖騎士団戦力の中でアルフュレイウス様が負傷して総員の最大十パーセントとガランドール様が戦闘不能になる見込み、というぐらいの事態に直面するぐらいでなければのちのちに納得を示さない勢力が国内だけで百六家三百二十六機関ほど出てきますし。最低値です」


「……」


 細い指立て、すらすらと昨日までの天気でも読み上げるみたいによく言葉が出てくる。


「それに〝王権〟行使の設定範囲が多少狭まりますしね。なにより交渉を呑んで使徒を撃退してから<焼園>討伐計画を持ち上げてもフェリス王国の王宮勢力と各有力家に加えてグランフィリア家とついでにとばっちりであそこのアノマリーが反発的に動き出す日取りがおよそ百日ほど早まりますしその流れでさらに百日か早ければ六十日後には西の<天境>が聖剣を」


 と、そこで一旦ぴたりと止まり。


「……」


 口を開けて完全に固まっている大臣から身体を離し、コホンと咳払いする。


「……とにかく、説得力の問題、ですね。そのために取引を持ってくる使者さんを挑発するか追い詰める役割をこなしてもらうべく、あなたたちへの情報封鎖を提案したのはわたくしなんです。……ですからお父様を叱らないであげてくださいな?」


「い、いえ、決してそのようなつもりではございませんでしたが……」


「ならよかった」


 玉座に肘つきため息も漏らしながら王が首を振り、彼の問いへの回答を寄越してくれる。


「困ったね。先日の<ヴィドゥルの魔爪>が動いた件の根っこの動きとして、どうやら海外の一部か本勢力を本気にさせるようななにかがあったようなのだよ。彼らを追ってすでに国内で複数の外部諜報機関が動き出している。表面化するのも時間の問題だろう」


「そ、それはしかし」


「うん。たとえ相互であるていどの自由裁量を許している非公式作戦であっても多くは隠さずに通達される慣習だが、それもなく、さらにはこちらの監視にも気づかせないほどの徹底ぶり。――よほどの本気だということだ。互いに目を瞑る、代わりに包み隠さず、というこれは義理の世界だからねぇ。その表面化の時に、今の状況の我々が後手に回るのは」


 あまりにも不味い。

 たとえどれほど強引だとしても、どうあっても、その作戦の発案と主導は我が国である必要がある。

 同時に、今日の日の騒動が水面下経由であっても彼らに伝わるなら、醜聞(スキャンダル)である以上に牽制として働く。

 同様の作戦の必要性にディングレイズ国が迫られていると分かれば秘密裏に動いている他国もその立場を奪うことははばかられて遠慮するか迷うはずだ。なにより同じ<焼園>をターゲットにしていると知れば、王室を欺いて行動している不義が露見することを恐れ、活動自体を自粛せざるを得ないだろう。あるいは本国の指示を請うまでは、だが。いずれにしても時間稼ぎになる。


 大臣は王へ理解の証としてうなづくと同時、畏れから喉を嚥下させた。すべてが分かったからだ。

 これが、王家の力。歴史さえ読み取り、選び取る力。

 大勢の貴族を呼び集めたのも、ただ歴史的客人を歓迎するためだけではなかった。

 今日のことを、この場にいた多くの者は事件、恥ずべき珍事として記憶して帰っていっただろう。

 だが将来には皆が彼と同じ感情を抱くのだろう。この日のためであったのか、と。

 これは、大きな力の加護をただ甘んじて受けていればよいという話では決してない。

 運び手も受け取り手も尋常ではない。

 やはりこの国の王族は特別な者たちなのだ。


「この身この苦慮、わずかでもこの国の未来につなぐ糧となれていたのでしたらば最上の誉れを賜りました」


 (はかりごと)を共有していた臣下一同、深く頭を下げる。


「ありがとう――さてそれについての情報のすり合わせは後日として、差し当たってはこの件について、イルウェスタール」


「はい、陛下」


 カツと靴を鳴らし、第一王子が前に出た。


「君に任せたい。起きている問題の本質部分はおそらく君の管轄地が近い」


「拝命いたしました。この手にて魔に魅入られしか弱き者々を、その苦しみから残さず救済して参ります」


 魔王使徒戦の収束を待たずに動くということだ。王都全滅時には臨時政府の旗印にもなれという意味でもある。


王都(ホーム)の方は任せてくれたまえ。さてそれでどちらかを補佐につけたいのだがここはやはり」


 ――とここで。

 待ってましたと言わんばかりに輝いた表情、大げさかつ気品と元気に溢れた所作で兄を推薦しようとした王女の腕がひらり見事にかわされ、その足で回り込んだ第二王子が彼女の背中を逆に押し出した。


