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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
59/123

■ 1章 〝黒帝〟の帰還(3-02)

 その日の昼。

<アカデミー>正面門に、ひときわ人の目を引く男が現れていた。

 鋭い黒目。黒髪。服も黒い。その上から、いくつもの金銀さまざまなアクセサリーを首に提げていて、とても派手な印象を与える男だった。

 だが人々の注目を集めているのはその点ではなく、彼が背負う、彼自身の何倍も大きな荷物の集合体である。

 男は舌打ちをし、


「見せもんじゃねーぞ、こら」


 右手の生徒に鋭すぎる声をかけ、


「てめー教室どこだ、おら。明日お邪魔すんぞ、おい?」


 左手の生徒に因縁をつけ、


「あああああ、どいつもこいつも相変わらずうざってぇなぁ~あ! 雑魚どもがキョロキョロとよぉ!」


 最後に大声でそんなことを言えば、もう、彼に目を向ける者はひとりもいなくなっていた。

 見ない方がいい――

 あいつはマジでヤバいから――

 彼を知る者が周りにそう忠告をして、そそくさと人の波が引いてゆく。

 男はそれを確かめてから、学院正門のモニュメントを見上げ、


「……」


 一時だけ不敵な笑みを浮かべると、自らの根城を目指して歩き始めた。

 ヤツが、帰ってきた――

 この日の昼。

 その噂は、瞬く間に学院中へ広まっていったのだった。



「……」


 チラシをかかげて息巻いているスフィールリアを、アリーゼルたちはしばし無言で見つめ返していた。

 そして、ぽかーんとした表情のまま、顔を見合わせる。


「……なにを、言い出すかと思えば」

「え、えっとね、スフィールリア」

「?」


 きょとんと首をかしげるスフィールリアに、アリーゼルは事実を告げる。


「無理ですわよ、それ」

「え? なんで?」

「はぁ~。説明いたしますわよ?」

「う、うん。お願い」


 席に座りなおした彼女に、アリーゼルは指を立ててみせた。


「コンペの出展数には上限と申請期日がございますの。どちらももう満了していますわ」

「……」


 一拍の、間を置いて。


「えーー!」

「チラシをよくごらんなさいな。書いてあるでしょう……隅っこの方に」


 言われて目を落とすと、たしかにチラシの右下に、小さく『出展・出場要綱』というものが印字されていた。そこには、たしかに出展上限と申請期日についてのことが書かれている。


「こんなにちっちゃく……反則だわ」


 アリーゼルはため息とともに指を折りたたんだ。


「ですから、今からの出場は無理ですの。お分かりになりまして?」

「……」


 スフィールリアは、どよ~~ん……とうなだれていた。


「第一、一年生の時点で出展もしくは出場するだなんて無謀ですわよ。だから一年生は、この時期あたりから、出展する上級生のお手伝いなどをすることで間接的にコンペ祭に出場して空気やノウハウを学びますの」

「……ひょっとして、アリーゼルたちも…………?」


 ふたりはいったん顔を見合わせてから、うなづいた。


「わ、わたしは教室の先輩たちが合同で出展するお店のお手伝いをしているの。主に素材部品の生成とか、出店(でみせ)の飾りつけを作ったりだけど」

「右に同じですの。手伝うと言った矢先ですが、ですからわたくしたちもコンペ祭においてあなたを手伝う余裕までは……ちょっと。ございませんわね」

「そ、そっか~」

「それに、というわけで、〝親〟として出展する参加者たちも、自然と二年生以上が多くなりますわ。いくらあなたが今時期の新入生より何十歩も先を歩いているとはいえ……一筋縄じゃありませんわよ。さすがに」

「……」


 アリーゼルは、再度、ため息をついた。


「……どうやらあきらめてはいませんのね、そのお顔は」


 スフィールリアは弱々しくも、しかし迷いなくうなづいた。


「……うん。どうにかしたいと思ってる。……探してみるよ。今からでもなんらかの形で出場できないかどうかを」

「はぁ、まったく。……いいですわ。それではもしも万が一、奇跡的にでも枠を獲得できましたなら、連絡なさってください。時間の許す限り、わたくしたちもお手伝いいたしますわよ」


