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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
110/123

(3-53)


 迫りくる極大攻撃を前に、術士本陣を目まぐるしく情報が飛び交ってゆく。


「全力防御陣形、配置完了。収容率81パーセント。間に合います」


「法具出力を所定の440パーセントに設定。魔王使徒活性値に対して概論値で89パーセントの防御力――ギリギリですが」


「これ以上は無理だわ? これ以上上げれば術式の整合と術者の方が持たない」


 話を聞いていた上級指揮官が顔を上げる。


「〝防型〟超重兵の装備者保護リミッターを外して瞬間過動力させればどうだね? 術式への干渉許容時間三秒ギリギリのタイミングで後発させれば?」


「そ、それであれば、98パーセントまで底上げが可能かと思われます」


「よし、ロック解除のパスコードを教える。直ちに守秘回線で送信せよ!」


 宮廷<真理院>の長の答えに、指揮官が即座に通信要員の背後にかじりついてゆく。

 その時、また別の監視要員の席の一角からアラートが鳴る。


「2-6エリアの防御式にエラー!」


「詳細を!」


 振り返るオペレーターと同じく、報告を聞いた学院長と<真理院>院長が顔を青ざめさせる。


「全体エラーです! ……過供給から、収束具内部部品の極微小の歪みが広がって。セルフ・チェック・レポートの値は2ポイント。現場での復旧の見込みは……工房に修理班を要請はしましたが、到着までの時間は」


「なんてことだ……」


 熟練の職人と最新の歪み検出装置を駆使し、厳格に厳格を重ねて作り出された超精密装置だが、規格をはるかに超える出力には足りなかった。

 単純に出力を増したいなら同じ分だけの収束具を増設するべきだったが――それは用意できなかった。この場ですべてを使い切るわけにはいかなかったから。

 顔を覆い、椅子に深くもたれかかって、学院長は力なく指示を発した。


「……即座に修理班を撤収させなさい」


「で、ですが!」


 このレベルの攻撃を防ぐには、残っている教師クラス総員が集中するか、タウセン教師の制限を解除するか、学院長自身が動くしかない。教師連は作戦区域方々に散っていて間に合わない。タウセンの力は手続きが間に合わない。自分自身も……論外だ。


 担当している結界を解除してこの場を防いでも、真の姿を現した魔王使徒は二度と結界を張らせてはくれないだろう。そうなれば魔王使徒の拘束はさらに緩み、今後の全体攻撃はさらに苛烈なものとなる。のちに生じる犠牲の数を考えれば、これは小石に等しいと断じるほかない。


 学院長は首を振る。そして、指令を繰り返した。

 中衛6番に集まった二百余名は見殺しにする。

 志を同じくして集ってくれた勇気ある仲間の――今もこの本陣が手を打ってくれると信じ、無防備に寄り添い合って待つ同志たちの命を無慈悲に食らって生き延びる。その責を負うのは自分であると。フォマウセン・ロウ・アーデンハイトの名を出して命じる。


 残り四十秒を切る。

 うなだれ、オペレーターがしなくてもよい悔恨と侘びの通信を入れるのを学院長は止めなかった。この借りは返す――心の中で懺悔しながら、燃え上がる魔王使徒への敵意に抱いた肩をもだえさせた。


 しかし状況はまだ終わらなかった。

 別方面からアラートが鳴る。

 モニタ上に膨れ上がった反応値を見たオペレーターが「ひっ!?」と声を上ずらせて詰まるのを、そちらに目を逸らしていたフォマウセンはちょうど目撃してしまっていた。


「なに! 早く言いなさい!」


「ろ、6番付近に超深度のタペストリー反応! 敵攻撃と同等規模の術儀密度です!」


 指揮陣総勢がゾッとした顔で立ち上がる。


「馬鹿な!!」


「敵の追加攻撃なら絶対に耐えられないぞ!?」


「解析はっ!」


「それが……識別反応があり! ――味方です!」


 残り、二十七秒。


「おいこらぁ!?」


 前方で、第十二聖騎士団長が叫んでいるのが聞こえた。


「まさか――!」


 学院長も立ち上がっていた。

 その識別は、彼女も知っている。

 スフィールリアのものだった。



 敵攻撃まで、残り二十秒――


「どけどけどけぇい! スフィールリアちゃん軍団のお通りでぇーい!」


『おいこらぁ!?』


 こぶしを振り回して突き進むスフィールリアの姿があった。

 ちなみに周辺にはもうだれもいない。ほとんどの人員は各防御陣形の中に収容され、行き先を阻む者はなにもない。ついでに、スフィールリア自身はアイバに背負われている形だ。


