■ 2章 <封印書庫>(3-04)
「コンペの構造を説明するぞ。ありがたく聞きやがれ」
キャロリッシェ教室の教壇に立ち、テスタード上級生がカカッと軽快に白文字を描く。
人払いを受けた教室には、彼と、スフィールリア、エイメール、アリーゼル、フィリアルディの五人しかいない。
「あのぅ、テスタード先輩?」
エイメールが挙手をする。
「なんだ」
「なぜにいきなり、先輩直々に解説なんて……そんな親切なことを?」
「てめーら、俺をなんだと思ってやがる?」
と席を睥睨するのは、全員がこぞって「うんうん」とうなづいていたからだ。
逆に今度はジロリとした視線をやられてブンブンブン! と首を横に振っていたが。
「……まぁいい。今のは割と悪くねぇ質問だった。それは、俺が参加する〝部門〟の性質に理由があるからだ」
「部門に……?」
アリーゼルが「まさか……」と顔を青くしているのを目ざとく見つけたテスタードがニヤリと笑い、続き黒板に向き直った。
「そうだ。というわけだから私語も文句もなくかっちり聞きやがれ――コンペ祭の構造は、大まかに言って、三部門に分けられる」
そう言って、まず黒板に大きな円を三つ。三角形を描くようにそれぞれの頂点に記した。
そのひとつに、
「ひとつはメインである、このコンペ祭の名前の由来ともなった学技会――『|学院定例総合学技競技会』だ。これはさすがのてめぇらでも知ってるな」
「はい」
「これは簡単に言えば順位を競う形の試験・競技大会であり、数日間に渡りいくつもの設問や課題をこなしてポイントを稼いでゆく。優勝者にはもれなく<銀>の階級が与えられる」
テスタードの言う通り、この大コンペ祭の中核を担う項目である。
与えられる課題は、筆記から実技、そして『キューブ』などのアイテムを実際に使用した競技など。求められる知識や技量は、基礎から応用まで多岐に渡る。
元々コンペ祭というのも、この学技会項目のみから始まったものであり、後述されるふたつの『祭り』は、学院の規模や知名度が大きくなるにつれ、自然発生的に増設されていったものなのだ。
ゆえに、もっとも格式の高い競技項目でもある。競技の観覧も、生徒と教師のみに制限されている。外部に娯楽として提供される必要性がないと考えるためである。
<銀>――という響きに、ごくりと喉を鳴らすスフィールリアを、上級生はニヤニヤと笑ってチョークで指し示した。
「――そこのションベンガキがこいつへの参加を諦めた理由は、フェイトのヤローから聞いてる。お前教科書の知識が全然ないんだってな。そんなんでどうやって入学したんだか。どんなえげつねぇ手を使ったんだ、おい?」
「い、いや~。それがあたしにもよく分かんなくって。知らない間に師匠のヤツが全部の手続きやってくれちゃってたみたいで」
「はん。七光りってやつかよ」
「スフィールリアさんはそんな人じゃありません! 実力も志もともなった立派な綴導術士ですっ!」
ガタン! と椅子を蹴立てるエイメールだったが、ことを荒立てたくないスフィールリアに「まぁまぁ」と諌められ、おとなしく座り直した。
それをうざったそうに待ってから、テスタードがふたつ目の円に文字を書き込んだ。
「ふたつめが、『学院学芸披露会』――簡単に言や、日々の研究発表会ってやつだ。内容はレポート発表から成果物の提示、そして実演等まで、やはり多岐に渡る。こいつは外部の人間にも観覧が許されてる。つっても、基本的には粛々と行われるから、見せもんとしちゃタイクツなシロモンだがな」
うなづく。
「だが、たまにはっちゃけた実演をするヤツなんかもいるから、そーゆーのはなかなかの見ものだ。観覧席の人間まで巻き込んじまうようなヤツもあるから、笑えるぜ。くくっ」
「センパイは、どの部門に出るんですか? 学技会には出ないんですよね?」