 と、いうことになったのである。



「――とこのように。『キューブ』の構造はアニカム構造の最小値であり、理論上はこの単純な繰り返し・積み重ねで、無限にそのレベルを上昇させることができるわけです~。『レベル1キューブ』が『もっとも簡単かつ初歩的な魔攻アイテム』と言われるゆえんがこれであり~……あふ」

「……」

「ところが、この『キューブ』。レベルを上げるほど――つまり構造を上乗せするほどオルムス整合値が上がってゆくので、え~、まぁ要するにレベルがひとつ上がるごとに、作成難易度が跳ね上がるわけですね~。こうなってくるともはや理論がどーのというだけでなく、作成者の持つタペストリー領域の許容量がモノを言ってくるよーになるわけです……はふ……眠い」

「先生よぉ~~」


 ここは、キャロリッシェ教室。

 実習中の生徒のひとりが、情けなさそ~うに声を上げた。


「いくらなんでもダラけすぎなんじゃないですかねぇ……外部生徒もいるんだから、もうちょいシャキっとしてくださいよ~」

「だぁって。初歩の実習ってヒマなんだもの~。わたしがやること、ないじゃん~」


 教卓の上に投げ出した身をゴロゴロとさせるキャロリッシェ・ウィスタフ教師のだらしない姿に、教室生の全員がため息をついた。


「いや、あるだろ……『お母さん』みたいに実習を見回るとか……なんかアドバイスくれてやるとかよ……」

「おっ、ジル君いいこと言うわね~。それじゃあソレ、頼みますわ~」

「結局アンタはダラけるんかい!」

「……あ、そうだ! それじゃあこんなのはどう? この中で一番レベルと品質の高い『キューブ』を作った人には賞金を出してあげる! そのほかみんなが作った『キューブ』も、できばえに応じてわたしが買い取ってあげるよ!」

「それって、単にアンタが自分の『キューブ』を補充したいだけなんじゃ……で、値段は」


 ニヤリと笑い教卓から身を起こしたキャロリッシェ。

 カカッと軽快な音を立てて黒板に、各レベルごとの買取値段を書き連ねた。


「……」


 キャロリッシェ教室の面々が、キランと目を輝かせた。

 それからは急に無言となり、黙々と晶結瞳(しょうけつとう)に向かい始める。

 ざわついているのは話の流れから微妙~に取り残された外部生徒たちだ。一年生である彼らの大半は、『キューブ』の作成自体が初めてなわけだから、戸惑うのも当然である。

 まぁ中には、いきなり上位レベルの作成に挑もうと張り切る者たちもいたが。


「よぅし。わたしもレベル2に挑戦しちゃいます。家計の足しになりますし!」

「エイメール、がんばって! 今日は脱・パンの耳だよ!」

「はい! フィーロとふたりでお肉が食べたいです!」


 エイメールが腕まくりをして、スフィールリアが声援を送ったところに、


「いや、最初はレベル1からがんばった方がいいよ」


 と、声をかけてくる者がいた。


「フェイト先輩」

「レベル1ならそんなにかからないし、それからレベル2に挑戦しても充分に間に合うよ」


 隣のテーブルから、きゃあ、と黄色い声が上がる。

 声をかけてきたのは、さらさらの金髪を中分けにした美しい顔立ちの上級生。フェイト・フォン・シュラウツェンドだった。

 上流な綴導術士の家柄の出であり、本人の腕前もずば抜けている。なにせ学院でも現在七名しかいない<金>の位階の持ち主だ。

 もちろん、キャロリッシェ教室内にとどまらず、学院全体でもトップを張る実力者である。その見た目の麗しさもあいまって、周囲からは『王子様』なんて呼ばれている。

 ところが、だというのにとても気回しのよい性格で、今もこうしてキャロリッシェの代わりとなって教室内の実習を見回っているのだ。

 端的に言って、完璧超人というやつだ。

 その面倒見のよさから、教室内では『お母さん』の異名も持っている。


「『クラン石』の分量調整は、初歩の初歩な時にミスをしやすいんだ。それに実はタペストリー投射に敏感な素材だからね。一度レベル1の作り方をしっかりと覚えておけば、ミスによる素材ロストを防げるようになるよ」

