(3-52)
◆
「うっ、く!」
結界が緩和された瞬間に圧力の落差からつんのめり、テスタードはしたたかに鼻を回廊へ打ちつける。
「テスタード様!」
白猫の悲鳴に顔を上げた瞬間、ゾッとする。
〝…………〟
目前まで迫った魔王使徒の巨大な視線が、真正面にあった。
「しまっ、」
視線から注ぎ込まれた圧倒的〝力〟の奔流。
教職員棟が閃光に包まれる。
巨大な建造物を飲み込んだ破滅の輝きは勢い余って後方の山岳を駆け上り、王城の城壁まで届いていた。
「う――おおおお――――――――!!」
そして爆裂した。
事前に施されていた防御装甲措置、そしてかろうじて〝黒帝〟自身が展開した防御をたやすく食い破って。
それを見ていた各所の戦士・生徒たちから絶叫じみた悲鳴が上がる。
粉塵が去り、現れた教職員棟は見るも無残な姿に変わり果てていた。表面は溶け、右半分の基礎部は完全に砕かれている。
その右側へ、再び噴煙を上げながら教職員棟が崩れて傾いだ。
「……ぐ。う、ぐ」
大『晶結瞳』にもたれ、大量の瓦礫に埋もれた〝黒帝〟へ、魔王使徒がさらなる視線を注ぐ。
だから持ち上がる彼の腕が、狂気のような笑みが、よく見えていただろう。
「『レベル1』」
〝!〟
「――『テンペスト』」
〝――!!〟
目玉の直前で炸裂した『テンペスト』は災害掃滅級攻性アイテム。適切な時と場所を選んで使えば台風さえ相殺する超級の攻撃兵器だ。
爆焔をともなって吹き荒れたおびただしいエネルギーが教職員棟、そして魔王使徒後方の陣容を容赦なく煽って吹き散らかそうとしてゆく。
巻き込まれそうになった者たちからまた別種の絶叫が上がる。だが、両者が止まることはない。
「『テンペスト』」
〝キッ!〟
二度三度と、超級の攻撃が至近でぶつかり合う。
自爆とまったく等しい攻防。
このまま撃ち合えば負けるのは〝黒帝〟側であるのは明らかだった。教職員棟は一撃のたびに亀裂を大きくし、大きな破片を撒き散らしている。
〝黒帝〟が死ねば束縛が解けてさらに手がつけられないことになる。あるいはそのまま二度と縛鎖を打ち込む機会を与えられぬまま、全滅する。
「立てぇ!!」
咆哮がその場に伏せていた者たちの耳朶を打った。
吹き荒れる激風となお残る重圧を破り。第一聖騎士団長アレフュレイウスが吼えていた。
「戦っているのだ……独りで! 我々〝盾〟が、なぜここで寝ている! 貴様らの仕事はなんだッ!!」
「っ…………」
ある者が歯を食い締めた。
芝と土をつかみ取り、地から顎を引き剥がす。
「最前線で戦う力を持たぬ術士が、ここまでやってくれたのだ! 誓いを思い出せ! 明日を決する戦いに、護るべき者を前に立ち上がらずして、なにがっ……!」
ひとり、またひとりと呼応してゆく。
「なにがっ……聖騎士団だぁあ!!」
「――抜剣!!」
吼え声とともに立ち上がったのは第一聖騎士団の一隊。アルフュレイウスの号令と同時、一様に切っ先を魔王使徒のうしろ姿へと突きつける。
「これより突撃を慣行する! 退路は考えず、命を燃やすつもりでヤツにぶつけろッ! 注意を引ければあとは残る者たちがなんとかしてくれるッ!! ――突撃!!」
無数の気勢が上がる。死を命じる声にも異論や畏れは皆無だった。
立ち上がった第一聖騎士団二十六名が一斉に駆け出す。
先頭に魔王使徒からの物理的重圧放射を切り裂く盾役一名を頂点とし、完全捨て身の凸型突撃陣形にて戦場を貫いてゆく。
「――かまうな! 我らは無視してそのまま撃てぇ!」
警告の通信が入る直前に吼える。――直後、魔王使徒の背中に術士本陣からの極大攻撃が炸裂する。
――やはり足りない。
見上げる上空から吹き荒れる猛火、その中にかすむ魔王使徒の異様はまだ〝黒帝〟を向いていた。まだ戦っている。生きている。
「飛び込めぇえ!!」
少しの惑いもなく、莫大な〝気〟の光点となり聖騎士団が炎の中に飛び込んだ。
その、一瞬前に、もうふたつの光点が追いついて飛び入っていた。
光の正体はアレンティア・フラウ・グランフィリアとアイバ・ロイヤードだった。
