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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
116/123

(3-59)


 ――教職員棟。


『どっわぁああああ!!』


『3番エリア、戦線崩壊! 損害不明!』


『デメキンの野郎、見境なしに拍車がかかってるぞ!? 手当たりしだいに叩き潰す気だ!』


『〝送還式〟を察知したのか!? ――落ち着けぃ! 〝素材〟の輸送路はもはや維持しなくてよい、守護戦力も後退せよ! 発動ギリギリまで維持したら前衛エリアも放棄する。後衛は防御構成をスケジュール通りに、受け入れ態勢を整えろ!』


 膨れ上がった粘性を感じさせる光に、展開していた戦線が飲み込まれる。

 学院でもっとも高いこの場所からは、ノルンティ・ノノルンキアが大暴れする全容が、よく見えていた。


 先の学院長の予言の通り、追い詰められたことによって魔王使徒は計測不能な類の力を発揮した。それは召喚式の失敗を予感した焦りであり、〝送還式〟を察知した怒りであり、度重なる致命的ダメージによる自棄の発露でもあっただろう。


 しかし、もう遅い。なにもかもが遅い。

 六割という完成度でオリジナルたる召喚式を掌握されるとは思わず、まだ取り返せると焦っているのだろう。


『魔王使徒、活性、極大値!!』


『推察――ぜっ、全体攻撃です!!』


『バカなっ! まだそんなに時間が経っては……いかなヤツとて存在径とタペストリーの比率関係に引きずられて制限が出ると、解析が出ていたではないか!』


『オルムス界面崩綻反応は検出されています。不活性断片の放置による構成遅延も。しかし……敵は自己ダメージを無視して強制的に発動を慣行するつもりです――自爆です!』


『え、ええい……ち、ちきしょうめ……!』


『我らは待とう。もはやすべては〝送還式〟実行に委ねられた。どれだけ遅延しようと意味はない。今やこちらに、それをまともに防げる手札はないのだから……』


 そう。そうだ。

 それで取り返せる。たかが人類、拘束されているとは言え少し無理をすれば瞬時に一掃できる。それが連中だ。

 その無理がどのていど祟るのかは知らない。だが、どうせだれもいなくなった焼け野原だ。ゆっくり、ゆっくりと取りかかればよい。


 だが、それは失敗する。こちらの〝送還式〟実行の方が早い。そして、〝送還式〟を実行すれば、勝ち目は見えてくる。

 六割という完成度で術式を強行しなければならないことに、不安を覚える者もいただろう。


 だが、その不足分を補って余りある要素が〝黒帝〟にはあった。

 ノウハウと言ってもよい。

 それは、彼が三年間研究し続けてきた武器。彼が魔王本人に使うつもりであった戦術。〝黒帝〟自身が素材の一部となりて、魔王使徒に混ざり込むことだ。

 不完全な術式では魔王使徒が組む莫大な召喚式には競り負けて、逆に取り込まれるだろう。


 だが、〝黒帝〟の〝意思〟そのものが術式の主体となり、魔王使徒に溶け込めば。生ける〝送還式〟となり、弱った状態のノルンティ・ノノルンキアを一瞬でも支配できれば。その瞬間、全術式の制御は裏返って〝送還式〟に取り込まれる。思うほど分が悪い賭けでもない。それほどに魔王使徒は弱っている。

