■ 4章 夏ですもの! <クファラリス精霊邸湖>!(2-11)
「うわぁ、いつきても綺麗なところだね!」
広がる光景にスフィールリアたちは歓声をあげた。
<クファラリス精霊邸湖>は、王都から片道二日の場所にある、大きな湖だ。
ここから流れる川が、やがては北から降りてきたルッセ川と合流してさらに大きな流れとなり、王都の運河に引き込まれてゆく。採集地としてだけでなく、王都にとっての貴重な水源地帯として管理されている。
湖の周囲には肥沃な草原と森林地帯が広がっており、その美しい景観は、大陸100景としても広く知られているほどだ。
生息する獣やモンスターも強力なものは湖の隣にある<クファラリスの森>から出てくることがあまりなく、比較的安全な採集地として安定していた――
「していた――んだけど」
平原の上で、アレンティアが腰に手を当て、続きを口にする。
「どうも最近、<クファラリスの森>からモンスターや獣たちがちょいちょい出てくるようになったんだって。森の中での勢力バランスが崩れるようなことがあったみたい。新参の強力なモンスターでも流れてきたのかもね」
「んで、そいつらを俺たち護衛班の四人で数減らしすればいいわけか」
「そゆこと。ですよね、管理人さん」
「よろしくお願いいたします」
と、管理人夫婦がアレンティアたちに頭を下げた。
「にしても――」
アイバは隣に並んでいる大男を見上げて、息をついた。
「おっちゃん、でけぇな。ほんとにでけぇな……!」
「よく言われる」
打ち合わせで並んだ護衛メンバーは四人。
アイバ、アレンティア、エイメールに同行してきたフィオロ。
そして、もうひとり。
スフィールリアの護衛依頼を受諾して、現地合流を果たした男。
「キアス・ブラドッシュだ。よろしく頼む」
と名乗った男は、壮年ほどの、本当に大きな男だった。
「何センチあんの?」
「230だ」
「へぇーっ。なに食ってそんなんなったんだ、へぇーっ!」
2メートル30センチという身長にも関わらず、まったく細いという印象を与えない男だった。むしろ『太い』と思わせるほどに頑健な体つきをしている。
丸太そのもののような手足。大きな一枚岩を思わせる胸囲。そのすべてに、鍛え抜かれた筋肉が詰まっている。
装備品も尋常ではなかった。
キアスが背負っているのは、彼の身長と同じぐらいのとんでもなく肉厚な大剣だ。それも、彼自身が隠れることができるほどの幅がある。
アイバは『ドラゴン殺し』の異名を持つ巨大なバスター・ソードを見たことがある。
あくまで装飾品として壁に立てかけておくだけの、威圧感だけを重視した商会の客寄せ展示物とでも言うべき品だったのだが……
キアスが背負う大剣は、それよりも、はるかに質量があった。
剣というより、もはや〝壁〟である。
だがアイバは知っていた。アイバだけでなく、多くの者が知っていた。
彼はこれを武器として運用できる。扱える。
というのも、彼がアイバと同じく<猫とドラゴン亭>の常連客だからだ。直接話したことはなく、今日が初めてだが。
が、それを抜きにしたとしても、このキアスという巨漢は有名すぎる人物だった。
「あの生ける伝説、〝青きキシェリカ〟まで連れてくるとは。さすがスフィールリアちゃんだねぇ」
〝青きキシェリカ〟――アレンティアなどと並び、王都でも最強なのではないかと噂される人物たちの一角だ。
「アンタって、だれの依頼も断らないし、料金も最低賃金しか受け取らないんだろ? でも同じチームは二度と組まないって聞いてるぜ。ってことは、アイツの依頼は今回が初めてなのか?」
「ううん? 今日で、三回目だよ?」
と、管理人夫妻にあいさつをしていたスフィールリアが寄ってきていた。
ぺこりと、キアスに対して気安い調子で会釈をする。
「今日はよろしくお願いします。……ごめんなさい。キアスさんもお礼のつもりで呼んだのに、急場のクエストを受けてもらっちゃって」
「いや、構わない。また呼べと言ったのはわたしだからな」
もう一度ぺこりと頭を下げて、スフィールリアは再びバーベキューの打ち合わせに夫妻の元まで戻っていった。
そういえばとアイバは思い出す。
友人を助けるための採集旅行のすべてに、自分がついていけていたわけではない。
自分が仕事で同行できなかった時に、この彼に護衛を依頼したことがあったのだろう。
「で、同じチームは組まないのに今ここにいるってことは、おっちゃん。……アンタも『そのクチ』か」
