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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
92/123

(3-35)

「斬り合いができねーってならそのひと押し…………俺様がしてやろうかぁ?」


 ほぼ全員の注目を集め、謁見の間の入場口に――その男は、いた。


「きっ……貴様は!!」


 入場口にたたずむそいつの姿を認めた瞬間、一部の大臣たちが血相を変え、玉座前の聖騎士団長格たちが剣に手をかけた。


「おいおい、俺様とやるってのかよぉ? あ、相手が違うじゃねーかぁ……へひひっ!」


 男は大陸最強格の聖騎士団長たちに睨まれてもおどけて両腕を広げるだけだった。

 そこにいる人物は、ふたり。

 ひとりは、純黒のスーツを着た小柄で丸々と太った男。身長はスフィールリアよりも小さい。

 衣装はひと目見て上等な仕立てだと分かるが、ごてごてに派手な指輪、そしてなにより凶暴にぎらついた眼光には明らかに負けている。

 大臣たちと同じく、この男の顔にはフォマウセンにも見覚えがあった。知る者ぞ知る、王都におけるブラックリストの頂点に配置されている超大物な危険人物だ。


 もうひとりは、白いシスター服に身を包んだ長身の女。

 清楚な乙女に着られるべき薔薇の紋章が入った聖服は無残に着崩されて退廃的な空気を放っている。しかし腰まで届く金の髪は手入れが行き届いて美しく、鋭い双眸と合わせて、飼い慣らされた猛獣のような雰囲気がある。

 こちらにはスフィールリアに覚えがあるようだった。半身を振り返ったその顔に多少の驚きを表している。


「……このような痴れ者をここまで通すとはなにごとだ! 叩き出せい!!」


 元帥の言葉で、並んでいた聖騎士団の錚々たる陣容が即座に臨戦態勢に移行した。

 が、しかし、それを即座に玉座から手を出して制したのは王だった。

 だれもが分かっていた。彼らが出てきた扉の意味を。


「…………!」


 緊迫による沈黙が場を支配する。


「……へへ。王様のお許しが出たぜぇ。そいじゃ嬢ちゃん、いくかぁ?」


「へいへーい」


 そう言い、ふたりはきわめて気楽な様子で赤絨毯の上を歩き出した。途中、シスターの方が「よっ、薔薇の御大!」なんて声をかけている。アレンティア・フラウ・グランフィリアは片眉を上げ、蜂の巣から我が物顔でダンゴ虫が出てくるのを目撃したかのような困惑の表情をしていた。

 ほどなくして、二名が玉座前にたどり着く。

 なんの断りもなく、最前列にいるスフィールリアの両隣に陣取った。


「あっれー? だれかと思ったらスフィーちゃんじゃーん! どうしたのよー、おめかししちゃってこんなところでー」


「……どうも」


 知り合いらしい。スフィールリアも緊張を解かないまでも、ぎこちなく会釈で返していた。

 それを見た段下の大臣たちの顔に一層険しいものが走る。今のはあまりよくなかった。

 いや。とてつもなくよくなかった。


「どういうことだ……!」


「あんれ? 入城資格は満たしてるはずなんですけどねぇ」


 と、シスターが開いた胸元の服下から古びたペンダントを取り出すと、また貴族たちの顔色が一変した。


「……教会旧聖の司教が、なぜこんな者を先導してくるのだ!!」


「おいおいおい、そりゃ逆だろぉ? だからこのお嬢ちゃんに金ぇ積んでここまでエスコート頼んだんじゃねーか。アタマ大丈夫かぁ? うひひ!」


「貴様には話していないっ。――どういうことなのだ! 恥を知れ!」


 シスターの方はと言えば、弱った風に眉を下げて肩をすくめるだけだった。


「んなこと言われましてもねぇ。お国様もカミサマもあたしらにお金くれないじゃないですか、たま~にゃこーいう仕事して稼がなくちゃなんですよねぇ。上得意様っスよぉ……あ! この人より払いがよかったらあたしはすぐさま立ち去りますけどっ!?」


