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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
106/123

(3-49)


 時空が――歪んで――集まっていって――


「――――」


 ふと気がつくと、スフィールリアは真っ暗闇のただ中に佇んでいた。

 いや、正確には、暗闇だけではない。彼女自身と、彼女が立つ足場があった。

 どういうわけか、そこは先ほどまで立っていた『学院の秘宝』迷宮の転移ポータルと同一の形状をしていた。

 その向こうには、どこかのささやかな居城の一角でも切り取ってきたかのような石の回廊。崩れかけた壁。折れた石柱。無事な石柱。などなどが続いている。

 そういったようなものが、真っ暗闇の空間に、脈絡もなく浮かんでいた。

 その上に、自分は立っている。

 よく辺りを見回してみると、はるかな下方から、なにかの光源に照らされているようだった。それにしても視界は良好すぎる(・・・)気はしたが。


「……」


 音もない。空気の揺らぎさえも。


「なにここ……」


 総合して、まぁそういう疑問にゆきついた。自分は、テスタードの術式で過去に飛んだのではなかったのか。こんななにもないところに放り出されて、これからどうすればいい?

 そんなことをぐるぐると考えていると、


「うーん、今日もロクなものが流れてこなかったですー」


 背中の方から少女めいた声が近づいてくるので、スフィールリアは振り返った。

 そこにはどうやら階段があったらしく、見つめていると、円形の縁から声音の通りの小さな女の子が上がってきた。


「今日っていっても、どーせこんなところ、時間なんてないんですけどー……どー……ど……」


 そして、スフィールリアと目が合う。


「……」


「……」


 数秒の沈黙ののち、少女は抱えていたガラクタたちをすべて取り落とした。

 スフィールリアが話しかけようとした時。


「ほわぁぁあああああああああああああああーーーーーーーーっ!?」


 少女がこの世のものとは思えない絶叫を上げたので、スフィールリアもびっくりして叫び返していた。


「きゃああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!?」


「にゃああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!?」


 すると少女がさらにびっくりした様子で声量を上げてきたのでスフィールリアもさらにびっくりして叫び返す。


「あああああああああああああああああああああああ――――!!」


「あああああああああああああああああああああああ――――!!」


「…………!!」


「…………!!」


 たっぷり十秒ほど全力で叫んでいると両者ともに息が切れてきて、最後には声もなく限界いっぱいまで息を吐いた……ところで、一旦、止まる。


「な、なに……!?」


「すぅううううううううううううう――」


 少女が目いっぱいに息を吸い始めたのでまた叫ぶのかとスフィールリアは身構えていたが、次にはその空気は深く吐き出された。深呼吸だったらしい。

 そして少女は「どうどう」な手つきでこちらをなだめながら近寄ってきた。


「分かりました。分かりましたよ、おねぃさん。いったんおちつきましょう」


「う、うん。分かった」


 なにが分かったのかさっぱり分からなかったがとりあえずうなづいておくことにする。手がかりがなにもないこの状況で、原住民らしい彼女の存在は非常に貴重だ。


「……」


 目の前の少女。

 年齢は十歳か、せいぜい十二歳くらいだろうと思える。それぐらい小さい。

 少女だと判別できたのは主に服装と、髪が長かったおかげだ。どこぞの術士の弟子でもやっているのかと思わせるような、縁に文様が入った長いローブを引きずるようにして羽織っている。その下は動きやすそうな肩出しの衣装とハーフパンツ。すらりと伸びている足は、たしかに男の子のそれではなく女の子のものだ。首元に下げた、本の意匠を施した大きな懐中時計が印象的だった。


 だが、この少女が『普通の』少女ではないと分かる最大の特徴があった。

 肩口あたりまである髪の毛。――その色はそれ自身が光でできているかのようで、青、緑、赤の色へと変じる輝きを宿していた。

 学院長とも違う。まるでイルミネーションライトを灯した水槽の水を、髪の毛の形に切り取ったかのように不思議に揺らめいているのだ。

 それにしても、どこかでこの少女か、よく似た少女を見た記憶がある……ような、気がする。


「うーん、ちょっと待ってくださいね。分かりましたから。おねぃさんは、そう、おねぃさんはですねぇ……」


 と、分かったと言ったにもかかわらず腕を組んで考え込んでいた少女。

 ぴょん、と指を立てて自信満々にスフィールリアへ告げてきた。


「お客さんですね!?」


「え。ああ、えっと、その。あたしとしてはここがどこかも知らずにきちゃったんだけど、不法侵入じゃなくてお客さん扱いならうれしい、でいいのかな、うん」


「なるほどー、なるほどー」


 少女は納得顔で「うんうん」とうなづいている。本当に分かっているのだろうか?