探るような視線で、互いにすべてを察したような空気が流れる。
キアスは小さな笑みを浮かべた。
「……ずいぶんと昔の『忘れ物』を、届けてもらってな。その恩義だ」
「そっか。ったく、アイツはよ」
アイバとキアス、アレンティアとフィオロも、同じような顔をして、話し込むスフィールリアの横顔を見ていた。
「よっし。それじゃあ二人一組に分かれて、害獣退治、しちゃおっか。撃破モンスターの買取分は四人で山分けね。そのあとはみんなで楽しいバーベキューだよ!」
ということになった。
その後モンスターの退治は順調に終了し、護衛班が戻るころにはバーベキューの準備も済んでいた。
スフィールリアが音頭を取って乾杯し、とても和やかな空気でパーティーは進んでいった。
そしていよいよ泳ごうというくだりになり……ひとつの問題が発生した。
「はぁ!? あなた、結局、水着を用意しなかったんですの!?」
ということが判明したのだ。
「だって……やっぱり下着になるなんておかしいし……」
その光景を、離れた茂みの影から覗き見る者たちがいた。
「な……なんていうこと……なんていうことなの。美しいスフィールリアさんの水着がないだなんてそんな……なんのためにここまでついてきたのはぁはぁ。だめよそんなの、絶対にダメ」
そう、エスレクレインである。
「ワイマリウス」
「かしこまりました、お嬢様」
慇懃に一礼し、ワイマリウスの姿が黒い霧となって消える。
そして一秒たたない内に、一歩違わぬ元の地点に現れていた。
「首尾は」
「はい。お嬢様。抜かりございません」
「あれ?」
揉めているスフィールリアたちを見ていたアレンティアは、一瞬だけ背後に生じた気配に振り向いて――奇妙なものを見たとでもいうような声を出した。
スフィールリアたちも気づいて、彼女の視線の先にあるものを見る。
「これって……」
「えっ、なにこれは」
白い紙箱だった。中には何着もの女性用水着が詰まっている。
こう書いてあった。
『ご自由にお使いください-特定採取指定保護区域管理組合-』
非常にうさんくさい。
ついさっきまでは影も形もなかったはずだが……
顔を見合わせると、全員がかぶりを振った。
「まぁ、ちょうどいいですわ。スフィールリアさんには、これを着ていただこうじゃないですか」
「えーー!!」
いぃぃやっっっほおおおう――――!!
「ん?」
「どうしたの、勇者君?」
「……今なにか聞こえた気がしたんだが。遠吠えみたいな……」
「そうだった? 森のオオカミかもね」
「さぁさ、着替えにゆきますわよ。観念なさいな」
「えっ、ちょちょちょっと! 待ってってばやっぱりこんなのおかしいよ……!」
「スフィールリアに似合う水着、選んであげるからね」
「大丈夫ですよ。みんなで一緒に水着になるんですから。恥ずかしくなんかないです」
「だれかぁ……助けてーー!」
茂みの影にスフィールリアは連行されていった。
そして……
「完成しました! スフィールリアさん、水着バージョンですよ!」
「おぉ……」
アイバはそんな声を出した。
目の前に、美少女四人の水着姿があった。
それぞれの個性に合ったデザイン。輝く太陽の日差しを浴びて、白く健康的な肌色が映える。
やはりというか、特にスフィールリアに見とれてしまうアイバだった。
「ううう~」
うほほおおおおおおおおん――!!
「ん?」
「どしたの勇者君?」
「今また、変な声が聞こえたような……うほー、みたいな」
「そうだった? 森のゴリラかもね」
アイバはスフィールリアへと視線を戻した。
彼女は頬を染めて、極めて恥ずかしそうに身体の各所を隠そうとしている。
その恥じらいが、一層彼女の美しさを引き立てているようにも思えた。
「な、なんでアイバ、あたしの方ばっかり見てるのよ~~。そ、そんなに変? やっぱり変?」
「い、いや! 見てない見てない!」
アイバの横でアレンティアが、彼にしか聞こえないていどの声で「ほれた弱み……」とか言ってニヤニヤ笑うので、アイバの脳内処理が一時寸断された。
そして、こんなことを言ってしまった。
「ばっ……そんなんじゃねぇよ! 俺はコイツを真の漢として認めてんだ……! だからそんなこと――はっ!?」
「……」
スフィールリアは、ジト目になっていた。
次に、にっこりと微笑む。
「そっか、納得した。そうだよね、真の漢だもんね」
「い、いや! 違うって! 今のは言葉のあやみたいなもんで!」
「どこがどう言葉のあやなのよ! どうせ似合ってませんよ!」
がす!
