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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
44/123

(2-10)


「――ということになったの」

「ははぁ、それでねぇ……」


 再び、<猫とドラゴン亭>

 アイバはいまいち気のない眼差しを、スフィールリアの隣に座っているアレンティアへと向けた。ひらひらと手を振ってくる彼女。


「そ。わたしもその期間中、できる範囲でスフィールリアちゃんの護衛につくことにしたんだ。よろしくね、勇者君っ。ここ、いいお店だね。スフィールリアちゃんとはよく一緒にくるの?」

「はぁ。ええと、まぁ。……うっす」


 彼は、ぼんやりとした様子のまま会釈を返した。


「それでね、今度、もう一度<クファラリス精霊邸湖>に採集旅行いくことにしたんだ。アイバもくるでしょ?」


 これに、アイバは寝耳に水といった風に顔を上げた。


「はえ?」

「えっ」


 意外そうな顔をしたのはスフィールリアである。


「はえ? じゃなくて。だから、アイバもくるんでしょ? どうしちゃったのよ」

「いや、だってよ。…………護衛だったら、そこの騎士団長サマがいりゃ充分なんじゃないのかよ」


 アイバはいまだにアレンティアへの毒気が抜けきっていなかったので、またそんないじけたようなことを言う。

 だが、スフィールリアは彼にジットリとした眼差しを返した。


「……採集にいく時は最優先で声をかけろって言ったのは、どこのどなたかしら」

「えっ、……あっ!」


 再び、ジ~~。


「あ、いや。そっちの意味だったのかっ、す、すまねぇ……俺はてっきり」

「スフィーちゃん! 護衛の手が足りないなら、俺が代わりにいくぜぇ!」


 彼女のうしろの席からかかった声に、「俺も!」「格安にしちゃうぜ!」と次から次へと野太い声が重ねられてくる。


「え~~、本当ですかぁ?」

「まっ――待て待て、待てったら!」


 しなを作り、口元に手を当てあざとい表情を見せるスフィールリアに、アイバは慌てて乗り出して静止をかけた。


「俺もいくから!」


 だが、スフィールリアの半眼は解除されなかった。


「……教官さんとの訓練予定とかが入ってたりするんじゃないでしょうね」

「ないない! いや、ないことはないんだけど大丈夫だ。仕事優先ってのは双方織り込み済みなんだって!」

「そっか、ならよかったけど」

「ほっ」


 彼女の隣でくすくす笑みをこぼすアレンティアにじろりと一瞥を投げてから、アイバはもう一度、腑に落ちない表情を浮かべた。


「……しかし実際、そこの団長サマがいりゃ、俺はいらないんじゃないのか? 護衛費用だってかかるし、最優先つってもよ。お情けで声かけてもらっても、あんまりうれしくねーぜ? いや、たしかに約束させたのは俺だけどよ」

「うん。それは、今回の旅行の人数のせい。ほら、採集のルールで、護衛職は最低でも採集メンバーの半分以上って決まってるでしょ?」

「なんだ。お前だけじゃ、ないのか? だれか誘うのか?」


 アイバの問いに、スフィールリアは、


「うん!」


 と快活に笑って、うなづいたのだった。



「お礼のバーベキューパーティー?」


 休み時間中の講義棟の一室にて。

 スフィールリアの言葉に、フィリアルディとアリーゼルはきょとんとして顔を見合わせた。


「そうっ。こないだ<クファラリス精霊邸湖>にいったらね、そこの管理人さんが、家族でバーベキューするんだって。よかったらおいでって誘ってくれたの。

 友達も呼んでいいかって聞いたら、ぜひどうぞって!」

「なるほど。綺麗なところだから、きっとみんなでいったら楽しそうね」

「でしょ!」

「ところで……なにが『お礼』なんですの?」


 アリーゼルが心底不思議そうに尋ねると、スフィールリアは「えへへ」と笑った。


「みんなにお世話になったから、そのお礼に」

「その、お世話というのは?」


 まだ分からないといった表情のアリーゼルに、スフィールリアは少し照れくさそうに、


「ひとつは、『ウィズダム・オブ・スロウン』の修復を手伝ってくれてありがとうってこと。もうひとつは……あたしのこと、『友達だ』って言ってくれたこと。……すごく、うれしかったから」

