(3-13)
ここに生徒DとEがいた。
彼らは女の子に釣られたわけではなく、騒ぎを聞きつけて立ち寄っただけの『遠巻き組』のひとつだ。
「なにやってんだ、あれ?」
「〝黒帝〟がまたやらかしてたらしい。一年の女の子たちに無理言って『キルトの実』売らせてたんだと。一個二銀貨で」
「『キルトの実』ひとつで二銀貨かよっ。相場の三十倍以上じゃねーか。相変わらずアコギな商売しやがるなぁ」
「ああ、まったくな」
「ほんと、アコギな……アコ、ギ……、……?」
とそこで目を細める生徒D。
テスタード商店の一角に、陽光を受けてキラリと光を放つ一品。
それを見て、生徒Dの目は見る見る引ん剥かれていった。
そして、ふらふらとテスタードの前まで歩み寄っていった。
「な、なぁ。ちょっと聞きたいんだけど、その商品さ……」
「あん? どれだって? これか」
「あ、ああ。やっぱり『混淵玉』か。こ、これさ、マジでこの値札の通りの値段なの?」
声をかけられたテスタードは先ほどの説教で興が削がれた様子のまま、手に持った深い青色の宝玉を元の位置に戻した。
「そうだけど? まぁ水差されてつまんねーから、今日はそろそろ店畳むつもりだけどな」
「えっ、あ、いやちょっと待ってくれ! それ買いたい! ……できれば、なんだけど」
「……へぇ、コイツを。アンタが?」
仄かに笑うテスタードを相手に、生徒Dは慎重にコインを重ねるような心地で、再度確認を行なう。
「で、さ。これってほんとにこの値段で間違いない?」
「書いた通りだ。買うのか、買わないのか」
「あっ、買う買う! ……ただ、もう少しだけ負からないか?」
「……」
生徒Dは内心でゴクリとつばを呑む。この『混淵玉』はきたるコンペ祭に向け、まさしく彼が欲していたレア品だ。
ただし、少々お高い。
元々市場にも滅多に出回らない練成品なので高いのは当たり前だし多少の色がつくのも当たり前である。しかし、それを抜きにしてもこの値段は相場の倍――高すぎる。
だが生徒Dがここまで弱気なのにはいくつかの理由があった。ひとつは、これ自体が希少品ゆえに、この機会を逃すとコンペ祭までにもう一度出会えるかどうかが分からないこと。
ふたつに、たかが『キルトの実』にも三十倍などという法外な値をつけるような〝黒帝〟の店で、これほどのレア品が相場の倍ていどで売られている奇跡――これを逃していいのか? という戸惑いと迷いである。
できるなら少しでも値切りたい。
だが下手な対応をして逆に値を吊り上げられてもたまらない。五倍十倍などと言われてしまえばさすがに諦めるほかないからだ。なので旗色が悪いと感じた場合は、即決での購入決断を下す必要があるかもしれない。
その張り詰めた両極の間に、生徒Dは立っていた。
「ど、どうかな?」
「……」
しばし、無言で生徒Dを見つめていたテスタード。時間が無限にも感じられる――
やがて……
テスタードが小さな鼻息とともに宝玉に手を置き、つぶやいた。
「……いくらだ」
(キタッ! やった!!)
