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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
73/123

(3-16)


「――というわけなんです」


「ふぅん」


 数時間後のテスタード工房。

 若干煤けた格好のスフィールリアが自分の出展物に関する大味な説明を終えた。


「〝黄金〟の可能性と、失われた歴史を彷徨(さまよ)う巨大な〝城〟の文明、ねぇ」


「……」


 ソファの肘掛にもたれかかり、気のない風に彼女の傍らのホワイトボードを眺めるテスタード。

 ボードには彼女が観測した可能な限りのデータが走り書きのように連ねられている。

 逆を言うと、ボード一枚に収まるていどの情報しかそろっていないということでもある。実際、テスタードの表情は可とも非とも言っていない。


「ダメだな」


 彼の反応は案の定なものでしかなかった。


「え、ええ~~」


「情報が少なすぎる。単なるたわごとでしかない」


「失われた歴史の新しい系譜が見つかるなら大発見なんじゃないかって思ったんですけど……」


 たしかにな。とテスタードは簡単に認めた。


「現在の綴導術士どもが(さかのぼ)れる歴史の〝終端〟は『魔術士の文明』と呼ばれる時代の、その終末期の中のさらにほんの一部にすぎねぇ。そこに至るまでの情報が壊れすぎていて、データの再生度が低すぎるせいだ。だから綴導術士は常に魔術士の文明を探るための『新しい道』を探している。そいつが見つかるなら、世紀の大発見と言ってもいいだろう」


「……」


「ましてや『失われた時空線を自由に泳ぎ回るもの』なんてもんがあるんなら、大発見なんてもんじゃない。そいつを追いかければ、〝霧〟に飲み込まれて失われた歴史が根こそぎ、文字通り芋づる式に見つかるんだからな」


 そう。

 スフィールリアもその可能性を思ったからこそ、この題材を選んだわけなのだが……。


「一応、補強案はあるんです。あたしの〝金〟の素養を調べれば、それなりに実在性のある理論が組めるんじゃないかって思ってて……」


「お前の〝黄金〟と呼び合う謎の〝城〟、ね……」


 テスタードは無表情の中に若干苦いものを混じらせながら、一時、考えにふけったようだった。

 次に顔を上げて、スフィールリアのななめうしろにある機材を指差して指示を飛ばしてきた。


「ちょっとそいつの上に乗ってみろよ。測定してみるから」

「は、はい」


 テスタード自身も起き上がってその〝機材〟とやらをボードの前まで引っ張り出し、なにやら端末をいじっていろいろと調整を始める。

 機材の見た目はシンプルなもので、平たい円台型が細いパイプで上下につながれている。人間ひとり分が内部に立つことができるていどのものだ。


「始めるぞ」


 スフィールリアがその中に立つと、テスタードが機材の動力をオンにした。

 ヴォン……と低い鳴動を立てて上下の台座から薄青色の光のカーテンが降りて、彼女を包み込んだ。


「例の〝金〟とやらを出してみろ」


 言われた通りに、スフィールリアの身体の周りに薄っすらと〝金〟色の輝きが灯り始める。


「こいつは……」


 手に持つ半透明のボードの上に表示された文字列を見て、彼の表情が変わった。

 ソファのそばにあった机の上のものを腕で乱雑に一掃してレポート用紙の束を置き、急いだ様子で工房の隅へ。

 駆け戻ってきた時には〝脚〟が十数本はあるクモのような使い魔を抱えていて、彼は即座にソレとボードをコードで連結させた。

 テスタードがタペストリーを使い魔に走査させると、クモ状使い魔は全部の〝脚〟を使い、ものすごい勢いで計測されてゆくデータをレポート用紙に書き殴り始めた。脚先がペン……というより、インクの『吹きつけ』口になっているらしい。手書きとは比べ物にならない速度で文字やグラフが〝印刷〟されてゆく。


「あ、あのぅ……?」


「お前、前にどんな〝絶対色〟も模倣できると言っていたな。俺の〝邪黒色〟のほかに、どんな〝色〟を使ったことがある?」


「え、えっと……師匠の〝銀色〟とか、アレンティアさんの〝白色〟とか」


「じゃ、それやってみろ。どれでもいいから」


「は、はい。じゃあ、〝白〟で……」


 と、スフィールリアを包む輝きが〝金〟から〝白〟へと変わってゆく……その時だった。

 パキン――!

