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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
66/123

(3-09)


「あれ?」


 最初にその変化を見つけたのは、『赤き薔薇の長剣』で下草を切り開きながら先頭をゆくアレンティアだった。


 全体の行進が止まる。

 なにかを見つけてアレンティアがしゃがみ込んだようなので、一同もそこを覗いてみる。


「人工物……だよね、これ?」


 彼女が見つけたのは、元は〝壁〟の一部であったと思しき石材だった。


 付箋を貼っていた図鑑を開き、フィリアルディが確認するように目を瞬かせて、うなづいた。


「色味や質感、全部合致してます。『エムル鉱石』です。でも、これ……」


「欠片じゃないね。これ、遺跡だ」


 アレンティアの言葉の通りだった。石は、土中にある基礎構造から生え出しているようだったのだ。

 明らかに、なんらかの建物か壁の〝跡地〟だった。


「大当たり、引いちゃった?」


 森はすでに真っ暗闇に近い。木々の高さは数十メートルを超え、そのはるか頭上に、わずかばかりの光が見えるていどである。


 アレンティアがガスランプの光量を上げて、全周囲を照らすように掲げる。

 薄ぼんやりと、同種のものと思われるシルエットが浮かび上がってくる。


「もうちょっと光がほしいね」


「あ、じゃあ、あたしが照らします」


 スフィールリアがポーチから触媒となる石を取り出して、タペストリーを編み込んだ。

 彼女の手のひらにまばゆい光球が発生する。

 それを数十メートル頭上に上昇させて、弾けさせた。人工の太陽が生じる。そして――


「……!」


 一同が息を呑んだ。

 遺跡というよりは――文明跡。

 どちらも同じようなものであるが。そう称した方がしっくりくるのではないかとスフィールリアは思った。

 それほどの規模だったのだ。


「街が……森に、沈んでる……」


 少し進んだところには断崖があった。


「……」


 その下に〝都市〟は広がっていた。


 本当に広い。少なくとも光が照らし出す限界の範囲よりもずっと広く、続いている。


 石の都。

 そう称するのが適しているかと思われた。

 ほぼすべての建物が、やや青みを帯びた『エムル鉱石』によってできている。


 整理された区画。十数階建ての建築。壮麗な装飾。街の中央には神殿か、なんらかの政治中枢にも見えるひときわ巨大な建造物も見て取れた。


「すごい……」


 彼女たちの来訪によって、空気の流動でも生じたのだろうか。巨大な木々に持ち上げられていた建物のいくつかが崩れ落ちて、静寂に満ちる森と、スフィールリアたちの足元を揺らした。


「こりゃすごい。『エムル鉱石』取り放題じゃない?」


「だが、注意するべきだ。ここに遺跡があるということは、いつの間にか〝奥地〟に食い込んでしまったということだ。ガーディアンがいるかもしれない」


「ですが、静か、ですね……」


 護衛職たちがまず気にしたのが、そう、周囲の気配だった。

 術士四人を囲うように展開して全周囲の気配を探っていたが……特に、動くものの気配はない。


 まったくと言ってよいほど、ない。


 静かだった。


「大丈夫そう、ですかね?」


「うん。いまのところ心配はないみたい。ガーディアン自体、ガセネタだったのかもね」


 アレンティアほどの戦士がそう断言するほど、なにもないらしい。

 スフィールリアはうずうずと肩を揺すった。


「あのぅ、もしよければ、あの〝街〟に降りてみたいんですけどぉ」


「街に?」


「あ、危なくないんですか、スフィールリアさん?」


「うん。ここから見た限り、すっごい貴重な樹とかが生えてる。レアな素材とか取り放題かも。いい収入になるよ」


 収入、という言葉に、ほか術士三人の耳がピクリと反応した。


「お、お金、ですか~」


「……たしかに。あれなんかは、おそらくコルクトの樹ですわ。その実は、おひとつあたり1アルンは下らないかと」


「……リノ先生に聞いたことある。『コルクトの実』は染料にしても、すごーく上等な『霊繍糸』ができあがるんだって」


「それに、すごっく美味しいんだよね。あたし、昔一個だけ食べたことあるんだぁ」


 ごくり……!

