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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<2>はるかなる呼び声と薔薇園の章
37/123

(2-03)


 商隊(キャラバン)右舷部にて戦闘中だった護衛団たちは、司令塔から打ち上げられた信号により、増援の存在を知った。

 まず独自の基準で分けられた馬車配置ごとの座標値。次に状況コメント。巻き込まれぬよう場所を空けられたし。

 最後は、肝心の増員数。

 鳴らされたのは十の位が一回。つまり――十人。

 波よりも細かく激しく揺れ動く戦場で、何名かの戦士たちは、信じられないといった様子で背後の空を振り仰いだ。


「十人だって? そんな温存部隊、いったいどこに、」


 そして見た。

 砂塵も届かぬ高みに躍り出ている、その――影!


「なっ」

「どぉぉぉぉ――――――っ」


 そのシルエットは、一瞬間、彼らに片翼を広げた大型凶悪な猛禽類を連想させた。


「っっっ――――――せぇええええええええい!!」

「のわッ!!」


 衝撃。

 輸送馬車の一台がへし折られかねない勢いで跳ね上がる。横転事故に巻き込まれると思い、周囲で立ち回っていた人間が敵味方関係なく対衝撃姿勢を取るほどだった。


「…………!!」


 が、有事には外縁に配置されて敵馬車への体当たりにも運用される車両は持ちこたえた。

 砲弾のごとくその場所へ着地したアイバ・ロイヤードは、速やかに立ち上がる。

 ざっと視線をひと巡りだけさせ――動き出していた。


「ッが――!?」


 同じ車両上で姿勢を崩して硬直していた黒づくめの盗賊だ。大剣は担いだまま。接近したアイバが無造作に当てた足裏を押し出して、次の瞬間にそいつは、信じられない〝威力〟で宙を吹っ飛んでいた。

 傍目からは、本当に足を押し出したようにしか見えなかった。しかし現に蹴られた男は、巻き込んだ土煙の尾を曳きながら別の車両にいたまたひとりの盗賊の下まで。


「ふっ――!」


 そして、仲間にブチ当てられた賊ふたりが組みつ解れつよろしくと倒れきる、さらにその前に。

 到達していたアイバが世界樹の聖剣を盾か板切れのように前面へ押し出して、二名に密着させていた。


「ぎぁ!?」


 また、車両が飛び跳ねて。まるで、とんでもない衝撃が加わえられたとでも言うような悲鳴を残し、そのままアイバと賊どもの姿が消えて。

 戦士たちはわが目を疑う光景を前にした。


「――お、」


 ガドン、ドゴンと音を立て、次々と別の車両が跳ね上がってゆく。

 馬車を移るたび、アイバの剣に押された盗賊の数が増えていて!


「お――お――お・お!」

「ぐ!」

「あがっ!」

「がっは!?」

「この――!?」

「お・お・お――――っしゃああああああああああああ!!」


 うわああああああっ――――!?