生徒Dは心の中で飛び跳ねた。心臓も飛び跳ねたが。
「じ、じゃあ……120金貨はどうだ?」
「安い。190だ」
即答する〝黒帝〟。これは想定内だ。生徒Dもうなづく。
「で、できればこのほかにも確保しておきたいものがあるんだよ。130じゃダメか?」
「そんなもん自分で稼げばいいだろ」
「そうだが……タイミングってものもあるだろ? いくつかは取り置きを頼んでて、あまり待たせたくないんだ。それに相場の倍近くはやはり厳しい。頼むっ」
「……170だ」
「……ひゃく、145!」
「あのなぁ。ずいぶんと安く見られてるもんだが、コイツの品質グレードはこれでもA++なんだよ。そんじょそこらのヤツが作った品がお望みなら、それこそほか当たんなよ」
テスタードの渋面が深くなってきて、もう生徒Dの心臓はバクバクだ。
「ま、待った待った! だが『混淵玉』はそれ自体が使いどころもけっこう限定的だろ? 俺は『アルナムの杖』にそいつを組み込むつもりだが、そういう多くの場合は杖のランク以上の力は発揮できない。ランクA以上の杖を持ってるヤツなんてそうそういないって! だろっ?」
「……まぁ、品質について自己満な部分があるのは認めるけどな。だがグレードはグレードだ。160。これ以上は負からんぞ」
「くぅっ……!」
ここで曲がるべきかと生徒Dは迷う。この時点でおよそ六割増し。〝黒帝〟を相手に四割も削れた。大金星ではなかろうか?
だが、〝黒帝〟がここまで柔軟にものを聞く相手であったことはうれしい誤算だった。とすれば、もう少し、もう少しだけ踏ん張れないかという欲が出てくる。
しかし。
〝黒帝〟は急に飽きたとでも言うように息を抜いて、宝玉を収めた保存ケースのフタを閉めようとする。
「やっぱいいわ。グレードに見合った購入者を待つ方がいい気がしてきた。明日から五倍ぐらいで売ることにするわ」
「……!! わーーーー! 待った待った! その値段でいい! 160アルン! 今すぐ払える! 売ってくれ頼む!」
振り返ってくる〝黒帝〟の顔は、笑っていた。
「毎度あり」
男子生徒は取引で手に入れた宝玉を大切そうに抱えながら、仲間とともに歩み去っていった。
「……」
ぽかーんと一連のやり取りを見ていたスフィールリアたちは、次なるテスタードの言葉に「ぶっっ」と吹き出してしまった。
「……さ! 目標は達成したし、残りの実は全部捨てるか!」
「えええ~~~!?」
彼が手をかけた『キルトの実』のカゴを、子供でも守るように抱えてかばうスフィールリア。
「ちょっとちょっと、なんでですかいきなりセンパイ!?」
「言ったろ。ソイツはもう用済みだ。お前らも、もうその衣装脱いでいいぞ」
「……どういうことなんですか?」
「だから。『キルトの実』の売り上げはもう目標の十倍値に達した、つってるんだ。今、分け前をくれてやるよ」
〝黒帝〟は今しがた手に入れた金貨を数えて、何枚かを唖然としているスフィールリアの手のひらに落とした。
「これで実そのものの売り上げと合わせて、十二倍ってところか。充分だろ」
もらった金貨をざっと換算すれば、たしかに言われた通りの値になるが……しかしこれは、テスタードが彼の商品を売って手に入れた金ではないのか?
第一、まだ実を全部売り切ったわけでもない。なのにその売り切った前提の全額を今受け取ってしまうというのはどういうことなのか?
スフィールリアはよく分からず、もう一度、聞き返していた。
「……どういうことなんですか?」
「だーから。しょうがねーな。解説してやるからありがたく聞けよ」
テスタードの明かした計画の全容は、こうだった。
結論から言って、『キルトの実』はテスタードの商品を高く売りつけるための囮であった。
まず、ここに集った少女たちにバニーの衣装を着せて人目を引く。特に彼の思惑の中では、容姿が飛び抜けているスフィールリアと、体型が飛び抜けているフィリアルディさえいれば問題がなかったらしい。
次に強引な手段で『キルトの実』の値段を跳ね上げる。その手段は他者の目から見て、悪どければ悪どいほどよい。『美少女のおっぱい盛りサービス』などというどう考えてもアウトなやり方は、むしろ狙ってやっていたのだ。
ついでに、どう見ても乗り気でない少女たちに〝黒帝〟が無理やりそんな衣装を着せたという印象効果も狙っていたものだと言う。
そして最初の結論につながる。
「この学院でそこそこに名も売れてる俺が、今日はいつにも増してメチャクチャな商売をやらかしている。レアでもなんでもない木の実ひとつが相場の百倍、三十倍だ。さぁ、そんな商売やってる中で、レア品が相場の二倍ていどで売られていることに気づいたら、どう見える?」
「……」
そう。高いのに、安く見えるのだ。
特に今はコンペ祭を間近に控えた準備祭のさなかだ。使えるものを探し求めてマーケットを練り歩いている選手は数多い。
自分が求めるコンペ対策の品があれば、多少は無理をしてでも手に入れたいという人間がひしめいているのだ。
だからこの時期の、特に出展や競技参加を決めている選手は神経を尖らせている。
見つけたら即入手するべきか? それともまだ安く出会える見込みがあるか?