「……」


 そう言ってはにかむ彼女に、アリーゼルも、むずがゆそうに頬を赤く染めた。


「なんですの今さらそんなこと……。律儀というかなんというか…………はっ、恥ずかしい人ですわねっ」

「あ……ダメ?」

「いえ、駄目って言うか……」

「でも、スフィールリアらしいかも。わたし、そういうスフィールリア、好きだよ。わたしは一緒にいきたいな」


 恥ずかしそうにもじもじとしているアリーゼルにフィリアルディが微笑みかけると、彼女も観念したように小さな吐息をついた。

 国宝事件に手を出したのは自分の意思であり、自分のためだった。そこに偽りも義理立てもなかったし、お礼なんてされる謂われはないのだが……。

 しかし、スフィールリアは、こういう人間なのだ。

 普段どんなに明るくふるまっていても、〝帰還者〟として生きてきた生い立ちと負い目は、常に彼女の心の奥深い部分に、重い鎖を絡めている。

 自分がそんなことを気にする人間ではないと主張したとしても、それは、一朝一夕で外れるようなものでもないのだろう。

 だからこれからも彼女とつき合ってゆくなら、こういったことも必要なのだ。きっと。

 そこまでを考えて、アリーゼル。


「……別に、いいですけれども?」


 と、了承の意を示した。

 心底ほっとした風に笑顔になるスフィールリアを見て、ついつい苦笑いが浮かんでくる。


「わたしも、すばらしい催しだと思いますよ、スフィールリアさん!」

「えへへ、ありがと」


 スフィールリアの隣に座っていた人物が、両手を合わせて絶賛した。


「まぁ、そこまでは分かったとして、ですわ」


 アリーゼルは、彼女の隣でずっとにこやかに座っていた人物を見た。


「どうしてあなたが一緒にいるんですの?」

「あら、いけないですか?」


 視線を受けて、エイメールは小首をかしげた。


「あたしが誘ったの。エイメールにも一緒にきてほしかったんだ」

「あぁ……そういえばあなたたち、同じ教室なんでしたわね」


 呆れ顔になるアリーゼルに、エイメールは胸に手を当てて宣言した。


「わたしも心を入れ替えて、一から、綴導術士とはなにかを考え直すことにしたんです。今やスフィールリアさんはわたしの憧れの人。目標にさせていただいているんです」

「えへへ……照っれるなぁ! 友達だってば、友達!」

「まったく……本当にお人好しなんですから」


 と、エイメールは、そこで突然に不敵な笑みを見せた。


「あら、そんなことを言ってよろしいんですか?」

「なんですの?」

「わたしも皆さんへのお礼にと思いまして……こんなものを用意したんです」


 彼女が鞄から取り出した白い箱を見て、アリーゼルの目の色が変わった。


「そっ、それはっ……まさ、か!!」

「そう――一番街の名菓子店<パルッツェンド>の、『パティシエ・ローノリアスの幸せケーキセット』です」


 がたん!

 アリーゼルは椅子を蹴立てて立ち上がった!


「ししし、しかもパティシエ・ローノリアスの!? あ、あ、あ、あり得ない! 数量限定、完全予約の受注生産制で、常に最低でも一ヶ月先まで予約が埋まっている詰め合わせセットですのっ!? わ、わたくしだって現在二ヶ月待ちの状態ですのにっ」


 なぜ!?