 もはや黒い塊となっていた大の男どもが、あまりにあっけなく――吹き払われた黒かびかなにかみたいに、宙空に投げ散らされていた。

 冗談のような、光景。

 笑った者もいたかもしれない。

 最終的には引っかけた八名のほか、さすがに動きの鈍ったアイバへと飛びかかっていった盗賊も合わせて、計・十二名。

 その全員がアイバのかち上げた大剣に吹っ飛ばされて、空を舞ったのだ。


「なんだアイツは――!?」

「はっはー! なんだありゃあ! バケモンがいるぞ!」


 味方と敵、両陣から驚きの声が次々と上がってゆく。


「すげぇなぁ。今の見た?」

「……」


 話しかけられ、うなづくともなしに振り返った賊の顔面に、


「よっと!」


 直前までやり合っていた護衛団の男のこぶしが炸裂して、盗賊のひとりが悲鳴とともに馬車から投げ出された。

 似たような流れにより、輸送団のそこかしこから、さらに数名の黒づくめが地面に落ちていった。

 再び、戦場が動き出す。

 元よりすべてが停まっていたでもないが、明らかに護衛団側の意気が押し勝り始めた。


「どおおおりゃあああああああああ!!」


 アイバもまた一時も止まってはいない。


「うわあああああっ!?」


 とんでもない速さで距離を詰め、次には砲撃のような蹴りか、聖剣が振り回される。

 そのたびに盗賊たちは自軍の仲間にブチ当てられ、また次の瞬間には、馬車から蹴り出されてゆくのだ。


「ちょ、ちょ、い、の…………、お!」


 吹き飛ぶ。蹴られる。弾かれる。

 いくらなんでも先ほどのような無茶を二度食らうような連中でもない。それでもアイバが動くたび、ふたりか三人の賊たちが一度に片づいてゆく。


「ちょおぉぉぉぉぉおおおおお…………!」

「なっ、あれっ? ……え! お、お前ら――?」

「あっ! おい、おい、おい……!」

「待っ――」


 いつの間にか一両の馬車上に追い詰められていた盗賊たちが、覆面に隠した顔を真っ青にして両手を振る。

 アイバは悪鬼のような笑みを浮かべたまま無視した。

 その背に抱えた数メートル級の荷物の山が投げ放たれて、また六人の賊が、自ら飛び降りて落ちていった。

 そしてまた次の標的へ――


「死ぬわあんなん」

「増援つか怪獣だな。お前らぁ、うっかり踏み潰されんじゃねーぞぉ!」


 湧き立つ歓声、上がる悲鳴。踊り狂う剣戟たち。

 混戦気味だった戦場はさらなる乱戦の坩堝と化して、もはやその場の何人(なんぴと)もアイバ・ロイヤードという人間を無視できなくなっていた。

 だから、だれも気がつくことはなかった。

 彼が右舷に展開した賊どもを『押し戻す』ことに必死な理由。

 その、焦りに――


「うおおおおおおおおっ!!」




「おいおい、すげぇなありゃあ!」

「相っ変わらずのカイジュウっぷりねー」


 そんなアイバの奮戦――というよりは大暴れを中央部から眺め、スフィールリアは〝船長〟とともに呆れ気味な感想を漏らしていた。


「おかげさまで、どうにか目処がつきそうだ。感謝するぜ」

「見送っちゃったあとで言うのもなんなんですけど、あんなに暴れさせちゃって大丈夫なんですか? まだまだ数がいるし、怒らせちゃうと向こうも弓矢とか使ってくるかもしれないし」

「まぁな。対盗賊戦で、そういったことは、よくある」

「……なんなら今のうちに止めますけど」


 冷や汗などたらしながらアイバの方角を指差すスフィールリアだったが、〝船長〟はうんにゃと言って当然のごとくかぶりを振ってきた。


「見ての通り、連中は<ヴィドゥルの魔爪>だからな。コッチの積荷もきっと大半は興味はねぇし、あのボウズの見立ての通り、今回は民間人の身柄が目的かもしれん。王様に脅しふっかけるためだ。そもそも無事じゃなけりゃ意味がない」


 黙って聞き入るスフィールリアと青年、そして乗客たちに示すようにして、次に彼は遠方にはためいている<ヴィドゥルの魔爪>の黒い〝団旗〟を指差した。


「〝テロ〟ってな行動そのもんは奇策奇襲ばかりだが、活動そのものは派手ッピラじゃなきゃいけねぇもんだ。連中も今まではさんざ派手に暴れて、ここいらにアピールしかけてた――『俺たちが何者であるのかが分かったら、被害を出さないうちに大人しく身柄を拘束されろ』…………つってんのよ、あの〝旗〟は。つまり、あの〝旗〟が出てるうちは、まだ相手も『そのつもり』だってことなのさ」

「……」

「アレが引っ込んだ時が、相手もいよいよ本気の時だ。そん時はコッチもかなりの覚悟を決めなきゃいけねぇ。――だから今のところボウズも、その場で叩っ斬ったりせずに相手を地面に落としていってるのさ」


 か細い悲鳴とともに、また四名の黒づくめが空高く放り投げられていた。

 今の段階で人死には少ない方がよい。たとえ人の財産を生命ごと奪っても是とする犯罪者だとしても、人間であり、仲間意識というものを持っている。

 この状況で落とされればただで済むということもないだろうが、それでも露骨に殺しすぎれば、敵も黙っていられなくなるのは自明の理だ。

 そして、〝盗賊団旗〟――こちらへなにかを訴えかけるほどに悠然とはためくその様は、まさに彼が語った通りのことを言い渡すための、最後通牒だったのだ。

 姿を見せてもいない盗賊団の頭領は〝船長〟の見識と度量を測り、無言のうちでメッセージを送った。〝船長〟はそれを受け取った。


「アイバ……」


 スフィールリアも再び戦場を見やった。

 直接に降伏勧告を言い渡してこないのは、互いの手の内を明かさぬためだ。ふたつの獣が体の大きさと牙の強さを測り合うかのように。まだどんな切り札を隠しているか分からない。

 アイバの投入は、それを手札の上からちらつかせる最強の『役なし(ブタ)』だった。商隊に残存戦力は、もはやない。

 ――いつ、動くか?

 まだ折れないのか。まだ策があるか――?

