(3-10)
◆
数十分後……。
「はぁっ。ごちそうさまでした!」
スフィールリアたちは少女の言葉通り、そこにあった〝小屋〟でお茶をふるまわれていた。
大翼樹の若木の枝の上に作られた、木造の小屋だった。
壁は大翼樹のはがれた皮をツタで組んで作られており、屋根は適当な木切れの骨組みの上に、これまた大翼樹の葉を敷き詰めてある。床の木板も、自分で切り出したのか、ところどころがいびつで隙間なども開いている……。
という、なんとも自然派造りなハウスだった。
小屋の周囲にはいくつもの菜園が作られていた。光がろくに届かないこんな場所ではまともに育つはずもなかったのだが、畑は不思議な燐光を放つランタンに照らされて、むしろ生き生きとしていた。
そんな菜園のひとつから摘まれた茶葉で淹れられた、薄茶色の茶を全員分。少女は杖から発生させた炎でポットを沸かして用意していた。
スフィールリア以外の全員は茶の渋みに顔をしかめていたが、薬膳茶の味を知っていた彼女はむしろごくごくと飲み干してひと息をついていた。
「こんな場所でエルクサ茶がもらえるなんて思ってなかったよ!」
「おっ! お姉さん分かるね~? ばっちゃの家からもらってきた株から育てたエルクサ草だから、効能もバツグンなんだっちー!」
さっきから一口ごとに「苦い、苦い……」と言いながらちびちびお茶を舐めていたアリーゼルが、ついに耐えかねたようにカップをテーブルへ置いた。
「効能ってなんですの」
「美肌効果だっち~」
不思議な訛りで答える少女の言葉を受け、アリーゼル、キアス、スフィールリア以外の面々が「ほう」と興が乗った風にお茶の水面を見下ろした。
「お嬢ちゃんは、まだ気にする必要はないっちね~」
ムッとした様子で、アリーゼル。
「お嬢ちゃんではありませんわ。わたくし、アリーゼル・フォア・フィルディーマイリーズと申しますの」
「ほうほう。貴族様だに~?」
「別に。否定はしませんが、貴族であることをかさに着るつもりもございませんわ。それより、名乗られたのなら、そちらも名乗るのが全国共通の礼儀というものではありませんこと?」
これに苦笑いをして、少女。全員の顔を見回して、ぺこりと頭を下げた。
「あは、そうだったっち~。……こほん。あたいっちはイェル・ノマ・ピクトピトライカ18世って言います。さっき言い当てられちゃったけど、魔術士ってやつだがにや~」
バレちゃった。とでも言いたげに両の手のひらを広げて見せるイェル。
「……魔術士、ですかー」
心底から珍しいという風にしげしげ眺めるフィオロの言葉に、エイメールがガタっと椅子を蹴立てて立ち上がった。
「ま、ま、ま、本当にまじゅちゅしなんですか!? 伝説の存在の、あの!?」
「落ち着いてってば、エイメール」
「は、初めて見た……本当にいたんだ。すごい……」
メガネのフレーム位置を直しながら、一同と同じくしげしげと眺めるフィリアルディ。
「……その様子だと、お姉さんたちは、〝綴導術士〟さん……なんだね?」
「ほかになにがあるって言うんですの。〝ここ〟は、国が定めた〝採集地〟なんですのよ」
「なるほど~、そうだったのか~。どうりで、こんなに深い森なのに人がいっぱいくるわけだ~。素材もいっぱいだし~」
「……あなたねぇ」
「アリーゼルも落ち着いてってば。てか、なんで怒ってんの?」
「怒ってませんわよ!」
ぷいっと横を向くアリーゼル。
紅い髪のイェルが、面白そうなものを見る目つきでスフィールリアを向いた。
「お姉さんはあたいっちのこと、驚きもしないし、怖がったり嫌がりもしないっちね」
「ああ、うん。あたしも昔のお客さんにひとりいて、魔術士って見たことあるから。それに、あたし自身も無縁ってわけじゃないし。師匠にいくらか教わったから」
これにイェルはぱあっと顔を輝かせた。
「っ。お姉さんのお師匠様も魔術士だがや!?」
「えっ。ああいや違う違うっ。一応、師匠は綴導術士。でも、魔術もいくらかかじってるってだけ! どれくらいかは知らない!」
「……そうなんっち~。まぁ、そう簡単に同胞にめぐり合えるわけはないよね~」
「そそっ、そんなことよりっ!!」
ひときわ大きな声を上げるエイメールに、一同の視線が集まる。
ガバァッ、とイェルを示して、
