■ 6章 不可視の魔物(2-15)
「『オーロラジェイル』? ……そのアイテムが、必要なの?」
「はい。ジェイルロックっていう花が、ごく稀につける実みたいなものなんです」
ジェイルロック。
Cランクの素材となる花だ。日光を好まず、深い森の岩地などに群生する。スフィールリアの言葉の通り、ごく稀に、希少なアイテムをその内に生成することがある。
本当に希少で、王都にすらめったに流通しないので、『オーロラジェイル』自体はBランクの品である。
スフィールリアは図鑑のページをめくり、アレンティアに花の特徴などを教えた。
「その花を見つけたら、とにかく中身を見てみればいいわけね」
「はい。でも気をつけてください。ジェイルロックは周りの〝気〟を吸収して育つ吸収タイプです。アレンティアさんなら大丈夫だと思いますけど、近づいただけで力が抜けちゃったりすることもあるので」
なのでジェイルロックの周辺にはほかの草花が育たず、岩場だけの光景が広がる。これも、ジェイルロック探索の目安のひとつだ。
「分かった」
アレンティアがうなづいたところで、隊員のひとりが陣の設営を完了した旨を報告した。
場所は、<クファラリス精霊邸湖>。森をすぐ近くに臨む草原の上だ。
すでに別の班が食事のための炊き出しや、巡回ローテーションの割り振りなどをてきぱきと始めている姿も見られる。
いかにも軍隊の出動風景といった印象だった。
これから、作戦が、始まるのだ。
と彼女が息を呑んだところで、アレンティアの元へ、副官のウィルベルトが近寄ってきた。
「隊長。全班作業終了。作戦前のブリーフィングをお願いしたいのですが」
「ああ、うん。今いくね。スフィールリアちゃん、お花に関する情報は、こんなもんでいいのかな?」
「あっ、それと。これ、封鎖になる一ヶ月前までの、森の生態と素材の分布図です。先輩から借りてきました」
「おっ、ありがと! これは助かるよ」
「……隊長」
スフィールリアが地図を渡すと、ウィル君、頭痛がしたようにこめかみへ指をやりながら、ジト目になって言ってきた。
「分かってると思いますけど、その素材の収集とかいうのは後回しですからね? 遊びじゃないんです。素材集めなら、封鎖解除後でも、いつでも、できるわけですからね」
「まぁまぁ、ウィル君。それだとスフィールリアちゃんの試験の期日もヤバくなっちゃうし、わたしが頼んだってこともあるんだし、ねっ」
「う、うぅ。その通りです……申し訳ないですが……」
しかし、ウィルベルトは副官としての顔を崩さなかった。
「それは同情しますが、作戦とは関係のない事情です。隊長もですよ。王城散策なんて隊長の趣味の話じゃないですか。扉のカギだかなんだか知らないですけど、変なところに入り込んで上からの苦情を聞くのは、ぼくなんですからね」
うっ! と顔を引きつらせるアレンティアだが、ウィル君はそれでも許してはくれない。
「……それに。今回の作戦は失敗できないんです。申し訳ないですけど、分かってください。それでは隊長。あちらでお待ちしていますからね」
そう言って彼は、団員が集まっている方へと歩き出してしまった。
「あちゃあ。完全にお荷物扱いですね、たはは……ごめんなさい、アレンティアさん」
「……ううん、こっちこそごめんね。ウィル君も悪気があって言ってるんじゃないんだ」
まぁ全部正論だしなと思い、スフィールリアも大して気にすることはなく、さっぱりとうなづいた。
「実際、今回の作戦はかなり大事なんだよね。立て続けに採集地が封鎖っていう異常事態になっちゃったわけもあるし。ウチの団の事情もあるしでさ。苦労かけちゃってるんだ。だからピリピリしてるんだよ。あはは」
立て続けの封鎖とは、<アガルタ山>や<ロゥグバルド>のことだ。
両者の封鎖は因果的にまったく関係のないできごとであるが、やはり、総体としての事態ということを、王室は重く受け止めているというわけだ。
「作戦が終わったらみんなでお話でもしよ。それじゃあスフィールリアちゃんは、専用のテントを用意してあるから、ゆっくり休んでてよ。なんなら湖での採集はしてくれてもいいし、護衛つけるから空いてる隊員に声かけて」