「で、ですか~。それじゃあ先輩のおっしゃる通りに、レベル1からやってみます!」

「うん。といっても本当に簡単だから。一個できるまで、俺がここで見てるよ」

「はい!」


 エイメールが包丁を手に取る。

『キューブ』の原料となる『クラン石』は、消しゴムていどの硬度の、粘土に近い素材品だ。

 フェイトの言葉の通り蒼導脈に敏感であり、術者の記述情報(タペストリー・コード)の流れに沿ってその内部情報子配列が組み変わる性質を持っている。

 適当な大きさに切り分けたこれに、晶結瞳(しょうけつとう)内部にて特定の情報を記述するだけで、『キューブ』はできあがる。だからこそ、最初が肝心であるという彼の言い分は正しい。


「アーテルロウンは、見てなくても大丈夫だよね」

「はい。これができたら、エイメールにレベル2の作り方を教えてあげよっかなって」

「そうだね。それなら安心だ。――あ、そうそう。そうやって、最初は晶結瞳に入れるのは一個ずつからね。で、教わったタペストリー・コードをひとつ分、当てるだけでいいから」

「は、はい……」


 晶結瞳に『水晶水(赤)』を流し込み、手をかざし……慎重に情報記述を始めるエイメール。

 やがて、晶結瞳が赤い輝きを灯し――


「……!」


 サイコロ型の『クラン石』の表面が真っ白に変色して、『レベル1キューブ』は完成した。


「や、やった……やりました! スフィールリアさん、先輩!」

「やったね、エイメール!」

「うん。いいできだと思う」

「やった……!」


 うれしさもひとしおという風で、取り出した『レベル1キューブ』を胸元に抱き寄せるエイメール。

 スフィールリアはフェイトと顔を見合わせて、微笑んだ。


「あたしも初めて作ったのは『キューブ』だったなぁ。初めて自分で作ったアイテムって、うれしいよねぇ」

「はい……はい!」


 別所のテーブルからは、同じように初めてのアイテム作成に成功した面々らの歓声などが聞こえてきている。

 とそんな教室内のざわめきをほのぼのと眺めていたキャロリッシェが、面々に声をかけた。


「いいねぇいいねぇ、初々しいねぇ。上位レベルの挑戦者諸君もがんばってくれたまえ~。……あ、ちなみにウチの教室生徒の『キューブ』作成レベルの最高記録保持者の品は、なんとレベル49で~す!」


 ざわっ――と外部生徒たちが驚く。

 ――レベル49!?

 ――それってランクA超えてるんじゃないの……?

 ――すげー。どんな威力になるんだろ……。


「ん~、そうねぇ。周辺環境の蒼導脈がクリアな時に、それなりのタペストリー領域を持ってる人が使えば、この学院敷地を丸ごと吹っ飛ばせるぐらいにはなるかなぁ。その『レベル49キューブ』は王室に召し上げられて、ウィンドブルズ国立記念綴導術博物館に飾られていまーす。ま、こんな平和な国じゃあそれぐらいしか使い道ないもんね。足を運んだ際には、ぜひ見ていってくださーい」