 そのまま〝意思〟のままに魔王使徒と魔王の影をこの世の〝穴〟の向こう側へと押し流し……あとは、ここにいる者たちの腕しだいだ。


 おあつらえ向きだろう。

 なんとしてもこの自分を逃すまいとして連中に仕組まれていた運命。それが逆に彼らを捕らえ、この世から放逐する装置――鎖となるのだから。いい皮肉だと言ってよいはずだ。


「なぁ。正直……悪くなかったぜ。そうさ。少なくとも、突っ張ってねぇと……見失いそうになっちまうぐらいには、さ」


「テスタード様……」


 広がる学院敷地を回廊から見渡し、テスタードは笑う。

 戦火に包まれ変わり果てた姿ではなく。夢と、野望と、才能と、陽射しの明かりに満ち満ちていた綴導術士たちの総本山を。

 悪いな。というつぶやきは、だれの、なにごとに対するものであったか。それは彼自身にも把握し切れなかった。


「……」


 パン、と〝黒帝〟が両腕を叩き合わせた。

 閉じたのは思い出と未練。そして、術式最後の構成だった。

 織りなすタペストリーをつなぐ。式を閉じる。

 強行特化型〝送還式〟が、今、完成した。


「チェックメイトはくれてやる。ただし、テメェのターンじゃねえ――共倒れだ」


 そして自分という異物は学院からいなくなり、彼女は続いてゆく明日を生きてゆく。だが、独りじゃない。〝黒帝〟といううしろ向きであった愚図とは違い、彼女の周りにはより多くの友人が集うだろう。

 ――悪くない。

 離れた戦場の中心で、こちらの式に気づいたノルンティ・ノノルンキアが、潰れかけた単眼を見開き絶叫を上げながらこちらへ向かってこようとしていた。食らいつく戦力と攻撃を引き剥がそうとのたくり、傷を広げながら。

 悪くない。よい顔だ。

 術式への走査を始める。

 自分は、彼らに謝れるだろうか――?


『〝台本〟より、〝黒帝〟へ――』


「……」


 冷えた声を聞くとともに、彼は哀愁の色を消し〝黒帝〟の顔に戻っていった。あるいはもっとそれ以前、信念を持っていたころのテスタードの顔へと。


『大詰めの時がきた。最後の瞬間の「見届け」と挨拶もかねて、わたしが最終オペレーションを執る。無粋な相手で悪いがな』


「ああ」


『まず強行特化型〝送還式〟の本陣とのデータ・リンクを完了。術式による目標存在の解消プロセスに合わせた結界循環、界面圧調整による目標存在の「押し出し」のシュミレート、および実際の調整。これも、今しがた完了した。修正値を送る』


 限界を迎えつつあるオンライン状態の機材から、アクセス・パネルに触れて最後の調整を確認する。

 同時にエレオノーラへ目配せすると、白猫は静かにうなづいて背後の大『晶結瞳』に向かっていった。そこには不完全な完成に達した〝送還式〟モデル――ヒトガタが在る。


『続き、予測される〝送還式〟影響範囲内の退避行動、全作戦地域の移動もほぼ(・・)スケジュール通りに進行中。問題はない。ギリギリまで目標の存在量を削るダメージ・ソースの維持もおおむね滞りはなし。敵・強行攻撃式についても、こちらの発動が三十秒以上先行している。これも、問題はない』


「……」


「これにより〝送還式〟強行の具体的手順は実質すべてクリアされたと言える。あとは〝送還式〟の成功を祈ることと、少しでも〝送還式〟の確度を上げる努力をするだけだ。本当によくやってくれた。わたしは感謝している」