 押し返してはまた押し寄せて入り乱れる。そこは、そんな目にも映らぬふたつの思惑が織り成す……激しくも静かなる汽水域だった。


「頼むぜ……ボウズ」


 しかし実際には、〝船長〟が表向きに語ったことだけではないようだった。意識せずといった風に搾り出された彼のうめきが、そのことをスフィールリアに知らせた。

 彼の隻眼は、ジリジリと、慎重に目測を積んでゆくように戦況を見守り続けている。

 改めて眺めてみれば、彼女にも気がつけることがあった。

 アイバは、とにかく盗賊たちが展開している部隊の『全体』を押し戻すことに急いでいるように思えたのだ。

 投げる、飛ばす、落とす…………。殺さないために? そうではない。戦うというよりも、まるで残り数分のリミットで足の踏み場のない自室を片付けてゆくかのような――

 そしてスフィールリアの視界の中。どこかの馬車から引き剥がした衝立を盾代わりにしたアイバが、さらに五名の賊をまとめて叩き落した瞬間だった。


「…………今だ! 緊急信号! 全台切り離し!」


 立ち上がった〝船長〟のこれまでにない怒鳴り声と、音響信号弾の発砲音が、鳴り響いたのだった。




「――!」


 音響弾の音が響き、戦士たちと〝足場〟を駆る御者たちの間に、一斉の緊張が走った。

 それは商隊警護に長年勤めた熟練の戦士たちでもめったに耳にすることのない――そのまま引退してゆくことすらある。そういった類の指令だった。

 戦場の、即時放棄。


 すべての足場とすべての荷物を打ち捨てて、敵へとぶつけた上で逃走する――!

「どういうことだ!? 持ち直してたんじゃなかったのか!?」


 ガタン――!

 バシン――バキン――!

 何名かの不慣れな戦士が戸惑う間にも、すでに足場はこれまでになく激しく揺れ始めていた。いくつもの荷台が馬を離れて横滑り、連結が複雑な重量級車両でも、器具ごと破壊しての切り離しが敢行されていっている。


「俺も知らん! だがなんとか生き残れ! また会おう!」


 速やかに荷台を捨て馬に飛び乗った御者が、そんな声をかけながらも騒乱する平野を器用に駆け抜け、離れてゆく。

 そう。通常、連結解除にはいかなる際にも切り離しを行なうまでの『猶予期間』が付与される。今回も例外ではない。

 ただし――今回その猶予期間は『即時』だった。


「む、ムチャクチャだ!」

「おらボケっとすんな新入り! 早く跳べ、跳べ、跳べぇ!」

「ひえぇ!!」


 横合いを駆け抜けてゆくさしものベテランたちの顔にも余裕などない。班識別も規律もなくがむしゃらに商隊中央目がけて走り抜けてゆくだけだ。御者の手を借りて馬に飛びついている者までいるのだから、もはやなんでもアリだ。

 悲鳴と怒号が行き交い、盗賊たちが落ちてゆく。コンテナが跳ね転がり、荷台が二回転三回転もし、目を開けているのもつらい濃度で砂塵が渦巻いてゆく。


「ふう。なんとか助かったな……いつつ」

「ひえぇ……!」


 いきなりこれをやられた盗賊側はたまったものではなかっただろう。一瞬前とは言え、事前に作戦を知れたこと、ついでに状況コメントとして『幸運を』というメッセージも添えて打ち上げてもらえただけでも、破格なほど有利な立場にいたのだ。


「無事な者は班長に報告しろぉ!」

「まだ『離す』ぞ! 下がる準備をしておけ!」


 だった。まだ彼らがいる場所は〝足場〟のエリアだ。捨てるものは山ほど残っている。

 さすがに文字通りすべてを一度に切り離せば、護衛団どころか肝心な中央隊の脱出すらままならないからだ。


「怪獣小僧はどこだ!」

「あっ、あそこだ! 敵馬車に向かってますよ!」

「なにしてんだ、死ぬぞ!」


 そして、十数秒にも満たない嵐の切れ目もつかの間――次の指令を告げる信号が打ち上げられた。


「あの、馬鹿……!」




「――今だぁ! 全隊、急速転進! 面舵真横にブッ倒せやあッッ!!」


〝船長〟が方向指示の信号弾を打ち上げる。

 彼の信号と言葉に驚き、御者席の男が荷上を見上げた。

 指示した方角は北。つまりここからほぼ直角90度に転進し、断壁を回避する。


「続いて最終連結解除! こっちの腹が連中のアタマに向いた瞬間に全部をぶっけて……一気に、駆け抜けるぞ!」

「ま、待ってくださいよ船長! でもそれじゃ、さっきの小僧の言ったことと違うじゃないですか!? 救援がくるんでしょう。なんで荷を捨てる必要が!」


 半ば恐慌に陥っている御者に「あぁ!?」とこちらも余裕のない怒声を浴びせかけ、〝船長〟は説明する時間ももどかしいとばかりに、必要となる信号弾を次々と打ち上げていった。

 それから御者席に降り立って、事実を口にした。


「そんなもんは、ねぇ」

「……え?」


〝船長〟は彼の目の前に押しつけるようにして、一枚の金貨を掲げて見せた。


「小僧の金貨だ。分かるな」

「なっ、あ! そ――それ!」

「そうだ。小僧が言ったことは全部裏表逆なんだよ。この先に聖騎士団は通らねぇ――救援はこない! このまま挟み撃ちになりゃこっちが負ける。そうなる前にケツまくって振り切るしかねぇんだ。……分かったな!? 分かったらさっさと馬のケツまくれや新入り!」

