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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
62/123

(3-05)


 そして、十数分後……

 強制連行されたスフィールリアは〝黒帝〟&〝王子様〟FCの面々に囲まれて、よってたかって――


「スフィールリアさん、こちらあの超有名店<パルッツェンド>謹製のチーズケーキですのよ」

「スフィールリアさん、こちらもお食べになって」


 ――ちやほやされていた。


「え、えへへへ」


 彼女を囲って、十数人もの女子勢が次々とお菓子を差し出してくる。

 休む暇などない。それらを次々と口にしてゆく。


「おいしいですか、スフィールリアさん?」

「ふぉ、ふぉいひいれふ……!」

「もっと〝黒帝〟様のお話をお聞かせになって?」

「ちょっと、ズルいですわよ。スフィールリアさんは今、こちらのお菓子を食べました。〝王子様〟のお話の方が先!」


 と、いうことだったのである。

 どういうことかと言うと……


「まぁまぁ、皆さん、落ち着きになって」

「せっかく、貴重な〝黒帝〟と〝王子〟の情報を摂取できる機会なのですから。仲良く、順番にお話を聞いてゆきましょう?」


 と、いうことだったのである。

 腕章をつけたリーダー格の上級生ふたりがそう言ってメンバーを諌め、うなづき合う。


「わたしたちは〝過激派〟や〝原理主義〟のような方たちとは違うのですから」

「そうですわ。〝穏健派〟であるわたくしたちは、あくまでも平和的に。そして静かに信仰の対象を崇めているべきなのです」


 信仰の対象て。

 と、スフィールリアは内心でタラリ汗を流した。

 差し出されてくるお菓子はとてもおいしいし、タウセン教師FCとは違って友好的なことも大変ありがたいのだが、これはこれでプレッシャーが半端じゃないのだ。


 期待に応えられなかった場合、どうなるのだろうか。

 言の通り、彼女らは〝穏健派〟らしい。学院に数多あるファンクラブ(FC)の中でも特に大人しい行動と節度を心がけている派閥である。


 そんな彼女たちの不興すら買ってしまった場合、学院生活はさらに苦しいものとなるだろう。

 だからスフィールリアは飼い猫のごとく大人しくに徹して、彼女たちの要求に応えることにしたのだった。


「と……と言ってもぉ。あたしホントに、センパイおふたりのことについては、ほとんどなにも知らない状態で。そ、そのぅ、なんだかこんな待遇は申し訳ないんですけども……!」

「よろしいのですわ」

「そうそう。特に〝黒帝〟様はあの通りのお人ですから。あの人に近づくことができるのは学院でも一握り……。そのお傍にいたお方のお傍いることができたというだけで……ああ! あのお方の残り香が今、わたくしたちのすぐ傍に!」


 スンスン、スゥーーーーーー………………

〝黒帝派〟の面々が一斉に大気の吸引を始める。


(怖い……!!)


 スフィールリアは純粋な恐怖を覚えた。

 やはり敵に回すことだけはなんとしても避けなければならないようだった。


「それにね、スフィールリアさん。わたくしたちは、あなたには期待をしているのですよ」

「き、期待?」


 うんうん、とうなづく〝黒帝派〟メンバーズ。


「わたくしたちが望むのは、〝黒帝〟様の幸せ。ただそれだけなのです」

「え~と、つ、つまり?」


「こういうことです。……〝黒帝〟様を狙う、身の程を知らない女子は多い。今のところ〝黒帝〟様はそれらのすべてを粉砕なさっておいでですけれども。……それでも、どこぞの馬の骨とも知れぬ凡庸かつ浅ましい女に、〝黒帝〟様が言い寄られるのは、いかに〝穏健派〟たる我らとて我慢がならないのです」


「は、はぁ」

「ですがその点! お相手がスフィールリアさんであるならばお話は別! あなたほどお美しい女性ならば、〝黒帝〟様のお隣に置いて遜色ナシ! わたくしたちも、安心して彼の幸福をお祈りすることができるというものなのです」