「!!」
聖騎士たちの先頭を跳び、ふたりは示し合わせたわけでもなく即座に互いの役割を分けていた。ともにひとりの少女の守護を担ってきたがゆえ。
「せぇええええええい!」
「どっりゃあああああ!」
アレンティアの『赤き薔薇の長剣』が炎を切り裂き。
アイバが、見えた魔王使徒の表面理論障壁に『世界樹の聖剣』を突き立てる。
さらにそこへアレンティアの剣が加わった。
≪『壊霊輝破斬』≫
表面展開されていた障壁が砕け散る。
「アルさん!」「いっけえ!」
重なる声を残して、ふたりの姿が弾かれるように飛んでゆく。
「すまない!」
開いた空隙へ、アルフュレイウス始め聖騎士たちの奥義が叩き込まれる。
水晶の山を削り、装甲の隙間を縫って炸裂した無数の衝撃。さすがに魔王使徒がのけぞり、絶叫を上げ、振り返りざまの尾の一撃がそれらすべてを砲弾のような勢いで蹴散らしていった。
アルフュレイウスらがはるか一千メートル先の壁まで叩きつけられて盛大に血液の華を咲かせる。
続いて上げられた怒りの咆哮とともに、雨のような爆撃が学院敷地へと降り注いだ。
真の姿を晒した魔王使徒の力は開戦時とは比較にならない暴虐ぶりを発揮していた。
まるで暴れ馬と、足元の憐れなネズミだ。
〝黒帝〟から注意を逸らしはしたが――動けない。
結界の緩和がまだ足りていないのだ。ひとまず圧死は免れたが、ほとんどの者が重圧のために身を伏せているしかない。
『う、うわぁあああああ!!』
『結界第二層解放まで、十二秒! 各員なんとか――持ちこたえてください!』
あまりの無茶な要求にテンションがおかしくなって笑っている者もいるようだった。だが、それだけの状況だった。
十二秒が、あまりにも長い。ともすればこのまま全滅があり得る勢いだ。
言われた通り(そして事前の指示があったため)各班の防御手段で持ちこたえてはいる。が、それもあと数秒で尽きる――
その時、ちか、と王城外壁の一部が瞬いて魔王使徒の頭上に炸裂した。術士本陣の最大攻撃にも劣らぬ威力。地上を一掃しようとやっきになっていた魔王使徒は直撃を受けて高度を落とす。
また、二度三度と閃き、魔王使徒を地へと叩きつけてゆく。
畳みかけられて、たまらず回避運動を取るが、まるで糸でもついているかのように正確に巨体は捉えられて装甲に亀裂が入る。
〝…………!!〟
今度は王城がターゲットになった。忌々しげに引き締めた単眼を上げ、王城の壁面に無数の炎の大華が咲き乱れてゆく。
◆
「防衛システムが起動します!」
集まって花のように折り重なった〝翅〟が魔王使徒の攻撃の一部と拮抗し――弾いた。
「あっ!」
珍しく、王の焦るような声。
防衛システムとの異常反発力によって弾かれた〝力〟の塊は一時物体のように振る舞い、遠く放物線を描いて市街地に達したところで、炸裂する。まだ無事な家屋が崩れていった。広間中央に投影された光景を見て王がそちらを振り返る。
首を振り、王は指示を出した。
「これはいけない――防衛システムを一時切りたまえ」
「それではこの場が無防備になります!」
「かまわない。ロ・ガ・プライモーディアルならまだ耐えられるよ。攻撃を続けなさい。下の者たちが立ち直るまでの時間を稼ぐのだ!」
激震が王城を揺さぶり、面々は伏せながらひたすら耐えしのぐ。
通信が、結界第二層までの解放を完了する旨を告げていた。
◆
『結界第二層までの解放を完了。全体の展開を再開。残り360秒』
『〝黒帝〟側からのデータ受信と解析が完了しました。共有作業スタート。〝レ・クラゼポル台本〟への送信を最優先』
アレフュレイウスは運ばれる担架の上、朦朧とした意識のまま手を伸ばしていた。
「回復薬を……だれか、回復を」
「無理ですよ! 今、医療陣に向かっているんです。いいから黙っていてください!」
「違う、医療陣ではない……戦陣だ。ここで踏み留まらずにどうする……だれか、回復薬を、」
す……と、そこに添えられた細い手を、なぜかアレフュレイウスは鮮明に認識できた。
「その必要はない」
「おま、えは」
