■ 3章 不死なる者(3-06)
「いけーー! アイバーー! 頑張れ~~!」
「やったれロイィ!」「今日こそ下克上じゃあ~~!!」
その日。<国立総合戦技練兵課>は、沸いていた。
場所は最近では馴染みになってきた<国立総合戦技練兵課>の闘技場。
そこで、今日もアイバは教官を相手取って大立ち回りを繰り広げていた。
「ふんぬううううう――あああっ!!」
「――ふん!」
一合。一閃。
アイバの大剣と教官のワン・ハンドソードが衝突し、衝撃が闘技場を揺らす。
続いてその場に踏ん張り、二合、三合、四合。
互いの煌く〝気〟が弾け合い、衝撃とともに、どこか美しくもある斬線と爆裂の花が咲く。
「すごい、すごい! 前みたいにすぐ吹っ飛ばされなくなってる! ね! アレンティアさんねっ?」
「うん――しっかりと足の〝気〟を忘れてない。力負けしてない。踏ん張れてるよ」
観覧席。興奮したスフィールリアの言にうなづくのは、奇遇にもこの戦いを覗きにきていた聖騎士団長、アレンティアだ。
「でも――これからだよ」
「えっ?」
その声と、同時だった。
「はぁっ」
「!!」
教官のひときわ気合の乗った一撃に、剣を弾き返されたアイバの体勢が一瞬間、うしろ側へぴんと張り詰める。
その機を見て、ドン! という衝撃音を残し――教官の姿が掻き消えた。
「しまっ――」
ドン! ドン! ド・ド・ド・ド・ド――――
衝撃音は断続的に続いてゆく。
闘技場の外周を巡るように砂埃が巻き上げられてゆく。
聖剣を担いで途方に暮れたように佇むアイバへ向けて、教官の声が木霊する。
「少しはやるようになったが……動かぬ相手だけが対象ではしようもないぞ!」
「っ…………」
「あ、アレンティアさん、これって」
「うん。わたしの〝茨の道〟と同じ。音速を超えた連続波状攻撃の陣だよ」
「うへ……!」
これはボコボコ確定か……?
と、だれもが思い始めたその中で。
「…………」
アイバは目を閉じ、足だけでなく、全身へ湧き立たせるように青色の〝気〟を張り巡らせ始めた。
「防御、する気……?」
「正しい」
判を押すようにアレンティアがうなづく。彼女の目の動きは、たしかに教官の姿を捉えているようだが。
「今の勇者君じゃ、たぶん捉え切れない。ここは何撃か受けて、その隙を見てどうにか捕まえるしかない」
「うわぁ、それって、かなり痛いんじゃ……」
まさに肉を切らせて骨を断つという戦法だが。しかしそれも攻撃に耐え切られればという話である。
あの教官は間違いなく一線級の猛者だ。下手に肉を差し出せば、最初の一撃で骨ごと断ち切られかねないだろう。
だが――
アイバはその場のだれもが予想していなかった行動に出た。
「ッ――!!」
教官と同じ衝撃音を残し、アイバの姿が掻き消える。
次の瞬間――闘技場の壁際にて。聖剣を突き出した形で、アイバの姿は現れていた。
その切っ先が……教官のハンドソードを捉えていて!
「ぬぅっ!?」
「へへっ――!」
飛び出す前。目を閉じ、外界のあらゆる雑音を締め出すかのようにしていたアイバ。
彼は全神経を空間に張り巡らせ、教官の地を蹴る音と、〝気〟の波動を探っていたのだ。
そして、全身に張り巡らせていた青色の〝気〟――これは、教官の一撃を耐え切るためのものではなかった。
同じく音速を超えて彼を捉えるための――自分自身の発する衝撃波から身を護るための防御だったのだ。
たしかにアイバには、まだ〝茨の道〟に追いつくだけの技術と感覚がそろっていない。
だが――直線ならば。
ごく短距離、一直線のみの動きならば。同じ速度が出せる。そこに教官が居さえすれば……捉えられる!