「え、え~と、それはつまり……」


 どういうことなのかと、考えを巡らせて……。

 スフィールリアはその意味にたどり着き、顔を紅潮させて慌てた。


「ちょっ、ま、待ってください! あたし別に、テスタードセンパイとはそういう関係じゃ……!」

「よろしいのです。今はそれで」


 と言うリーダー格の女に〝黒帝派〟が次々と追従する。


「そうですわ」「聞けば、スフィールリア様はあの『薔薇の剣聖』様ともご親交がおありであるとか」「まあ! なんてすばらしい交友関係でしょう」「悔しいですけど、スフィールリア様ならば安心、納得です……」「応援しておりますね」


「ちょっとお待ちくださいな、〝王子様〟のことをお忘れでなくって?」「そうですわよ!」「スフィールリアさんに相応しいのは〝王子様〟の方なのでは?」


 対抗を始める〝王子〟派閥。

 話の展開が速すぎてスフィールリアひとりでは対抗ができない。


「う、うう……だ、だから話を……」


 と――


「そうだね。わたしもちょっと引っかかるかな、その話は」

「?」


 唐突に円陣の外側から投げかけられた声に、一同の目が一斉に向く。


「あ……」

「やぁ。久しぶりだね、スフィールリア・アーテルロウン」

「ラシィエルノ……先輩」


 だった。そこにいたのは。

 先日、スフィールリアに助言とサークル勧誘に訪れた上級生である。


「ラシールでかまわない、スフィー君」


 そう呼び返してくるラシィエルノ。愛称のところで、微妙に含ませたような微笑を混ぜて。


「これはこれは。どなたかと思えば<賢人の茶会>のラシィエルノ様じゃありませんか」


 すっと立ち上がって彼女の前に立つ〝黒帝〟〝王子〟派閥のリーダー両名。


「どうも。非公認サークル(FC)のおふたり」


 ラシィエルノは涼しげに笑う。


「引っかかるというのは、どのような点がでしょうか?」

「彼女にも選ぶ権利があるということだよ」


 ざわ――とFCの面々に、さざめきが広がってゆく。


「まぁ……まるでこのお方に、あのおふたりよりも相応しいお相手がいらっしゃるかのような物言い」


 これに対し、ラシィエルノは、


「まぁ、そうだね」


 と。しごくあっさりと認める返答を寄越した。

 あまりにはっきりとした返答に、今度こそ色めき立つ一同。


「まぁ。それはいったい、どのようなお方なのでしょう」

「まさか、あなたであるなどということはお言いになりませんわよね?」

「まさか」


 ラシィエルノはあくまでも涼しげだ。

 スフィールリアがおろおろと左右を見回す中、彼女はきっぱりと、こう言った。


「ただ……彼女には『そういう話』は、似合わないんじゃないかと思ってね。彼女には研究の道が似合っているんじゃないかな?」


 ウインクを寄越してくる。


「それが、あなたのサークル<賢人の茶会>であると?」

「それはこれからの彼女が決めることよ。それを、わたしは確かめにきた」


 そう言ってラシィエルノはスフィールリアに視線を向けた。


「〝黒帝〟と手を組んだんだってね?」

「あ……は、はい」

「彼が、なにを作るのかはもう知ってるの?」

「え、えと……」


 スフィールリアはここで口ごもった。

 知っている。知ってはいる、が。それを簡単に外部に明かしてしまってよいわけがないというのは彼女にも分かることだ。


 裏コンペのこともしかり、彼の機密に関わることもしかり、である。

 だがラシィエルノは、そんなことは知っているという風に笑みを返してきた。


「別に無理して言わなくてもいいよ。こちらもおおよその見当はついているから。だからきたの」

「だから……ですか?」


 そう。とうなづく上級生。


「単刀直入に言うと――警告にきたの、わたしは。〝黒帝〟に伝えてほしい。君が作ろうとしているものは絶対に失敗する(、、、、、、、)。今のうちに手を引いてほしい……とね」

