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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
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■ 7章 薔薇の庭へ!(2-17)


「ただちに討伐部隊を編成いたしましょう」


 謁見の間に、大臣の声が響く。

 執務の一環である謁見は一時中断されている。扉には鍵がかけられ、豪奢な長卓が運び込まれての、緊急会議である。

 広々とした部屋には、玉座に座す王のほか、要職に着く者たち数名の姿がある。

 なぜ、会議室を使用しないのか。

 そのことに疑問を差し挟む者はひとりもいなかった。

 王は、一日の大半をこの謁見の間の玉座に座してすごす。

 その理由を知っている者たちばかりであったからだ。


「そこまでする必要があるかね?」


 試すような口調で言う王。

 集まる視線に、


「彼は、被害者なのだよ」


 と、悲しげに言う。

 そんな王に、大臣。


「放棄区画の地理に明るい特A級以上のガイドをつけて、聖騎士団を派遣するべきです」

「しかし、すでに城を抜け出しているのでは? 市街に緊急警報を発布する方がよろしいかと」


 挙手をして発言するのは市議会の長だ。

 これに、大臣が答える。


「その痕跡はありませぬ。おそらく、放棄区画に入り、今も潜伏中だと思われますな。<ヴィドゥルの魔爪>頭領、ヴァルケス・ドル・オルドゥヌスの目的は、明らかに<始原の庭ラウンド・オブ・ガーデンズ>の、いずれかへの接触でしょう」

「王家はただち王城を退去し、我らにその〝庭〟を明け渡せ――<ヴィドゥルの魔爪>の主張・目的の本質こそは、『それ』であったでしょうからな」

「それが分かっていたなら、なぜこの王城にヤツを運び込んだのだ!」


 市議会長が長卓を叩く。

 だが、彼の怒声に同調の気配を見せる者は少なかった。


「『それ』をたしかめるためにこそ、でしょう。彼が<ガーデンズ>の〝適正者〟であるのかどうか。皮肉なことに、彼自身の逃走という行為によって、そのことは明らかにされたわけですが……」


 心底から憮然として、市議会長は背もたれに身を沈ませた。


「……凶悪なテロリストが逃走し、それが野放しにされている。だというのに、またわたしは、市民へ対して事実そのものを隠匿しなければならないのか」

「……」

「……食料もないのだ。放っておけば、勝手に彷徨(さまよ)ってのたれ死んでくれるのではないか? 聞くところによると、『無限の広さ』があるのだろう、この〝ダンジョン〟は?」


 またひとりの発言に、今度は王が答えた。


「そうであるなら、そもそも彼は脱走すら試みなかったろう。〝彷徨都市〟との接点をも把握していると見ていい。その気になれば、寿命がくるまで生き延びてみせるだろうね」

「…………」


 重苦しく黙り込む一同。

 その時だった。


「なにもしなくてよろしいのではなくって?」


 割り込んできた声に皆が驚いて振り向くと、そこにいたのは――

 王が玉座から立ち上がり、朗らかに両腕を広げた。


「これはこれは。エスレクレイン・フィア・エムルラトパ嬢。お久しぶりだね」

「ええ。王も、ご機嫌うるわしゅう」


 扉はおろか、鍵が開けられた形跡すらない。

 だというのに当たり前のようにそこに立っていたのは、王都貴族の第一位のエムルラトパ家が当主、エスレクレインその人であった。


「エスレクレイン様。そ、その、なにもしなくてよろしいというのは?」


 恐る恐るといった大臣の声に、エスレクレインは、次のことを口にした。


「彼は〝偉大なる鍵〟を持っている。だからきたのですわ。ここに。捕まったのも、きっと、わざと」

「……つまり?」

「せっかくだから、その〝鍵〟を使っていただいてしまうのはどうかしら?」


 どよめく。


「<ガーデンズ>の戒めを緩めよと申されるのですか!」

「それは危険だ!」


 エスレクレインは、うしろ髪を流しながら、どうということもないという風だった。


「心配はありませんわ。開くのは、<薔薇の庭>ですもの。あすこの庭師は、代々、優秀だから」

「アレンティア君、かな?」


 王の言葉に、エスレクレインはにっこりとうなづいた。


「それに、〝時〟はいずれきますわ。――心配いりませんのよ。だからわたしはきたのですもの。<ガーデンズ>を統べる者がいるのです。今こそ〝彼女〟の手に、委ねるべきですわ」

