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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
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■ 8章 薔薇の女王 -dance,dance! in the Virion Roses- (2-20)

 剣がヴァルケスの左腕<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>の根元を断ち切る。

 瞬間、煮えたぎった油に箸を差し込んだ時のような音を立てて刀身が溶解するが、アレンティアは構わず彼の身体を強引に薔薇から引き剥がした。


「先生さん!」


 左腕を失った男を抱え、ひと跳びでスフィールリアの下まで後退するアレンティア。彼女が振り返りざまにそう叫ぶと、キャロリッシェの声が呼応した。


「あいよ! ――『バインド型・レベル7・キューブ』乱れ咲き、いっくよ~ん!」


 赤色の光が瞬く。一瞬後、視界いっぱいに広がった爆光に、ハート・オブ・ガーデンローゼスの姿が塗りつぶされていった。

 思わず伏せていた肩へ触れてくる感触に顔を上げると、スフィールリアはその人物の姿を認めて、歓声を上げた。


「キャロちゃん先生!」

「やぁ、スフィーちゃん!」

「よかった。無事で……」

「お互い様にね。団長さんと合流できて助かっちゃった。『運命のペンシル』のチカラ、見直した?」

「もう、だからそれ、ただのペンじゃないですか……」


 心底からほっとして笑うスフィールリア。


「さて。こっから、どうするか」


 キャロリッシェがハート・オブ・ガーデンローゼスを見やる。

 今も鎖のように絡みつき、薔薇を縛り続ける赤い電光。その縛鎖の中で、たしかに巨大な薔薇――ハート・オブ・ガーデンローゼスは蠢いていた。

 ヴァルケスが退けた薔薇たちも、様子をうかがうかのように彼女らを囲み、徐々にその包囲を狭めてきている。


「この様子だと破られるのも時間の問題ね。根本的にどうにかしなくちゃいけない状況だにゃー。どうする、アレンティアちゃん? わたしとしては、そこの黒づくめちゃんを締め上げて対策を搾り出すのがいいと思うけど」


 と言って、左腕を失った盗賊を見る。

 横たえられたヴァルケスは、忌々しげにアレンティアを見上げていた。


「馬鹿め、俺を助ける、など……」

「勘違いしないで。ウチの〝薔薇〟にヘンなもの食べさせて、お腹壊されたくなかっただけよ」

「ふ、ふふ。ならば、もう遅い、わ」

「あんですって?」


 その瞬間――また絶叫が上がった。

 悲鳴の主はハート・オブ・ガーデンローゼスだった。

 赤い電光の中、まるで苦しんでいるかのようにその巨体をのたくらせている。

 見れば、引きちぎられたヴァルケスの左腕、<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>が触手を伸ばし、巨大な薔薇へと食い込み始めていた。

 薔薇の方も茨のツタを伸ばして左腕を食いにかかっていたが、<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>の方も侵食を止めない。

