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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
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■ 5章 お仕事の時間!(2-13)

「うーん、これだとなんかなぁ……」


 できあがった紫色の液体入りな小瓶を眺めて、スフィールリアは心底残念そうに首をかしげていた。


「〝蒼〟型情報強化溶媒に……『水晶水・紫』で浸透効果を……エクィレ結晶の祖回還元液が……」


 つらつらとメモに走り書きを加えてゆく。

 そんなつぶやきを工房隅で聞いていたフォルシイラが、大きな身をのそりと起こして彼女に近寄った。

 椅子に上がり、作業机上のメモ書きに目を通す。


「また〝霧の杜〟にでもいくのか?」


 試作のレシピをひと目で見て、彼女の目的を類推するフォルシイラ。


「う~ん、ある意味、そうかな……<ロゥグバルド>じゃないんだけどね」


 スフィールリアは、現在自分が受けているアレンティアの依頼についてを話して聞かせた。

 それで、フォルシイラは目を丸くした。


「ガーデン・オブ・スリーの門だと?」

「うん」

「なるほどな……〝霧〟って、そういうことか。でもあんな場所にいって、どうするつもりなんだ?」

「フォルシイラ、なにか知ってるのっ?」

「いや……」


 はっと顔を上げたスフィールリアだったが、これにフォルシイラは、居心地が悪そうに視線を逸らした。


「古い馴染みというかな……なんていうのか」


 話したくなさそうな雰囲気である。スフィールリアはそれを察して、簡素にうなづく。


「そっか」

「……聞かないのか?」

「うん……フォルシイラってさ、あんまり自分のこと話したがらないよね。だから、いいよ。いつかお話してくれる時がきたら、聞かせて?」


 と言って笑う彼女に、フォルシイラはなおさらバツが悪そうに大きな体躯をもじもじとさせた。

 スフィールリアとしても、本当は色々と聞いてみたいことがある。

 だが、先日のタウセン教師の言葉が心に残っていた。妖精を恐怖で支配しても、ロクなことはないと。

 だからスフィールリアは、フォルシイラから話してくれるのを待つばかりだという姿勢を取ることに決めたのだ。

 話したくないことだって、あるだろう。

〝帰還者〟である自分のように。


「……でも、なにもないところだぞ? 薔薇どもがウジャウジャしてるだけだ」

「うん。そう聞いてる」

「その、『呼び声』? とかいうのにも、俺には心当たりがない。そのアレンティアとか言うのは本当に普通の娘っ子か? お前また、なんかヘンなことに首ツッコんじゃってないか?」


 それでも、フォルシイラはその知識の片鱗だけでも明かしてくれた。心配はしてくれているらしい。

 スフィールリアは笑って「かもしれない」とだけ返した。


「……まぁ、お前がいいならいいけどな」


 と、フォルシイラはメモ書きに視線を戻して話題を修正した。


「だが、この強化剤だとあの〝霧〟は抜けられないな」

「やっぱりそう思う? だよねぇ」

「普通の……そうだな、たとえば<ロゥグバルド>に向かうんだったら、これでも充分すぎるぐらいだろうが」

「身体の存在情報強化だと、今のあたしに作れる最高のものでも、きっと足りないんだよね」

「そりゃそうだ。あの〝霧〟は、はなからだれも通す気なんてないものだからな」

「……」


 そう。そうなのだと、スフィールリアは無言でフォルシイラの頭を見下ろしていた。

 あの〝霧〟の回廊は、明らかに人造のものだ。

 今ならタウセンの言葉が分かる。

 王城にまつわる謎。その異質さ。

〝霧〟はすべてを消す。あらゆる存在を消す。

 それは回廊の壁材にしたって同じことだ。

 そんな〝霧〟を、数百年間に渡って閉じ込めておく技術は、現在の<アカデミー>にだって、きっと、ない。


 あの回廊が人の手により作られたのなら、それは間違いなく王城の拡張事業を行なう王家の手によるものだということになる。

〝霧〟は、人々にとって恐怖の代名詞だ。死の化身といってもよい。

 そんなものが王城にあると知れただけでも、王都民の間には激震が走るであろう。

 ディングレイズ王家は、なぜ、なんのために、あんなものを作ったのだろう?