「……?」


 その言い方に違和感を覚えたスフィールリアは、しばらく、彼女を見つめ返していた。

 だが彼女は、次には別のことを言ってきた。


「わたしなら、君にコンペの出展枠を用意することもできるけどね。なにかあったら訪ねてくるように言ったじゃない?」

「……!」


 ぎくりと固まるスフィールリア。しかし。


「……今からわたしに乗り換えようということは、考えはしないみたいだね」


 スフィールリアは、少し逡巡したのちに、うなづいた。


「テスタードセンパイは、あたしを認めてくれました。だから、あたしの方からその事実を覆すことは……か、考えてないです。ごめんなさい」


 これに、彼女はむしろ満足げに笑うだけだった。


「いいわ。それは別に。君が考えた末の結論でしょう。応援させてもらうよ」

「先輩は、テスタードセンパイがなにを作ろうとしているのか知っているんですか?」


「おおよその見当はついてると言ったよ。こちらも彼の動向は監視……というとこっちがデバガメみたいだよね。とにかく、注意を払っていたから。彼の出向く先や、取引した物資の種類と流れ……これらから、彼がどういった趣向のものを作るのかはだいたい分かったからね。それで、わたしたちの〝目的〟と、衝突する可能性が出てきた」


「ラシール先輩の、目的……」


 それはつまり、テスタードと道をともにするスフィールリアにも、彼女と衝突する可能性が生じているという意味にもなるだろう。


「だから……きたんですか。あたしにも警告をするつもりで」

「いや、それは少し違う。もしも〝黒帝〟の目標がわたしたちと衝突する可能性が出てきたとしても、わたしたちからなんらかの妨害的アクションを起こすことは考えていないよ」


「?」

「君は、<焼園>という組織名に心当たりがあるかい?」

「<焼園>?」


 スフィールリアは正直にかぶりを振った。


「もしも君たちの邪魔をするとしたら、彼らだろうね。詳しいことは〝黒帝〟君に聞くといい」

「は、はぁ。分かりました。ありがとうございます」


 スフィールリアが礼の言葉を忘れなかったことにラシィエルノは満足そうにうなづくと、立ち去る気配を見せた。

 きた道を戻り一歩だけ戻り、振り返ってくる。


「そうそう。さっきは、わたしたち側から邪魔立てをすることはないと言ったけど。君たちがわたしたちの邪魔になるようなら、その限りではない。それもぜひ〝黒帝〟に言い含めておいてくれ。それじゃあね」