「ああ。いいのさ。せいぜい祈ってくれ」


 返事はすぐにはこなかった。

 少し訝るが、どうということのない間にすぎない。そう思ったところで、〝台本〟が続く言葉をつないできた。


『そして報告項目の最後。この作戦、および君にとっての最後の不確定要素。それが今、そちらに――』


 指示を受けたエレオノーラが、戻ってきていなかった。

 テスタードは、振り返る。


『――到着した』


 白猫はそこにいた。スフィールリアに抱きかかえられた姿で。

 息を切らし、こちらを睨みつけてくる彼女の視線を――


「……」


 テスタードは無表情で受け止めていた。



 先行して駆け上がる彼女を追ってともに出た、時計塔回廊にて。

 息を荒げ、スフィールリアは回廊の先にいる〝黒帝〟と対峙していた。


「申しわけありません、スフィールリア様。申しわけありませんっ……わたしは、わたしたちはぁ……!」


 抱き上げた白猫は、彼女の胸に顔を埋めて決壊したように泣き出している。

 スフィールリアはその小さな頭の白毛をやさしい手つきでなでつけながら、しかし荒げた肩の上下には息切れ以上の感情がある。

 やがて息が整うとともに細い肩も丸みを取り戻し、あとには戸惑うような空気感が残る。


「センパイ……」


 つぶやく声にも惑いがある。あるいは恐れか。そこで初めて〝黒帝〟は彼女のうしろの面々にも目をやり、表情らしい表情を見せて手を振りながら、


「なんだよゾロゾロとにぎやかにお出まししやがって、いったいどうし――」


「っ。センパイ――!」


 瞬間にエレオノーラを放り出したスフィールリアが、一目散にテスタードへと駆け寄っていって。

 乾いた音。


「――――」


 走り寄り、飛んだ勢いのまま、スフィールリアは殴りつけるように彼の頬を引っぱたいていた。

 アイバが「うわ」とうめいてキアスとアリーゼルは目を開き、フィリアルディは口を覆っている。

 仰け反っていた〝黒帝〟が、冷えた目と声で、顔を戻す。


「いてぇな。なにしてんだ……テメェ」


 無視して、スフィールリアは下から視線を突き刺す。最初のすべては怒りの沸点が振り切った静けさ、震え。

 そして今は、噴火した隠し立てもない、烈火のごとき真紅だった。


「センパイ――またウソをつきましたね! データを渡した時からですか! ううん、違う……魔王が召喚されたあの時から! その時から約束をフイにして、あたしに黙って消えるつもりだったんですね!!」


「っはぁ? 突然なに言ってんだテメェ? ウソもなにも、俺はなにも言ってねーし、聞かれてもいねーだろうが。約束もしてない。なにがウソだってんだ」


「もっと最初の約束のことですッ!! 一緒にがんばろうって――乗り切ろうって決めたのに!!」


「……」


「残された人の気持ちは知ってるはずなのに! 自分が置き去りにする分にはいいんですかっ!? センパイが学院(ここ)に残したものも、まだたしかめてないのに!!」


 面倒くさそうに、逸らした顔から。テスタードは虚空に呼びかけていた。


「邪魔はしてくれるなって約束はどうなってたんだっけか」


『邪魔はしていない。彼女の到達の手助けをしただけだ。わたしは彼女が君の下にきてどうするつもりかという点について聞いていない。ので、君と彼女にまつわるその事情の部分にはノータッチだ』


「なるほどな、非常に納得したぜ。ちきしょうが。なに考えてやがる」


 それについての答えはなかった。

 だが、はぐらかされたスフィールリアの肩はまた噴火の兆候を見せていた。


「そんなことじゃごまかされな――」


「――つうかお前なに突然マジビンタしてくれてんだ?」


 しかし、突如として〝黒帝〟が降ろしてきた圧力にかき消されていた。


「……えっ?」


 ずいと迫り、真上から、


「キいたぜ。脳が揺れたんですけど? 大事な術がブッ飛んだらどうしてくれんだコラおい?」


「えっ、いや、あの、ごめんなさ……って、え。そんな話は今は、えと!」


 とたんに劣勢になってスフィールリアが下がる。そこにさらに〝黒帝〟が踏み込んで、畳みかける。


「お前それ全校集会開いて全員の前でも言えんの? だいいち、人のハナシ聞く前にいきなしよぉ。黙って聞いてりゃ、ヒトのことウソつきだの約束破りだの、好き勝手にレッテル貼りつけたり確約してもいねーモノ押し売りやがって。詐欺師か、テメーは? この俺様を詐欺にかけよーってのか、おい?」


「な、な、なにをっ。やぅ、や、やくそくは、だって、あの時っ、」


 下がる。迫る。


「代金払ってやろうか? 思いっきり高くつく金額でよぉ? なぁオイ助手? お前なんか勘違いしたのか? 俺は天下の〝黒帝〟サマで、俺様に手ぇ出したヤツは例外なくブッ潰してきてるんだよ。なんでお前だけ特別サービスで見逃してやる理由があるんだ。そーだよなぁ?」


 なんでケンカが始まってるんだ?