ほかにも、自分が入手するつもりでいる品の種類と、希少性と、予算……。これらを頭の中で何千回転でもぐるぐると巡らせながら、毎日、毎日、根気強くマーケットを見張っているのである。
そんな中で、先の生徒Dも、出会ったのだ。
相場の百十倍、三十倍という嵐の中で輝く奇跡の一品を。
「……というわけさ」
スフィールリアはややげんなりしながら声を漏らしていた。
「ええ~~……でもそれって、なんかズッコくないですかぁ……?」
彼女としてはなにかもっとすごい手法で『キルトの実』の価値を高めて見せてくれることを期待していたのだが……。
フタを開けてみれば、テスタードの商品価値を相対的に安く見せるための道化の役割だった。
その役割の賃金をもらって十倍相当の値とする、というのは、ちょっぴり残念な結果だと言うしかなかった。
だがテスタードは心外だと言う風に手のひらを見せて言ってくる。
「これだから一年坊はトーシロでアマちゃんだっつーんだ。いいか、〝店〟の価値はひとつきりじゃない。もの売って稼ぐのは商売の基本だが、だからと言って商品の価値をそれ単品でしか見られねーようなヤツは五流なんだよ」
「……」
「最終的に〝店〟全体が得をできればいい。そのためには、時にひとつの商品を捨て駒にするやり方もあるってことだ。俺なら『キルトの実』の価値を五倍までなら高めることもできる。だがそのための手間と費用を換算して、今俺が得た利益と比較するなら、今の結果の方がダントツで上回ってる。今お前の手のひらにある金貨と、俺が持ってる金貨袋を合わせた額だ。よく見てみろ」
正確にはそこから適正価格である100アルンを引いた額ということになるが……それでも、その通りだと言うしかなかった。結果がまさにそのことを物語っている。
仮に『キルトの実』を十倍で売り切ったとしても、この額にはとうてい届かないのだから。
「しかも、だれも損なんぞしてねぇ。違うか?」
「……」
なんだかこのまま完全論破されるのも悔しくて、スフィールリアは搾り出すように声を出していた。
「さっき『混淵玉』買ってった先輩とか……?」
「ヤツが最終的に損をしたのか得をしたのか。という点についてはヤツ自身が判断するべきだ」
「う~ん。……たしかに最初の値段は相場の倍でしたけど、最終的には六割増まで落ち着いたわけですしね……」
グレードがA++なら適正価格でも相場の二割から三割増でもおかしくはない。だから、実質のところテスタードが吊り上げた値は三割ていどということになる。安くはないが、法外というほどでもないだろう。
そこでスフィールリアは逆に違和感を覚えた。
「でも……テスタードセンパイ」
「なんだ」
「それなら、センパイだったらこんな回りくどいことしないでも、値切らせないで売りつけることもできたんじゃないですか?」
テスタードは「ふん」とつまらなさそうに息を抜いた。
「それをやると正真正銘、お前が言ったようにヤツだけが一方的に損をすることになるが?」
「……う。そりゃまぁそうですけど。ダメなんですか?」
「その場合今度は、ダメかどうかは俺の側が最終的に判断する――というか、思い知ることになるんだろうな」
「?」
と首を傾げるスフィールリアに〝黒帝〟は、今度は苦笑を返しながら言ってきた。
「もしも俺が強引にあの玉を売りつけたとして、アイツはそのあと確実に後悔するんだろうよ。ほかの目当ての品が手に入らなくなってしまった。こんなことなら今回は見送ればよかったかもしれない。――ってな。ヤツは今後、二度と俺の店を利用することはないだろう」
「……ダメなんですか? センパイ的に」
「お前が俺をどう見てるのか、よぉ~く分かったからな」
「うぐっ。は、ははは……やだなぁ」