「えっとそれであの。……あ! あたしスフィールリアって言うんだけど。それで、あたしってばここがどこのなんなのかも意識してないできちゃったんだけど、この場所のこと教えてくれないかな? あたし、急いでいかなくちゃいけない場所があるの!」


「これはこれはご丁寧にどうもです。あ。あたしはアムーって言いますたぶん。以後よろしくです、おねぃさん」


 ぺこりと頭を下げられてスフィールリアも反射で頭を下げ返していた。

 ――と、ふと聞きとがめて、尋ねていた。急ぎたいのはたしかであったが、いろいろと不思議な事項が多すぎた。


「……(アムー)? ていうか、え? 今たぶんって?」


「はいです。『アムー()』です。それが『あたし』です」


 それはたしかに、彼女たちの言葉で『時』を意味する単語だった。

 ただし、〝時間〟とか〝時刻〟とか、そういった慣れ親しんだ言葉とは少し違う。

〝過去〟や〝未来〟などすべてを内包した、あるいは取り払った、もっともっと大きな概念を指す語のことだった。


「……」


「? なにかヘンですかー?」


「ああいや、ヘンっていうか……」


 スフィールリアは、ぽりぽりこめかみをいじってどうしようかと考えてから、結局、言ってみることにした。


「気を悪くしたらごめんね。なんか、人の名前っぽくないなー、ってカンジがして」


「っ!?」


 案の定、少女はショックを受けたようだった。両手で口元を覆って悲壮な表情をしている。


「あたしの名前……ニンゲン失格!? 名前負けです……!?」


「ああいや、失格とか大げさな話じゃなくて! え、名前負け? いやね、そうじゃなくてなんというかその言葉だと『時間』よりも大きな概念で意味が大きすぎるというか、人間離れしてるっていうか……」


 がしかし、慌てて謝罪しようとしたところでけろっと元に戻り、身体ごと首を傾げて聞いてきた。


「では、どんなかんじが人っぽい名前の、いまどきのトレンドなんですかねー?」


「ええ? どうかなー。てかトレンドって? うーん、どうだろうなー、アムーをモチーフにすると……うーんっとねー……」


 数秒、必死に頭を働かせて近いと思われる女の子っぽい名前を思い浮かべてゆく。

 ふと、顔を上げ、


「女の子なら……アメル、とか?」


「おお!」


 その瞬間、ぱっと表情を輝かせて少女が食いついてきた。


「ではそれで! 今日からあたしはアメルなのでーす!!」


「ええっ!?」


「〝にんげん〟っぽくて〝おんなのこ〟なんですよねっ!?」


「え、ええ、うん、まぁ、そうだと思うけど……え? いいの? それで?」


 女の子は「はぁ~」と手を組み感動の息を吐いてから、改めて輝いた顔をスフィールリアに向けてきたのだった。


「にんげんっぽくて女の子っぽい……すばらしいですぅ~。今日からアメルはにんげんさまなのです。にんげんっぽくって女の子らしい名前を知っているなんて、おねぃさんはものしりなんですねぇ~。大変ありがとーございました!」


 ぺこり、と頭まで下げられる。


「ええ、うん、どういたしまして。まぁ、本人がいいっていうならいいんだけど……」


「では、アメルのことはおきがるに親愛をこめて、アメルって呼んでくださーい!」


「うん、分かった。じゃー……アムちゃん!」


 また、アメルはショックを受けたようだった。


「なんだか元に近いカンジに!?」


「あ……ごめん。親愛を込めて、て言うからつい。愛称(ニックネーム)っぽく呼んじゃった」


「ニックネーム……!!」


「ああ、いや! あんま気にしないで! いやいや、そんなものすごい衝撃受けるよーなことじゃないから!」


「にんげんさまっぽくない名前からにんげんさまっぽい名前になり、しかして〝にっくねーむ〟なる〝しゅほー〟にて元の形から似て非なる形に流転する……おねぃさんは賢者様なのですか……!!」