「…………?」


 王以外のだれもが、彼女の言葉を理解できないといった顔をした。

 そして、王を見た。


「……」


 王は、今までと変わらず、ただ微笑を浮かべているだけだった。



 さて、そのアレンティアとスフィールリアのふたり。

 前回と同じように入城許可証を受け取り、王城<ロ・ガ=プライモーディアル>へと入っていた。

 王城の〝放棄区画〟へとつながるそこかしこの入り口には、かならず、〝放棄区画〟の道筋に詳しいガイドが見張りに立っている。

 そこをアレンティアの顔で通してもらい、今再び、〝放棄区画〟の回廊を歩いているのだった。

 ただし、今回は『もうひとり』のオマケがついてきていたが。


「これが王城の〝放棄区画〟か~! 静かよねぇ!」


 その静かな回廊に、目いっぱい元気な声を響かせたのは、キャロリッシェ・ウィスタフ教師だった。


「あ、あの~、キャロちゃん先生ぇ……?」

「ん? なぁに、スフィーちゃん?」

「なぜにしてキャロちゃん先生が一緒にいらっしゃってるんでしょうか……?」

「なぜっ!?」


 キャロリッシェはショックを受けたように後ずさった。

 いっそわざとらしく、くらりと目まいを起こしたように額に手まで当て、


「かわいい生徒のことが心配でついてきてあげようと思ったこの親心が理解されてないだなんて……せんせーは悲しいです!」

「またまたそんなこと言って~。『王城の謎』っていうのが面白そうだからついてきたんじゃないんですか~?」


 と、スフィールリアが言うと。


「そうそう! そうなのよ!」


 ぴょんと指を立てて、あっさりと食いついてきた。


「摩訶不思議よね~、見たいよねぇ! 王城のヒミツ!」


 スフィールリアはげんなりと肩を落とした。


「かわいい生徒はどこに……」

「なによぅ、『フラスコの剣』の下処理を手伝ってあげたでしょ! おもしろいアイテムだと思ったし、効果のほどだってこの目で見てみたいじゃない。いいでしょそれぐらい」


 というわけだった。

『フラスコの剣』の基礎パーツを作るにあたっていくつかの部品の製造を外部発注したのだが、その内のひとりが、このキャロリッシェ教師だったというわけである。

 ちなみに、フィリアルディやアリーゼルにも手伝ってもらった。ふたりは心配してくれたが、アレンティアがいるから大丈夫だと言ったら、驚いたのち、渋々といった様子で安心してくれたようだった。

 ともかく、『こんな特殊なアイテムを作ってどうするの』と問われて事情を話したら、強引に(というか、当たり前のように)ついてきてしまったという運びである。

 キャロリッシェはいつものようにニコニコとしている。


「あはは、面白い先生さんだね。授業とか面白そう」


 アレンティアはあくまで気楽な様子だった。


「でっしょ~? あ、隊長さんとはこれで二度目だったよね。よろしくねっ。ねぇねぇスフィーちゃんお昼はいつごろにするの? わたしもうお腹空いてきちゃった。お弁当のおかず交換しよーよ。あっ、そういえば隊長さん、最近<薔薇の団>が表に出されないのってやっぱり『司祭のヅラ修正事件』のせいなの? 親切心でやってあげたのにねぇ?」

「…………せんせ~! ちょっと落ち着いてくださいよぅ!」

「いいじゃんいいじゃん、賑やかで楽しいよ。ずっと静かなままよりいいんじゃない?」

「……まぁ、それはそうですけど」


 アレンティアの言を渋々認めると、またキャロリッシェはにんまりと笑った。

 アレンティアはスフィールリアとよく気が合うが、どうやら、キャッロリッシェとも波長が合うようだった。


「スフィーちゃんは暗いのと怖いのがニガテなんだもんねっ。かわいいっ」

「……うぅ~~」


 それもその通りだった。実際、またこの静かな回廊に入るのかと思うと、気が滅入りそうだったのだ。

 人に見放されて何百年も経ったこの回廊の静謐さは、忘れ去られた墓所の雰囲気を思い起こさせる。

 それを思えば、彼女の存在はこれ以上ない救いだと言えた。


「それに、<アカデミー>の教師クラスの同行だなんて、これ以上ない最上級の護衛よ。まぁ~ありがたいと思って、ドンと頼ってきなさいな! 武器だってたんまり持ってきてあるんだからね!」