「……。こちら側だけがなにも提供せず一方的に利を得る。これを詐欺師と言うんだ。俺は違う。俺は最初からアレを200アルンで売る気はなかった。値引き交渉も想定した作戦だったんだよ」
「ふむ……」
「自分の損と得、相手の損と得。そのギリギリを探して着地点を決める。それが商売ってもんだ。なにより自分が得をしなけりゃならないが、相手を食い散らかすことばっかしてりゃそんな風評ばかりが目立ち、しまいにはだれも俺の相手をしなくなるだろう」
今回、テスタードは適正価格以上の値で品を売りつけることに成功した。
もしも彼が倍額のまま品を売りつけたら、どうなっていたか。それは彼が先に語った通りとなるだろう。
だが実際にはそうではない。彼は値切った四割分の予算でさらなる買い物ができるのだ。『テスタードが譲った分の金で』、と言い換えることもできる。
その買い物をする時、彼がどう思うか。それを損と取るか得と取るか……。
それこそテスタードの言の通り、それは彼自身が判断することになるだろう。
ひとつ言えることは、彼は意気消沈して寮に帰ったのではなく、硬貨を握り締めて次なる現場に向かったという事実だ。
「……」
そのことが分かったので、スフィールリアとしてはもう納得するしかなかった。
四割という譲歩をしたことで、相手側にも得るものがあったという〝結果〟を残した。この機会を逃せば生徒Dは二度と『混淵玉』にめぐり合えなかったかもしれないのは事実だし、その場合、彼の手元には競技の役には立ってくれない金貨だけが残されていたわけで。
テスタード自身も利益を得たし、それどころかスフィールリアたちも当初の宣言通りの金額を手に入れた。
バニーガールから始まって、すべてが滞りなく循環し、この結果に帰着している。
これが学院でも一線級の実力者が見ている世界なのか。
と、スフィールリアたちはなんだか狐につままれたような気持ちを払拭できないまま、途方もないものを見た気でため息をついていた。
「というわけだから、お前らももう着替えていいぞ。てかその格好のままでいられるとまためんどくせー教師が飛んできかねないからな。早くしろ」
「は、はいっ!」
そういうことになって露店裏の仮設カーテンスペースの中。スフィールリアが背中のファスナーを下ろしていると、店側から、こんな声が聞こえてきた。
「あ、あのぅ。そこの紅い宝石なんですけど……それ……」
「あぁ、コイツか。これがなにか?」
「その値段、間違いはないですか……?」
どうやら新たな客が食いついたようである。
そうだった。テスタードが用意した〝商品〟はひとつではない。しかも彼がメインとする商品はどれもが100アルン超えの品ばかり。数割増しで売りつけるたび、数十アルン単位の利益が上がってゆくのだ。
『キルトの実』を適正価格で売り切ったとして、金貨一枚にもなりはしなかった。
「〝黒帝〟……恐るべし、だわ」
そうつぶやき、スフィールリアは自身を締めつけていた衣装の胸部分を取り外した。
「アリーゼルー、まだ着替えないのー?」
「……今いきますの」
そう言う彼女の手元には売れ残った『キルトの実』がひとつ。
アリーゼルは自らの胸部の前に『キルトの実』をセット。つまんでいた指を離した。
ぽとり。
『キルトの実』は彼女の小さな胸の間をすり抜けて、地面に落ちていった。
「……」
地面に視線を落とす。
そこにはいつの間にか、飼い主に「待て」を命じられた犬のような姿勢で待機する男子生徒が存在していた。
「ひ、拾ってもっ? はぁはぁ……」
「……」
男子生徒はガバァッと実を拾い、次にひざまずいたまま腕を伸ばし、アリーゼルの手のひらに十数枚の銀貨を落とした。
そしてシュバッシュババッと空を裂く勢いで人ごみの中へと消えていった。
――ふぉおおおおん、お嬢様の胸と胸の間の空をすり抜けていった『キルトの実』ィイイイん!