 スフィールリアにとっても、もはやディングレイズ王家は『ただの王様一家』という枠組みの中にはなかった。


<アカデミー>も、また、王家に対しては同じ知見なのだろう。

 互いに友好関係にありつつも、牽制し合い、時には渡り合う。

 いつかタウセン教師から聞いた王家と<アカデミー>の関係も、うなづけるというものである。


「……」


 だが今は目先の仕事が優先だ。自分の学院生としての首もかかっている。

 自分が持ち帰った情報を<アカデミー>がどう見つめ、どう受け取るかも、そのあとである。


「自分たち自身の情報強化っていう視点からして、まずは外さないとダメかな……」


 だが諦めるのはまだ早いとスフィールリアは考えていた。

 あの回廊のように〝霧〟を押し込めておく技術だってあるのだ。

 一時的にでも、〝霧〟を排除するような方法だって、あるかもしれない。

 だが歴史上、本当に〝霧〟を排除してみせたという話は、〝伝説〟や〝神話〟の時代にまでさかのぼらせても、ほんのひと握りほどもない。

 そのひと握りにしても、実証がなされたわけではないのだ。


「〝偉大なる挑戦〟、だな。これは」

「ふふ、そうだね」


 綴導術士の間に伝わることわざを口にして、フォルシイラとスフィールリアは、笑い合った。

 そんな折、コン、コン、とドアをノックする音が響く。

 来客のようだった。


「あ、だれだろ」


 スフィールリアが椅子から腰を上げた、その時だった。




「ぼくが、教えてあげましょうかー?」




 という声が響いた。


「えっ?」


 顔を向けられて、フォルシイラが不思議そうな表情で首を横に振る。

 しかし当然だが、工房にはスフィールリアとフォルシイラしかいない。


「ここですよ、ここ、ここー!」


 声の在りかを探して視線を右往左往。

 やがてたどり着いたのは、椅子よりも下。椅子の足のあたり。


「……」


 そこに、いた。

 小さな、人間が。


「初めまして! 『ノッカー』のノックンです!」

「え……」


 スフィールリアは、びっくりするよりも先に、まず呆然とした声を出した。

 一言で表わすなら――小さな子供のような外見をした小人(こびと)がいたのである。


「の、ノッカーのノックン?」

「はいです! お姉さん、ぼくのこと、忘れてたでしょー!」

「忘れてた? え? 知り合い? えっ?」


 ひたすら戸惑うスフィールリアの横で、フォルシイラが「あぁ……」と合点のいった声を上げた。


「そうか、『ノッカー』か。〝妖精化〟したんだな……」

「え、なにフォルシイラ。ノッカー? 妖精?」


 ひたすら分からない様子のスフィールリアに、フォルシイラは『ノックン』とやらを前脚で指して、簡潔に解説してくれた。


「ほら、ノッカーだよ。ドアノッカー。古くなって壊れてただろ? こいつはそのドアノッカーが、妖精化した姿だ」

「ええーー!」


 今度こそ驚く彼女に、ドアノッカーの小人は「そうです!」と小さな胸を誇らしげに張って見せた。


「ぼくはまだまだ働けるのに、お姉さんったら、ちっともぼくを元の位置に修理してくれないから~」


 あぁ、そういえば……とスフィールリアは思い出す。

 最初にこの小屋を訪れた日。学院長が壊してしまってからずっと、臨時のフックにリング部分を引っ掛けて『これでドアを叩いてください』とメモ書きをしておき……忙しいまま、放置をしてしまっていたものである。


「お前なら知ってると思うが、古く、歴史を重ねた物品は、こうして〝妖精化〟することがある」

「妖精……この子が……」

「いっぱいいっぱい働いて、フォルシイラ様のような立派な大妖精になるのがぼくの夢です!」

「ふふ。そうか立派か。ふふ。まぁ正しいがな。……とこんな風に、コイツら妖精は、元の自分の姿であった道具として人間にコキ使われることをなにより望む。まぁ、道具としてのアイデンティティってやつだな、うん」