「だ~れがあんなタイクツな競技会なんざに出るかよ。俺なら楽勝だっつの。<銀>の称号なんざ用はねーしな」
テスタードは『学技会』の円の周囲に色チョークでお花を咲かせた。お花畑だ。
スフィールリアはこんな彼にも絵心があるんだなと意外に思ったものだが、綴導術士はみな、あるていどの絵の心得を持っているものだったりする。
ちょっと難しいアイテムの設計図や図面を描いたりするのにも必要に迫られるし、取引などで相手が知らないアイテムを説明したり、採集旅行でやはり護衛職が知らない素材品を説明するのに、必要となることが多いからだ。
ともあれ、四人に向き直って、テスタード。
「俺が出るのは、この『学芸会』だ。優秀賞者には副賞で、最大<白磁>までの宝級昇格試験のパス認定が与えられる。フェイトのヤローがお前に俺を薦めてきたのも、そいつが理由だろう。まぁ、俺の目的は賞金と、もっと別のやつだけどな」
「おお……!」
が、テスタードは意外にもあっさりと、興味なさげに話題を移す気配を見せた。
「だが、これ自体はさほど重要でもない」
「?」
「次に移るぞ。最後のひとつが、」
そして、最後の円に書き込まれたのが、
「『学技模擬実施展覧会』――だ」
「お祭りですよね、ひと言で言うと」
「ですわね。毎度のこと、王都も大賑わいになりますわ」
王都出身のエイメールとアリーゼルが楽しげな雰囲気で言い合い、おとなしいフィリアルディが興味深そうに聞いている。
「そうだ。まぁ実際実質、祭りみてーなもんだわな。模擬とか展覧とか大仰なこと言ってるが、要するに『出店』のことだ。内容も食いもんだとか、ゲームだとか、ちょっとした研究成果物の展示とかだ。規模・参加人数・集客率としても、こいつが一番デカい。一般人にも開放されるからな。そして、なによりコレの意義のデカいところは――」
ここでニヤリと笑い、テスタード。
「――金が生まれる」
「お金、ですか~」
ちょっとまぶしそうに、エイメールが目を輝かせる。
テスタードが解説を続ける。
彼の言葉の通り、展覧会は祭りの要素が濃い。
学院祭は、ただのお祭りではない。なんといっても綴導術士の総本山が催す祭典だ。
ゆえに貴重な素材や作成物が並ぶこととなり、それらを求めて世界中から観覧客が押し寄せてくることになるのだ。
さらにそれらの王都への来訪客を目当てにした学院外部の商売も大変に繁盛する、という寸法だ。
「というわけで最初には書かなかったが、四つ目だ。学院〝外部〟祭。これも、けっこうな規模になる」
テスタードは黒板に四つ目の円をつけ足した。
さて、学院内出店の内容品の売買は学院が発行するコンペ祭専用のチケットで行われる。チケットは事前に学院から購入する必要があるので、この時点で生じる金の額は、個人では計り知れないレベルとなる。学院サイドとしても、生徒サイドとしても、貴重な収入源だ。
だからこの時期から学院内部の<アカデミー・マーケット>などでは物資の流通が異常なほどに活性化する。
「俺は出店は出さねーが、そいつらを目当てにした商売はする。そのための採集旅行でもあったわけだが、それも、今んとこはいい。本題じゃねぇ」
と言って、テスタードはあっさりと話題を打ち切ってしまった。
「?」
きょとんと首をかしげるスフィールリアたち。
「俺が参加するのは、この四つのうち、どれでもねぇ」
「えっ」
「ど、どういうことですか? さっきは『学芸会』に出るって」
「それ自体は間違っちゃいねぇ」
ニヤリと笑い、テスタード上級生はこう宣言した。
「俺が参加するのは――〝裏〟コンペ祭、だ」
「裏?」
アリーゼルが気も重そうに「やっぱりですの……」とつぶやくのが聞こえた。
「裏コンペ祭……?」
そうだ。とテスタードはうなづく。
「この学院に広がる、アンダーグラウンドのことは知ってるな」