意識が鮮明だったとしても、目深にかぶったローブの下の貌はよく見えなかっただろう。
しかし涼やかな声はいつも通り。このような状況にあっても――どのような状況にあっても、取り乱すまでもない声。
「よくやってくれたな――この先はわたしが出る。あなたは休んでいろ」
「……」
「出番は用意しておくさ。しっかり治して、それから出てくるといい」
「そう、か…………」
それだけを聞き、アルフュレイウスは充分以上に安堵を得て意識を手放していた。
この者がそう言って違えられた約束など、ただの一度もありはしなかったがために。
意識を失ったあとも、自分たちを追い越して悠然と歩んでゆくローブのうしろ姿を見ていた気がした。その背に負う第十二番聖騎士団のシンボルである白き花の姿を。
世界最弱の聖騎士団長エーデルリッツァー・クォルクトル・アーケイン・ホルン。
そして彼女に続く、無敵の第十二聖騎士団の背中たちを。
アルフュレイウスは、いつまでも見送っていた。
◆
「見ろ、空に上がる気だ!」
「王城が狙いか!」
「アンカー・パイル! 打ち上げ準備だ! 護衛班、急げー!」
走ってアイバを迎えにゆくスフィールリアたちの横で、次々とアンカー・パイルが打ち上げられてゆく。先までと違い装甲があるために大半は弾かれるが、うまく隙間をかいくぐった何本かが食い込むことに成功している。発射時の衝撃から本来手作業で狙いをつけられるものではないが、そこは兵装に精通したプロフェッショナルたちだった。命を賭し、耳を潰しながらも射抜いてゆく。
「アイバーー!!」
空につんのめって落ちる魔王使徒の衝撃に足を取られながら、スフィールリアは見えてきた放物線の正面から手を広げてアイバを呼ぶ。
途中で危うげに空を蹴りながら軌道を変え、五メートル前に落着したアイバと合流する。
「大丈夫だった!?」
投げ渡した回復薬を受け取る姿は疲れてはいても健在だった。
再びアイバの背に乗せてもらい、聖騎士らとともに戦場を駆け始める。
「ああ、めっちゃ怖かったけど大丈夫だった! 薔薇のねーちゃんもいたけど別の方角にいっちゃった! ――しかしすげー有様だなこりゃ!」
展開しつつある部隊を横切りつつ、一同、改めて度肝を抜かれながら魔王使徒が現した真の姿の威容を見上げていた。
「金魚だ。バカでっかいデメキンだ」
聖騎士の言に、だれともなくうなづいていた。
見るからに硬そうで分厚い前面装甲には無数のトゲが生え、中央からは巨大な単眼が覗いている。
装甲うしろの〝背〟に当たる部分には巨大かつ禍々しい黒結晶の山。そして長大な尾と、下手をすると全体よりも大きな黒い半透明の尾ヒレが、いっそ優雅なほどに揺らめく。
まったく似ていないし、金魚がかわいそうにも思えるが――その雄大な尾ひれのたゆたいは、たしかに観賞用品種の金魚を思わせた。
ただし、こんなものを入れておける水槽なぞこの世のどこにもない。出現時の六十メートルどころじゃなかった。尾ヒレまで含めれば、全長で五百メートルには及ぶ規格外を飛び越した化け物だ。
それがノルンティ・ノノルンキアの真の姿であった。
魔王使徒の頭上で、新たに『魂の威光』が浮かび上がっていた。
「『輪っか』が七つ……いや、八つか!? 増えてるじゃないか!」
「でも八つ目はブレてるっていうか、現れ切ってないみたいね。拘束と結界に押さえられててアレなんだわ!」
「どんなバケモノだよ!」
魔王使徒はアンカーから逃れようと、長大な尾と美しくすらあるヒレをのたくらせ、激しく地を叩きながら暴れている。そのたびに身体が浮くほどの衝撃が足裏を叩いて転びそうになる。
しかしああでもしないと魔王使徒は空に飛び上がり、緩和された結界の範囲が広すぎて手がつけられなくなるだろう。しかたがない。
地に縫いつけられた魔王使徒は強引に上を向いて王城へと執拗に攻撃を続けている。王城側からも不規則だがすさまじい威力の閃光が降り注いでいる。おそらく地上の部隊が巻き添えを食わないよう、頻度や威力の向きを調整してくれているのだろう。そんな判断をしてくれているのは、エストラルファ王自身なのではないかと思われた。