 と、四人が喉を鳴らした。

 その様子を見て顔を見合わせ、苦笑いをしたのは護衛陣である。


「いってみよっか。君たちを守るのがわたしたちの仕事。だからねっ」


「違いない」


「お金、ですか~。いい響きです……」


 そういうことになり、一行は断崖を迂回する道を探し……市街へと入っていった。




「わおーー! すっごいすっごい! ねぇねぇ見て見てアリーゼルこれ! これ、『ゲッコウカガリダケ』! こんなにいっぱい!」


 スフィールリアが、ランタンのように光るキノコをカゴいっぱいにして掲げて見せた。


「ふっ。甘いですわね。これをごらんなさい! ――『水晶ブドウ』ですの! 粒も大きいし、これひと房でひと財産ですわ!」


 アリーゼルが掲げた、ぼんやりと発光するブドウに、スフィールリアが「ひえ~~」とうれしそうな悲鳴を上げた。


「『コルクトの実』……こんなに取れちゃった……いいのかな、いいのかな……! 先生よろこぶかな……!」


 同じくカゴいっぱいに樹の実を乗せたフィリアルディが、オロオロそわそわ右往左往としている。


「おいひぃ……おいひぃでふね、フィーロ……!」

「このようなものはわたひも初めて口にいたふぃまふぃふぁ……!」


 それら自然の恵みをリスのように頬袋いっぱいにほおばったエイメールとフィオロが、静々と涙を流している。


 一方の護衛陣。


「とう! せや! てい!」


 アレンティアが『赤き薔薇の長剣』で、遺跡の壁をスパスパと気持ちよく切り落としている。

 それを見物しているキアスが、


「お見事」


 などと顎ヒゲをさすったりしている。

 彼女の横には、綺麗に板状に切りそろえられた『エムル鉱石』が、組み立て待ちの建材のように重ねて置かれている。


「わっ、すごいアレンティアさん。これならそのまま、建物にも使えちゃいそうですね」


「やー、『エムル鉱石』取り放題だねぇ! なんだか微妙~にやわらかいから斬りやすいわー」


「やわらかい、ですか?」


「うん。ちょっと硬い粘土みたいな手ごたえだよ~」


「へぇ……!」


「この石材は、騎竜に乗せてゆくのだろう? なら、今度はわたしの出番だな」


 そう言ってキアス。段重ねに置かれた『エムル鉱石』の板材の前に立ち、超大剣を大上段に構えて――


「――むん!」


 まるで巻き割りのようにあっさりと、まとまった板材が半分に断ち切られた。


「わっ、すごーい! いっぺんだ!」


「たしかにやわらかいな。石というか……石のような、筋肉質なモンスターの肉のような……不思議な手ごたえだ」


 それをさらにもう一回。

 いい感じなサイズになった石材をロープで縛って、騎竜の両サイドにくくりつけてゆく。


「えへへ~、騎竜ちゃん。こっちの木の実とかもいっぱい乗せてね、よいしょ、よいしょ」


 さらにいろんな素材が満載された袋などを乗せられて、騎竜が「クエェ」とうれしそうに鳴いた。

 その場で地団太を踏み、身体ごと荷物をゆっさゆっさと揺する。「まだ乗せられるぞ!」と言っているようだった。

 騎竜に使われるこの竜種は、力比べが大好きなのだ。ゆえに、荷物持ちにも心強い。


「奥の方にいったら、まだまだほかのレアアイテムが手に入るかもしれませんわよ。いってみません?」


 非常にワクワクした様子のアリーゼルに、一同が二もなくうなづいたのだった。


 街の中央部にゆくと、おそらく街で一番大きなものと思われる建物があった。


 その手前の大通りにて、これでもかと言うほど蓄え込んだ戦利品を広げて大はしゃぎをしているのはアリーゼルとエイメールだ。これは騎竜に乗せ切らず、自分たちもいっぱいに背負ってゆくつもりだろう。