 と声を荒げるアリーゼルに、エイメールは「ふふん」と誇らしげに胸を張る。


「当アーシェンハス家が完全没落したと言っても、知己(ちこ)のすべてとの縁が切れたわけではありませんし? これは、懇意にしてくださるお(いえ)の方のご好意で入手できたものなんです」

「なんていうことですの……!」


 わなわな震えるアリーゼルに、エイメールは寂しげに微笑みかけた。


「でも……そうですね。わたしのような悪者は、ここにいるべきではありませんよね。残念ですけど、わたしは退散しようと思います。このケーキ箱と一緒に」


 すっ、と。

 アリーゼルは、彼女が持ち去ろうとした箱の上に手を置いた。冷や汗を流しながら。

 しばし、見つめ合う。


「……どれがいいですか?」

「そそそ、そんなの決まってますわ! チーズケーキ! チーズケーキオンリーです!」


 アリーゼルは陥落した。


「ではおふたりも。お好きなものをどうぞ」

「エイメールも先に選んでよ。あたしは残ったヤツでいいや」

「でも……」


 スフィールリアは、これがエイメールからの自分たちへの謝罪の証であることを知っていたので苦笑いする。

 だから、気持ちだけでいっぱいだった。

 そうして、スフィールリアの手元には手のひらサイズなプディングのカップが残ることとなった。


「わぁ、綺麗なタマゴ色だね。なんだか茶碗蒸しみたい!」

「プディングは初めてなんですの? っていうか『チャワンムシ』ってなんです」


 茶碗蒸しのレシピを聞き、アリーゼルは苦笑いした。


「それじゃあ、驚きますわよ。プディングは甘いものですもの。お菓子ですから」


 そして……

 プディングをひと口したスフィールリアの表情が、変わった。


「なにこれ……う、う、う」


 ぽろぽろと涙をこぼし始めるので、エイメールが慌てた。


「どうしたんですか、スフィールリアさんっ!? ひょっとして痛んでしまっていたとか!? 保冷剤もしっかり入れていたんですけど!」


 スフィールリアはかぶりを振った。


「お、おぅっ、おっ、おっ…………おいしい、よぉ…………!」


 スフィールリアは本気で泣いていた。それほどの、衝撃的出会いだった。

 慌てていた三人は肩透かしを受けて、がっくしとうなだれる。

 プディングは彼女の大好物に決定された。

 この日以降、スフィールリアは定期的に至高のプディングレシピの研究を行なうようになった。




「せっかくですから、泳ぎませんか?」


 昼食後のデザートも食べ終えて……

 ぱむと両手を合わせて、エイメールがそんな提案をした。


「泳ぐ?」

「はい。<クファラリス精霊邸湖>の採集指定区域では、環境汚染防止のために遊泳は禁止されていますけど、そこから外れた水辺なら大丈夫なんです。管理人さんのバーベキューというのも、そこで行なわれるはずです。……せっかく夏なのですから、思いっきり泳いだら、きっといいリフレッシュになると思うんです」


 エイメールの提案にフィリアルディも賛同した。


「わたしはいいと思う。水浴びなんて故郷の川辺以来だし」

「すばらしい提案ですわ、エイメール!」


 がたん!


 という音と声を聞き取り、アリーゼルは教室扉の方面を見た。


「……」

「あぁ……なんていうこと。はぁはぁ。スフィールリアさんの水着姿だなんて……はぁはぁ」


 そこにいたのは、エスレクレイン・フィア・エムルラトパだった。

 扉に半身を隠して、気味の悪い半笑いを漏らしている。彼女のななめうしろには、うさんくさい執事のワイマリウス氏も控えていた。


「……」

 ほかの三人は気づいていない。アリーゼルだけが、警戒した目つきをそこに注ぎ込んでいた。




「う、うふふふふ……スフィールリアさん主催の、お礼のバーベキュー&バカンスパーリィ……燃える太陽……踊る白い肌……お世話になった方への……となればわたくしもさりげなくスフィールリアさんのお仕事でも解決してさしあげて……ゲット……招待状……うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「名案でございますお嬢様、名案でございますな」


 彼女の周りに祝福の花びらを落とすワイマリウス。

 気味悪く笑い続けるエスレクレイン。

 教室の外には、ちょっとした人だかりができていた。

 ごほ、ごほんっ、えふんっ!