おかげで魔王使徒周辺はしっちゃかめっちゃかという感じだ。本陣からの指示を聞かずうかつに飛び込めばすぐ死んでしまうだろう。
「危ないと思うんだが、こんなすぐ近くにいていいのか? 下がった方がよくないか!?」
「わたしもルーキー君に賛成だな! これ以上の失態は隊長に聞かせられないわ!」
「いえ、そんな暇は! たぶん――」
言いかけると同時、スフィールリアのインカムに学院長の強い声が届く。
『スフィールリア? これからこのまま召喚式素材の回収を断行します。理由は敵活性の度合いからこちらのリソース消耗率が大幅に増えるためよ――よろしくて?』
やはりだ。最大の理由は、全力防御の回数が大幅に減るためだろう。ただでさえ想定値の倍を投入しなければまともに防げなかった攻撃が、ここより先はさらに強化されている見込みが高い。
おそらく、使える全力防御は三回が限度だろう。その間に真の姿を現した魔王使徒を撃退しなければならない。
時間的猶予はむしろ巻き戻し前よりずっと短縮されてしまったと言える。
「はい!」
『すまないわね。魔王使徒のデータを保有する、そしてどうしようもなかった戦いの糸口をつかんできたあなたの可能性に賭ける――回収班の指揮をあなたに移したわ? 追加の護衛もじきに合流する。思うようにやってみてちょうだい。がんばってね』
「了解です――うまくやれたらごほうびくださいよ! 約束うやむやになっちゃってるので!」
『……? いいわよ? 楽しみにしていてちょうだい。では以降、経路の指示は〝レ・クラゼポル台本〟に従ってちょうだい。以上』
「れ……台本? え?」
思ってもいなかった単語にぱちくりしていると、同じ通信を聞いていた聖騎士たちが「マジで?」と顔を見合わせているところだった。
そこに、さらに同じ本陣から別の通信を受け取る。
『――スフィールリア・アーテルロウン。声だけだがお初お目にかかるな。ご紹介に預かった〝台本〟……聖庭の十二番団長を務めている、エーデルリッツァーと言う者だ。全体の指揮を預かることになった。以後よろしく』
「えっ……あ、はい。よろしくお願いします! じ、女性の方、ですか?」
耳を傾けながら、聖騎士たちは息を呑んでいる。
「本当に、もう〝台本〟を出したのか」
「本陣思い切ったわね……」
「それだけ猶予がないってことなんだろう。気を引き締めないとな」
『そういうことだ。君の薔薇がくる前までは実質紅一点だったのだが、あいにくと女らしく振舞ったことはなくてね。なので気が合うということはないだろうが、仕事はこなすので許してほしい。ということで、配置が展開するまで、紹介と慣れのために少し話をしよう。――君は作戦の鍵だとわたしは睨むので、通信帯を常駐させてもらった』
「あ、あたし、ですか?」
『そうだとも。聖騎士団でも、学院長殿でも、〝黒帝〟でもなく――君だ』
「……」
『なのですべての作戦は中核を君と君の回収隊に、わたしは全力で君を補佐する。君たちの情報は逐一ほしいので、隣にわたしもいると思ってどんな小さなことでも伝えて、話しかけてほしい。これは最優先事項だ』
「わ、分かりました。で、でも指揮でお忙しいんじゃ」
聖騎士のひとりが顎を振ってお墨つきを渡してくる。
「大丈夫。忙しそうでも無視してかまわない。最優先だって言うなら、絶対に大丈夫だ」
『そういうことだ――さっそくだが、<国立総合戦技練兵課>のアイバ・ロイヤード。そこにいるな』
「えっ、俺? あ、ハイ! いますし戻る気はねーですがなにか!?」
『君を元の配置に戻す気はない。先までの活躍を見て、その君が今彼女のそばにいるという事実を、わたしはこの戦いにおけるひとつの運命だと解釈した。ついては本作戦の中心と、そこにある理論群に当てはめるため、かの勇者の力に目覚めているであろう君の能力を知っておきたい。君はなにができる者だ? どのような技能を持ち、なにを成す?』
「えっ? おう、ええっと、はい!?」