「いくらだ!」


「おいおいおいちょっと待ちなよそりゃねぇぜお嬢ちゃん。ハナシが終わるまでの時間分も料金に込みだぁ。俺たちから契約受けるって意味……分かってるよなぁ?」


「へーい。というわけでオエライさん方、すんませんね。か弱い乙女なんでこりゃしかたない」


「そうか……遺跡街に埋もれていた遺失旧聖座のひとつというわけ、か! 恥を知れ、聖なる乙女を穢し続ける忌まわしき売女めが! いかに旧聖の印を掲げようとも貴様のような破戒者どもに居場所を許す我々ではないと知れ!!」


 法務大臣の言葉を皮切りに次々と糾弾が始まる。


「そうだ! 旧聖座を継ぎながら聖廟にも列席していない簒奪者め!」


「いや正統な後継者であるかすら! 大方たまたま発掘した司教座を抱え込んでいるだけの浮浪者だろう! 捕まえろ! 聖なる座を取り戻せ!」


「神々の名を穢す悪魔の子だ!」


「引きずり落とせ!!」


 謁見の間は喧々囂々とした様相に変じた。罵声の嵐の中、シスターはやれやれと首を振りながら「かなしーねぇ。死ねよ。死ねよお前ら」などと毒づいている。


「やめよ」


 穏やかに、しかしたしかに断じる動きでエストラルファ王が腕を振り、喧騒は一斉に収められた。まるで突如現れた親の叱責を受けた子供のように。

 この謁見が開かれてから初めて見せる、怒りの込められた声だった。


「――やめなさい。たとえどのような経緯、理由があろうとも旧聖座は旧聖座だ。その数は決して増えず、決して減ることなし。奉じられるべき我ら人の子等の信仰もだ。もし仮にそのことに関して我々が話し合うべきだとしたら、それは彼女ではなく教会だ。必要だと思うのであればわたしが教会に話し合いの場をかけ合うので後日にきなさい。それが辿るべき筋道だ。――お客人、申し訳なかった」


「ひょ~う、王様かっくい~い! ついでに助成金もくださぁい!」


 大臣たちは顔を憤怒の赤に染めてこぶしを震わせていた。

 それを見た黒服の男が「いひひひ!」と面白そうに嗤う。しかたなしに、矛先はその男へと向かった。


「貴様がなぜ、今こんなところに顔を出すっ! 王都に巣くう暗黒街の病魔め!!」


「そりゃねぇだろぉ?」


 指向け大臣がなじる――瞬間、男の気配が明らかに分かるほど変化した。


「王と呼べ」


「!」


「敬意を払え。俺様は……その暗黒を統べる王様だ」


「き、貴様ぁ……!」


 王を前に王を名乗り、男はなお轟然と立ちはだかる。

 そう。

 この男こそ王国、王都すべてに存在する〝影〟の頂点。裏町、暗黒街、非公式権勢すべてを支配する闇の貴族。

 大陸裏社会の大半を牛耳る十二人の〝王〟の一角たる人物だった。

 簡単に言えば暴力団(マフィア)のボスだ。より正確には西部不正占拠団(シリェーニャ)と言う。彼らはそういったことにはこだわる。

 ともあれ、表ざたになれば王都を震撼させる歴史的珍事だ。

 闇勢力の王のひとりが謁見の間に現れるなど。


「今日はな……おっと、なんの話をしてたんだ? まぁいいさ、実は聞いてたからなぁ。今日はな……俺様たちからも話があってきたんだ」


「たち、だと? まさか」


「そうさぁ。俺たち十二人の総意としてハナシをつけにきたんだ。こん中で一番平和主義者な俺様が代表に選ばれたのさぁ! では――大事な話だ。よく聞けよ?」


 男は火のついた葉巻を刃でも向けるように突きつけ――言った。


「〝黒帝〟を開放しろ」


 一拍の間が挟まった。


「なに、を……」


 貴族らには衝撃が走ったが、もはやこのタイミングで男が現れた用件を、大臣たちは見当がついていたようだった。

 だが、理解の埒外ではあったようだ。


「どういう……どういうことだ!」


 マフィアの王はニタリと笑って葉巻を揺らつかせた。


「だからさぁ、同胞なんだよ、ヤツは俺たちのな。――知らなかったのかぁ? 〝黒帝(ヤツ)〟は二年半前に現れ、最終的に俺たち十二の頭のうちふたつを食った。そして王になったのさぁ」