「……どうして皆さんそんなに冷静なんです!? 世紀の大発見じゃないんですかっ!? 今すぐ保護して博物館に送り届けないと!?」
「あたいっちをそんな珍獣みたいに!?」
「いやね、エイメール?」
「……別に絶滅したわけではありませんわよ。〝彼ら〟は」
と、いうアリーゼルの言葉に。
「……え。そうなんですか?」
「ですわよ。〝彼ら〟――魔術士は今も細々とその系譜を継いでいて、今は北方大陸の隅っこあたりで暮らしていますの」
「な、なんだ――そうだったんですか~。わたしってばてっきり。すみません、イェルさん」
「いえいえ~」
引き下がったエイメールに替わり、アリーゼルがぽつりとつけたす。やや険のある眼差しとともに。
「とはいえ、こんな場所に出張ってきている魔術士というのは、絶滅危惧種の珍獣よりも珍しいですけれどね」
「……」
スフィールリアが「ちょっとカンジ悪いよアリーゼルっ」とたしなめるも、アリーゼルはまた「ふんっ」とそっぽを向いてしまう。
「もう。せっかく助けてもらったのに~。ごめんね、イェル~」
「いえいえだっちー。あたいっちはこういうの慣れてるから、あはは。それにしても、こんなところで同好の志に会えるとは思ってなかったがや~」
「魔術をかじってる人なんてめったにいないもんねぇ~」
「うん……あちこちで怖がられたり、胡散臭い目で見られたり煙たがられたり……大変な思いをしてここまできた甲斐があったというものだっち~」
「うんうん。そうだよねぇ」
「お姉さんは話が分かるっちー!」
ね~~っ!
と、意気投合した風に声を合わせるスフィールリアとイェル。
「……あなたが、魔術士だから、ですの? たしかに話に聞いていた通り。気に入りませんわね、あなた方、魔術士という人種は。あなたがなにをしたのか、お忘れじゃないのですか?」
そこで、アリーゼルが横目で再び割り込んでくる。
「あ、アリーゼルっ?」
「ど、どういう意味だっち~?」
不安げに眉を寄せて身を引くイェルの様子と、アリーゼルのあまりと言えばあまりな態度に、一同が気遣わしげなそぶりを見せた。
だがアリーゼルは先ほどからの態度――小屋に入るあたりからだったろうか? ――をまったく変えることなく、断じるように一言、こう言った。
「あなたの張った結界で、わたくしたちが死にかけたということですわ」
「……?」
一同がよく分からないと言った表情を浮かべる中、イェルが「うぐっ」と痛いところを突かれた風に身じろぎをした。
「えっと……ど、どういうこと、アリーゼル?」
「一応、わたくしも気になっていたものですから。歩いてきた中での素材の位置や分布をチェックしておりましたの」
恐る恐るといった様子のフィリアルディの問いに、彼女は<クファラリスの森>素材分布図を広げて見せた。
「で。これとこれとこれとこれ。そして先ほど見た、外のお庭で育てられていた素材たち……これで、天然の、人払いの結界のできあがりですの」
「あぁ……ほんとだ。きれいに螺旋構造に配置してあるね」
分布図を覗き込んだ一同の中で、彼女の解説をその場で理解できたのはスフィールリアだけのようだった。
ふん! とどこか誇らしげに息巻いてアリーゼルは立ち上がった。
「そうですわよ! ……そもそも、あの遺跡にも人払いの結界が張られていましたわ。そんな場所に、ただ歩いていただけのわたくしたちがたどり着けるはずがありませんの――本来はね。この、森に迷い込んだ闖入者さんが張った強力すぎる結界と遺跡の結界が押しくらまんじゅうをして、遺跡への一本道ができていたんですのよ!」
「ははぁ~、つまり。それで、確実に遺跡にたどり着ける〝道〟ができてしまったと」
感心した風にうなづくアレンティア。
「う、うう……どうやら、そのようだっち~。申し訳ないことをしたがや……」
「あっ! ていうことは、前に森にモンスターが現れる結界を張ったのもイェルなのっ?」
スフィールリアの言葉に、彼女は気まずそうにうなづいた。
「そうだっち~……。……あ、ひょっとしてって思ったけど、あの時、暴走した結界を壊して回ってくれてたあのお姉さんは、君だったっちねっ?」
「うんうんっ。やっぱり。あの時、だれかに見られてると思ってたんだ~。あれってイェルだったんだね! 奇遇だねぇ!」
「そ……そうだっちね! あたいっちも、あの時のお礼が言いたかったんだぁ!」
ね~~~っ!