アイバは数種の緊張と戸惑いの色を浮かべて、混乱した様子でどもっている。
これに、がばとアイバの背中から身を乗り出してスフィールリアが割り込んだ。通信は全員分のインカムで共有されているのでそんな必要はないが。
「待ってください! アイバは一度に考えられる枠が多くなくて難しいことも分かんないので、ひとつずつ、丁寧に聞いてあげてください! 知りたいことの具体的な例なども挙げて、ほめ言葉も交えながら。子供に事情を聞くような感じで!」
「え?」
『うん? そうか……承知した。まず聞きたいのは総合的なことだが、そうだな……ではたとえば、君が聖剣の力を使ってよくやることはなんだ? 得意事と言ってもいい。君はどんな技をよく使う?』
「えっ? ええっとそうッスね……なんか、メッチャ早く動けるんスよ! 瞬間移動みたいなカンジ? でも実際はちょっと違うくて、理屈は分かんねーけっど、みんなが止まってる間に俺だけ動けるんス! でもあの目玉野郎はその間も動いてたッスけど!」
『時間停止……いや乖離、か? 〝茨の道〟の理屈に近い……より上位のステージか。すごいじゃないか。ちゃんと答えられたな。すごいことだぞ、それは』
スフィールリアもうしろからアイバの頭をなでていた。
「……」
「まだあるでしょ? そうだ、時空もよく斬ったりしてるんだよね! まったく別の場所につないだり! 得意技なんだよね!」
『それは本作戦地域のどこにでもすぐに移動ができるものか?』
「……。い、いや、無理っす。なんとなく感覚なんスけど、ここでソレやると結界の邪魔をすると思います。ついでにコッチも結界に邪魔されて、ズレたりする、かも?」
『そうか、偉いな。魔王使徒の理論障壁は破れるか? 世界値……上位存在に対する特別攻撃権能というもので、『ガーデンズ武器』なら理屈の上では持っていると思うんだが。あっ、怒ってるわけではないぞ』
「アイバ、大丈夫だからね」
「…………破れないことはないみたいッスけど、ちょっとキツいですね。理屈は分かんねーけどねーちゃんの〝薔薇〟とはなんか違うみたいで。権限? だかなんだかそーいうのは持ってないみてッス。聖剣を通して使うのはあくまで俺自身の力……つうか感覚? みたいので、聖剣の中のセリエスがそれを助けてくれてるっつうのか、形を与える手助けをしてくれてるっつうのか。……とにかく相手がムキになって、俺が根性負けしたら無理っす。『薔薇の剣』みたいにはいかないですね」
『そうか、そうか。大丈夫だぞ。あくまで知りたかっただけだし無理にやれとは言わないので安心してくれ。生きているだけですごいことなんだぞ』
また、スフィールリアが頭をなでている。
「……………………」
その後も何問か似た調子で続き、アイバの顔から活力は消え失せていた。スフィールリアを守っての戦闘の連続だ。無理もない。
「俺、なんか自分がぜんぜん大したことないよーな気がしてきた……」
「ルーキーお前……」
ぞっとしたような顔で見てくる聖騎士は、スフィールリアは知らないが、研修中アイバが「隣に並びたいヤツがいるんスよ」と豪語し修了時には「見ててくださいッス!」とほがらかに笑顔の挨拶を交わしたひとりだった。
「センパイ……見ねーでくださいッス……」
『よし――ほかの班も予定位置についたな。では最初の指示だ。君らの進行方向から十時の方角に前進。そこから目標への道が開く。道なりに突入してくれ』
突然のことにスフィールリアは「えっ」と声を出した。その方角を見るが魔王使徒は絶賛大暴れ中だ。道なぞどこにもない。
『四十秒後に開く。今から転進してちょうど。侵入の猶予は二十秒だ。なるべく急げ』
「大丈夫だ! いくぞスフィーちゃん!」
「ええい、分かりました! いくのよ、アイバ!」
「あい」
なかばヤケのつもりで、進む。聖騎士たちに先導されつつ、全力で。
見る見るうちに轟音と粉塵舞い上がる前線の壁が見えてくる。大盾を掲げて攻撃を持ちこたえる聖騎士たちと、魔王使徒の巨体、すべてが。
このままでは巻き込まれる。そう思って足がすくみかける一瞬前に――道が開けた。