スフィールリアがぴょんと手を挙げた。
「知ってます! 〝地下サークル〟とかですよね!」
「そうだ。連中は学院の、限りなくブラックに近いグレー部分だ。扱う品や取引内容はほぼ非合法だな。この学院には、そいつらが同時に主催するコンペ祭がある。俺はそいつに参加する」
これに「えっ」と声を上げたのはスフィールリアだ。
「えっ、えっ……!? どういうことですか? そしたら、あたしの研究発表の枠はいったいどういう風に……」
と彼女が慌てるのも当然だ。
学院非公認組織である地下サークルが主催するコンペにおいて、まさか学院が公認する(というか学院にしか公認できない)宝級が与えられるはずがないというのは、少しの想像力があれば容易に理解できたからだ。
が、テスタードは予測していたように笑うだけだった。
「まぁそう慌てんな、ションベンガキ。その辺に抜かりはねぇ。俺はお前のランクなんざどうでもいいが、それじゃフェイトの方もそういうつもりでお前を差し出したと思うか?」
「ふ、ふむっ?」
「説明の必要性、お前らに理解させておくべき点が、ここだ。裏コンペ祭に『会場』という概念はねぇ。裏コンペの会場は表コンペと同一……つまり裏コンペ祭は、表コンペ祭と表裏一体で行われる。俺は最初に『学芸会』に出ると言ったな? あれは間違っちゃいない。だが俺が目的にしているのは裏コンペの優勝だ。だから表の結果なんざどうでもいい」
「つ、つまりセンパイは、表コンペの『学芸会』にも出展する、と? というより、表コンペの出展者の作品を、裏コンペの人たちが勝手に評価すると。そういうことですか?」
テスタードはうなづき、スフィールリアの洞察に修正を入れてきた。
「正確には、評価は裏コンペへの出展申請者の分のみに行われる、だがな」
つまり、裏コンペの参加者は、表と裏の両方に出展するという意味だ。
「な、なるほどぅ。てことは」
「そうだ。『学芸会』における発表枠は、各人与えられた持ち時間の中でならいくつでも用意していい。普通はしねーがな。つまり俺が自分の発表の時間を調整してお前用の時間を作ってやるから、てめーはてめーで勝手にやりゃあいい。そういうことさ」
「おぉ……!」
「この説明の意義がここにある。分かってるとは思うが、いいか――くれぐれも裏コンペのことは、軽々しく口にはするな。あくまでもこいつの存在は公然の秘密だ。明るみになれば……」
「……」
「まぁ、退学になることは間違いない」
「……」
顔を見合わせる四人の少女たち。
「分かったか?」
すごみのある眼差しを突き刺されて、こくこくとうなづく。
次に挙手したのはスフィールリアだ。
「でも、センパイ。あたしが言うのもなんですけど……いいんですか? センパイの貴重な発表枠をゆずっていただいちゃって」
テスタードは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「別に。かまわねぇさ。なんなら九割がたの時間をお前にくれてやってもいい。講釈や説明なんざ必要ねぇ。俺が今回作るもんは、どーせ、見せただけで優勝するに決まってるんだからな」
「えっ」
と面々が声を上げるのも無理はない。
ものすごい自信である。
そして、それほどの自信を抱ける作品とはいかなるものなのか。気になるのが学院生の性というものである。
「い、いったいなにを作るんですか……!?」
これに、再びニヤリと笑う〝黒帝〟。
「そうだな、自分がいったいなにの片棒担がされるのかも知らねーんじゃ役立たずもいいところだ。教えておいてやるよ」
そう言って、テスタードは教壇を降り、退室する気配を見せた。
ドアを半分開けたところで、振り返り、
「お前ら、午後の授業は入れてあるか?」
これに、簡素にうなづくアリーゼルとフィリアルディ。