とまた、声をハモらせるふたりに、今度こそ激怒した様子でアリーゼルが食ってかかった。
「ねー、じゃありませんわよっ!! まったくあなたはほんとにもう!!」
「わっ、びっくりした。なにアリーゼル。なんでそんなに怒ってるの? 言い分は分かったけど、それにしたってちょっと怒りすぎじゃない? ていうか、あたしにも怒ってないっ?」
比較的冷静にやり取りを見ていた一同が、うんうん、とうなづく。
うっ、とうめいてアリーゼル。しかし引き下がらず、鋭い視線とともにイェルを指差した!
「と、とにかくですわ! 魔術士なんてロクでもない者だということですわ!」
「そんなー!?」
「ちょ、アリーゼル……」
さすがの剣幕にうろたえたフィリアルディたちが、
「お、落ち着いて? 落ち着こう?」
「一応、助けてもらったのは事実なわけですし……」
と諌めるも、アリーゼルはへそを曲げたようにそっぽを向いて動かない。
「だいたい、魔術というものが邪悪でへっぽこでどーしようもないものなのです」
ぴくり、とイェルの耳が反応した。
「……そんなことは、ないっち」
「なんですか。なんですの。そもそもそのようなもので森の生態を捻じ曲げようとしたのがいい証拠ですわ。そうやって自分のために周囲の環境を強引に捻じ曲げ、改変するのが魔術なんですわ。――その点、綴導術は違いますの。自然の流れに逆らわず、寄り添い、調和し、世界がよりすこやかに在れるように手助けをする。その手間賃として、ほんの少しばかりの賃金を頂戴するのが、わたくしたちですの。あぁ、なんてすばらしきかな、綴導術士!」
「……ぐすっ」
「な、なんですかっ、なんですのっ。な、泣くんですかっ、泣くんですの!? 上等ですわ! ……でもお泣きになるのでしたらお外に出てからにしていただきたいものですわねぇ。魔術士のニオイが移ってしまったらどうしてくださるのかしら。あー魔術くさい魔術くさい」
「魔術のニオイっていったい……」
フィリアルディがたらり汗を流す。
「ちょっと待って、アリーゼル」
と、そこで、スフィールリアが割り込んだ。
「な、なんですの」
たじろいだ様子の彼女に、しかしスフィールリアはきっぱりとした口調で、言った。
「さすがに言いすぎだと思う。それにいろいろ間違ってる。〝現代〟の魔術は、そんなんじゃないよ」
「んなっ」
「おねえさん……!」
涙を拭っていたイェルにうなづきかけて、スフィールリアはあらためてアリーゼルを向いた。
「……どういう、意味ですの」
「たしかに魔術士は大昔に世界を滅ぼしたかもしれない。そのころの魔術は、アリーゼルが言う通りのものだったかもしれない。……でも、少なくとも現代は違う。綴導術と現代魔術の類似点はとても多いんだよ」
ね? とウインクを投げられて、イェルが、ぱぁっとうれしそうに表情を輝かせた。
「そ、そうだっち! あたいっちたちも『始祖』たちが学んだ教訓をしっかり受け継いでいるんだがよ~! 今ではあたいっちたち魔術士も反省して、『新しい魔術』の流れに生きているんだ~!」
「新しい魔術、ですかっ?」
そうだっち!