 再び、どよめく。


「そんなわけだから! 諸君も目指せ記録更新! 目標はレベル50だ!」

「無茶言うなって……」

「……あ、そうそう。ねぇね、お母さん~」


 そう呼ばれて、ナチュラルにキャロリッシェ教師を振り返るフェイト上級生。


「なんです?」

「その記録保持者のテスタ君だけど、最近顔見ないね。どうしてるか知ってる?」


 あぁ、と思い出したように、フェイト。


「あいつなら採集旅行中ですよ。ほら、コンペの準備で」


 スフィールリアの耳が、ぴくんと反応する。


「へぇ。で、どこ?」

「<キクリエリウム大列剣脈>です」

「ほう。東?」

「いえ、西側ですよ」

「…………」


 それを聞き、しばし、のほほんとした笑みのまま固まっていたキャロリッシェ教師。

 やがてその笑みをあいまいなものに変えながら、ほのかにうつむいていった。


「そう……そっか。もう、会えないんだね」

「……」

「いいやつだった……とは言えないかもだけれど。いろいろと役に立ってくれた生徒だったよ……」

「……」

「というわけだから、お墓に花一輪ぐらいは供えてあげてもいいかもね……あでも、お墓の場所知らないしな……フェイト君、わたしの代わりに適当なお花を選んでお供えしておいて!」


 その瞬間だった。


「花なんていらねーよ、気色悪ぃ!」


 ドバン! とものすごい音を立てて教室扉が蹴破られた。外部生徒の一部がびっくりして悲鳴を上げる。


「あらっ、テスタ君じゃないっ」


 そこに、立っていた。

 鋭い黒目と黒髪、黒い服の、黒づくめな男が。

 それだけでなく、首元には金銀色取り取りのネックレスやらリングなどを何重にもぶら下げていて、非常に派手な印象を与える男だった。

 彼は教室中の注目にも動じず、むしろ睥睨するかのように目線を室内に一巡させてから、


「勝手に殺すなタコ。つーか、そのていどで死んでりゃ苦労はねーわ」


 そう言いながら、ずんずんと我が物顔で教室の奥へと歩いてゆく。


「あはは、じょーだんじょーだん。お帰り、テスタ君! 今日(ちゃく)?」

「昨日だよ。お前が頼んだんだろーが、ほれ」


 と言って鞄に手を突っ込み、取り出したものをキャロリッシェに投げつける。

 削り出しのようなこぶし大で紫色の結晶をキャッチして、彼女の目が輝いた。


「わ、『竜魔石』! 憶えててくれたんだ!」

「上級の素材が採れたからな。最初の予定よりイイ品になった。金額倍にして振り込んどけや」

「んっふっふ。それならだいじょーぶ。もう2.5倍にして振り込んであるから。わたしはかわいい生徒を信じていましたよ?」

「は」


 とひと息笑い、教室奥にあった椅子へどっかり腰を下ろす黒髪の男。机に足を乗せ、そばのラックに並んだ雑誌を取ってめくり始める。

 しかし、ふと雑誌から顔を上げれば、その視線はスフィールリアとエイメールに向かっていた。


「お前ら。新入りか」


 鋭すぎる目線とただならぬ空気に、エイメールが硬直する。


「あっ、は、はい! えと、スフィールリア・アーテルロウンって言います。こっちはエイメー、」


 スフィールリアは慌てて頭を下げようとするが、


「あーあー、自己紹介とかいらね。どーせ憶えねぇから」

「え……」

「まぁせいぜい俺の邪魔にならないように気をつけろ。そうすれば教室のインテリアぐれーには思ってやるよ。俺から言うことはそれだけだ」


 と言って、再び雑誌に目を通し始める。


「……」


 あんまりな物言いにふたりでぽかーんとしていると、フェイト上級生が軽く吹き出してから前に割り込んでくる。


「ごめんね、ああいうヤツなんだ。代わりに紹介させてもらうけど、あいつの名前はテスタード・ルフュトゥム。俺と同じ三年生で、<金>の称号を持ってる。いろいろ不器用なヤツなんだけど、俺の顔に免じて生暖かい目で見守ってやってくれよ。一応、俺の親友なんだ」

