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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
64/123

(3-07)


 一行は<アガルタ山>に到着していた。


<アガルタ山>は、王都から片道で六日間の位置に所在している。


 標高は五千百二十メートル。

 王都の西側に存在している大山脈<キクリエリウム大列剣脈>と同じく、原始大陸の崩壊時に、大陸が引き裂かれる力で隆起したとされている。その当時に大地へ加わった圧倒的な力がさまざまなレアメタルの鉱脈を山の中に宿らせた。


 その埋蔵量は<キクリエリウム大列剣脈>には及ばないものの、<キクリエリウム大列剣脈>よりもはるかに容易に登山と採掘が可能なので、レアメタルの貴重な採掘源として保護されている。


 その名は、かつてこの山に住まっていたという賢人アガルタからきている。……と、言われているが、実際に彼の生家が山岳のどの部分に所在していたのかは、明らかになっていない。

 一説によれば、人間嫌いのアガルタが強力な人払いの術をかけたその庵が、今もどこかに形を留めたまま残っていると言うが。これの真偽も定かではない。フォークロアの類である。


 そして、山の八合目から十合目の真の支配者は、屈強なレッドドラゴン種族たちだ。

 頂上付近に吹き出した魔素が、彼らの卵を育てるのにうってつけだからだ。


 ドラゴン種族の種類は人に使役される下位から、人の力の及ばない上位まで数あるが、レッドドラゴンはその内でも比較的低い序列に入る。ランクBクラスの戦士なら、複数で組めば倒すことができる。


 ……が、いかんせん、数が多い。知能も低くはなく、群れで連携して狩りを行なったりするので、<アガルタ山>のドラゴンには手を出すべからずというのが、冒険者や綴導術士たちの間での共通認識となっている。


「だが、今そのドラゴンどもはいねぇ。かわりに巣くってやがるのが魔竜エルバルファってことだな」


 聖騎士団の装甲竜車に揺られながら、山頂方面を見渡して解説していたテスタードの言葉を、アレンティアが引き継いだ。


「調査によると、すでに追い立てられたレッドドラゴンたちも<アガルタ山>近郊まで戻ってきてるらしいね。でも魔竜がいるせいで戻ってこられない。だからそのレッドドラゴンたちが逗留している地域も、今、危険に晒されてるわけ。だから〝黒帝〟さんが魔竜の討伐依頼を落札したのは、国としても大助かりってことね――倒せれば、だけどね」


 と試すようなアレンティアの最後の言にも機嫌を損ねた様子はなく〝黒帝〟は、


「問題ねぇっすわ。まぁゆっくりエンシューしながら見てればいいんじゃないすか」


 と荷物を枕替わりに、気楽に身を投げ出すのだった。

 竜車内の待機人員たちから次々と口笛の音が上がる。


 この期に及んでは、もはやだれもが彼の自信を強がりやはったりとは疑わなくなっていた。本当に当然のこととしてしか捉えていないから、こうしていられる。ムキになることもないのだ。

 今の彼の中にあるのは、倒した魔竜を捌いて得られる金の勘定、それだけだった。


「おぅ、そうだ助手1。言いつけておいたレベル10以上の『キューブ』……ちゃんと用意してきてんだろうな? 見せろ」


「あっ、はいはい。『キューブ』ですね……どうぞ!」


 スフィールリアは荷の中からケースを取り出し、そこに収まっているのが『キューブ』であることを示してから、彼に手渡した。


「時間がしてたもんで、最大でレベル13までが限度だったんですけど」


「……これと、これと……これが一番デキがいいな。よしよし、まあまあの成果じゃねぇか。それじゃあこいつは今、買い取ってやるからな。ひぃ、ふぅ、みぃっと」


 という具合である。

 得られるはずの報酬と、こうして事前に支払う代金などの計算が楽しくてしかたがないといった風だ。

 と、そうこうしている間に、部隊の行進が止まった。

 先頭の方で声が上がる。


「敵襲! クラスB!」

「三班が迎撃に当たります!」

「円周警戒輪! 荷を護れぇ!」


 ガヤ声とともに数名の聖騎士たちが先頭方向へと駆け出してゆく。


「アレンティアさん」

「大丈夫。ただのガーゴイルだよ。すぐに片付く」


 部下からの報告を受け取っていたアレンティアが気楽に振り返ってくる。


 ガーゴイル。ランクB。<アガルタ山>の魔石を食って存在を構築する、半無機物の魔導生命体。翼を持ち、皮膚は硬く、徒党を組んで旅行者を襲い、『キューブ』を始めとしたいわゆる『魔攻アイテム』への耐性も持つ。ランクに違わず登山者大半にとっての難敵となるモンスターだ。