「えー、いやー、どーだろうねぇ……」


「あたし、かんどーで胸がいっぱいです!」


「まぁ、本人がそれでいいっていうならいいんだけどさー……」


 とりあえず、本人はそれですべて納得しているようなので深く追求はしないことにした。


「それで、おねぃさんはどんなご用件で、こんな時間の『はぐれ漂流地』にきたんですか?」


 回り道はしたが、明らかとしたい事項へ話題が及んでくる。

 かわいらしく小首を傾げる少女に、スフィールリアは、戸惑いつつもここにくる直前までの事情を説明した。

 するとアメル、唐突かつ当然のように、こんなことを問うてきた。


「なるほどぅ。ということはつまり、おねぃさんは時空エレベータのご利用客さんなんですね?」


「え。じ、時空エレベータ?」


「え。違うんですか?」


 また、首を傾げられる。

 焦りと、与えられた語感から、スフィールリアは直感的にうなづいていた。


「うんうんそれそれ。たぶんそれ! とにかくあたしは五時間くらい前に戻りたいの! 一刻も早く! ……ってなんか言い方矛盾してる気がするけどさぁ!」


「うんうん。なるほどー。なるほどー」


 アメルはしきりに納得顔でうなづいているが本当に分かってくれているのかどうかは分からない。

 これまでのやり取りもあってなんとなく心配になり、スフィールリアは改めてキョロキョロとあたりを見回した。


「あ、あの、でもさ……あたし本当ならたぶん、こんな場所にくるはずじゃなかったんだよね。あっ、こんな場所なんて言ってごめんね。でもさ、なんであたしここにいるんだろう。過去の時間に戻ってなくちゃいけないはずなのに……」


「いえいえおかまいなく。たぶんそれってなんですが、ひょっとして対象の〝時間〟を〝せーせーちゅー〟なんじゃないでしょーか。エレベータもまだ現れてませんし」


 名前の概念があやふやな割に、こういうところはしっかりと答えてくる。


「待てばそのうち出てきますよ。まーまー、お茶でものんでゆっくり待っていってくださいよ」


「そ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて待たせてもらおっかな……え? お茶? お茶とかあるの? こんなところに? あっ、またこんなところってゴメン……」


「はいー。草ティーと砂ティーと石ティーとかありますけどー」


「え? 今なにティーって?」


「草ティーと砂ティーと石ティーです。おねぃさんはお客さんなので、さいこーきゅーの貴重な石ティーをお出ししよーと思ってます! では待っててください!」


「わーー待って待って! その前にどんなものか教えてお願い!」


 どこかにすっ飛んでゆこうとする少女の肩を慌てて捕まえると、彼女、こんなことを言ってきた。


「たまにしか流れてこない金属をふくんだ石をお湯に漬けてじっくりと煮出したこーきゅーひんですよ! 深みのある茶色と、舌をぴりりと楽しませてくれる苦味と風味が出る逸品なんですー」


「ごめん…………のどかわいてないからいーや…………」


 げんなりと、断る。


「そーですか? のどかわいてなくてもおいしーんですけど。普段はあじとかないですからね」


「ねぇ……アムってなに食べてるの? いや……やっぱ答えなくていーよ。ちょっとこれ食べてみてよ」


「? これなんですか? 土系のブロックですかねー?」


 この時点でだいたいうかがい知れる。

 ともあれ、スフィールリアがポーチから取り出して封を開いて渡したのは、おやつにもなる携行栄養食だ。王都で有名な菓子店が戦士や術士などの旅行者向けに作っている。上流の菓子職人が知恵と技術を注ぎ込んだ逸品であり、油断すると冒険にも出ていないのについつい食べすぎてしまう……。


「~~~~~~~~~~っっっ!!」


 ひと口かじった瞬間、少女の顔が――爆発した。

 ……と、思えるぐらいに表情が輝いた。


「おいしい?」


「……!!」


 そのまま、押し込むように全部口に入れてしまった。

 いっぱいにした頬袋をぼりぼりもふもふ言わせながら、


「ふぉひぇいはんふぉへはふぉんふぁふひをふぁふぁへふぁふぁむぐふぇうんふぇふふぁふぇ!?」


「ああ、ああ、いいからいいから。ちゃんと落ち着いて全部飲み込んでからしゃべって」


 鼻息荒く何度もうなづきながら、アメルはその後たっぷり十分ほどかけてブロック食料を味わっていた。

 なんとしても口の中から逃がすものかとがんばりつつも我慢できずに「んぐ」「んぐ」と飲み下してゆき、「ああ~、なくなってしまいますぅ~」などと嘆きながら、最後のひと口分を飲み込んで。