「……! は、はいっ!」

「そいつは困るな。〝船長〟さん」


 背後の荷上から声がかかったのは、その時だった。




「怪獣小僧ぉ! なにやってんだ死ぬぞ!」

「だれが――怪獣だっ――つう、の――!」


 アイバは荒れ狂う横転事故の嵐の中、横滑りする車両を飛び飛びに駆け抜けていた。

 作戦の始動からおよそ二十秒。連結の解除と人員の退避は完了し、商隊の外縁は徐々に離れていっている。完全に取り残されつつある形だ。

 だがアイバは警護団から逆走し、今まさにこちらの〝攻撃〟をギリギリで回避するコースを取りかけている敵装甲馬車めがけて突進していった。


(アイツが邪魔だ!)


 現在、商隊は速度を可能な限り保ちつつも右手へ転進し、先にある両側断壁の街道を回避する進路を取ろうとしている。

 体当たりにも近い転進によって、それまでぴたり併走していた盗賊団の馬車に対して、商隊の角度が斜めにかぶさる。そのタイミングでさらに車両を切り離してぶつけることにより、実質、盗賊団はほぼ真正面に〝壁〟を作られて往生することになる。

 あるいは、こちらを追うために、大幅な迂回軌道を余儀なくされるはずだ。

 荷を捨て馬を集め、人間だけを乗せて全速走行を始めるこちらに対して、たかがそれだけの迂回を強いられるだけで、敵側の追跡は極端に困難となる――そうならなければならない。