「お兄様?」


「コイツがつきますよ。コイツがいいでしょう。俺は……学院の予後でも任せていただけますか。それも必要でしょう? あそこは祭りも控えてるわけですし」


「ふむ?」


「いえいえいえいえお兄様それはわたくしがいえいえいえいえ」


「お前がなにするって言うの? 第一今回の動きを〝発見〟したのはお前なんだから最後までお前がケツ持つのが筋だろ。動く兄貴のうしろで指示出してればすぐ終わるだろ」


「なにをおっしゃいますお兄様のお尻をどうこうするだなんてわたしにはとてもとても……それにわたしはどーせ部屋から動きませんしでしたら学院の件の兼任だって余裕ですからお父様お願いしますわたくしお友達が少ないんですっ!」


「相っ変わらず心にもないことと欲望が隠れず入り乱れるよなぁお前って。でも尻尾の先までの嘘でももうちょっと恥じらい持った方が男にはモテるぞ」


「お兄様こそなぜそんなにわたしを排斥なさろうと――あ! 分かった! 謀りましたねお兄様そんな面白そうなことわたしに黙ってさては先日の鍵の件とあとあの国の方の動むぐむむむぐ!」


「逆鱗って知ってたか? 俺もよく知らんが触れるといろいろマズいから知らねーフリした方がいいみたいなんだぞぉおう……? 大変なことになる前に知れてよかったなーほんとになあ……?」


 なお妹姫は押さえつける兄の両手を叩きむーむーと暴れていたがパッと抵抗をやめて腰から手のひらメモとペンを取り出し猛烈な勢いで書きつけ始めた。それを片腕のホールドに切り替えた兄がギリギリと締めつけながら取り上げて握り潰している。


「で、殿下っ、内々の面子とは言え下の目もありますのでっ」


「ああ済まない、かわいい妹の気分が優れないようだったものでね。遅かったようだが。なんてことだろう」


「……」


 とんでもなく朗らかに微笑む王子の腕の中で妹姫はすでに白目をむいてもの言わぬ状態になっていた。

 よだれがすごい。

 にこりと笑い王が言う。


「では君の提案に沿うとしようか」


「尽力いたします」


 礼に合わせて、まだ腕に引っかけられている妹の頭もかっくりと上下した。


「というわけなので諸君。王命におき、第一王子イルウェスタール・ファス・リィンオール=ディングレイズに本非公式作戦の特定王命執行代行相当権を与えるので、連携を取り、彼を補佐してくれたまえ」