 ……と、うしろで見ている面々はやや呆然としていたが。

 やがて話の口調(ボルテージ)の高まりを察してくると、アリーゼルらや聖騎士たちが戸惑いながら前へ出ようかと身じろぎをする。

 それを、アイバがさっと手を出して止めた。

 言い合いは続く。いや。先ほどと同じで、立場だけが入れ替わった、一方的な追求劇が。


「せ、センパイがそんなこと。な、なんで今そんな話関係、え。だ、だから違っ。あたしが言いたかったのはっ! 今そんな話関係が!」


「このド壇場でそれ以上なにがあるってんですかねぇ!? 意地とプライド以上のなにがよぉー! おう足元見ろや。そんなガタついた膝で俺様の邪魔立てができると思ってんじゃねーぞ、おぉう!? 分かったらさっさと消えろやあ!!」


 ビクリと、震える。


「っ……!」


 仰け反ったスフィールリアの目尻に――

 じわと涙の粒が浮かんで――


「び、ビビってなんか……ないもんセンパイのアホバカオタンコトンチンカンナスがーーっ!」


 一瞬、場の空気が停滞して。


「……は?」

「……ん?」

「……え?」

「……おや?」


 全員、首を傾げていた。叫びの意味がよく分からず。そして、〝黒帝〟の怒気への対抗にスフィールリアが搾り出した反撃の形の、意外性にだ。

 子供の悪口そのものを叫び切ったスフィールリアは「ぐす!」と鼻でしゃくり上げてからよろめいて半歩下がり、しかしそこで踏みとどまっては前のめりで畳みかけた。


「だっ、なんで今さらそんなカンケーない話っ、かっ、カンケーないし、第一っ、センパイあたしの前で泣いてくれたじゃないですか! だからい、今さらそんな風に怒ってごまかそうとしたって、こ……怖がってなんかやらないんですからこのヤローばかぁ!!」


「…………」


 今度こそ沈黙が落ちた。白けた空気の中、スフィールリアの「ふーっ、ふーっ」と息巻く音だけが勇ましく響いている。アリーゼルが「許容量超えるとああなるんですのね……」などとぼやいていた。

 その時――空気を丸ごと一変させる流動が一帯を支配した。

 大気のうなり。まばゆい輝き。放射されてくる圧力。そういったものが。


〝………………〟


 回廊のすぐ前に、魔王使徒ノルンティ・ノノルンキアが迫っていた。

 単眼は濁り、ボロボロに砕けた装甲の隙間から絶えず血液を落とし、そして全身が一種のエネルギーと化して白化して、電光を弾けさせている姿で。

 その意思は明確。

〝黒帝〟の直前で自分ごと大炸裂し、〝送還式〟を丸ごと破壊する――

 一瞬の硬直ののち、あと退り、アイバたちが判断に迷う。


「なっ、あ――!?」


「ヤバ――!?」


 ――瞬間。

 テスタードが横手に数十個の混成『キューブ』を発動させていた。

 赤い電光が削れた全身にまとわりつき、苦痛の中にさらなる重い倦怠の色を混ぜて、魔王使徒は高度を落としていった。


〝ギ……ギ、ギ………………〟


 だが、教職員棟から離れることはない。

 テスタードが、スフィールリアに向き直った。戦士たちの顔には焦りがある。

 スフィールリアは、なにも言わない。

 テスタードが、急に気が抜けたように自分の髪の毛をかき回した。


「……あー。そうだよな。お前にゃ、コレは通じねえよな。これも、今さらか……」


「……」


「悪かった。でも、ひと言で言うと……カッコつけたかったんだよ。言ったらお前絶対ゴネるし、グダグダで最後の瞬間になっちまうだろ。お前が言う〝黒帝〟とかいうヤツのままで、消えたかったんだ」


「そん、なの、」


 目元を拭ってから、スフィールリアは顔を上げて、彼を見た。

 そこには、一転してやさしいテスタードの顔があった。あの牢で話をした時と同じように。


「それも……あたしのせいなんですか」


「違う。俺のためだ。結局はなんもかも『そう』だった。そんなことにも気づかないフリして、ようやく最後の最後でマトモに向き合うことができたんだ。それはお前のせいじゃなくて――」