『アーテルロウン、なにをやってる! お前が死んだら肝心の回収が瓦解するんだぞ! すぐに引き返せ!』


『スフィールリア、やめなさい!』


 通信端末には今も喧々囂々とした抗議の声が届いているが取り合わない。

 轟々とうなる風の中、中衛6番エリア目がけて駆けるアイバがスフィールリアに怒鳴りかけた。


「ヤバいヤバいヤバいぞビンビンきてる! スフィールリアっ! 本当に大丈夫なんだろうな!?」


「大丈夫! やれるッ! 陣形正面に着いたら思いっきり飛ばして!」


 スフィールリアは即答する。正直こんな規模の力を振るったことはないが、できるとまず自分に言い聞かせなければ折れるしかない。そういう戦いだと思った。やるったらやるのだ。


「いよぅし! 聞いたぞ! 覚悟決めた! どこまでもいってやんよお!!」


 加速する。


「連れ出すって約束したんだ。あの人が立ち上がって見る景色は――こんなものじゃないってぇの!!」


 だから、今、スフィールリアは――解放する。

 蓋をして閉じ込めていた輝き。恐れ、目を逸らし続けていた力と、真正面から向かい合う。

 瞳が金色に染まる。アイバと彼女自身を包み、莫大な〝力〟の経路が開く。

 流入する――引き込む――まだ――足りない――あの強大な敵を打ち破るまでには――さらに願う。

 絶望を。死の視線を打ち払う――力を!