とあまりない胸を誇らしげに叩いて、イェルは宣言した。
「そのひとつが、〝精霊魔術〟だっち!」
「精霊魔術? ですか?」
「精霊理論と、関係があるのかな」
「大アリだっち! さっきあたいっちが使ってスプリガンを倒した技も、精霊魔術なんだぁ!」
「精霊理論っていうのは、自然意思の擬人化が基礎にあるでしょ? だからさっきイェルが使った火と、古代の魔術士さんたちが使っていた火も、根本的に違うものなの」
「それに、精霊魔術には、かならず術式の実体化に〝触媒〟を使用しているんだ! 綴導術士さんのみんなも、マテリアライズには〝触媒〟を使うでしょ?」
「た、たしかに」
「それだけじゃなくて、現代魔術ではこの〝触媒〟を、あたしたちの綴導術よりもていねいに当てはめて、どんな術式や練成にも徹底的に使うようにしてるんだよ。あたしたちが『水晶水』を使うのと思想は同じだね。その方がずっと手間も費用もかかるのに、だよ。――ちなみに、あたしの〝修復術〟も精霊魔術の亜種なんだよ?」
「そうだったのっ? そういえば魔術寄りだって、言っていたっけ……」
うんうん。とうなづくスフィールリア。
「あと、勘違いしてる人が多いけど、現代魔術士の人たちがやってることって、あたしたちとほとんど変わらないんだよね。薬草をすり潰して練成して薬を作ったり、生活の役に立つものを作ったり……」
「『始祖』たちの失敗を学んだことから、自然とそういう風にならざるを得なかったっち~。結果として、あたいっちたちの現代魔術は、綴導術と大して変わらないものに変わっていったんだがや~」
『へぇ~~~』
と感心したように息を吐く一同。
エイメールが一歩前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「そうと知らずにごめんなさい。珍獣扱いしたり怖がったりして。自分の無知が恥ずかしいです」
「わ……分かってくれればいいんだがやっ!? うれしい!」
そう、とうなづいてスフィールリアがアリーゼルに向き直った。
「――でもアリーゼルがそんなことも知らずにあんなこと言うだなんて、思ってなかった。綴導術の〝基〟が魔術だっていうこと、忘れてない?」
「……」
アリーゼルが「ぐっ」と押し黙ったのは、彼女の言葉通りのことを幼いころから教わっていたためである。
そう。
魔術から、綴導術は始まった。
魔術を綴導術へと再体系化し、人々へと伝えたのが『偉大なる始祖』フィースミールだと言われている。
すべての綴導術士にとって、フィースミールは母にして、教師だ。
しかし、綴導術の基が魔術であるということが、ひとつの可能性をも示唆することになる。
そのフィースミールの前身が、魔術士であったという可能性である。
「でもフィースミールさんが魔術士であったかどうかという点について、それは綴導術士の間ではそんなに重要視はされない。綴導術の基が魔術であることに変わりはないし、綴導術をあたしたちに伝えてくれたのがフィースミールさんってことにも変わりはない――綴導術の使命が変わることはないから。
たしかに古代魔術を忌まわしいものだとする人は多いしそれを現代魔術士の人たちに向ける人も多い。だけど、だからって魔術そのものまでを根底から否定するのはおかしいんじゃないかな。理屈に合わないよ、そういうの。だって、フィースミールさんのことまで否定することになっちゃう……ような、気がする」
「っ……」
スフィールリアにしても、今語った点についてをアリーゼルが知らないなどとは思ってはいなかった。現に、彼女の表情には、理解の色がある。
だから、これで終わるかなと思った。
「なんで、ですの……」
「アリーゼル?」
だけど、終わらなかった。
