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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
46/123

(2-12)

「今日ここにくるって聞いて、こんなものを用意していました」


 ――と、アレンティアが紙袋から取り出したのは、大きなふたつの肉団子のようなものだった。


「いっちゃーん、にっちゃーん! 出ておいでー!」


 そのふたつを湖の中央目がけて遠投するアレンティア。

 かなり遠くまで飛んだ肉団子が、ぽちゃんと湖に沈むと、すぐに変化が現れた。

 ボコボコと水面が盛り上がり、出てきたのは……


「でっか……! なんだコイツ!」


 巨大な――全長で二十メートル以上はある、爬虫類のような生物だった。


「この湖のヌシ。『いっちゃん』と『にっちゃん』だよ。ちょっと前に知り合いになったんだ」


 荷物から出した辞典をめくり、フィリアルディ。


「あった……クファラリス=チョウサンショウウオ。絶滅危惧指定の古代種だわ……すごい……」


 アレンティアはその『いっちゃん』と『にっちゃん』に人懐っこくなめられて、「あはは、くすぐったいってば、よしよし」なんてたわむれている。

 そして鞄からロープを二束取り出して解くと、その一端を二匹に差し出す。『いっちゃん』と『にっちゃん』は、心得たとばかりにロープをぱくりとくわえた。

 もう一端は、アレンティア自身と、アイバの胴体にくくりつける。


「お願いね」


 知性を感じさせる眼差しを向けてから、『いっちゃん』『にっちゃん』は、少しだけ沖の方へと泳ぎ出した。


「うお……!」


 やがてロープがぴんと張る距離まで泳いでから、二匹のチョウサンショウウオは、もう一度だけアレンティアを見た。

 アレンティアは、うなずいた。


「ちょっ……うおおお! ちょっと待って待って待て待て!」


 ロープでつながれているアイバは、どんどんと引っ張られてゆく。


「奏気術の練習だよ、勇者君! 足に〝気〟を集中させないと、筋力だけじゃ踏みとどまれないよ~!」


 そう言うアレンティアは足に〝気〟を集中させ、平然としている。


「わぁ、すごい。奏気術ってそういうこともできるんだ! アイバもファイトー!」

「ふふっ。……まあ、ね……!」


 チョウサンショウウオたちは、さらに沖へと泳いでゆく。

 アレンティアは少し引っ張られ始めるが、実質、何歩分も移動していない。


「うおわーーーーーっ!」


 結局、アイバはほとんどなす術がないまま、湖へと引きずり込まれていった。


「ちくしょう! もう一勝負だ!」

「いいよ~?」




「奏気術も、綴導術も、根源は同じ能力なのね」


 アレンティアの講釈に、見学するスフィールリアが気楽にうなづく。


「はい」

「うぐ、ぐぐ……ぐ!」

「つまり、〝情報〟を書き換える能力(チカラ)。違う点があるとすれば、綴導術士は綿密に編んだ情報をアイテムに付与すること。

 それに対して奏気術は、直感的に編んだ〝気(情報)〟を、自分の身体と、周辺の環境に向けて使うこと。筋力を始めとした身体能力を高めたり、武器の威力を高めたり。

 身体能力を強化すれば馬より速く走れるし、牛よりも重たいものを運べる。『切る』という情報強化を注ぎ込めば鉄だって剣で斬れる」

「ぐぬっぬぬぬぎぎぎぎぎ……」

「だから奏気術は綴導術ほど綿密に情報は編めなくって、精密性や多彩な効果という点では劣るけど、原則としては――なんでもできる。なんでもできるっていう認識が大事なのね」