「そういえば、フォルシイラは、元はなんの道具だったの?」

「言いたくない。俺はそこの新米・ちんまい妖精とは違って、人間にコキ使われるのも嫌だし」


 ぷい、とフォルシイラはそっぽを向いた。


「お姉さん、そんなことよりもぼくですよ、ぼく~! かまってくださいよぅ!」

「あっ、ごめんね? ……ドアノッカーの、ノックンだっけ? えっと、それで、どうすればいいのかな?」

「ぼくはドアノッカーだからして、ひたすらドアノックされ続けることがムジョーのよろこびであり、あいでんててー、なのです!」


 要するに、さっさと元のドアノッカーの正位置に直してほしいという要求らしい。


「その代わり、ぼくは来客があり次第、それがだれであるのかをお姉さんにお知らせしてあげようと思います!」

「へぇ! ちょっと便利かも! 出たくない相手の時とか、調合で手が離せない時とか!」


 コン、コンコン。


「便利っ!? ……くぅ~~、お姉さん、分かってます! 妖精心をくすぐるその言葉! そうです、ぼくは『しょせんベンリなドーグにすぎないヤツ』なんです!」

「それはどうなの」


 コンコンコン。


「分かった。じゃああとで直しておいてあげるよ。それで早速なんだけど、今だれが玄関前にいるのか、分かる?」


 妖精は即答した。


「<国立総合戦技練兵課>の制服で、長い剣を持ってるお兄ちゃんです!」

「……アイバ?」

「アイバ、名前、覚えました!」


 コンコンコン!

 焦れたのかなんなのか、ノック音はやや逼迫した感じを帯びてきている。


「なんの用事だろ」


 ぱたぱたと玄関に向かい、ドアを開けると……


「スフィールリア。くっ……」


 出迎えた瞬間、アイバはひどく苦しげに腹を押さえて、その場へ膝を着いてしまった。

 顔面は、蒼白だった。

 びっくりしたのはスフィールリアである。


「アイバっ!? どうしたの!?」

「すまねぇ、スフィールリア……こ、ここしか思い浮かばなくて、よ」

「ヤバいの!? お腹怪我したの? 回復剤は……ってその前に、かくまうよっ。危険なら早く中に、」


 と、言いかけたところだった。

 ぐぎゅるるるる~~~~…………。

 と。

 アイバが押さえていた腹から、長く、長く。


「ハラ…………ヘッタ…………」

「………………」


 そんな音が響いたのだった。




「はむっ、ふはっ、むぐっ、はふ、はふ、はふ!」


 十数分後。

 スフィールリアが急場で用意した野菜炒めを、必死になってかっ込むアイバの姿があった。


「お腹が空いてただけとはね~。びっくりしたわよ」


 出された水もゴッキュゴッキュゴッキュ……


「……ぷはっ。……すまねぇ、かれこれ二日はろくなもん食ってなくって……貸しにしておいてくれ! 来月の給料分でかならず返すからっ!」

「っていうか、今月のお金はどうしたのよ。あとあたしからの護衛費とか」


 もぐもぐ……


「いや……実は……金欠の連中(なかま)にせがまれちまって」

「あげちゃったの?」

「……そいつに貸す分の金を増やすために、一緒に<ネコとドラゴン亭>で……賭けに負けて……」

「はーもう、ばかじゃないの」

「返す言葉もない」


 しょぼくれつつ、よほどおいしいのだろう。食べる速度はあまり変わっていない。


「……おいしい?」

「あ、あぁ、なんだか最高に美味いぜ! 今までに味わったことのない味だ。最初は紫色で薄ぼんやり光ってる汁とかめっちゃ怖かったけどよ、でも無性にやみつきになるこのトロみのコク深さ……」