アリーゼルは目に涙をためて、わめくように反抗してきた。
「なんでその人の肩を持ちますのっ! 裏切り者っ!! 魔術士!!」
「ええ~っ!?」
まったく理性的でない反応にうろたえるしかないスフィールリア。
その彼女から外した視線をギッとイェルに向け、アリーゼルが仁王立ちをした。
「そうまでして綴導術を否定したいのなら、いいですわ……やりますの! 徹底! 的に! あなた方を論破して差し上げますわ!」
これに、一旦はたじろいだものの謎のファイティングポーズを取ったイェルが、
「う、うう――これも田舎の名誉を守るため。う、受けて立つっち!」
と応戦の意を示して。
「ええ~~……?」
こうして、舌戦が始まった。
三時間が経過した。
「このようにしていかに綴導術が現代魔術よりもすぐれているかということが――!」
「い、異議アリだっち! そもそも現代魔術ではウィモリアス-ユラス領域以上の大深度領域にアクセスする術は禁術とされていて――!」
「そもそも精霊魔術にしたって結局は世界の様相に直接干渉しようという結局根源的な性根はまったく直っていないところが――!」
「そ、それを言ったら綴導術だって――!」
「あっ、ほ~ら見なさい! なんだかんだ言って結局あなただって綴導術を悪く思ってて否定しようとしてるんじゃないですかっ! 邪悪な~~魔術士~~~!」
「ちち、違うっち~~~~!!」
『…………』
熱いバトルが繰り広げられている傍らで、一同は思い思いの時間をすごしていた。
「はい、どうぞ。これでしばらくは激しく動いても保つと思います」
「うむ、助かる。ありがとう」
フィリアルディはキアスの破けたシャツの繕いなどをしている。今しがた完了したようだ。
「このお茶おいしいですねフィーロ。慣れるとこの渋みが不思議とクセになって何杯でもいけます」
「はい。それに、美肌効果……すばらしいですね……」
エイメールとフィオロはお茶の味が気に入ったらしく、ポットから何杯もおかわりを拝借している。途中で舌戦に割り込み、イェルから茶葉の位置と淹れ方を教わっていたぐらいだ。
「う~ん、この不思議な造形の、味わい深いような別にそうでもないような……おみやげにしたらウィル君よろこぶかな?」
アレンティアは、壁にかけられた、イェル手製と思われる民芸品の数々を手に取っては眺めている。
「ねぇねぇスフィー。これなんてどう?」
「……?」
振り返ったスフィールリアの前に、奇妙な仮面が広がっていた。
木彫りの、おどろおどろしいようでいて、どこか喜劇じみた……そんなお面だった。
ぷっ……と吹いてから、スフィールリア。今まで目を瞑ってきていた疲れがどっと押し寄せてきたような気がして、机の上にへたり込み、いまだ騒がしく睨み合っているふたりに話しかけた。
「……ね~ぇ、まだやるのアリーゼル~~? もうやめようよ~」
しかしアリーゼルはクマのでき始めた目でギロリと彼女を睨むばかりだった。
「裏切り者のスフィールリアさんは黙っていてくださいですのっ!」
「ええ~~~…………」
そんな様子をすぐうしろで見ていたアレンティアが、先のスフィールリアのように軽く吹き出して、彼女の肩を叩いてきた。
「なぁんですかぁ、アレンティアさん。お面なら、あたし、よくないと思います!」
「ふふっ。そうじゃなくてさ。やめさせたいんでしょ、コレ。……ねぇ、いい方法、教えてあげよっか」
「ほんとですかっ?」
がばっと顔を上げた彼女に、アレンティア。「耳貸して」なジェスチャーで指をくいくいっとするので、言う通りにする。
そして、彼女の耳元でアレンティアは、こんな奇妙なことを言った。
「とりあえずねぇ……スフィー。アリーゼルちゃんに、謝ってみなよ」
「……えぇ? あたしがですか? なんでです?」