 とガラスを打ち合わせたような音が響いて、スフィールリアは驚いた。

 装置に発生していた光のカーテンの一部が、唐突に結晶化を始めたのだ。


「えっ? なにっ? なにこれっ?」


 パキン――!

 パキン――――!!

 どんどん結晶化してゆく。

 固化したカーテンを伝い、台座も白い結晶に変わってゆく。このままでは結晶の中に閉じ込められる!


「あーあー、離れろ!」


 テスタードがぶんぶんと手を振る。スフィールリアはまだ結晶化していない隙間を縫い、慌てて台座から飛び降りた。

 機材は半分ほどが結晶に覆われて、氷の花が生え出したような状態になってしまった。

 シュウシュウと下方には結晶の白い冷気、上方には黒煙を上げる機材に触れて、テスタードが「あーあ、ダメだなこりゃ」と面倒くさそうな声を上げた。


「よりにもよってヤバいやつを選んだな」

「ごごっ、ごめんなさい!」

「別にいい。それよりデータだ」


 機材にはなんら未練を見せずに再びソファに腰を下ろしたテスタード。すでに百枚には及んでいたレポート用紙を使い魔から受け取り、高速でめくりながら目を通し始めた。


「…………」


 どんどん、テスタードの表情が苦いものになってゆく。

 さらにめくり、めくり、めくってゆく……。


「……あの」

「お前」


 テスタードが鋭く視線だけを向けてくる。


「自分の〝金色〟を解析して、そのデータで説得力を出すつってたな」

「は、はい」

「やめておけ」


 書類束を机の上に置き、鋭い視線はそのままに。続く彼の言葉は至ってシンプルだった。


「殺されるぞ」

「…………」


 スフィールリアが息を飲んでいると、彼は真剣な表情のままで続けてきた。


「こいつは、大発見なんてもんじゃない。綴導術の世界を根本から変える――あるいは、否定する力だ。こんなもののデータを発表してみろ。そんなものはないと笑われるなら、まだ、いい」


「……」


「だが万が一に興味を持つ人間がいればまず間違いなくデータの出所を聞かれるし、それがおまえ自身だと知られれば、どんな目に合わされても不思議じゃないぞ」


「そ、そんなにヤバいものだったんですかっ?」


「そもそも、三原色では再現が不可能なはずの〝絶対色〟を模倣できるって時点で普通じゃない。――いや。正確には〝模倣〟ではなく〝創造〟と言う方が近い。万能……どころか、全能の力だ。殺してでも欲しがるやつはいるだろうよ」


 スフィールリアは師の言葉を思い出していた。ウィルグマインも、彼と同じようなことを言っていた。

「この〝(こと)〟を知ってるやつは、俺のほかにどれだけいる?」


 まじめな問いかけに、スフィールリアはやや萎縮しながらもフィリアルディたちの顔を思い浮かべながら答えた。


「えっと、師匠と学院長とタウセン先生と……それと友達のフィリアルディに、アリーゼルに、エイメール、アレンティアさんと、アイバ、キャロちゃん先生と……テスタードセンパイと……あ! あとあの場にいたフェイト先輩です!」


 指折り数えてゆく彼女の様子に、テスタードが呆れた面持ちで「多いわ……」とぼやいた。


「お前、それ以外のやつにはもう絶対に話すんじゃねーぞ」


 彼の表情は、真剣そのものだった。


「……学院長先生にも言われました。このことは、絶対に信用できる人以外には話しちゃダメだって」


 だが、彼はそれにもかぶりを振って断じてきた。


「信用できる人間にもだ。お前のその力は、綴導術の世界を根本から引っくり返すかもしれねぇ可能性がある。どれだけ注意しても足りないと思え。お前が信用していたつもりで、裏切られることだってあり得るんだからな」


「……」


「そいつは、それだけのシロモンだっつーこった」


 スフィールリアはしばらく、なにも言えなかった。

 アリーゼルたちの顔を思い浮かべ、気のいい彼女らが自分の力を利用しようと企み、裏切り、離れていってしまう…………そんな想像をしただけで、涙が出そうなほどに悲しくなった。