アイバの脛に、木製のサンダル底でこそぎ落とすような凶悪な蹴りが炸裂した。
あまりの痛みにアイバは転げ回った。
「うごおおおおおおおンのおおおおおお……!」
「アイバのばか! さぁーー、もう開き直って泳ご泳ご!」
「うううう、違うんだって言ったのに、うぐおおおおお……!」
ひたすら笑いをこらえているアレンティアへ、アイバは本気の殺意を込めて憎悪の眼差しを突き刺したのだった。
十分後――
「あははははは! あはは! 水に入って遊ぶのって気持ちいいね! あはははは!」
あれだけ嫌がっていたスフィールリアは、もう水遊びに順応していた。
浅瀬のところで水を投げ合って戯れている四人の少女たち。
「……」
彼女たちを眺めるでもなく、アイバは、世界樹の聖剣を振り回して自主トレーニングに励んでいた。ちょっとイジけも入っている。
ほか三名の護衛メンバーも、特に水に入るでもなく岸辺で様子を見守っている。これも仕事だ。
「勇者君は一緒に遊ばないの? このメンツならだれかひとり残ってれば護衛は充分だし、いってきてもいいよ?」
「あぁ。いや。暇な時間があったら少しでも訓練。じゃねぇといつまで経ってもあのクソ教官にギャフンと言わせらんねーしな。あと俺、勇者じゃないから。……アンタこそいってきたらどうだ?」
アレンティアも黒の水着に着替えていた。しかし彼女はかぶりを振る。
「うん。勇者君の練習でも見てようと思ってねっ」
「俺の?」
「うん。〝担剣術〟って言うんでしょ、それ? ちょっと興味あるからさ」
「興味ぃ?」
「うん。わたし、西の〝天境〟の人たちとも試合したことがあるんだけどさぁ、勇者君のソレは少し違ってたみたいだから」
「あぁ、西の人らな……」
西の〝天境〟と呼ばれる場所に住んでいる、勇者の家系のことである。
「勇者君は、西の家の人じゃないんだね」
「あぁ。ウチは分家なんだ。なんかよく分からんが、百年だか二百年だか前に分かれたらしい。なんのためかは知らねっけど」
「わたしも聞いたことある。その分家の人たちは、完全な一子相伝制。家を大きくしたり道場を開いたりするでもなく、ずっとずっと、淡々とそれを繰り返してきたって」
それが、アイバの家系だった。
「でさ、勇者君の〝担剣術〟は、少し太刀筋が違うんだよね。それで興味が湧いたんだ」
「ふーん……」
それから、アイバが聖剣を振るいアレンティアが眺めるという時間が、数分間ほどすぎていった。
アイバが、アレンティアに向き直る。
「あのさ。よかったらよ、ちょっと稽古つけてくんねーか?」
「稽古? 剣の?」
アレンティアはきょとんとしたが、彼女がアイバの素振りを見ながらウズウズと身体を揺らしていたのは分かっていた。
「別にいいよ?」
アレンティアはパラソルの下の荷物から『薔薇の剣』を取った。
そして……
「がっは!」
何十度目かの峰打ちを食らい、アイバは数メートル吹っ飛んだところで、地面に転がった。
「あぁ、くそ!」
「うーん、これは……」
アレンティアは頭をぽりぽりとして、困った顔をしていた。
「なんでこんな全然ダメなんだ!」
起き上がって自分に悪態をつくアイバ。
彼の元でしゃがみ込み、アレンティアが率直な印象を告げる。
「〝奏気術〟と〝構え〟の連動ができてないよねぇ」
「……やっぱり奏気術かよぅ」
「ちょっと。もう一回、構えて見せてよ?」
「お、おぅ……」
アイバは、自分がもっともスタンダードとする〝担剣術〟の構えを取った。
「ここから、少し打ち合うよ。速度下げて。わたしも奏気を使わないからさ」
言われた通り、あるていどゆっくりと、お互いの剣を打ち合わせてゆく。
だが……
(くっ……!)