 ――食い合っている。


「ハートローズ!」

「ちっ。やはり、自律モードでは分が悪いか」


 そして――


「な、なに、これ」


 呆然と巨大な薔薇を見上げるスフィールリア。

 その中央に、さらなる変化が現れていた。

 赤い花弁を押しのけて、なにかがせり出してくる。


「ア、レんティ、あ」


 白い肌。

 白い腕、豊かな乳房。そして、長い髪――


「に、人間……!? お、女の人が……!」


 だった。

 髪の毛から爪先まで、すべてが白い――

 薔薇の中央から、髪の長い、裸の女が『生え』出してきていた。

 女は赤い電光の中でガクガクと痙攣を繰り返しながら、その白い眼の焦点を、アレンティアへと定めた。


「タ、ス、け、て――アレンティア」

「あなた、は――」


 アレンティアへと手を伸ばして、長髪の女が語りかける。


「会いタか、た……コんなトコロまで、会いに、アイ、あイに、きて、くれ、て――アレンティア」

「お母、さん、なの……?」

「苦しイ、イタ、い。助けて、わたシの、アレンティア――」


 ふらりと一歩を踏み出すアレンティア。


「ダメだよ! 団長さん! よく分からないけど、間違いなく罠だ!!」


 キャロリッシェの声に、歩み出す足をぐっと止めて、アレンティアはうなづいた。

 その一歩を取って返して、アレンティアは頭領の胸倉を掴み上げる。


「最初からあなたは色々と知ってる風だよね。教えて、この状況のことを!」

「あれは、先代〝薔薇の乙女〟の、似姿だ……本人では、ない」


 一瞬だけ言葉に詰まるアレンティア。


「……。それは分かる。でも今はそれどころじゃない。――なぜ薔薇たちがわたしを攻撃するの? ハートローズになにをしたの!」

「……」

「あなただってこんな場所で死にたくはないでしょう。答えて!」

「……」


 しばらくアレンティアに胸倉を掴ませたままのヴァルケスだったが、彼女の言を認めたのだろう。残った右腕で強引に彼女の手を引き剥がし、語り始めた。


「……<ガーデンズ>に埋め込まれた封印防衛機構(プログラム)だ。おそらく、あの〝城〟に反応して、いる……あの〝城〟がなんなのかは、俺も知らん……」

「……」

「現在の<薔薇の庭ガーデン・オブ・スリー>は、おそらく完全自律の、拒絶モードだ。〝庭〟に存在するすべての他者を殲滅、する。コレを収めるための(すべ)は、ふたつ……」

「教えて」

「……。ひとつ。俺の<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>でハート・オブ・ガーデンローゼスを完全に乗っ取り、庭の管理者権限を奪うことだ」

「そんなことは――」

「――できなかった、が、な。……だがしかし、<魔神ヴィ・ドゥ・ルー>の爪先は、たしかに<薔薇の庭ガーデン・オブ・スリー>に食い込んだ…………これで俺は、最低限の目的は果たしたわけだ、はは、は……!」

「……っ! それで。もうひとつは!」


 苛立たしく、再度ヴァルケスの胸倉を掴み上げるアレンティア。

 彼は、今度は淀みなく答えてきた。


「俺も今この場所で死ぬつもりはない――いいか、管理者権限だ、アレンティア・フラウ・グランフィリア」

「――」

「それがあれば、〝薔薇〟どもを止めることができる。お前たちグランフィリア家は、長年の間『薔薇の剣ハート・オブ・ガーデンローゼス』の支配者のつもりでいたであろうが、それは大きな間違いだ。グランフィリア家が勝手に決めた、つまらない〝継承の儀〟ごときで『薔薇の剣』もがお前たちに忠誠を誓うとでも思ったか? 〝薔薇〟にその存在を認めさせ、真の管理権限者となった者は、歴史の中でも数少ない……貴様の母……先代〝薔薇の乙女〟も、そのひとりだ……」