「そのクセ、大した素材が獲れるわけでもねぇ。面倒なだけのしょっぺーモンスターだよな」


 当然だが、聖騎士団の敵ではない。


「悪いんだけど、ガーゴイルの数減らしも今回の遠征の目標のひとつなんだ。ここいらあたりから、少し行進速度が落ちるよ」


 スフィールリアたちからしてみれば車に便乗し、大量の荷物を持ってもらえる上に、その面倒なモンスターの露払いまでしてくれるというのだから文句が出ようはずもない。


 テスタードなども「楽ちん楽ちん」と上機嫌に寝転がっている。

 やがて前方から聞こえてきた戦闘音も止み、いくつかの連絡事項のやり取りののち、部隊は再び行進を開始した。




 そうして翌日には、一行は<アガルタ山>の五合目に到着する。

 そこから先は道も険しくなり、徒歩での登山となった。馬車もそこに置き去りにし、荷物の類は山岳の歩きにも強い騎竜に切り替える。


 魔竜の居ついた場所は七合目である。

 スフィールリアたち術士組ふたりは部隊の中間あたりで護られながら、黙々と歩んでいた。


 呼吸を整えながら進む。自分たちと同じ方向に泳ぐ密度の薄い雲が、山肌を登って一行を追い越してゆく。


 ここいらあたりまでくると、植物の相も変わってきて、赤茶けた岩肌があらわになってくる。この赤い岩は『アガルタ石』と呼ばれ、『水晶水(赤)』の材料にもなる。もっとも、すべてではなく、あるていど厳選する必要はあるのだが。


 ともあれ時間さえかければいくらでも手に入る素材であることは事実だ。なので、これらを収集するのは帰りの道で、というのが綴導術士たちの間でのセオリーになっている。急いでも荷が重くなるだけだからだ。


「……わぁ」


 吸っている空気の濃度もすっかり変わり、どこか清涼な大気の香りが鼻腔をくすぐってくる。故郷の高地にも似た空気感に、ほのかな郷愁の思いを抱きながら……スフィールリアはふとうしろを振り返り、広がっていた景色に感嘆の声を上げた。


 雲海、というやつだ。

 その雲の切れ間からは、自分たちが登ってきた地上の遠景が望める。

 なだらかな丘陵、流れる川、ふもとの町の屋根たちが点々と、それらすべてが見渡せる。

 となりに並んだアレンティアが共感したようにつぶやいてくる言葉に、彼女もなごやかな気分でうなづいていた。


「きれいだねぇ」

「ほんとですね~」


 七合目が近づいてくるほどにガーゴイルが姿を見せなくなり、彼らを下界に追い立てたのであろう魔竜の住処が、いよいよ近づいてきていることを匂わせた。


 引き続き一行は進み続け、二日をかけてその道程を踏破したのだった。



「そんじゃ、実地調査いってきますわ。一日かけるんで、皆さんはごゆっくりどーぞ」


 と言って気楽に部隊を離れていったのはテスタードだ。

 さっそく魔竜に挑みにいった……のではなく。


 曰く、魔竜の巣の周辺にまだ気骨のあるモンスターでも隠れていないかを、直接歩いて確認してくるのだということだった。と同時に、地形や蒼導脈などの環境情報を把握しておくのだと言う。

 たしかに、魔竜ほどのモンスターに挑むのに横槍を入れられるのは非常に危険だと言わざるを得ない。


 さらに、巣の周囲に、魔竜が万が一逃げ出さないためのトラップも張り巡らせるのだとか。一日かかるというのはその設営も込みということだった。

 なのでアレンティアたちも反対はしなかった。テスタードは決して油断をしない。そのことを、彼女を含めた騎士団全員が認めていた。


「というわけだから、わたしたちは〝黒帝〟さんの歩く範囲の、さらに外側をカバーします。ここまで登ってきて残ってるモンスターがいたら、魔竜のことを抜かしても、今後も危険な要素になりかねないからね。人員の半分でこれに当たろうと思いまーす」


