(2-16)
◆
森を駆け抜けるみっつの影があった。
スフィールリア、アレンティア、ウィルベルトの三人である。
「前方、ベルセルクホーン! 数1!」
「アレンティアさん、ウィルベルトさん、倒してください! 十秒以内!」
「自分がいきます! スマッシュブレイド、セット!」
「了解だよ!」
「であっ!」
飛び込み、一閃。
前方から突進してきていた暴れ牛が、ガラス細工のように砕け散った。
「前方クリア。後続の脅威ナシ」
「スフィールリアちゃんの言った通りだ。実体化の途中なら、簡単に倒せる」
「と、いうことは、さっきの話にも信憑性が出てきますね……」
「いきましょう、時間を置けば置くほどやっかいなことになります!」
ふたりがうなづき、また、走り始めた。
(森の中の足場。それに、けっこうな速度なのに、ちゃんとついてきてる。たいしたものだ)
ウィルベルトは最後尾のスフィールリアに一瞥をやって、彼女の機敏さに舌を巻く。
いや、それだけではない。
彼女が看破した事実によって、今まさに、Bランクのモンスターを苦もなく倒すことができた。
では、その事実とは、なにか。
ウィルベルトは、スフィールリアの言葉を思い出していた。
それは戦士である自分たちには到底思いつきもできない、とんでもない真相だった。
「呪いの魔物は、いない?」
素っ頓狂な声でおうむ返しするアレンティアに、スフィールリアは強くうなづき返した。
「はい。そんな魔物はいません――いえ、そもそもこれは〝呪い〟なんかじゃありません! 今なら片付けられると思います。協力してください!」
「……」
「……いや、あのですね」
ウィルベルトはため息とともに彼女たちの会話に割り込んだ。
「協力と言われましても……ちょうど今、隊長とは帰還日程の予定について話し合っていたところで」
「早く原因を解消しないと、森はもっと手がつけられないことになります。今、叩かないと! 今回の聖騎士団さんから取得したモンスターの情報で、この森はとんでもないモンスターの巣窟になっちゃいますよ!」
スフィールリアは、思案顔のアレンティアの目を見ていた。
「……お願いします。話を、聞いてください!」
「隊長、どうしますか……?」
あくまで訝り顔のウィルベルトに、アレンティアは笑いかけた。
「……分かった。いいじゃない? 話を聞くだけならタダなわけだし」
「まぁ、そうですが」
スフィールリアは表情を明るくして、ふたりに頭を下げた。
「じゃあ、まずは順を追って聞きたいんだけど。呪いの魔物はいない。これは本当?」
「はい。そんな魔物はいません。〝呪い〟もありません。〝呪い〟じゃない……これは、れっきとした〝綴導術〟の現象です」
「綴導術?」
聞き返しつつ、アレンティアは冷静だった。
「だれか、これを引き起こした綴導術士がいるっていうこと?」
スフィールリアはかぶりを振った。
「そうじゃありません。これは、『天然の』綴導術です。たぶん、ですけど」
「天然の……? そこを、詳しく聞きたいね。どういうことかな?」
うなづき、スフィールリアは、彼女から受け取った地図を広げて見せた。
そこに書き込まれていた素材品の分布マークを、ひとつひとつ指で示してゆく。
「ここと、これと、これと、これと……これらの素材品が持つ固有の効果が、重複共鳴を起こして、ひとつの〝現象〟を引き起こしてるんです。それが、〝呪い〟の正体です」
「〝呪い〟の正体……隊員が出会ったことがあるモンスターが現れるのも、〝気〟が枯渇して倒れてしまうのも、全部…………素材の効果が偶然に、重なった現象だということ?」
「そうです。運悪く、素材の分布が移動してこういう形になっちゃったために起こった、事故か、災害みたいなものなんです」
いくつもの素材品の効果が、複雑に、偶発的に絡み合った結果――新しいひとつの効果を生み出した。森に、〝気〟を吸い取り、循環・放出させる結界を作り出した。
それが、彼女のつきとめた事実だった。
「は~、なんというか、まぁ」