 さすがに驚いて息を呑んで隣に並んだ男を見下ろしたスフィールリアに、彼は面白がるように笑いかけた。


「お嬢ちゃん〝黒帝〟の知り合いかい? じゃあ<アカデミー>でヤツがしでかしたことも知ってるよなぁ? …………おめぇさん身寄りもコネもねぇぽっと出の小僧がよ、いきなしどうやって貴族のボンボンども家族ごと黙らせられたと思ってんだぁ?」


「……!」


 また息を呑み、ぶわっと汗を浮かべたスフィールリアがこちらを向いてくる。フォマウセンは短く嘆息して首を横に振った。事実だ。

 生徒たちの間では『ブラック・インパクト』などと呼ばれているあの珍事。当時事態の収拾に走った学院だが、〝黒帝〟が暗黒街の王のひとりを倒して支配域を乗っ取った事実が判明した時点で手を引かざるを得なかったのだ。その後、支配した裏社会の領域を彼が学院に持ち込んでくることがなかったため、基本的不可侵の密約が敷かれたものとして放置していた――

 だが、彼らが王城に乗り込んでまでテスタードを助けにくるとは予想を超えすぎていた。それほどまでに彼の存在が、十二人の首領にとって重要な位置に食い込んでいたということか。

 それにしても、なにもこんなタイミングでこなくてもよいものを。


「……馬鹿な! 貴様らの頭がすげ替わったなどという情報は入っていない。いい加減なことを言うな! そんな動きがあれば裏町でつまらんスリをしている小僧でも気づく大事だぞ!」


「事実だよぉ、へへへ。ヤツは慈悲深いことに負け犬野郎の首を撥ねず元のまま頭に据えて支配させることにしたのさ。気づかないのも無理はねぇ……負け犬リードンはヤツを舐めてた。二日でケリぃ着いちまったからなぁ。翌日からは元通りさ、うひひひ!」


「っ……! それでも、あり得ん! 貴様らの頭は常に十二人だという掟があったはずだ。頭ふたつ分をひとりが統括するなど均衡が――」


「おめぇさん、いろいろと勘違いしてるぜぇ。俺たちの力はいつかひとつに束なる、そういう盟約の下に今は十二の庭に分かたれてるんだよ……争い、食らい合い、時に迎合してなぁ。それに表面上じゃボスの座は動いていねぇから問題はねぇ。言ってみりゃ、今ボスの数は十三人なんだよ」


「っ……! ば、馬鹿な……たかが<アカデミー>生だぞ、そんなことが」


「くだらねぇ!」


 盛大に煙を吐き出し、シリェーニャの王。結論とともに断じた。


「暴・知・財! 力だ! 力を示した者こそが王者! 力を持つ者こそが正義なんだよ!」


「……」


「ヤツはその点じゃあ最高に王の器を示したと言えるよ。あの小狡くてイカサマ好きでヘタレの二匹がすっかり働きモンなって、ヤツらのシマは、ヤツらで回してた時よりよっぽど上手くいってる。だからよ、俺らも困るわけさ。横から俺らの世界のたが(・・)を抜き盗られちまってもよぉ? アタマ一個引っこ抜かれて、残りのアタマがぁ大人しく引き下がってちゃ、俺たちゃアンタらの飼い犬ですって大声で宣言しちまうよーなモンだろぉ? そりゃあ、ダメだ。ダメダメだわ。到底無理なハナシだ。いっとうの平和主義者の俺様だってそう言うんだから間違いねーよ」


「……」


 大臣たちは黙って話を聞いているのではなく、怒りで握り潰しそうなほどにこぶしを固めて激発を堪えているだけだ。非常によくない。

 しかし暗黒街の王はこちらに気を使ってなどくれなかった。ぴっと短い指を立ててとてもよいバースディサプライズでも提案するかのように、上機嫌な声で臆面もなく言い放った。


「――だが! アンタらにも面子ってもんがある。そいつはよく分かる。だから取引にしよう! それが俺様たちから長年つき合ってきたアンタらに贈れるプレゼントだ。大変な時は助け合いだもんな。――条件はこう。このまま〝黒帝〟のクビ刎ねられちまうと他所が出張ってきて遠くないうちに戦争が起こる。そいつを避けるためには、今、俺様たちがアンタらに戦争をしかけるしかねぇ。だから〝黒帝〟を開放しろ。それで今回は手打ちにする。戦争はナシだ」