 次に、はっとスフィールリアを見て、ぺこりと頭を下げてきた。


「ぜんぶたべていーかおうかがいする前にぜんぶたべちゃいました。ごめんなさい!」


「ああうん、いいよ。どうせ全部あげるつもりだったし。で、さっきはなんて言おうとしてたの?」


「おねぃさん、これは、どんな土を固めたらこんなにおいしくなるんですかね!?」


「土じゃなくて、お菓子って言うんだよ。も一個食べる?」


「いーんですか!? いただきまーーす!!」


 二本目は「すぐなくなるから」と言って、ぺろぺろと舐め始めた。


「えへへ。今日はとってもすてきな日ですー。こんなにおいしい『ごはん』を食べさせてもらって、すてきな名前までいただけちゃうなんてー。んふふ。アム、アム。アムアーム♪」


 適当な石材に座り足を揺らす少女の姿に、スフィールリアはなんだか胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


 なんだか、他人のような気がしないのだ。

 そのアメルに、やっぱり聞く。


「ねぇ、アメル。アメルはいつもなに食べてるの?」


「んぐ、んぐ……いつもは土とか草とか……おもに土ですねー。でも土より草の方がのみこみやすいですー。石はたべるのがたいへんです。別に食べなくてもいーんですけど、なんとなくー。〝せーかつ〟に〝いろどり〟を出してみよーかと」


「……なるほど」


 やはりとは思ったが、人間とは少し違うのか。

 それはそれとして、この娘はもっとちゃんとしたものを食べなきゃダメだなとスフィールリアは思った。こんなに愛くるしい女の子が土とか食べてる姿は想像したくない。


「ここに住んでるの? どこかに町とかある? ほかの人は?」


「ほかのひと?」


 と、また首を傾げるアメル。


「よく分かりませんが、アムはずっとここにいるです。アムのほかには、おねぃさんがいますね~」


「いやいや、あたしはカウントしなくていいんだけど。ひとり? いつから?」


「んーーっと………………ずっと! ですー!」


「ずっと、なんだ」


「はい! そもそもここは〝時間〟が『ない』ので! いつからとかよく分かりませんねー!」


「時間が……ない……か」


 また、見回してみる。

 ――なにもない。

 空もない。風もない。音もない。あるのは、この雑に切り取られたような石の建築と、自分たちの声だけだ。ほかはそのへんに詰まれた、おそらくアメルが『拾ってきた』のであろう年代も様式も違うようなよく分からないガラクタやその破片くらいか。

 あとはただ闇が続いている。


 こうして落ち着いて見ると分かる。その闇に見えているものも、ただ単純に『ない』という事実が自分の知性に闇の純黒として認識されているにすぎないのだと。だからロクな光源もないのに、建物や、アメルや、自分が、はっきりと見える。本当に、ここにはこの領域のほかにはなにも『ない』のだ。


 もちろん通常の空間ではない。おそらく<アーキ・スフィア>上のどこにも関連づけされることなく彷徨っている『はぐれ』領域とでも言うべき部分なのだろう。アメル自身も最初にはそんなようなことを言っていたような気がする。


〝金〟の絶対色によって時空圧縮を〝スルー〟したために帰属する時間点を一時的に喪失し、同じ『はぐれ者』である『ここ』にたどり着いた。

 大味だが、そんなところだろう。

 あるいは、『ここ』は、そんな時間や帰属の喪失者がたどり着き、または別のどこかに送り返されるための漂白地なのかもしれない。巡り、循環する<アーキ・スフィア>の機能。そのひとつとして――。


