(2-08)
「……」
しかし、ひとりになってしまった。
夕時はアイバに言われた通り<猫とドラゴン亭>でよいとして、これからどうしようか。
「あれ?」
と、そんなことを考えていると、道端から、声をかけられて。
スフィールリアは振り返り――驚いた。
「えっ? アレンティアさん!」
「やあ、スフィールリアちゃん!」
アレンティア・フラウ・グランフィリア。<聖庭十二騎士団>第三聖騎士団長。王都で〝最強〟の異名を持つひとり。
そんなことは毛先ほども感じさせない足取りで、とてとてと。紅い軍服姿が気楽に寄ってくる。
「暇そうだね。お買い物? っていうわけでもなさそう。なにしてたの?」
「えへへ、その『なに』を、今考えようと思ってたところで」
実際、なにも決めずに出かけてきた。
事件や仕事続きだったので、アイバに案内してもらって以来、スフィールリアはほとんど王都の町並みを歩いていなかった。
だから、今日は王都散策のつもりで出てきていたのだ。
仕事も大事だが、王都の裏表になにがあるのか。どんな流通が動き、掘り出し物が眠っているのか。そういったことを知っていれば、いざと言う時に助けになる。
それを前回の事件で知った。
国宝事件にしたって、アリーゼルの持つ独自のパイプラインがなければ素材の半分は手に入らなかったのだ。
「――というわけなんです」
「なるほどねぇ」
とそこで、アレンティア。にこりとして、こんな提案をしてきた。
「じゃあ、わたしと一緒にいく?」
「えっ?」
「わたしもお散歩の途中だったの。暇なんだ。よかったら案内するよ?」
「でも……アレンティアさん、騎士団長のお仕事は」
スフィールリアは一度、躊躇してアレンティアを見た。
しかしアレンティアはあははと笑って彼女の心配を否定した。
「ほんとに暇なの。お仕事なくってさぁ。だから散歩が趣味なんだ。いこ?」
と言って、歩き出してしまう。
スフィールリアもなし崩しで、あとをついてゆく。
「ほ、本当に、いいんですか?」
「うん。この街って基本的に平和なのね。でもほかの騎士団はお仕事サボらないし、偉い人たちもわたしにはなんだか遠慮してくるしで、仕事が回ってこないんだ」
「はぁ」
「あ、ここだけの話ね? ウィル君に怒られちゃう。だれのせいですかーー! ってねぇ」
ウィル君というのは、騎士団長補佐の任についている人物の名前だという。
「わたしが団長に就任する時に、前の団長さんに隊から抜擢されたのね? いつもお世話になりっぱなしなんだけど、ちょっとうるさくってさー」
スフィールリアは少しだけ吹き出して、彼女の言葉に甘えることにした。
「王都は広いけど、大ざっぱな構造は、たったの二種類なの」
広めの坂道に出てから、アレンティアは見晴らしのよい街を背景に振り返った。
「二種類?」
そう、とうなづき、右手と左手を天秤を作るような形にするアレンティア。
そのふたつの手のひらの上にある街は、たしかに、少しだけ色合いが違って見える気がした。
「そ、ここがちょうど境目なんだ。古いか、新しいかの二種類。ほら、見比べて見ると、ちょっとだけゴチャゴチャしてる方と、整然としている方に分かれているでしょ?」
「あ……本当ですね!」
「王都は六百年よりも前からあるからね。古い方は<遺跡街>、新しい方は<新市街区>って呼ばれてるんだ。<遺跡街>はモノホンの迷路みたいになってるから、ふらっと入り込んじゃうと帰ってこられなくなるかもしれないから、気をつけてね」
王都の構造は、王城が乗っかっている山岳を中心に、時計板のように十二の区画に分けられている。その半分近くが、<遺跡街>である。
そして、<遺跡街>と<新市街区>をまたがって網の目状に運河が広がっている。
古と水の都。
王都が、そう呼ばれるゆえんだった。
遺跡街。その名の通り遺跡と呼んで差し支えないころから建っているという町並みの姿に、スフィールリアは、今にも弾みだしそうに胸を膨らませていった。
「そっちがお好みみたいだね。じゃあ、いこっか」
「はいっ」
王都散策が始まった。
アレンティアは、街のことを本当によく知っていた。
遺跡街は王都建設の最初期ごろから存在しており、何度も何度も改装と増築が繰り返された。
結果、道は入り組み、建物の上下に新しい家が建てられ――〝生き字引〟と呼ばれるほどこの街に住み親しんだ者であっても構造を把握し切れないほどの積層都市と化している。
アレンティアはそんな路地を気軽に折れ曲がっては、スフィールリアに新しい風景を見せてくれた。
地上を歩いていたはずなのに、いつのまにか、地下街に入ってしまっている。地下だけあって、ちょっと地上では見ることのできない商品ばかりなマーケットを教えてくれた。
かと思えば十数分後には、腰が引けるような高層地区にある行き止まりに出てしまう。途中でぱたりと途絶えた道の上にたたずむ扉。その先には、いったいなにがあったのだろう?