「……」


 ラシィエルノが去り……


「……なんなのでしょうか、あの態度!」

「わたくしたちの〝黒帝〟様を、邪魔者扱いするだなんて!」


 一斉に不満を噴出させるFCメンバーたち。


 彼女らの意識がラシィエルノへ向いたのを機会とし、スフィールリアは『〝黒帝〟に買い物を言いつけられていた』と嘘をつき、その場を離脱することに成功したのだった。



「<賢人の茶会>だと?」


 翌日のキャロリッシェ教室で、スフィールリアは、ラシィエルノの警告を〝黒帝〟に伝えた。

 テスタードは「はんっ」と半笑いで一蹴し、次に獰猛な笑みを彼女に向ける。


「なんだよそりゃ、おい。そりゃ実質『お前邪魔だから潰すわ』っつう宣言みてーなモンじゃねーか」

「でも。手荒なことは考えてないってラシール先輩も……」


「同じことだろーが。要するに、俺が手を引かねーなら潰すつってんだよ、連中は」

「う、うぅ。そうかもしれないですけども」

「ま、手なんざ引かねーけどな」

「ですよねえ~……」


 か細く答えると同時、もうひとつの警告の方も思い出す。


「あの、センパイは、<焼園>ってご存知ですか?」

「<焼園>だぁ?」


 胡散臭い顔をするテスタード。あ、知らないかなと思ったところ、しかし彼は、次には顔をしかめて聞き返してきた。


「それがどうした」

「あの……ラシール先輩が。もしもテスタードセンパイの邪魔をするヤツがいるとしたら、そっちだろうって」


「はぁ? なんで連中が俺の邪魔なんざしやがるってんだ」

「あ、知ってるんですか?」


 思案顔になるテスタードに聞くと、彼は思考を中断して顔を上げてくる。


「何度か、ソイツの〝末端〟とぶつかったことがある。しかし、それで邪魔されるっつうのもおかしな話だが……」

「逆恨み説っすか。それはないんですか」


 ないね。とテスタードは断言する。


「連中は地下サークルと違って、学院から見ても完全ブラックの非合法組織――マフィアみてーなもんだ。寄生虫だな、学院側からしてみれば」

「……」


「つっても、その実態は一切掴めず、拿捕されるのは〝末端〟のみ。その末端にしても知ってることがほとんどねぇっつーんだから徹底してやがる。噂だと、最近潰れた<ヴィドゥルの魔爪>みてーな、邪教組織とのつながりも深いとかなんだとか。俺も何度か蹴りかましてやろうと思ったこともあったが、結局、連中の〝本体〟には至れなかった。そんなヤローどもだ」

「……」


「だから、連中がそんな軽率な理由で自分たちから首突っ込んでくるってことはありえねぇ。そういうことさ」


 途中、さりげなく物騒な発言が混じっていたようにも思えるが。とりあえずスフィールリアは「はぁ~」と驚き半分、呆れ半分な息を吐いてごまかした。


「でも、逆を言うと、首を突っ込んでくる理由が今回はあるかもしれないってことですよね。……たぶん、センパイの研究に関連する理由で」

「だろうな。そして、そいつは<賢人の茶会>の目標とも対立してる」


 ごくりと喉を鳴らすスフィールリア。


「だとしたら、答えはひとつっきゃねー。競合してやがるんだ。<賢人の茶会>の目標と、<焼園>の目標と、俺の作成物が」

「みつどもえ、ですか」


 うなづくテスタード。


「いいぜ。上等じゃねーか」


 再び凶悪に笑い、立ち上がる。


「いくぞ」

「えっ? どこに?」


 溢れ出すいやな予感をこらえつつ聞くスフィールリアに、〝黒帝〟は、


「決まってんだろ」


 と、いつもの笑みを浮かべるのだった。



 そして――


「たのもー!」


 ドバン!

 と、ものすごい音を立ててテスタードが扉を蹴破った。


「!?」


 ここは、第二サークル棟の一角。その一部屋。

 びっくりして一斉に振り向いてくるのは<賢人の茶会>の面々だ。


「な、なにごとです!」

「なっ、あっ……こ、〝黒帝〟!?」


 ちょっと走り回っても不自由しなさそうなていどな広さの部屋の両脇に書架が置かれており、書籍の整理をしたり、テーブルに着いてお茶を飲んでいたり……という風景だった。女性が大半を占めている。