「はい。ありがとうございます」
手を振って、アレンティアがブリーフィングに出席する。
とはいえこの上採集がしたいからと言って隊員の手を借りてしまうのは、いかにもウィル君の心証もよくなさそうだった。ので、スフィールリアは言われたテントの中に入ることにした。
入り口から顔だけを出してブリーフィングの様子を遠目に眺めること十数分もすると、終わったようだった。人員が統率の取れた動きでばらけてゆくのが見えた。
作戦が、始まるのだ。
「魔物の呪い、かぁ」
そして夜になる前には、最初の犠牲者が出ることになった。
日中はテントのそばで植物図鑑を読んですごしていたスフィールリアは、やがて穏やかな陽気に誘われて、船を漕ぎ出していた。
夕刻にさしかかり、あたりが騒然となり始めて、目を覚ましたというわけである。
なにごとかと思い目を向けると、担架に乗せられて、森から何名かの隊員が運び出されてくるところだった。
「なにがあったんだろ」
心配になり、スフィールリアも駆け寄っていった。
「アレンティアさん」
「スフィールリアちゃん」
救護テントへと入ると、アレンティアの表情も、さすがに険しくなっていた。
「なにがあったんですか?」
「……モンスターと、遭遇したらしい」
「例の、呪いのモンスターですか?」
アレンティアは首を横に振り、寝かされている隊員数名を見やった。
彼らは斥候として先行して森へ入ったメンバーだ。信号弾による定時連絡が途絶えたことを受け、別隊に救助されたという経緯だ。
隊員たちは熱に浮かされたみたいに苦しげにあえぎ、うわごとともつかぬ声で、こう繰り返していた。
「あり得ない……なんで、あいつがこんなところに……」
「しっかりしろ、エリック。なにを見たんだ」
「倒した……アイツはたしかに、俺が倒したはずだったんです……なのに、どうして……!」
隊員に呼びかけていたウィルベルトが、ため息とともに立ち上がった。
「ダメですね。意識が混濁しすぎている」
「……〝気〟が枯渇しているね。回復剤は?」
「与えてあります。ですが、回復が異状に遅いです。意識がはっきりするのは、明日になってからでしょう」
「……報告の通り、だね」
その内容は、スフィールリアが事前に聞かされていた噂と、そう大して変わらないものだった。
森狩りに出かけた騎士は、やがて、あるモンスターと遭遇する。
それは森に住んでいるはずのないモンスターであり、なおかつ、全員がまったく違う種類のものと遭遇するのだ。
そして、もう一点。
モンスターに遭遇した者は、その後かならず、体内の〝気〟が枯渇して行動不能に陥る。
枯渇の程度には個体差があり、意識不明に陥る者もいれば、自力で帰還する者もいるのだが……。
だが、だれも原因となるモンスターそのものの発見は、できていないのであった。
「それが、わたしたちに把握できている〝現状〟ってヤツなのね」
「これは不確定情報ですが、もう一点あります」
ウィルベルトが挙手をしながら言う内容は、さすが、スフィールリアが得ているよりももう一歩踏み込んだ要素を含んでいた。
「……帰ってきた騎士隊たちが『見た』というモンスターは、ほぼ全部が、その隊員が『かつて一度は遭遇している』モンスターであるということです。このことから、遭遇するモンスターは実在しないという可能性も考えるべきかと」
「幻術ってこと? でも、それだと……」
「はい。そんな術を使うモンスターとなると、古代種のドラゴンでもない限りは……あまり、考えたくはない可能性ではありますね」
「ただ、隊員たちが見たモンスターってのは、森の〝外〟でならいくらでも見ることのできる種類ばかりなんだよね。交戦記録も取ってある。まだ、それらが森の外部から流れ込んできているっていう可能性も捨て切れないわけだ。それに、こうしてメンバーが倒れていっちゃう原因も説明できていない」
「情報が不足しすぎていますね。ですが……警戒度は上げる必要がありそうです」