 彼女のそんな顔を見て、テスタードも我に返ったように、若干気まずそうに視線をそらした。


「……人間なんてな、信用しない方がいいんだよ」


「…………ありがとう、ございます」


「なんで礼を言われなきゃいけないんだよ」


 わけが分からない、といった彼にスフィールリアは正直に思ったことを伝えた。


「だって、そういうことを言ってくれるのは、本当に心配してくれてるっていうことだと思ったから」


「……」


 そのまま一分間ほど沈黙を挟み、


「このデータはくれてやる。お前自身のことだからな」


 テスタードが書類の束を無造作に差し出してくる。スフィールリアは受け取った束を自分の鞄にしまい込んだ。


「あ、ありがとうございます」


「だが、とにかくその案は却下だ。どっからどう考えてもこの案は旨くねぇ。なにか別のもんを用意するんだな」


 スフィールリアも元の難題を思い出して非常に情けない声を出した。


「そ、そんな~。そもそもどんな発表なら評価されるって言うんですかぁ~」


 今さらと言えば今さらな問いにテスタードが呆れた表情を返す。


「一年坊がいきなりはコンペ祭に参加しないって理由がそこだわな。毎年どんな作品が出展されて評価される傾向にあるのかも分からねーし、そもそも自分たちにはそういったものを作り出すだけの蓄積がない。だから裏方に回ってそいつを学ぶんだ」


「センパイも、だれかの下について勉強したんですか……?」


「いや、俺の時はそんな状況じゃなかったしな。だが毎年会場だけはチェックしてたぜ」


「う、うう」


 しかし、彼の表情はスフィールリアよりも苦かった。


「とは言えだ。このまま『あきらめろ』じゃ俺がお前をタダ働きさせたことになっちまうじゃねーか。フェイトのやつがなに言うか分からんし、せっかく発表枠を譲ってやるんだから、お前にゃ『なにか』を絞り出してもらわなきゃならん」


「はい……」


「さっき真似してた〝白〟の〝絶対色〟の研究レポとかはどうだ? 〝絶対色〟のデータは少ないから、それでも充分に上位に食い込めると思うぜ」


「でも、他人の身体のことだし……アレンティアさんに聞いてみないことにはなぁ」


「じゃあ、それでやれ。最悪、名前を出す許可をもらうだけでいい。〝白〟のデータはお前自身が再現して取ることはできるんだからな。問題点は残ってるが」


「問題点ですか?」


 ん。と彼が顎で示したのが、さっき壊してしまった解析機材だ。スフィールリアも「あ……」と声を出した。


「さっきの〝白〟の力を受けても壊れねぇ強度の機材が必要だ。……しっかし、なんだこりゃ? ガラスか?」


 テスタードが機材に歩み寄り、その辺に転がっていた鉄パイプを拾って結晶化した部分を乱暴に殴りつける。


「……」


 鉄パイプは、殴りつけた場所から先がすっぱりと切断されてしまっていた。


「うかつに触れもしねーな」


 半分になった鉄パイプを投げ捨てる。「〝白〟(コイツ)の持ち主も大変だな」と言うのは、やはり彼自身が〝邪黒色〟を持つがゆえだろうか。


「とにかく、お前はその方向で計画を進めろ。折を見て方向性や修正点は指示してやるが、俺の方は俺の方で問題点を片付けなくちゃならん。お前、授業もクソまじめに受けるつもりなんだろ? また忙しくなるから覚悟しておくんだな」