アイバは苦戦を強いられていた。
「ほらほら、どうしたの勇者君~? いいように翻弄されちゃってるよ~」
アイバは、言葉を返すこともできなかった。
というのも……。
ぷるん。
ぷるん。たゆん。
(乳が揺れすぎなんだよ!!)
そう。
揺れすぎなのである。
アレンティアの水着は、シンプルな黒のビキニだ。
ゆえに、よく揺れる。ゆえに、よく映える。
剣を振るうたびに、こちらの剣とかち合うたびに。アレンティアの形もよく豊満なバストが――揺れる。たわむ。弾む。
ぷるん。
ぽゆん。
たゆん!
正面の谷間。横方向に振られて見える横おっぱい。跳ねて覗く下おっぱい。屈んでできる見事な逆たけの子おっぱい……
(まずい、このままでは……!)
攻撃を受け流すのが精一杯である。
アイバは悟った。
現行の装備では太刀打ちができない。
なにせこちとら、海パン一丁なのだ。
自然・必然と前かがみにならざるを得なく……
「勇者君~、どんどんフォームも崩れていってるよ~~!」
そう。これほどまでに悪辣な担剣術封じをアイバは知らない。
(じっちゃん、世界って、広いな――)
今まで、自分の実力はそれなりだと思っていた。
だが――
(おっぱいって……すごいな――!!)
「せいっ」
「が、は――!!」
アイバは打ち倒された。
「くっ……負けたぜ」
「う~ん、担剣術についての説明をしているはずだったんだけど。ていうかそんなに強く打ってないんだけど……」
とそこでアレンティア。
身体をくの字に折って起き上がれずにいるアイバの様子を見て、なにかを閃いたようだった。
閃いてしまったようだった。
「あ、そっか!」
「!!」
「そっか、なるほどね……う~ん」
「ま、待て、言うな! 言わないでください! こんな大勢の目の前で!」
「でもこのままじゃ、気になって鍛錬にならないだろうしな~」
そして、ピンと張った黒ビキニのひもをつまんで持ち上げ、
「いっそのこと〝中身〟見ちゃう?」
「服を着るという選択肢をくれやがりください!!」
とんでもない提案をしてくる彼女に、アイバは全身全霊で叫んでいた。
そして、数分後……
お互いに服を着ての、仕切り直し。
「ほら、これならあるていどまともに打ち合っていける。勇者君の〝担剣術〟は、これだけならほぼ完成形に近いってことなんだけど」
打ち合いながら、手順を確認してゆくように彼女の講釈を聞く。
「ところが、」
「ぐわっは!?」
アレンティアが唐突に身体の内部で〝気〟を練り、反射でアイバも自分の〝気〟を聖剣へと流し込んだ。
その瞬間に剣戟のリズムが崩れ、アイバはまたしても脇に峰打ちを食って膝をついてしまった。
アレンティアの速度が飛び抜けていたのではない。
アイバの聖剣が莫大な輝きを発して、盛大に空振った。そこで開いた胴に、彼女が剣を叩き込んだだけだった。
「ね?」
「ごっほ。……奏気術がダメだってのは、分かってんだ。教官のヤローとも、いつもそれで負かされるんだよ」
「うーん。もう一度構えてみてよ」
「おう!」
気合を入れ直して、再び〝担剣術〟の構えを取る。
聖剣を肩に担ぎ、左腕を前へ。右足を引き、身体の向きは相手に対し、ほぼ垂直に。
「たしかに、ひとつの完成形だ。見ればそれが分かるほどに、見事な構えだ」
パラソルから外れた場所に座っていたキアスも、しごく当然という風で口を挟んでくる。
「そう。純粋に、〝剣術〟としてだけなら、西の本家の人たちにも引けを取らないと思う」
そう。
〝担剣術〟
勇者の〝流派〟としてあまりにも有名なそれだが、実のところそれ自体は、特別なところなどひとつとしてない――ただの〝剣術〟のひとつにすぎなかった。
では〝剣術〟とは『なに』か。
その答えもしごく簡単であり、つまるところ、武器の形状に合わせて最適化された運用法にすぎない。
たとえば両手剣なら、両手で保持した剣をまっすぐに構えた中段の形がスタンダードだ。