すっかり風化して丸くなった廃屋でできたアーケードの道には、ネコたちの秘密の楽園がある。
びっくりするぐらい人になれているネコたちに、ふたりで囲まれてすごした。
路地と路地の隙間には最初からそうなるよう設計されていたかのようにすっぽりと収まって、いくつものガゼボを見ることができて、<遺跡街>市民の休憩所のようになっている。
そこでアレンティアに買ってもらったパイを一緒に食べていると、彼女を知っている住民たちも寄ってきて、昼食会のようになった。
とある大通りから一本外れた路地には、週に一日の昼にしか現れない幻のアイスクリーム屋がある――
「ほーい、お待たせ、スフィールリアちゃ――」
片手にひとつずつのアイスクリームを持ち、アレンティアはかけた声と一緒に、歩を、止めた。
「コツを掴んだ! これでどだ!」
「っわぁー! また負けた! 姉ちゃん強すぎ!」
「ふっふっふ、勝負は勝負よ。さぁ敗者は妹ちゃんに戦利品を明け渡しなさい!」
「お姉ちゃん、すごーーい! ありがとう!」
「ちぇっ、明日んなったら取り返してやるからな!」
「…………」
いつの間にか、スフィールリアは独楽取り合戦の王者になっていたようだ。
その様子をまぶしそうに眺めていると、気がついたスフィールリアと子供たちが寄ってきた。
「あっ、アレンティアさん!」
「わぁ、おいしそうな色、いいなぁ……」
「ばっかお前、〝あいすくりーむ〟は、うらやましがっちゃダメなんだぞ! 〝こーきゅーひん〟は、〝わるいもの〟なんだからな!」
「って言われると食べづらくなっちゃうね」
「あー、あはは……アレンティアさん、ごめんなさい……」
アレンティアは気を悪くすることはなく、スフィールリアにアイスを預けて、パチンと明朗な音を立てて財布の口を開けた。
「だからって溶かしちまうのはもっと悪いのさっ。好きなもの買ってきなっ」
硬貨を受け取った子供たちは飛び上がって屋台に向かっていった。
親御に内緒は、皆まで言わずとも分かる合言葉だ。<遺跡街>の子供たちは、こういった施しには、実は慣れている。
それから、ほかの子供たちにみつからないようまた別の路地のガゼボに入って、ふたりで座って冷たい氷菓子を食べた。アイスクリームを食べるのが初めてのスフィールリアは、感動で、しばらくまともな声が出せなかった。
「お、おいし~~~いっ! なにコレ、幸せの味が、しゅわってとろけて……んん~!」
「あは、王都ならではの食べ物だよね~」
冷凍機材は最先端品だ。ちょっと裕福な街であろうと、そうそうお目にかかるものではない。
アレンティアは楽しそうに笑ってスフィールリアを見ていた。
「スフィールリアちゃんは、すごいね。裏町の子供たちは警戒心が強いんだけど……あっという間に仲良くなっちゃうんだ」
「え、そ、そうですかね? 独楽が欠けちゃってて負け続きだったから、直してあげただけなんですけど」
「そんなこともできるの?」
「はい、〝修復術〟って呼んでて。正規の綴導術とは、ちょっと、違うですけど。前はこれで食べてたんです」
「コレとかも直せるの?」
「はい」
アレンティアが差し出した、外装が欠けてしまったペンを受け取る。
ポーチから取り出した触媒と一緒に両手で包むと、七色の輝きが、仄かに漏れ出てくる。
数秒後には、ペンは元の新品同然の姿に戻っていた。
「どうぞ」
「わっ、すご~い。ありがとう~! 大臣さんからもらった物なんだけど、演習で壊れちゃってさぁ! あっ、お金、払うよ」
スフィールリアはアイスクリーム代ということで、やんわりと辞退した。
「やっぱり、君はすごいね」
「これくらいなら、コツを掴めば初心者でもできますけど」
そうじゃなくて。
とアレンティアは笑って、またまぶしそうな顔でスフィールリアを見た。
「あんな風に、だれとでも仲良くなれちゃうのがうらやましいなって」