「ふんふん」

「あ、あああ………………あぐぬおおおおお!」

「すると、こんな風に……足と足元の地面に〝気〟を置くことで、こんな状況でも踏ん張ることができる。地面に足を固定することができる」

「なるほどぉ」

「ぬっ……ぎいいいいいいいいいいいいいいい…………!!」

「ほらほら勇者君、足だけじゃなくって腰の部分にもバランスよく〝気〟を巡らせないと。身体引っ張られちゃってるよー」


 綱引き合戦、二回目。

 彼女の言葉通り、アイバはロープをつないだ腰を思いっきり引っ張られて、身体を弓なりにのけぞらせていた。

 足の裏も、すでにつま先まで引き剥がされてしまい、ギリギリの状態である。


「そんなことっ……言った……って!」

「ほら、今度は足の〝気〟が減っちゃってるよーん。移動させるんじゃなくって、同時に二箇所以上の部位に〝気〟を練るんだってば。身体全体から安定して、水を湧き出させるように。全身に、細胞ひとつひとつに、力を浸透させるイメージが大事だよぉ」

「それをっ、しようとするとっ、くのっ、今度……は! 身体の方の感覚、がっ」

「そうだねぇ。だから自分の身体に重ねて、もうひとつの身体があるようにイメージするんだよ。ほらほら、地面の土ごと持っていかれちゃうよー」

「ぐぬあごごごごごごごごご、なんでお前は平気なんだあごご! こっの……バケモンがあ!」

(バケモノはわたしじゃなくって、君なんだけどね)


 本当なら自分の内部の〝気〟を知覚できるようになるまででも数年はかかるのが普通だ。

 ましてやそれを、あるていどまでとはいえ自分でコントロール――つまり〝奏気〟のレベルにまで扱い慣れるのにも、さらに一年でできるようになれば天才と言われることになっている。

 だからこそアレンティアはその事実を本人には告げず、当たり前のように要求してみたのだが……。

 アイバはそれをやってのけた。

 こうして今、紛いなりにも踏ん張っている。

 彼は、すでにその数年を飛び越した場所に立っていた。

 それも、一回目に引きずり込まれてから十数分しか経過していない、この二回目の挑戦で、である。


「……」


 だから、もっと意地悪し(きたえてあげ)たくなった。

 アレンティアはとっておきのいたずらを思いついた子供のように笑いながら、ズリズリと引きずられつつあるアイバへと近寄っていった。

 ずいと一歩。また一歩。わざとらしく近寄ってゆく。


「な、なにする気だ……ぐぎごご……ま、さ、か」


 そろ~りと片足を上げ、隣のアイバへ、つま先を近づけてゆく。

 ちなみに、アレンティア自身も『いっちゃん』に引っ張られている最中である。

 アイバは顔を青ざめさせた。


「お、おま、おま、なんでそんな体勢できるんだ……! っていうかなにする気だおい!」

「ふふふ」

「押すなよ! 絶対に押すなよ! 押したら許さねーからなフェアじゃねーだろおいやめろ――」


 ちょん、ちょんちょん。


「うあっ、だからっ、やめろ! やめっ、バランスがっ、やめて!」

「いっせーの」


 ちょん!


「あぐわあああああっ」


 一気に引き剥がされて、アイバは見事な放物線を描き、湖へと落ちていった。


「あの、アレンティアさーん。そろそろあたしたち、最初の採集にいきたいんですけどー」

「分かった。じゃああとは、護衛の仕事をしながらだね」


 そういうことになった。




「でね、わたしが実家(グランフィリア)で聞いた話によると……担剣術の極意は〝足〟にあるらしいのよ」

「あわわ、お、おぅ? うわわ」

「アイバー、がんばれ~!」

「ウチのずーーっと昔のご先祖様の『緋薔薇の剣聖 レウエン・グランフィリア』って人が、アイバール・タイジュって人から聞いた話なんだって。大事なのは、大地に根ざず木の根っこのように、〝気〟を張り巡らすことなんだとかなんとか」