「かしこまりました」


「では残る目の前の問題――困ったお客人への対応に全力を注ぐとしよう。各資料の用意、そして、フォマウセン殿をお通ししてくれたまえ」


 対魔王使徒戦の作戦最終調整会議はほぼ滞りなく決議され、速やかに会戦の準備が動き始めた。



<焼園>は歩みゆく。まばらに動く生徒たちの歩みの流れに逆らって。

 魔王使徒戦の具体的な作戦が決定されたことで、すべての準備が動き出していた。

 学院内外の人材が多く出入りしては、予定された各作戦遂行分担区域の下準備であちこちが封鎖されて拠点が急造設置されてゆく。

 生徒の一部も手伝いに回り、あるいは大半はようやく許可が出た避難のために荷を持って移動を開始している。

 静かに。だが慌ただしく。

 王都の命運を賭けた作戦を前に、学院敷地内はにわかに活気の熱がこもり始めていた。


「…………」


<焼園>はあるところでぴたりと立ち止まり、雑木林の隙間からうかがえる使徒の姿を見つめた。

 すれ違おうとする生徒のひとりを呼び止める。


「ちょっと聞いていいか。学院結界戦の参加志願者の受付会場ってどっちだ?」


「あ、ああ。それなら第三グラウンドでやってるはずだ。……アンタ、志願するのか?」


「もちろんだ。学院は俺たちの故郷。誇りだからな。たとえ前線で渡り合えなくとも小さな手伝いぐらいはできるさ。魔王なぞに壊させるか」


「……」


「なんだ、どうかしたか?」


「……い、いや。あのさ、俺も一緒にいくよ! ちょっと待っててくれないか。連れに伝えてくるから!」


「ああ。頼もしいな」


 小走りに離れてゆく生徒から、再び、視線は魔王使徒へ。

 フードに隠した顔に笑みを浮かべ、ぽつりとだれにも聞かれぬつぶやきを漏らす。


「……見届けたいしな」


 生徒を会場に送り届けたあとも、<焼園>は避難組の姿がなくなる日暮れすぎまで同じ作業を繰り返していた。



『フォマウセン様。全作戦予定区域の干渉物排除および力場の調整を完了しました。結界素地環境オール・クリアーです』


「持ち上げてちょうだい」


 学院でもっとも高い建造物である教職員棟。魔王使徒を正面に見下ろせる大時計下の張り出し回廊に立ったフォマウセンの視界の先で――広大な敷地のそこかしこから、十数階建相当の巨大な構造体(プレート)が競り上がってくる。


「まさか学院内で起きた災害汚染封印対策のための設備がこんな形で役立つことになるとは。なにがあるか分からないものですね」


「ミスター・タウセン」


 彼女が振り返った背後に、歩んでくるタウセン・マックヴェルの姿があった。

 試験起動の旨を命じている間に到着して、並んでくる。

 ともに黒い球体の威容を見下ろす。


「あなたの制限の解除はできなかった。一応頼んでおいたけれど……この戦いのあとに回りそう。人の世界は面倒ね」


「無意味とは言い切れませんし、かまわないでしょう。備えは必要ですよ」


 そこで、笑い、隣の教師を見た。


「久しぶりね。調子はよろしくて?」


「すこぶるよろしいですよ。久しぶりにゆっくり休めましたからね」


「それはけっこう。冗談はさておき、すまなかったわね。わたしも首の皮一枚つながったわ?」


「いえ、こちらこそ。いろいろと動いていただいたようで、お礼申し上げます」


「あの子をけしかけたわね? なら、お礼なら彼女にだわね」


「さてね。――彼女は? 王宮の頑固者たちにぶつかってふてくされていそうですが」


「忙しいからって小屋に戻ったわ。昨日までもあちこち動き回って。まだなにかしでかすみたいね?」


「まぁその結果は……追々。無事にこれを乗り切れたなら」


 視線は元より向けていたが、ふたりの意識が使徒へと注がれる。

 球体は微動だにせず。

 現世に開いた穴のように宙へ固定されている。

 静かなるその内側では今も莫大な情報構成が行なわれ続けている。


 それは、〝歌〟だ。

 綴導術、魔術、奏気術。いずれとも異なる。人の知性を超越した、世界さえ変える歌。

 すべてがひと連なりで、しかし一編も同じ様相は見せることなく。高まり、伸びて、低まり、掠れ――人の身では把握できぬ全体では壮大で緻密な絵図を見せる。


「見ているわね」


「ええ」


 ノルンティ・ノノルンキアの球体の正面に本当にわずかな亀裂が走り、巨大な眼球が彼女たちを捉えている。


「魔王……異界よりの侵攻者、か」


 ぽつりとしたタウセンのつぶやき。


「なにを考えているのやら」


「……」


 彼に一瞥だけを投げ、再び正面へ戻る。

 魔王と呼ばれる超常の存在たちは、異界よりやってくると言う。

 いったいだれがなにを根拠に言い出したことなのかは定かではない。あるいは本人たちの口からかもしれない。少なくとも師も否定はしていなかったが。

 だが<アーキ・スフィア>の構造や性質を見てもそれが自然発生するとはまず考えられぬほどにすべてが異質で異常であることは認めざるを得ない。性質も、振る舞いも、大きさも力も――なにもかもが。それを思えば異界の住人だとする主張も不自然とは言えないだろう。


 ここではない界。

 ここではない宇宙からの来訪者。

 そこ(・・)がどんな世界であり、なんの理由や目的があってこちらの宇宙へと渡ってくるのかは分からない。

 たしかに言えるのは、ほとんどの場合が世界にとって致命的な振る舞いを果たすということ。つまるところ、世界の敵なのだ。

 だがそれすら明確とは言いがたいかもしれない。中には<絶海>を支配する『冥王』のように物理顕現を果たしておきながら沈黙を守り続ける魔王もいるのだから。判明している中で唯一の例外というレベルではあるが。


「少なくとも、人間(わたしたち)の都合は考えてくれていないみたい」


「でしょうね」


 あるいは『不死大帝』が現われたる時、彼らの意思の奥底が明かされることがあるのだろうか?