「し、しかし。あり得ないですよ。今まで森でこんな現象が起こったことはないし、ぼくだって聞いたことがありません!」
スフィールリアは真摯な眼差しで、ウィルベルトを見つめ返した。
「昔、師匠の工房でお仕事を手伝っている時に、同じような事故に遭ったことがあるんです。その時は小さな部屋にそういう重複効果がもたらされるアイテムを置いちゃったから起こったことで、通常は、こんな大範囲に起こることじゃないのはたしかなんですけど……でも」
「……」
「信じてください」
「……」
「……」
戸惑うようにアレンティアへ視線を向けるウィルベルト。
アレンティアが挙手して尋ねる。
「もう二点。ひとつ、隊員が今まで出会ったことがあるモンスターが現れる現象は? そして、森が、手が付けられないことになる、ていうのは?」
「たぶん、この〝共鳴現象〟の中核は『オーロラジェイル』です。それもとびっきり大きな。『オーロラジェイル』は、ジェイルロックが吸い込んだ〝気〟を閉じ込めて、増幅・放射する働きがあります」
「ふむ」
「〝気〟っていうのは、つまり〝情報〟です。今まで騎士団や冒険者さんたちから吸い取った〝気〟の中には、今までその人たちが出会ってきたモンスターの〝記憶〟情報も含まれています。モンスターが現れるのは、吸い取った〝記憶〟からの投影現象です。だから……」
「時間を置けば置くほど、その〝記憶〟情報は重ねられてゆく……森に関わる人間が増えるほど、現れるモンスターの種類も増えていくっていうことだね?」
今のところは、まだ大した人数の〝気〟を吸っていない。だからモンスターが現れても『今まで出会ったことがある』という共通項を見出すことができた。
だがこれからはそうではなくなる。今回の作戦で、幾多もの強力なモンスターを相手取ってきた聖騎士団の情報を取得してしまった――凶悪なモンスターが、大量に、森にひしめくことになる。
「もしそれが本当なら……とんでもない大災害になりますよ、隊長」
「うん」
なにかを決断したようにうなづき、アレンティア。
「悠長に帰還してから、増援部隊を待つのは不味い。わたしはスフィールリアちゃんを信じる。ここで片付けよう」
この時点で、ウィルベルトの表情からも迷いは消えていた。疑惑の色だけは残していたが。
「では、そうすると、大人数で森に押しかけるのはいかにも上手くないですね」
「うん。人数が多ければ多いほど、投影されるモンスターの数も増える。それも聖騎士が出会ったことのあるクラスのモンスターばかりが。――わたしたちだけでいこう」
挙手して前に出るスフィールリアに、ウィルベルトが驚いた顔になる。
「あたしも連れていってください。原因になってる素材の選別や処理は、あたしがやった方がいいと思います」
「だ、ダメですよ。危険すぎます!」
「いや。お願いしよう。ここまで問題の根源を看破してくれたのは、スフィールリアちゃんだ」
「……」
「わたしたちが守ればいい――最後までやられっぱなしじゃあ聖騎士の名折れってもんでしょう。それぐらいはやってこそ、でしょ?」
しばらく黙っていたウィルベルト。固唾を呑んで反応を待つスフィールリアに対して、
「まったく。おっしゃる通りですね」
と、笑いかけたのだった。
「あった! 『スチウム鉱石』!」
ぽっかりと口を開く、青く輝いた洞窟の入り口。その前までスフィールリアは駆け寄っていった。
彼女を護るように、ふたりが周辺の警戒に当たる。
「洞窟を丸ごと潰すのは無理だね。どうする?」
「今はとりあえず塞ぐだけで大丈夫です。ほかの撤去できる素材品を処理してしまえば、これ単品では無害な鉱石にすぎません」
スフィールリアは『赤型魔素硬化樹脂』の入ったフラスコを腰のベルトから取り外した。
「いきます! ――てい!」
すぐさまそれを洞窟の内部に投げつける。
フラスコが割れて、圧縮されていた中身が爆発的に広がり……すぐに硬化して、洞窟の入り口は赤色の結晶で埋め隠された。
その結晶に歩み寄り、表面に手を触れさせるスフィールリア。