 アレンティアの号令に聖騎士団の面々が気勢を上げて返事する。

 副隊長のウィルベルトがその指揮を持ち、騎竜に乗った騎士たちを連れて出発してゆく。

 残りの人員は拠点の設営、そして予定通りの演習である。


 演習にはアイバも参加している。

 スフィールリアも活動がどんなものか、ついでにアイバの奮闘にも興味津々で、隅っこから見学することにした。


「ルーキー。その前にやることがある。<薔薇の団>の歓迎会だ」


 聖騎士たちがニヤニヤと笑いながら彼を取り囲む。

 不穏な空気を感じてスフィールリアが割り込もうとすると、隣に並んできたアレンティアに「まぁまぁ」と止められた。


「歓迎会ってのは本当だから。ま、見ててよ。ちょっと荒っぽいけどね」


「は、はぁ」


 たしかにその通りのようだ。

 騎士たちの配置はアイバを取り囲む……というよりは彼を中心に、綺麗に整列して〝円陣〟を組むような形だった。


 そして、柵でも形作るかのように全員が剣を水平に構える。


「は~ん。なるほど、ね。〝円陣稽古〟ってわけですかい」


 アイバも状況を把握したらしく、一筋の汗をたらしながらも不敵に笑っている。


「円陣稽古ってなんですか?」

「んー、見た方が早いかな。もう始まるから」


 との言葉の通り、聖騎士のひとりが号令を上げた。


「始めっ!」


 円陣からひとりの聖騎士がアイバの前へ歩み出る。

 騎士は号令と同時に、アイバへ切りかかっていた。アイバもすかさず応戦する。


 剣戟が始まり、円陣を組む聖騎士たちが両者を煽るように力強い声援を送り始める。


「<国立総合戦技練兵課>だと円陣稽古って呼んでるみたいだけど、ウチでは〝押し出し稽古〟って呼んでるんだ。ほら」


 アレンティアがガヤ声に満ちた円陣を指差す。

 アイバか騎士が反動で円陣の外側においやられそうになると、構えた円陣の騎士が剣の腹を使って彼らの背中を円陣の中央へと押し出している。

 つまり、逃げることはできないということだ。


「ほ、ほへ~」

「次っ!」


 およそ一分半ほどそういった稽古をこなすと、相手の騎士が下がって円陣の一部となり、今度は別の騎士が入れ替わりで円陣の中央へと飛び出してくる。

 そしてまたアイバへと打ちかかってゆく……


「これを円陣の全員が終わるまで繰り返すの」


 アイバひとりが休みなく戦い続けるという寸法だ。


「うわぁ……これってけっこうえげつないですね……!」


 なにせ相手は、ひとりひとりが練磨された大陸最高の戦士たちである。

 アイバは何度も身体に剣の腹を受け、吹き飛ばされては押し戻され……半分もいかないうちに息を乱し始めていた。


 スフィールリアの言う通り、シンプルだが、えげつない内容な稽古である。

 放り込まれた側は容赦なく消耗させられてゆくが、相手は常に全快の状態なのである。おまけに容赦などはしてもらえない。常に全力勝負だ。


 体力がなくなるほどにひとりあたりの時間が長く感じられるようになり、やがては無限に続くのではないかと思えるほどになるのだ。これは剣技を問う稽古ではない。とにかく気合だけが味方となってくれる。

 そういう戦いだった。


「オラオラどうしたルーキー!」

「逃げ回ってんじゃねーぞー!」


 当然、逃げ回ることなどは許されない。相手を避けて体力の回復やペース配分を試みようものなら、すぐに円陣の側から強烈な〝押し出し〟を食らって中央に戻される。


「ぬっがあああああ、負けてたまるかああああああ!」


 アイバが雄たけびを上げてがむしゃらに立ち向かってゆき、十数分後……


「…………」


 もはや言葉もなく息だけを荒げて地面に伏しているアイバの肩を、ほがらかに聖騎士のひとりが叩いた。


「ほらっ、演習始めるぞ。いこうか、ルーキー!」

「鬼……」


 とつぶやいたのは、始終を眺めては苦笑をしているスフィールリアだった。




「ぬっおおおおおおお……!」


 十メートル大はある大岩を背負って、アイバが山肌を駆け下りてゆく。

 いや、正確には彼だけでなく、演習に参加している騎士全員だが。

 甲冑を含めたフル装備での、山岳救助活動。それが演習の内容だった。


 もちろん、こんなものは一部にすぎない。

<アガルタ山>は活火山なので、噴火時を前提にした防御陣形の構築や、単独かつ極限状態での救助活動――とにかくあらゆる条件を想定した訓練が、日の暮れるまで繰り返された。