「センパイの方の問題点って……?」


「邪魔者どものことさ」


 ニヤリと笑う〝黒帝〟の表情に、スフィールリアも「あぁ……」と合点のいった顔を返す。


「さっきの先輩さんのことですか」


「それだけじゃない。<賢者の茶会>……ラシィエルノもだ」


「……」


 そう。

 二者の〝警告〟には共通点がある。

 テスタードは『学院の秘宝』を勘違いしている。というものだ。

 ラシィエルノの方の警告では、真の意味で『学院の秘宝』に対する彼の理解が追いついていないがゆえに、障害にはならないので捨て置くということだった。

 先刻の上級生の言にはもっと悪意めいたものが込められてはいたが、大筋では同じことを言っているように思えた。


「どういう意味だったんでしょうかね」


「さぁな。だが、同じことを立て続けに言われたら気にしないわけにもいかねぇ。俺はこれからそいつを調べる。<封印書庫>の再調査、そして『召還機』の試運転だ」


「そ、それ。あたしも一緒にいってもいいですか? どんな場所なのか気になります!」


「そのつもりだ。お前には調整の補佐に入ってもらう。……だが妨害が入る可能性もある。足手まといにはなるなよ。護衛のひとりでも連れてこい」


「護衛かぁ……アイバの研修、そろそろ終わってるかなぁ」


 そういうことになり、解散となった。

 スフィールリアはアイバの姿を求めて<猫とドラゴン亭>におもむいたのだった。



「………………」

「アイバ、大丈夫?」


 そして、その<猫とドラゴン亭>。

 今日も酒場は賑わいに賑わっている。その喧騒の中、いつものテーブル席に突っ伏しているアイバの姿があった。


「………うー」


 スフィールリアが傍らに立つと、返事のつもりか持ち上げた片腕をふらふらとだけ振ってくる。


「研修、終わったの?」


「……うー」


「……ひょっとして、毎晩ここで待ってくれてたりした?」


「……あー」


「ご、ごめん。あ、あはは。あたしもちょっといろいろ忙しくってさぁ!」


「いや、いいんだ。俺も毎日これてたわけじゃねーから」


 彼女が席に着くと、ここでようやくアイバも顔を上げた。その両目の下にはクマができており、心なしかやつれているような気もする。


「研修、ちゃんとできた?」


「おう、この通りよ!」


「おおっ」


 アイバがポケットから取り出して見せたのは、研修を修了した者に送られる<薔薇の団>の団証レプリカだ。


「すごいじゃない、聖騎士団の研修やりきっちゃうなんて! これで将来は聖騎士かぁ。アレンティアさんと同じ部隊になるかもねっ」


 が、アイバは少しバツが悪そうにこめかみをかいた。


「あ、ああ。最終日にさ、っていうか今日だけど。副団長さんがスカウトしてきたんだけどよ…………断っちまった! だははは!」


「ええっ!?」


 スフィールリアが驚いて身を乗り出そうとするが、アイバの方は注文を聞きにきた娘に適当な品を頼んでいる。

 娘が去っていってから、彼女は改めてテーブルへ身を乗り出した。


「なんで!」


「いや、ええとな」


 もう一度ほほをポリポリとかいてから、アイバ。

 彼女に向き直って、こんな宣言をした。


「俺さ、護衛職でやっていこうって思ってるんだ」


「えぇ……! そりゃ、アイバなら引く手数多かもしれないけどさぁ……!」


「これでも一応、考えたんだって。前から考えてたんだ」


 嘘ではないのだろう。スフィールリアは、彼がBランクの護衛戦士資格を取得していたことを思い出した。


「だからよ。とにかく今は三年に上がって卒業するまでは、今まで通りのやり方でやっていこうかなって思ってるんだ。そのあとは……護衛職の組合とかに入るって手もあるけど。でもしばらくはフリーでやろうと思ってる」


「そっかぁ」


 スフィールリアは少ししんみりとして、自分の腿に視線を落とした。


「どした?」


「うん。アイバも、ちゃんと自分の進路、考えてたんだね。……考えてて、それで、ちゃんと決めたんだ」


「……」


「なんか、みんなすごいなって。ちゃんと自分の目標見つけて、しっかり前に進んでるんだ。なんだかあたしだけがむしゃらに動いてるつもりで、一番置いていかれてるのかなって。思ってさ」


 そんなこたぁ~ねぇよ。と、アイバは苦笑いしていた。


「お前を見てるほかの連中も、同じこと思ってるかもだぜ。お前に置いてかれないように必死にしがみついてんだよ。俺もな」


「そうかな……?」


「分からんけど、少なくとも俺はそうだぜ。だから必死に考えて、決めたんだ。お前に置いてかれないようにするにはどうするかってな」


 そのころにはスフィールリアも笑顔に戻っていた。


「そっか! 分かった。あたしも負けないようにがんばるよ!」


「そういうわけだからさ! さっそくだけど、依頼とかない? ずっと研修漬けだ訓練漬けだだったからさぁ、リズムを取り戻してーんだ」


 スフィールリアはさっそく、日中の工房でのできごとを話した。今までのあらましも込みでだ。


「学院の<封印書庫>か……さすがにそんな場所の地形やモンスターなんて分かんねーな」


「うん。学院でも限られた人しか入れないっていうからね。下手に本を開くとモンスターが出てきたりするんだって」


「またなんつうか。相変わらず変り種なクエストこさえてくるよな、お前って」


 スフィールリアは「にへへ」と笑った。なんだか、普段の空気が戻ってきたような気がしていた。



「で?」


 夜の<アカデミー>、閉館した大図書館前。


(今日は〝お店〟やってないんだ)