「ふむふむ」

「なにをメモしてるんだ?」


 部屋の隅に寝そべるフォルシイラが哀れんだ顔で「実験台……」とつぶやくが、料理に必死なアイバの耳にまでは届かなかった。


「んーん、なんでもない。おいし?」


 スフィールリアは問うて、あんまり美味しそうに食べてくれるアイバへ上機嫌に微笑んだ。

 ここまで美味しそうに食べてくれるのだから、作った方としても純粋に悪くない気分というやつだ。

 アイバはアイバでスフィールリアの手料理という名目も手伝い、箸を行き来させる手が止まらない。

 なので、彼女としても、自然とこういう提案が口に出ていた。


「……よかったら、お弁当でも作ってあげようか? 次のお給料日まで」

「むぐっ――ごほっごほごほ…………い、いいのか?」

「うん。自分用作る分を二人分にするだけだし。安くしとくよ」

「あ、ありがてぇ……ありがてーぜ!」


 そこまで喜んでくれるなら作りがいがあるなと思うスフィールリアだった。

 とそこで再び、ドアの方から、コンコンという音。

 ぱっとスフィールリアの前に姿を現した妖精によると、


「赤い聖騎士団の服で、片方の髪が三つ編みなお姉さんです!」


 アレンティアらしい。

 玄関を開けると、アレンティアが「やっ」と片手を挙げて挨拶をしてきた。


「どうしたんですか? 仕事の進捗具合とか……? すみません、それだったら、まだ、ちょっと。目処らしい目処も立ってなくって」

「ああ、いや。それもあったんだけど今回は別件。……『キューブ』か『ムスペル』をいくらか都合してもらえないかなー。部隊用の購入で手違いがあってさぁ。スフィールリアちゃんの作るレベルなら、なんとかごまかせるんじゃないかって」

「それなら、レベル3から4のものがいくつかありますよ」

「ほんとっ? 助かるよ~。前に見た威力のヤツなら、報酬もちょっと多めに支払うよ」

「おっ、なんだ薔薇のねーちゃんかよ」


 二階のリビングから、アレンティアの声を聞きつけて、皿を持ったままでアイバも降りてくる。


「なに~、彼女の手料理~?」

「ばっ、ち、ちげーよ!」

「なにが違うのよ。よかったらアレンティアさんもどうですか? 味は保証しますよ」

「本当? じゃあ、いただいていこうかな」




 そして、数十分後……食後の休憩といった時間にて。

 スフィールリアの小屋の庭先で、『世界樹の聖剣』と向き合うアイバの姿があった。

 聖剣を挟み、彼の正面に、フォルシイラの姿が。

 玄関前でしゃがみ込んで見学する、スフィールリアとアレンティアの姿がある。


「じゃあ、アクセスするぞ」

「お、おぅ。頼んだ」


 フォルシイラが、前脚を、聖剣の刀身に触れさせる。

 それで、まるで目を覚ましたとでも言うように、聖剣に穏やかな七色の輝きが灯り始める。


「久しぶりだな、セリエス」

《お久しぶりです。一の庭のフォルシイラ》

「おおっ、答えたっ」

「お前。今の主となかなかうまくいってないんだって? お前の今の主が、お前とのイニシャライズを覚えてないっていうから、こうして俺様が手伝ってやってるんだが。『契約の間』を見せてやれよ」

《把握した》


 次の瞬間――アイバの意識は、真っ白な空間へと飛んでいた。


「――――」


 果てしなく広大な空間。太陽も、月も、草木もない。なにもない空間。

 そこにアイバは、ただひとり、ぽつりと立っていた。

 いや、もうひとつだけ、存在するものがあった。


「――――」


 アイバは『それ』へと近寄ってゆく。

『それ』は、一言で言うなら、奇妙な物体だった。

 全体的には、黒っぽい。

 機械を思わせるなにやらがごちゃごちゃと組み合わさっており、なおかつ、それは全体とは言えない。

 しいて言うなら、もっと巨大な『なにか』の一部を切り取ってそこに置いてあるだけのような――そんな印象だった。


「――――」


 正面に回り込む。

 そこには、人間ひとりが身を横たえられるていどの、シートのようなスペースがあった。

 アイバは直感で理解した。

 そう。自分は一度、ここを訪れていた。

<ルナリオルヴァレイ>にて、牛頭の〝霧の魔獣〟に相対した時――聖剣(セリエス)の名乗りを聞いた時に。


「…………」


 そのことを思い出した瞬間、アイバの意識は、元の庭の風景に戻っていた。


「思い出したか? 今のがそいつ(セリエス)の知性中枢領域。そいつのコクピット・シートのイメージだ」

「あ、あぁ……」


 フォルシイラは興味を失ったように前脚を離し、玄関前で見物していたスフィールリアの元へと戻っていった。


「ソイツはな、元はこことは異なる……アイバール・タイジュとともにこの世界に渡ってきた、異世界からきた機械人形だったんだ。今のイメージは、その座席だ」

「座席? 乗り物だったの?」

「そんなところだ。その知性中枢を、フィースミールのヤツが『世界樹の聖剣』の情報領域に移し変えたんだよ。俺も作業を手伝わされた」

《肯定する。当機の正式名称はTTGTM=6180。UI個体識別名セリエス。アイバ・L・タイキ准尉の専属搭乗機体であった。膜宇宙地平移動の際に再構築・変異した機体より、こちらの情報領域に知性中枢の移動が行なわれた》