「……」


「そうすりゃ『こっち』も他所との抗争は回避できる、『そっち』も王都で余計な火種は心配しなくて済むし、俺らとの戦争もせずに済む。すべて元の鞘。WIN-WINの構図! 実にシンプルだろぉ? ……さ! すぐにイエスの返事を聞かせてくれ。俺様も忙しいんだ!」


「ふっ……ふふふっ、ふ! いい加減にその薄汚い口を閉じろこのゴロツキめが! そしてここは禁煙だ!!」


 ついに震えの限界を超えながら大臣が半笑いの言葉を漏らし、六花元帥が決然とした歩調で前に出た。


「第一団長ォッ!」


 呼びかけとともに、烈火のごとき怒りの表情で第一の聖騎士団長が剣に手をかける。


「はっ!」


「二度と火をつけられんようにヤツの指をすべて落としてやれ! そいつを一本ずつ残りの頭に送りつけて返事としてやるッ!!」


「お言葉ですがそれではひとつ足りません! 足の指も足しますか! それとも頭ッ!」


「キン○マだ! キ○タマを抉り出してこれ以上ないぐらいキュートにラッピングしてくれる! 娘の誕生日に贈れるほどとびっきりにだッッ!!」


 あんまりな言葉に、ギシ、とスフィールリアの身体が仰け反る。フォマウセンも同様の気分だ。だが二名の雰囲気は明らかに冗談ではない。


「もう片方はソイツの口にでも突っ込んでおけ! やれぃ!!」


「承知!」


「――おいおいおいおい、ちょっと待、ちょっと待てよぉ!!」


 本当の本当に飛び出しかけた聖騎士団長だったが、男が手振りあとずさると、意外というかぴたりと踏みとどまった。

 その動きはあらかじめ止まるつもりだったものではなく、危険を察知して急制動をかけたようにしか見えなかった。男は到底戦えそうな風体に見えないが、なにか戦士の嗅覚に触れるものがあったのか。制止をかける男の声が半笑いだったからかもしれない。


「…………」


「……ふぅーーっ。ふうっ。…………お、おっかね~な~。お、俺様はよ、争いはいやだっていうのに。こんな紳士を捕まえてなんて野蛮な連中だ! なぁ王様ァ!」


 王はあごを揉みながら、彼らの入場当時から変わらず驚きとも値踏みともつかぬ片眉を上げた表情で場を観察している。


「……」


「話は最後まで聞くもんだし、第一俺様はよ、王様。アンタの返事だけを聞きにきたんだぜ。……さっきの言葉をそのまま返すが、『貴様と話はしちゃいねぇ』ってヤツよ。俺らがどっから入ってきたか、分かってんだよなぁ?」


 セリフの後半を嫌味たっぷりに言われて側近らの悪感情がさらに高まる。

 だが、王の面子を守る思いが勝ったようだった。王家の祖霊がどういうつもりで彼らを通したのかは分からないが、単純な事実として今の彼らは王への訪問者だ。

 もちろんいくらなんでも限度というものはある。

 先んじて話し合いをする中で感じたことだが、王家の祖霊は国の分岐路に関わるものを運んでくるが、それを受け取るかどうかは王ら自身の判断によるところのようだ。

 つまり、いつ強制的排除に踏み切られるかは分かったものではない。限度などとっくに超えているに決まっている。

 問題はそれに巻き込まれてはたまらないということだ。

 シリェーニャのボスはやれやれと言いながら懐から携帯灰皿を取り出し、火を揉み潰した。

 それを肩をすくめつつ見せびらかしてから、しまう。


「それによ、取引だ、つったろ? なにも強請りたかりにきたわけじゃねぇ逸るんじゃねーよ――アンタ方にとってちゃんと益のある話だ。俺様はアンタたちとの『古い約束』を守るためにきてやったんだよ。その意味を、王様、まさかアンタたちまでが忘れちまってるワケじゃーねぇんだよなぁ?」