「うへっ、う、うん、うおっ」


 また十数分後。

 場所を変えて、アイバたちは崖を登っていた。

 徒歩で。

 ロープの類は一切使用しない。地面を歩くのとまったく同じ要領、二足歩行で、である。

 目指すは崖の頂上にある花――スフィールリアたちが求める調合素材だ。

 アレンティアは二足歩行ですいすいと垂直の崖を登り、片足でくるりと回ってうしろ(下)のアイバを振り返ったりしている。

 奏気術を極めれば、こんなことだって、できるのだ。

 だがさすがのアイバでも、まだその領域には片足の、つま先をかけたていどである。

 ずしん、ずしん、と一歩。また一歩ずつ。

 地面(崖)を踏み砕きながら、ゆっくりと登ってゆくことしかできない。

 十メートルあるかないかていどの崖で、回り込めば花の採集は可能だったが、アレンティアが、自分たちで壁を登って取ってくると提案したのだ。

 アイバはどうにかギリギリで崖の壁面に『立って』いるが、やはり重力に負けて上半身がのけぞっている。

 それでも、一歩、また一歩……進んでゆく。


「これが奏気術を覚えたての、一ヶ月未満だと言うのだから、おどろきですね……」


 ぽかーんとしながら言うのは、崖下で見守るひとりの、フィオロだ。

 このような『壁登り』は、十年経ってもできない者はできない。そういう難易度だ。


「担剣術は〝足〟と地面に根差させた〝気〟が重要なんだよー! だからこれは一転集中じゃなくて、広く深く、安定して〝気〟を張り巡らせる練習。アイバール・タイジュは〝それ〟を極めた奥義でもって、魔王級のカイブツだって倒して見せたらしいよー?」