 調査と工作に出向いていたテスタードが戻ったのも、ちょうどそんな折だった。


「やってるっすね~、騎士団長さん」


「そっちは終わった?」


「万全っすわ。明日、そっちの準備が整い次第に始めたいんですけどね」


「了解。こっちは団員をここに待機させて、明日はわたしとキアスさんがうしろについていきたいんだけど、それでいい?」


 テスタードが了承し、そういうことになった。

 魔竜との戦いが、目前まで迫ってきていた。



「いたぜ。魔竜だ」


 声を潜めてテスタードが言う。

 同じく気配を潜めて彼のうしろについてきているのは、スフィールリアのほか、アレンティア、キアスだ。


 七合目の中央付近の岩肌にぽっかりと開いた洞窟。そこを抜けると、不自然なほどに広大な空間が広がっていた。

 一行はその空間の入り口の岩場に隠れて様子を見守っていた。

 テスタードによると、魔竜が自分で掘った穴だということだ。どうやらこの山に永住するつもりらしかった。


「この俺さえいなければ、な」


 ニヤリと笑うテスタード。


 魔竜エルバルファはそこにいた。

 筋肉の塊のような表面に、金属質な紫色の鱗が並んでいる。頭部の双角は禍々しく巨大で、魔竜の実力を物語っているようにも思えた。


 広大な洞穴に身を丸めて横たえ、今は静かに寝息を立てている。

 そして、


「〝輪っか〟持ちか」


 テスタードが魔竜の頭部を眺めて、言う。

 彼の言葉通り、そこには光り輝く半透明のリングが投影されている。


 強大な力を持つ生物に現れることがあるという『魂環ソウル・リング』だ。


「じゃ、いくわ」


 しかしテスタードはそれで怯むということもなく唐突に宣言して、ポケットに両手を突っ込んだまま、あっさりと岩場から歩み出していった。


〝フシュ……グルルルルルル〟


「おはようさん」


 知覚領域(テリトリー)へと踏み出した彼の気配を察知し、首を持ち上げる魔竜エルバルファ。

 でかい。全長で十五メートルは下らないだろうか。


 テスタードの姿を認めた魔竜は、またニンゲンとかいう愚かな生き物がやってきた……とでも言いたげに首を振り、全身を起こした。

 その皮膜に描かれた鮮やかな紋様を誇るかのように悠然と翼を広げ、威嚇のうなり声を上げる。いや、違う――


 翼の文様が輝きを発する。自らの眠りを妨げた目の前の脆弱な生き物を滅ぼし去ろうというのか。その口に光とエネルギーが集約してゆく。


 が、機先を制したのは〝黒帝〟の方だった。


「お前のターンはねえよ」


 ポケットから抜き出した両手から――レベル10を始めとした『キューブ』たちがバラバラと零れ落ちる。

『キューブ』は地面に落ちきる前に浮揚し、奏者のように揺らめかせるテスタードの手の動きに追従してゆく。


 そして彼が魔竜に指を振り向け――『キューブ』が一斉と撃ち出された。

 螺旋を描いて魔竜の周囲を飛び交い、炸裂する。


〝ギオオオオオオ!〟


 赤い電光が嵐のごとく吹き荒れ、魔竜の周囲に張り巡らされていた不可視の力場と衝突する。

 一秒と経たないうちに、その力場が砕け散った。光の砕片が舞い散る。


「障壁の中和を完了」


 当然のようにつぶやき、まったくためらわず、魔竜へ向かってさらなる一歩を踏み出す。