 しかし敵側にも卓抜した運転技術を持つ人間がいたようだ。かなり早い段階で舵を思い切り、最小の迂回でこちらに食らいつく軌道へ乗りつつある。

 戦いの足場も防壁役の車両も捨てた商隊に、ただの一両でも接舷を許せば、最悪の被害は免れない。だから――


「すっ――――転べええええええ!!」


 御者席の男が、恐怖そのものといった顔を浮かべていた。

 最後のひと飛びを飛び上がり――アイバ渾身の蹴りが、敵馬車の横っ腹を殴打した。

 かなり無理な姿勢からの無理やりな跳躍だったため、進行方向側へ向かって引っかけただけのような形だったが……。

 それでも敵馬車は一度ぐらりと大きく傾いて、そのまま、横転していった。


「っ…………!! ぬおわわっ!?」


 反動で跳ね返ったアイバは、これまたギリギリで、残っていた横転中の荷台に着地する。

 十数メートル先の商隊外縁から必死に手を振ってきている戦士たちの姿が見えた。

 アイバは跳ねたり回転したりしている車両の上で強引に姿勢を制御し、次の横転馬車へ。


「ぬおっ――おわ!? ――くぬ――ちっきしょ!」


 とにかく必死に跳び上がってゆく。もう残りの馬車も少なく、ひとつごとの距離も遠い。

 たどり着いた最後の馬車(あしば)の距離も、すでに商隊から五メートルは離されていた。さらに遠のいてゆく。


「跳べぇ!」

「……ふんがっ!」


 車両を踏み砕く勢いで跳ぶ。

 空高く舞い上がった次に、見る見ると商隊の姿が近づいてくる。

 ――足りない。

 確信が浮遊感と一体になって湧き上がる。走行を続ける商隊馬車との距離は開いてゆく。どうしようもなく落ちてゆき……すり抜けるように地面へ激突する――


「手ぇ!」


 ――前に、ロープを持って身体ごと乗り出したリーダー格らしき男に腕をつかまれた。

 遠心力が働き、叩きつけられるように馬車側面へ。そして引っかけようとした足が滑って落ちる。


「うおわっ!?」


 アイバは男に腕一本つかまれただけの形で、猛烈なバック走をすることになった。

 馬車の速度に対して微妙に追いついていない。


「ぬがががっがががががが死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ怖い怖い怖いこええ!!」


 アイバは涙目で叫んだ。

 全力走行する中級輸送馬車である。真横には自分の背丈にも近い三重構造の巨大車輪。ミキサー機のごとく猛然と大回転をしている。

 引きずられれば、寄せられ、巻き込まれて、ミンチだ。

 普通の人間ならとっくに死んでいる。

 アイバの手を引く、顔に刀傷を持った護衛団長が一瞬間だけ笑い、次に大声で怒鳴り上げた。


「最後にもうひと踏ん張って見せろ……りゃあ!」

「くあっ!!」


 アイバは最後のチャンスを得て、どうにか助かることができた。

 男が腕に力を込めたのでこちらは一旦だけ脱力し、両足が地面を跳ねて浮いた瞬間に、渾身の力で蹴り出したのだ。

 男も最後の力で腕を引き寄せ、巨大魚でも吊り上げたような放物線を描き……アイバは馬車上に復帰していた。

 英雄を讃える歓声が上がり、群がった戦士たちが、へたり込んだアイバの肩や背を力任せに叩いてゆく。


「し、死ぬかと思った……助かったぜ、おっさん」

「はっはぁ! ばっかおめぇ、ウチのためよ。こっちの車輪が壊されちまう! 怪獣の挽肉なんざ作ったって商品にもなりゃしねぇ!」

「抜かせ、くそっ……はは、は」

「――撤退を続行するぞ! 各自、警戒輪を維持しつつ連結路から中央隊に合流! 残党を紛れ込ますなんてヘマするんじゃねぇぞ! ほれ、小僧も。いくぞ」


 アイバも「ん」とうなづき、立ち上がる。

 そこで、護衛団の動きが固まっていることに気がついた。

 その原因にも。


「いいねぇ、本当に優秀だよ、君たち。なにも言わなくたって分かってくれる」


 動けずにいる全員の視線の先の、中央車両。

 くすんだ白ローブの青年は、うしろからスフィールリアの首筋へナイフをあてがったままの姿勢で、器用に肩をすくめて見せてきた。


「ぼくみたいなのも……残党という言い方は合ってるのかな?」




 構図は非常に単純であり、つまり人質だった。


「ま、それでも一応、言うんだけどね。――全員、動くな。この美しいお嬢さんを傷つけたくなければね」


 馬車内部の様子は最後に見た時からほとんど変わっていない。

 乗客たちが少し遠巻きにされ、荷台側に連れ出された〝船長〟が両手を上げており、そして、スフィールリアがうしろ側から首を抱え込まれている。違いはそんなていどだ。


「一度言ってみたかったのさ。どうだいお嬢さん、ぼくは様になっていたかい?」

「ご、ごめーん、アイバ~……」

「……」

「なんか、一番肝心なとこで油断しちゃったっぽい――きゅ!」

「スフィールリア!」


 軽く首を絞められてスフィールリアの声が止まる。アイバが前に出かけると、白ローブの盗賊はこれ見よがしにニヤリと笑みかけてくるのだった。

 いやらしい笑いだなとアイバは思った。


「そうそう――動くなよ。そして、合流も、商隊の連結解除も、進路転換もナシだ。速やかに下のコースに復帰してもらおうか。さ、〝船長〟さん。早く」

「……信号弾を使わなにゃ、全部に伝わらんが」

「いいさ。許可するよ。でも言っておくけどその弾をぼくに向けても無駄だし、違った指令を出しても、気づき次第この子の顔が悲しいことになる。ぼくは親切だろう?」

「……」


 特には答えず、無言でゆっくりと、信号弾カートリッジの準備をし始める〝船長〟。

 青年は、場と、特にアイバを支配できていることで、とにかく上機嫌らしかった。


「まったく、ぼくの提案が役に立ったじゃないか。危うく逃げられるところだった。だからヴァルのやつの作戦は大雑把すぎるというんだ。そうだろう、お嬢さん?」

「――ひくちっ」

「おっと風邪かい? ずっと馬車の上だったからね。もう少し我慢してくれたまえよ。アジトに着いたら落ち着ける部屋、暖かいベッドと、食事と、充分な休息を用意してあげるよ。綴導術士(ていどうじゅつし)の待遇はいいんだ、うちは」

「……綴導術士(ていどうじゅつし)になに作らせてやがるってんだ、てめぇらは」

「ふん? だれがしゃべっていいと言ったのかな。ぼくか? それとも、このナイフか……?」

「やめろっ!」


 アイバが叫び、青年は満足そうにナイフを離した。力が抜けたようにスフィールリアの肩ががくんと落ちる。


「おっと大丈夫かい。悪かったね。でも一応ぼくにも美しいものを大切にする心くらいはある。そこの坊やが大人しく言うことに従ってさえいれば、だけどね」

「……俺になにか用かよ」

「簡単さ。さっきはああ言ったが、やっぱりしゃべってもらおうかと思ってね。〝船長〟さんが指令を出すまでの暇つぶしだよ――どうやって作戦の変更を伝えた? 君なんだろう? ――ああ、世界樹の剣は今すぐ地面に捨てろ。ソイツはやっかいだ」


