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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
53/123

(2-19)


 そして再び走り出すこときっかり二十四分後に、スフィールリアたちは『薔薇の回廊』の門前にたどり着いた。


「アレンティアさん!」


 スフィールリアは門前に駆け寄った。

 そこに、門を背にへたり込んだアレンティアの姿を見つけたのだ。

 アレンティアの状態はひどかった。鎧のそこかしこを血で汚し、精も根も尽き果てたといった風体だった。


「大丈夫ですか!」


 その場から動けない様子で、アレンティアは顔だけを向けてきた。


「あは、は……やぁスフィールリアちゃん。ボロ負けしちゃったよ……」

「スフィーちゃん、どいて。今処置をするから」


 キャロリッシェがポーチから一本の小瓶を取り出して、その口を、彼女の唇にあてがった。


「特別製よ。ゆっくり、一滴ずつ。味わってなめるように含んでいって」


 無言でうなづき、その通りにするアレンティア。

 すると彼女の身体が光り輝き、怪我を負った部分が次第に治ってゆく。

 様子をうかがっていると、数分後には、アレンティアの身体は完治していた。


「ありがとうございます。やっぱり<アカデミー>の人は、すごいね、はは」


 とはいえ、精神的疲労までは溶けなかったようだ。

 へたり込んだまま、アレンティアは乾いた笑いを漏らした。


「いやぁ、久しぶりに負けちゃった……あの人、めっちゃ強かったわ。世の中広いね」

「アレンティアさん、盗賊のアイツは?」

「勝てなかったけど、なんとか、撒いてきたよ、はは」

「じゃあ、彼は今もコッチを探してるってことね。そのまま退くってことはありえないでしょ」

「キャロちゃん先生、どうしましょう……?」


 スフィールリアの問いに、キャロリッシェは思案顔をした。

 そして数秒後に顔を上げ、こう提案してきた。


「……よし。『薔薇の門』に入ろう」

「門に?」

「戦力的にはコッチが不利だよ。信じがたいけどね……。なら見つかる前に<薔薇の庭>に逃げ込んじゃおう。回廊の〝霧〟は、さすがのアイツでも潜り抜けられないだろうし。スフィーちゃん、『フラスコの剣』は? 大丈夫?」

「あ、はいっ。破損もしてないです。いけます。あとは、アレンティアさんさえ動ければ……」


 ふたりから視線を投げられて、アレンティアもうなづき、立ち上がった。


「わたしは大丈夫。いやー先生さんの薬、すごいね!」


 彼女の返事を受けて、スフィールリアはポーチから『王家のペンダント』を取り出した。

 三人がかりで門を開き……内側から閉めた。

 次に布包みをはずし、三本あるうち一本の『フラスコの剣』をアレンティアに手渡す。


「『フラスコの剣』の使い方を教えます」

「うん」


 スフィールリアは自分でも『フラスコの剣』を持ち、自前の〝気〟を注いだ。

 ぼう、とフラスコ状の刀身に強い青色の光が灯る。


「基本は〝気〟を込めるだけで発動します。ただし〝霧〟を抜けるためにはそれだけじゃだめです。なので、こうやって……」


 輝く剣を、ゆっくりと数秒間かけて、袈裟懸けに振り下ろす。

 すると一メートル先を見通すことも難しかった〝霧〟が一斉に退いていった。


「おお、すごい!」

「『フラスコの剣』の効果は、〝霧〟を斬ることじゃありません。無事な空間情報に〝気〟を注ぎ込んで〝修復・強化〟することで、一時的に〝霧〟がどいたように見えるだけなんです」

「〝霧〟と〝霧〟のスキマを押し広げるイメージ、か……」

「そう、まさにそれです。なので今みたいにゆっくりと、空間に〝気〟を浸透させてなじませるように。〝霧〟が『ない』部分を読んで剣を振るってください。この間、ウチの庭で踊ってくれた時みたいにです」