「あとは、『スチウム鉱石』固有の整合値を中和する記述を埋め込めば……」
彼女の背後で地響きが鳴る。
木々をへし折り蹴立てて現れたのは、
「エルダードラゴン。数1。こいつ、覚えてますよ」
だった。かつてウィルベルトが、派遣先の採集地で倒した個体と相違なかった。
「すでに実体化済みだね。力づくで倒すしかない――スフィールリアちゃん?」
「五分……いえ、三分ください。それでここは終わります」
「分かった――護るよ」
アレンティアが『薔薇の剣』を構えた。
「〝茨の道〟、セット。ウィル君、そいつを下がらせて!」
「了解! ――オゥラバッシュ!」
〝ギィオオオオウ!!〟
ウィルベルトが〝気〟を込めた肉厚の盾を押し出した。
ズシン、と、森の広域を揺らすほどの衝撃がほとばしって、エルダードラゴンが木々を巻き込みながら、数十メートルは吹っ飛ばされてゆく。
その瞬間、また別の衝撃音を散らして、アレンティアの姿が掻き消えた。
〝グゥワアアアアアアアアア!!〟
ドラゴンの絶叫が響き渡る。
〝茨の道〟に入ったアレンティアが攻撃を開始したのだ。
魔剣の刃も通さぬ鱗が次々と削り取られては砕け散ってゆく。文字通り目にも留まらぬ速度でドラゴンの周囲を周回し、狭まってゆく。〝茨〟の結界だ。
〝ギアアアアアアア……!!〟
一分後……ついに耐え切れなくなったエルダードラゴンの全身が、ガラス細工かなにかであったかのように砕き散らされた。
「周辺、後続の脅威なし」
「さすがにこれクラスだと少し手間取るね」
二分もかけずにランクAのモンスターを屠っておきながらの、こんなやり取りである。
「すっごい……!」
情報記述の手は休めないまま、スフィールリアはあっけに取られて戦闘の結果を見守っていた。
そして『スチウム鉱石』の封印を果たした一行は、また別の目標を目指して走り始めた。
「次! リフェルの実! いきます!」
『レベル5・キューブ』を投げつけ、宝石のような赤い実をつけた大樹を吹き飛ばす。
そして、ほとんど走る足を止めず、次の目標へ――
「次! ヒカリムシのシスト!」
「次!」
次々と対象となる素材を潰しつつ、森を走り抜ける。
「これで……六個目!」
六番目の素材品の群生を焼却し、さすがに走り疲れて、スフィールリアは肩で息をした。
「少し休もう。〝呪い〟の結界も、だいぶ崩したでしょ」
「いえ、大丈夫です。それに、まだ、一番潰さないといけないものが、この奥に……あるはず!」
「『オーロラジェイル』ですか」
スフィールリアは、喉を嚥下させて、うなずく。
「吸い取った〝気〟をジェイルロックに供給する〝流れ〟は、これでほぼ無効化しました。だから、あとは〝気〟の放出元を叩けば……! いきましょう!」
少しの間、気遣わしげに顔を見合わせてから、ウィルベルトとアレンティア。
「分かりました」
「いこう」
<クファラリスの森>は深い。それからは、さすがに体力の限界がきたスフィールリアを気遣っての早歩きで、出会うモンスターは倒しながら、二時間ほどを進む。
そこで、空気が、変わった。
「森ザワザワしてる……すごい量の〝気〟が渦巻いてるよ」
森の地面に岩地が見え始めたころ、先頭をゆくアレンティアが、歩を止めた。
そして、現れた。
「前方、脅威1」
「ジェイルロック……!」
そこに、巨大な――全高五メートルはある、巨大な花が咲き誇っていた。
いや。蠢いていた。
一枚一枚が人間を丸ごと隠せてしまいそうな紫色の花弁。
生え出した触手が、獲物を求めるかのようにうねくり、岩場を叩いている――
「……ジェイルロックって、ああいう生き物なの?」
「……違いますよ、隊長。<クファラリスの森>にこんなデカい花がいるなんて、聞いたことありませんって」
「〝気〟を大量に吸い込みすぎたんです。モンスター化しちゃってる……」
夜の森は暗い。
しかし、周囲の視界は極めて明るく、クリアだった。
ジェイルロックの中央部から肥大化して、せり出している巨大な結晶。