そのわずかなチャンスをうかがっていたのだ。
闘技場内へ、一斉に歓声が上がる。
「やったぁ!」
「すごい!」
アレンティアも思わず身を乗り出していた。それだけの快挙だ。
だが、それで終わる教官ではなかった。
「甘い……わぁ!!」
「うえっ!? ……ガッ!?」
次に教官が取った機動は、アイバ、そして闘技場内のだれもの予想を超えていた。
『世界樹の聖剣』に噛み合わせていたハンドソード。そこを支点に、身を畳んでぐるりと一回転。着地し、アイバの側面に激烈な蹴りを入れていた。
アイバが闘技場の反対側まで吹き飛び、壁を盛大に砕き散らす。
再び音速のステップを踏んで、教官は姿を消した。
そこまでだった。
「あ……あ…………」
よろよろと闘技場の中央へと進み出てきたアイバは、ほとんど姿を見せない教官からの連続攻撃を受け――バタリと倒れ――意識を失った。
スフィールリアが目を覆う。
「あちゃ~!」
「いや……うんっ。かなりがんばったよ!」
アレンティアが拍手を送り……追従して同期生の面々が、彼の奮闘を称える拍手を唱和させたのだった。
「うーん、うーん……」
「あの、教官さん。アイバが目を覚ましたら、『いつもの席で』って伝えてもらえますか?」
「かまわんよ? 了解した」
そして、その夜。場所は<猫とドラゴン亭>にて。
「それじゃっ」
「今日も一日~?」
「おつか……れぃ!」
ゴツン!
とジョッキが打ち合わされ、アイバが一気に中身を煽っていった。
グビ、グビ、グビ、グビ…………!
「……ぶはっ! ちっくしょうめ~~……!」
そして、まだ料理の届いていないテーブルに突っ伏した。
最近ではすっかりお馴染みの光景である。
「あははっ。教官さんの壁はまだまだ高いね~。でもすごいじゃない。あんなにがんばるだなんて思ってなかった!」
というスフィールリアの言葉に、
「お、おぅ。そ、そうか?」
アイバは顔を若干ほころばせてから……自分の拳を握って見せた。
「でも……そうだな。最近、『なにか』が掴めそうな感じなんだ。もう少しなんだよなぁ」
「う~ん、ていうか勇者君、あれだけ打ちのめされて今日の夜には復活してるだなんてタフだよね~。あそこまでやられたら、ウチのメンバーでももうちょっとかかるよ?」
呆れた風に笑って果実酒をかたむけるのは、アレンティアだ。
「おう、それが取り柄なもんで! 先輩、よかったら明日、また暇だったら稽古お願いしゃす!」
「いいよ~? 勇者君ってばすごく筋がいいから、教えるこっちも楽しくなっちゃう」
「あ、そんなことしてたの?」
「うん。勇者君は、マジで鬼強くなるよ。だからさ、あたしもいずれは本気モードで相手してもらえるかなって。期待してるんだ。その時はよろしくねっ、勇者君!」
「おう!」
「ふ~ん……?」
と、アイバとアレンティアの間に視線を行き来させてジト目になるスフィールリア。
はっとしたアイバが慌てて手を振り取り繕った。
「……いや、ち、違うからなっ? 純然に稽古をつけてもらってるだけで、別にふたりきりだからって特別なことはなにもだな!?」
「? なに慌ててんの?」
小首をかしげるスフィールリアの頭の上には、ひたすら『?』マークが浮かぶばかりだ。
「だって今お前、ふーんて」
「いや、アレンティアさんに迷惑かけてるんじゃないのかって思っただけだけど」
アイバはガックリとうなだれた。
「……なんでもねぇっす」
「ぷっ…………あははははっ! 勇者君の道は険しいねぇ!」
「うるせぇ!」
アレンティアが笑い続けて、釣られてスフィールリアも笑い出す。最後に、アイバがやれやれトホホといった風体で力なく笑い出す。
そんな、どこか暖かい夕餉の風景だ。
やがて注文した料理が運ばれ出して、スフィールリアは食事がてらに話題を転換させた。
「……<アガルタ山>か」
「うん。アイバは、なにか知ってる?」
「あぁ。魔竜が住み着いたってのは聞いてるぜ。おかげで今あの山の五合目以上は、ランクB以上の資格持ちじゃねーと立ち入り禁止になってるって話だ。たしか学院生の方も、<銀>の階級でも禁止だって話だったが……大丈夫なのか?」
「うん。テスタードセンパイって、<金>の宝級なんだ。さらに、ランクAの護衛職の資格も持ってるんだって」
「学院最高位に、護衛職までAかよ! スゲーな、その先輩さん」
「まぁね~」
「でもよ、話聞いてると、危険なヤツじゃないのか?」
「アブないアブなくないで言えば、アブないセンパイなのは間違いない、かな」