 アイバは重苦しくため息をつき、よく見えるように車両の外側へぶら下げてから、聖剣を放り捨てた。今は言う通りにするしかない。

 乾いた音を立てて落ちた聖剣が、遠ざかってゆく。


「……オッサンに渡した金貨が、あったろ」

「ああ」

「……ニセモンなんだ」

「……分からないな?」

「クレーツ第三・旧偽アルン。クレーツ王の時代の、三番目に確認された偽アルン金貨つう意味だ」


 青年にちらりと振り返られた〝船長〟が、どうということもない種明かしをする風に片眉を上げて、答えを引き継いだ。


「旧偽ディングレイズ貨幣ってなぁ、ぎょうさんあるけどな。こいつはそん中でも変り種で、『マヌケの金貨』つってな。極めて精巧な造りをしてるが、裏表の意匠の一部が逆だ。――頭隠して尻隠さず、ってな。だから俺ら商人の間じゃ、見え透いた嘘のことをコイツの名前で呼んだりする。『マヌケの金貨で支払われたな』『マヌケの金貨に気をつけろ』とかな。転じて、小僧の言ったことは全部ウソの、真逆だ」


 救援はこない。

 わずかな望みに賭けて転進し、敵に捕まる前に逃げ切れ。

 しかしもしも青年がこのことをあらかじめ聞きつけていれば、作戦の断行にすらこぎつけられなかっただろう。

 連続使用していた信号銃の掃除とカートリッジの装填を終え、〝船長〟が指令変更を告げる一発目を打ち上げた。


「そーいうこと。昔、ダチからもらった金貨でさ。実地研修先で政変に巻き込まれて、だれが敵か分かんねーって時、そいつがその金貨の意味を知ってるヤツにだけ作戦を教えるのに使ったんだ。商人なら、ひょっとしてって思った。だから使った」

「なるほど……つまり、やはりぼくは最初から疑われていたということなのか。そこが解せないな。君はそもそもどうやってぼくに気がついた?」


 結局のところ、アイバにしゃべらせてまで青年がこだわるのはそこらしかった。


「あー、そりゃ俺もよく分かんねーんだけど……あんたがカチカチいじってたパズル。あれだよ」

「これか? まさか?」

「そう。あんたがソレいじるたび、なんか耳障りだったんだよな。なんだかそのうち、しゃべってるみたいにも聞こえてきてよ。それで、おあつらえ向きに<ヴィドゥルの魔爪>の旗なんか出てきたから、もう『それだ』としか思えなくなった」


「なんてことだ。綴導術士がいるからと、直接の情報記述は控えてわざわざ電波式のアンティークを持ち出したというのにね……野生動物が」


 青年は途方に暮れたような笑いを、憎しみ交じりに漏らしたようだった。


「だけど、詰めが甘すぎだね。しょせんは経験不足の訓練兵か。せっかくぼくに作戦の伝達を隠したのに、肝心のぼくを放置してゆくなんてね。異変を察知したぼくがどうするか、分かってもよさそうなもんだろうに」

「ちっ。そいつは暗号装置で、こっちのこと全部、向こうに送ってたってことかよ。ご丁寧に旗まで上げさせやがって」

「素直に待てと言っても待つ羊なんかはいないだろう? その点、ぼくの方法なんかはずいぶんと優しい方だったと思ってもらいたかったね。こんな形で返してほしくはなかった。今から戻っても、仲間たちはずいぶんと怒っているだろうね……特に、君には。うふふ」

「けっ、ボコかよ。いらねぇことまでベラベラと」

「ははは。君の幼稚な苛立ちは、ずいぶんとむずがゆかったよ。――おっとと、お嬢さん、本当に大丈夫かい? でももう少しの間、しっかり立っていてくれないと困るよ」

「あー、お兄ちゃんよぅ。そいつは無理な相談なんじゃねぇの? だってよ……さっきからグワングワンいってるの、アンタだぜ?」

「なんだと……? 、……っ」


 そこでガクンと片膝をついて。

 青年は、ようやく気がついた。

 頭が、回っている。姿勢を制御できない苛立ち。まるで脳みそだけがゆっくりと回転をしていて、頭蓋があとから追いついてくるような――感覚!