「じゃ、それ今日は休め。全員だ」
「んなっ」
あんまりにも唐突な命令形に唖然とするアリーゼルたちだったが、テスタードは、
「ついてきな」
やはり、不敵に笑うだけなのだった。
「ここだ」
「ここが……」
一行がたどり着いたのは、第三研究棟の裏口から入れる、半地下階部分にある廊下だった。
非常に雑然としていて、うらさびれた雰囲気な場所だった。
元は物置としてでも使われていたと言う。その搬入口が、ここだ。
ロッカーや壊れた備品、机や椅子などが、詰め込めるだけ詰め込んだというように放置されており、申し訳ていどに、扉へと続く道が空けられている……。
そんな場所だった。
「……ここが、センパイの〝寮〟なんですか?」
いまいちそうとは思うことができずに聞くスフィールリアに、テスタードはあっさりと否定を返してきた。
「学院が俺に割り当てた工房は、あと十分ぐれー歩いたところにある。ここは、俺が管理人と取引して買い取った住処だ」
「えっ」
「工房の方なんざにバカ正直に暮らしてたら、身の程をわきまえねーアホどもがわんさと襲撃かけてきて、さすがにうざってーからな。だから、ここに移った」
「は、はは……あたしも気をつけよ……」
と、言うことくらいしかできないスフィールリアだった。
「でしたら、うかつにタウセン教師どののファンクラブを刺激したり、反撃して施設もろとも爆破するなどといったことは控えないといけませんわね?」
「う、うう……それに関してはあたしばっかりが悪いってわけじゃないはずなんだけど……」
「でもそうすると、先輩? わたしたちをうしろにぞろぞろ連れてきたら、よくなかったんじゃないですか? 目立ちますし……。その襲撃者さんという人たちに、目をつけられたかも……」
フィリアルディのしごく当然な推論に、ギクリとして背後の階段を見やるスフィールリアたち。今のところ、自分たち以外の影も気配もない。
テスタードは自分の首に下げているネックレスのひとつを持ち上げて見せた。
「この俺がそんなヘマこくか。コイツの効果だ。装備者を中心とした半径、最大十メートルまでの範囲に意識避けの術をかけられる。今まで歩いてきていた間も、俺たちのことを意識できた人間はいねー。たとえそれが、教師クラスであったとしてもな」
連れ立って歩く自分たちを見れば、だれかひとりぐらいは目を寄越してくる人物もいそうなものであっただろうが。そういえばそんな視線ひとつも感じることはなかった。あくまで、言われて初めて気づくていどの差異だったが。
しかし、教師クラスをも欺いて見せると豪語するあたりは、さすが〝黒帝〟といったところだろうか。
「これからお前らにも同じもんを配ってやる。今後ここを訪ねる時は、絶対にそいつの装備を忘れるなよ。分かったな。狙われて怪我しても知らねーぞ」
「は、はい……!」
「さて、と。客なんざほとんど招かねーからな……狭いな」
などと言いながら乱暴に机や椅子の足を蹴りどかして進むテスタード。
ついてゆく。一列になって続くのが精一杯であったが。
ほどなくたどり着いたのは巨大な〝玄関〟(元・搬入口)前。そこだけは広場のようにぽっかりとスペースが残されていて、元の搬入口の名残を残している。
扉を見て、スフィールリアたちは「はへ~」と感心の息をついた。
鍵だらけだったのである。
ドアの側面はもちろん、上側までびっちりと。ざっと見て数十個もの鍵が外づけされているのだった。
扉自体も相当に硬質で分厚いのが分かる。襲撃者対策というのは本当なのだろう。
なんにせよ、これを出かけるたびにすべて開け閉めするのは大変そうだな~という感想を一同は抱いた。
しかし、彼は鍵には手をつけず、扉のすぐ横にあったロッカーを開けた。
その奥にあるパネルに手を当て、微量の〝気〟を流し込むと……
「!」
カチャン!