 残り八秒。


「っしゃ!」


 到達する。立ちはだかる。魔王使徒と、覚悟を決して寄り固まる無辜の人たちの間に。

 さらに走る。上空の死の遣いに向けて。そして――


「それじゃいってぇ――――」


 急制動の直前、アイバの肩に乗り上げて、跳んだ。

 慣性とともに浮いた瞬間、背に差し込んでいた聖剣をアイバが持ち上げる。その刀身に乗る。

 足に加わる一瞬の重みと猛烈な加速にスフィールリアは耐え――


「くき――き――っ」


「こいやぁあっ!!」


 ――飛んだ。

 空高く。三十メートルほどまで。

 くるんと絶妙の体感覚で向きを整えれば……目の前には、魔王使徒の巨体の姿。

 通信が、敵攻撃発動のカウントを終えていた。


「食らえ、必殺の――超絶なんとなく相殺術・スフィールリアちゃん☆スペシャルーー!!」


 すべてをなぎ払う輝きが巨体から殺到する。

 スフィールリアが展開したタペストリーと極大の攻撃がぶつかり、大地を掘り返す激風が吹き荒れた。



「――――っ!!」


 彼女のうしろの全員が、覚悟を決め、目を閉じていた。


「…………!! ………………あ?」


「え? どうし……て、」


 そして怪訝顔で目を開き――見る。

 圧倒的破滅の輝きを退ける、莫大無比にして荘厳な七色の綴織模様。

 その中心で立ちはだかる少女の姿を。


「…………!!」


 その場にいる全員が、言葉を交わすこともなく。

 破滅の波に晒されていることも忘れ、ただ、囚われたように見つめていた。



「ぐっぎぎ! ネーミングがっ……ひっでぇえええええ・え・え・え・おどりゃぐがぎゃらごの!」


「うるさいっ……商品じゃない、からぁっ、なんでもっ……いいんだってば!!」


 拮抗する力場の下では聖剣を構えたアイバが漏れ届いた敵攻撃の余剰構成を斬り裂いてくれている。スフィールリアは安堵と心外を同時に感じながら力を注ぎ続けた。


 相殺式とは言ったものの、使った構成はしごく単純なものだ。

 敵の式からエネルギーを顕現した端から奪って〝触媒〟として、自術式の供給とする。防御のための元手を敵に負わせて、こちらの消費は最小限に。


 だがそれを実現するには敵の攻撃を丸ごと呑み込めるだけの、一度に展開する術者自身の莫大なリソースが必要だ。蛇口の大きさと言ってもいい。

 なおかつ敵の放出を受け止め続けるだけの、まったく同等規模の持続力も必須となる。

 要するに、圧倒的リソースの巨大さに任せて敵の攻撃を呑み込む脳筋戦術だ。


「ぐっ……くぅ!」


 目の前に掲げた『水晶水』のフラスコが、一本、また一本と弾け飛んでゆく。

 はっきり言えば、苦しい。本来こういうのは圧倒的優位に立つ側がやるのであって、月とアリンコほど存在の差が開いている人間が思いついてよい戦法ではないのだ。

 自分の情報領域が広いことは知っていた。しかしまさかこれほどの攻撃に拮抗できる力を出せるとは――出すことになるなどとは、考えたこともなかった。


 それを可能としたのが、〝帰還者〟としての彼女の情報領域。

 身体構成の20パーセントを損傷した有名な『オランジーナ・ミッシェリカ』でさえ、秘めた素養は大綴導術士に比肩し得ると聞く。


 では、一度は全存在の99パーセントまでを失った、スフィールリアは。

 喪失による情報領域の拡大率は加算法ではなく乗算法に近い。20に対して99という数字を比較した時、その差異は決して八割増などというかわいらしい範囲には収まらない。

 今まで一番詳しく彼女の存在径を調べたことがあるのは、彼女の師ただひとり。

 その師も具体的なことを教えてくれたことはなかったし、自分自身で詳しく知ろうとしたこともなかった。

 とても制御ができないと知ったからだ。

 現に、この規模の攻撃でも捌き切れていない。取り漏らした攻撃構成をアイバが斬り裂いて踏ん張ってくれているからなんとかなっている。

 そのアイバも、今は上半身がかなりのけぞっている。


(今のあたしじゃ……制御が足りないんだ。意識が、持って、いかれそうでっ)


 何秒経っただろうか。何時間も耐えている気分だが、たぶんまだ十秒ていどだ。

 いつになったら敵の出力は切れるのか。


「〝防型〟ぁー! ボサッとしてんじゃねぇえーー!! 前に出ろい!!」


「錐型陣形で前にっ! 青服のうしろに並べぇー! 学生の女の子が踏ん張ってんだ、ド根性見せてみろーー!」


「術士勢も、配置を変えて各自防御手段を、干渉しないよう、下がりながら! 持ちこたえられる分は自分たちで持ちこたえるんだ!」


 追いついてきた薔薇三名が剣を上げて鼓舞し、背後から気勢が立ち上がった。

 次々と投げかけられてくる応援の声に勇気づけられながら、スフィールリアは経路にさらなる力を込めた。

 同時に、異常を察知した魔王使徒側からも圧が加算されてくる。

 それだけでなく、ぐるんと反転して正面を向いてくるのが感じ取れた。


「ぐくっ……こっ、の!」


 視線から、さらなる力が、注がれてくる。


「このぉお! お・お……!」


 応じて、スフィールリアもさらに渾身の思いで意識の力を込める。

 意地をぶつけるようにさらに押し返してくる。

 フラスコが次々と弾けて――最後の一本が――


「お、お…………おんどりゃーーーーーーーーーーあ!!」


〝!!〟


 限界の限界を超えた、最後のひと押し。

 最後のフラスコが弾け、過供給で膨れ上がったタペストリーが大きく攻撃の波を押し戻す感触が伝わってくる。

 そして、破綻した。

 綻び、千切れながら霧散してゆく七色の向こうから……驚愕に目を見開いた魔王使徒の正面が見え始める。

 攻撃の放出は、終わっていた。

 食い尽くされたのだ。最後の最後の瞬間。膨れ上がったスフィールリアの術に。


〝キ……キキュイィィイイイイイイイイイイイイイ!?〟


 細かく打ち震えながら魔王使徒の絶叫が響く。それは人間ごとき小動物に競り負けた屈辱か。


「っ……とと!」


 スフィールリアは力場拮抗面の物理力が消え切らないうちに足場をたぐって着地している。

 ばちんと、その目が、背後の陣形避難員たちとはち合った。

 たらりと、両者の間に汗が流れていく。


「ええっと……」


「…………………………」


「どうも。お粗末様でした」


 ぺこりと、彼女が頭を下げて。


「…………………………」


 ――――ウオオオオオオオオオオオオッッ!!