 それが『フラスコの剣』の効果の本質だった。

〝霧〟とは〝完全無〟のことである。存在しないものを斬ることはできない。

 だから逆に、まだ〝霧〟に侵食されていない空間に〝気〟を送り込むことで、一時的に空間(せかい)を強化・復活させる。

 その結果として、〝霧〟が退いたように見えるというものだった。


「なるほどね」

「念のため『フラスコの剣』は二本まで予備を用意してあります。もしも一本目がダメになる前に回廊を抜けられなかったら、引き返すしかないと思います」

「分かった。いこう」


 剣を持ち、アレンティアが前に出た。

 スフィールリアが手本を見せた時のように、じっくりと、第一刀を下ろしてゆく。

〝霧〟が退き、一歩前進する。


「……」


 そしてまた一刀を振り上げ、また一歩を進む。

 慎重に、海流の隙間を縫うように剣を振るってゆく。

 その動きはたしかに、桜庭の庭で見た薔薇の舞にも似ていた。

 そうしてじりじりと歩を進めること、二時間は経過しただろうか。

 もうそろそろ一本目の『フラスコの剣』の使用限度がくるかというところで、剣先に、カツンと音を鳴らして手応えが生じた。

〝霧〟が退き、目の前に、入り口と同じ紋様が刻まれた二枚目の薔薇の門が現れた。


「たどり、着いた……?」

「スフィーちゃん、〝霧〟が戻る。ペンダントを!」

「はい!」


 門の中央にあるくぼみへ、ペンダントをはめ込む。

 先と同じように淡く発光し、門が、開いてゆく。


「……!」


 門の先から強い光が漏れ出てきて、三人は目を細めた。

 が、悠長にしてもいられない。

 状況をたしかめるよりもまず急いで入り口をくぐり、門を閉める。

 無事に回廊を抜けられたことに息をつき、そして――


「ここが……」


 風が吹く。

 枝葉のさざめく音が、冴え冴えと。どこまでも響き渡ってゆく。

 アレンティアが、ふらりと一歩を踏み出した。

 スフィールリアたちも、広がる光景に目を奪われていた。


「ここが、<薔薇の庭>……」


 どこまでも続く〝草原〟だった。

 そのただ中に、ぽつんと、彼女たちが出てきた〝門〟が立っている。

 はるか遠方に、赤い点々が霞んで見えている。そこに、<薔薇の庭>の名の通り、〝薔薇園〟があるようだった。

 スフィールリアは天井を見上げた。

 いや、天井ではない。

〝空〟だ。

 白い雲が流れてゆく――青い、空。

 作り物ではない、本物の空だった。


「王城の中に、こんなものが……」

「王城の中、というよりは……〝ゲート〟ね、この門は。スフィーちゃん、蒼導脈側から『この世界』を見てごらん。〝果て〟がない。無限の広さがある」

「本当だ……すごい……」

「〝剣〟が……」


 アレンティアの『鎧』と、腰に提げられていた『薔薇の剣』が、その姿を薄れさせて……消えた。

 彼女の腰には、シェリーの店で買った新品の剣だけが残ることとなった。


「帰っていった……」

「えっ、どこかにいっちゃったんですか?」


 うん、とうなづき、アレンティア。


「なんとなく分かる。『薔薇の剣』は、帰っていった……ううん、違う。最初から『ここ』にいたんだ。わたしがここに入ったから、剣は消えた」

「……あれ? でもアレンティアさん。それ」


 スフィールリアが指差すと、アレンティアも「ああ」と気がついたようだった。

 彼女の手首に、一輪の赤い薔薇が絡みついていた。

 その薔薇に向けて、アレンティアは優しく問いかける。


「お前は、帰らなくていいのかい?」


 返事はなく、そして薔薇自身、消える気配はない。


「まぁいっか」


 と笑い、アレンティアは薔薇をひと撫でした。


「でもアレンティアさん。『薔薇の剣』はどこいっちゃったんですか」

「この〝庭〟の〝中心〟に、ある。<薔薇の庭>の〝中心〟。それが……ハート・オブ・ガーデンローゼス――『薔薇の剣』の本体。わたしもここにきて、ようやく分かったよ」

「そこに、アレンティアさんのお母さんも……?」


 アレンティアはかぶりを振る。


「分からない。でもなんとなくだけど、〝中心〟の場所は分かる。そこにいってみようと思う」


 とその時だった。

 キャロリッシェ教師のお腹が、ぐぅと鳴った。

 スフィールリアとアレンティアが「ぷ」と笑う。


「そういえばお昼ごはんまだだった! その前にお昼ごはんにしない!?」


 その申し出を、アレンティアは片手を挙げて辞退した。


「わたしは先に〝中心〟を見てこようと思います。そう遠くないはずだから、ふたりは先にここで食べててよ。すぐ戻るから」

「でも。アレンティアさんひとりで大丈夫ですかね……?」

「あはは、ここは何度も〝夢〟の中できてるけど、モンスターとかいないから。ゆっくりしてて。盗賊のアイツが諦めてどっかいくまでの時間稼ぎ。ねっ」


 そういうことになり、アレンティアはひとり、前方に見える薔薇園へと向かっていった。



 アレンティアは薔薇園を歩いていた。

 そして広がる緑と赤の園の風景に――ああ、やっと『ここ』にきたのだなと、小さく吐息をつくのだった。


「……」


 風が吹いている。枝葉がさざめいている。

 ここには、いつでもその音だけがしている。


「……」


 薔薇の一輪に触れる。

 指先で撫でるその感触は、たしかに現実のものだった。

 これは、夢の世界ではない。

 だとすれば――自分を呼ぶ『あの声』は、聞こえてくるのだろうか?