 とスフィールリアが大図書館と大聖堂の隙間を覗き込んでいると。

 集ったメンバーをテスタードが半眼で睥睨し、最後に彼女へと鋭い視線を投げてきた。


「護衛は連れてこいつったが、だれがこんな大人数にしろって言ったんだ?」


 彼の前にはスフィールリアとアイバのほかに、アリーゼルとフィリアルディ、エイメールとフィオロの姿までがあった。


「ご、ごめんなさいっ。工房から出かけるところに鉢合わせちゃって……」


 正確には鉢合わせたのはエイメールだが、彼女が『〝黒帝〟と出かけるなら放っておけない!』と意気込んで連絡をつけてしまったのだ。

 しかし、ほかのメンバーもやる気は充足している様子だった。


「一応わたくしたちも先輩殿の助手であるということは忘れてほしくはありませんわ。それに、噂に名高い<封印書庫>……この機会を無駄にするのはやる気のない三流のいたすことです」


「わ、わたしも。先輩についていってお勉強、したいです! よろしくお願いしますっ」


 これにフィオロが追従したことで、彼もあきらめたようだった。


「わたしも護衛職資格は持っております。なにとぞお嬢様方に勉学の機会をお分けくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」


 はぁ~あ、とため息を落としてテスタード。台車に乗せて布をかぶせられた『召還機』に手を置いて示した。


「お前ら、荷物持ちな。隊列は後列で『召還機』を運びながら守れ。で、そいつらを前後で挟んで護衛役がその姉ちゃんと、あー」


「アイバ・ロイヤードだ。アイバでいい。よろしく頼む」


 前に出て差し出されたアイバの右手を掴み「ん」とうなづくテスタード。


「後衛の主力はアイバ、あんただ。もしも俺がトラップを討ち漏らすことがあったら、全力で『召還機』を護ってくれ。ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ強度だが、傷ひとつつけないでほしい。メンバーよりも優先でだ。俺自身も含めてな」


 最後の言葉にアイバは眉をひそめたが、スフィールリアに肘で合図を送られたので、なにも言わずにうなずいた。

 彼女から事前に言われていたこともある。

 今回の依頼主(クライアント)はテスタードだ。『召還機』自体にもとんでもない金と労力がかけられているのはもちろんのこと、テスタード自身が学院で培ってきたすべてを込めた作品である。

 アイバ自身も分かっていた。

 クライアントが一番護りたいもの。もっとも欲していること。これを汲み取れない護衛職は〝次〟につなげることができない。


「……分かった」


「大丈夫ですよセンパイっ。アイバはなんてったって〝勇者〟の末裔なんですから! そんじょそこいらのモンスターならチョチョイノチョイです!」


 自分のことのように腕まくりのポーズを取ってみせるスフィールリアに、〝黒帝〟は首を傾げた。


「勇者ぁ? なんだそりゃ?」


 これにアリーゼルたちが驚いて顔を見合わせた。〝黒帝〟ほどの人物が世界史項目にも登場する『世界樹の騎士』を知らないとは思わなかったのだ。


「アイバール・タイジュですわよ。ご存知ないんですの? ……『世界樹の聖剣』を持つ」


 とここで、ようやくテスタードは「ああ」と合点がいった反応を見せた。アイバのうしろに回って、彼が担ぐ聖剣をしげしげと眺め始める。


「『世界樹の聖剣』か。それなら知ってるわ。……ふぅん、てことはソレが『世界樹の聖剣』か。ランクSSSの」


「お、おぅ」


「ソイツの構造だけは<アーキ・スフィア>経由でもアクセスできなかったんだよな。なぁ、今度ソレ貸してくれね? 構造解析したいんだが」


「だ、だだダメだって! なんでアンタらはいっつもコイツをバラしたがるんだよっ。絶対だめ!」


 アイバは聖剣を抱きかかえてかばった。


「ちっ。……まぁいいや。じゃあちょっと守衛に話つけてくるから」


 片手をひらひらと振りながら大図書館入り口の守衛室へと歩み寄ってゆく〝黒帝〟の背中を見て、アイバがスフィールリアに小声を寄せた。


「……どんな危ないヤツかって思ってたんだけど。なんか〝綴導術士〟って感じだな」


「なにそれ。でも怒らせると怖いからね。気をつけてね」


「しかし、〝黒帝〟殿の意外な一面でしたわね。勇者の名前を知らないだなんて」


「あたしも王都くるまで知らなかったけど」


「あなたは田舎者だっただけですわ」


「うぅ」


「もしかしたらスフィールリアと同じで、勇者の名前が知られてない場所からきたのかもしれないね。テスタード先輩って」


「……」


 というフィリアルディの言葉を聞き、スフィールリアは無言になって、守衛と話をしている彼の横顔を見つめた。


(そういえば、あたしたちって、あの人のことなーんも知らないんだよなぁ)


 彼の出身地、彼の経歴……彼が学院にいる理由。学院で目指すものも。

 彼はこの『召還機』で『学院の秘宝』を呼び出し、なにを求めるのだろう?