 夢想は払い、フォマウセンが続いて指示を発信すると同時――中央敷地に面する十数棟もの建造物が発破を受けて次々と崩れ去ってゆく。

 ノルンティ・ノノルンキアに動きはない。

 極限の薄目の中で彼女たちを見つめ続けている。

 その最奥から、さらに何者かがこちらを覗き込んでいるような気がした。



『全棟爆薬の点火は滞りなく完了。使徒活性、および粉塵によるほか作業部隊への影響ナシ。コーティング班は最優先で作業を続行してください』


「う、動かない、か……!」


 建物は見事と言えるほど垂直に、だが均一に崩れ散った。粉塵にかすむ球体の様子を見守っていた作業員たちは喉を鳴らしながら硬直を解いていった。


『上空観測隊のグリーン判定きました。除去物の飛散分布状況は良好。工兵部隊入れます』


『解体班と工兵隊の交代、急ぎなさい。聖騎士団が護衛につくとは言え彼らの装備が使徒を刺激しないという保障はない。その時最初の被害を受けることになるのは彼らなのよ』


「り、了解。――全班聞いたな、予定通り機材の撤収を開始。どうせヤツは動きやしないってつもりで動け! だが静かにだ! 急ぐぞ!」



 魔王使徒は黙して歌い続ける。主を招聘し、祝福する歌を。

 その役割は、尖兵。

 その使命は、〝目〟。

 細き封印の網目をくぐりて奪われし世界の姿を観測し。邪魔者の存在あらば蹴散らし、主が降り立つべき地の掃除を果たしておくこと。

 準備は整いつつある。

 世界に致命的な楔を打ち込むにもっともふさわしいこの地にて、真の救済をもたらす神の光臨を待つ。



 魔王使徒との会戦を控えてにわかに慌ただしい学院の空気とはかけ離れ、<近くの森>の夜は変わらずに静かだった。


「……はぁー。よぉーやく最低限の機材器具発掘したけど、もう夜だよ~」


 工房窓が吹き飛んで黒こげた家の前で、磨いた機材を並び終えたスフィールリアがすでにヘトヘトの(てい)で額を拭っていた。


「黒ナンチャラの工房使えばよかったんじゃないか?」


「ム~リ~。取引が成立した段階で政府が一時接収。封鎖されてるしスペシャル『晶結瞳』も運び出されて実質機能してませーん」


「それで素材とコイツだけ拾ってきたわけかー」


 水皿の水を気楽に舐めながら芝に寝そべるフォルシイラの横には、白猫妖精のエレオノーラが遠慮がちにお座りしていた。


「申し訳ありません、大妖精フォルシイラ様。お世話になります」


「まぁ同じネコ型のよしみということで寛大な懐を見せてやる俺様なんだが。『晶結瞳』の妖精ってのも珍しいしな。まぁ俺様の方がずっとスペシャルなんだけどな。あらゆる点で」


「感服いたします」


「いやホントにあらゆる点でな」


「すばらしいです。畏敬の念が泉のように込み上げてまいります」


「エレオノーラ~、フォルシイラの相手しなくていいからね」


「ほ、本当なんだぞっ」


 スフィールリアの声にビョンと尻尾を立てて金猫が起き上がりかける。


「自慢したがるクセに正体は言わないんだもんな~」


「あのあの、失礼ながらフォルシイラ様はどのような由来の妖精様なのですか?」


「ふふ……当ててみるがいい小物よ」


「え? えと、あの……ええと、未熟者なもので、匂いなど嗅がせていただいてもよろしいですか」


「まぁよかろう」


「では失礼して……スンスン……」


 白猫が鼻先を寄せるフフンと偉そうに反り返ったフォルシイラの毛並みを見ながら、スフィールリアはそういえばここ数日毛のお手入れしてなかった上に森を走り回っていたらしいので洗わなきゃなという考えを浮かべていた。

 それはさておき、匂いを嗅いでいたエレオノーラの全身がビリビリビリ、といった感じで尻尾の先まで総毛立っていった。やはりクサかったのか?