 その瞬間。


〝カッ――――!〟


 魔竜が口先に溜めていたブレスを開放した。

 だが、エネルギー波が彼に届くことはない。


「『貪欲のレイリール』」


 テスタードが前方に掲げたペンダントの効果によって遮られる。千切られ、歪められたブレスが、幾条もの光線となって空間の中を暴れ回る。

 だがそれも長くは続かない。捻じ曲げられてヘビのようにのたくっていた光線はほどなく、彼が掲げる『貪欲のレイリール』に吸い込まれて消えていった。


「ごちそうさん」


 テスタードが『貪欲のレイリール』を握り締め、その輝きが彼の全身へと伝播する。

 とある領地の城壁をもたやすく打ち崩したと言われる魔竜のブレスは、エントロピー・キーに変換されて、彼の次の一手の糧となった。


「こい。『ファルガニィル』」


 魔竜のブレスのエネルギーを代償に、彼が再び掲げた手の先の空間より、ひと振りの剣が召喚される。


「少し沈んでろよ」


 胸元に提げた数種のネックレスが取り外され、彼の絶対色〝邪黒〟の〝気〟が吹き荒れ始める。


〝ギ――オオオオオオ!?〟


 噴き出した莫大な量の〝気〟は魔竜の所在する領域をも飲み込んでいた。そして魔竜が全身から力を抜けさせて、苦しげに倒れ込んでしまう。


「いけ」


 テスタードが命じ、宝剣『ファルガニィル』が、意思を持っているかのように彼の手を離れる。そのまま鋭く宙を飛び、魔竜の背に突き刺さる。並の剣も通さない鱗は宝剣の前にはなんの役割も果たしていなかった。


 魔竜が苦鳴を上げる。同時、魔竜の背にあった宝剣『ファルガニィル』が、砕けて、消える。


 テスタードは攻撃の手を緩めない。

 また一歩を踏み出し、そのつま先で『タンッ』と地面を叩く。


「こい。『トゥラ・スィール』、『フラガイン』」


 地面より、さらに二本の装飾剣が生え出してくる。

 その二本を手に取り、再び魔竜に向かって軽く投げ放つ。剣たちが回転しながら飛び交い、それぞれ魔竜の翼の根元に突き刺さる。


 そして、また、砕け散った。


 だが刻まれた傷は残る。これで魔竜は空への退路を失った。


「こい。『ダン』『プリスフィール』『シャンゼリオ』『黒崩剣』」


 呼び出された煌びやかな剣たちが空を切って飛び、次々と魔竜の体躯を切り裂く。


 それだけでは終わらない。テスタードは続々と、伝説に語り継がれる魔剣、聖剣を呼び出しては、魔竜めがけて放り投げてゆく。

 血しぶきが舞い、強固な鱗が切り裂かれ、引き剥がされてゆく。まるで魚でも捌いているかのようでもあった。様々な部位が有用である、という〝黒帝〟の言葉の通りに。


 魔竜もどうにか反撃の糸口を掴もうと、いくつもの強力な術式を発動させるが……それらすべても魔剣たちに切り裂かれてしまい、発動すらできなかった。

 戦闘が始まってからわずか数分。

 それだけの間に、魔竜の全身はズタボロになっていた。


〝ギ……ギィアアアアアアアアアアアアアアアッッ!〟


「ははっ――――ははははははははははははは!!」


 心底楽しそうな声で哄笑を上げる〝黒帝〟と、絶叫を上げ続ける魔竜エルバルファ。

 苦しさからか、照準も定めずに吐き出されたブレスが洞穴の壁を砕き散らす。だがそれも、飛び交う魔剣と宝剣に切り裂かれて、無力化されてゆく……!