「ぬわーーー!」


 アイバは転げ落ちていった。


「あららー。さすがに難易度飛び越しすぎたかー」


 それからアレンティアはひょいひょいと気軽に崖面を歩いて花を摘み取り、スフィールリアたちに届けるべく、飛び降りていった。




 採集作業が始まっていた。


「リラ草はこれでいい?」

「もうちょっと、頭のポンポンが大きく育ってる方がよくないかな?」

「『ドロップ』の種を見つけましたよ、スフィールリアさん!」

「お水はこれ以上は(はい)りませんわね……」


 背の高くない草原にしゃがみ込んで、調合の材料になりそうな草花を探す四人の少女たち。

 彼女らを囲むフォーメーションで、護衛職四人が、周囲の哨戒に当たっている。

 だれも、油断している者はいない。

 土地を巡る〝蒼導脈〟は<クファラリスの森>の方が多いため、自然と、調合に使える植物は森寄りになってくる。

 森のモンスターは凶暴なものも多いので、そのための布陣だ。

 これだけのメンバーが集まって、護衛対象のひとりにでも負傷者を出せば、沽券に関わるというわけだ。


「スフィールリア、気をつけろ」


 だから、周辺環境の変化にも、敏感になっていた。

 アイバの呼びかけに、スフィールリアたちは顔を上げた。


「敵だぜ」

「!!」


 スフィールリアたち四人の顔に緊張が走る。

 アイバが顔を向けた森の方向へ、護衛全員が集まる。

 ややあって、音を立て森の茂みから抜け出してきた、それは――


「イービスか」


 イービス。

 隠者のようなボロの布をまとった、半霊体。ランクC。

 大きさは、人の身長と同じほど。

 植物や動物の〝気〟を吸って存在を持続する、吸収(タイプ)のモンスターだ。


〝…………〟


 合計で四体いる。

 森から出てきたイービスは、最初は手近な足元の植物の〝気〟を吸っては枯れさせていたが、やがて、スフィールリアたちの存在に気がついたらしい。

 人間のタペストリー領域、あるいは〝気〟は、彼ら吸収型の大好物だ。

 浮揚して、ゆっくりと向かってくる。


「きますね」

「やっぱり、まだ出てくるんだ。森から」

「大した相手ではない」

「へへっ、頼もしいこって」


 四人がそれぞれ武器を構える。


「スフィールリアちゃんたちは、そのまま採集を急いでね。お水を詰めた(たる)なんかは最優先でうしろへ運んで。連中の瘴気で汚されちゃうよーん」

「はいっ」

「了解ですわ!」


 アリーゼルとエイメールが、五、六個はある水入り樽を大急ぎで転がしてゆく。


「あぁ、葉っぱを傷つけないようにしないと……」

「せっかくいい場所だったのに~」


 スフィールリアとフィリアルディは、目星をつけた薬草たちを摘んでは、サンプリングボックスに詰め込んでゆく。

 戦闘が、始まっていた。


「ほいっ――!」


 先手必勝。

 疾風のごとく迫ったアレンティアの一閃が、まず一体のイービスを斬り、〝気〟による一撃が、その存在を吹き散らかす。


「ぬあっ!」


 駆け抜けた彼女の横を通りすぎてスフィールリアたちへと向かう別の一体が、キアスの振り下ろした超大剣によって叩き潰される。重量に加えて〝気〟も乗せた凶悪な一撃で、なす術もなく存在を消失させた。


「ふっ!」


 その間に、フィオロのスローイングダガーが、残る二体の動きを足止め。アレンティアがさらにもう一体を一撃で両断する。

 最後の一体へ、アイバが迫った。


「でりゃい!」


 敵の肩口から袈裟懸けに一閃。しかしまるで虚像を斬ったとでも言う風に空振る。

 イービスの伸ばした手が、アイバの肩にかかりかける。


「勇者君! 〝気〟だよ! 込めて!」

「分かって――らい!」


 すんでのところで後退して、今度にアイバが突き出した聖剣は、たしかな手ごたえをもってモンスターの胴を貫いた。


「はっ!」


 気合とともに聖剣に赤い光輝が宿り、最後のイービスが爆裂四散した。

 スフィールリアたちが歓声を上げた。


「楽勝、楽勝っ」

「どんなもんだってーの!」

「順当な勝利だろう」

「お嬢様方、お怪我はありませんか」


 各々、口にしながら術士組に合流を果たす。

 イービスの霊体の欠片が瘴気となってあたりを漂い、周辺の植物はダメになってしまった。


「取った分だけは無事だったけど……」

「別の場所探すしかないね」


 そうして数時間、スフィールリアたちは場所を変えながら素材の収集にいそしんだ。




 夕方になり、陽が沈み始めれば、野営の準備に取りかからなければならない。

 それが終われば、残る術士の大切な仕事がある。

 一日の採集成果の検分である。

 練成や調剤に使える草花を採集しても、それで終わりではない。やはり自分で使う分の質にはこだわらなければならない。

 なので、この日に集めた素材を検分、自分たちが持ち帰る分を選んだりする。

 または、採集してからすぐに加工処理を施さなければ品質を維持できないものや、あるいはそうした方が調合した際の品質向上につなげられるような素材もあるので、その作業時間でもある。

 省いたものは市場に流す分として、管理人などに買い取ってもらうのがセオリーだ。


 ここまでが、採集旅行の一日の流れとなる。

 これを自分のチームが持ち帰れる限度まで繰り返すのが、一般的なやり方だ。

 複数の術士でチームを結成している場合は、山分けの取り分会議も行なうわけだ。

 そういうことで、夕食の準備は護衛班が買って出ることになった。これも、そう珍しいことではない。


 この湖は安全度も比較的高く、管理人の住居もあるため、平行して採集者用のキャンピング施設なども設営されている。レンガ製のかまどなどもだ。

 寝泊り用の小屋などはないが、夕食の準備や火炊きには困らないというわけだ。

 持ち込んだ食材や調味料に加え、現地調達した獣肉もある。テント前で素材の検分会議を始めた術士たちをうしろに、護衛班たちが、さっそく夕食の準備に取りかかることとなった。