 全員から絶叫に近い歓声が上がった。

 命が助かった歓喜の声、助けられた事実、彼女を讃える声が口々に叫ばれる。


「えへへ、えへへ、どーも、どーも。どーもでした」


 アイバたちと合流し、ぺこぺこと頭を下げながらまるでなにかの一芸を披露したあとのように小走りで、スフィールリアは退散していった。


「やったな、スフィールリア!」


「いやほんとにすごいわ。ほんとスゴイ。ほかに言葉が出てこないもの」


「俺は歴史的瞬間を見たね。帰ったら隊の連中に自慢するわ」


「するな。絶対する」


「い、いやぁ~、できればお手柔らかにお願いしたいですね、あはは……」


 苦しい笑いを漏らしつつ、それもあまり意味はないかと考え直す。

 やってしまった――頭の中にあるのはその思いだ。

 常人では決して成し得ないことをしてしまったのだ。これは学院中の噂となって知られることになってしまうだろう。笑いごとや冗談ではない。場合によっては自分が〝帰還者〟であることさえ明るみになってしまうかもしれないのだ。そうなれば最悪、学院を放校になって自分がこの戦いに身を投じた目的すらフイになってしまうケースだってあり得る。


(学院長のごほーびはこの件の隠蔽にしよう。きっとうまくやってくれる……はず! お願いします学院長!)



 一方そのころ、術士本陣では。

 攻撃状況の終了報告を聞いた指揮官一同が、呆けた様子で椅子に腰を落としているところだった。

 帽子を脱いで額を覆い、顔を拭いながら、口々に驚きを表明してゆく。


「持ち、こたえた……のか? アレを? まさか?」


「信じられん。わたしは奇跡を目にしたのか?」


「彼女が女神の生まれ変わりだと言われても信じられるぞ、わたしは。今ならばな」


 ――と、言ったのは、彼女の謁見風景を直接見ていた軍人であった。


「……」


 その言を冗談とは受け流せなかったのだろう。一斉と彼に注目し、次に、彼ら全員の視線は学院長へと向けられることになった。


「フォマウセン様……彼女は何者なのですか? あ、いや。あなた様がお目にかけている逸材だというのは存じておりますとも。しかし、これは……」


「……」


 ふぅううう。と息をつきながら、フォマウセンは眼鏡の下のまぶたをもみしだく。


(まったく)


 無理もないことだろう。全滅していたはずのエリアの損害状況が一番軽度だったなどという成果を聞かされれば。問題は、それがフォマウセンの身内であるということだ。今彼らの中で彼女はどんな隠し玉ということになっているやら。これはのちに響くなと確信する。


 ここが学院長室のデスクなら、たっぷりとうつ伏せて悩んだ挙句、タウセン教師に生徒の呼び出しを命じる余裕もあるのだが。

 あいにくそういう状況ではない。学院長はキリと作った表情を向け、いったいなにがおかしかったのかとでも言うように、告げた。


「何者もなにも。誇りあるアーテルロウンの名を継ぐ者が、あのていどのこと。やってできないはずがないでしょう?」


 言いながら、「どうですか?」「ダメですか?」という気持ちで面々を睨む。


「……」


「ええっと……誇りある、アーテルロウンの名を継ぐ者……ですよ? 誇りある、アーテルロウンの、」


「わ、分かりました分かりました。充分承知いたしました、申し訳ない。お気に障ったなら謝罪いたします」


 なだめるような手つきで引き下がられる。隣で寝ていた肉食獣が起き上がったかのような態度になんだか釈然としないものも残るがそういう状況でもない。


(あの力。これ以上、使わせるのはいかにもマズいわね? このままうまくことを運べるかしら?)


 魔王使徒が第二の手を打つ。轟音に、フォマウセンは顔を上げた。

 空に、無数の結晶片が打ち上げられているところだった。



『射出物と先行データの合致を確認。結晶敵性体です』


『また出しよったか!』


『情報によれば最低ランクAからS。〝将〟が〝兵〟を統御する防御特化の群体だったな――やっかいだぞ!』


「――心配はない」


 割り込んだ十二番団長の声に、指揮陣から喜色の声が上がる。


『お、おお!』


『やってくれるか、この状況であっても……〝台本〟よ!』


「むろんだ。すべてのデータは叩き込んで、織り込み済みだ。あなたたちは大箱での指揮を維持してくれればよい」


『頼んだぞ。世界最高の〝劇場〟の長よ!』


 その言葉に皮肉を感じて、エーデルリッツァーは気づかれないよう笑みをこぼす。

 切り取られた箱庭。限られた〝劇場〟の中でのみ約束される〝完璧〟。台本の中でのみ形作られる、偽りの(デウス・エク)神の手(ス・マーキナ)