――夢がはち切れそう……
――これで明日も生きられそうだよ。
「ぐやじいですのおおおおお! なんかあらゆる意味でぐやぢいですのおおおおおお! フィリアルディさんんんんんん!!」
「よしよし……強く生きていこうねアリーゼル…………グスン」
こうして、彼女たちの<アカデミー・マーケット>初体験は無事終了の時を告げた。
◆
「それで、アレンティアさんたちの用事ってなんだったんですか? シェリー姐さんまで一緒だなんて、ちょっと意外かも」
「それがねー。これ見てよこれ」
とアレンティアが取り出したのは、一本の短剣であった。
「これって……ひょっとして?」
「そう、スフィーが作ってくれた『白き薔薇の小剣』だよ」
「また、形が変わってる……?」
そう、変わっていた。
まず、刀身の長さ自体が少し伸びたようだ。鍔の形状も変化しており、小さき一輪の薔薇の刻印が施されている。これは『紅き薔薇の長剣』に酷似している。
なにより、一番大きな変化は――
「これ、抜けるんですか?」
『白き薔薇の小剣』に、一輪の白い薔薇が咲いていたのだ。
そこから伸びた茎が、がんじ絡めになって鍔と鞘をつなぎ止めている。
「抜けなくなっちゃったの。ちょっとやってみてくれない?」
「……ぬーん!」
スフィールリアは受け取った『白き薔薇の小剣』を引き抜こうとするが、やはり抜けないようだった。
ちょんちょんと柄下の白薔薇をつついてみる。感触から見て本物の薔薇だが、ただの薔薇ではないだろう。<アーキ・スフィア>基底部に広がるガーデンズ……そのうち<薔薇の庭>に咲き誇っているであろう薔薇の一部なのだ。
「あらん……やっぱりスフィーちゃんでもダメみたいねぇ」
「どういうことなんです?」
スフィールリアが首を傾げる。
「この剣、スフィーちゃんが作ったって言ってたでしょ? この通り抜けなくなっちゃったっていうから、聖騎士団長さんが元の短剣の作者であるアタシのところに相談にきたってワ・ケ」
「それでね、どうも抜けないのは、この剣そのものの〝意思〟が関わってるかもしれない……ていうから。〝母親〟のひとりであるスフィーのところに持ってきたらなにか分かるんじゃないかって話になったのよ」
「なるほどぅ……」
「と、いうワケだからスフィーちゃん。そのままその剣を持っててあげてくれる? 団長さんも反対側から触ってあげて」
スフィールリアが差し出した鞘先をアレンティアが持ち、ふたりの間に橋が渡されたような構図になる。
その間に立ったシェリーが、一本の金属棒を取り出す。タクトサイズで、先端が丸い球状になっている品だ。
「んー」
おもむろにシェリーが、その棒で『白き薔薇の小剣』をコツンコツンと叩き始めた。
なにをしているのかと聞くと、これで剣の〝声〟を聞いているのだと言う。
熟練した職人はこれだけで剣の芯が折れていないかどうか、それ以外のさまざまなコンディションを知ることができるのだとか。
さらにシェリーが行なっている〝問診〟は、それよりも数段先をいっているのだと分かった。金属棒に彼女の〝気〟が込められていたからだ。
「ふんふん、なるほど……?」
コーン、コゥーン、とガラスの鈴を打ち合わせたような澄んだ音が木霊する。
叩く強さ、〝気〟の色を変えて、何度も一定のリズムで叩き続ける。
そうすること数分後に、変化が起こった。
「きゃ」
響いた悲鳴はシェリーのもの。