「……」


 なんとなく予感を覚えて、アレンティアは立ち止まった。

 目を瞑り、静かに待つ。


『きてくれたのね――』


 そして聞こえてきた〝声〟に、まぶたを開いた。


「きたよ。あなたは、だれ? どこにいるの?」

『ずっとずっと、待っていたの……愛おしいあなたを……』


 今度こそあるいはと思ったが、声は、答えてくることはなかった。


「……」


 アレンティアは再び庭の〝中心〟を目指して歩み始めた。


『わたしに会いにきて』

「あなたは、わたしのお母さんなの?」

『ずっと待っていた』

「あなたは薔薇の〝中心〟にいる。違う?」

『約束の時。悠久の願い。永遠の誓い…………始まりの庭を越えて…………わたしに会いにきてちょうだい』

「今いくから――」


 アレンティアは、知らず足を速めていた。

 生垣の曲がり角を折れる。

 薔薇のアーチをくぐる。

 風が吹く。枝葉がさざめいてゆく。

 逸り、波打つ彼女の心を、写すかのように。


『わたしを……わたしたちを……思い出してちょうだい――――』


 そして――次に紡がれた言葉に――

 その歩みが――止まった。




『――――スフィールリア』




「――」

 立ち止まって自覚した時間は、一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。

 凍った芯を差し込まれたかのように冷えていた胸に、ぞわり、と悪い予感がせり上がってくる。


「呼ばれていたのは……わたしじゃ、なかった? …………スフィールリア!」


 はっとして、アレンティアはきた道を戻りに走り出し……。

 その足を止めざるを得なかった。

 道が、消えていたからだ。


「……!」


 薔薇の生垣の位置が組み変わり、彼女のゆく手を阻んでいた。

 ざわ――

 草木のさざめく音と、空気が変わったことに、アレンティアは気づいていた。

 薔薇の〝色〟が、変わってゆく。

 目が覚めるような赤色から、黒味を帯びた深紅へ――


「なに――」


 怒り。怯え。

 空気から感じ取れる薔薇たちの〝感情〟が、それだった。

 薔薇たちのざわめきは、まるでそれ自体が言葉であるかのように、彼女には感じられた。

 ――連れてきた。

 ――あなたは、連れてきた。

 ――連れてきてはいけないものを、連れてきた。


「……」


 薔薇たちの感情が向く先――その空を、アレンティアは見上げていた。

 なにかの駆動音にも聞こえる、甲高い音が木霊している。

 はるか遠方、雲よりも彼方。

 そこに、巨大な――あまりにも巨大な――〝城〟のようなシルエットが浮かび出してきていた。


『――スフィールリア』


〝呼び声〟は、あの〝城〟から聞こえてきていたのだと、アレンティアは感じ取っていた。

 近づいてきている。

 スフィールリアを呼んでいる。

 そして、〝城〟が近づくにつれて増してゆく、薔薇たちの怯えも。


「……」


 ――あなたは資格を失った。

 ――あなたたちは、退場しなくてはならない。


「……。どいて!」


 薔薇たちから紛れもない攻撃の意思を汲み取って、アレンティアは、腰の剣を抜き払った。



『―――スフィールリア』


 という〝声〟は、スフィールリアたちの下にも届いていた。


「えっ。なになに、スフィーちゃん。なんで呼ばれてんの? だれに?」


 普段なら「知りませんよ」と答えるスフィールリアだったが、今はそれだけの余裕もなかった。


「…………」


 スフィールリアは、遠方の空を見ていた。


「な、なに、あれ……」


キャロリッシェがあとずさる。

 そこに、巨大な〝影〟が浮かんでいた。

 幅だけでも数キロメートルはある。巨大な、〝城〟のシルエット――

 それは<ルナリオルヴァレイ>で見たものと、間違いなく同じものだった。


「っ!」