「おいフェイト、テキトーなこと吹き込んでんじゃねー! あと言っとくが、俺はお前を親友だと思ったことは一度もねぇぞ」

「……」

「分かったか!!」

「……な? 不器用だろ?」


 ふたりはあいまいに笑ってごまかした。真相はさておき、どちらに加勢したとしてもテスタード上級生の怒りを買うことになるだろうと思えたからだ。それは、ゴメンだ。

 フェイト上級生はもう一度吹き出すと、いつもの微笑で、きわめて気楽にテスタードへと近寄っていった。


「もう少し愛想よくしなよ。いい子たちだぜ?」

「よい子ちゃんか。じゃあー用はねぇな。俺が得るモンがねーじゃねぇか」


 と、こんなやり取りが聞こえてくる。

 親友というのは本当らしい。少なくとも、フェイト上級生は一個の人格として認められていると分かる。

 ともあれ。


「なんなんです、あの人は?」

「あ、あはは、とりつく島もないってやつだね」

「アイツには関わらない方がいいぜ、スフィー、エイミー」


 エイメールが憤慨したように肩をいからせ始めたところに、別の上級生が寄ってきて、そんな忠告をした。


「ジル先輩」

「つっても、なにもしないうちから轟沈したみたいだけど。むしろよかったな。あいつに関わるとロクなことにならんぞ」

「有名な人なんですか?」


 元々抑えていた声をさらに小さくして、上級生はうなづいた。


「まぁな。フェイトの〝王子様〟と並んで、〝黒帝〟なんて呼ばれてるのさ。あんなんでも<金>の階級だし。それに、あんな振る舞いしてたらだれだって覚えるわな。悪い意味でだけどな」


 再び顔を上げた〝黒帝〟テスタード上級生がニヤニヤ笑いをしながら煽ってくる。


「おいジルギットぉ。聞こえてんだよ。早くも派閥の根回しかよ、小物様は大変だな!」

「うっせ! しごくまっとうな親切心だっつの! 悔しかったらもうちょっと人に優しくなるんだな!」

「けっ。冗談じゃねっつの。だれがてめーらなんざと」

「な? あーゆーヤツなの。だから関わるどころか、相手にしたり、怒ったりするだけ損だぜ。とにかくあいつはヤバいんだ。気をつけた方がいいぜ」

「は、はぁ。だいたい把握しました、です」


 スフィールリアたちは、これ以上この話題を引っ張りたくないという思いで、あいまいに返事をした。外部生徒も遠巻きにイヤそうな顔をしているし、なんだか微妙に空気が悪くなってしまった。

 そこに遠慮をしないキャロリッシェがさらなる爆弾を投下してきた。


「えー、そうかなー。スフィーちゃんは気が合うと思うんだけど。だって同じ特監生(とっかんせい)だし」

「ええっ!?」


 ざわわ――!


「特監生ってマジ……?」「すげぇ、初めて見た」「特監生って、スゴ腕でウワサの、あの……?」「実在してたんだな」「ていうか特監生と<金>階級がふたりって……」「この教室ヤバいんじゃないか……?」


 ざわざわ……。

 テスタードがちらりとだけスフィールリアを見るが、彼はなにも言わず、すぐ雑誌に目を落としてしまう。

 だれも彼に因縁はつけられたくないので、自然、注目はスフィールリアのみに集中することとなった。

 スフィールリアは慌てた。


「い、いやその! あ、あたしはそんなんじゃない……ってことはないんですけどそうじゃなくて害はないというか少なくとも害を及ぼすつもりじゃなくってでもあまり上手くいってないというのかなんというのか!」


 さらに、キャロリッシェが。


「なぁに慌ててんのよ~。わたしだって元・特監生よ。そんなん大したことじゃないって~」

「うええっ!? そこでそんなさらなる新事実をっ!?」


 どよよっ……!!

 さらにどよめいて、教室内はにわかに騒然となった。


「はい、キャロちゃん先生さすがにやりすぎ! ペナルティ1!」


 ぺちん!