 研究室……というよりは、図書室とでも称した方がしっくりくる印象だった。

 部屋の奥にはもうひとつ扉があるので、研究室はその向こう側にでもあるのだろう。


「なにをしにきたんですっ!?」

「というか、なんたる乱暴な! ここがどこだか分かっての所業ですか!?」

「ど~こ~…………だぁ~~~~? そんなの知ってまァす!」


 大仰すぎるほどのリアクションで煽りを入れる〝黒帝〟。

 そのうしろにいるスフィールリアが、大変におどおどしながら、ぺこぺこと頭を下げる。


「あ、あの、あぅ……すいません、なんかほんとすいません!」

「なに謝ってやがんだ助手1ぃ!」

「あいた! ごめんなさい!」


 振り返ってぽかっとスフィールリアの頭をはたく〝黒帝〟。その折に<賢人の茶会>メンバーが攻性アイテムを取り出そうと身構えて――


「おぉっとお!!」

「!!」


 しかし機先を制したのは〝黒帝〟の方だった。その手のひらに十数個もの『キューブ』が浮かび上がる。


「んなっ!」

「こいつがなんだか分かるよなぁ。そう、全部『レベル10キューブ』です! ――おっと、だから動くなって。妙な動きを見せたらお前ら全員ドカンだからなぁ!」

「……!」


 唖然とする面々に、〝黒帝〟は傲然と告げる。


「先日はどーも。ウチの助手使ってご大層な宣戦布告かましてくれたそーじゃねぇか。今日はそのお返事にうかがいましたぁ!」


「やれやれ。なにをするにも派手だね、君は」


 と、いう声は、彼らのうしろから聞こえてきた。


「……」


 手のひら上に踊らせる『キューブ』はそのまま。〝黒帝〟が振り返る。

 そこにあるテーブルのひとつに腰を預け、ラシィエルノ上級生は立っていた。


「ちぃっす、センパァイ」

「君の『ヘンリエッタ(ネックレス)』と同じ『意識払い』だよ。気づかなかった?」


 指に引っかけたリングをくるくるとさせながら、含みのある笑みでラシィエルノは告げる。

 挑発を受けて、テスタードがギラリと瞳を輝かせた。


「は。さすがは〝黄昏の金姫〟様です……って言ってほしかったか?」

「君の〝認識阻害破り〟を欺けたことは、素直に誇るつもりだよ」


 ちっ、と舌打ちを返す〝黒帝〟。手のひらの『キューブ』をジャラと掴み、ポケットに引っ込める。


「それで? わざわざ〝お返事〟をしにきてくれたとか? 色よい返事だといいんだけど」

「分かってんだろ――断る。俺がンな脅しで手を引くとでも思ったか?」


 気楽なため息とともに肩をすくめるラシィエルノ。


「脅しだなんてとんでもない。純粋な親切心のつもりだったんだけどね。……言ったはずだよ、君の作成物は、絶対に失敗する、ってね」

「はんっ!」


 と文字通り手近にあった机の脚ごと一蹴し、


「まるで、俺がなにを作るつもりなのか、丸ごと知ってる風じゃねーか」

「それが君の目的か。わたしたちの知識がどこまで具体的であるのかという、探りを入れるための訪問というわけだね」

「……」


「もうそちらも、こちらの思惑は察しているだろうから隠し立てすることなく明かすけど――君が作る物の全容は、さすがの私たちも知らない。設計図でも手に入ったらよかったんだけどね。君の機密保持は完璧と言っていいよ」

「で?」


「君も察しているであろう通り。君の作成物と、わたしたちの〝目標〟には、いくつかの競合点がある。その上で君の計画が絶対に失敗することが分かっていたから、かち合う前に手を引いてほしいとお願いしようと思った。そういうことよ」


「俺が作ろうとしているのは――<封印書庫>の〝完全版〟だ」

「――」


 まさか、このタイミングで秘密を明かしてくるとは思っていなかったのだろう。不意の告白に動きを止めるラシィエルノと、ざわつく<賢人の茶会>のメンバーたち。

 そのうちの幾人かが「やはり……!」と驚愕するのを視界に捉えながら、


「より正確には――もう分かってんだろうが――そいつを現出・維持するための召喚機だ。加速衝突で爆発させた仮想循環子をウィモリアス-ユラス領域以上の大深度領域に転移させて、そこに循環している『知識の根源』を転写。EPR量子テレポーテーション同義効果で呼び戻された転写情報をフラクタル構造内にキャプションして、持続するアーカイヴとする――」

「……」

「――構造としては、ただそれだけのモンさ」

「それだけのもの、ね。それがどれほど途方もない術式の連鎖で行われるものなのか……察せられないわたしでもないけれどね」

「お褒めに預かり、どーも」


 ふっと息を抜くように笑うテスタード。彼が次にうかべた笑みは、より凶悪なものだった。


「学院の秘宝」


 唐突に放たれた〝黒帝〟の言葉。


「――」


 その、単語に――室内の温度と言うべきものが一段、下がるのをスフィールリアは感じた。


「てめーらが追いかけてるのが、そいつだ。俺が作るモンとの競合点、ね。あるとすればそれしかねぇじゃねーか。俺が作る召喚機。ソレが呼び出すモンこそが、お前らの追い求めてる『学院の秘宝』――そいつを今、確信したぜ」