 スフィールリアは〝城〟が浮いている方角目がけて駆け出そうとした。


「待って、スフィーちゃん!」


 キャロリッシェの呼びかけで我に帰り、スフィールリアは振り返った。


「……え?」


 しかし、そこにキャロリッシェ教師の姿はなかった。

 代わりに、いつの間にか、薔薇の生垣たちが彼女を囲んでいる。


「――」


 あまりにも唐突に。

 薔薇園のただ中に、スフィールリアはいた。

 なにが起こったのかまったく分からない。すぐそこにあったはずの〝薔薇の門(ゲート)〟の姿も、なくなっていた。

 消えた出口。はぐれたキャロリッシェとアレンティア。そして、いつか見た〝城〟――

 看過できない問題が一気に押し寄せてきて、パニックを起こしそうになり……スフィールリアはもう一度、空を見上げる。


『スフィールリア――』


〝声〟は――間違いない――あの〝城〟から聞こえてきていた。


「だれなの……」


 あの城を追いかけたい。

 自分のことを知っているなら、教えてほしい。


「っ……!」


 スフィールリアは激しくかぶりを振って、その衝動を押さえ込んだ。

 今は、それどころじゃあない。

 あの〝城〟が自分に関わりのあるものなのだとしたら、この異常な〝変化〟にふたりを巻き込んでしまったのは、自分だということになる。


「……先生たちと、合流、しなくちゃ」


 本能の部分はその選択を激しく拒絶している。今すぐあの城に駆け寄りたい。

 だがスフィールリアはもう一度かぶりを振り、薔薇園の出口を目指して歩き始めた。

 歩き始めて――数分後。

 角を曲がろうとしたところで、その人物と鉢合わせた。


「む」

「わひゃっ――!?」


 思わず悲鳴を上げる。

 そこにいたのが、盗賊団<ヴィドゥルの魔爪>頭領、ヴァルケス・ドル・オルドゥヌスその人だったからである。

 まだ、禍々しい〝気〟を放射する異形の左腕を引きずっている。

 つい先刻と同じシチュエーションだったが、今は教師もアレンティアもいない。

 絶体絶命的な危機である。スフィールリアはすぐさまうしろへ一歩跳んで、徒手空拳の構えを取りつつ、冷や汗を流した。


「な、な、な、なんでアンタが、こんなところに!」

「お前たちのすぐあとをつけさせてもらったのさ――この〝庭〟に入るために、な」


 ヴァルケスの方は、戦闘姿勢を取るでもなく、あくまで平坦な様子だ。

 スフィールリアでは、戦力にもならないということなのだろう。


「そ、そんな。まったく気がつかなかった……!」

「気配を完全に消すぐらい、造作もない。あとは、自分の手元も見えなくなるような〝霧〟が、俺の姿を隠してくれた。それだけのことだ」


 それだけのことであの濃度の〝霧〟の中、無事でいられるはずがない。

 しかし、それは彼の左腕にある<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>が可能としたのだろう。これだけ尋常でない〝気〟を保有しているのだ。彼自身、相当に強化されていることは疑いがない。


「だだ、だからって、なんでアンタなんかが、ここになんの用があるってのよ!」

「そんなことはお前たちの知ったことでは――」


 とそこまでを言いかけて頭領の男は言葉を一旦止めた。

 思案するような素振りで、今も天空にある城を眺める。

 次に、もう一度彼女に振り返ってきた。


「あの城の呼び声……アレが呼んでいたのは、お前、か?」

「だ、だったらなんだっていうのよ」

「そうか……君が、〝彼女〟の言っていた……」

「な、なんだよぅ――や、やるか? やるのか!? ああんっ!?」

「元気のいいことだ」


 かなり切羽詰ってファイティングポーズからこぶしをシュッシュッ! と繰り出すスフィールリアだったが、頭領の男は「ふむ」と納得声を出すだけで、特に絡み返してくる様子でもなかった。