「あれ!?」
魔王使徒がぐるんと真後ろにターゲットを変え、それが分かっていたかのように前線がふたつに割れて移動してゆく。
「飛び込む!」
「周りは任せて! いって、いって、いって!」
奇跡のように開いた道の先はまた行き止まりがあるように思えた。しかし足を進めるたびにまた新たな道が開く。スフィールリアたちはうねる動物の腹の中のように流動する戦場を進んだ。
抜ければ、そこは魔王使徒直下の結界柱エリア。
見れば、薄紅色の柱の向こうで同じように出てきた他班も目をぱちくりとやっている。
「スフィーちゃん!」
「っ!!」
『停留限界時間は四分三十秒にセット。カウントはスタートしている。その間に拾えるだけ拾ってくれ。時間厳守だ』
団長の声が横切る。
スフィールリアは置いて開いた鞄から所定の動作を繰り返す。
「っ、はい! ――どうもみなさん、聞いての通りです! 採集スタンバイ。今から探り当てた『ひも』を渡すので、それをたぐって……失敗しても、かならず撤退してください。本体隠蔽は破られてるので大丈夫だとは思いますけど……絶対にです!」
了解を告げる声が並んでゆく。
「おっし、それじゃコッチは任されたぜ。絶対に護ってやっから、しっかり集中してていいからな!」
アイバの声に、この上なく、うなづきを返す。
意識を――集中する。
その瞳は、静かなる金色の輝きに染まっていた。
深い闇に沈む。
どこまでも深く、暗く、底はなく。
すべてが等しく静かなる水底であり、また吹き荒れる嵐でもある。
〝黒帝〟と呼ばれ畏れられていた男が押し込められていた絶望の淵だ。
莫大な情報が堆積し渦巻き、巻き上げられて、また沈んでゆく。
常人であれば一秒と持たない乱流の底まで、スフィールリアは潜っていた。しかしおびただしいまでの情報乱流は彼女のまとった〝金〟の輝きまでは取り込めない。
意識が冴えていた。
今までよりも鮮明に己の〝金〟の力が自覚できる。
戦いの中、使うたび――この〝金〟と自分との距離がクリアーになってゆくのが感じ取れた。
〝スフィーちゃん、大丈夫!?〟
〝ほんとにドップリ集中しやがって……あー、だいじょぶっスよセンパイ方。いざとなれば担いで運んでいきましょ〟
〝なるほどそれでは君たちに先の予定を聞かせておく。『当たり』の素材回収が成った時は全体攻撃が予測される。推定準備期間は六十秒。その間に最寄の防御陣形に――〟
「――――」
――聞こえている。
――聞こえてくる。
〝言われた通り待機してるが……本当に大丈夫なのか。まだ一年生だと聞いたが〟
〝学院長殿とマックヴェル教師が一目置く生徒か。王城での振舞いと言い、危険因子でなければよいが。この戦いで少しは見極められる、か?〟
〝しかし、さてごほうびとは。あの子ってなにをよろこぶのかしらね? ウィグのヤツなら分かるのかしらね? そこが癪だわ〟
〝これを切り抜けたら、彼にはもう少し学院生としての在り方を叩き込んでやるとしよう。今までしてやれなかった分だけな〟
〝悪いな。まったく、どうにも俺は素直になるたび、だれかを裏切ってばかりで――〟
すべて。周りの音。声。聞こえないはずのものまで、鮮明に。
まるで自分が世界そのものと溶けてひとつになっているかのように……手に取るように分かる。
〝だけど、今度こそしくじらねえ。きっちりだれかを護って終わりで、それがお前だってなら俺の人生も上等な方なんだろう。そう思わせてくれたんだから――〟
そして、スフィールリアは見ていた。
闇の水底を見下ろす、あまりに巨大な影を。
≪この深淵を覗き見る者よ――≫
「――――」
そこにいるのは、最果ての魔王。
不死大帝、エグゼルドノノルンキア。
本人ではない――たぶん。
眷属たる使徒ノルンティ・ノノルンキアという経路を通し、はるかはるか遠くより漏れ届いてくる力の断片。
それが今、彼女を見下ろしてきていた。
「っ……」
おそろしい四眼に蒼き光輝が燃え上がる。魔王が肉の存在しない貌に笑みを宿した気がした。