「おいおい」
「あっ、でもでも、身内には割かしフツーの人だよ、うんっ」
心配そうに半身を乗り出すアイバに、スフィールリアは取り繕った。
アイバはひとまず安心して息を吐く。
「それにしてもアイバ、詳しいんだね。魔竜のことまで知ってるなんて」
「おぅ。まぁな……そっち方面のベンキョーもしてるし……」
「えっそうなのっ?」
「ああ」
「ひょっとしてアイバ、護衛職になるの? 聖騎士の方が絶対安定してるのに」
「あー、いや、えっとな……」
口ごもるアイバに、また疑問符を浮かべるスフィールリア。これに、アレンティアがにやにやと笑っている。
「だーもう! いいんだよ俺のことはっ。そんでな――見ろ、ジャン!」
「おぉ!?」
アイバが彼女の前に掲げて見せたのは、手帳型の身分証明書だった。
そこには、たしかにこう記されている。
――護衛者階級Bランク。
スフィールリアは驚いた。
「すごいじゃない!」
「へへっ」
「っていうことは、<アガルタ山>のドラゴン退治もオッケーってこと?」
「あー、いや……それがな……」
再び、アイバはがっくりとうなだれた。
「どしたの? ダメなの?」
「結論から言うと……スマン! その通りだ……えっとな、」
ぱんと手を合わせてから、彼の視線はアレンティアへと向かっていた。
アレンティアが苦笑いをしながら、彼の言葉の先を引き継いだ。
「研修なんだよ。それで勇者君は、教官さんの推薦があって<薔薇の団>で引き受けることになったんだよね~」
今度はスフィールリアが、ぱんと手を打ち合わせた。
「そうなんだ! 聖騎士団で研修なんて、すごいじゃない!」
「お、おぅ、あんがとな……そんで、悪いんだけど……」
スフィールリアはむしろ快活にかぶりを振って、アイバの進路の順調さを祝った。
「よかったじゃない! それに、アレンティアさんにもお稽古つけてもらえるんでしょ? そんな顔しないで、がんばってきなさいよ」
「う、うぅ……でも、でもよー」
「なによ?」
「……ほんとに大丈夫なのかよ、お前の方は?」
スフィールリアはカラカラと笑って手を振った。
「そんなに大事な研修があるんじゃ仕方がないよ。あたしも、アイバに言われてたから声かけてみただけだし」
「ぐっ。だからこそ申し訳なさが……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。それに言ったでしょ。テスタード先輩は、なんていったってランクAの猛者なんだから!」
「ううう……だーけーどー!」
「なに?」
「だから……お、男なんだろ、その先輩ってのは。それでその、ふたりきりで旅行ってのは……どうなんだ」
「んー?」
と、スフィールリアはいまいち分からなさそうな表情で首をかしげてから、
「んー。よく分かんないけど、センパイとあたしって、別にそーいう関係じゃないし」
「だから心配なんだが……」
「なんでよ」
「ぷっ……くっくっくっく……!」
はっきりしないアイバに、少し焦れた風に頬を膨らませるスフィールリア。それを面白そうに眺めているアレンティア。
「それに、ふたりきりってことにはならないかな。最低でも荷物持ちぐらいは確保してこいって言われてるから。手ぶらじゃ怒られちゃう」
「そういうことなら、わたしが同行しようか?」
「ほえ?」
と、そこに……三人のテーブル席に文字通り、影が落ちる。
席の傍らに立ったのは、身長二メートル超えの大巨漢、キアス・ブラドッシュだった。
さっきまではカウンター席の端っこで狭そうに収まって、ひとりで酒をちびちびとやっていた。この席は距離が近いので、話が聞こえていたのだろう。
こうして見ると、本当に大きい。彼が席を立っただけで威圧感が放射され、店内そこかしこの注目を集める。
が、スフィールリアはまったくかまわずに表情を輝かせた。
「わぁ、キアスさんがきてくれるんですか!? それなら絶対、文句なしでOKサインですよ!」
「荷物持ちにもぴったりだろう?」
「えへへ、楽しい旅行になりそうですね! ……あー、よかった~。正直、センパイとふたりじゃ空気が保たせられなそうで困ってたんですよねー!」
「そう言ってもらえるのはありがたいな」
「えへへ」
スフィールリアが機嫌を取るように「どうぞどうぞ」と椅子を勧め、窮屈そうに収まって再び手にしていた酒を舐め始めるキアス。
和やかになる雰囲気に、アイバはなおさら難しそうに頭を抱えてうなり声を上げた。