「どしたの、アリーゼル。風邪?」

「いえ別に。ところでスフィールリアさん……まさかとは思いますが、そのパーティーのメンバーに、あのエスレクレイン様を含める気などはないでしょうね?」

「えっ!? ……いや、ままままさかそんな! ……えっ? ……ひひひひょっとして、呼ばないとマズかったりするなにか事情でもっ!?」

「いえとんでもない。……そのおつもりがないのでしたら、よいのですわ」


 にやりと笑って視線を投げてくるアリーゼル。


「……!!」


 エスレクレインは、希望が崩れてゆく音を聞いていた。

 こうなったら今すぐにでも近寄っていって、自らパーティ参加の打診でもするしかない。

 大丈夫だ。アリーゼルのことは、以前の事件直後に脅かしつけてあげたばかりだから、ふところまで飛び込んでしまえば、なにも言えなくなってしまうに違いないのだ。


「まぁ皆さん、楽しそうにいったいなんのお話をして、」


 そして、扉の影から飛び出そうとして――


「……キシャーーーーっ!」

「!!」


 瞬間、アリーゼル渾身の気迫に、『ビクゥ!』と押し戻されてしまった。

 それを見たアリーゼルは「やってやった」という満足感満載の笑みを浮かべている。

 エスレクレインは泣いた。


「ひどいですわひどいですわあんなに怖いお顔を向けてくるだなんて……あんなに脅かしたのにもう克服していらっしゃるなんて!」

「あぁお嬢様、おいたわしゅうございます。まことにおいたわしゅうございます」


 ワイマリウスは手向けの花びらを落とし続ける。

 教室外に集まっている野次馬は、もうなにがなんだか分からない。

 かくして、エスレクレインのパーティー参加は阻止されたのだった。




「ど、どうしたのアリーゼル。いきなり変な声出して」

「なんでもありませんわ。……しかしそうなると、各自、全員、水着持参ということになりますわね」

「みずぎって、なに?」


 と聞くスフィールリアに、三人はなにを聞かれたのか分からないという顔を浮かべた。


「えっと、泳ぐ時に着るものだけど……ひょっとしてスフィールリア、川とか海で泳いだことは」


 スフィールリアは首を横に振る。


「あぁ、そうですのね。あなたはたしか、高地出身でしたわよね」


 彼女の故郷のフィルラールンと言えば、年間の平均気温が6℃の地方だ。

 当然、泳ぐなんて習慣は、ない。


「水着というのは、こういうものですよ」


 エイメールがレポート紙に書き出した〝水着〟を見て、スフィールリアの顔が『ボッ!』と真っ赤に染まった。


「なにこれ。下着じゃない!」

「し、下着って。たしかに布面積で言うと似たようなものだけど……」

「み、み、み、みんな、なに考えてるのっ。護衛には男の人もいるんだよ!?」

「大げさな……これは、見られてもよい服なんですわよ。下着じゃありませんわ」

「でも、この下にはなにも着てないんでしょ。下着と変わらないじゃない、それって!」

「反論が難しいですわね、なまじ理屈は合っているだけに」

「ま、まぁ、たしかに男の人の前では恥ずかしいっていうのも、合ってるかもしれないけど……」


 アリーゼルとフィリアルディは、苦笑いしかできない。


「とんでもないです、スフィールリアさん。水着とは女の武器。女性の魅力を引き出すための武器です。むしろ、スフィールリアさんのような人のためにこそあるようなものなんです!」

「えっ、武器? そうか……それにしたって……ううう、信じられないよぉ」


 意外とウブなスフィールリアだった。

 というのも師であるヴィルグマインにあらゆる性知識を注ぎ込まれたゆえ、逆に奥手になってしまったパターンなのだが。


「慣れですわよ、慣れ、こういうのは。皆で泳いで遊んでいる間、おひとりだけ岸辺でぽつんと見学してるおつもりですの?」

「ううう」

「そうね。せっかくスフィールリアが企画してくれたんだから、皆で一緒に楽しみましょう?」

「そうですわ。夏ですもの。採集ついでのビーチバカンスというのも、悪くないですわ」

「では、いざ<クファラリス精霊邸湖>へ! ですね、スフィールリアさん!」


 水着は、全員が持参という方向で決議された。

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