 ゆっくりと、その手が伸びて……

 ただ触れるように、テスタードは、腕の輪の中にスフィールリアを抱き留めていた。


「お前の、おかげなんだ……」


「――」


「義理のためだ、だれのためだ、ってひたすら自分を縛り続けて前向いてるつもりで全力でそっぽ向いてて、したいことが目の前に広がってても気づくことさえなかった。……ようやくって思ったら、これだ。馬鹿みたいじゃねーか」


「……」


「だから、最後ぐらい、俺がしたいことをする。そう思ったんだ。果たせなかったこと。したかったこと……最後の最後に、ソイツをきっちりこなして、終わらせてくれよ」


 スフィールリアはすぐには答えなかった。

 しばらく静穏を保ち、腕の中から、搾り出す。


「……学際はどうするんですか」


「フェイトのヤツがなんとかするさ。アイツ義理とかにはうるさいからな。俺の頼みだって言えば、面倒見てもらえるだろ」


「……依頼は、どうするんですか。期待してるみんなは」


「それについては……悪いな。としか言えねえわ。前言った通り、工房はやるよ。なんとかがんばってみてくれ。タウセンに俺の頼みだっつったら……ダメかね、ハハ」


「……どうしようも、ないんですか」


 テスタードは、うなづいた。


「順番の問題だったんだよ。魔王から俺につながる経路の基に、あの目玉野郎の存在があった。目玉野郎が途切れれば、そこから生え出してる俺も途切れる。そんな単純で、どうしようもないことだった」


「……」


「……だから、さ。最後は、アイツらのそばを思い出させてくれた、お前を護って、シメにしたいんだ。護らせてくれ。クソみてーな人生と歩き方だったが、それぐらいの格好はつけられたっていいだろって、今は思うんだ。……ダメか?」


 今度の沈黙は、長かった。だれも、なにも、言えない。スフィールリアの顔は腕に隠れて見えず。テスタードは力も込めない腕の輪をずっと作り続けている。

 やがて……


「分かり、ました」


 スフィールリアがたしかにひとつ、うなづいた。


「悪いな」


 テスタードが一度だけその頭を抱き寄せて、ゆっくりと、身体を離してゆく。

 腕が解ける。胸から頭が離れる。

 そして最後。彼女が添えていた手が、離れた――瞬間に。


「っ――――!?」


 鼓動の狂いが外からでも分かるほどの震えを示して、テスタードがその場に膝を着いていた。


「テスタード様!?」


 倒れゆく彼の前で、静かにたたずんでいるスフィールリアを。テスタードは見上げる。

 その彼女の手に輝くのは、〝金色(こんじき)〟に包まれたタペストリーの輝き。

 テスタードが使うはずだった〝送還式〟の構成だった。


「お、まえ……!? 俺の、式、をっ……!!」


「よく、分かりました。センパイは休んでてください」


 輝く手を大『晶結瞳』へ。内部の黒結晶が解けて、タペストリーに吸い込まれていった。


「おま、え! 待て! なに、を」


 そこで、スフィールリアは彼に笑いかけていた。

 青ざめ、汗が滲んで余裕がなく。しかしこの上ない強い挑戦の笑みで。


「!」


「一連托生って覚悟決めてここまできたんですよ。絶対に譲ってやるもんかって。だから! センパイがもうダメだって言うんなら……センパイがもう一歩も動けないって言うんだったら!」


 睨み上げる。敵の向きを。拳をにぎる。術式が掌握される。


「次は、あたしの番に決まってるんだよぉおおおおおおーーーーーー!!」


 そして、駆け出していた。

 魔王使徒に向けて、一直線に。


「スフィールリアーーーーーーッッ!!」


 テスタード、そしてアリーゼルたちの叫びが届く前に、スフィールリアは回廊の先から飛び降りていた。

 崩壊に抗い、極限のエネルギーを溜め込んだ魔王使徒ノルンティ・ノノルンキアの威容へと。


「だぁあああああ!」


 術式ごと叩きつけてやろうとした腕が、強固な障壁に阻まれる。生命と使命の瀬戸際にて異常出力で暴発した理論障壁が、可視化して極厚巨大な壁となり、亀裂の入った教職員棟をハンマーのように(あっ)してゆく。