「そんなことないですよ!? ……アレンティアさんだって、ここの人たちにたくさん声かけられてたじゃないですか。あたしこそうらやましいなって思ってましたけど」
アレンティアは静かに首を横に振った。
「わたしのは、うわべだけって言うのか……ニセモノ、だからね」
「……?」
「よっし! わたしのとっておきのお気に入りの場所、教えてあげるよ!」
「え?」
アレンティアは、ぱむと膝を叩いて立ち上がった。
そしてアレンティアに連れられてきたのは、一件の、教会のような場所だった。
いや、教会には違いないのだが、ものすごく古びている。
もっと有体に言えば、さびれていた。
かろうじて文字が読める門柱には、<ロ・リゼラブル聖堂>と刻まれていた。
「……」
何階層もある建物と建物の間に奇跡的に空いたようなスペースに、すっぽりと収まっている。そして、日陰の多い<遺跡街>において、これまた奇跡のように日当たりがよい。
極狭の敷地は石畳が砕け、雑草が溢れている。屋根はところどころ崩れ、外壁には枯れているのだか生きているのだか分からない色合いのツタが、塗装の色を隠すほどに覆い、茂っていた。
「邪魔するよ~」
「邪魔しないでくれるぅ?」
アレンティアが気軽にドアをくぐる(ものすごい軋み音がした)と、即座にそんな声が返ってきた。
聖堂の作りはいたってシンプルで、入ってすぐに長椅子が立ち並んでいる。
その入ってすぐ、一番うしろの席に寝そべったシスター服の女が、プラプラと手を振ってきていた。
「邪魔はしないってば。新しいお客さん、連れてきてあげたの」
「客は間に合ってんのよ、薔薇の御大……昼からツケで呑んでる文無しジジィとか……親方の金盗んで逃げ込んでくるバカガキとか……かッ、ったくよぉ……はっ!?」
ガバと飛び起きて、即座にスフィールリアの手を取る。
「アンタ、ひょっとして、寄付とかしてくれる方のお客っ?」
「えっ。が、額にもよりますけど」
シスターは楚々と胸に手を当て、瞑目して告げてきた。
「偉大なる『庭の乙女』を奉じる心に上も下もありません。あなたのお心次第なのです」
「えと……じゃあ、これだけ」
スフィールリアは故郷の教会の寄付金と同じだけの銅貨を差し出した。
シスターは飛び上がってよろこんだ。
また両手を包み、にへら~、と笑みかけてくる。
「お客様~~」
「これで掴みはオッケィだね。いつでもフリーパスよ、スフィールリアちゃん」
「ええ~~……」
唖然としていると、シスターの方もしかりとうなずいている。そういうものらしい。
「せっかく司教座があるんだから、もっと真面目に営業すればいいのに。そうすれば、食うにも困らないでしょ。全方位破壊シスターなんて呼ばれちゃって」
ちなみに、〝教会〟と〝聖堂〟の違いは、アレンティアの言う通り。――司教座が置かれているか否かだ。
司教座が置かれていれば、その教会の主は司教ということになる。教会内部での位階としてはひとつ以上に上ということだ。
ともあれシスター。「カッ、冗談!」とふてくされ顔になって、どっかり椅子に座り直した。
「アー、お嬢さん。当教会は見ての通り、全システムにおいて、完全セルフサービスになっております。お祈りも自由、飲食物持ち込み可、お酒飲んでもオーケー、宴会も自由、お昼寝もオッケーです」
「なんて至れり尽くせりな」
罰当たりな方面に至れり尽くせりである。
「――ただし、カレシ連れ込んでエッチなこととかはダメです。掃除が面倒くさいから。見つけたら素っ裸にして即たたき出しまーす」
「ししし、しませんよ!」
「掃除なんてしないくせに」
シスターは少しも動じなかった。
「ならば、よいのです。――そんじゃあ適当にお祈りして、お昼寝したら、暗くなる前に帰っておくれ~。<遺跡街>の治安は悪いですよ~」
と、言って、長椅子にゴロンと寝転がってしまう。
「……」
「こっちだよ。見せてあげたいものがあるの」