片手剣の場合はもう少し自由度が増し、自分の身体に対して剣をななめに置き、中段から上段、下段へと切り替えやすい構えを取ることもできる。
槍ならば、その長さと『突く』という特化性質の関係から、身体の横に置いたやや下段気味の中段となることが多い。あるいは、遠距離の頭上から叩きつけるために、ななめに構えるポジションも有効だ。
これらすべての原点にして極意は、ホームポジション、つまりそれぞれの武装種類にとっての『最適な始点』ということなる。
それぞれの武器種にもっとも合うよう洗練された構え。〝構え〟の位置から最も速く、自然に、無駄のないエネルギーで攻撃を繰り出すためのものだ。
同じ理屈で、人間の背丈ほどもある片刃の大剣『世界樹の聖剣』を、もっとも上手く運用するために最適化された〝構え〟が、〝担剣術〟なのだ。
槍を正眼の構えで扱おうとすれば当然ながら無理がくるのと同じで、この大剣を扱うために、剣を担いだ状態を始点に置く。
もしも『世界樹の聖剣』を下段の構えで扱おうと思えば、すぐに切っ先が地面などに引っかかって、取り回しの邪魔になってしまうだろう。
だから、常に人体の重心である腰部よりも上に剣を置いておく。
担剣術とは、それ自体、それだけのものにすぎない。
上段の構えの亜種とでも言うべきものが、担剣術の正体なのだ。
「その代わり、この種類の武器を持たせれば、担剣術は無類の強さを発揮する――ってね。これは実家で教わったことの受け入りだけどね。だけどこうして見てると、それがよく分かるよ」
しかしアレンティアは、次にはまったく正反対のことを言った。
「だからこそ、勇者君の担剣術は、完成品にして全然の未完成。君は奏気術に練達した相手には勝てない」
アイバはうろたえた。
「なっ、なんでだよっ。言ってることムチャクチャだぞっ」
「理屈の上では簡単なことなんだよね。……ねぇ、キシェリカのオジサン、よかったらオジサンの構えも見せてくれない?」
「いいだろう」
うなづいて、巨躯が立ち上がる。
そして、横たえていた剣を手に取り……
ずし、という音が聞こえてきそうな光景だった。
全身に〝気〟をゆき巡らせ、ゆっくりと持ち上げてゆく。
最終的にキアスが取った構えは、右手で柄を保持し、左手で剣の腹を支え――自らの頭上に超大剣を浮かせた、超上段の構えとでも言うべき形になった。
大きなキアスが動いたことで、遊んでいた少女たち四人も気づいて、なんだなんだと陸まで上がってくる。
「う……お」
あまりの威圧感に、アイバは思わずそんな声を出していた。
普通なら、こんな剣は絶対に持ち上がらない。
キアス自身が圧倒的な〝気〟の使い手だからこそ、できる構えだった。
こんな高みからあの超大剣を叩き落とされたら、どんな獲物であっても潰されてしまうだろう。
「聞いてた通りだ。オジサン、すごく強いね? 今度、気晴らしの運動にウチで模擬戦でもどうですか?」
「人と戦うのはわたしの本分ではないからな」
「う~ん。そっかぁー」
またうずうずと肩を揺すりながら、アレンティア。
手のひらでキアスの構えを示して、結論を告げた。
「これが、答え。勇者君の担剣術と、似てると思わない? この人のコレは、きっと自然にこの形になっていったんだよ。担剣術の親戚さんだね」
「お、おぅ。言われてみれば……たしかに」
「攻め込める気が全然しないでしょ。奏気術を扱わない人が重たい武器を持ってたらそりゃあ隙だらけにもなるけど……この人は違う。これだけの剣を使っても、そこいらの剣の達人よりも上手に、速く、武器を取り回せる」
「あ、あぁ。たしかに。まったく隙がねぇよ」
「アイバー、がんばれー」
とスフィールリアが気楽な声援をかけてくるが、アイバはかぶりを振った。
「無茶言うなって。――動き出せねぇ。どっから動いても、全部はじき返されそうだぜ」
お互いが自身の最強の構え、しかも類似した型で向かい合っているにも関わらず、力関係は歴然としていた。
用は済んだとばかりにキアスが構えを解いて、また元の位置に座り直した。