 少女(アメル)は、自分がいつから『ここ』にいるのか分からないと言った。

 分からないのではなく、知らないのではないだろうか。

 このはぐれ場所と一緒に生まれ、はぐれ巡り流れたどり着いてくるものたちを迎え、送り続けてきた……

 スフィールリアは、一生懸命に初めての味に取りかかっている少女を眺め、気がついたらぽつりとつぶやいていた。


「……さびしくない?」


 アメルは最後のひと口を飲み下しながら、きょとんと見返してきた。


「さびしい、ですか? よく分かんないです。さびしー方が流行りに敏感なカンジですかねー?」


「いや、遅れてるとかそういう話でもなくてね」


 ぽりぽりと頬をかき、スフィールリアは少女に笑いかけていた。


「またここにくることがあったら、もっとおいしいもの持ってきてあげるよ」


「ほんとーですかっ!? これよりもおいしーものが、そんざいしてるんですかっ!?」


「そりゃ、いっぱいあるよー」


「おねぃさんは神の国の住人さんですか……!? いえいえ、おねぃさんはひょっとして女神さまなのでは」


「大げさだなぁ」


 それから、スフィールリアはアメルに、この世に存在するいろんな食材や、それらを何種類にも分けて調理する料理という概念に関する話を聞かせてあげた。だから本来なら土とか石とかは食べる対象としてはあまり望ましくないんだよということも織り交ぜながら。アメルは本当に目を輝かせながらじっとスフィールリアの話を聞いていた。

 そんなだから時間はいくらかけても不足することはなく、体感で十分ほどしたところで、なにかの音を聞きつけた小動物のようにアメルが虚空を見上げた。


「時空エレベータがあらわれたみたいです!」


「お、おお……そうなんだ」


「おねぃさん、いっちゃうですか?」


 くり、と首を傾げる少女の表情は天気を尋ねるぐらいに軽いが、このタイミングでこの言葉などを合わせて考えると、やっぱりさびしそうにも見えてくる。ぐっと胸にくるなにかを抑えながらスフィールリアはポーチの中から残りの食料二本を差し出した。念のため取っておこうと思ったが、帰れるなら大丈夫だろう。


「これあげる。きっとまたくるから。エレベータっていうのの使い方、教えてほしいな」


「そんなロクなおかまいもできずこのうえさらにほどこしていただくなど」


 銀河中の輝きを集めたような目で、滝のようによだれを流す姿に「そう?」と言って引っ込めることはできず、「いいからいいから」とアメルの手に食料スティックを持たせる。


「全力でごあんないさせていただきます!!」


 それから、本当に全一挙手一投足を全力で「ふんしゅー! ふんしゅー!」と息巻きながら先導してくれるアメルに続いて、回廊を歩き、闇に落ちていってしまいそうな螺旋階段を下る。


「おんや?」


 そして、あるところで……止まった。

 スフィールリアも一瞬きょとんとしたものの、すぐに異変を察知して、物珍しそうに寄って観察しようとするアメルの肩を引っつかんで壁の影に隠れた。


「……!」


 ごくり、と息を呑んで、そっと覗き込んでみる。

 場所は、建造物の終端へと向かう一本道の回廊。

 見晴らしのよいそこを、明らかに異物と分かる物体が占領していた。


「うわー。なんですかあれ。こわ……」


「あれって……」


 スフィールリアはその物体に覚えがあった。

 白い甲殻に覆われた巨大な体躯。六本の鋭利な脚。

 間違いない。以前にアイバが話していた、バグモンスターの内部から出てきたという不死身のモンスターだ。『兵隊アリ』と言っていたか。

 ただ、話との相違点があるとすれば、色が紅くないことと、頭にあるはずの巨大なツノがないことだろうか。

 よく見ればツノはバッキリと根元から折れているようだった。その代わりツノにあたる部分に生えているものがある。


「あれって、縫律杖(ほうりつじょう)……?」


 目を凝らせば、それはたしかに綴導術士の杖――『縫律杖(ほうりつじょう)』であるように思えた。長大だが飾り気のない白い杖。先端部に顔のない女神の像が据えられているだけの。たぶん長さの半分ほどまで突き刺さっている。あれが見た目通りの生物なら脳を貫通しているだろう。