アレンティアは気にした様子も見せずに手招きして、聖堂の奥へと進んでいった。
ついてゆく。
「……わぁ!」
天井を見上げ、スフィールリアはただそんな声だけを出した。
壮麗な天井画が、そこには広がっていた。
「ここはね、『薔薇の庭の乙女』を奉じている教会なの」
「『薔薇の庭の乙女』……?」
「この国の国教、『十二乙女』のお話は知ってる?」
「……」
静かに首を横に振る。
「そうだよね。この世界は神様がすごく多くて、同じだけの宗派があるから。〝中心〟のお話は知らない人、多いんだ」
アレンティアが座った隣へ腰を降ろし……スフィールリアは天井を眺め続けた。
「ほら。よく見ると、絵は全部で十二枚あるでしょ? あれは、世界ができあがっていった物語を、順番に並べていっているの」
「世界が……」
スフィールリアは、しばし、それらの宗教画たちを見つめていた。
(不思議な絵……なんだか、落ち着く……)
アレンティアは順番に絵画を指し示しながら、遠い御伽噺を聞かせてくれる。
「この教会は、太陽神信仰なのね。まず最初に太陽が生まれて、大地が照らし出された――大地が生まれたの。海、陸、生き物、神様……日の光を浴びて、いろんなものが照らし出された」
世界が、生まれたのだ。
「とりわけ、陽の恵みを受けて美しく育ち、大地を支えた十二の草花があった。――それがこの教会が奉じる十二の花。王都が十二の花の都って呼ばれる素になった神話」
太陽神に愛され、十二の花々はより美しく大きく育ち、世界中に広がっていった。
しかし、光が在れば、影も生じる。
闇から生じた〝影花〟は、太陽神の寵愛を一身に受ける十二の聖花を疎んだ。
疎み、聖花を枯らすための害虫を生み出した。
「害虫に蝕まれ、聖花に陰りが生まれた。支えを失い、世界は狂ってしまった」
さまざまな隠喩が用いられるが、この場合、簡単に言えば――〝悪徳〟が生じたのである。
人心の荒み、老い、病、妬み、謗り、詐欺、犯罪――そういったものは、この時に生まれたのだ。
「要するに、聖なる花は、狂わされて、悪い者に寝返っちゃったの。だから太陽神は、聖なる花々を取り戻すために、世界を十二の庭に分けて、花を管理する〝庭師〟を遣わすことにした。それが、十二の庭の乙女たち」
そして、神々は世界を作り直した。
十二の月を経て、世界は元の正常を取り戻した。
十二の聖なる花に守護された世界。
それが、スフィールリアたちの世界だった。
アレンティアは傍らに置いていた『薔薇の剣』の鍔にある、薔薇の彫刻をスフィールリアに見せた。
「わたしが持ってる『薔薇の剣』の最初の継承者も、そのひとりだって言われてるんだよ」
「あ、それじゃあ、玄関にあった名前って」
「そう。薔薇って意味だったでしょ。ここは、中央十二の宗派のうち、薔薇の乙女を奉じる聖堂なんだ。遠い親戚みたいな感じがして、親しみ湧いちゃって。だからお気に入りの場所なんだ。静かだしね」
「十二の花の都、かぁ……」
アレンティアの話が終わってからも、スフィールリアは、その天井を眺め続けていた。
◆
「今日も一日お疲れっ……かんぱーい!」
ごつ、と良い音を立てて、ふたりの持つジョッキが打ち合わされた。
「……ぶはっ。ちっくしょーめぃ!」
一気に中身を飲み干してから、アイバがテーブルに突っ伏した。
「教官さんの訓練はどう? その調子じゃあ、またコテンパンにされてきたんでしょ」
「ああ、その通りだよちくしょう。あのサド教官め!」
ゴツンと空のジョッキを打ちつける。
<猫とドラゴン亭>は今日も盛況だ。
一日の仕事を終えた職人や、冒険者、護衛戦士などがそれぞれ寄り集まって、うるさくもどこか暖かい喧騒を生み出していた。
そんな騒ぎの一部となって、スフィールリアとアイバの席もあった。
ちなみに、スフィールリアのジョッキの中身はブドウ果汁を薄めたジュースだ。