「……せんせー、ここ、あくまでお城だってこと忘れないでくださいね? 下手に壊して修理費とか請求されてもあたし知りませんから!」


 回廊に、三人の笑い声が、どこまでも響いてゆく。

 そんな調子で二時間ほどを歩き詰めただろうか。

 ひたすらに続く回廊をまっすぐ歩き、階段を下り、登り、また回廊を歩く。

 途中で部屋を通り抜けてまた別の回廊へ。そしてまた階段へ。まるで、この回廊は無限に続くのではないかという錯覚さえ感じる。

 そして、そろそろお昼ごはんにしようかと言った、その時にそれは起こった。

 T字型の曲がり角で。


「……」


 ばったりと、鉢合わせた。

 見覚えのある――黒装束の男と。

<ヴィドゥルの魔爪>の頭領、ヴァルケス・ドル・オルドゥヌスだった。


「っ……!?」


 両者ともに飛びのいて距離を取る。

 アレンティアと頭領が、同時に武器を構えた。


「あ、あんたはっ」


 彼女のうしろでスフィールリアは『キューブ』を構える。


「おっ、なんだなんだ? お宝探しの競争相手さん!?」

「先生……いつの間にお宝探しとかになってるんですか! 違いますよ! こいつテロリストです!」


 一方でアレンティアと頭領は、すでに臨戦体勢である。


「野薔薇か……」

「その呼ばれ方、好きじゃないなぁ。どうしたの、こんなところで。牢を破ってきたの?」

「まぁ、その通りだ。貴様こそ、なぜ、こんなところにいる? 俺の討伐令でも受けてきたか?」

「それは聞いてないけどね。でも、同じことになりそう」

「そうだな。こうして出会ってしまったからには……潰し合うしか――あるまい!」


 両者の姿が、一瞬だけ消えて、『薔薇の剣』とナイフが衝突する。


「なになに!? なんでいきなし戦ってんの!?」

「だから、敵なんですってば先生!」

「ほほ~う、ということは、倒しちゃっても――いいってことねっ?」


 キャロリッシェがポケットから取り出した『レベル5・キューブ』を――


「ちょ、先生それはっ!? そんな大威力のをこんなところで――」


 ――解き放った。

 しかし彼女の『レベル5・キューブ』は爆散せず、数個の光の粒に変わり、頭領の男の動きを追尾して――


「――――っ!?」


 爆発した。

 数分割されていたので、威力そのものは抑えられている。

 だがその場は猛然とした噴煙が立ち込め、辺りはしばらくなにも見えなくなった。


「『追尾型・レベル5キューブ』。威力を一点集中して打ち出す……並大抵の装甲ならこれイッパツでオジャンよ」

「うわぁ、すご……面白っ!」

「うっふっふ。今度作り方教えてあげる」

「ふたりとも、下がって!」


 アレンティアの一喝が響いて、同時に、粉塵が吹き散らされる。

 そこにいたのは、一切無傷なままの頭領の男の姿だった。


「うそん!?」


 ヴァルケスは左腕を盾のように前に出していた。その腕の表面も、服以外は完全に無傷である。


「なんなんにゃ~~、その腕は~~~~!?」

「<アカデミー>の教師か」

「させない……よっと!」


 再び動き出した。

 アレンティアの姿が消え、ヴァルケスも同じ速度で対抗する。

 スフィールリアたちからすれば、まったく目にも留まらない戦闘だ。


「スフィーちゃん、下がろう。さすがにこれには割り込めないにゃ~」


 キャロリッシェの語尾が変わったことで、スフィールリアの顔にも緊張が走った。

 彼女は、追い詰められた時、このように語尾が妙な発音に変わる。彼女の語尾変化は、キャロリッシェ教室の生徒にとっては、危険信号なのだ。

 教師であり、幾多もの危険な採集地や一線級の戦闘を経験してきた彼女でも、割り込めない境地だということだ。


「あまり手間取りたくないの。一気に決めさせてもらう!」