「うん」
うなづき、アレンティアはテント内にいる隊員たちに振り返った。
「とにかく、まずは現象の原因を目視・特定しないことには始まらない。捜索班構成を三人一組の討伐形態に変更。出会うモンスターは倒しつつ、円周包囲陣形で少しずつ範囲を狭めながら、現象が起こる地帯を割り出す――これでいこう」
「隊長、ようやく任務に前向きになってくれましたね……!」
「――あ。それと綴導術士さんの護衛経験がある人は、よさげな素材があった場所をスフィールリアちゃんに報告よろしくねっ」
「隊長~……」
ウィル君がガックリと肩を落とし、そのようになった。
作戦は明朝より決行されることになった。
スフィールリアはその夜から炊き出しの手伝いに回ることに決め、周りの隊員が感心するほど熱心に、よく働いた。
「お嬢さん、手際いいね~」
「働かざる者食うべからず。無理言ってついてきたんですから、お荷物にはなりませんよ! とびっきりおいしいご飯を食べて、皆さんには頑張ってもらわないと!」
「うっ、ううっ、俺は、俺は、かわいい女の子が作ってくれた料理が食べられるってだけでもう、もう……! 聖騎士団に入って、こんな日がくるなんて……!」
「泣くんじゃねぇよ新入り、みっともねえ……ぐすっ」
「味だってちゃんとおいしく作りますよ! スフィールリアちゃん特製・情報強化調味料! どばどばどば~~!」
「うっ、なんだこの色は……ただごとじゃない。……いや……いい! 俺は、君が作ってくれる料理ならなに色だって!」
「に、匂いはすごくいいな……ハーブみたいな」
「味もとびっきりにおいしいですよ!」
「あっ。あの紫色の光ってる汁! 見た目だけはアレだけど、すっごくおいしいんだよ」
「た、食べたことのない色ですね……というか、食べ物に許される色でしょうか? ……それにしても」
大鍋の周囲に群がる聖騎士たちの輪の外側で、アレンティアと並んで立っていたウィルベルトが、感心した息を吐いた。
「よく働いてくれますね。そこらの聖騎士候補の訓練生なんかよりも手際がいいですよ」
大鍋の周囲から、どっと笑い声が上がった。
「それに、もうすっかり馴染んじゃってるでしょ。いい子なんだよ」
「隊員の士気も高まってます。いいことです」
「あの味を覚えたら、ウィル君だってこう思うはずだよ。素材の収集ぐらい、なんてことない報酬だってね」
「あ、あの色だけはどうしても気になりますが……そこはさすが<アカデミー>の人といったところでしょうかね」
しばし、笑い声の絶えないその場所を眺めて、ウィル君。
ふっと息を抜き、釣られたように笑みを作った。
「…………不思議な人ですね」
その夜、彼女の作った料理を一番多くおかわりしたのは、ウィルベルトだった。
「全員、簡易『ワイヤード』の作動チェック」
『一班クリア』
『二班クリア――』
「全班チェック、クリア」
最後に通信装置に不備がないことを確認し、ウィルベルトがアレンティアに目配せをする。
彼女がうなづいたのを見て、ウィルベルトはインカムのマイク部分をつまんで、作戦の始動を命ずる声を飛ばした。
「作戦を開始する。定時連絡は絶対に忘れるなよ。――では全班、出動!」
「スフィールリアちゃ~~ん、デッカいお土産期待しててなーー!」
「気をつけてくださいね~~~!!」
森へと入ってゆくメンバーたちを、スフィールリアも大手を振って返して見送った。
「〝薔薇〟から六班へ。遊びじゃない。こうして高価な機材まで持ち出したんだ。無駄な通信は慎め」
『六班了解』
真面目な声を残して、メンバーたちの姿が<クファラリスの森>へと潜っていった。
「あ、あはは、ついいつもの調子で返事を……ごめんなさい、ウィルベルトさん」
「……。いえ、悪いのはハメを外した彼らですから」
「そ、そう言ってもらえると。えへへ」
「は、はい」
「……」
「……」
微妙に間が保たずお互いに黙ると、アレンティアが「ぷふっ」と噴き出した。
「悪いと思ったなら素直に謝ればいいのに」
なっ――!