「最近ことあるごとに一対一の勝負に呼びつけやがって。そのたびに機嫌がいいんだ、あの野郎」
スフィールリアの脳裏に、あの温和な笑みを顔に貼りつけた教官が、剣を振り回してアイバを吹っ飛ばす光景が浮かぶ。
「あははっ。よかったじゃない。訓練つけてくれってアイバから頼み込んだんでしょ。相手してくれるってことは、目をつけてくれてるってことじゃない」
「いや……アイツは、アレが趣味なんだ。そうにちげーねぇ。バケモンだ……俺の剣がまったく通用しねぇんだ……うくぅぅぅ」
「三年にはまだ遠い……か」
いつかの教官の言葉を思い出して笑うスフィールリアに、アイバはげんなりと顔を向けた。
「なんのことだ?」
「ん~ん。頑張って! ってことだよっ」
愛らしい笑顔で応援されて、アイバの身体にも少しだけ活力が戻ってくる。
「お前の方はどうだよ? 仕事とかよ。あれからその、例のセンパイ貴族とやらのちょっかいはないのか?」
「うん。へーきだよ。最近、また『物直し』の商売、始めたんだ。けっこう盛況だよ。さっすがは学院! 壊れ物はたくさんあるんだね」
「ああ、そうか。学院だからこそ、か」
アイテム作成に関わる道具、備品は多い。
だからこそ、安価で修復できるツテがあるなら皆が流れ込むことになる。
「道具を作る連中の道具を直す、か。たしかにそりゃ儲かるだろうけどよ、でもそれじゃ、お前自身が自分のアイテム作れなくなっちまうんじゃないのか」
「う~ん、でもまずは、資金を稼がなくちゃだしね。大丈夫、そこはちゃんと調整するよ」
「そっか、じゃあひとまずは順調なんだな」
「うんっ。しばらくは問題も起こらなさそう!」
スフィールリアは、闊達にうなづいた。
◆
「――と、いうわけなんですよ~」
「そうか」
スフィールリアから、ここ最近の日常のひと通りを聞き終え……。
タウセン・マックヴェル教師は淡々とうなづき、出された茶をまたひと口した。
「まぁ、ここ最近コイツが作ったアイテム一覧も、この通りだ。問題はなかろうが?」
渡された用紙をめくり直し、フォルシイラの言にもうなづく。
スフィールリアの、日々の監察日記だ。
これのチェックに、タウセン教師は定期的にスフィールリアの小屋を訪れることになっている。
内容としては――おおむね、充実しているようだった。観察内容の要綱も充分に満たしている。
特監生としてのクオリティは、まずまずと言ったところだろう。意外と、堅実な商売をしているようだ。
「順調なようだな」
というタウセンの言葉にも、スフィールリアは晴れやかな笑顔で答えることができた。
「いやぁ~、大きな事件を乗り越えた証っていうのか。大人の余裕? っていうんですかね? お仕事も稼ぎも順調ですし。友達もできましたし。あっ、それと、学院長先生とお話できたのもうれしかったし!」
「うむ」
「充実してるな~~って実感をね? 最近、ようやく掴めてきたかな~~……って。かみ締めてるところなんすよ、ええ!」
「なるほどな。まぁ、コレを見れば、君の張り切り具合も分かる気がするが」
「でしょう~~?」
スフィールリアは、にへら~、と笑って頭をかいた。
タウセンの方は、無表情である。
「……」
「……」
一拍だけ、沈黙が挟まる。
それが不自然な沈黙であると気がつくのに、そう時間は必要なかった。
「……あの、先生?」
「やはり、その様子だと知らないんだろう」
「はい?」
タウセンは、こともなげに告げてきた。
こんなことを。
「君、このままだと退学だぞ」
と。
「……」
また、沈黙。
「え……」
「あっ」
と、フォルシイラが意味不明な声を上げる。
スフィールリアの表情から、すぅ~~、と表情が抜け落ちていっても、タウセン・マックヴェル教師は顔色ひとつかえないでいた。
「えええええええええええええええ!? また退学ですかぁ~~~~~~~~~!?」
彼女の悲鳴が鳴り響いても、それは、一切変わることがないのであった。