「古い約束、だと……」


「そーよ。だれがこの国、この王都(まち)の平和を真に守ってやってきたのか。つぅ話だ」


 ボスがニヤリと笑うと、また貴族たちの押し殺した怒りの声が木霊し始めた。

 彼がなにを言いたいのか。分かりやすすぎるほどに分かりやすいひと言であり、貴族らのプライドを逆なでするひと言でもあっただろう。


「そうさ、俺たちだ! 俺たちシリェーニャが地域に細かく深く根ざした目・耳・鼻で! 脅威を察知し排除すべき悪を嗅ぎ分け、結束と棘と毒を以って戦ったから! お前たちは王都の防御を俺たちに任せることでのんびりじっくりと大陸全土の統合に取り組んでこられたんだ!」


 間違いとは言い切れない。

 今でこそシリェーニャは暴力団・不正占拠団体などと言われているし事実犯罪組織として体制と対立もしているが、単なる新興の犯罪利潤シンジケートやテロリストとは一線を画する存在である。

 端的に言うと、彼らの前身の多くは自警団組織や義賊団体なのだ。

 今よりも国家による司法の整備と犯罪取締り体制が行き届いていなかった時代、あるいはさらに建国よりも前の時代――民を守る力は弱かった。

 いくつもの勢力が独自の基準での法を執行し、それらはかならずしも民に安寧を約束するものとは限らなかった。従う限りはある程度の庇護は保障されたが、割に合わないし、いつこぼれ落ちるか分からないし、そういう憂き目に遭えばやはり簡単に切り捨てられて涙を呑むしかない。あるいは権勢の狭間の地域にいる者たちは恩恵さえ受けられない。差別もあった。

 そうした支配者の緩すぎる庇護の中、民たちは明確に自分たちの目線から自分たちを守ってくれる力を欲し、支持し、支援してきた。


 それがシリェーニャという闇の勢力が持つ一側面だ。

 彼らは支配者の掲げる法が届かぬ場所で、取り締まられぬ脅威を、法を逸脱した手段を以っても排除して地元民たちの盾となり剣となってきた。同じく権勢の手の届く隙間を縫って利潤を得て力を補強しつつ、民に還元した。

 それは当時の支配者たちにとって分かりやすぎるほどに脅威であっただろうし反逆者、つまり悪であった。


 実際彼らも〝悪〟たることをいとわず、むしろ長くに渡る体制者たちとの対立の中で猛毒を取り込み続けた。それでも民は彼らを裏から地域から支援してきた。自らを守らず腹を膨らませてもくれない法よりも、対価とともに実利をもたらし、恐ろしくも頼もしく民たちを守るシリェーニャが選ばれていた時代というものも、あったのだ。


「自分たちが成したわけでもなければ心にもないことで恩義を押し売る悪党め……」


 とは言えさすがに時代が違いすぎる。

 今日では体制は彼らなどよりよほど強く安定して民を守っている。そんな統治領域の中でいまだに暴力犯罪恐怖で不正に支配力を及ぼそうとしているシリェーニャは、だから不正占拠団なのだ。

 たしかに、彼らと地域の結束があったから当時の新王制は王都外部の権勢統一に早くから乗り出せた――そう言う歴史研究家も少なくない。

 しかし、だからと言ってあたかも今もって正統に実効的防衛力を担っているかのような物言いをされるのは感情的に不快な上、真に正統な統治者の立場として許容するわけにはゆかぬ主張だろう。


「おいおい、そんなこと言ってくれるなよ、かなしーね。たしかに俺たちゃ力で支配を知らしめるしそんためにゃ犯罪だっていとわねぇ。だがな――人〝外〟の悪だけは許さねぇ。許したことはねぇ。人身売買、クスリ、特定外来種の動植物やモンスターの密売、そして人を外道に墜とす外法経典の類、だ。ソイツらがこの王都(まち)に大きな顔してはびこらねぇ、芽があってもすぐに潰せるのは、俺様たちがいるからだ。どんだけ溝があろーが蔑まれよーが構わねぇが……」


「……」


「そこは認めろよ。お前たちは力不足だ」


 男は凶暴に、轟然と指を突きつけ、嗤った。そこに卑しさや卑屈は存在しない。

 なにかを引き出したりねだるためではない。正真正銘の自負だけがある。

 大臣たちは、無言。決して応えはしない。ひとりが堪え切れずに漏らした舌打ちが返答と言えば返答であったかもしれない。


 男が述べた、完全に人道を外す、人の尊厳を著しく欠損させる商売を彼らは行なわない。むしろ彼らが手を出さないことで隙間商売として目をつけ手を出そうとする勢力、海外から忍び込もうとする勢力を積極的かつ獰猛に狩っている。