「すまん、さっぱり分からん」

「だからだな、お前のご先祖様は、元はこことは別の宇宙の住人だったんだよ。それがなにかの事情で、こっちの世界に移ってきたんだ。だが宇宙の地平線を越える時に……ああ、面倒くさいな。

 とにかく、お前のご先祖様とソイツは、一旦、溶けてなくなっちまったんだ。それで、両者の存在が混じり合っちまった。ソイツの機体とひとつになったんだ」

「……」

「お前の異常な筋力とかは、そのせいだ。元は巨大な機械人形だったセリエスの〝躯体〟――それがお前の人間離れした身体能力の正体だ。

 そのちっぽけに見える人間の肉体の裏側には、バカデカい人形(セリエス)情報領域(からだ)が隠されてる。

 お前の一族は数百年前に、ふたつに別れたと聞く。

 ひとつはセリエスの知性を移した『世界樹の聖剣』を継承・管理する西の〝天境〟の一族に。

 そしてもうひとつ、その『セリエスの躯体』を継承する一族にな。

 お前は、その後者の一族ってことだ。……だのになんで今、『セリエスの躯体』と『世界樹の聖剣』が、こうしてここに一緒にいるのかは知らんけどな。どうでもいいし」


 機械人形(セリエス)の〝心〟は『世界樹の聖剣』に。

 機械人形(セリエス)の〝躯体〟が、アイバの一族の肉体に。

 それぞれ、受け継がれたのである。


「そういえば、じっちゃんもそんなこと言ってたような気が……」


 しばし、実感が湧かないように自分の手足を見下ろしていたアイバ。

 次にギョッとした顔でフォルシイラに向き直った。


「え、じゃあ俺って……人間じゃねーってことっ!?」

「いいや。身体の構造そのものは人間そのままだぞ。ただ、情報領域面で、その機械人形の〝規模〟を、そのまんま受け継いでるってだけだ。<アーキ・スフィア>面からお前を見れば、そう見えるはずだ」


 これに応じて、スフィールリアが、ぽつりと。


「あ……本当だ。何重かに折りたたまれてるけど、すっごい情報領域。ものすごい量の〝気〟を練れるのも、そのせいだったんだ」

「マジかよ……」


 それでもアイバからすると、それなりにショックを受ける事実だった。


「まぁそんな事情は、俺からすればどうでもいいことだけどな。とにかく、イニシャライズの感覚を思い出したんだったら、今までよりもう少しは聖剣(そいつ)との連動もマシになるだろ。手伝ってやったんだから感謝しろよな小僧」

「あ、あぁ……」


 とそこで、スフィールリアの隣にしゃがんでいたアレンティアも口を開いた。


「じゃあ、せっかくだから、こないだの練習の続きもやってみよっか? 足腰まわりを中心に〝気〟を安定継続して練り込む練習。勇者君は筋がすごくいいから、きっとすぐに上達するよ」