「あいた!」


 歩み寄ったジルギット上級生が彼女のおでこをはたいて、とりあえずその場は収められることとなった。




 終業の鐘が鳴り。


「フェイト先輩!」


 解散の賑わいに沸き立つ教室内で、スフィールリアは退室しようとしていた上級生に声をかけていた。


「なんだい、アーテルロウン?」

「あの。ちょっと、相談に乗ってもらいたいことがあるんです」


 スフィールリアはコンペ祭のチラシを見せ、自分が出展枠をなんとか手に入れたい旨の相談ごとを打ち明けた。


「なるほどね」


 廊下を歩きながら、


「先輩は、コンペ祭には参加するんですか?」

「ああ、するよ。といっても友達と協賛でだけど」

「やっぱり、今からだと出展枠は……」

「そうだね、普通の手段だと、手に入らない」


 聞き耳を立ててみると、そこかしこからコンペ祭に関する話題が聞こえてくる。

 学院はきたるそのイベントの準備に向けて、今からだれも彼もが忙しくしているようだった。


「しかし一年生で出展をしようとはね。さすがは特監生ってところかな」


 フェイト上級生は面白そうに笑っていた。


「あたしも、どうしても参加したいんです。なんとか枠を手に入れる裏道とかって、ないでしょうか?」


 フェイトの返答は、あっさりとしていた。


「あるないで言えば――あるよ。ここは学院だぜ?」

「……!」

「なんだって手に入る。そのための代償から、ルートまで、その道のりは千変万化だけどね」


 彼女はすぐに食いついていた。


「あ、あの、あの! それってどうすればいいんですかねっ? 教えては、もらえませんか!?」

「落ち着けって」


 一度なだめられて、詰め寄らせていた身体を離したスフィールリア。そこかしこの女子から、ぎらっ、と鋭い視線が突き刺さるのを感じたのだ。

 このフェイト上級生。タウセン教師と同じく、複数のファンクラブが存在しているのだ。

 しかし一部から伝わってくる剣呑な雰囲気にも涼しいもので、フェイトは爽やかに笑みながら指を立ててきた。


「ひとえにコンペに参加と言っても、いろいろある。それはアーテルロウンも分かるだろう?」

「は、はぁ。一応は」

「アーテルロウンは、どの部門、どの方面で参加したいんだい? ……というより、なにが目的か、だね。そこを教えてくれないか?」


 その点についてはシンプルなものだったので、スフィールリアはうなづいて答えた。


「ランクがほしいんです。最低でも、<白磁>の階級が」

「なるほど」


 なんのために? とまでは聞いてこないのがフェイト上級生の話の分かるところだ。


「アーテルロウンならそうかからず、実力で宝級昇格試験も通れると思うけど……すぐに取りかかりたい事情が、あるんだね」

「はい」


 もう一度なるほどとうなづくフェイト。


「となると、研究発表の方面だね」

「です……」

「そこであるていどの結果を見せることができれば――ふたつ以上の宝級昇格試験の通過(パス)資格が認められても、おかしくはない。ただ、生半可な内容じゃダメだけどね」


 当然の前提を告げてくるフェイト上級生だが、そこはスフィールリアにとっても図星だった。まだ、具体的になにを発表するのかは、決めていなかった。

 それでも。と。

 スフィールリアは強い眼差しをフェイト上級生に投げていた。


「あたしにはそれが必要なんです……どうしても!」

「ふむ」


 と、フェイト上級生は面白そうな表情を変えないでいた。

 こういう時の彼は、なにか思惑がある時の彼である。

 次に改めて目を合わせて、こう言ってきた。


「そういうことなら、ちょうどいい心当たり(ツテ)がないこともない。紹介するよ」


 スフィールリアはふたつ返事で表情を輝かせて頭を下げていた。




 そして、場所は少しばかり進んだ廊下の一角。

 フェイトはスフィールリアを連れて、追いついた生徒のうしろ姿に声をかけていた。


「おーい、テスタ!」