 が、普通に生きている。

 触覚で床を触ったり、脚で引っかいたりして、なにかを探すようにうろついている。


「う~ん、困りましたぁ。なんであんなのがいるんでしょーね~?」


 はっとしてスフィールリアはアメルに頭を下げていた。


「ご、ごめん。ひょっとしたらアレ、あたしが連れてきちゃったのかもしれない……」


「おねぃさんが? ふむふむ。おねぃさんは変わったいきものとお友達なんですねぇ~。いーことだと思います!」


「い、いや。お友達ってわけじゃなくって……え? いいことかな? いやね、お友達じゃなくて、ひょっとしたら敵、風味……かもしれなくってですね……」


「なんと」


 驚いている風味で危機感のさっぱり感じられない反応をして、アメルは腕を組んだ。

 そして数秒考え込み、驚くことを言ってきた。


「うーん。ではアレ、排除しちゃいましょっか!」


「え、ええっ!?」


「だってだって。あたしとしても、あんなものに居座られているとめーわくですし」


 まるで畑を狙うイタチでも払うぐらいのスケール感でものを言う少女に、スフィールリアは慌てて諭しかける。


「い、いや。それはそうだろうけど、ていうかあたしのせいなのか……ごめん。だけどね、あのモンスターすっごく強いらしいの。あたしの知り合いのすっごい力持ちな戦士さんが倒せなかったっていうぐらいなんだから!」


「そーなんですか?」


 スフィールリアはこくこくとうなづいた。


「そーなんだよ。戦士職さんでもいないと無理だって!」


 少女が「うーん、なるほどです」と納得顔をしてくれたので、ひとまず息をつくスフィールリア。

 が、次の言葉でまた驚いた。


「それじゃーその『せんしさん』の役目、アムが引き受けますよ?」


「ええっ!? 戦えるの!? ウソでしょっ!?」


 どむ、と力強く自分の胸を叩く少女。


「はいです! ウソじゃありません! おねぃさんのイメージさえあればだいじょーぶです!」


「い、いめーじ?」


 再び、なんら疑いもないうなづきを返してきて少女。


「ここは時が合流する場所。おねぃさんの記憶の中にある『せんしさん』の情報をもらえれば、アムがその『のーりょく』を再現して使うことができるんでーす!」


「え、そ、そんなことできるの?」


「はいー。っていっても、本人さんより数割は性能が落ちると思いますけどね。なにせ本人さんじゃありませんので」


「い、いや。本当なら充分にすごいよそれ。どうしてそんなことできるのとか、なんていうかいろいろさ……」


「ふふーん。どーしてかは分かりませ~ん。実はアムもなんとなく今分かったカンジでーす」


「え? 今分かったの? ほんとに大丈夫?」


「ほんとのほんとでーす! 『ごはん』をくれたおねぃさんにウソなんかつきませーん!」


「いやぁ、でもなぁ……」


 スフィールリアは困ってしまって頭をかいた。

 仮にその話が本当だとして、こんな見た目十歳にすぎない少女に、あんなバケモノとの戦いの最前線を押しつけるというのは気が引けすぎた。


「じゃあーそういうわけなので、いきましょーか! とう!」


「えっ!? あ、ちょっ――」


 しかし少女、こちらが制止する間もなく物陰から飛び出していってしまったではないか!

「やーやーたのもー。たのもーではないか! あたしの住処から出ていってください! おねがいします!」


 あまつさえ大声で『兵隊アリ』の注意を引く始末である。

 しかたなく、スフィールリアもあとを追って瓦礫の陰から抜け出して、彼女のうしろに立った。


〝キュリ……〟


 そして、振り返った『兵隊アリ』の視線が――たしかに、自分を見た。

 そういう確証がスフィールリアに沸く。


「むむっ。目の色変えましたね。きますよ、おねぃさん!」


「ひぇえ……!」


 スフィールリアの姿を視認した瞬間、ものすごい勢いでこちらへと向かってくる『兵隊アリ』。

 なし崩しに、戦いが始まった。

 始まってしまった。

 ろくな装備もなく。護衛の戦力もなしに。そんな状況で、本当にあんなバケモノに勝てるのだろうか?


「おねぃさん! だれか、たよりになる人のイメージをっ!」


「――!」


 そうこうしている間にも『兵隊アリ』の威容は迫る。

 少女の叫びにスフィールリアはとっさに目を瞑り、その人のイメージが少女に重なるように思い浮かべていた。あの小さな身体を護ってなお、余りある――力を!


(――キアスさん!)