 彼の言葉の最後に、一瞬、目をみはったアレンティア。

 ややあって、真剣な面持ちで問いかけた。


「……どうすれば、いいの」

「こうする、の、だ」


 ドスン――と。

 男が懐から取り出したなにかが自分の胸を貫く衝撃を、アレンティアはどこか他人事のように聞いていた。


「……え?」


 アレンティアの胸に突き立てられたのは、光で構築された四角錐型の『なにか』だった。


「う……ぐ! うあううううう!?」


 瞬間、アレンティアの情報面が一斉に波打ち、不整脈のように彼女の鼓動を跳ね上げた。

 前後も不覚となり、たちまちよろめいて、苦しみもがき始めるアレンティア。


「あ、ぐ、うあああああ・あ・あっ」

「アレンティアさん!?」

「お、前ぇ! 彼女になにをしたぁっ!?」


 キャロリッシェが激しく胸倉を掴み上げても、ヴァルケス自身は涼しい風だった。


「本来、ならば。このような使い方をするつもりでは、なかった。不本意だが、な――其の者、偉大なる鍵にて扉を開き、資格を求める者なりか! 弾けよ!」


 閉じた右手をぱっと開き、ヴァルケスが命じる。次の瞬間――言葉通り、アレンティアの胸に突き刺さっていた光の四角錐が、弾け散った。


「うぅ……ああああああああああああああっ!?」


 一瞬の輝きが、薔薇園の空間中に拡散してゆく。

 まるでその光を恐れたかのように。

 範囲にして、数キロメートルほどだろうか。広域に渡って、一斉と薔薇たちが退いていった。



「あはははっ、あはっ、あはははっ。開いた! 開いた! 世界の果てを閉じ込める、清き峻厳なる十二の門!」


 エスレクレインの笑い声が木霊している。

 エムルラトパ家が屋敷の、最奥に位置する部屋のひとつ。

 そこは、<玄室>と呼ばれていた。


「世界はあなたのもの! 世界はあなたの家臣! やはりわたくしはあなたの雌犬!」


 その、薄暗闇の中を、踊り狂う。

 くるくると。くるくると。

 薔薇の花が降りしきる。

 部屋にある光源はひとつ。

 天井部に十二あるステンドグラスのうち、〝薔薇〟の名を冠する窓だけが命を吹き込まれたかのように輝き、そこから、次々と薔薇の花がこぼれ出してきていた。

 その花景色の中で、エスレクレインはひたすらに廻り続けていた。


「おめでとうございますエスレクレインお嬢様。誠に喜ばしゅうございます」

「うふふ、ありがとうワイマリウス。さぁ踊りましょうあなたも一緒に。この喜びを分かち合いましょう!」

「かしこまりました、お嬢様!」


 そして控えていたワイマリウスまでもが、くるくると廻り始める。


「ふふふふふふ……」

「はははははは……」


 くるくると。くるくると――

 とそこで、やはりくるくると廻りながらワイマリウスが朗らかに語りかけた。


「いやはやしかしですが。あとは皆々様、無事にご帰還なされることを祈るばかりでございますな」

「――え?」


 やはり回転を止めないまま、エスレクレイン。


「なにを言っているのかしらワイマリウス? あすこにはモンスターの類はいなかったはずだけれど?」

「いえ、そうではありませぬ、お嬢様。――防衛機構でございますよ」

「え……」


 ぴたりと。回転を止め。

 その場で廻っている者は、ワイマリウスひとりとなった。

 そしてくるくると廻るまま、


「かの者たちの施した影花の〝呪い〟は健在でございます。〝鍵〟を使ったのならば、薔薇たちが〝鍵〟を保有したスフィールリアお嬢様方を襲うのは、これ必定(ひつじょう)でございますかと」

「……」


 すぅ……と、エスレクレインから表情が抜け落ちてゆき……


「お嬢様?」


 くるくると廻ったまま、ワイマリウスが問いかける。

 そして、エスレクレインの絶叫が響き渡った。



 光が去り――


「アレンティアさん!!」


 アレンティアがその場に倒れ込み、スフィールリアが彼女に駆け寄った。

 もう一度、キャロリッシェ教師がヴァルケスの身体をぐいと引き寄せる。


「きっさまぁ……今度はなにをした! なにが起こった! なにが起こる! はっきりちゃっきり答えやがれ!!」

「娘は、無事だ。見るがいい」


 見れば、たしかにアレンティア。スフィールリアの腕の中で身じろぎをし、起き上がりつつあった。

 その苦しげなアレンティアに向けて、ヴァルケスが告げる。


「聞け、アレンティア・フラウ・グランフィリア。貴様に『偉大なる鍵』を使った。我が<ヴィドゥルの魔爪>が綴導術士を集め、六年もの歳月を費やして創造した宝具だ。本来は、俺が使うはずのものであった……」