「どうだ分かったか?」


「……いえあの。…………お、おみそれいたしました」


 なんだかまいった風な、怯えた風な。頭から押さえつけられているかのように頭を下げてきょときょとしているエレオノーラが、なぜだかなにかをうかがうような上目遣いでスフィールリアの方を見てくる。やはり……


「開発中だった超柔軟芳香シャンプーの発掘を……」


 ビクリとフォルシイラが震える。


「な、ななななぁ! それにしてもこんな時にまで作業しなくてよかったんじゃないか!?」


「……それじゃ到底間に合わないからなー。今のうちに少しでも余裕を稼いでおきたいんだよ。今回はさすがにフォルシイラにも手伝ってもらうよ。最大効率でいくから」


「うんうんまぁかまわんけど! ……それにしたって詰め込みすぎな気がするけど。フツーに正気のスケジュールにゃならないぞコレぇ」


「で。す。か。ら。わたくしたちもお手伝いに参上したわけですわ!」


 広間の入り口に元気よく現れたのはアリーゼルだった。


「やっぱりやってましたわね!」


 うしろからフィリアルディとエイメールも顔を出してくる。


「こ、こんばんは」


「助太刀にきましたよ!」


「アリーゼル! フィリアルディ、エイメールー!」


 駆け寄ろうとしたスフィールリアだったが、さらに彼女らが持つガスランプの明かりの外側から顔を出す人物の姿があった。


「よおっ!」


「うおおっ!? …………て、ア、アイバー!? うおおアイバー!!」


「やっぱり無事だったなこの野郎! 殺したって死なねーぐらいしぶてーって分かってたんだ、はははっ!」


「こっちのセリフよー! いや正直どうなってるか分かんなかったけど無事でよかったわウン!」


 ともに駆け寄って合流し、互いに肩や腕をバンバンしていると……アイバは途端に目を覆って泣き言を漏らし始めた。


「グスッ……いや俺も正直今度ばかりはお前でもダメなんじゃないかって…………少なくともお前は拘束されてるだろうとか言われるし、<アカデミー>ん中の情報はほとんど入ってこねーし国が滅ぶかの瀬戸際とかいきなしわけ分かんねーし…………」


「泣くな泣くないろいろあったけど大丈夫だから! いやこれから次第だけどね。そういえばアイバこそ大丈夫だったの? 事件を見てたのは同じだし、なんかひどいこととか怖いこととかされなかった? あの夜の記憶はまだある?」


「あ、ああ……なんか記憶がマズくて学院から追って処置がどーのみたいな話は聞いたけれっどよ、西の本家に無許可で俺をどーこーすっとマズくね? みたいな意見があって、とりあえず連絡取ってみるまで保留みたいな話んなってさ。ホントは全然なんもマズくねーはずなんだけど都合よさそうだから黙ってた! それより狭い部屋閉じ込められて教官連中とか上層部とか王室のおエラいさんとかに詰められてたのが大変だった!」


「詰められた? なんでよ?」


「いやほら、俺が魔王を倒した勇者の末裔で『世界樹の聖剣』持ってるモンだから……あの黒いタマなんとかできねーのかとか、聖剣の機能はどんなでどれだけ使いこなせんのかとか、いろいろ質問攻め、つーか……オメーできるだろできると言えよみたいな……その……大変、なんというか…………」


「……」


「……つらい、雰囲気で…………」


「…………」


「ぐすっ……」


「よしよし」


「情けないですわねっ」


 頭をなでられているアイバにアリーゼルがハンドルつきの器具を突き出した。


「どーせ厳戒態勢の<アカデミー>で不届き者なんて動けないんだしあとは力仕事ぐらいしか役割ないんだから働いていきなさいなっ! ほら手回し『精霊炉』! 車輪を得たハムスターのように回しなさい!」


「お、おう……回せばいいんだな? これでいいのかぬうううっ」


「どこにも接続してないのに回してなんの役に立つっていうんですの!」


「う、うん……役立たずでごめんね……ぐすっ」


「〝奏気術〟対応もしてるタイプだから大丈夫ですよ! 使い方教えてあげますからねっ」


「はぁ……しかし外で作業するんですの? まぁ内部グチャグチャですし素材保護が最優先っていうのは分かるんですけど……工房結界ナシとか無茶ですわね……」


「でも前の『ウィズダム・オブ・スロウン』の時もそうだったけど、この小屋の工房結界はすごいクセがあるって先生も言ってたし……扱い慣れてないなら同じかも」


 エイメールがアイバの背を押して庭に並んだ機材の方へゆき、同じくアリーゼルたちが工房内に運び込んだ〝黒帝〟の在庫を検分し始め、がやがやとにぎやかになってくる。


「み、みんな……ありがとう!」


 なんだかジーンときておじぎをしたスフィールリアに、四人はみなまで言うなと親指を立ててくれた。

 夜が、ふけていった。


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