 一瞬後に激突の音。スフィールリアは少女の小さな身体が滅茶苦茶に吹き飛ばされる姿を幻視して、目を瞑ったままで肩をすくめた。

 だが。


「うぬぬぬ……これはこれはっ」


「……えっ? あ、あれっ?」


 まぶたを開いたスフィールリアの目に映ったのは、巨大な鋼鉄の塊だった。

 無骨で、圧倒的で、そびえ立つ壁のような――キアスの剣。

 それが突進してきた『兵隊アリ』の頭部を受け止めていた。

 そんな巨大な剣を支えている、小さな小さなアメルの姿。


「うっそぉ……!」


「力が……みなぎりますよぉー! とりゃっ――せーい!」


〝ギッ――!!〟


 さらに信じられないことにアメルが力を込めると、とんでもない力が働いたと分かる轟音とともに『兵隊アリ』の頭が弾かれ――その小さな身体で当たり前のように大剣を振るって白いい甲蟲の巨体を弾き飛ばしていた。

 アリが二転三転しながら回廊の端側まで吹っ飛ばされてゆく。


「す、すごい……」


 まさにキアス・ブラドッシュの力だった。

 圧倒的な膂力。圧倒的な〝気〟の出力。そしてどこから現れたのか不明だが、そのものとしか思えないキアスの巨剣。アメルはそれを「ムン! フン!」と揺さぶって見せて『兵隊アリ』に凄んでいる。大変可愛らしい。


 ――勝てる。

 スフィールリアの胸に頼もしさの熱がこみ上げてくる。

 勝てる。これなら。いける。戦える。

 あの時は装備もロクになく、アイバは万全じゃなかったし、キアスさんもいなかった。

 だけどキアスさんの力がそのままここにあるなら戦力としてはケタ違いだ。きっとなんなくあのモンスターを叩き潰して、センパイとの約束通り自分は過去へ――

 と、思ったのだが。


「ムン! ……あ。あれれ~?」


 ゴチン。という音とともに。アメルが困ったように振り返ってきた。


〝……キ!〟


 警戒すべき対象がそっぽを向いたところで『兵隊アリ』が猛烈に走ってくる。


「……この剣大きすぎて振り回せないですー。おねぃさん、もうちょっとこまわりのきく人に切り替えてもらっていーですかね~?」


 そんなところだけアメルのままなのか。そりゃそうだ。あんな小柄な身体で振り回せる獲物じゃなかった。スフィールリアの頭に混乱と焦燥が渦巻く。『兵隊アリ』はグングンと迫ってくる。大迫力だ。


「ちょっ、アムちゃん前前! 分かったから! 向かってきてるから前! ええっと、小回りがきく人頼りになる人小回りになる人まえ前ーー!」


 再び、目を瞑る。激突の音がする。


「……」


 目を、開けると。


「……む! むむむむ~~! これはー!」


 足に込めた〝気〟で数メートルを踏ん張ったアメルの姿があった。

 その両手には、気高き『薔薇の剣』の白く美しい刀身。受け止めた蟲の脚の装甲に、たやすく半分まで食い込んでいる。

 スフィールリアが思い浮かべたのは、アレンティア・フラウ・グランフィリアだ。


「とーーう!」


 アメルがぴょーんと(としか言いようのない可愛らしい動きで)飛び跳ねると同時、食い込んでいた『薔薇の剣』がいともたやすく蟲の脚を斬り飛ばした。

 悲鳴を上げて頭を振り乱しながら別の脚でアメルを蹴りつけ、『兵隊アリ』がたまらず再びの距離を取る。


「これは……すごいですよぉ! 見ててくださーい!」


 一方でなんなく転がって攻撃をいなしていたアメル。誇るように『薔薇の剣』を掲げ、スフィールリアも知らないことをしでかした。


「けだかき十二のはなばなよ! せーなるしめいとわがめーやくの名におき、なんじが名をしめす。ここに、えーと、わがきずなのあかしとかみのめぐみをしめせ! がーでんおぶすりー! はぁとおぶがーでんろーぜす!」


 剣に向かい、高らかに歌い上げる。


「っ!?」


 その瞬間、『薔薇の剣』が、激烈になにかの力を注がれたかのように激しく鳴動し、薄紅く発光し始めたではないか。


「いきますよおりゃーー! 食らうです! 必殺ぷりてぃークマちゃんふわふわ殺戮拳ーー!」


 これはアメルの命名だなと分かった。

 瞬速で迫ったアメルの一撃が、防ぐ余地もなく『兵隊アリ』の脚をさらに三本斬り飛ばしている。

 スフィールリアは驚愕した。

 あれは、スフィールリアも知らない機能だ。アレンティア自身が知っているかどうかも分からない。自分が知っている範囲だけではなかったのか? それともアメル自身の知覚力が〝発見〟したことなのか。