「おう! …………よろしくお願いしゃす!」




「どうわああああああ!?」


 と声の尾を引きながら、アイバは闘武場の壁際まで吹っ飛んでいった。


「アイバー、がんばれー!」

「勇者君ー! 足に〝気〟だよー!」

「どうしたロイヤード。麗しい女子二名の声援を受けて、そのていどか?」


 場所と日は移って、<国立総合戦技練兵課>の闘武場。


「うっせ吼えてろ!」


 相対する教官の声に、アイバは悪態をつきながら起き上がり、再度突進を開始する。


「どりゃあ!」


 アイバが渾身の力を込めた聖剣の一撃一撃を、爆発的な金属音を立てながら戦技教官が弾き返してゆく。


「アイバ! 殺せー!」「そこだーー!」「くっそジジイの余裕ぶった化けの皮はがしたりゃーー!」「下克上じゃーー!」


 聖騎士団長のアレンティアが見学にきていることも手伝い、訓練兵たちの士気はかつてないほどに高いようだった。

 隙とも言えない隙をついて、教官が反撃の一撃を繰り出す。


「勇者君、足!」

「――――ッ!」


 今度は、踏みとどまった。

〝気〟を乗せた大威力の一撃に上体を仰け反らせながらも、たしかに踏みとどまった。


「む」

「へへっ!」

「――温い!」

「どわっ!?」


 ――だが次の瞬間、赤い〝気〟を乗せた蹴り足に〝気〟の集中を乱されて、アイバはまた吹き飛ばされていった。


「ぐおがー! ちっくしょーー!」


 雄たけびとともに起き上がり、再度突撃。

 そのたびに受け流され、隙が開いたところで吹き飛ばされるを繰り返していた。


「うわぁ……やっぱり教官さん、すごく強いわ」

「そりゃそうだよ。だってあの人――」


 とアレンティアが言いかけた言葉にかぶせて、彼女を呼ぶ声がかかった。


「あー! 隊長、やっと見つけましたよ!」

「あ、ウィル君」


 現れた軍服姿の青年は、呆れ顔でアレンティアに近寄ってくる。


「あ、じゃないですよ~。最近の隊長は街に出てばっかで王宮で姿が見えないって、大臣様からお小言頂くのがなんでぼくなのかって――」


 とそこまで言って、その視線がスフィールリアに留まる。


「あ……これは、ど、どうも……。お話はうかがっております。隊長がお世話になりまして」

「あ、いえ。こちらこそ」

「そうだよ~。ただ今、絶賛お世話になり中なんだから、失礼のないようにね~」

「それって隊長限定じゃないですか……<アカデミー>の方にまでご迷惑おかけしちゃって、もう~」


 眉を八の字に下げて、ウィル君とやら。


「どああっ!」


 また吹っ転がされたアイバの悲鳴に、ふと視線を闘武場へ移し……

 その表情が、ぴしりと強張った。

 額に、目に見えて分かるほどに脂汗が吹き出してくる。

 彼の視線は、今しがたアイバを吹っ飛ばした体勢でいる戦技教官へと注がれていた。


「ん?」


 向き直ってくる教官へ、びしっと背筋を伸ばして敬礼を取るウィル君。


「こっ、これは……隊長(、、)! ご、ご教導、お疲れ様であります!」

「うむ。久しぶりだな、ウィルベルト・ホーン」

「えっ?」


 とスフィールリアは疑問符を浮かべた。

 なぜ、聖騎士<薔薇の団>の所属である彼が、教官のことを隊長呼ばわりするのか。

 吹っ飛ばされた位置で、尻餅をついていたアイバの顔にも不可解の色が浮かんでいる。

 ざわ……ざわ……。

 闘武場には、彼女らのほかにもいくらかの訓練生の姿がある。

 その全員が、聖騎士と教官を見比べて、ざわつき始めていた。

 そんな中で、アレンティアが極めて気楽な調子で、けろっと事実を明かした。


「だってその人、元<薔薇の団>の団長だもの。わたしの前任者」


 え……

 ええええええええええええ――!?

 場内に、悲鳴と変わらないような戦士たちの叫びが上がる。

 アイバも、聖騎士と教官の間へ指先をいったりきたりさせつつ、口をぱくぱくさせていた。


「どうした、ロイヤード。なにか不思議なことでもあったか?」

「え。いやあの、えーっと……」


 にっこりと笑って、教官。

 担いだ剣先でぽんぽんと肩を叩きながら、アイバへと近寄ってゆく。


「……ゆくゆくは聖騎士をも輩出するところの戦技教官に、まさか聖騎士より弱い人間が選ばれるとでも思ったか?」

「え、えっへへへへへ……!」


 そしてアイバは、始終笑顔のままの教官にぶちのめされ、ついに意識を失った。

 ただ、試合開始直後に比べれば、持ちこたえる場面がずいぶんと増えていたように思われた。


「うーん、うーん……!」

「あの、教官さん。これ、アイバのお弁当……目を覚ましたら渡しておいてもらえますか?」

「うむ。構わんよ」


 ひそひそ……。


「まさか元聖騎士団長とは……」「つぅか、アイバのやろう……」「スフィールリアちゃんのお弁当とか……」「うらやましすぎるだろ……」「殺せ……殺せ……!」


 怨嗟の声をうしろ背に、スフィールリアたちは<国立総合戦技練兵課>をあとにした。


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