 無言で振り返ってくる〝黒帝〟――テスタード上級生。

 スフィールリアは「えっ」と短い声を上げていた。


「……」


 むっすりとした顔のテスタード上級生が、友人のうしろにいる彼女に一瞥を投げる。


「なんだ?」

「ちょっと。いい話があるんだけど」

「だから、なんだ。早く言え」

「こちら、うちの教室の新入り。知ってるだろ?」


 手のひらを向けられて、スフィールリアは状況がよく掴めないままに、合わせて会釈をしていた。


「それで」


 愛想も遠慮のかけらもない、鋭い眼差し。

 フェイトは少しの物怖じもすることなく、彼女を示したまま、こんな提案を彼に投げていた。


「有能な助手を欲しがってただろ? 彼女を紹介しようと思ったのさ。使ってあげてくれないか」


 予想していた通りの展開に、スフィールリアは内心でもう一度「えっ」と声を上げていた。


「はっ」


 彼も予測はしていたのだろう。短く、笑い捨てた。


「くっだらね。ションベンくせーガキはお呼びじゃねーってんだよ」


 教材をひらひらと振ってきびすを返すテスタードを、フェイトは声だけで呼び止めた。


「彼女が本物の特監生だったとしても、かい?」

「……」


 うしろ背から視線だけを投げてくるテスタード。


「普通の生徒じゃ、そりゃ君にはついていけないだろ。でも彼女は本物だ。俺も期待してる生徒のひとりなんだよ」

「へぇ。お前が」


 振り返ってくるテスタード。その表情は、不敵に笑っていた。

 あ、なんだかヤバそうな雰囲気だなと、スフィールリアはこの時には確信していた。

 ニヤニヤと笑いながら、〝黒帝〟はフェイト上級生に一歩、歩み寄った。剣呑な雰囲気に廊下中の視線が集まり、彼らを遠巻きにしてゆく。


「でもよぉ、フェイトよ。そう言うからにはお前……分かってんだろうな? こいつを、俺のそばに置くっつぅ、その意味がよ?」

「……」


 また一歩近づきつつ、テスタードはニヤニヤ笑いを止めない。フェイトのいつもの微笑にも、静かなものが混じり始める。


「それでもお前、このガキを俺に差し出すつってんのかよ? いいのか……?」

「……」

「お前の……お気に入り、なんだろう……?」


 また、一歩。

 フェイト上級生は、なにも、言わない。


「じゃあ――いいぜ。『試し』てやるよ」

「……」


 次の――瞬間だった。


「!」


 ただならぬ雰囲気に全力で警戒をしていたスフィールリアは――見た。

 一歩、また一歩とニヤニヤ笑いをしながらこちらへと近づいてくるテスタード。その身体の周辺を、黒い影が躍り始めるのを。


「――っ、……か、はっ」


 その瞬間、唐突なめまいと息苦しさが、スフィールリアを襲った。

 いや、息苦しさ、などというものではない。窒息に近い。


「ひっ――あ、かふっ!」


 よろめく。喉を押さえる。

 視界が黒く暗転してゆく。

 一歩、彼が近寄ってくるほどに。

 なにも考えられなくなって――ゆく。


「……」


 なにかが起こっている。なにが起こったのか。周囲の生徒のざわめきが何重にも分裂して耳に届いてくる。

 それでスフィールリアは、自分が意識を失いかけていることに気がついた。


「スフィールリアっ!?」


 どこかから、彼女の友人の声が聞こえたような気がする。

 そのころには彼女は、すでに廊下の床上に倒れ伏してしまっていた。

 どんどん、意識が――視界が、暗くなってゆく。


「スフィールリアっ? どうしたの、スフィールリアっ? だれか――」

「アーテルロウン、しっかり! 医務室へ――」


 聞き覚えのある声。聞き覚えのない声。

 すべてがない交ぜになってぐるぐると踊る思考の中……スフィールリアは、嗤ってこちらを見下ろしてくる〝黒帝〟の顔だけを見ていた。

 その悪辣なまでの笑みだけが、ついに真っ暗になった意識の中に、張りついていた――


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