「……『偉大なる鍵』? 聞いたことあるけど、マジなの?」


 彼の言葉にキャロリッシェが目をみはるが、スフィールリアたちにはそれがなんであるのか、分からない。


「……」


 立ち上がったアレンティアへ鋭い視線を投げる盗賊の頭領。


「これより、〝薔薇〟どもが、お前を食らいにやってくる。この領域にいるすべての薔薇が、お前の敵だ」

「この領域すべてのって……アンタなに言ってるのか分かってんの!?」


 明らかに慌てるキャロリッシェへヴァルケスは合格点の笑みを送る。


「く、くく。そう。<ガーデンズ>について、少しでも正しい知識を有する者ならば、それがなにを意味するか分かるだろう。――薔薇の数は〝無限〟だ。まともに戦えば、疲弊し、いずれ食われるのみ、だ」

「なんてこと……」


 ヴァルケスの身体も離し、呆然と遠方を見やるキャロリッシェ。

 その視線の先数キロメートル先にて、赤い点々が津波のように盛り上がり始めていた。

 地鳴りがしている。

 四人が全員、ある事実を認めざるを得なかった。

 ――突進してきている。

 どれだけの薔薇が現出しているのか検討もつかない。数万という数では収まらない。数千万か、あるいは数億、十数億か……

 それだけの質量の薔薇が、八方から同時に、こちらへと向けて押し寄せてきていた。

 放置すれば、十数分後には、文字通り津波のようになった薔薇たちに押しつぶされるだろう。


「薔薇の舞だ。アレンティア・フラウ・グランフィリア」

「薔薇の、舞い……?」


 訝しげに頭領の男を見下ろすアレンティア。


「薔薇の数は無限――しかし無制限ではない。薔薇どもが現出する量と速度には、ある一定の法則が定められている。それが呪われた薔薇を縛る古の制御機構だ。グランフィリアが伝える薔薇の舞の全型は、その制御機構がもたらすパターンに対応している……〝剪定の舞〟なのだ、薔薇の舞とは」

「……」

「薔薇の舞にて迫りくる数億の薔薇を剪定し、正しき道筋を以って薔薇の陣形を解体しろ。そうすれば、やがてハート・オブ・ガーデンローゼスにたどり着く。そしてハート・オブ・ガーデンローゼスを制した者が、次の管理権限者とな、る」

「わたしが……」

「そう……お前、が、やれ。ただし一歩も道を踏み誤るな。〝薔薇の女王〟へと至ることのできる道筋は、ひとつ……限り……くく……俺の命運も、貴様に託されたわけ、だ……俺がしてやれる助言も……ここまで…………」


 そこまでを朦朧とした様子で言うと、ヴァルケスはその頭を地面へと落としてしまった。

 左肩部の出血のせいだろう。


「あーーーー! なに勝手なこと好きなだけホザいて気絶してくれちゃってんのよ! 起きなさいこら! 起きろ起きろ起きろ!」

「キャロちゃん先生落ち着いてください! と、とりあえずその人の止血を」


 ちょっと心配になるぐらいの激しさでガックンガックンと男の頭を揺らすキャロリッシェの手を引き剥がし、スフィールリアはとりあえずの処置を彼に施すことにした。と言っても<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>は左腕だけでなく彼の全身の機能をも強化していたらしく、そのころには左肩からの出血もほぼ止まっているようだったが。