 一方でスフィールリアは、その一番大きな建物の壁に施された装飾文字と睨めっこをしていた。


「どうしたの、スフィールリア?」


「あ、フィリアルディ。『コルクトの実』はもういいの? ……えっとね、この文字なんだけど……」


「うん」


「前に、<ルナリオルヴァレイ>で見た文字に、似てる……気がして」


「えっ? でも、あれはあの土地由来じゃないものが混じってて……それじゃあ、これは」


「うん。今の王家に大陸統治を引き継ぐ前の文明……てことはひょっとしたら、あの文字の文化の系譜を継いでるのかも、しれない」


「こんなところに……」


 とスフィールリアが熱心に文字を写植しているところに、アレンティアの呼び声がかかった。


「お~い。こっちになんかあるよーっ? ディングレイズ王家の紋章が彫ってある!」


「ディングレイズの? なんでここに?」


 一同が集まってゆくのを見て、スフィールリアも一旦書き写しの手は止めて、フィリアルディといっしょに小走りに駆け寄っていった。


「ほら、これ」


 アレンティアが呼びかけてきていたのは、建物の正面ホールへと続く玄関口へ、少し入ったところだった。


 さらに奥には暗闇が続いている。石製の大きな兵士に両脇を守られて、まるで霊廟のような静けさをたたえている。

 が、彼女が見つけた品はそれよりははるかに浅い場所に、唐突に置かれていた。


 四角錐形の石碑。

 ちょうどそう、車両通行止めの目的で置かれるガードのような雰囲気だった。


「友達が……眠い……、邪魔を…………? あ~、なんかヘンな形してて読めないな~」


「古語ですわ。初期ディングレイズの」


 頭を抱えたアレンティアと入れ替わって、アリーゼルが石碑の文字に指を滑らせながら、目を通してゆく。


「そんなに小難しいことは書いてありませんわね」


「アリーゼル、読めるの?」


「当然ですわ。これくらい、フィルディーマイリーズ家の一員なら小等部の子供でも読めますの」


 アリーゼルは末っ子なので、まぁ要するにそのころから読めていたぞということだろう。

 一同の「読んでくれ」という無言の催促に応じて、アリーゼル。再び指をなぞらせながら、少しだけ得意げに、石碑に刻まれた文字を読み解いてゆく。


「ええ……古き友人らに捧ぐ。何者もあなたたちの眠りを妨げぬよう。時の旅人、そして友人たちよ。何人たりとも、この地には触れるべからず――」


「……」


「――初代ディングレイズ王。ルインフュトラウム」


 その瞬間だった。石碑に変化が起こった。

 彼女がなぞった文字が、彼女の指に反応するように、赤く明滅を始めたのだ。


 ぎくりと硬直する一同。

 アリーゼルが油の切れた人形のように背後の面々を振り返って、汗をひと筋、落とした。


「触れて……しまいました、の?」


 また、その時だった。さらなる変化が起こる。

 正面ホールの照明が、一部復活した。


「っ!」


 照らし出されたのは、ホールを守護するように佇んでいた巨人の兵士たち。

 さっきまでは建物と同じ『エムル鉱石』の色でしかなかったソレが、まるで最初から別のものであったかのように変色を始める。


「危ない、みんな! 下がって!」


 アレンティアの号令と、色を取り戻した兵士たちが立てかけられていた武器を取って壁の『窪み』から歩み出してきたのは同時だった。


「ガーディアンかっ!」


「お嬢様方、こちらへ! 早く!」


「ひ、ひえええ~~、なんか怖い~~~!」


 転がるようにして駆け出す術士四人。彼女らを護るように護衛陣三人がしんがりを勤め、兵士たちを向いたまま小走りに後退してゆく。

 動き出した兵士の数は六体。そうしている間も、彼らは一歩、また一歩とアレンティアらへと歩み寄ってきている。


 スプリガン。

 それは、一体一体がキアスより頭ふたつ分は大きな甲冑兵だった。

 がっちりとした体格(フレーム)にまとう甲冑の、どこか流麗なフォルム。鋭い一対の輝く目。

 たしかに、森に入る前に集めたスプリガンの特徴と、いくらかが合致している。


 そうなればランクは推定でもAということになる。それが六体。

 なんの用で動き出したのか――少なくとも、武器を取って出てきた以上は、歓迎や案内のためということはないだろう。


 つまり、


「先手必勝。しかける!」


 すでに『赤き薔薇の長剣』を引き抜いていたアレンティアが、シッと吐いたそのひと息でスプリガンの一体に肉薄していた。

 鉄をもたやすく切り裂く『赤き薔薇の長剣』が、殴りつけざまに振り切られて――


「――!」


 しかし剣は敵の装甲に届きすらしなかった。蒼色の力場に空間がぐにゃりと歪んで、そこに『赤き薔薇の長剣』の刃は受け止められていた。

 ――奏気術!