「うー、がーー、おーー!」
「なによアイバ。まだなんか文句があるって言うのっ」
「そうじゃー、なーくーてー!」
「スフィー、分かってあげてよ。さびしいんだよ、勇者君は」
「うっが!」
アイバはダメージを受けたようにのけぞった。
「なぁんだ、そんなことだったの?」
「そ、そんなことっておま……」
あんまりにもそっけない態度に、今度は絶望的に顔を青ざめさせるアイバ。
それを見ていたアレンティアが、面白そうにニヤリと笑い……突然、ぱむと手を打ち合わせた。
「……そうだ! ねぇスフィー。その荷物持ちっていうのは、別に何人いてもかまわないんだよね?」
「えっ? あ、はい、たぶん……?」
するとアレンティア、唐突にこんな宣言をした。
「じゃあ、決まりだ。次の<薔薇の団>の演習は、<アガルタ山>にします!」
「ええっ!?」
「おおっ!」
「ほう」
「……聖騎士団さん丸ごときちゃうんですかっ!? ……さすがにそこまで大人数だと、そのぅ、うるさいって怒られちゃうかもしれないんですけどぉ」
「まぁまぁ、話を聞いてみてよ」
あっさりとアレンティア。
「名目はこう。魔竜退治に赴く人がいるらしい。わたしたちはその人に同行して、うしろに陣を取る。基本的に、邪魔はしない」
「保険、というわけか」
と言うキアスに、指を立て、
「ですです。さすがにそんな少人数で魔竜に挑もうっていうのも心配だしね。なにか秘策でもあるのかもしれないけどさ。……だからわたしたちは、魔竜が刺激されても大丈夫なように、保険としてその先輩君のうしろの方に陣を張って演習をしてるよ。いざとなれば魔竜はわたしたちが倒す――っていう名目なら、大臣さんも納得させられると思う」
「……」
「これでスフィーにも万が一のことは起こらないし、勇者君も傍にいられるし、安心! しかもわたしたちは勝手についてくだけだから、料金もタダ! どう?」
「お、おぉ……!」
救いの光明を見たように顔を輝かせ始めるアイバ。
「そもそも、国として動くのならば、その上級生になにかを言われる筋合いもないだろう。その点でも安心だ」
「な、なるほどぅ……! あたしのためって言われると、ちょっと恐れ多いですけど。それを除けば、うん……」
「そうしようぜ、なっ? 絶対そうした方がいいって!」
「う~ん。それならそういうことで……テスタードセンパイには、話を通しておきます!」
「よっしゃ、決まりだぜ! いざ、魔竜住まう<アガルタ山>へ!」
アイバがあんまりにもうれしそうにジョッキを持ち上げるので、みなでそれに自分のジョッキを合わせて――そういう運びとなったのだった。
◆
とある日のキャロリッシェ教室。
「あれ?」
と、声を上げたのはジルギット上級生だ。
「スフィーはどうしたんだ?」
姿の見えない後輩を探してキョロキョロとする彼の疑問に、通りがかったエイメールが答えを寄越した。
「スフィールリアさんなら採集旅行ですよ。ほら、出向予定表にも」
「あ、ほんとだな」
示された教室うしろのボードには、たしかに『スフィールリア』の名前の欄にその旨が記されていた。
そして、もう一名の名前にも。
「テスタードも採集旅行って書いてある……ひょっとして」
「はい。ふたりは今ごろ<アガルタ山>行きの道中かと」
「ありゃ……あいつはやめとけって言ったのに」
「あ……や、違うんですよっ。スフィールリアさんはコンペ祭の出展枠がほしくて、しかたなくですね」
「なるほどな~。そういうことか。いや、別に怒ってるわけじゃないんだ」
「……」
「だれと付き合おうが個人の自由だしな」
肩をすくめて、ジルギットはエイメールに振り返った。
「あ。次のキャロちゃん先生の教室は移動になるけど、場所、分かるか? 一緒にくる?」
「あっ、はい。お願いします!」
ということになり、教室を出てゆくエイメール。
その彼女について扉をくぐろうとしたところで……もう一度ジルギットは教室を振り返った。
「……」
『あー、新入り君』
『あ?』
『次の教室は移動だけど、場所、分かるか? よかったら一緒にくる?』
『……いらねーよ。大きなお世話だ』
思い返されるのは、三年前のこと。
今とまったく同じ、そのやり取りと。まったく真逆な、その帰結。
「……」
彼はしばらく無人の室内を、テスタードの専用席を、見つめ続けて……
「……知らね」
ともう一度肩をすくめ、教室をあとにしたのだった。
◆
そして、その<アガルタ山>ゆきスフィールリアの一行たち。