 そして、


「時間を稼ぐ。こちらだ」


 と言ってきびすを返し、歩き出した。

 まるで、導くかのように。


「……」


 その場から動かず、警戒のポーズを取ったままのスフィールリア。彼女に頭領は、再び振り返ってくる。


「……〝道順〟の見極め方も知らず、ひとりでこの〝迷宮〟を抜け出す自信があるか?」

「……」


 スフィールリアは無言でかぶりを振る。


「ならば、こちらだ。――危害を加えるつもりはない。むしろ放っておけば、君たちがこの薔薇どもに食われる。信じる選択肢は、君に委ねるがな」


 そこまでを淀みなく言うと、男は再び歩き始めた。


「……」


 スフィールリアは遠ざかる男の背を見つめて、数秒間、考えた。

 分からないことだらけだったが、分かることもあった。

 この男は〝情報〟を持っている。この庭に関すること。そして、今の状況についても。

 なにも分からないままこの迷路のようになってしまった薔薇園に留まることの危険性までは分からない。しかし、変化があるということは、対応が必要だということでもある。

 対応が必要であるということは、つまり、それを怠った場合に起こるさらなる変化に自分の身を投じるということにほかならない。


「……」


 とりあえず、この男から〝殺気〟とでも言うべき感覚は漂ってこない。

 スフィールリアは、己の直感を信じることにした。

 小走りになり、男の背を追いかけてゆく。

 ついてゆきながら、スフィールリアはこの際だと割り切って、男に話しかけることにした。


「……あの。あなたって、なんなんですか?」


 男は歩みを止めるでもない。しかし、答えてきた。


「抽象的だな。俺は俺でしかない。……という哲学的な質問でないならば、そうだな。俺は……復讐者、だ」

「復讐? それで王様の家をブン取ろうとしてたんですか? 王様になんかなって、どうするつもりなんですか」

「王様?」


 男は分からないといった声を出したが、すぐに彼女の誤解に気づき、笑ったようだった。


「そんなものに興味はない。俺の目的はひとつ。<ガーデンズ>をあるべき姿に還すことだ」

「なんで」

「俺の両親は、<ガーデンズ>に殺された。――食い殺された」


 振り返ることも、どうということもなく、ヴァルケスは告白してきた。


「……」

「君には関係のない話だ。どの道、あの薔薇の聖騎士団長と出会えば、俺たちは再び敵同士だ」

「……。じゃあ、なんで、あたしを――」

「……止まれ!」


 聞きたいことはまだまだあった。

 だが、その時だった。

 ざわり、と生垣の薔薇たちが騒ぎ始めた。

 ざわめき、さざめき、生垣の位置が入れ替わってゆく。


「防衛機構が動き出したな……〝鍵〟か、それとも、あの〝城〟か……」

「な、なに。なんなの……」

「俺から離れるな」


 男がそう言った瞬間――生垣のひとつから、凄まじい速度で薔薇の群れが伸び出してきた。


「ちぃっ」


 ヴァルケスが異形の左腕を振るい、触手のように伸びてきていた薔薇を散らした。

 しかしそれだけでは終わらない。次々と、四方八方から、薔薇が飛び出してくる。

 それにヴァルケスが応戦する。

 右へ左へと鉤爪を振るうたびに薔薇が散り、悲鳴のような音が上がる。


「こちらだ。急げ」


 早足になるヴァルケスについてゆく。

 そうしている間にも薔薇たちは〝攻撃〟をしかけてくる。


「うっとうしい!」


 先ほどよりも力を込めて、ヴァルケスが左腕を突き出した。禍々しい〝気〟が炸裂し、十数メートルに渡って薔薇の生垣が吹き飛ばされ――道ができあがった。

 しかし、ヴァルケス自身にもまた、わずかな隙が生じた。

 彼の死角から別の薔薇が伸びてくる。


「!!」


 だが、薔薇は彼に到達する前に爆裂四散した。

 ヴァルケスが振り返ると、そこには『キューブ』を投擲した姿勢でいるスフィールリアの姿があった。


「い、一応。ピンチを脱するまで限定で! 共闘ということで!」

「いいだろう」


 ヴァルケスは笑ったようだった。


「走れ!」


 彼が開いた道に飛び込み、また走る。 


「ど、どこに向かってるんですか!」

「庭の中心、ハート・オブ・ガーデンローゼスだ。ソレを調伏しなければ根本的な解決にはなりはしない。疲弊し、いずれは食われるのみ――だ!」


 ヴァルケスが左腕をなぎ払い、また数十メートルの範囲の薔薇が消し飛んだ。


「た、倒しちゃうんですか? アレンティアさんの剣を!? 世界を救った勇者様の剣なんでしょ!?」

「世界を救った聖なる剣、か。ふ、ふ! 君もまた<ガーデンズ>について、なにも知らないのだな」