「こ、れ、は」

「……ったくよぉ。さっきからほんっっとーーにうれしそうに、いらんことまでベラベラくっちゃべってくれやがって。…………おかげで、たっぷり効いてきてるだろ?」


 まさか、まさか。

 青年はスフィールリアを覗き込んだ。真っ青な顔と目が合う。風邪なんかじゃあない。


「こ、効果、はっ……!」


 彼女は皮袋を両手に包んでいた。思い出す。くしゃみ――手の内側まで見ては――袋の内側は、たしか――――


「ば、バツグン……だっ、は……!」


 ついに力尽きて完全に脱力したスフィールリアに、青年の身体も引っ張られてゆく。

 倒れきる前に、憎悪に燃えた表情で、ナイフを突き立てようとして――


「こ、のっ!」

「お…………そい!!」


 アイバの投げた果物が顔面で弾け飛んで、青年はもんどりうって倒れた。足元に転がり出てきていたうち特に硬そうなやつを選んだ。


「ばっはぁ……!」


 青年の目の前に転がり落ちるパズル型暗号機。呼ばなければ。呼ぶ。救援を。


「……」


 しかし。いつの間にかそこに立っていた小さな足の主が、それをぱっと拾い上げていってしまう。


「お母ちゃーんコレ取ったー」

「早く捨てちゃいなさいそんなもの! ほら!」

「!!」


 そして飢えた獣のようになった乗客たちが群がっていった。


「おらフクロだフクロ!」

「あんな女の子を人質に取るなんて! 細せー男だよ!」

「がふ、あが、おご、げふぅ!」

「若いころを思い出しますねおじいさん」

「ああ。あのころわたしはたんなる裏町のチンピラで、君は裏町の王の一人娘」

「あんたらそんな人物だったのか!」

家族(ファミリー)に会いにいくって、そういう……おいバァさん蹴りが鋭すぎだ!」

「〝痛み〟は……とてもよく知った友達なんだ。世の中にはありふれすぎている。そう、とても……悲しいことだ」

「おご、がはげふ…………あ、ああ、あああああああああああああああああああああ!?」


 青年は知った。痛みは切り離すことができる。

 なにをされているのか到底理解も及ばないような痛みに、肉体が機械的な悲鳴を上げる中……青年は、スフィールリアの薬に感謝の念を抱きながら、緩慢に意識を断絶させていった。


「い、いやそこまでするつもりじゃなかったんだけど……いやいっか。そうそう。いろいろ気になるタチらしいから答えといてやるけどな。こん中で一番凶暴なの――ソイツだ」


 周囲から賞賛の口笛が上がり、アイバは馬車の縁に這い出して親指を立ててくるスフィールリアに同じ型を返した。


「なるほどな」


 その彼女の表情が警告の前触れに歪むのと、どんという衝撃は同時に起こった。


「あ……」


 横合いから腹にナイフを突き立てられ、アイバは、倒れた。

 ほんの、一寸。

 それだけの時間の空隙のあとに……。


「アイバァアッ!?」

「し、ん、入り……? …………新入りぃ、お前ぇ!!」

「今回は失敗できない。それだけだよ、先輩殿」


 敵陣のど真ん中。

 だれもがうろたえ、硬直する中で、その細男は呆れるほどに悠然な手つきで、取り出した黒布を顔に巻きつけてゆく。

 さらに自前の信号弾を打ち上げすらして見せた。

 商隊の符丁で。

 中央は押さえられた。全隊は速やかに降伏し、敵の指示通りに進路を反転せよ。


「お前――」


 そして護衛団長が動き出す直前で、アイバの顔面へとかかとを踏み降ろした。


「がっ!」

「アイバァ!!」

「動くな、綴導術士。そう。お前が一番やっかいだ」


 ぴたりとナイフの切っ先を向ける。

 先とまるで逆の構図に、スフィールリアがびくりと震えて、動きを止めた。


「そして、全員だ。見るがいい」


 次に、商隊が向かう進路の先へ切っ先を向ける。全員が、眉を(いぶか)らせてそちらへ目を凝らした。

 砂塵が舞っていたからだ。なにか、大きな群れがこちらへ向かってきているような……。


「まさか!」

「装甲馬車、数……二十! ――盗賊旗を確認っ! <ヴィドゥルの魔爪>だぞ!!」


 物見役の馬車から悲鳴が上がり、商隊をさらなる動揺が走った。


「そういうことだ。最初からお前たちに別の道などない。総員ただちに武装を解除し、進路を元のコースに戻せ。俺は<ヴィドゥルの魔爪>頭領、ヴァルケス・ドル・オルドゥヌス。お前たちの戦力は、俺ひとりでとうに凌駕している」


 そう言って、次に切っ先を向けられたのは〝船長〟だった。


「……」


 皆の視線を集め、彼はなにも言わず、今しがたの指令が正式なものであることを知らせる船団長の署名弾を打ち上げた。

 彼しか持つことの許されない唯一の弾種だ。

 これを受けて、護衛陣の全員がその場へ武器を放り捨てていった。

 この状況に至っては是非も問えない。敵側の戦力は予想をはるかに超えていた。こんな商隊を襲うのに、いっそ馬鹿げていると言っていい。

 なにより、人質が外部の人間であること――自分たちをここまで助けてくれた立役者であるアイバをここで見捨てることは、戦士たちの心情としてもできないことだった。

 ゆっくりと、商隊が転進し、元のコースへと戻ってゆく。


「<アカデミー>の綴導術士か……たしかにちょうどよいな。服を脱ぎ、両手を挙げて、一回(まわ)り、それからゆっくりとこちらにこい。お前には〝仕上げ〟を手伝ってもらう」

「……」

「ダメだ、スフィールリ、ア……がふ!」

「アイバ! ――やめて!」

「従わなければこの男が死ぬ」


 言いつつスフィールリアの反応などまるで見ずに、盗賊の頭領は鋭いつま先をアイバの腹の傷口へとねじ込んでゆく。


「ガーデン・オブ・ワン、か。南のこの地に渡ったとは聞いたが、まさかこんな場面でお目にかかるとは思っていなかった。だがお前は〝西〟の剣の管理者ではないな? 分家か」