「――マジっ?」


 どこかうれしそうに叫ぶアレンティア。


「危ない離れてっ!」


 フィオロが叫ぶころにはアレンティアが横へ跳んでいた。彼女がいた場所に、別のスプリガンの剣が打ち下ろされたところだった。

 ふたりの下へ後退するアレンティア。

 そして――六体すべてのスプリガンの目が、明確に、こちらを向いた。


「くるぞ!!」


 瞬間。

 スプリガンたちは腰溜めに腰の位置を落とし――走るにはおよそ向かないその体勢で、一気に地面を滑ってきた!


「速いぞ!」


 足裏に車輪でもついているのか。いやよく見ると違う。足の底が浮いていて、地面すれすれを滑空してきているのだ。

 スプリガン六体は非常に連携の取れたジグザグ機動でそれぞれの位置を撹乱しつつも、肉薄してきた。


「せい――やぁ!」

「ぬぅ、ああッ!」


 アレンティアとキアス。それぞれが〝気〟を込めた一撃で一体ずつをブン殴り、力場ごと後方へと転げさせる。しかしフィオロの一撃だけは力不足だった。


 合計で四体のスプリガンが護衛陣の防衛線を抜け、スフィールリアたちの背中を追っていった。


「いかせるか――てぇ・の!!」


 ドン、と衝撃波を立ててアレンティアの姿が掻き消える。

 音速の〝茨の道〟へと入ったアレンティアがスプリガンの前面に回り込み、さらに二体を弾き転ばせた。

 そして――


「ぬうううううう……」


〝――――!〟


 その時には同じ速度で、キアスがスプリガンの頭上に飛び上がっていた。

 真下へ突き下ろした超大剣に、莫大な赤の〝気〟が注ぎ込まれ、


「おああああああッ!!」


 ゴゥン――と、どこまでも高く低く伝播する衝突音。

 キアスの超大剣に頭から股間までを叩き潰されたスプリガンが、まるで血しぶきのように火花を噴き散らかし……

 爆発した。


 もう一体の併走していたスプリガンは、危険を察知してか右方向に回避機動を取っている。

 だがそこには、すでにアレンティアがいた。


「ふっ――!」


 研ぎ澄まされた緋色の〝気〟をまとう『赤き薔薇の長剣』が、ガツンと音を立てて障壁を貫いていた。

 スプリガンの胴体ごと。


〝――〟


 そして、また爆散した。

 残りスプリガン、四体。


「ばかっ――荷物は捨てろっ! あとで拾えばいいっ」


「は、はい~!」


 アレンティアの叱咤に、道に置いていた荷物へと群がっていた四人が騎竜を連れて、再び一目散に駆け出す。


「ひとまず建物の影に隠れろ!」


 というキアスの声と、スプリガンの次手は同時だった。

 そのころには体勢を立て直していたスプリガンたちが再度のホバリングで迫る。

 迎え撃とうと剣を構えた三人。だが瞬時に異変を感じ取り、それぞれ場を飛びのいていた。


「――――!!」


 爆音が連続する。

 腕を突き出したスプリガンのそこから、嵐のように銃弾が吐き出されていたのだ。


 一旦は護衛陣三人に標的を定めていたスプリガンたちだったが、彼女らが飛びのいたことで術士四人の背中が見えた。

 そちらへターゲットを変更しようとした瞬間、その射線上に、再びアレンティアとキアスが舞い戻って割り込む。


「――おいで、〝庭の薔薇たち(ガーデン・ローゼス)〟!」

「……ふん!」


『薔薇の鎧』がアレンティアの全身を包み、マントをひるがえした。同時、キアスが超大剣を壁にするように地面へと突き立て、その影に隠れる。

 瞬間。


 アレンティアのマントとキアスの剣に、おびただしい火花が舞い踊った。


「いたたたたたた! マントと〝気〟の防御でもちょっと痛い!」


「かなりの大口径だな。おまけに向こうも〝気〟を込めてきている。こちらも押され気味だ」


「後退しよう! 大通りじゃ向こうのフットワークが軽すぎる!」


「しんがりを勤める!」


「ありがと!」


 バッとマントをひるがえしてアレンティアが一気に後方の建物へと走り出す。スフィールリアたちもまだ走っている途中だ。

 射線軸に鋼鉄の塊である超大剣を盾にしたキアスが陣取って、一歩、また一歩と下がってゆく。すさまじく重い衝撃の雨を受け止めながら。


 一方でアレンティアが目測をつけたあたりに、やはりというか、別のスプリガンが回り込みつつあった。一番速かったのはスフィールリアの反応で、『キューブ』を構えているが、間に合わない。


「せい……やああああ!!」


 キアスの護る直線をずれて危うく銃弾にマントを叩かれながらも、アレンティアが超速でスプリガンの前に割り込んで一刀を振るう。


 先と同じ一撃を食らわせたつもりだったが、弾かれた。

 見れば、スプリガンの色が変色していた。

 先までは青基調の白だったものが――真紅へ。


(強くなったってことっ!?)