 粉々に吹き飛ばされる直前、怒りのまま、スフィールリアは叫んでいた。


「おいで――――〝煌金花〟!!」


 時計塔上部だった瓦礫――学院長室の部分が弾け飛ぶ。


〝!!〟


 光が伸び上がっていった天より、一直線に。彼女が振り下ろして指し示した一点に『神なる庭の塔の〝煌金花〟』が突き立っていた。

 一瞬の抵抗もなく貫かれて粉微塵になった障壁が魔王使徒自身の余剰断片情報渦の流れに巻き込まれ、一時だけ、渦を描く盛大な光の花のような相を見せる。

 その光吹雪の中、魔王使徒の上部の降り立って。

 スフィールリアは腕を振り上げていた。


「生きていくんだ……この先にいくんだ。魔王とか知らない。前に進もうとする人たちの心を! 道を! 踏みつけて、邪魔を……するな! 食らえ!!」


 叩き下ろした。

 魔王使徒の全体が震えて〝送還式〟が発動する。拮抗の時間は一瞬。〝金色〟の力で式を望む形へと作り変える。制御する。なおかつ、魔王使徒が押し返してくる召喚式との力比べを制して――

〝金色〟の輝きの中、急激に全身の感覚が消えて……スフィールリアは顔から表情を抜かしていった。


「あ――――」


 失敗した。やってしまった。この土壇場で。やっぱり制御ができなかった。

 力に、呑み込まれてゆく。

 急激に、〝送還式〟が、作り変える前の構成で走り出そうとしている。


 スフィールリアは最後の一瞬の一瞬まで制御を取り戻してやり切ろうとあがいた。

 力任せに、本能的に。押し合い、荒れ狂う式と情報流の渦をかき分けて。

 もう自分がなにを見てなにに手をつけているのかも分からなかった。自分はいなくなってしまうのかもしれない。でももうこうなったら、せめてこの魔王使徒だけは片づけて学院を人々の手に残すのだ。友達と、テスタードと、その先に続く明日さえつかみ取れば勝ちでいい。その思いだけで。


〝……を〟


 その純粋な意思に、触れる〝声〟を聞いた気がした。


(……だれ?)


 探るも姿は見つけられなかった。呼びかけることができていたのかも分からない、そんな極狭で極短な、時間と激流の中――


〝ここにいる……を……お願い。手を……ここ……〟


「っ!」


 一瞬が終わる、最後。

 スフィールリアはとっさに伸ばした腕でその〝手〟を取っていた。

 そしてそれさえ自覚することなく意識の連続と意味性は途切れ、彼女は光も闇も時間もない眠りへと落ちていった。



「…………くっ、そぉおおおおお! く、おああああああああ!」


 テスタードは拳を床へ打ちつける。何度も何度も。ありったけの力と痛みで肉体を起き上がらせようともがくが、それでもスフィールリアに奪われた最後の力は戻ってこない。

 爆ぜそうなほどに叫びながら、その顔から猛烈に水分が押し出されてくる。

 なぜだ。

 なぜ自分が大事に思ったものの端から零れ落ちてゆく。最後に見出したささやかな望みと意地さえ許されない。

 こうまで執拗に念入りに、意表までついて。これが〝滅び〟の意思なのか。


 スフィールリア。

 最後の最後に残された自分の断片(ひとかけら)。仲間たちの本当の〝姿〟を思い出し、彼らを自分の下に連れ戻してくれた。最後の小さなひと粒だった。

 力を込める。

 力を込めろ。これが本当の最後だ。このあとはない。自分に残された最終の機会。最後のひとり。絶対に救い出す。

 彼女を失わせれば、あの絶望の水底が本当の姿になってすべてを呑み込んで――それで終わるのだ!