「望むところ――だ!」


 アレンティアとヴァルケスが、同時に〝茨の道〟へと入った。

 いつぞやと似たシチュエーションだ。

 かけられた時間は、一瞬。

 しかしその一瞬間に数十撃の剣戟を繰り広げて――ふたりの姿が現れる。同時、床と言わず壁と言わず、回廊のあらゆる場所に〝茨〟の傷が刻まれる。

 一秒後。

 膝をついたのは、やはり、盗賊の方だった。

 あくまで警戒は解かずに、アレンティア。


「降参してほしいな。なんのために出てきたのかは知らないけどさ。こっちも忙しいんだよね~」

「ふ、ふふふ、ふ……!」


 笑うヴァルケスに警戒の視線を注ぎながら、アレンティアは得体の知れないものを感じて、剣を構え直した。


「さすがは、<ガーデン・オブ・スリー>の正統後継者といったところか。だが、勘違いをするな。<ガーデンズ>への適正を持つのは……貴様だけではないということをな!!」

「!?」


 その瞬間。

 男の身体が一気に膨れ上がった――ように見えた。

 正確には、変化は男の左腕に現れていた。


「ガッ――アギッ――ゴ……ガ!」


 みちみちと肉が膨れ上がり、骨が砕けるような音が響く。植物であるかのように変色し、さらに盛り上がり……服の袖が破けて、なお膨張し……


「ガ。ア。デ。ン。オ、ブ……NULL(ヌル)!」

「――――」


 数秒後、肥大化したヴァルケスの左腕は、異形の魔物の腕のような形に変化していた。

 その節くれだった指先には、禍々しい刃にも似た鉤爪の姿がある。


「――<ヴィ・ドゥ・ルーの魔爪>」


 にやり、と、男の口角が釣り上がる。


「ガァ!!」

「きゃあ!?」


 瞬間に男が飛びかかり、異形の左腕の一撃にアレンティアは吹き飛ばされ――。

 さらに途方もない衝撃が伝播し、回廊の壁と床が崩れ落ちた。


「このていどでくたばるような器でもあるまい……」


 巨大な左腕を引きずったヴァルケスが、開いた大穴へと飛び込んでゆくのが見えた。

 穴に落ちたアレンティアを追いかけていったのだろう。その後、凄まじい力が衝突するような音が、数度、響いてくる。

 戦闘が、再開されたようだ。


「アレンティアさん!?」

「スフィーちゃん、だめだ危ない!」


 飛び出しかけたスフィールリアの肩を、真剣な声音になったキャロリッシェがつかみ止める。

 もうもうと立ち込める噴煙の中、スフィールリアは途方に暮れて大穴の縁を見下ろした。


「なんか、今のは……ヤバいっぽかったね」

「先生、すぐに追いかけましょう。アレンティアさんと合流しないと! ――助けなきゃ!」


 キャロリッシェはうなづいてくれたが、しかし同時に、冷静なことも言ってきた。


「そうだけど、バカ正直にうしろを追って近づくのもよくないと思う。わたしたちは、距離を取って様子をうかがいながら彼女に合流できるようにしないと。足手まといになる。騎士団長さんなら、アイツが相手でも引けは取らないでしょ」

「……」

「それに、スフィーちゃんの『フラスコの剣』がないと、『薔薇の回廊』も通れないでしょ。それは壊れやすい。巻き込まれてそれが壊れれば、全部おじゃん――じゃない?」


 スフィールリアはとにかくアレンティアのことが心配で、しばらくの間そわそわしていたが、結局はキャロリッシェ教師の言が正しいと認めるしかなかった。

 うなづく。


「いこう。下に降りる階段を探さなくちゃ。わたしたちはわたしたちで『薔薇の回廊』の〝門〟を目指す。どんなに戦いが長引いても、合流場所はそこになる!」

「はい!」


 そしてふたりは、きびすを返して走り始めた。



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