 それに人々は瞠目して息を呑み、喝采を送る。

 しかしてそれは、自分が出来損ないであることの、なによりの証明であるために。

 本当の〝完璧〟を知っているために――


(いや。それは卑屈だな。できることがあるならば、心まで卑賎になることはなかろう)


 第十二聖騎士団長は身を乗り出して杖の情報球面をつかむ。

 この背に負った花の紋章、そしてこの指先の糸につながる生命が偽りでないことを知っているから。

 だから彼女はローブ下に深く自我を沈め、瞳にいつものごとく冷徹な輝きを灯して……宣言をした。


「たしか、こうだったな――この先、お前のターンはないと知れ」



 無数の黒結晶が突き立ち、伸び上がって、いびつな人型を成してゆく。

 射出された結晶魔人の数はおよそ四百。

 それらは速やかに脆弱な小動物を打ち払い、各方に散った召喚式の断片を回収する。

 ――はずであった。


〝…………〟


 魔王使徒群体型端末〝兵〟の支配能力を有する制御体〝将〟は、生物の眼球とは違う知覚と上空の主の知覚の併用にて、戦場の地形と、己が制御する端末体と、掃討するべき敵性生命体の配置を確認。端末を制御して効率よく状況の攻略を進める算段を、生物で言うならば本能と呼べる部分で弾き出す。


 そして――『違う』ということを。

 与えられた認識・判断能力で、直感する。


「いたぞ! 〝将〟を確認!」


「班配置クリアー!」


「抜剣!」


〝!!〟


 己を囲み、人間のまとまり四つ分が兵装を構えていた。

 まったく迷いも模索の様子もない判断による展開と配置。

 明らかに〝将〟を優先して排除すべき制御体であることを認識している。


 それが分かり、〝将〟は最優先で周囲の〝兵〟を『使う』ことを決めた。――己たちの本来の機能として群体型端末は、敵を見つけて手当たり次第に襲いかかるというオートメイションかつカオスな振る舞いを優先としている。知性なく振舞うことで、送り込まれた地で敵の混乱を招き、戦術を台無しにし、認識を欺き、〝掃討〟と〝消耗〟という役目を効率高く果たすためである。


 だがこの敵はすでにそれらのすべてを看破していると直感した。

 だから方針を変えた。制御の能力は隠さず〝兵〟を使う。端末を支配し、まさに群体という形の完全なる個となり、圧倒的物質量(リソース)と戦闘効率で反撃する間も与えず叩き潰す――

 だが、しかし。


「隔絶線を維持! 〝将〟を潰すまで一体も通すな!」


「リソースは温存! 制御半径にないヤツは撃破隊に任せろ! 〝将〟に近いヤツだけを優先して倒すんだ!」


〝……!〟


 呼び寄せようとした〝兵〟が、たどり着かない。

 まるで支配範囲を分かっているかのように別の部隊が防波堤となって、カオスな動きをする〝兵〟が範囲に飛び込んでくるのを妨害している。自由になる手駒を作らせない。

 そして支配下にある〝兵〟も、その部隊の情報操作特化体らの適確な術攻撃によって最優先の最短時間で叩き潰され、合力としての戦力となることはない。敵は端末体構造の脆弱点さえ把握しているようだった。


〝将〟は完全なる単体のみで、己を滅ぼすのに充分な包囲戦力を相手取らなければならなかった。

 単体とは言え〝兵〟よりはだいぶの強化をされている〝将〟だ。いかに〝兵〟一体に費やされるよりも多くの戦力に襲われようと、〝兵〟のようにそうやすやすと倒されはしない。殴り、跳び、状況を脱しようと暴れ回って小さな生き物たちに手傷を負わせる。

 だが次々と削られていくのは〝将〟の方だった。敵はこちらの攻撃力と防御力も正確に把握しており、近づきすぎず、無駄な攻撃も行なってこない。


〝将〟は敗北を察知する。

 せめてそれまでにほかの〝将〟への助力を働こうと判断し、知覚系で周囲を探って――愕然とする。

 生物で言えば、それはたしかにそのような反応であっただろう。状況の整合性が組み立てられず、できることも思いつかず、空白になったのだから。


〝…………!!〟


 ほかの〝将〟も、まったく同じ状況にあった。

 分断され、隔離され――群体などではなく単一の個として処理されてゆく。消えてゆく。知覚の範囲から、次々と。


 それだけではない。

 一体の処理を終えた班がまた別の編成に合流して分断の弱い場所を強化。〝兵〟たちのカオスな振る舞いを、ほぼ完全に押さえ込んでいた。まるでどこがどう弱くなっているのか、どのような性質の〝パーツ〟を送れば補えるのか――それらをすべて、〝パーツ〟自身が知っているかのように。