「がっ……かふっ、へっ、へへ。まぁ…………なっ!!」


 アイバがこっそりと抱え込んでいた短剣の一撃を――渾身の一撃を――男はあっさりと大振りのナイフで受け止めていた。アイバを押さえつけ、片足を乗せたままの姿勢でである。驚愕に顔を固めたのは、ほかならぬアイバ自身だ。


「なっ! ……こ、の!」

「依り代の一族……セリエスの躯体の後継者か。なるほど、大した力だ」


 男自身は涼しげだが、互いが押しつけ合う刀身は、恐ろしい力が働いていると分かるほどに激しく噛み合い、危うい均衡を保ち続けている。

 自分で言うのもなんだが、この自分の全力を受け止められるようなやつがいれば、そいつは人間ではあり得ない。

 しかし目の前のこの男は人間だ。別の力を感じる。そう。


奏気術(そうきじゅつ)……!)


 タペストリー領域とも呼ばれる素養。〝情報世界〟を知覚し、操作するこの能力は、綴導術師だけのものではない。

 綴導術の理論に通じていなくとも、素養を示す者が訓練を受けさえすれば、あるていどまでならば直感的に同質の能力を発揮できる。

 綴導術士が設備と道具と綿密な理論を以って情報を『編む』のに対し、彼ら戦士職が、肉体を強化したり特殊加工を施した武具に強化情報を注ぎ込むことを、〝奏気術(そうきじゅつ)〟と呼ぶ。

 これを体得した戦士の肉体は、数倍――場合によって、数百倍にも高められる。


(使えば……上回れる!)


 アイバは男のうちに巡る〝奏気〟の波長に感覚の耳を澄ませた。


「奏気も扱うか」


 一瞬だけ、アイバの力が男を圧倒して刃を押し返してゆく。


「だが、つたない」


 しかし男が奏気術をナイフに込めると、紅く輝いた刃に短剣は悲しいほどあっさりと両断されてしまった。返す手で、ものの見事に手首を刺し貫かれる。


「ぎあ!」

「アイバ!!」

「はははは! 大した頑強さじゃないか!」

「やめて! そっちにいかないだなんて言ってないじゃない! やめてよ!」


 やはりスフィールリアには目もくれず、流れるようにアイバを蹴りつける作業に移行している賊の頭領。この男の思惑が、アイバにはよく分かった。

 彼女が、自分よりも身内の傷に敏感な人種であるということを理解しているのだ。


「心配するな。大人しくさせるだけだ。壊れやしないさ、このていど」

「ごっ……がふ! へ、へ、へ。そう、がふ! そう、おぶ! このていど、うげ! どうってことオゴッねぇ! …………っか、らウば! ……から、お前、ごほ! そこ、を゛! 動くっじゃ! ねぇよ、へ、へへ……がっふぁ……!?」

「はははははははは」

「うへ、へっへへへウボブ! ――っへへへへへへ…………!」

「やめて……やめて、よぅ」

「……」


 そんな声出すなよ、と言おうと思ったが、もうそんなていどの声すら出せないまでに、アイバの肉体は追い詰められていた。

 スフィールリアは泣いていた。

 彼女は友人や身内が傷つき、自分の傍から消えてしまうことをなによりも恐れる。

 だからアイバも、こんなこと大したことじゃない、この男がどれだけ責め立てようが俺を殺せるものかという姿勢を示そうとしたが……それこそが男の術中であったらしい。

 実際に男の奏気術は大したもので、本当に速やかにズタボロにされてしまったアイバの姿は、彼女の決心を逸らせるだけに終わってしまったようだった。


「そっちに……いくから」


 ダメだ。という声は、やはり絞り出すことすら適わなかった。

 かすむ視界の中で、護衛団長が血もにじむほどにこぶしを握って耐えている。

 皆が耐えている。<ヴィドゥルの魔爪>は綴導術士を傷つけない。おそらく、人質も――向こうの思惑を超えさえしなければ。こうすることが今は最善だ。

 それが分かっていたとしても、アイバには、どうしてもうなづけない選択だった。


「別に、急がなくともよい。どうせ本陣に合流してから人質を選別し、必要な荷を見定め、運び出すのだ。それからで充分だ」

「……こい、って言ったのはそっちでしょ。勝手にいくから。あたしを押さえていれば、もうアイバを叩くことなんてなくなるでしょ」

「賢き者の選択には、正しき報酬を。いいだろう。そら……ちょうど、到着だ」


 彼の言う通り、見えてきていた。商隊が本来通る予定だった道が。

 断壁の入り口には盗賊旗を掲げた、数十は下らない装甲馬車が待ち構えていた。

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