 特定外来種や絶滅危機指定生物の密輸入もその通りだ。これがまかり通ると各採集地の生態系も脅かされることになり、フォマウセンとしても無関心でない警戒域だ。こうした犯罪が勢力を伸ばさない要因の大きな一端を担っているのが彼らの存在というのは間違ってはいないだろう。


 その苛烈さはすさまじいとしか言えず、関わった者の一族郎党を皆殺しにする勢いで、外法経典の類などは取り上げたソレを密売人や幹部に使用して爆弾として組織に送り返してから壊滅に乗り出し、根こそぎ討ち取った首を各国公的権力を含めた各勢力に送りつけるという所業までやってのけたという逸話まであるほどだ。

 そこまでするから、恐れて外部勢力もおいそれと手が出せない。公的権勢ならこれをやるわけにはいかないのでもう少し手こずり、その隙間で破滅と絶望に堕とされる民も増えるかもしれない。

 しかし認められるかどうかとはやはり問題が違う。なにより彼らがその〝役目〟と〝功績〟の座をかたくなに譲ろうとしないのだから『俺たちがやってやっている』という点は論じる以前の段階である。


「ふむ」


 にらみ合いが続く中、やはりひとり表向きは平静な王が、初めて口を開いた。


「あなた方が古い約束を覚えていてくれたことには、新鮮な驚きがある」


「へ、陛下!?」


 貴族たちから驚きと惑いの声が上がる。

 王都を中心とした主要地域に実効的防衛力としての非合法組織(シリェーニャ)の存在があったことは分かる。だが、そこに王室との具体的な密約が存在したことにはフォマウセンも驚きを隠せなかった。


「驚かせてすまないが、非公式(・・・)事実だ。たしかに王都成立の初期段階で、わたしたちはあなたたちと約束を交わした。今もその契約は有効であると。そう捉えてよいのかな?」


 暗黒街の王は、澄まし顔の鷹揚な態度で両腕を広げて見せた。


 エストラルファ王が、得心したようにうなづく。


「つまり、先に述べられた人外外道の商売の排斥、水際での撃退……引いては外部非合法勢力との抗争について、彼の存在があった方がよいということかな?」


「さすが王者の器! 小物と違って話の飲み込みが早い」


 丸々とした指にしては不思議と明快な音を弾いてシリェーニャが賞賛する。


「言ったはずだが、ヤツの支配によって暗黒街の風紀は一層引き締まった。不満を唱えるヤツもいるが俺は悪く思っちゃいねぇ。特に外道外法と人身売買に関するヤツの憎しみはホンモノだ。ヤツのシマには増殖する情報のひもづけだかなんだか、そんなアイテムが投入されて触れたが最後アジトから背景までなにもかも暴かれて根こそぎ俺らにブチ滅ぼされるから今やその手のブツがアリンコ一匹入り込む余地もねぇ。……気づかなかったかぁ? さらにはそれまではやっていた違法娼館の類も軽いクスリのルートも全部潰した。おかげでほかのシマもやりづらくなった。不満が出てるってのはそういうこった。アンタらが大好きなクリーンな経営ってヤツだ。そうだろ?」


「……その表向きクリーンな経営を成り立たせる代償に、なにをしているか分かったものではない!」


「まぁなぁ! 許せぬ悪の代わりに、ちったぁマシな悪を――そいつがこの世界の道義だ。否定はしねぇ。教えてもやらねーけどな。だが重要なのはアンタ方にとって益かどうか。そしてその損得が、俺たちの間で共通されてるかどうかだ。そのほかのことは些事だ。些事にできねぇなら、とことんこだわるしかねぇ。そうなったら戦争だ。そうだろう?」


「…………」


 重鎮たちは、なにも言わない。とにかくなにかを堪えて肩を震わせている。

 王も口を挟まない。

 男はよい調子で続けてゆく。


「分かれよ。『揺り返し』が起こるんだよ……今さら〝黒帝〟をブッ殺されてもな! そいつはアンタらだって困るし俺たちだって許さない! だから戦争してでも取り戻す! 光だけじゃ滅ぼせねー闇を滅ぼすための闇を持ち続ける! そうじゃなきゃ俺たちはもう俺たちじゃない。それが存在意義だ! それが『そっち』との約束でもあったはず! そうだ思い出せ! それまで両方存在していたのに、ある時どちらか一方だけになろうとなったら、そん時が戦争じゃねーか。そうなりゃよぉ、そうなりゃお前、お前アレだ……俺たちが持つ、すべての力をぶつけなきゃなんねー。どれだけの被害が出るか。武力もそう。物流もそうだ。ど、どんな酷いことになるか……か、考えたくもねぇ。それぐらいアンタたちだって分かるはずだ…………だ、だからよ…………そ、そんなこと」