同時に、それまでとは違う莫大な情報流が押し寄せてくる。
スフィールリアは〝金〟の輝きの中で耐えしのぐ。はるか遠くよりもたらされる魔王の幻灯もこの身を蝕むことはできない。
≪世界の始まりを知っているか?≫
≪世界の終焉を知っているか?≫
苛烈なる掟――無残なる定め――
幾億の破滅、幾千兆の悲嘆、無尽なる闘争の果てに――
≪この世界は、だれのものであるか――≫
「そんなものは、知らない」
スフィールリアは定義した己の輪郭を見失わずに両手を広げる。
こぼれ出した金色の糸が必要な情報の端を引き寄せてゆく。この領域での時間は肉体が在る実領域とは合致しない。
しかし魔王の言葉には強制力があった。声を聞けば聞くほど、少なくとも同じだけの時間が経過してしまうと分かった。あるいははるかに多い時間がすぎてしまうこともあり得る。
急がなければならない。
≪我は知っている≫
≪果たしてどれだけの者が憶えているだろうか≫
≪わたしは救済者だ≫
≪奪われ、終結へと向かいし世界に正しく破滅をもたらす者≫
≪終焉の約束――≫
≪ゆえに、我は、魔王なのだ!!≫
「っ……!」
語るほどに魔王の熱は高まっているようだった。
同時に何千何億と押し寄せてくる〝意味〟の激流に、さすがのスフィールリアも息が詰まってくる。
≪――覇者を殺せ!≫
「ぐっ!」
≪覇者はだれだ!? 無人なる神の座の前に立つ者――ハハハ、殺せ!!≫
≪だれだ? わたしは、我は、知っているぞ。殺せ! 滅するのだ! 世界に終焉を!!≫
≪じきに手が届く。破滅をもたらすその時が。フハハハハハハハハハハ――――!!≫
「だまって、てば――――!!」
≪ぬう――――!!≫
激発するままに、スフィールリアは〝金〟の力を爆発させる。魔王が身じろぎして遠ざかっていった。とはいえ、その威容は少しも縮みはしなかったが。
金色の輝きは魔王の圧力さえ遠ざけたが、まだ、これほどの存在とまともに戦えるだけの力は出せなかった。自我の方が耐え切れるものではない。
(あと、少し……で)
擦り切れ、あいまいになった手を伸ばす。目の前の存在に比べれば、あまりにもはかない情報の糸を束ねてゆく。
あと一度でもまばたきをすれば自己の存在ごと見失ってしまいそうな揺らぎの中で、小さな小さなタペストリーを編む。
そして、そこまでだった。
≪――深淵を覗き見る者よ≫
魔王は、変わらずにそこにいた。
≪汝は真理に立ち向かわんと欲する者か? ならば教えておこう。運命の名を。滅ぼすべき敵。その名は――≫
口が動く。
≪――――≫
「――」
その言葉を聞いたと思った瞬間、スフィールリアの意識は弾け飛んでいた。
その名を、なぜかスフィールリアは、ずっと前から知っている気がしていた。
「っ――!!」
実領域に意識を復帰したスフィールリアが感じたのは、まず悪寒だった。下着まで余さずぐっしょりと全身の衣服が濡れ、冷えた汗が顎を滴り落ちてゆく。
次に感じたのは暖かみだった。肩をつかんだアイバが、必死の様子で覗き込んできていた。
「……大丈夫、か?」
うなづき、汗を拭い、スフィールリアは顔を上げて通信機器に呼びかけた。
「送信……完了しました! 各員回収試行をお願いします。走査式――ラン!」
『二班、回収を完了』
『三班、完了』
『四班もオーケイだ。すごい、な!』
『五班も今完了した。容量いっぱいだ』
「撤退!」
機器をしまい、護衛を振り返りながら叫ぶと同時に立ち上がる。
とたんに膝から力が抜けて転びかけたところをアイバに支えられた。そのまま背負われて、走り出した。
『魔王使徒、異常活性! 推察――全体攻撃です!』
『――きたな。スフィールリア・アーテルロウン。その素材を持ち帰るか否かで勝敗が大きく揺らぐ。各員がかならず間に合うよう配置を調整してある。近くの陣形に飛び込んで耐えしのげ!』
「了解っと!」
スフィールリアを背負うアイバが勢いよく吼え、波のように後退する前衛部隊に食らいついてゆく。
通信が、魔王使徒の全体攻撃まで残り七十秒の旨を告げていた。
◆