突如、バシンと音を立てて彼女の棒が弾かれたのだ。
芝生の上に転がった金属棒を三人で振り返る。
棒は、煙を立てながら溶け崩れてしまった。
「やん。怒らせちゃったみたい」
「うわぁ……」
スフィールリアがゾッと胸を冷やしていると、難しい顔で顎に手をやっていたシェリーが、口を開いた。
「なるほどねぇ」
「なにか、分かったんですか?」
「ええ、いろいろね」
シェリーが、ふたりに聞かせるように指を立てる。
「まずひとつ。この剣はとっても気位が高いの。自分のことを、<薔薇の庭>の薔薇たちから切り離されて独立した『新しい女王』だと言ってるわ」
「そんなことが分かるんですかっ?」
「……いや。わたしも『あの時』、この剣の声を聞いたような気がする。たしかに、同じことを言われたような」
シェリーがふたつ目の指を立てる。
「ふたつ。この剣は、あなたたちふたりの子供にも等しいということ。アレンティアちゃんに忠誠を誓った薔薇が、アレンティアちゃんの〝白〟の〝気〟を基に、スフィーちゃんによって作り変えられたのがこの剣。この子はあなたたちふたりの言うことしか聞かない。……今後時が経って、新たなる『薔薇の剣』の継承者が現れたとしても。この子だけは別。この子は、あなたたちだけの薔薇ってコトね」
「でも。作ったあたしが言うのもなんなんですけど……新しい『薔薇の剣』を作るなんて。そんなことできるんですか?」
あの時のスフィールリアは、あくまでその場限りの対抗策としてこの小剣を作った。使い捨て……と言っては悪いが、短剣の方がすぐに保たなくなると思っていたのだ。
「さぁねぇ。前例なんてないから分からないし、アタシ個人の見解を言わせてもらえば、まずあり得ることではないわね。この剣はスフィーちゃんだからできたことだって言ってるけど……そのあたりは、聞かない方がよさそうみたいね? その顔色を見・る・に」
「す、すみません。助かります」
スフィールリアは本当に恩に着るつもりで頭を下げた。そう言われれば、彼女にも心当たりがあったからだ。
彼女だけが持つ〝金〟の素養。
それが、通常では絶対に解けないランクSSSの神剣への干渉を可能にしたことは、想像に難くなかった。
いいのよと片目を瞑って、シェリー。三番目の指を立てた。
「そしてみっつ。この剣の力は強大すぎるの。だからこの剣は恐れてる。その力が、あなたたちを傷つけるんじゃないかってね」
「……」
「剣が鞘から抜けないようになってるのは、そのせいよ。この子は、自らが『抜かれる』時を自分で決める。あなたたちが自分で、この子の力を制御できるようになるまで、ね」
スフィールリアとアレンティアは、神妙に顔を見合わせた。
「この剣は言っていたわ。あなたたちふたりには、いつかかならず自分の力が必要になる時がくる。その日がくるまでに自分も白き薔薇の数を増やして、あなたたちにふさわしい力を手に入れる。ってね」
◆
「あ」
後日、スフィールリアは思いついた。
いるではないか。先日の商売で明らかに損をした人たちが。
そう。最初に法外な値段で『キルトの実』を買わされた彼らである。
だが不思議と同情心といったものは沸いてこなかった。あちらはあちらでガッツリとこっちの胸を見てくれたのだから、おあいこということでいいんじゃないだろうか。
「うーん。やはり〝黒帝〟おそるべし」
とりあえず、そういうことにしておこうと思った。