七色に輝くそれが、辺りの風景を幻灯のように照らし出していた。
「あれを倒せば森の〝呪い〟は止まる。それでいいんだよね、スフィールリアちゃん?」
スフィールリアがうなづこうとした、瞬間だった。
「っ――!」
唐突に狙いを定めて伸ばされてきた触手を、アレンティアが『薔薇の剣』で受け止めた。
凄まじい勢いで、十メートル先の木の幹まで吹っ飛ばされてゆく。
「隊長!」
「大丈夫! ――こりゃ、さっさと片付けないと。ヤバい、ね!」
瞬間。衝撃音。
〝茨の道〟を発動させたアレンティアが接敵し、その巨体を四半分ほどこそぎ取ってゆく。
変異ジェイルロックが、悲鳴なく悶え暴れ回った。
悶えるままに、触手が、スフィールリアへと伸びる。
「危ない!」
そこへウィルベルトが割り込んで、盾で弾き返す。
「大丈夫ですか」
「は、はい。ありがとうございます」
「ウィル君、一気に、倒すよ!」
「了解!」
その時だった。
「あの! アレンティアさん、ウィルベルトさん!」
スフィールリアの声に、飛びかかりかけたふたりの足が、止まる。
なにごとかとふたりが目を向け、スフィールリアは、変異ジェイルロックの中央に輝く『オーロラジェイル』を指差して、言った。
「あの、すいません! あれ! 欲しいです!」
『……』
「こぶし大だけでいいので!」
一時、互いの目を見合わせて。
そのおねだりに、アレンティアとウィルベルトが、同時に、ニッと笑った。
「了――」
「――解!」
そしてふたりの姿が掻き消えた。
見えないほどの速度で繰り出される斬撃に、なす術もなく、ジェイルロックが表皮から削り取られてゆく。
さらに、巨大すぎる『オーロラジェイル』も削られてゆき……。
一分後。
そこには光り輝くこぶし大の『オーロラジェイル』だけが残されていた。
アレンティアがそれを拾い上げ、スフィールリアに手渡した。
「ほい」
「あ、ありがとうございます! やた!」
表情を輝かせたスフィールリアだったが、ウィルベルトの視線に気がつき、眉を下げた。
「あ……ご、ごめんなさい。真面目なお仕事だったのに、私情を挟んで、こんなお願いごとしちゃって」
「あ、いえ……その」
しばし、決まりきらないといった態度でいたウィル君。
ややあって、意を決した風に、頭を下げた。
「すいませんでした! 足手まといだのなんだのと、お荷物扱いしてしまいまして!」
「……え?」
頭を上げた彼の面は、さっぱりとしたように晴れやかだった。
「あなたがいなければ、我々の作戦は失敗していたでしょう。お荷物なんかじゃない。あなたは立派に一人前の綴導術士だ。と思いまして、その、はい。だから」
「……」
「あなたはただの学生なんかじゃない。あなたは、我々と対等だ。なにかお詫びをしたいのですが」
スフィールリアは両手を振って辞退し、笑顔で告げた。
「対等というなら、じゃあ、さっき助けてもらったので。それでおあいこってことで!」
……ぷはっ。
と、アレンティアが噴き出して、ふたりもまた一緒に、笑った。
「これにて一件落着かぁ。どうして森の素材分布がこうなっちゃったのか。本当に偶然なのか……っていう点だけを除けばね!」
「まぁ、上等なんじゃないですか? 我々に与えられた任務は原因の究明と除去であって、根本的な解析と対策は、宮廷綴導術士の皆さんの仕事でしょう」
「まぁねぇ。じゃ、戻ろっか」
「……」
歩き出したふたりについていこうとして、スフィールリアはふと、森の奥地へと振り返った。
本当に、偶然だったのだろうかという思いがあった。
途中で処理をした素材品となる花畑――あれが、妙に整えられていたような気がしたのだ。
そのせいか、だれかの視線を感じたような気になり、彼女はしばらく真っ暗闇な森を見つめていた。
「……」
「スフィールリアちゃ~ん? 明かりの範囲から出ちゃうと危ないよー。早く戻ろう?」
「あっ、はい――今いきま~す!」
彼女の疑問に答える声はなく。
「……」
スフィールリアを見張っていた視線の主もまた、森の奥地へと引き返していった。