「っ…………!」


 その圧倒的なまでに凄惨な光景に、スフィールリアたちは岩場の影で息を呑むことしかできなかった。

 やがて彼が呼び出した剣たちすべてが砕け散るころ……魔竜エルバルファは、なす術もないままに力尽き、その全身を地面へと沈ませていた。


 そして、とどめの時がきた。


「こい。『オッフィリース』」


 彼の両手に現れた二本一対の短刀。投げ放たれたそれがハサミのように魔竜の首に交差し――バツンと鈍い音を立てて、強靭な首が切り落とされた。


「……」


 くるくると回転しながら彼の両手に戻った短刀が砕け散り……

 静寂と、猛烈な血臭が場を支配した。


「……ま、こんなもんだわな」


「お……終わった、んですか?」


 ひょこりと岩場から顔だけを出したスフィールリアたちに、〝黒帝〟はどうとでもなさげに肩をすくめるだけだった。


「見りゃ分かるだろ。これからコイツ解体するから手伝え」


「は、はぁ」


「さぁてと! 解体道具、解体道具っと」


 解体道具が入った荷はスフィールリアたちの足元にある。

 それを求めて歩いてくる〝黒帝〟。


 その背後に起きた変化をスフィールリアは見ていた。


 突然――魔竜の首が持ち上がったのだ。

 生々しい切断面がテスタードの背中を捉え――


「センパイうしろ危ない!!」

「あ?」


 きょとんと振り返ったテスタード。今まさに、魔竜の首の先に光が集約し――


「はぁ? なんでだよ」


 それが彼の最後の言葉だった。

 放たれた圧倒的なブレスの光がテスタードの姿をかき消す。

 そのまま壁に炸裂し、洞穴そのものが崩れ落ちるのではないかと思うほどの激震が走る。

 バラバラと落ちてくる岩が降り止み……


「あ、あ……」


 ブレスの直撃を受けた〝黒帝〟の、消し炭すら残ってはいなかった。

 全身を自らの血液に汚して、ぬらりと血色にきらめく体躯を起き上がらせる首なしの魔竜。 変化はまだ起こる。


『ジュバッ!』と泥水をすするような音が響き――〝黒帝〟がいた辺りの空間に、なんの脈絡もなく『なにか』が現れる。


「……?」


 ドチャ、と湿った音を立ててそこに落ちたのは、人間大ほどの直径の、肉の塊だった。


「……」


 スフィールリアはしばしその肉塊を見つめていたが……そのころになってようやく、現実を認識し始めた。


 そう。

 あまりにもあっけなく。

〝黒帝〟は死んだ。

 死んだ。二度と帰ってはこない。


「よく、も……よくも!!」


 スフィールリアはポーチから『レベル10キューブ』を取り出して、岩場の影から躍り出た。

 そこでようやく、呆然としていたアレンティアたちも我に返った。

 はっと顔を上げ、アレンティアが『赤き薔薇の長剣』を抜き放ち、スフィールリアを追い越した。


「スフィーは離れてっ! ――キアスさん! わたしが注意を引き受ける!」


「承知した」


 彼女に続いてキアスも獲物を担ぎ、ドラゴンへ駆け寄ろうとして――


 その時だった。


「――――こい。『異界十剣』」


 その声が、響いた。

 たしかな、テスタードの声で。


「――え?」


 魔竜の上空に、十本の剣が現れる。

 光り輝く剣たちが打ち下ろされて、次々と魔竜の体躯に突き刺さってゆく。


〝…………!!〟


 断末魔は響かなかった。頭を切り落とされているのだから当然だが。

 替わりに筋肉の塊のような全身をのたくらせて、暴れ回り……


 今度こそ魔竜エルバルファは地面に倒れ伏し、動かなくなった。


「…………」


 三人には、なにが起こったのか分からない。ただ動かなくなった魔竜という事実だけが、目の前に横たわっている。

 そして、


「……」


 なんとなくの予感からスフィールリアが見たのは、先ほど現れた謎の肉塊だった。

 その球体から、これまた唐突に、天へと掲げるように〝腕〟が生え出していた。

 スフィールリアたちは動けない。動けないでいるうちに、肉塊を内側からミチミチと破って、もう一本、腕が生えてくる。


 さらに両腕が広げるように肉を引き裂き……大量の血液を噴き出しながら真っ二つにされたその内部から、現れた。


 全身を血液に塗らした、テスタードの姿が。


「……あー、くっそ。一回死んじまったじゃねーか。くそっ」


 ビチビチと音を立てながら頭を振り、髪の毛を濡らす血を弾き飛ばしている。


「テスタード……せん、ぱい……?」


「おう」


 まったくなにも起こらなかったとでも言いたげに寄越される返事。


「まさか〝副脳〟持ちだったとはな。油断したぜ。……まぁいい。さっさと解体だ、解体」


 そう言って、血まみれの〝黒帝〟がスフィールリアへと一歩を踏み出して。


 スフィールリアの絶叫が響き渡った。




 叫びを聞き、テスタードが不快そうに眉をひそめた。


「なんだよ、うるせぇな」


「こ、こないで……」


 また一歩を進んだテスタードから離れるように下がるスフィールリア。