「そ、そりゃ、知りませんよそんなの――てい!」


 隊列の後方から伸びてきた薔薇を、スフィールリアの『レベル4・キューブ』が燃やし散らした。

 その時、右手の遠方に大きな爆炎が吹き上がるのを見て、スフィールリアの足が止まった。


「タペストリーの光だ……先生!」

「止まるな! 早くこちらにこい!」

「でも! 先生も攻撃されてるんだ。助けなくちゃ! あと、アレンティアさんも!」

「そのような暇は――」


 言いかけたヴァルケスの右腕に、迫っていた薔薇のツタが絡みつく。


「ちっ」


 それを強引に引き剥がし、右腕の皮膚が切り裂かれる。薔薇と同じ色の血しぶきが舞った。


「な、い。ぐっ……!」

「と、盗賊さん!」


 スフィールリアが駆け寄る間も、薔薇の攻撃は止まず、ヴァルケスも振るう左腕を止めない。


「これを! よいしょ!」


 極力邪魔にならないよう回復剤の入った小瓶を男の口に当て、乱暴だが、中身を流し込んだ。切り裂かれた右腕が青と緑の色に輝いて、傷が癒えてゆく。


「伏せろ――はぁあっ!!」


 即応してスフィールリアがしゃがみ込むと同時、ヴァルケスが異形の左腕をすさまじい勢いで旋回させる。

 これを受けて、再び薔薇たちが、退くように円形に散ってゆく。

 その隙を使い、ヴァルケスがスフィールリアを見下ろし、宣告した。


「救出に向かう暇も、余裕も、ない。あきらめることだ」

「そんなの!」

「ならば祈れ。<アカデミー>の教師に、聖騎士団長だ。そう安々とくたばるようなタマではないとな。今この〝庭〟にいる人間のうち、ハート・オブ・ガーデンローゼスにたどり着くことができるのは、俺以外にいはしない。俺が間に合わなければ、本当に全滅するぞ」

「……」


 スフィールリアは悔しさに顔を歪ませたが、時間がないことも認めるしかなかった。一旦は退けられた赤黒い薔薇たちは、見る間に増殖を繰り返して、包囲を狭めてきている。数秒後には攻撃が再開されるだろう。

 このヴァルケスが持っているなんらかの〝策〟とやらに、託すしかない。

 スフィールリアは、自分よりも大きななにかを飲み込むように喉を嚥下させて、男にうなづき返した。


「いくぞ」


 その、次の瞬間だった。

 立ち上がろうとした彼女は、見た。

 右手を差し伸べてくる盗賊の男の背後に――津波のように盛り上がる大量の薔薇を。


「!!」


 ヴァルケスの反応は遅れなかった。しかしそれは、スフィールリアにとってはまったく予想外となる行動だった。

 ヴァルケスは、応戦よりも先に、彼女を突き飛ばすことを選択したのだ。


「きゃあ!」


 よほど力を込めていたのだろう。三メートルはたたらを踏んだところで尻餅をつき、スフィールリアは激しく痛む肩を押さえつつも、顔を上げた。 


「な、なにを――」


 と非難の声を上げかけたところで――それよりもはるかに大きな絶叫が上がり、彼女は言葉を失った。


「う、ぐ……がああああああああああああ!!」

「と、盗賊さん!」


 スフィールリアの目の前に、一輪の巨大な薔薇が咲き誇っていた。

 花弁一枚だけで大の男をも隠せてしまいそうなほどに、巨大な、薔薇――

 その薔薇のツタが、ヴァルケスの左腕に絡みつき、彼の体躯をぶら下げていた。


「『鍵』に誘われ、自ら出てきた、か! ハート・オブ・ガーデンローゼス! くっ……あ、がああああああああああ!」


 彼の絶叫とともに、異形の左腕がブチブチと引き裂かれてゆく音が響き渡る。


「俺……を! <ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>、を……食らう、かっ!」

「盗賊さん!」


 スフィールリアは即座に立ち上がり、帽子に差した飾り羽――『フェザー・エッジ』を握り込んだ。〝気〟で構築された刃が出現する。

 それを巨大な薔薇に向けて投げ放つ。

 が、薔薇は赤い光をまとうと、いともたやすく『フェザー・エッジ』を弾き返してしまった。


「そ、そんな……!」


 途方に暮れるスフィールリア。彼女の背後に気配が生じたのは、その時だった。


「スフィールリアちゃん、下がって!」


 薔薇の生垣を飛び越えて現れたのは、アレンティアだった。

 驚いて振り向くスフィールリアの横を駆け抜け、アレンティアは一瞬でヴァルケスの下に到達した。

 そして手にしていた剣を彼の左肩口に突き刺し、もう片方の腕をヴァルケスの身体に回し込むと、強引にその身体を薔薇から引き剥がしたのだった。



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