と音を立て、一斉に、すべての鍵が解除されていった。
「あ。か、鍵は実は一個だけだったんですね」
ニヤリと笑うテスタードの顔は、ちょっと冗談じゃないぐらいに怖い、とスフィールリアたちに思わせた。
「正確には少し違う。ひとつひとつ地道に全部の鍵を解除しても、コイツを起動しないと――しかけた爆薬が一斉に炸裂する仕組みになってる」
「んなっ」
「機密保持のための当然の措置だ。俺の研究を盗もうとする愚か野郎は学院内外、キリがねーからな」
「……」
「というわけだから、俺がいないのに中途半端に鍵が開いてたりした時はすぐ逃げろよ。生き埋めになるぜ」
「……」
住んでいる世界が違うな。と、彼女たちに思わせるには充分な笑みだった。
ともあれ、テスタード上級生。「入れ」と手短に告げて開けた扉をくぐってゆく。
「お帰りなさいませ、テスタード様」
「おう」
すいー、と宙を泳いで彼らを出迎えたのは、白い猫だった。
「まぁ!」
空飛ぶ白猫は、テスタードのうしろにいる彼女たちを見て、くりっとした目を見開いて見せた。
「まぁ、まぁ、まぁ! テスタード様が、お友達をお連れになるだなんて! まぁ!」
「ダチじゃねー。新しい使いっぱしりだ」
「助手のお方たちですか。見つかってよかったですねぇ」
「ね、猫っ?」
「しゃべった……!」
学院から彼に当てられた妖精だなと、同じ特監生であるスフィールリアには、すぐに検討をつけることができた。
「あ、センパイの担当の妖精さんですか?」
「はい。エレオノーラと申します。以後お見知りおきを」
空中で、ぺこりと頭を下げるエレオノーラ。
「かわいい……」
と、アリーゼルがつぶやきを漏らす。
「お茶のご用意は?」
「いらね。エレオノーラ。あとで作業再開するから、導脈反響板の調整しとけ」
「はい。かしこまりました。――皆さん、ごゆっくりしていってくださいね」
と告げて、すい~っと部屋の別方面へと泳いでゆく白猫。
「こっちだ。さっさとこい」
「お、おぉ……!」
部屋の中を進んで、スフィールリアは感嘆の声を上げていた。
玄関前とは一転して広々とした、打ちっぱなしな内装のワンルームだ。元は倉庫だったのだから当たり前だが。
そんな部屋の壁際やそこかしこに、スフィールリアでさえ見たことのないような機材がずらり、豪勢に並んでいる。
それよりなにより、目を惹いたのは……
「すっご~~い! すっごい大きい晶結瞳!」
高さにして三メートルはある巨大な晶結瞳だ。これだけの代物は、学院中を探しても数えるほどもないだろう。
「すごい……いくらぐらいするんだろう」
フィリアルディたちも、感動したような眼差しで晶結瞳を見上げていた。
「こいつは俺の自作だ。値段にはならねぇ。だが、そうだな……こいつに市場換算で値段をつけるとするなら五億アルンぐれーにはなるだろ。スペシャルなのは見た目の大きさだけじゃねーからな」
「ごっ、五……!」
「Sランク以上の品を作るなら、俺としちゃ、これぐれーは欲しいってこったな。て、コイツは別にいいんだよ。こっちだ。こい」
「……」
まさにこれぐらい当然だと言う風に、晶結瞳の自慢などはしてこない〝黒帝〟。あっさりとその件はスルーして、晶結瞳の裏側へと回ってゆく。
もう少し晶結瞳を眺めていたかった彼女たちだが、名残惜しくもついてゆくしかない。
そして、裏手に回ったところで。
「コイツだ。俺が、作るモノは――」
テスタードが、待ち受けていた。
彼自身と同じほどの高さがある。つまり、それなりに大きな物体にかけられた布に手をかけて。
その布を、一気に引っ張り外して、全容があらわになる。
「これは……!」
一同が息を呑む。
そこにあったのは、一見すると〝台座〟にでも見えるような『なにか』だった。
円筒形の台座。その四隅に牙のような突起が生えている。
――見た目の上では、ただそれだけのものだった。
物体のうしろにある掲示板には、かなりの量、かつ複雑な書類――設計図と理論図とでも呼ぶべき書類が留められている。そこに描かれているのと、ほぼ同一の品である。
見比べてみて、現在は外装と内部機構が作りかけの状態であることが分かる。
がしかし、複雑な代物であるという以外、彼女たちにはソレが『なに』であるのか……理解することはできなかった。
むしろそのことをうれしがるように、テスタード上級生は誇らしげな笑みを浮かべていた。
あの巨大な晶結瞳を見せた時にも見せなかった――紛れもない、得意げな顔を。
それこそが、彼の自信と、物体の機能のすさまじさを物語っているかのようであった。
そしてテスタードが、強気な笑みを強めながら、告げた。
「超弦統合時空投影機。端的に言えば――〝召喚機〟、だ」
「召喚、機……?」
つまり、『なにか』を召喚する機能を持つ機材だということだ。
その『なに』を呼び出すものなのか――そここそが、この彼の自信を裏付ける要素であることは疑いない。と、スフィールリアは検討をつけた。
「なにを呼び出すものなんですか……?」
「ちったぁモノが分かるみたいだな、お前は」
