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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
85/123

(3-28)


 三日目の、夕方。

 スフィールリアは数十件目の寮室の前で、書類に目を通して頭をかいている生徒にうかがいを立てていた。


「いかがですか?」


「う、う~ん。たしかに、俺がほしいアイテムの理想にぴったりなんだけど……でも」


「……」


「さっきあんたに言われたことも、しなくちゃいけないんだろ?」


 スフィールリアは辛そうな表情を浮かべて、うなづいた。


「はい……それが受注の条件です。でも絶対に損はさせません。それ自体が手間だってことは分かります。でも、先輩の財産は絶対に傷つけません!」


 次にすがるように手を組んで見上げると、男子生徒は顔を赤らめて、「うぐ……」となにかに圧倒されたように上体を仰け反らせた。


「ダメ……ですか?」


「い、いや……まだそうとは」


 スフィールリアは、自分の容姿や表情が他人にどう見られるかを分かってやっている。

 この状況に立ち向かうために彼女も開き直っていた。全力で当たると決めたのだ。なりふりなんて構っていられない。営業スマイルだってリップサービスだって、なんだってやる。


「ま、まぁ。やってもいい……けど?」


 スフィールリアが表情を明るくして、生徒がまた顔を紅くする。

 生徒の方とて初対面の女生徒にいきなり好意を向けられるなんて思っていないし、そんな理由で大切な取引――しかもコンペ祭の切り札になるかもしれない機密――を左右したりしない。


 だが、それでも顔をもごもごさせてしまうのを止められない。実際に実質的損害なんて発生しないし、その手間を抜きにしても破格の取引と言える。その上でこの彼女に少しでも好印象を与えておけるのなら、悪いことはなにもない。

 思わず(・・・)そう思わせてしまうほどの美少女が、スフィールリアなのだった。

 ずるいと思うし悪意があるならゴメン被りたいのだが、そうではないのだから、もうこれはどうしようもないことなのだ。


「ありがとうございます! これからも、どうかごひいきによろしくお願いします!」


「あ、ああいいって。頭上げろよ、こっちが礼を言いたいぐらいなんだし。……それに本当にそんなこと(・・・・・)やってのけられるんなら、アンタ自身にも注目したいところだしな。失敗してもこっちに損はほぼないし」


「がんばるっす!」


「ああ。しかしアンタ、今さらだが、どうして俺が『コレ』必要だって分かったんだ……? いや。俺自身だって具体的にこの品だなんて考えてなかった。もっと低くて別種の品にするつもりだったんだが……」


「掲示板に依頼、出されてましたよね?」


「い、いやまぁ。だがアレは素材の素材だし……言った通りもっと低い品だった、し…………?」


 言いながら、見る見ると上級生の顔色が変わってゆく。理解の色とともに。


「え? ひょっとして……マジなの? たったそれだけから? え?」


「はい。それに先輩は、テスタードセンパイとも一度だけ取引してくれてましたし」


「……」


 生徒はもう一度、呆れた表情で髪の毛をかき回してから、笑った。


「マジでやっちまうのかもな。アンタなら」


 もう一度スフィールリアもファイトポーズを取って熱意を示した。


「がんばるっす! ……それで。ほかにもオススメの品とかあるんですけどいかがっすか! コレとかコレとかコレコレコレも!」


 生徒の持っているリストを覗き込んで次々と指差してゆく。いろんな意味でたじろいで生徒もうめく。


「うっ……この並びってそういう意味だったのか! い、いやたしかにぐっとくるんだが、ここであんまり投資しすぎてもだ……な……」


 改めてリストに目を通していって、生徒の言葉が詰まっていった。

 その視線は、リストの最下部についでのように記されていた。


「なぁ、これ……なんだ?」


「デッドストックです。テスタード工房の」


 スフィールリアは平然と言い放った。生徒は目をひん剥いていった。


「デッドストック……って〝黒帝〟のか!?」


「はい」


「〝黒帝〟のだぞ!?」


「はい」


「どれもSからSSランクだけど!? これ放出すんの!? この値段で!? アンタアイツになにしたの!? 本当に実在してるかコレ!?」


「はい。いかがですか?」


「い、いやいかがですかって無理だけど! ――いやちょっと待ってくれ無理だけど。無理だけど計算したい…………いや無理だが…………でももしこれがあったら間違いなく…………」