 男の語りは、後半ではずいぶんと調子が違ってきていた。息は浅く、目線はきょどきょどと落ち着かず、声は震えている。とても大陸裏社会のボスのひとりとは思えない。明らかに様子がおかしい。

 そして、顔を上げた時……


「し、しねーよ、なぁ?」


 今までのすべての態度とも違う、媚びるような目つき。

 だがその顔は許しや施しを請う媚びへつらいではなく、むしろ逆。喜色満面。


「…………」


「な、なんだよ、どうしたんだよ。し、しねぇって言ってくれよ。ここまで言ってんのに。分かってんのか? 戦争だぞ、せ、戦争! たくさん傷つく。たくさん死ぬ。きっと俺様がすべての力を出し切っても充分じゃない…………今まで培ってきたもの賭したもの持てるもの全部全部つぎ込んで振り絞っても勝てるか分かんねぇ…………全力で避けようとしても逃れきれない…………運命のような…………そんな、そんな戦いを挑まれちまったらよォ!」


 頬を薔薇色に上気させ、感極まったように両腕を広げて広間全体へ叫びかけるように。


「ブルっちまって、夜も眠れねぇだろうがァ――――!!」


 吼えた。咆哮だった。

 どのように解釈してもその声には期待の色しかない。

 これはつまり、アレか。この男は挑発という名の宣戦布告をしにきたのに相違ないのであろうか。そうとしか思えないし、そうじゃないと言われても困るしかない。

 そう、まさに挑発。それか脅迫だ。

 シリェーニャの男は自分たちの力、そしてそれらがもたらすものをよく分かっている。分かっていて言っている。


 過去に深く張り巡らされたシリェーニャの〝根〟は今も残っている。それは王都さえ例外ではない。

 たとえば王都で代々から続く老舗として知られる料理店が毎月シリェーニャに上納金を流していたり、さらにはなんの変哲もない地元のパン屋の木訥の夫妻がシリェーニャの連絡員をしているとか、職人組合(ギルド)の加盟店が当たり前のように彼らの服や武具の下請けをしている……などといったことはまったく珍しいことではない。


 あまりに古く、あまりに日常に浸透しすぎている。

 そこにシリェーニャの恐ろしさ、厄介さもある。

 武力という側面では、現体制と彼らではあまりにも差がある。国を本気にさせれば聖騎士団が動くまでもなく彼らシリェーニャは壊滅状態に陥るだろう。


 だが、根絶までは難しい。

 地域に根ざした彼らは彼らにしかない目や鼻を持っていて、場合によっては国家の諜報機関をはるかに上回る諜報力を発揮する。また、前述した地域に細かく張り巡らせた物流への支配力、そこから吸い出される資金力は試算だけでも大規模で豊かな領地経営規模に匹敵する。

 小さな国が薄く広く重なっているようなものだ。これらが麻痺か離反をした場合の混乱は計り知れず、下手をすると丸ごと海外の闇勢力に乗っ取られて今より酷い事態にもなりかねない。

 そんな連中の〝頭〟がまだ生きている段階で明確な敵対を決められれば、状況はもっと厄介だ。勝てるにしても手こずることは間違いなく、そして彼らの支配域の掌握までにかかるあらゆるリスクは指数的に増大する。その上で完全な根絶は難しい。


 本気の彼らと戦った時、どうなるか。

 突然に吹き荒れ、すべてが打ち壊されるような激しい戦火が起こるわけではない。

 ゆっくりと、皮膚を引きはがされるように。

 暗く、陰惨に、傾いてゆく。

 昨日までの隣人はいなくなり、あるいは別人に置き換わり、敵になっている。

 店は閉ざされ、パンが消え、物流の河が逸れてゆく。

 そんな泥沼のような戦が起こるのだ。


「……」


 しんと静まり返っている。

 あんまりと言えばあんまりな展開に隣のスフィールリアもポカーンと口を開けていた。

 シリェーニャの男は両腕を広げて叫んだ体勢のまま、すばらしい宣言を果たしたと言わんばかりに余韻に浸っている。

 大臣たちに、この要求はどう映るだろう?