「いいからいいから。なに言われてもそれで通してみ?」
与えるべき助言はそれですべてらしく、ぽんと肩を叩いて民芸品観賞に戻ってゆくアレンティア。
「……」
しかたがない。ほかにすることもないので、スフィールリアは言われた通りにしてみることにした。
挙手をして、アリーゼルを呼び留める。
「なんですのっ!」
「え、えぇっとね、アリーゼル? その……ごめん、ね?」
「……はぁ~? どうして、わたくしが、あなたに謝罪を受けなくてはいけないんですの」
思った通りの反応が返ってきた。
ほれ見たことかとアレンティアを横目で振り返るが、彼女は「そのままいけいけ」と言わんばかりにこぶしを押し出してくるだけだ。
「……。えぇ、その。だから、ね。あたしが悪かったな……って、思ったから……」
「……」
「なん、だけど……」
「…………」
しばらく、ジト~っとした眼差しでスフィールリアを見ていたアリーゼル。
ややあって、
「……まったく、あなたって人は。そうやってすぐコロコロ態度を変えなさるんですからっ」
「へっ?」
「……し、しかたがないですわね…………そうまで言うなら、退いておいて差し上げないことも……ありませんが?」
つい、ともの言いたげに見てくるので、スフィールリア。チャンスを逃すまいと、ぶんぶか首を振ってうなづいていた。
「う、うんうんっ! ぜひそれでお願いします!」
「……分かりましたわ」
と、これまでの剣幕がウソのようにあっさりストンと椅子へ腰を落とした。
「ええーーー! 今までのはなんだったんだっちーーー!?」
「……ふん!」
ぷいっと横を向いて応じないアリーゼル。
あんまりと言えばあんまりな急展開にぽかんとしている一同の中で、アレンティアだけがおなかと口を押さえて笑いをこらえている。
「う、うう……必死に対抗してきたあたいっちの立場は……」
「たしかにこのままじゃ、イェルちゃんの矛の納めどころがないまんまだね」
「アレンティアさん、そこに関してもなにか秘策がっ?」
期待してわくわくと肩を揺するスフィールリアにアレンティアは「うむ」とうなづき、一同の注目を集めるようにして人差し指を立てて見せた。
「状況を整理してみよう。まず、イェルちゃんが張った結界によってわたしたちは遺跡に誘い込まれた。その結果スプリガンに襲われることになった。このアリーゼルちゃんの見解は正しい」
「う、うぅ……その通りだっち。申し訳ない~」
「でも、この通りイェルちゃんの謝罪はすでにもらってるし、スフィーたちを助けてもらった恩義があるのも事実。では一番イイ、ことの納め方は、なにか」
「はいっ! お互いに謝って仲直りすることだと思います!」
元気よく手を上げて宣言するスフィールリア。
しかし、アレンティアは首を横に振ってアリーゼルを見やる。
「……わたくし、それでも魔術士はキライですわっ」
ぷいっとそっぽを向く彼女の様子に、ほらねと言いたげに肩をすくめる。
「じゃあ、どうするんですか~」
「だから、状況をもう一度よく見つめ直してみるんだよ」
「ええ~?」
よく分からないというように首をかしげる術士たちの前を、つかつかと往復するアレンティア。
「さて。前述の通り、イェルちゃんの結界の『おかげ』で、わたしたちは遺跡にたどり着きました」
「うう……」
「……」
「でもそのおかげで『エムル鉱石』もいっぱい取れたし、ほかにもレアなアイテムいっぱい手に入ったよね?」
「た、たしかに……」
「あの時のみんな、よろこんでたなぁ~。荷物いっぱいいっぱい作って。アリーゼルちゃんなんかも、うれしそうに『もっと奥地にいきたい』って言ってたよな~」
「うぐっ……!」
ぎくりと震えるアリーゼル。
このころには、みんな、彼女の言わんとしているところが見え始めてきていた。