うなづく〝黒帝〟の声は、むしろ子供のように弾んでいたように思えた。
そして、こう答えてきた。
「教えてやる。俺が呼び出すのは――<封印書庫>の完全版だ」
アリーゼルとエイメールが驚いたように声を上げてから、顔を見合わせた。
「ふ、<封印書庫>って、なんですか?」
と疑問の声を上げたのは、フィリアルディだった。
「学院の大図書館は知ってるな」
「は、はい」
「<封印書庫>ってのは、そこの最奥に位置する禁書庫のことだ。封印級の本が、文字通り、封印されてる。<封印書庫>そのものが封印されていて、フツーの手段じゃ足を踏み入れることもできねー上に、そこの大半の本は開くことすらできなくなってる」
それは、学院生の間でまことしやかにささやかれる都市伝説とも言えるものだ。
学院の大図書館。
そのどこかには、古の賢人たちが残した偉大なる叡智が集う場所がある――と。
通常の手段ではたどり着くことも叶わず、あるいは、書物に認められし者だけがたどり着くことができるのだとも言われているが……。
「まぁ、封印式を強引に破って開いても、意味はねーんだけどな」
「な、なぜですか?」
「〝中身〟が『ない』からだよ。開いても、白紙のページがお出迎えしてくれるだけだ。もっとタチの悪い本になると、トラップで用意された魔物が顕現することもある」
テスタードの口調は、まるで実際に見てきたかのようでもある。
というより、この彼のことだ。実際に見て、試したことがあるのだろう。
「<封印書庫>に保管されてる本は、〝本〟の形こそしているが〝本〟ではねぇ。学院のもっと深い場所から湧き出してきてる〝情報流〟の一部が流出してそこに現出しているにすぎないものだからだ。と、いうことを、俺は研究の末に突き止めた」
「く、クレイス先輩から聞いたことがあります。<封印書庫>と封印書籍の関係は、発生順序が〝逆〟なんだって……」
「クレイス? あぁ――エスレクレイン・フィア・エムルラトパのことか。あの変態女が言うなら、信憑性も増してくるってもんだな」
エイメールのつぶやきに、面白そうな顔を浮かべる〝黒帝〟。
「そう。普通の書庫なら、まず本が先にあって、その本を納めるために書架が置かれる。――だが<封印書庫>は違う。その〝情報流〟――俺はソイツを『根源』と呼んでるが――ソレの指向性を決定づけてキャプションし、本という形に留めてるのが<封印書庫>だ。<封印書庫>があるから、〝中身〟である本が現れる。俺はそう考えている」
「でも、それは、あくまで噂の域を出ないものなんじゃありませんの?」
「そいつを証明することになるのが、この召喚機だ」
テスタードはボードに張りつけられた書類の一枚を、最前面に張り直して示した。
「俺は入学してから三年間、<封印書庫>の正体を追い続けてきた。そして確信した。<封印書庫>に現れる〝本〟どもは、この『根源』から流出してくる情報のうち、ごく一部にすぎないもんである。とな」
「つまり、<封印書庫>もこの機材と同じ――だれかが作った召喚機の類であるってことですか?」
「合格だ、ションベンガキ。俺はそう考えている」
「あ、あのぅ。できればそのションベンガキっていうのは、や、止めてほしいんですけれどもぉ……」
「じゃあ、助手1」
「そ、それならなんとか……」
挙手をして、アリーゼル。
「……では、同じ召喚機であるということは、その<封印書庫>で充分ではないのですか?」
うなづくテスタード上級生。
「<封印書庫>には<封印書庫>を作ったヤツ――何者かは知らんがな――の与えた指向性、つまり、規格と言うべきもんがある。だから開かれることが望まれていない封印書籍は開いても白紙になったり、トラップがひもづけされてたりする。俺が欲するもののためにはソイツが邪魔だ。だから、一から新しく<封印書庫>を作り直す。――まったく新しい形で、強制的に〝アーカイヴ〟を呼び出す。それが、この召喚機の役割ってわけだ」
召喚機に腰を預け、テスタード上級生。手品の種を明かし終えたかのように手のひらを振って見せた。
「……」
一連の話を聞き終え――その計画の壮大さ、途方のなさに、ため息をつくばかりなのが少女たちである。
<封印書庫>とは、学院生にとっての〝七不思議〟と言っても差し支えない。連綿と受け継がれ続けてきた、生ける〝都市伝説〟だ。
その正体を暴こうと言うのだ。
いや。かつては、幾人もの猛者がこれらの謎に挑み――敗退してきたのだ。それらに関するエピソードにも〝七不思議〟はことかかない。
しかしこの〝黒帝〟は、その挑戦に対し、すでに王手をかけたところまできているというのだ。彼の自信、そしてうしろのボードに累積された書類上のデータは、紛れもなく本物だ。
これが成功すれば、場合によっては――学院の歴史に新たなる一ページが記される。
それほどの偉業である。
「……」
それが分かると――少女たちの顔にも、言いも知れない昂揚の色が湧き上がってくる。
これが、〝黒帝〟。
これが、特監生。
これが、<金>の歩く世界――!