とうろたえて、ウィル君。
「ぼくがなにをしたって言うんです、副官としての責務を果たしているだけですよ! 隊長がもうちょっとしっかりしてくれてれば、もう~~……」
心底疲れた風にこめかみを揉むウィル君の様子に、スフィールリアもつい笑ってしまっていた。
それを受けて、ウィル君が気を取り直したように顔を上げ、こんな提案をしてきた。
「探索に入った人員以外は、待機か、森から出てくるモンスターの警邏に当たっています。もしも湖周辺の素材に入用があったら、声をかけてください。作戦に支障ない範囲でなら、護衛につくよう言ってありますから」
スフィールリアはぱっと表情を明るくした。
「本当ですか?」
「ええ。なにか急ぎの素材でも?」
「あっ、はい。あたしの工房の分は大丈夫なんですけど」
「?」
「そうしたら、昨日倒れた人たちの分の、回復剤を作れるかなって。調合道具も持ってきてるので」
「……」
「副官さん?」
「あ、いえっ……なんと言いますか……」
横合いでは、またアレンティアが面白そうに笑みを堪えている。
「……いえ。もしも作っていただけるなら助かります。どうかよろしくお願いします」
「はいっ。それじゃあ、さっそく、いってきますね!」
明るく返事をして、スフィールリアは指揮テントの下から出ていった。
その姿を、見送って……。
「……」
「そんじょそこらのルーキーよりよっぽど使える。でしょ?」
「……そうですね」
バツが悪そうに頭をかいて、ウィルベルトはうなづいたのだった。
しかしこれでもまったく材料が足りなくなるなどとは思ってもいなかったスフィールリアは、思わぬ事態に、てんてこ舞いの一日をすごすことになった。
変化は昼ごろに起こった。
森の方から大きな爆炎が噴き上がり、鳥たちが騒然となって飛び立ってゆく。
その音を聞きつけ、スフィールリアたちも採集を切り上げて指揮テントへと戻っていった。
「レッドドラゴンだって!? 三班応答しろ! 状況を!」
テント下では、ウィルベルトが必死な様子でマイクに向かって問いかけていた。
しかし戦闘の余波か、ノイズが入り乱れてまともな交信ができずにいるようだった。
『ザ、ザ! ……して! ……間違い……ザガッ……ない!』
「応答しろ! ――いや、四班、五班、至急三班の援護に当たれ! ――三班、どうした! ノイズがひどくて聞き取れない! 通信可能領域を確保しろ!」
『ちく……ザ……しょう! ザッ……コイツはあの時の! ザザ……あの村を焼いた! でも……ザガ、ガ……このト…………ゲ野郎ぉ!』
もう一度、森から炎と衝撃がほとばしった。
「ドラゴンだって? なにが、起こってるんだ……」
ウィルベルトは、立ち上がり、呆然と、黒煙の上がる森を見ていた。
「スフィールリアちゃん、どうっ?」
「アレンティアさん、十二班の分、先に作りました! 持っていってください!」
「ありがと!」
「スフィールリア殿、ご入用だった薬草各種、取ってきました。チェックを!」
「次は四班の人たちの問診にいって……それから……あ、はい、は~~い! 今~~!」
スフィールリアは、今、てんてこ舞いだった。
朝に森へ入った聖騎士たちが、全員、倒れてしまったのだ。
と言ってもさすがは聖騎士団。下位の騎士団が全滅したという前例も踏まえ、身体に変調を覚えたら、すぐに引き返してきた。
そのため、症状が重篤に至る者はほとんどいなかった。ほぼ全員が意識を保っている。
それでも、探索の続行や、戦闘は不可能だった。
「くそ、なんでヤツがこんなところに……」
「たしかに倒した……倒したはずだったんだ……くぅ……!」
「こんなところに、現れるはずがない……!」
現在はスフィールリアが個別に問診に回り、それぞれの症状や体調に合った薬を調合してやっているところだった。
さすがに手が回らず、無事な隊員たちに薬草の特徴や絵を見せて、採集は任せ切りである。しかし彼らが取ってきた素材の判定は彼女自身が下さなければならないため、とてもではないが手が足りているとは言えないのだった。
そんな状況が落ち着くのは、結局、深夜になってからだった。
「……」
全員分の薬の調合と経過観察を終え、スフィールリアは、そこら辺にあった切り株に腰を落ち着け、げんなりとうなだれていた。
「さ、さすがに……疲れた……」
「スフィールリアちゃん、スープ持ってきたよ。少しは食べておいて」
「ありがとうございます、アレンティアさん」
「わたしもここで食べるね」
と言って、アレンティアも傍らに座った。
「……ありがとうね、スフィールリアちゃん」
「大変なことに、なっちゃいましたね」
「うん。まさか、ドラゴンまで出てくるとはねぇ」
とそこでアレンティア。「あ、そうだ」と言ってポケットから一枚の紙片を取り出した。