「おっちゃん、でけぇのにやることは細けぇなー」

「これも仕事の一環だ。長くやっていれば、このていどは身につく」


 メンバーの中でもっとも器用だったのが、大巨人であるキアスであるという事実は、少なからずチームを驚かせた。

 次に器用だったのは、日ごろからエイメールの世話をしているフィオロ。

 キッチンもない安アパートに一人暮らしで食事もほぼ外食で済ませるアイバは、彼女らに教わりながらもぶきっちょに包丁を扱っている。

 そんな夕暮れの光景だった。


「それで……おい姉ちゃん。アンタはなにしてくれるんだ」


 ニコニコとしながらスフィールリアたちの会議を眺めていた……イコールなにもしていないアレンティアに剣呑なジト目を送ったのは、アイバだ。


「わたし?」

「アンタも護衛班だろうが、こっち側だろ。ていうか、手伝え」

「勇者君……」

「なんだよ。勇者じゃないけど」

「……」


目元を伏せり、沈黙を続けるアレンティアの背中に、スフィールリアが反応した。


「なになにアイバ? アレンティアさん? トラブルですか?」

「いや。お前は自分の作業を続けてくれ」

「スフィールリアちゃん……」


 だがしかし、アレンティアは、寄ってきたスフィールリアの両手を取った。


「わたしは今まで、戦うことしかしてこなかった……」

「アレンティアさん……」

「ほかにはなにも、だれも、教えてはくれなかった。戦って、勝つことだけが、わたしに許されたすべてだったから」

「……」

「だから、手に入れられなかった『それ以外』を探すために、わたしは旅に出たのかもしれない……今まで何度も、何度でも、挑戦しようとしてきた……でも!」


 そこでアレンティアは激しくかぶりを振った。

 スフィールリアはすべてを察し、彼女の手を取り直した。


「アレンティアさんっ!」


 スフィールリアは泣いていた。本気で情にほだされて、泣いているようだった。


「アレンティアさんは悪くないですっ、料理だったら三人いれば充分ですよ!」

「スフィールリアちゃん!」


 ひしと抱き合うふたり。

 今回のチームリーダーは、ほかでもないスフィールリアだ。

 アレンティアの調理は、ここに免除された。


「あー! ずっけーー!」

「なによ、だれにだって不得意ってもんがあるわよ! 補い合ってこそのチームでしょ!」

「やり方がなんかずっけぇつってんの!」

「あはは、ごめんね勇者君。でも真面目な話、本気でわたしは調理メンバーに加えない方がいいと思うよー?」

「はぁ~あ?」

「でも、そうだね。なんの根拠もなく仕事割を免除してもらおうなんて虫が良すぎたよね。……お話しなければ、いけないね……今まで散っていってしまった、大切な旅仲間たちの話を……」