「……さて。危ない目にも遭ったけど、いいこともいっぱいあったわけだ。……でもそのおかげでスプリガンを呼び起こすことにもなったわけで……」
『……』
「スプリガンの銃弾、痛かったな~。ね、キアスさん?」
唐突に話を向けられて、キアス。興が乗ったように顎ヒゲを揉みしだきながら、
「死ぬかと思ったな」
ギクリと震える術士組。
「ね、フィオロさん?」
「はい。一発当たっただけで死んでたと思います。スリル満点でした」
ギ・ギ・ギ……と姿勢を低くしてゆく術士四人プラス魔術士。
それを見て、満足したようにうなづいたアレンティア。ぱむと手を打って、次のような問いを投げかけた。
「さて。今回の件で一番、苦労をすることになったのは、果たして、だれでしょ~う?」
『………………』
答える者はいなかった。
ただ全員が、静かに立ち上がった。
そのまま無言で。綴導術士と魔術士五人は示し合わせたかのようにアレンティアたち護衛組三人の前に整列し。
そして、一斉に頭を下げた。
「すいませんっっっしたぁ!!」
「よしよし。これにて一件落着! で、いいよねっ?」
そういうことになるしかなかった。
◆
「ところで、イェルちゃんはどうして森にそんな結界を張ったの?」
「修行のためだっち……とある理由があって、師匠から言いつけられて、『とあるもの』を探して集めてる旅の途中なんだっち」
「とあるもの?」
と首をかしげる一同に、イェルは黒ローブの下に下げていたネックレスを取り出して見せた。
ネックレスの先には、燃えるような輝きを宿す、不思議な鉱石のかけらのようなものが飾られていた。
「『精霊王の契約球』だっち。砕けて世界中に散っていっちゃったコレを集めて、〝精霊八花〟の意思を束ねることが、あたいっちに課せられた〝一人前〟の試練になるんだー」
「へぇ……」
「その途中で、だれにも邪魔されない拠点兼住家になる場所を探してたんだけど……」
場所は小屋を出て若木の下。
荷物をまとめて出立の準備を済ませた一同と同じく、大きな大きな荷物を背負っているのが、今のイェルだ。
これにアレンティアがうなづいた。
「うん。この場所はもうダメだね。もうじき本格的に王室の調査団の手が入ると思う。早めに撤退するのが正解だろうね」
「……おねえさんは、あたいっちを捕まえなくてもいいん?」
「本来なら、そういう立場にいるんだけどね~。でも、スフィーたちを助けてもらった恩もあるし。非番だし。お茶もおいしかったしね!」
「あ、ありがとうだっち!」
ぺこりと頭を下げるイェルの行く末を思って、スフィールリアはなんだか他人のような気がしなくて、こんなことを提案していた。
「ねぇ、イェル。よかったら、あたしの家のそばの森にこない?」
「……王都の<アカデミー>だっち~? 都会はニガテなんだけど~」
「うん。こないだ掲示板の先輩に聞いたんだけど、森の新しい環境調整管理者さんを募集してるんだって。イェルならぴったりなんじゃないかなって思ったの。都会って言っても森の中だし。この森よりは調整も難しくないだろうし、そこそこに広いから、ここみたいな小屋作っても怒られないんじゃないかな?」
「ほ、ほんとだっち!?」
「うん。よかったら、あたしから話をしてみる。それでも、試験とかあるかもしれないけど」
イェルは勢いよくスフィールリアの手を取った。
「あ、ありがとうだっち! 恩に着るよ! ほんとだよ!」
「いいよいいよ、師匠に言われて、て、なんだか他人のよーな気がしないしさ~」
「……ふん。お人よし」
なんだかまだへそを曲げ気味なアリーゼルにふたりで苦笑いを返してから、
「えへへ~。スフィーっちは、いい人だっち。それじゃああたいっちも、たまにスフィーっちのお仕事手伝うよ。魔術工房ができたらお知らせするっちー」