 しばらくぶつぶつとつぶやいていた生徒。やがて首を振ってなにかを振り払う。声ややり取りを見て数名の生徒が通りがかりに見ていったり、隣の部屋から顔を出したりしている。


「すまん。あまりのことに、ちょっと頭がオーバーロード」


「そうですかー。期限つきの早いもの勝ちなのでご用命の際はお早くどうぞ。あ、これは配布用なので持っててください。期間までの注文でしたら追加でも受けつけられますので」


「……まさか、これも全員分か。全傾向に合わせてそれぞれ?」


「はい」


「…………」




 いくつかのやり取りのあと、ぺこりと頭を下げて次の部屋へと向かうスフィールリアを、生徒はしばらく見送っていた。

 そして、残されたリストを改めて見る。

 これを〝打診〟を受けた全生徒が受け取っている。その場では決めなくても、じっくり検討して心変わりしたっていいわけだ。


 用意されたのは、あの〝黒帝〟が誇る工房の素材。〝黒帝〟の腕で磨き上げられる品々。

 しかも超攻撃的術士として知られ、数多の超級採集地にも赴く彼ほどの人物が抱えていたデッドストックまで放出されている。どうやら〝黒帝〟は本気だ。むしろ正気じゃない。

 この噂は、打診を受けていない生徒の耳にまで届くことだろう。


「これは……荒れるぞ。今回のコンペ祭は。絶対に」


 まずは魔王の使徒がどうにかならないとならないが、この品々を、多くの者が手に入れることになるのだ。どんな番狂わせが玉突き事故よろしく連続発生してもおかしくはない。


「財布と、未来の資産とも相談だな……絶対にコレだけじゃ足りなくなるぞ」


 生徒は部屋に戻り、本格的に自分の戦略の練り直しと追加注文の検討を始めた。この情報をいち早く分けてやる友人と、絶対に教えてはやらないライバルの顔たちの仕分け作業と一緒に。



「これで……半分!」


 スフィールリアはきりのよいところまで進んだリストを鞄にしまい、思いっきり息をついた。

 動き回ったら暑くてたまらなかったので傘も畳んでしまう。一気に土砂降りの雨を浴びて汗が洗い流されてゆくのが心地よかった。

 そこに、軽薄な拍手の音が届いてきて、スフィールリアは振り返った。


「やぁやぁ、なんだかいろいろとがんばっているようじゃあないか。ええ?」


「……」


 傘を差して歩いてくるのは、いつぞやの上級生――テスタードを陥れた張本人だった。

 どう見てもこちらを挑発している態度だったが、スフィールリアは特にこれといった感慨も覚えずに口を利いていた。


「ああ先日はどうもです。ええと……ジ、ジ。ジルギット……ジル先輩に失礼だったごめんなさい。ジから始まるのはたしかだったんだけどなぁ」


「お前も覚えてないのかっ!? ぼくだ! イルジースだよ! ぜんぜん、ジから始まってないよ! ぼくに謝れよ!」


 顔を真っ赤にして怒り出すイルジース上級生に、うるさいなぁなどと思いながらスフィールリアは体を向き直らせた。


「えっと、それでなんの用ですか? 忙しいんですけど。ていうかまだいたんですね」


「いるよっ!?」


 憤慨極まったように手をわななかせて男はわめき散らした。


「〝黒帝〟と言いお前と言いどうしてとことんぼくをコケにしやがってぇ……! ぼくこそがヤツを陥れてやった張本人じゃないか……そうだ、はは! ぼくが主役じゃないか! この学院を揺るがす物語の主人公だ! 〝黒帝〟をやっつけたヒーローだ! 分かったか!?」


「……」


 だから……その騒動の中心人物なのになんでまだ捕まってないのかということを言いたかったのだが。まるで分かっていないようだ。

 というか本当に学院長はなぜこの男を放置していたのだろう。まさか存在を丸ごと忘れていたのだろうか?