 そんなことを思っているうちに話はついたらしい。

 手を振りながら声をかけてきた。


「運んでこい。入るぞ」


 楽しみだのちょっとドキドキするだの、にわかに騒がしくしながら入り口まで進んでゆく。


「えーと、一応図書館ではお静かにね。バレたらオジサンが怒られちゃうから……」


 と言ったのは守衛の老人。その手元には硬貨がたっぷり入っていそうな皮袋があった。

 示し合わせて声を潜め、大図書館内部へ。

 入ってすぐは待合室にもなっているソファが並ぶ部屋。

 そこを抜けてたどり着く正面ホールは、『叡智の庭』と呼ぶにふさわしい様相をていしていた。


「……夜の大図書館というのも、おつなものですわね」


 直径で百メートルはある、円形吹き抜けの空間だ。

 その空間を囲い、五階建て分の円形フロアの全周に本棚が並んでいる。

 中央フロアにもソファや筆写机が並んでいるが、各階にもソファは完備されている。本棚の奥にはさらに幾層もの本棚が待ち構えており、ちょっとした迷路のようにもなっている。この正面ホールの書棚の回廊からクモの巣状に『大通り』が伸びており、さらに分野ごとの〝別館〟へとつながっている。


 そんな巨大な、文字通り知識の城と言えるのが、<アカデミー>が誇る大図書館だ。

 明かりは灯されていないが、全面ガラス張りになっている天井ドームから差し込む数条の月明かりが、この風景を幻想的に照らし出していた。

 さて、この巨大な建物のどこかに<封印書庫>への入り口があるというが……。


「ここだ」


 テスタードが歩み寄って止まったのは、正面ホールのさらに中心部。

 叡智を司る女神〝アスティラ〟をかたどった像の前だった。

 ソファと観葉植物に囲まれ、女神を中央に配したこの噴水は〝智の泉〟と呼ばれている。

 どこまでこの重い荷物を運ばされることになるのかと思っていたアリーゼルたちが、あっけに取られた声を出した。


「こ、ここですの?」


「こんな、だれでも知ってるような場所が……?」


「それがこの大図書館の構造だ。すべての知識、特殊な処理を施された封印書物や禁書、それらの〝力〟と〝流れ〟が『ここ』に集合しているんだ」


 いくぞ。

 と簡単にひと言だけを投げて、テスタードが黒い〝触媒〟を泉に投げ込んだ。

 それからあっという間に、ぐんぐんと複雑なタペストリーを編み上げてゆき、七色の輝く破片が泉と彼女らの周囲を舞い始める。


「転移の際に座標がズレることがある。『召還機』から手を離すなよ」


 光が、臨界を迎えようとして――


「あの、センパイ」


 スフィールリアは転移の直前にテスタードの横に並び、気になっていたことを聞いた。


「なんだ」


「センパイは『学院の秘宝』を手に入れて……なにに使いたいんですか?」


「……さぁな」


 テスタードがちらりとだけ彼女を見、次に視線をそらした時、その横顔には底冷えするような暗い情念が宿っていた。

 そして輝きが極大まで達し、彼女たちは<封印書庫>へと足を踏み入れた。



 その、光が去ったあと。

 観葉植物の陰から這い出し、暗くなった泉の前に立ち寄る人物があった。

 白いローブ姿――先刻にスフィールリアたちの前に現れた生徒、イルジースだ。

 彼は口の端を歪めると、だれもいない虚空に向けて声を放った。


「ぼくだ。さぁ、始めるぞ――運んでくれ」


 待つ時間は数秒に満たなかった。

 なんの前触れもなく彼の前の空間が揺らぎ、たわみ――人間ひとりが入れる分の〝ゲート〟が生じた。

 男はもう一度いやらしく笑うと、一歩を、ゲートへ。

 そして、<封印書庫>へと足を踏み入れていった。



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