「参ったね、君は鋭すぎるんだよ」


 実際、心底やられたというようにやれやれをするラシィエルノと、敵愾心をむき出しにしているサークル員たち。


「召喚機の情報を明かし、それに対するわたしたちのわずかな反応だけでそれを確信する。――知性だけじゃない。人並み外れた胆力と自信、そしてそれを裏打ちするだけの経験がなければ、ね。君のような傑物は生まれ得ないだろうよ」


「……!」


 スフィールリアも、ラシィエルノの言葉で初めて気がつき、息を呑んだ。

 彼は、ただ喧嘩を売りにきたのではない。それをたしかめるためにすべての言葉と、流れを用意してきたのだと。


「お前らが『学院の秘宝』を追い求めてきたってのは知ってる。一部じゃ有名だったからな。最近、俺の周りを嗅ぎ回ってたこともな――いつかは直接、コンタクトしてくるもんだと踏んでいた。ここまではっきりと物を言ってくるとは思ってなかったがな」


「……」


「だもんだから俺もお前たちの動向には一応、網を張っていたのさ。だからお前らが<封印書庫>に何度も足を運んでいたことも知ってた。お前たちも、<封印書庫>の『根源』か、それに近い『なにか』を察知していたんだろう? なぁ? そして、ソレへのアクセス方法を模索していた。大したモンだと思うぜ、実際。だけどな――」


 ラシィエルノは、なにも言わない。無言でひと口、ティーカップの中身を煽っている。

 テスタードは、自分のこめかみをトントンとやり、会心の笑みで告げた。


「その発想、俺がもう三年前からしてるから」

「……」


 数秒間、室内に沈黙が降りる。

 ぱち、ぱちぱちぱち……

 やがて、ティーカップを降ろしたラシィエルノが、そんな拍手を送ってくる。

 その顔には、取り澄ました笑みが浮かべられていた。


「……」

「いやはや、君は本当に大したものだよ。本当、出会って最初のいさかいがなければ、三年前にはスカウトしておくべきだったとさえ思う」


 拍手を続ける彼女の様子を、無言でうかがっている〝黒帝〟。そして、戸惑うように互いの顔を見合わせているサークル員たち。


「だけど、君のターンはここまでだね。これ以上のサービスはしないよ」

「なんだと……?」


「そんな演技はしなくていいよ。――君は決して忘れてはいない。わたしが君に送った言葉……君の作成物は『絶対に失敗する』というものをね。君はそうやって得意げに道化として振舞うことで、わたしが仕返しか優位性の誇示のために、それについて口を滑らせることを望んだんだろう? 君の訪問の、真の目的がそれだ」


「ちっ……」

「なっ……! せ、センパイそんなことまで!?」


 さらに驚愕してテスタードを見るスフィールリアが、「お前はそんぐらい察しとけ!」とげんこつをかまされて涙目になる。

 そんなやり取りを見て楽しそうに笑うラシィエルノ。


「バレちまったらしようがねえ……で、どういう意味だ、それは」

「残念だけど、教えることはできないね」


「つまり――そこにお前らの追っかけてる『学院の秘宝』とやらの秘密があるわけだ。いや、正確には違うか……あるのは、俺の『召喚機』と『学院の秘宝』の間にある〝差異〟だ」


「……」


「その〝差異〟に、俺とお前らの〝手段〟の違いも隠されてる。そして、俺の手段は、お前らが『学院の秘宝』を手に入れる障害になりかねない……大ざっぱに言や、そんなところだろう」