 そう、生き物のように……群体という形の個であるかのように、だ。


 それは、自分たちの側の正体であるはずだった。

 今の自分の状況は、人間側の立場であるはずだった。

 なにが起こっているのかの分析を終える前に、〝将〟は解体するように露出された本質核(コア)を潰されて滅び去った。



 また、別の区域にて。


「すごい……すごい! あんなにてこずった軍勢が、今度はロクに手出しもさせずに押さえ込めてる。勝てるぞ!」


 敵の〝兵〟と〝将〟を分断する線の間を駆け抜ける一班は、そこから見える美しくすらある戦場の流動に目を奪われていた。

 通信網には絶え間なくそして惑いなき指示が細かに投げかけ続けられ、その通りに動いた戦力がピタリとはまるパズルのように、適確に敵戦力をそぎ落としてゆく。


 命を受けた直後にはそこになかったものが、指示通りに動いた時には現れている。そう。パズルだ。まるで未来の姿が見えているように、そこに現実の姿を合わせるためのゲームのような。そんな――時間のパズルを見ているようだった。

 大陸の未来と命を賭けた戦いであることも忘れ、一種の感動さえ覚えるが、しかし先頭を走るひとりの声には悔恨があった。


「くそっ、だからこそ足を引っ張るわけにはいかないのに! このままじゃ配置に間に合わない! ――本陣! 悪いが指示のポイントまで間に合いそうにない。このまま手の届く場所の支援に入るので、別の、」


『マルク班、〝台本〟だ――必要ない。そのまま指示ポイントを目指せ。君たちの補充物資はその後の400名規模まで影響する』


「なっ……〝台本〟!? 本人がわざわざ――だったらなおさらすまない! 指示された補充時間と各隊の移動スケジュールを考えるととても間に合わないんだ。かならず駆けつけるので、せめて近場の班から臨時で――」


『重ねて言うが指示に変更も支障もない。――わたしを信じろ』


 絶句する間さえなく、続けて早口で、意味不明の追言が放られてくる。


『強いて言うならそうだ。腕がぶつからんていどに密集して走れ。抵抗を最大限に(・・・・・・・)受けるためにな(・・・・・・・・)。以上。送る』


「はっ!? ――いや!」


 その時だった。

 グンと背を押され、それまで脚力の限度からもどかしく思っていた風景が――一気に流れ始めた。

 だれかの支援術が働いたのかと思ったが、違った。風が吹いていた。結界内を渦巻いて空から吹き降ろし、戦士たちが形作る戦線のレールに乗って、強く。

 電撃的に思い出される〝台本〟の言。


「……!」


 偶然でも、無責任で適当な激励であったはずもない。

 読んだのだ。――いや、作った(・・・)のだ。

 戦場の地形、部隊の配置、敵の攻撃と、味方の攻撃。その強さ。頻度。それによって生じる熱、温度、変化の条件すべて。

 ここに現れる、未来の気流さえも――!!


「間に合うのか――?」


 風は吹き続ける。夏の嵐の前日のような、圧倒的圧力を以って。


「各員、密集しろ! 抵抗を最大に受けて、この風が吹いているうちに……全力で間に合わせるんだ!」


 結果として補充班は間に合い、補充猶予二十秒で即時移動の隊が計・十二隊というタイトなスケジュールは無事、嵐のごとく完遂されることとなった。



「よし――次。1-4戦力は5パーセント後退。被害クラスはCまで。――次。1-5戦力被害クラスBまでを1-6aへ前進180秒。のち後退。――次。補給30番をストップ。補給26番を2-2dへ移動。ほかは変更ナシ。――次」


「遅延報告。作戦グループAの推移度に遅延ポイント02。〝将〟の密集度が高く、総計で300秒の遅れです。ともない、回収〝素材〟5がルート04にて足止めを受けています」


「周辺戦力クラスA・3ポイントを集めて道を作れ。最優先だ。補充は400秒後。持ちこたえさせろ。〝素材〟が通ったあとなら後退してもかまわん」


「マン・リソース損耗率、現在10ポイントオーバー。交代と回復は今のところ問題ありませんが、三十分後から遅延が発生し始めます。後方工房陣の稼動率も20ポイントオーバー。装備修復に人材を回すべきか、指示を請われています」