 が、同時に、弾いたとも言えた。紅きスプリガンがかなり遠方まで転がってゆく。

 そして、術士四人組が建物の隘路に滑り込んだ。

 機銃の斉射も同時に終わった。カランカランと乾いた音を立てて、巨人の手首で高速回転していたリングが、止まる。


「キアスさん、今っ! 走っていいですよ!」


 スフィールリアの声に、キアスが大剣を担いで走り出す。

 その背めがけて、逆の手首を突き出したスプリガンが――


「いっくぜぇ~、『レベル6』ぅ~」

「『キューブ』ですのっ!」


 ふたりの指先から打ち出された『レベル6キューブ』が不規則な軌道を描いて、キアスとスプリガンたちの間の地面に着弾。

 爆音と、猛烈な砂埃が舞い立つ。

 キアスが、合流する直前に、叫んでいた。


「走れっ!」


 言われた通りに走り始める。間にスフィールリアらを挟んで先頭にアレンティアとフィオロ。しんがりはキアスという隊列で路地を折れ曲がりながら走り続ける。


「キアスさん、フィオロさん、敵の〝色〟に気をつけて! 紅くなってた――なんか、だんだん強くなるみたい!」


 細かいやりとりはしない。ひとまず言われたことそのままを受け止める。


「なんと」

「了解した」


 その瞬間だった。

 隊列のど真ん中の地面に、光り輝く術式陣が現れる。


「うそっ!?」


 陣の中から、隊列に、一体のスプリガンが現れて割り込んできた。紅い。


「みんな、下がってッ!!」


 アレンティアが叫ぶが、フィリアルディがその場にへたり込んでしまう。

 巨人が腕に保持した光のブレードを振りかぶり――


 その動きが、ぎしり、と止まった。


「……?」


 まるで、体中を縛られてでもいるようである。いや、よく見ると、スプリガンと地面の間に〝糸〟のようなものがわずかに見て取れる。


 フィリアルディが、心底から怖かったというような表情で、顔を上げた。


「で、できた……先生の『影縫い』……!」


「ナイス」


「ですわ!」


 アリーゼルが放り投げた瓶をアレンティアの『赤き薔薇の長剣』が断ち斬る。同時、瓶から生じた七色の光をまとったその剣で、スプリガンの頭を跳ね飛ばしていた。


 首から電光を発しながらスプリガンがくずおれる。


「残り三体……だけど、道に入り込んで各個撃破もむずかしいのか! タチが悪いねぇ! 走ろう、少し広い道に出るよ!」

「は、はいっ」


 再び走り出し、大通りと言うにはやや狭い通りに出る。

 ほかの隘路から一体のスプリガンが飛び出してくる。赤黒い色になっていた。


「強そ~う」


「強化されていると見て間違いないな」


「ほかの二体が追いついてくる前にケリをつけたいところです」


 赤黒いスプリガンは目標が全員固まっているのを見て、再び機銃を構えてきた。

 スフィールリアたちは一目散に路地に逃げ込んだ。

 その盾となり、キアスが超大剣を構える。

 また機銃が回転し、猛烈な火花を散らせた。


「キアスどの! そのまま〝道〟になってください!」

「承知した! ――ぬううううううう!」


 鋼鉄の塊を頼りに、強引に、そして猛烈に走り出すキアス。その背についてフィオロも駆ける。

 業を煮やしたスプリガンが射軸を変えようと身じろぎをした瞬間、盾の範囲からフィオロが飛び出していた。


(攻撃をしている間なら、障壁は解除しているはず――!!)