◆
そして、再びスフィールリアの工房。
「できた……! 」
仕上がった作品を見て、スフィールリアはその出来に、肩を震わせていた。
「できたーー!!」
「依頼の品ができたって、本当!? 見せて見せて!」
さっそく<薔薇の団>の詰め所に報告に向かった彼女を、アレンティアは表情を輝かせて出迎えた。
ふっふっふと笑って、スフィールリア。
抱えていた布包みを、満を持してといった風体で紐解いた。
「見てください、これぞ新作の究極武器――『フラスコの剣』! ですよ!」
じゃじゃーん! と、効果音までつける。
「フラスコの……剣……?」
『それ』を見たアレンティアは、しばし状況が理解できないという風に顔を呆けさせていた。
「……これ、武器?」
と尋ねるのも無理はないことだった。
「はい!」
元気よくうなづくスフィールリアから、『それ』を受け取って、しげしげと眺めるアレンティア。
たしかに、剣だと言い張られたら、そうだとうなづくしかないような品だった。
サイズは、片手剣ていど。
柄がある。鍔がある。刀身もある。
しかし、一番の問題だと思われる点は、その〝刀身〟にあった。
「これ、ガラスでできてるの?」
と、いうことだった。
『フラスコの剣』の刀身は、その名の通り、ガラスのような素材で形成されていたのである。
円筒形の刀身の内部は空洞になっており、なるほどたしかに、フラスコと言えないこともないかもしれない。
アレンティアが持つと、内部が淡く青色に発光するようだった。
「戦闘用の剣じゃないんです。硬いものに叩きつけたら、壊れちゃいます」
「……」
「これは、アレンティアさんの〝気〟を吸い取って放出するための道具なんです」
「つまり、これに〝気〟を込めて振れば、〝霧〟を斬ることができる……?」
スフィールリアは自信満々に腕まくりのポーズを贈った。
「当たりです! 見た目や強度はまだちょっと残念な感じなのは認めますけど、でも、〝気〟の許容量だったら、そんじょそこらの魔剣よりも大きいですよ!」
「おお! それはすごいね!」
アレンティアは表情を驚きに変えた。
伝説に謳われるような魔剣を、一部分の要素でも上回る作品を作ることは非常に難しく、綴導術士にとってはひとつの目標である。という話を聞いたことがあるからだった。
スフィールリアとアレンティアは、息を合わせて、その場でこぶしを振り上げた。
「いざ、いきましょう! ランクSSS・伝説の聖剣『薔薇の剣』の故郷!」
「<薔薇の庭>へ!」
◆
一方、そのころ。
王城<ロ・ガ=プライモーディアル>にて、ひとつの異変が起こっていた。
「大丈夫かね」
いまだに粉塵が立ち込める区画内に訪れた人物に、咳き込んでいた衛視が仰天した声を上げた。
「お、王よ! 危険です! このような場所に――」
エストラルファ・ファル・ディムオール=トゥラ=ディングレイズ――当代ディングレイズ国王は、大柄で、鍛え抜かれた肉体を持つ偉丈夫だった。
「大丈夫だよ。〝彼〟は今のところ、わたしを傷つけることはできないから……たとえ封印楼を強引に破壊して抜け出せるほどの力を持っていたとしても、ね」
「……?」
分からないといった顔でいる衛視に、王は構わず、次の問いを投げた。
「ここに拘留されていたのは、<ヴィドゥルの魔爪>頭領、ヴァルケス・ドル・オルドゥヌス。――そうだね?」
「は、はい……なにをどうやってこのようなことができたのか。検討がつきません。しかし……」
そこは、一種の牢屋のようなものだった。
正確には、王城に、牢屋と呼ぶべき区画は存在しない。
めちゃくちゃに破壊された〝部屋〟は、本来は、危険な綴導術的物品の〝蒼導脈〟を封印するためのものだった。
しかし、そこに〝封印〟されていた男は、部屋を破壊し――逃走した。
どうやってそれを成したのか、衛視には分かるまい。
王家の一員たる、彼だけが知りえることだった。
だから――
「困ったね」
と。
そう言って、王は、物悲しげに微笑んだのだった。