「どうする、アレンティアちゃん? と言っても、やるしかなさそうなわけだけど……」


 この場で唯一の戦士職となったアレンティアに、気遣わしげな視線を投げるキャロシッシェ教師とスフィールリア。


「わたしが……お母さんの〝次〟に……」


 かみ締めるようにつぶやき、アレンティア。

 やがて毅然とした眼差しをふたりに返して、うなづいた。


「わたしが――やります」

「よっしゃオッケィ。サポートは任せて!」


 キャロシッシェがぱしんと景気よくこぶしと手のひらを打ち合わせた。

 こういう時の彼女の思い切りのよさは本当に救いがあるな、などとスフィールリアは思った。



「あああああああああああああああ!!」


 室内に、エスレクレインの絶叫が響き渡る。

 叫びながら、彼女は髪の毛を振り乱し頭をかきむしっていた。

 ワイマリウスが必死の体で彼女を背後から押さえつけようとするが、彼女の勢いはまるで収まることがなかった。


「ああああああ! ああっ! なんていう……ひああああ!!」

「落ち着いてくださいませエスレクレインお嬢様! おやめください!」

「これが、これが、どうして落ち着いていられると言うのかしらっ!? わたくしが、わたくしがこのような失念を……なんという! なんというミス! なんといううっかり!! ああああああああ!! こ、このままではスフィールリアさんが、スフィールリアさんがっ。こんなことなら素直に賊の討伐命令を後押ししていれば…………ああああああああああああああああああああああ!!」

「だれにでもうっかりということはございます。どうか、どうかお静まりを……!」


 エスレクレインは『ぎっ』と鋭すぎる眼差しをワイマリウスに投げた。


「そう……そうだわ。思えばあなたもあの時、どうしてわたくしにそのことを進言してくれなかったのかしら? あなたもうっかり者だわ! 万死に値するうっかり! 今この場で一万回死になさい!!」

「かしこまりました!」


 瞬間。彼女の身体を離したワイマリウスが――なんということだろう――手刀にて、自分の首を切り離してしまった。

 ごとりと音を立てて頭が床に落ちる。

 だが彼の身体はそれでも止まらず、続けて自らの体躯を、非常にきびきびとした動作で斬り刻み続けてゆく。


「……」


 数秒後、床には、もう切り刻む箇所もないワイマリウスのバラバラ死体が転がっていた。

 そのひとつである頭部の目が、ぎょろと動いてエスレクレインを向いた。


「……人の身に換算いたしまして、これで一万回分は死んだのではないかと」

「……いいでしょう。許すわ、ワイマリウス」

「寛大な措置。誠にありがとうございます」


 バラバラ死体のすべてが黒い霧と化し、ひとつになる。

 一瞬後、まったく元の執事姿で一礼をするワイマリウスの姿が、そこに現れていた。

 そしてエスレクレインがまた頭を抱えて室内をうろつき始めた。


「それにしても、あああ。どうすればよろしいのわたくしったら。このままでは薔薇どもにスフィールリアさんが、スフィールリアさんが。ああああ……」

「どうか落ち着いてくださいませお嬢様……そうだ! このような考えはいかがでしょう?」

「……?」


 げんなりと振り返ってくる彼女に、執事。


「信じるのです」

「しんじ、る……?」

「左様でございますお嬢様。彼女に同道しているのは、あの『薔薇の剣聖』――滅多なことでは負けはしないと。お強い心を以って。信じるのでございます」

「しんじ、る……」

「信じるのです」


 しばし、呆けた顔を見せていたエスレクレインだったが……。

 やがてその目に光を取り戻して、何度もうなづき返し始めた。


「そう、そうよね……信じる。すばらしい言葉だわ。それこそが人たる者の美徳。人の身のよろこび」


 そう言うと、片方の手は胸に、もう片方の手は宣誓を行なうように手のひらを執事に向け、


「わたくしは、アレンティア・フラウ・グランフィリアさんを、信じます」

「左様でございます、お嬢様」

「アイム・ビリーブ!」

「ご立派でございますお嬢様。ご立派になられて……!」


 心からの賛辞と拍手をワイマリウスは送った。


「おほほほほほほほほ――」

「ははははははははは――」


 そして再び、くるくると回り始める。


「そういうわけですから。あなたはそこで死ぬとしても、せめてスフィールリアさんだけは無事に帰してくださいますわよね? 当代『薔薇の剣聖』さん――」


 回転の中、彼女は陶然とした表情で、降りしきる薔薇の一輪を掴み取った。


「でないとわたくし……怒りのあまり、あなたの一族を皆殺しにしてしまう――か・もッ!」


 ぐしゃり、と。

 自らの手が傷つくのにも構わず、エスレクレインはその薔薇を握り潰した。



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