 蛇行して駆けるフィオロのあとを弾雨が薙いでゆく。照準がだんだんと合わさってゆき、ついに彼女を捕らえようとしたところで――


「はああああああああああッ!!」


 踊るようなステップで最後の回避。そして裂帛の気合とともに込められた渾身の〝気〟を伝えたダガーが、スプリガンの胸部装甲を貫いていた。

 火花を散らしてくずおれる。


「残り――!」

「二体――!」


 キアスとアレンティアがそれぞれ振り返った先から、真っ黒なスプリガンが飛び出してくる。

 挟撃の形。だが、完全な一対一を再現できるなら、ふたりにとっては陣形などもはや大した意味を持たなかった。


 爆発的に地を蹴ってそれぞれの目標に肉薄するキアスとアレンティア。


「ぬうううううううあ!!」

「せえええええええい!!」


〝気〟を込めて大振りに振った剣が、すさまじい衝撃とともにスプリガンたちを逆方向の空へと弾き飛ばしてゆく!


「すごいです!」


「でも、あれでも斬撃が届いていないということですわ! なんてバケモノですの!」


「大丈夫……アレンティアさんたちが、負けるはず、ない!」




「うれしいこと言ってくれるねっ!」


 脚に〝気〟を込めて十数メートルを跳躍するアレンティアの視界の先で、漆黒のスプリガンが体勢を立て直しつつあった。

 背面バーニアを吹かしてこちらへ飛んでくる。

 だが――


「みんなから距離が取れれば! こんな大技だって――使えちゃうのよんっ!」


 適当な屋根の上に立ち、『赤き薔薇の長剣』を天へ掲げるアレンティア。

 その刀身から大量の薔薇が伸びてきて――そして――一斉に燃え上がった。


「燃え散りなさい」


〝――――!〟


 長さにして数メートルはある紅蓮の業火をまとった剣を、振り下ろす。

 スプリガンは空中で回避軌道を取ろうとしたが、遅かった。

 猛烈に広がった炎はスプリガンを飲み込み――スフィールリアが打ち上げた〝太陽〟よりもまぶしく都市を照らし出し、そして……


 その炎が消え去った時、あとにはなにも残されてはいなかった。




「わたしには、あのような(あで)やかな芸はなくてな」


 一方のキアス。

 同じように猛烈な速度でこちらへ向かってくるスプリガンを見据え、超大剣を大上段に構えた。


「――なので、無骨だが。叩き潰させてもらう」


 それが、キアスの最強の攻撃にほかならなかった。

 大質量な剣が目いっぱいになるまで〝気〟を込める。そして、走る。

〝気〟で限界まで強化した肉体を駆使する。筋肉をしならせ、軸となる骨の向きを制御して、キアスは助走をつけながら大回転をしていた。


「ぬうううううううううううアァッ!!」


 標的と目が合った瞬間に、キアスは超大剣を〝発射(リリース)〟していた。


 悪魔的な速度と威力で迫る鋼鉄の塊を、真正面から受け止めるだけの術は、さしものスプリガンも持ってはいなかった。

 片腕を捨てる判断をして、障壁も最大出力にて、超大剣を弾く。子供に叩きつけられたおもちゃのようにあっけなく砕け散るスプリガンの右腕。


 軌道をそらされた剣は大回転をしながら、真上の空へすっ飛んでゆき――大翼樹の枝が持ち上げている街の一区画に着弾した。もう剣の回収は不可能だろう。

 そこまでを見届けたスプリガンは、片腕を失いつつも、しかし悠々と屋根のひとつに着地。残った腕に光のブレードを展開した。


 だから、キアスがうなづきながら口にした言葉の意味は、分からなかった。


「そこでいい」


〝――――〟


 そして、潰れていった。

 大樹に持ち上げられていた街の一区画。

 それが、キアスの超大剣が衝突したあまりの衝撃に、すべて崩れ落ちてきていたのだ。

 圧倒的な質量に飲み込まれ、なす術もなく――スプリガンは押し潰されていった。


 ごりごりと首を鳴らして、キアス・ブラドッシュ。


「芸といえばひとつ、こんなものがあった」


 その腕輪のついた腕を掲げると――スプリガンを押し潰した膨大な瓦礫の中から、超大剣が回転しながら飛び出してきて、彼の前に突き立った。


「回収の機能ぐらいはついているのだよ」




「うおー、すごい、すっごい! アレンティアさんもフィオロさんもキアスさんも最高ー!」


「ほとんど援護するヒマも必要も、なかったですわね……」


「よ、よかった……」


「わ、わたしなんて、なにもできませんでしたよ……!」


 やっと人心地をついた術士四人組が、それぞれ安堵の息を吐く。

 その時だった。

 こちらへ戻ってきているアレンティアの顔色が一変した。


「スフィー、みんな、危ない離れてッ!!」


「え――?」


 ズギュル。という音を、背後で聞いたような気がした。

 フィオロが倒して、その場にくずおれていたスプリガンだ。その胸部の傷跡に肉のような盛り上がりが生じて、急速に塞がってゆく……!