「わっ、ありがとう! 魔術工房って、綴導術じゃ作れないものも作れるから、助かるよ~」
「えへへ、お安い御用なんだー。スフィーっちは、あたいっちの友達だっちー」
「……ふん。……わたくしの方がお友達歴は長いんですの……」
「ん? アリーゼル、今なんか言った?」
「なんでもありませんわよっ!」
一同が苦笑いをしてその場を納め、出発の運びとなった。
こうして、スフィールリアたちは学院に帰還した。
◆
「エムルラトパ遺跡の『エムル鉱石』だと?」
「はい。これと同じものがいっぱい採れたんですよ」
数日後のテスタード工房にて。
誇らしげにスフィールリアが提出した『エムル鉱石』を引っくり返しながら眺めて、テスタードは気のない風にこめかみをかいた。
「まさか、遺跡にたどり着くとは思ってなかった。……〝外〟にある『エムル鉱石』がよかったんだけどなぁ」
これに「えっ」と声を上げるスフィールリア。
「なにか違いがあるんですかっ? むしろ遺跡から直接採ってきた方が、質がいいぐらいに思ってたのにっ」
「いやま、『殺す』手間がちょいと増えるだけだし、品質についてはその通りなんだけどな」
「殺す……?」
訝しげな顔を見せるスフィールリアに、テスタードは鉱石の板を引っくり返す手を止め、ニヤリとした視線を投げてきた。
「『エムル鉱石』の〝正体〟を教えてやるよ」
「正体、ですか」
「見てろ」
と言ってテスタード。そのまま『エムル鉱石』に対してなにごとかのタペストリー・コードを送り込んだようだった。
そして。
「わっ!?」
スフィールリアが驚いた。
テスタードの手の中にあった『エムル鉱石』がグニグニと胎動したかと思うと……たちまちに形を成し、そこには『スフィールリア』のフィギュアができあがっていたのだ。
しかも、ちゃんと色まで再現されているから驚きだ。さっきまではただの青っぽい板だったのに。
スフィールリアは自分の形をしたフィギュアを受け取って、ためすすがめつ眺めながらも興奮した声を出していた。
「な、なんですかこれ! すごい……すごい!」
「コイツの正体はな……『ナノマシン』だ」
「なの……ましん。ですか? なんですそれ?」
「目に見えねーぐらい微細な生きた〝細胞〟の集合体だ。そいつらが与えられた信号に沿って分子配列を変えて、どんな性質、どんな形状にも変化する。そういうシロモンだ。いわゆる〝ロストテクノロジー〟のひとつだな。魔術士の時代の」
「すごい。こんなのが……でも、センパイ?」
「あん、なんだ?」
スフィールリアは顔を赤らめて、自分のスカートをちょっとだけたくし上げて見せた。
「……あたし、スカートの下は短パンはいてます。あと黒いパンツなんて持ってませんよ」
「そっか。次からは再現するよーにするわ」
「次て」
「まぁそれにしても。ほかにもずいぶんとゴチャゴチャ、いろんなもん拾ってきたみてーだな。……これは、『キルトの実』か。こんなに食えねーだろ。捌くアテはあるのか?」
「あ、はい。これは今度みんなで<アカデミー・マーケット>に流して、折半しようって話になってて」
「<アカデミー・マーケット>か。つっても大した額にはならんだろーがな……」
「ま、まぁ。ほかにもいろいろありますし。これはそのひとつってことで」
「甘いな」
「えっ」
「言ったろ。今の学院はお祭り気分だ。それに乗じないヤツはバカだね。どんなにがんばってるつもりで学院にしがみついたって、しょせんは三流止まりで終わりだろーよ」
「……て、て言うと?」
新たに拾い上げた『エムル鉱石』の端を、自分の額にコツコツと当てながら、〝黒帝〟は。
「俺ならこの『キルトの実』。十倍の値段にして捌いて見せるね」
「……!」
「乗るか?」
と、強気に笑うのだった。
◆