「お、おい……それって……」

「深追いしない方がいい」

「おっちゃん……」

「この嗅覚が働いた時は、かならずドラゴン級の脅威に見舞われている。こちらとしても、それはゴメンだ」

「マジかよ……」

「少なくとも彼の表情はマジです。アイバ・ロイヤード……止めておいて、もらいましょう」

「…………」

「あっ、それじゃあわたしは、周辺警戒にでもいってきてようかな~。あは、あはは~」


 熟練の戦士の嗅覚により、そういうことになった。


「…………」


 晩餐にも管理人夫妻を招き、その夕餉はにぎやかにすぎていゆくことになった。




 その夜のこと。


「あー、なかなか上手くいかねぇな、くそう。ここが……こうだろ……それで……うぬ!」


 再度、崖の下側に張りついてぶつぶつとぼやいていたアイバに、スフィールリアが声をかけた。


「アーイバ! 頑張ってるね」

「お、おぅ……」

「そんな頑張る戦士さんに、これをあげよう」

「? それは?」

「プレゼント」

「なに――ぬわっ!」


 集中が乱れて、アイバは再び地面に落下した。

 そんな彼にスフィールリアが渡してきたのは、ピンク色のフィルムでかわいらしくラッピングされた、なにかだった。


「プ、プレゼント? 俺にか?」

「そ。こないだの盗賊騒ぎでお世話になったから、そのお礼」

「じゃあ、騎士団長のねーちゃんに渡した方がいいんじゃないのか? 実際、最後は俺がお荷物だったわけだしよ、申し訳ないぜ」


 しかし、スフィールリアはかぶりを振って笑った。


「それだけじゃないよ。<ルナリオルヴァレイ>の時も、命がけで戦ってくれたでしょ? だから、これは、アイバのためだけのもの」


 またそんなかわいいことを言うスフィールリア。

 彼女のこういうところは、ちょっとずるくもあり、凶悪だなと思うアイバだった。


「あ、ありがとうな」


 その場に座り込み、アイバは贈り物を受け取った。


「開けていいか?」

「うん、もちろん」


 ちょっとわくわくしながら包装を解くと……出てきたのは一本の小瓶だった。


「……これ、なんだ?」

「回復薬だよ」

「へっ?」

「じゃあ、あたしたち向こうで検分の続きやってるから。練習頑張ってねー」


 ぱたぱたと仲間の下へと駆けてゆくスフィールリア。


「……」


 アイバは、しばらく小瓶を見つめていた。


「か、回復薬……回復薬かぁ」


 花なり焼き菓子なりでも入っているのかと期待していたので、ちょっとだけしょんぼりとするアイバだった。

 実は夏のこの時期、王都近隣の地方では、親しい知人に親愛の証として花とともに焼き菓子を贈り合うという風習が根づいていたりする。

 だから、その類なのではないかと期待してしまっていたのだが……。

 彼女の故郷のフィルラールンでは、そうした風習もなかったのかもしれない……。


「……」

「わ、いいなぁ! 勇者君、どうしたの、それ?」


 彼より先行して崖を登って(歩いて)いたアレンティアが降りてきて、うらやましそうな声をあげた。

 ひょいとアイバの手からそれを拾い上げる。


「あんまりうれしそうじゃないね?」

「回復薬だってさ。……練兵科から普通に支給される分で充分なんだが……」

「そっかぁ。じゃあこれ、要らないならわたしがもらってもいい?」

「いや、アンタこそ支給分で充分なんじゃないのか。グレードはウチのより上だろう?」

「……」


 聞かれたアレンティアはニヤニヤしている。

 ニヤニヤ。


「……本当にいいの?」

「な、なんだよ」

「これ、すっごくいいものなんだけどな~。……麻痺解除四種、毒中和三種、タペストリー領域梗塞解除三種、霊体(アストラル)領域閉塞解除五種、って添え書きに書いてある」

「え? なぬ? え?」

「回復薬は、一度に回復できる項目が多ければ多いほど『いいもの』ってことになってるんだけどな~。……毒や麻痺って言っても由来する成分や種類は膨大多岐に渡るからねぇ。完全な万能薬は存在し得ないって言われる由縁でもあるわけなんだけど」

「……」

「故に綴導術士はその『完全』を目指す者である、ってね! ひとつの効果を付与するごとに、難易度はうなぎ登りだって聞くよ」

「…………」

「ここまでこのお薬を『育てる』のは大変だっただろうな~。これひとつ自分で売るだけでも、ひと財産だよ。ていうか、よくこんなの作れたよね、スフィールリアちゃん。学院生って聞いてるけど、そんなレベルじゃないよ。すごいよ、これ」

「………………」

「日ごろのお仕事やわたしの依頼もあっただろうに。それでも、勇者君が怪我しないようにとか、怪我しても大丈夫なようにとか、喜んでくれたらいいな~とか、思いながら空いた時間を使って、一生懸命作ってたんだろうな~」

「……やっぱり返せソレ!!」

「ほいよ!」


 一度引ったくろうとして回避され、投げ寄越されたそれを、アイバは抱え込んだ。

 さっきは見逃した添え書きとやらを見ると、最後に『お仕事ファイト!』と絵つきで書き込まれていた。

 アレンティアは変わらずニヤニヤとしていた。


「ちなみに、そんないいものはウチにもそう出回らないよん。勇者君はもうちょっと授業も真面目に受けた方がいいな~」

「~~~っ」


 意地悪なヤツだとアイバは犬歯をむいて、回復薬を護り込む姿勢を見せた。

 同時に、抱え込んだプレゼントを眺めて、ちょっとほっこりした気分に浸るのだった。


「アイバー、アレンティアさ~ん! キアスさんたちが、哨戒ローテーションの相談したいって言ってるんですけど~!」

「いこっか。勇者君修行は一時中断。お仕事の時間だ!」

「……おうっ!」


 気力は、充分に充填されているのだった。

こうして、採集旅行の日々はふけていった。



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