この偉業の、ほんの一端にでも関わることができる。歴史が変わる瞬間を、すぐ横から見つめることができるのである! と。
「お前たちにはコイツの〝建造〟に当たって、基本的には、俺が省略したい基礎中の基礎パーツやその他雑務を任せるつもりだ。――難しいことまで期待はしちゃいない」
「は、はい……!」
「ま、ありがたく、じっくりと拝みやがるんだな。この俺が、学院の頂点取るところをな」
相変わらずの横柄っぷりだが、彼女たちにはもはや、そのことに怒るような気も起こらなくなっていた。これだけのものを見せつけられたのでは、大人しくなるしかない。
「でも、センパイ」
と、そこで小さな疑問を覚えて小さく手を挙げたのはスフィールリアだった。
「なんだ」
「その『根源』からアーカイヴというのを呼び出すのは分かったんですけど……センパイは、どうしてそれを追いかけていたんですか? なんだか、別の目的があるように聞こえたんですけど」
「……」
テスタードはしばし無言でスフィールリアを見つめていたが……
やがて顔を逸らすと、つまらなさそうにため息をつくのだった。
「……お前らには、関係のねーことだ」
「は、はぁ」
「気にするだけ無駄だ。無意味だ。だから、忘れとけ」
「……わ、分かりました」
追求すると怒りを買いそうな雰囲気だったので、大人しくしたがっておくことにした。
さてと言い、テスタード上級生。
「と・いうわけだから俺がなにをするかは理解したな。分かったら解散。俺の邪魔は一切するな。とっとと出ていくんだな」
厄介払いをするようにひょいひょいと手を振られて、「ぐぬぬ」と歯噛みする面々。
しかしこれだけの代物を手がける作業に自分たちが手どころか口すらも出せるはずもなし。
約束の品である『|意識払いのヘンリエッタ《ネックレス》』を受け取ると、大人しく従って解散という向きになった。
「皆さん、きっとまたいらしてくださいね」
唯一の癒しである白猫から暖かい見送りをもらいながら、スフィールリアたちは〝黒帝〟のアトリエをあとにした。
「な、なんだか、すごいものに関わることになっちゃったね」
「ほんとだね、フィリアルディ。でもあたし、ちょっとワクワクするな~」
と、フィリアルディ、エイメールらと一緒にキャロリッシェ教室におもむこうとしていたスフィールリア。
彼女らの前に、立ちふさがる人影があった。
「スフィールリア・アーテルロウンさん、ですね?」
「……」
彼女の前に立った女子の集団の姿を認め、フィリアルディとエイメールがそそくさと横方面に離れてゆく。
その先頭に立つ女子二名の腕に留められた腕章を見て、スフィールリアは『ひくっ』と頬を引きつらせた。
「あなた、わたしたちの〝王子〟様に〝黒帝〟様と、ずいぶんと仲良くお話なさっていたようですわねぇ?」
腕章には、こう書かれている。
『学院非公認FC〝王子〟様を遠巻きに生暖かくお慕いする会』
『学院非公認FC〝黒帝〟を遠まきに眺めながらひれ伏す会』
「……」
つまり、フェイトとテスタードのファンクラブの面々である。
「ちょっと。お顔を貸していただけますかしら?」
◆