「それは、キアスのオジサンの〝奏気術〟と、〝剣術〟と、〝武器の特性〟が、完全に融和してるからだね。
勇者君の場合、身体もできあがってるし〝剣術〟も最高クラスだけど、そのふたつが『世界樹の聖剣』ちゃんに、うまく合わせられてない。〝気〟を練ると、聖剣の重さがなくなって、それで空振っちゃってるでしょ。主にとって使いやすい武器になろうとしてくれてるの。
でも、その肝心な部分――聖剣ちゃんと勇者君の連携が、まだまだ全然未完成なんだね」
「ああ、そうだ、それなんだよ」
「あとは、〝気〟を一瞬間に練りすぎなのも問題だね。一瞬だけすごい出力が出て、力を増した聖剣に引っ張られちゃってる」
「むぅ……」
アイバはうなって構えを解いた。
空いた片手に〝気〟を発生させ、握り込み、開くを繰り返すと、『シュボ! シュバ!』とバーナーの炎のように〝気〟が吹き出してゆく。
「それ、独学?」
「ああ。そこのねーちゃんに少しだけ教わって……ていうか……叩き込まれて? 以来、その時の感覚を追っかけようとしてるんだが……」
話を向けられて、エイメールのお付であるフィオロが申し訳なさそうに弁解する。
「すみません、教導は得意ではなくて……それに、わたしの主武器は短剣ですから」
獲物が小さい分、一瞬間で爆発的に〝気〟を練るのが彼女の戦い方だった。
「でもそれだったら、奏気術を覚えたら、俺も今よりもっと強くなれるってことなんだよな!」
「まぁねぇ。担剣術の真の真髄は、奏気術も込みで聖剣を扱うことだって聞いたことがあるから。〝剣術〟の先にある強さっていうのは、たしかに存在すると思うよ」
おっし!
とアイバはやる気を戻してこぶしを打ち合わせた。
「もうひと試合、頼んます!」
頭を下げたアイバに、アレンティアは苦笑いして応じた。
一度お互いの剣先を合わせてから、構えを取る。
足先に〝気〟を安定させて疾風のごとく迫るアレンティアに、アイバは、最初は危なげなく担剣術で対応してゆく。
しかし、すぐに押され始めてしまう。
足を叩かれ、腕をかすめられ、次第にアイバの動きが鈍ってゆく。
これは同じ結果になるかなと、だれもが思い始めて――
「――――ッ!!」
「おごわっ――!!」
次の瞬間……アイバは強烈な一撃を食らって、今までで一番遠くの場所まで吹き飛ばされていってしまった。
「あ、アイバっ!?」
「あっ――ご、ごめっ――!」
しかし、一番驚いた声を出していたのは、アレンティアだった。
「あ、アレンティアさん、ささ、さすがにやりすぎですよっ!?」
スフィールリアが転がったアイバを拾いに駆け寄ってゆく。
「危なかったな」
キアスが冷静に言う。
「うん……。今、一瞬……本気出かけた……」
もう少しのところで、一本取られるところだった。
試合を始めてたったの数十分で、そこまでアレンティアの太刀筋を学習したのだ。
それでつい、力んでしまった。
「……」
十数メートル先でスフィールリアが、のびたアイバの身体を揺さぶっている。
アレンティアは、真顔で彼のことを見ていた。
「……なんで教官って人が、さっさと彼に奏気術を教えないのか。分かった気がする」
そのつぶやきを耳にしたのは、キアスだけだ。
「ちくしょう! またやられた!」
意識を取り戻して悔しがるアイバに、アレンティアが歩み寄ってゆく。
「ほんとごめん、勇者君! 今のはわたしが悪かった……でも本当にあと一歩で、一本取られてたよ。君は強いよ。ううん、間違いなく、強くなるよ」
「……負けは負けだ。情けねぇぜ」
「今の出来でそんなに悔しがられると、わたしの立場がないなぁ」
「頼む! 俺に奏気術を教えてくれ! いや、教えてください!」
思いきり両手を合わせて、アイバは彼女へ懇願した。
しばし、そのポーズのままで待つ彼を見つめて……アレンティア。
「じゃあ――釣りでも、する?」
やがてにやりと笑うと、そんな提案をしたのだった。