 民たちの日常を人質に取ったようなものかもしれない。

 ともかく、よくない展開なのだ。この男が現れた時点でどう転ぼうがよい材料など出てくるはずもないが。急がなければならない。遅いかもしれないが。

 ともかく、なにがどうよくないかと言うと――


「…………よく、分かった」


 法務大臣が、力尽きた風にがっくりとうなだれる。うなだれながら、そう言った。

 その横では六花元帥が長く長く息を吐いている。


「そうか! 分かったか!」


 ぱっと表情を輝かせたシリェーニャを無視し、彼はスフィールリアに顔を向ける。


「ひとつ、確認をさせていただきたい。……この期に及んでもなお、彼は我々が保護し、協調し合うべき友人であると? 全権名代であるという貴女の意見、立ち位置も、変わらない?」


 シリェーニャの小男を見下ろしていたスフィールリアの、振り返る直前の横顔がカチンとしかめられるのをフォマウセンは見ていた。

 よくない。

 彼女のようなタイプに、そういう問いかけ方は。

 一番、よくない。

 スフィールリアはさらっと髪がなびくほどきっぱりと振り返り、同じだけはっきりと言った。


「変わりません。強いて言えばさっきから協調せずに済む言い訳を探してこじつけようとしているようにしか見えないあなた方とどぉーーしても手を取り合わなければならないのか疑問に思い始めているところですけど」


「……」


「でもよく考えたら最初からお話にきた相手は王様なので。だから変わっているとは言えませんよね。でも外側の人にいつまでもぐちぐち言われていても埒が明かないので。はっきりなさったらどうですか? 損か得か。選ぶことぐらいはできるでしょう」


「よく分かった」


 返答も、同じぐらいきっぱりとしていた。


「ならば我々も意思を示そう。覚悟を決めよう。損か得か? ――我々は得を取る。ただし悪徳に益は与えない! 悪いが総取りをさせていただく」


「!」


 元帥がうなづき、前に出る。目配せさえなかったが明らかに法務大臣との間に符丁のやり取りがあった。


「我々もリスクを負おう。試す価値はあるではないか。なるほど君の言う通り彼の意思はずいぶんと硬かったが……それを溶かし解す君の価値は、」


「……」


「君が思う以上に、高いのじゃないかね――」


 大臣の言葉とともに。

 暗く、だが決然とした表情で元帥が腕を上げる。

 それが合図だった。

 変化は一瞬。本当に一瞬で、謁見の間の空気、状況。すべてが変わる。激的に変わってゆく。事前に想定されていたプランが動き出したのだ。

 玉座前の聖騎士団長格――そして背後に並ぶ百名以上の聖騎士団たちが身構える。動き出す。

 目標は、みなまで言わずと分かること。スフィールリア・アーテルロウンの捕獲。

 悲鳴さえ上げられる前。貴族たちが押しのけられ、騎士列のうしろに保護されてゆく。

 キアス・ブラドッシュが反応している。振り返り、大陸最高戦力百名を相手に。一瞬にも満たぬ間に肉体・精神の両コンディションを極限まで引き上げている。

 前はフォマウセンが見ていた。聖騎士団長格のチームによる面攻撃。これを退けて均衡を得るには少し心苦しいが相当に痛い思いをさせなければならない。預かった妹分をこんな形で渡す気はない。

 スフィールリアは、動かない。


「――――」


 そして。

 それら一瞬の最後に。衝撃音とともに――現れていた。


「な――!?」


 すべてが止まる。止まり切れずに膝を着く者もいたが。

 それほどに唐突で、突飛なできごとだった。


「なんの……つもりだ!?」


 だれよりも速く動き出し、到達し、立ちはだかっていた――第三聖騎士団長、アレンティア・フラウ・グランフィリア。その存在に激突し、弾かれたように。挑みかからんとしていたすべての戦力が停止していた。

あとで投稿とか言って落ちててすみません<(_ _)>

まさかの回線障害で沈黙していました

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