 その様子を見た〝黒帝〟が、合点のいったような顔になり、次には彼女へ嘲笑を送っていた。


「は。――怖いか、俺が?」


 スフィールリアは見るのも恐ろしいとでもいうように、彼から顔を逸らす。


「ま、お前みたいな一般人パンピーじゃ当然の反応ってところだろうよ」


「っ……。センパイ……な、なんで、なんで……」


 がちがちと歯を打ち鳴らして腰を抜かしているスフィールリア。その彼女を冷たく笑いながら、テスタードは自身の身体を示して見せた。


「そう。俺はな……〝不死〟、なんだよ」


「……マジなの?」


 と、声を上げたのはアレンティアである。それにもテスタードは軽く肩をすくめるだけで答えた。


「まぁ、そういうことっすわ。さてと、予備の服はっと」


「こ、こないで……」


 繰り返すスフィールリアに、テスタードは嗤うだけだ。


「別に嫌悪してくれたところで痛くもかゆくもねーけどな。だが、言ったろ。俺の邪魔はするな。勝手にションベンでもちびってろや」


 再び荷物に近寄ろうとするテスタードに、しかしスフィールリアは叫んでいた。


「そっ、そそっ、そうじゃなくって!!」


「あ?」


「センパイ……なんで裸なんですかぁ! きゃああああああああ!!」


 信じられない、とでも言うように顔を覆って頭を振り振りするスフィールリア。


「…………」


 今度は〝黒帝〟がぽかんとする番だった。


「いや、全身消し飛ばされたんだから、服まで再生するわけないだろ」


「だからって、じゃあなんで『大っきく』してるんですか! きゃああ、きゃあああ、きゃあああああ!!」


 その通り。スフィールリアがチラチラと見ては悲鳴を上げる〝黒帝〟の『そこ』は、彼女の言う通りの状態だったのだ。


「一度〝死〟に触れたんだから当然だろ。生存本能が起動してこうなってるだけだ」


「だだだ、だからって、少しは手で隠そうとかしてくださいよ!! なんでそんなに堂々としてるんですかぁ!」


「なんで俺がそんなことでコソコソしなきゃなんねーんだ」


「そういう問題じゃないです。セクハラですよ、セクハラ!!」


「よく言うぜ。さっきからチラチラ見てくれやがって。カマトトぶったってダメだ」


「だったら隠してください!」


「だから、今から服を取りにいくんだろーが。荷物の方向にお前が勝手にいるだけだ」


「だから、こないでー! 近寄らないでーー!」


 心底面倒そうに舌打ちをしてから、テスタードはニヤニヤ笑いを彼女に送った。


「だったらお前が服を取ってきて、俺に渡せばいいだろーが」


「そ、そういうことなら……」


 なんとか折衝案を得て、スフィールリアがふらふらと荷物へと歩み寄ってゆく。


「血も拭かなきゃなんねぇ。タオルも忘れんなよ」


 ややあってスフィールリア。彼の予備の服とタオルを持ち、片手で目隠しをしながらテスタードに近寄っていった。


「は、はい! どうぞ!」


 かろうじて薄目を開けて視界をぼんやりさせながら、タオルを放り投げて仁王立ちをするテスタードの『そこ』に引っかける。


 ようやく安心して目隠しを解くスフィールリア。

 その時、ヒュゴウッと一陣の風が吹き抜けた。

 せっかくかけたタオルが浚われていって、スフィールリアがまた悲鳴を上げた。


「おい、飛んでっちまったじゃねーか」

「だから隠してくださいよ! きゃあああああ~~~~~あ!」



「さぁ~、皆さん、ジャンジャン食ってくださいっすー。おかわりいくらでもありますからねぇ!」


 その夜、聖騎士団は沸きに沸いていた。

 テスタードが荷物持ちの礼にと、ドラゴンの肉を振舞ったためである。

 ちょっとしたバーベキュー大会という体だ。


「さぁさぁどんどん焼いちゃって~! ドラゴンテールのサンカク肉なんてそうそうお目にかからねっすよ~」


 ドラゴンテールのサンカク肉。

 名の通り、ドラゴンの尻尾からごくわずかしか取れない三角形の部位であるという。

 ドラゴンの尾の中ほどにあって、絶妙の肉質と霜降りのバランスが取れているのだ。

 噛めば肉汁があふれる。ぎゅむっとした弾力を伝えたかと思うと、そのままほろりと千切れる。また肉汁があふれ、口の中に芳醇にして最上質な肉の香りが満たされてゆく。


 ドラゴンの肉というのは筋張っていて獣臭も独特で強く、総合としては激マズいというのが一般的に抱かれている認識である。

 しかしそれは半分が間違いだ。

 その分を補って余りあるほど、旨い部分がいくつかあるのだ。〝黒帝〟はそれらの部位を熟知していた。


 なにより、彼の指定する火入れの加減がまた絶妙だった。強靭なドラゴンの尻尾の特性である肉感を殺し切らず、なおかつ肉の柔らかさと甘みを最大限に引き出している。

 そのあまりの旨さに、心を解かない者などいなかった。


「う、う、う、うめぇ~~~!」「うめぇ、うめぇぞこれは!」「や、やばい、う、うま……うま……飲み込んでないのに口に運ぶ手が止まらん!」「ドラゴン退治に付き合ったことはあるけど、こんなん初めて食ったなぁ!」