「君は本当に恐ろしいね」


 もう一度、乾いた拍手を送るラシィエルノ。


「どーも。……だけどな。そんな文句で、この俺が引き下がると思うなよ」

「どうあっても、君は君の計画を遂行すると?」


「ったりめーだ。そして、俺の理論は完璧だ。召喚機は成功する。その上でまだ失敗する要素があるっていうなら、俺はかならずソイツを突き止める。負けるのはお前らだ」


「宣戦布告というわけか」

「どーとでも取りな。ここにゃもう用はねー。いくぞ、助手1」

「あっ、は、はい!」


 あっけに取られるほどあっさりときびすを返す〝黒帝〟に、室内へ一礼してから、慌ててついてゆくスフィールリア。

その背中に、ラシィエルノの声が追従する。


「そうそう。もうひとつの忠告の方――これは覚えておいた方がいい」

「……」

「<焼園>には気をつけなさい。連中はわたしたちと違って、容赦も手段も選ばない」


 テスタードは特に言葉を返すことはしなかったが、


「……」


 ニヤリとだけ強気の笑みを返し、<賢人の茶会>をあとにしたのだった。




 そして、第二サークル棟のエントランスにて。

 スフィールリアは一旦歩みを止めて柱に体を預けた〝黒帝〟と、向かい合っていた。


「さて、と。これからどうすっか」

「<賢人の茶会>と<焼園>……ていう組織の、ことですか?」


 そうだ。とうなづく〝黒帝〟。


「どうやら今回、裏になにかもう一段か二段かの〝からくり〟があるらしいな……そいつを見極める必要がある」

「あの……あたしはなにをすれば」


 あぁ? と、まるで彼女の存在自体に初めて気がついたかのような反応が返ってきた。


「別に。言ったろ。お前らにそんなことは期待しちゃいねぇよ」


 どうやら、調査にはひとりで当たるつもりらしい。

 それもそうかとスフィールリアは思い直した。


 情報網というのは財産に等しい。それを偉大なる計画のためとは言え、昨日今日加わったばかりの新参者に貸し与えるはずもないということは、彼女にも理解できたからだ。


 なのでスフィールリアも、おとなしく了承しておくことにした。


「わ、分かりました。じゃあ、あたしはパーツとかの練成作業ですね」

「ん」


 分かればよろしいと言うように簡素にうなづいてくる。


「……と。いや、違うか。その前に手伝わせることがある。素材の調達だ」

「あ、採集旅行ですね」

「んだ。一番の大物はすでに押さえてある。だから今度は<アガルタ山>だ」


「わあ! <アガルタ山>ですかっ? 今のあたしの宝級ランクじゃいけないところです!」

「まぁな。今回は俺の顔で通す。お前は自分のツテで、それなりの護衛を用意しろ。分かったな」


 そう。資格を満たしていない者でも、チームリーダーがランクを持っていて、なおかつ護衛条件をしっかりとそろえていれば同行することができるのだ。無制限ではないが。


「それなりって言うと……どれくらいでしょうか?」

「ちょっと前に<アガルタ山>に起こったとかいう環境変異は知ってるな」

「はい」


 ミルフィスィーリアが、棲んでいたドラゴンを片っ端から追い立てた事件である。


「そんで原住ドラゴンどもが消えたことで、別の凶悪なドラゴンが一匹、よそからやってきて陣取ってる。上位種の、魔竜エルバルファって話だ。そいつを狩る」


「うへ……」


「少なくとも魔剣クラスの獲物を扱えるヤツなら上等だ。そうじゃない場合は、まぁ、サイアク荷物持ちていどでもいいわ。用意しとけ。あと、お前も特監生の端くれならレベル10以上の『キューブ』でもこさえて持ってこい。いいな」

「は、はい。分かりました」


 ということで、その場は解散という向きになった。

 サークル棟の前でテスタードの背中を見送り……スフィールリアは屈伸(のび)をするとともに、言い渡された自分の役割について思いを巡らせた。


 魔剣クラスの使い手。ドラゴンに通用し得る戦力。護衛。

 そうなると、真っ先に思い浮かんだ顔がひとつあった。

 なにかにつけては彼女のことを心配し、危ないことをするなら俺を呼べと言い聞かせてくる、あの男。『世界樹の聖剣』の使い手。


 そう。

 アイバ・ロイヤードである。


「今度こそゲンコツ回避するぞ~」


 スフィールリアは<国立総合戦技練兵課>へと足を向けた。


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