 そんなことを考えていると、イルジース上級生。自分の口上の内容で精神的優勢を取り戻したらしく、いやらしく笑って彼女の顔を覗き込んできた。


「ふふ……そう。ヤツはおしまいだ。ぼくがやってやったんだ。今まで大勢の人間がヤツをギャフンと言わしてやりたいって思ってて、できなかったことをやったんだ。この、ぼくが!」


「はぁ。そう……なん、ですか?」


「ふふ、ふ! そうだそうだ! そういうお前もまだなにかしているなぁ? ヤツの財産は没収されてしまうんだってなぁ。思わぬ副産物だったが、なおさらに小気味がいいよ! 仕事をかき集めて急場しのぎで金を得ようとしているようだが、そんなことで補填ができるような額じゃないぞォ~~?」


「はぁ。まぁ。そうでしょうね」


 まるで外している検討に、一から説明の上で訂正してやる気力も起きずに、彼女は適当にあいづちを打ってにごしていた。それを見て上級生のいやらしい笑いはますます深まった。

 要するにこの上級生はテスタードの姿が見えなくなってご満悦だったのだが、戻ってきた自分たちをなぶって、さらに愉悦に浸りたくなっただけなのだろう。

 とことん時間の無駄だ。適当にあしらいの言葉を投げてこの場を離れよう。そう思った。

 だが。


「くくくく! 無駄だと思っててあがいてるのか、健気だなぁ。ヤツは今どんな気持ちだろうな? どんな気持ちだろうな? 財産も積み上げてきたものも全部奪われてさぁ! 昔の仲間だか罪滅ぼしだか知らないが、そいつも果たせなくなっちゃったんだよアイツは!」


 ピクリ。

 と動いた彼女の眉の動きを、男は見逃したようだった。


「……」


「――そんなことのために、このぼくがないがしろにされていいわけがないだろう!? これは当然の報いだったんだ。ほかならぬぼくが鉄槌を下してやったのさ! 本当にバカなヤツだ! お前もあんなバケモノの肩はもう持たなくていいよ! 実はもう面倒くさいだろ!?」


 馴れ馴れしく、深く肩を組んでくる。


「なぁお前、ぼくの女になれよ。今なら謝れば許してやる。お前くらいの女ならぼくの正妻にしてもいいんだ。ぼくをコケにした馬鹿女どもへの当てつけにもできるしな……テスタードのヤツはああ言ってやがったがそれでも貴族の生活ってのは悪くないぞ? 平民なんかが一生かかっても手に入れられない生活をさせてやる。どうだ? ん?」


 その視線がいやらしく胸元を覗き込んできているのがよく分かった。だが、そんなことがどうしたというのだ。まったくぜんぜん関係がない。

 だが、言葉が出てこない。うまく組み立てられない。

 なんて言ったらいいのか、分からなかった。


「先輩、は……」


「ん? なんだ、なんでも言ってみろよ?」


「先輩は、知ってたんですね。あの人がどんな人生を歩いてきたのか……どんな思いをしてきたのかも、全部。知っていて、全部分かっててやってたんですね」


「ん、ああ? そうさ。どうだいぼくの情報筋もなかなかのものだろう? これからアイツのこともひいきにしてやってもいいかもな。『学院の秘宝』のことも教えてくれたし、手に入れた暁には少しぐらいならおこぼれをくれてやってもいいさ。もちろんお前にだって贅沢させてやる。だれにつくべきか分かってるヤツには寛大なんだよぼくは。信賞必罰。賢きものには杯を分けてやる! ぼくたちの未来に乾杯!」