「生体パーツ!?」


 アレンティア、キアス、フィオロが必死の形相で戻ってこようとしているが、遅い。

 スプリガンの双眸に、光が戻りかけて――


「危ないよ~ん。そこな人たちー、伏せるっちー!」


 そんな声が、空から降ってきた。


「!」


 なにごとか分からないまでも、ほかにできることがなく言う通りに地面へ体を投げ出す四人。

 その瞬間。


「――炎よ!」


 (よみがえ)りかけていたスプリガンが、爆散した。

 頭を押さえているスフィールリアたちの上に、焦げた破片(パーツ)が数個ほど跳ね返る。

 それほどの威力だった。


「うへ……な、なにが……?」


「あーぶないところだったね~。あたいっちーのおかげだぁ!」


「え……?」


 やはり、その声は〝空〟から降ってきた。


 全員が見上げると――そこに、いた。


 黒い長衣から覗く足をぷらぷらと。

 ねじくれた木製の〝杖〟に腰かけて。

 燃える炎のように紅く、波打った髪の毛を持つ少女だった。歳のころは、スフィールリアと同じくらいか。


 ぽかんとしているアリーゼルたちへ向けて、少女は、ばっ、と手のひらを差し向けた。


「おっとぉ、あたいっちのことは詮索しないでやってくだせぇ。あたいっちはただの通りすがりの、正義の味方でぇ~ございやんす!」


「つ、つまり、なんなんですの……?」


 ふらふらと起き上がりながら二の句を紡げずにいるアリーゼルたち。

 彼女らのうしろで、スフィールリアはただ呆然と、つぶやいていた。


「魔術士……」


「え……?」


「ギクリ」


 魔術士――

 その言葉の意味するところを理解するのに、アリーゼルたちは数秒の時間を要することとなった。




「まっ、まっ、まっ、スフィールリアさん今なんて!? まっまっまっ」


「魔術士、ですの!? あれが!?」


 アリーゼルが空中の少女を指差した瞬間――別方向で――先ほど逃げてきた一番大きな建物から、哨戒灯(サーチライト)のような光が上がる。


「おっとぉ、こりゃヤバい。お嬢さん方、このままじゃさっきと同じのがうじゃうじゃ出てくるけど、それでもいい!? あたいっちはダメ!!」


「えっ? いえあのその……わわ、わたくしたちだってダメですわよそんなの!」


「じゃあ逃げるが勝ちだよっ! 最短ルートで街を抜ける――ついてきて!」


 そう言うが早いか、杖に乗った少女。すい~~っと宙を飛んでいってしまう。


「なんなんですの」


「今は脱出が先だ。追っかけよう! うじゃうじゃはヤバいよ!」


 追いついてきていたアレンティアがそのまま走り抜け、その勢いに釣られるままに、一同は全力で市街を走り抜けていったのだった。




 そして、市街を脱出し……


「ここまでくれば大丈夫だよ。アイツら、遺跡の守護しか考えてないから」


 必死の思いで走ってきた術士四人は、息を切らしてダウンしていた。

 その彼女らの替わりに、杖に乗った少女に話しかけるアレンティアたち。


「あー、さっきは危ないところを助けてくれて、ありがとうね」


「で、恩義ある君にこのような問いかけは不躾かとは思うのだが。君は何者なのかな? こんな奥地で、見たところ、護衛もつけていないようだが」


「あーいやいや、あたいっちのことはどうかお気になさらず、ご心配もなさらず」


「と、言われてもなー」


「スフィールリアお嬢様は先ほど、魔術士がどうとか……」


「ギクリ」


「ギクリて」


「君は、魔術士なのか?」


「あー。いやー。うーん。えーと。なんというか」


 非常に困った風に頭をぽりぽりとして、杖の上の少女。汗だくになってへたり込んでいるスフィールリアたちを見て。


「……とりあえず、あたいっちの小屋が近くにあるんだけど」


「……」


「お茶でも、飲んでいきます?」



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