「よーし、全体トマレ!」
「今日はここに野営を張る!」
「フォーメーションDクラスで待機ー! 設営班――!」
聖騎士団も連れ立っての行軍は、順調すぎるほどに順調だった。
<アガルタ山>へと続く街道の道のりは長く、王都からほどしばらく離れれば盗賊による被害も耳にすることがままあるのだが。さすがに聖騎士団を相手取ろうという愚か者はいなかった。
「ほら、ルーキー。見回りいくぞっ」
「うすっ! スフィールリア、あとでな」
「うん。気をつけてね」
小さく片手でのあいさつを残して、騎乗したアイバが聖騎士と連れ立って哨戒へと向かってゆく。
王室が誇る<聖庭十二騎士団>がひとつ、<薔薇の庭>の総員四十八名と余名。街道の脇に陣を取り、ガヤガヤと野営の設営や炊き出しの準備を始めていた。
「いやー、移動から野営にメシまで全自動! こりゃ楽チンでいいわー! でかしたぞ、助手1」
「え、えへへ。どうも、どうも」
当初懸念されていたテスタード上級生の機嫌も極めて上々だった。
最初に話を持っていった時なども、
『……と、というわけなんですけどぉ』
『……』
『ど、どうですか? あ、ダメですか?』
『……プッ、クックククク! ハッハッハッハ』
『……!』
『ハッハッハ……クックック……。まさか聖騎士団丸ごと連れてくるとは思ってなかったぜ。上等だよ。お前意外とやるじゃん。いいぜ、その話丸ごと飲むわ』
『ほっ』
と、やたらあっさり承諾を得ることができた。
というのも、彼にも相応の思惑があった。
これが判明したのは、出発当日の顔合わせの時だ。
『どうもどうも、<薔薇の団>の隊長やってますアレンティアです。スフィーがお世話になってますね。よろしくですよー、〝黒帝〟さん』
『あー、はいどうも。で、ちと確認なんすがね隊長さん』
『はい?』
『建前の方は分かったんすがね。でも一応ホンネの方としちゃ、コイツのお守りなわけですわな』
『んー。まぁ、ね?』
『じゃあ、コイツと俺の採集の面倒も、あるていどは見てくれるってことでいいんですわな? 具体的には、積載馬車いっぱいまで戦利品なんかを積ませてもらえるってことで……手打ちなんてことは?』
『あは、なるほどねっ』
ということだったのである。
アレンティアの了承を得て、普段ではあり得ない量の成果物の持ち帰りが可能となったわけだ。
それにしても、最後に彼がつけ加えた言葉には、だれもが口をつぐんだものだったが。
『つっても、あんた方の出番はないでしょうがね。タイクツな演習になると思うっすよ』
『……』
ものすごい自信である。
「……」
実際、これからほとんど単身で魔竜に挑もうというテスタード自身、果てしなく気楽に寝袋の上に身を投げ出している。なんの気負いもなく、ピクニックにでも出かけてきているような風体である。
「あの、テスタードセンパイ」
「なんだ?」
「ほんとに、あたしも後衛でいいんですか? 聖騎士団どころかキアスさんの手もいらないって……本当にセンパイひとりで魔竜に挑んじゃうんですか?」
「そう言っただろ」
再三の確認にも、この調子である。
「正直、むしろお前らにウロチョロされても邪魔なだけだわ。魔竜の内臓や肉なんかも有用な部分が多い。できる限りそーいうところも残してぶっ殺したいしな。余計なことはなんもしなくていいぞ。ていうか、するなよ」
「は、はぁ」
つくづくすごい自信である。大陸最強部隊である聖騎士団すら邪魔と言い張るのだから。魔剣クラスの使い手を用意しろと言ったのも、単に<アガルタ山>へ入る許可証を得るためだけだったらしい。
魔竜エルバルファというのは、種族名のことではない。群れを作らず、その力の強大さゆえに群れからも弾かれて単独で行動している竜の個体名だ。
方々で数々の討伐対をも退けてきていて、特別に名さえ振り与えられた――いわゆる、ネームドモンスターというやつである。
そんなモンスターを相手に、ひとりで挑もうというのだ。
いったい、どのような秘策を携えているというのだろうか?
「秘策だぁ? そんなもんねーよ。普通にぶっ殺すだけだ」
「……」
とこの調子で、〝黒帝〟はいたって普通に休んでいるのだった。
「スフィー! よかったらちょっと、ご飯作るの手伝ってあげてくれないかなー? ほら、こないだの紫色の不思議な調味料、あったらちょっと分けて~~!」
「あっ、は~い!」
そんなこんなで、その夜も穏やかにふけていった。
そして、数日後――
◆