「はいこれ」
「なんですか?」
受け取ったのは、最初にアレンティアへ渡した<クファラリスの森>の地図だった。
そこには、渡す前にはなかった、素材やモンスターの分布……膨大な情報が書き込まれているのだった。
「森に入ったメンバーから。スフィールリアちゃんの役に立ちそうな素材を見かけた場所とかが書いてある」
「そんな……今皆さん大変なのに……。いいんですか?」
アレンティアも少し疲れている風だったが、笑顔で、うなづいてくれた。
「君がいなかったら、もっと悪いことになってたと思う。だからそのお礼。みんなからの気持ちだよ」
「……」
「忙しかったから、関係ないことまで書き込んじゃったんだけどね。ごめんね」
「モンスターの遭遇場所と、遭遇したモンスターの種類……〝呪い〟の現象の範囲、ですか」
指揮テントから指示を出す傍ら、つい書き込んでしまったものらしかった。
「かなり広い範囲ですね」
「うん」
と、アレンティアはもう一度うなづく。
「これだけの範囲で〝呪い〟とやらを発動させるモンスターとなると……ウィル君が言ってた通り、古代種のドラゴン級、てことになっちゃうのかなぁ」
「そうすると……」
「うん。今のウチの装備でも太刀打ちできないことはないかもしれないけど……ダメだね。倒れた隊員を放置するわけにもいかないし、まだそのモンスターも発見できてない。一回、帰って応援を要請することになると思う」
「ですか……」
「ウチまで全滅して帰るわけにはいかないからね」
ここでアレンティアが言う〝全滅〟とは、文字通り全員が倒れるという意味ではない。
部隊において、その構成要員の三割が倒れた時点で、部隊は壊滅と見なされるのだ。
だから、すでに全構成員の五分の一ほどが倒れてしまっている状況そのものが、不味いというわけである。
聖騎士団の沽券にも関わるということだ。
聖騎士団は、その威信にかけて、壊滅するわけにはいかない――その威信を、護らなければならない。
「さっき、ウィル君ともその話をしてきたの。あと二、三日隊員たちの経過を見て、動けるようになり次第、帰還しなくちゃいけなくなると思う」
「……そうですか」
「ごめんね。スフィールリアちゃんの退学もかかってる旅だったのに」
アレンティアはきっぱりと頭を下げた。
スフィールリアもかぶりを振った。
「しょうがないです。お互いの立場もありますし。あたしの方は、昔の師匠の研究をパクって、なんとかごまかすこともできますから」
アレンティアは、そう言って笑う彼女の手が握り締められているのを見逃さなかった。
スフィールリアだって独立した一個の綴導術士としての矜持くらいは持ち合わせている。
その彼女にとって、その選択は、さぞや悔しいことだろうというのはアレンティアにも容易に想像できた。
ここで帰らなければならない。その悔しさは、戦士としての自分――いや、隊員たちも等しく抱いていることだったからだ。
「本当に――ごめん」
しかし、だからこそ、アレンティアはそう言うしかなかった。
その後自分に割り当てられたテントに戻ってからも、スフィールリアはなんとなく寝つくことができず、ぼんやりと<クファラリスの森>の地図を眺めていた。
「<薔薇の団>のみんな、大丈夫かなぁ……」
〝気〟というのは、生き物ならだれでも持っている〝エナジー〟とも言えるものだ。
それが枯渇するというのは、とても苦しいことなのだ。
そういえば昔に自分にも、似たようなことがあったなと、眠気が滲み出してきた頭で思い出す。
そう。あったのだ。あれはまだ自分が小さなころ。
師が受けた依頼の下準備を、ひとりでせっせとこなしていた時に起こった。
どういうことか、突然に体調を崩してぱったりと倒れてしまったのだ。
そんな自分を、帰ってきた師が慌てて抱き起こしてくれた感触と、そのあとの苦笑いを、よく覚えている。
だから彼女には、彼らのつらさというのが、よく分かるのだ。
その時のことを、スフィールリアは、思い出していた。
うつらうつらと、船をこぎながら。
――あー、なるほどなぁ。ヘマこいたな、お前ぇ。
いいか覚えとけよ。綴導術士やってりゃあ、こんなことだって起こるんだ。
こりゃあな、なにが悪かったかって言うとだ――
「っ…………!!」
それを思い出した瞬間、スフィールリアの頭から眠気は吹き飛んでいた。
アレンティアからもらった地図を見る。
そこに、書き込まれているすべて。
素材アイテムの分布。〝呪い〟が起こった範囲。遭遇したモンスターの種類。
そして、いまだに姿すら見せていない、呪いの魔物――
すべて。すべての材料が、そろっていた。
「分かった……〝呪い〟と……魔物の正体!!」
スフィールリアは跳ね起きて、アレンティアたちのいるテントに向かって走り出していた。
◆