「そりゃそうだ。売ったらひと財産だからなぁ! どいつもこいつも市場で捌くことしか思いつかないっしょ!」


「なぁ~るほど。にーちゃん太っ腹だなぁ!」「あぁ、旨い、旨い」「王城の晩餐会の警備でもこんなの食ったことねぇよ!」「母ちゃんに食べさせてやりてぇなあ!」


「はははっ。気持ちは分かるけど、ここで食ってちゃってくださいよー! さすがに王都までの道のりだと、腐っちまいますからねぇ!」


 と、いうことだった。

 しかしテスタードが肉を振舞った目的はそれだけではない。


 魔竜エルバルファが『輪っか持ち』であったことから、獲れる有用な素材品が予想よりも多くなったのだ。それらすべてを詰め込むには、いくらかの人員に車から降りてもらわなければならなかったのである。

 それを頼み込むための下準備、というわけである。


「おい助手1。俺にも肉」

「あっ、はいはい」


 慣れた手つきで次々とドラゴン肉を捌いてゆく〝黒帝〟の口元に串を持ってゆく。

 がぶりと串から肉を浚っていったのを確認してから、スフィールリアも自分の分の串をパクつく。


 とんでもない旨さだった。


 なにせ、あのクールなキアスすらもが無言でモリモリと食べ続けているぐらいだ。


「……や~。これならちょっと無理なお願いごとしても、大丈夫そうな雰囲気ですね~」


「当然だぜ。これだけ高級肉奮発したんだから心がとろけなきゃウソだろ」


 テスタードなら、これらの肉を腐らせずに運搬することも可能だったと言う。降りてもらった人員に背負わせれば、の話だが。


 しかしそこはさすが学院でも数多の取引をこなしてきた〝黒帝〟である。ただ自分だけが旨いところを持ってゆくことに腐心するのではない。相手にもそれなりの対価を渡すということを、その絶妙なバランス感覚で以って実行したわけだ。


 演習を終えた聖騎士団に対し、価値のある骨や体内結晶などではなく〝肉〟を振舞うというところなどがその証拠だ。宝物の部類を渡しても売り捌いたり加工するルートを探さなければならず面倒ばかりだが、肉ならば彼らにとっても分かりやすい価値基準というわけだ。


 聖騎士団の彼に対する心証は、今まさに最高潮を迎えている。

 魔竜を単独で撃破した強者。という称号に加えてこの懐の深さだ(思惑アリだが)。

 これならテスタードの思惑は成就するだろう。


「さ、次はムネ肉と肩ザブトンいくっすよ~」


「どんどん持ってきてくれええええええ!!」


 こうして、魔竜討伐は果たされたのだった。



 その帰りの道中。


「……おい、助手1」

「あ、はい。なんです?」

「お前は俺が怖くないのか」

「はい? なんでですか?」

「……なんでもない」

「は、はぁ」

「さて、帰ったら練成三昧だぞ。お前はほかのやつらと違って、それなりのもんを任せるからそのつもりでいろよ。じゃなきゃなんのために助手を探してたか分かんねーからな」

「う、うっす。がんばりまっす!」



 その夜。

〝黒帝〟は久しぶりに、あの夢を見ていた。


『……おい』

『ん。なんです?』

『あんたは俺が、怖くないのか?』

『あははっ。そうですねぇ』

『……』

『少しだけ、怖いかな』


 そう言って笑う彼女の態度は、少しも怖そうではなかった。

 彼女はそんな顔で、いつでもからからと笑っていたと思う。


「……」


 その笑い声で、〝黒帝〟は目を覚ました。

 時は夕刻。聖騎士団が野営の設営を進める中で、ひとり。船を漕いでいたらしい。


 声の方を見る。

 そこではスフィールリアが、なにやら楽しげに談笑などしながら、聖騎士の面々と料理をしている。

 しばし、そのうしろ姿を眺めて。


「……バカか。全然、似てねーよ」


 そしてふてくされたように寝返りを打って、再び休息に入った。


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