 肩を持ったまま勝手に極まってグラスっぽいものを持ち上げるしぐさをする上級生の腕を……スフィールリアは、やんわりと、どけた。


「ん? どうした? ちょっとクサかったか? ははっ」


「……ぇよ」


「え? なに?」


 顔を上げ、スフィールリアはもう一度、言った。


「――お前。チョロチョロと飛び回りやがって。うぜぇんだよ」


「……え?」


 雨に塗れた眼差し。その眼光が凄絶に光る。

 数瞬、呆けて……

 ようやく男の方も彼女の態度の質に気づいたようだった。


「ひっ!?」


 上級生がたじろいで、一歩を下がった。スフィールリアも持っていた傘を捨てて一歩を踏み込んだ。

 その、それだけで今にも飛びかかってきそうに見える剣幕に、上級生はなおさらに慌てふためいた。

 よろめくように下がる彼へさらに追いすがりながら、スフィールリアは堰を切った激情のままに言葉を吐き出していた。


「なにが主役だよ。思えば最初からアンタ、だれかに頼り切りの隠れ切りで、自分の力なんてなんにも見せてないしどこにもなかったじゃないか!」


 男は彼女の豹変ぶりに対応できず、「あぅ、あぅ」と漏らしながらぎこちなく後退することしかできない。そこへさらにスフィールリアが踏み込んでゆく。


「や、やめろ、くるな……!」


「なにがヒーローよ。あんたが他人の尻馬乗っかって攻撃しかけて当然のしっぺ返し受けただけなのに、自分が馬鹿にされたって感じて自分勝手なウサ晴らしがしたかっただけじゃない! 大勢が望んでいた? はっ! そんなことする勇気もなくてみっともなくくすぶってたクセに。自分がケンカ売る理由さえ他人に寄りかかって! 女ひとり誘うにも貴族貴族って似合ってもいねー服ばっかり見せびらかしやがって、脅かしてきて……少しも〝自分〟を見せやしない! ――臆病で意気地がないだけじゃない! あたしが戻ってきた時だって怖かったんだろ! だからすぐに現れなかったんだ! 様子見て、自分の優位がまだ崩れてないの確認して、あたしがひとりになるのを待ってたんだ!」


「ちち、違……黙れ……くく、くるなよぉ……」


 下がる。下がる。まろぶ。進む。進む。踏み込む。

 下がった分を常にスフィールリアが詰め寄るので下がることを止められない。


「全部全部全部……つまんねぇ理屈にもなってない言い訳で自分をごまかして! あの人がなにと戦ってたのか知ってもただ自尊心に目がくらんでて! 自分のことしか見てなくて! 貶めて侮って溜飲を下げて! 自分だけが本当は戦わずに済んでることも見ないで、頼ってすがって、隠れて、逃げ続けて! あんたなんか願い下げなんだよ! 毎月金貨一千万枚積まれたってな!」


「や、やめろよ、やめろよ? ……ぼくは貴族だぞ、どうなるか分かってるんだろう、な、なっ…………!?」


「……願い下げだ! あんたみたいなヤツが、そんなヤツが……これから自分の力で立ち上がろうとしてる人の! 目の前に!」


 踏み込む。こぶしを握った。


「や、やめろ――やめて!」


 腰に力を溜める。えぐり込むように上へ。思い切り――


「やめ――!」


「立とうとしてるんじゃ…………ねぇえーーーーーーーっ!!」


 振り抜いた。

 結果から言うと、スフィールリアのこぶしに一切の手応えはなかった。外した。

 あんまり逆上していた上に石畳を外れてぬかるんだ土地に入っており、足が滑ったのだ。

 しかしあぎゃんという悲鳴はたしかに聞こえ、男は盛大に倒れていた。


「……」


 まるで痛んでいないこぶしを、次に、男を見る。

 見ると、男は傘も放り出しカエルみたいに伸びていた。

 びくんびくんと、真っ赤に膨れ上がった顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして白目を剥いたすさまじい形相で痙攣している。どうやら当たったと思ったショックで気絶したらしい。かすってすらいないが。

 だがスフィールリアはこぶしを掲げて雄たけびを上げた。


「……よっしゃあ!!」


 考えてみれば、コイツだけが、まだ何者からも一撃を受けていなかった。

 これからだれかに食らうことになるのかもしれないが――今の時点では、まだ。

 だから、これでいい。

 スフィールリアはもう一度納得して、うなづいた。


 そして、走り出した。もちろん自分の分の傘は拾って。

 まだなにも終わってはいないという再確認もできた。まだ状況を覆してはいない。だけど、こんなつまらないヤツに、尊敬する〝黒帝〟が負けたという事実が作られることだけは許容ができなかった。たとえそれがどのような形であってもだ。

 だから、走った。


「ぬっおおおおおおおおっ!」


 その日、スフィールリアは四人中で最高の業績を上げた。



「またびしょ濡れじゃない。大丈夫? わたしとしては、本番は明日なんだけどね?」


「えへへ……面目ないですねぇ。えへへ」


 学院内にあるフォマウセンの隠れ家に戻ると、タオルを被せられてワシャワシャされると同時、呆れた顔をされた。


「なんでうれしそうなのよ? ……なんとかね、正式な謁見予約を取ってもらえるようにかけ合ってもらえる約束ができたのよ。というわけだから明日の午前の予定は完全に空けておいてちょうだいね? それと、できれば見栄えというか、箔もつけておきたいわよね。見た目で侮られてはまともに交渉もできないわ? 実力はそれほどでなくてもよいので、どなたか外見で迫力があるような護衛の当てはあるかしら? わたしの人脈ではなく、あなたの人脈であると望ましいのだけれど」