「おおおおおおおおおおおお・お・お・お……おっ!?」


(おせ)ェ! いくぞ!!」


 ガクンとテスタードの身体が持ち上がる。アイバ・ロイヤードが彼の腹を抱え込んで走り出していた。



「アイバさんッ!!」


 聞こえたエイメールの叫びに笑いかけ――たかどうかも分からず、アイバはひたすらに走る。


「このまま、突っ込む! なんかする準備しとけぇ! うおおおおおおおお――――!」


 回廊の先へ。さらにその先にいる少女を目指して。おそらく同じ意思を持つ友を抱えて。


「おおおおおおおおおおおお――」


 テスタードとともに、叫び、


「――ぉあッ!」


 アイバは回廊の端から飛び出していた。

 同時に、背後で限界を迎えた教職員棟が轟音を上げて崩れ落ちてゆく。そこにはまだアリーゼルたちがいるが聖騎士たちもいるのでなんとかなると信じる。

 前を見る。下という名の前を。百メートルはあろうかという高み。ぐんぐんと迫ってくる。

 踊る巨大な瓦礫と、粒か糸みたいな街灯や道、そして――圧倒的に広がる、白化した魔王使徒の背中が。


「セリエェスッ!!」


≪アーキテクチャーモード。全力起動≫


「だっ!!」


 聖剣を振り下ろす。暴発した勢いのまま強制復元していた暴走理論障壁が再び展開されていた。巨大な力と力がぶつかり、高いのか鈍いのか分からない轟音が破裂する。


≪『壊霊輝破斬』、DOON。壊情報密度・100・exa・mgi・バイト。トライアル。――エラー。障壁侵食到達層、12677レイヤ≫


「かっっっ……ってぇえええ! なんなんだあの〝杖〟はっ!!」


 障壁は、破れなかった。

 間違いなく全力の一撃だった。今の自分に出せる最高の。現に最初の時は破れていた。

 だが今は微塵も揺らいでいない。拮抗し、弾かれずに済んではいるが。まるで足りていない。

 いや――


「っ……!」


 力を込め直す。


≪『壊霊輝破斬』、リトライアル。壊情報密度・264・exa・mgi・バイト。――DOON。エラー。障壁侵食到達層、17683レイヤ≫


(足りてねぇんだよ……根性が。思い浮かべろ……!)


 込め直す。


≪『壊霊輝破斬』、リトライアル。壊情報密度・680・exa・mgi・バイト。――DOON。エラー。障壁侵食到達層、30293レイヤ≫


 力を込める。込めてゆく。足りない。さらに込める。

 足りていない――気合が――思い浮かべろ――!


(隣に並ぶって決めたんだろうが……無茶してほいほい進みやがって……俺が連れてくって言ったんだ……アイツが見にいく景色があるんだつったら、その場所には! 俺も!)


 力みすぎて、もう視界は真っ白だった。あるいは魔王使徒の光に焼かれたか。

 だがはっきりと見えていた。この先に在る景色、その中にいる――


(――いくんだよ!!)


≪!≫


 瞬時、セリエスから震えるような感覚が伝わってくる。その意思は人の身に例えるなら驚愕、畏怖――歓喜。


≪神霊炉の構築を緊急試行――成功。〝神域〟上、仮設神殿より希望権能ベクトルに沿い参集呼びかけ――入札を確認。急ぎにつき契約を一旦省略。承認と権能貸与、獲得。憑依擬人格OSに仮想神格をセット。規定流出路の耐久超過度3300%にて光霊炉を一時破棄。根情報海遊航櫂羽セラフィック・セイバーを強制統合――≫


 さらに瞬時の間に、猛烈な勢いでセリエスがなにかを組み上げてゆく。

 アイバには分かった。

 とりあえず一度だけ、このムカつく壁をブチ破れるという事実が。


「おらぁ!」


≪神霊炉、出力0.003%――『壊霊輝破斬』。壊情報密度・10・exa・mys・mgi・バイト。――DOON!≫


 障壁が砕け散る。

 再び膨大な光の華が咲き乱れた。とてつもない反動で弾き飛ばされる直前、アイバは抱えたテスタードの身体を離していた。


「あと頼んだ――いけぇ!!」



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