「次――工房は装備修復稼働率を10ポイントまで上げさせろ。ただし回復生産を80ポイント以下には絶対にさせるな。――次。目標の交戦面を切り替える。エインリッヒ班は――」


 ――――。

 次々と、報告と指示がまったく同時に折り重なってゆく。

 地面に突き立てた二本の〝杖〟を、本陣中から引き込んだ回線につなぎ、情報球面をつかんで操作する十二番聖騎士団長を中心に、数名の聖騎士が機材の補佐を行なっている。

 本陣内部から飛び込んでくる報告者の数は十数名にも及び、それぞれがまったく遠慮なく急ぎの用件を告げてゆく。


(これは、なにをやっているんだ――?)


 そんな報告者のひとりである本陣の機材メンテナンス班のスタッフは、彼女の陣に足を踏み入れた段階で呆然と硬直してしまった。

 彼女を囲うように報告を読み上げている聖騎士のひとりが、察してか耳打ちをしてくる。


「報告と指示を同時にやってるだけだ。どうせ普通に聞こえているから、かまわず自分の報告をしていい。彼女は全体の通信も、うしろのやり取りも、すべて聞いているから」


 一瞬なんのことか分からなかったが、ぞっとして彼女のうしろにあるオペレーション要員の席の列を見る。

 それを全部聞いていると言ったのか?


(うそだろう?)


 なおも信じられない気持ちで硬直していたが、隣から背を叩いて催促され、係員も本当によいのかと惑いながら報告を口にした。内容は解析系の機材中継作業が故障復帰にともないあと十分遅れるという旨だった。その間の術士による生身の解析報告を持ってくるよう伝えてくれという指示が即答で返ってきた。


 その間にも団長は引っ張り込んだ通信網すべても同時に聞いている。

 彼女はそれらすべてを聞き漏らさず、必要がある用件には即答さえ返し、さらには先ほどのように全体通信から綻びの芽を見つけては釘を刺すまでする。


 ――だけに留まらず、両手にした杖も使って、頭上に投影した作戦地域全図内の配置を動かしていっていた。

 それも個別の班単位というレベルでだ。


 その図をサッと見て取った部下が指示を伝えるために立ち去って、また入れ替わり、結局その人数は変わることがない。

 とめどなく迸る濁流そのものの勢いで作戦情報が流れ込み、更新されていった。


 その速度は、状況推移時間――つまり現実時間経過よりも早い。

 見る者によっては、コイツらは気が狂っているとしか思われないであろう光景。

 そしてそれがだれであっても笑ってしまうほど冗談のような速やかさで、地図上の敵展開図は、かき消されていった。




 世界最弱の聖騎士団長――人はそのようにエーデルリッツァーを呼ぶ。

 本来ならばもっとも強き者が選ばれるべき聖騎士団の長という座に着く彼女に、戦士としての力と才能がないがための、皮肉がゆえの。そして彼女が持つ〝才能〟への賛辞から翻って送られる、皮肉に対する皮肉がゆえの。そんな呼び名だ。


 彼女のコードネームにして〝称号〟が示す〝台本〟――〝レ・クラゼポル〟は、かつて存在していたという伝説の劇場の名を指す。


 世界最高の〝劇場〟。

 世界最高の〝劇団〟。

 その神の公演を開幕する奇跡の操り手――〝団長〟。


 それが、彼女。そして第十二聖騎士団。

 戦場という限定的範囲において、彼女はありとあらゆる情報を読み取り、そこに起こり得る事象と流れを導き出す。そして常に理想的な選択を打ち、不足の事態に対しても修正を行ない、さらにそこから派生してゆく未来にまで対応してゆく……。


 彼女が陣に着いて指揮を執る時、戦場はまるでひとつの美しい台本(シナリオ)に従ったかのように動き出す。そして聖騎士団はその潜在力(ポテンシャル)を最大限まで引き出され、無敵の戦力として完成するのだ。


 圧倒的〝個〟を()り集め、頂に(いただき)最高の騎士を飾った花形たる第一聖騎士団ではなく。

 力を持たぬ彼女を中核に据えた第十二聖騎士団こそが、ディングレイズ国が誇る、真に最強たる〝軍事力〟なのであった。



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