「護衛……ですかぁ。必要以上に人を巻き込んじゃうのも気が引けるんですけど」


「大丈夫よ。本当に戦うわけでもなし、ただついてきてもらうだけならいくら今回の件やあなたの申し出が異常であっても、罪には問われないわ? ただそれでも、なんの抑止力もなしだと問答無用で押さえつけられて言うことを聞かせようとする者もいるかもしれないし。牽制は必要なことよ?」


 スフィールリアは考える。真っ先に思い浮かんだのはアイバの顔だが……そういえば彼が今どうしているのか失念していた。いや。心配はしていたのだが考えることが多すぎたのと、滅多なことではやられはすまいということもあって自然と除外していたのだ。

 がしかし、彼も召喚の瞬間の目撃メンバーだ。勇者の末裔という点で箔はあるものの、王室との取引へ連れてゆくのはいかにも逆効果でマズい気がする。

 次にアレンティアだがこれも却下だ。彼女は剣を捧げるとまで言ってくれたが、それでも彼女の現職が聖騎士団長であることに変わりはない。彼女はもしかしたら自分を選んでくれるのかもしれないが、昨日まで聖騎士団長だった者がヘッドハンティングを受けて乗り込むのは、やはりよくない。アイバを連れてゆく以上に相手の神経を逆なでしそうだ。


 となると……キアスだ。

 聞いたところによると彼はフリーになってからは王室やどこの工房からのオファーも蹴っているのだという。彼ならば有名だし、実際に強いし迫力もあるし、王室とのしがらみも(たぶん)少ないので、満点ではあるだろう。

 ただ、彼は普段から同じチームは組まないと聞いているのに自分には何度も融通を利かせてくれるし、いろいろと心配してくれているので、そういった点では自分の我がままに巻き込むことに気後れはある。

 が、そんな贅沢を言っていられないことも事実だ。


「今日、会いにいってみようと思います。キアスさんならたぶん逃げずにいつもの場所にいる気がするし」


「キアス……ブラドッシュ? 青き工房騎士? 百二十点満点ね。知らずに人心をつかんでいるその技術って、ウィルグマインから習得したのかしらね? だとしたら恐ろしいわ」


「あは……たしかにあの人って、気がつくとなんだか周りに人がいるんですよね」


「思い出したらムカついてきたわ? それとあなた、パーティーに出られるような服って持っている?」


「え。パーティーって、ひょっとして貴族様のダンスパーティーとか、絵本に出てくるような夢の世界的キラキラのアレですか……!?」


「夢の世界て。その服も旅用という意味ではいい仕立てなんだけれどね。王や上級貴族たちとも対面するわけだし、やっぱりね? あなた素材は超々の超の一級品なんだからこんな時に飾らない手はないわよ? まぁ、手持ちがなければ王城内で謁見や見学者用にドレス各種のレンタルもしているんだけど、自前のものがあるのとないのとでは違うのよね」


 そういう知らない世界の道理を説かれても、魔法のように服が湧いてくるわけはないのである。スフィールリアはきっぱりと手を出してもうひとつの道理を説いた。


「先生。あたし山育ちですよ? そんなお嬢様みたいなもの持ってるわけないじゃないですか」


「そう? まぁそうね。いくらわたしの個人的(つて)をたどっても、さすがに今から特急で一着仕立てるのは間に合わないわね。じゃあ残念だけれど、今回はレンタルで、」


「あ」


 その時、電撃的に彼女の脳内で閃くヴィジョンがあった。

 両手からふわりと広がる、白くてやわらかいイメージ。

 昔のままの暖かさで微笑んでくれた、とある紳士の顔。


「どうしたのかしら?」


 ……あるかも、しれない。アレは、一番丈夫で術的防御も施した棚に隠してある。

 スフィールリアは、とりあえずダメだったらレンタルでという前置きをして、ドレスの当てについてを姉弟子に告げた。


「いいじゃないの」


 というわけでスフィールリアは本日の分で残された課題……キアス・ブラドッシュの勧誘に向かうことにした。



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