 分からないが、ともかく。アメルの小さい身体からは想像もしなかったが、押していた。


〝キリリ!〟


「あっこの、待つですー!」


 と、アメルを組み伏せがたしと見たか、先に弱そうな方をしとめると出たか。小さなアメルを強引に踏みまたいで、アリがこちらへ突進をかけようとしてくる。真正面からあまりの勢いにスフィールリアの身がすくむ。


「待つって、」


 がしかし、今のアメルはアレンティアの能力を持っている。あっという間もなく追いすがり、アリの真横の腹から、


「言ってるでーす!」


〝ッ!!〟


 かち上げて、真上に吹っ飛ばした。


「かよわいやさしーおねぃさんを狙うなんてこれは悪い虫さん! おしおきのバラバラの舞でーす!」


 さらに攻める。落ちてきたアリへ、アメルが高速の回転軌道を描きつつ軽妙なテンポで何度も『薔薇の剣』を叩きつけて、装甲が散ってゆく。これは見覚えがあった。アレンティアの薔薇の舞の型のひとつだ。

 やっぱりいけるかもしれない。自分も後衛役らしく援護射撃を送って一気に畳みかけたいところだったが、強い攻性武器は『学院の秘宝』迷宮攻略の時に使い果たしてしまっているのが悔やまれた。

 その後もアリは何度もスフィールリアを狙い、アメルをすり抜けようとしてきた。

 が、追撃するアメルの威力が怖すぎるためか、完全な無視もできない。


「このー! 何度も何度もおねぃさんを狙っちゃダメですー! やめてください! おねがいします!」


〝キィ!〟


 結果として、『兵隊アリ』はスフィールリアとアメルの間に挟まり、アメルと対峙する形で小競り合いを繰り返す構図となった。こうなってはますます援護がしづらい。


〝ギュリッィイ!!〟


「ぬわぁーん!?」


 とここで、アリが新たな挙動を見せる。衝撃波のようなものを起こして再びアメルを吹き飛ばし、脚の高さを落としてぐっと身構える。全身の装甲に描かれた文様じみた模様が激しく発光し始めた。

 その頭部の上に輝く円環が現れ、次に、上昇してゆく。

 円環は不吉に光度と大きさを増しながら、回転しているようだった。

 これは、知らない。

 話にはなかった攻撃だ。


「アム、気をつけて!」


「なんだか分からないけどりょーかいです! アム気をつけます――にゃあ!?」


 その瞬間、跳んだ。

 クモかなにかのように跳躍した。身を落としていたのはこのためらしい。

 着地点は、スフィールリアの、真上。

 慌てて抜け出そうとしたところ、アリが全部の脚を横に畳んでぐっと腹を落としたために脱出不能になってしまう。潰されてはいないが、絶妙に抜け出せない。


(しまった……捕まった!?)


「おねぃさ――」


 さらに、次の瞬間――

 激しく光の粒子を撒き散らしていた円環が、爆発した。

 というより、爆発的、無差別に光の矢を射出し始めたのだ!


「きゃあああああ! きゃああああああああ!! きゃああああああああ!?」


 回廊全体を覆って降り注ぐほどの無茶苦茶な攻撃。『兵隊アリ』自身をも攻撃の範疇に含んでいる。全周から全身に叩きつけてくる轟音と衝撃に、スフィールリアは蟲の腹の下で身体を丸めて叫ぶしかなかった。

 ついでに、石の床が砕かれる轟音の向こう側から「にゃぁぁぁぁぁぁ……!?」とアメルの悲鳴が漏れ届いてもくる。


(アメル……!!)


 衝撃が、降り止んで。

 蟲の腹がゆったりと持ち上がってゆく。スフィールリアは呆然としつつ、土煙と蒸気が立ち込める回廊にアメルの姿を探し求めた。声が聞こえないことに、ぞっとする。

 しかし。


「おねぃさんから――」


 声は、むしろぎょっとするほど近くから聞こえてきた。


「――離れるでーす!」


〝ッッキ――!?〟


 蟲のおしりを叩き上げるような一撃。アリは縦に転がりながら跳ね飛んでいった。


「アム! よかった……よく無事だったね!」


「はいー! なんだか全身バラバラになったかと思いましたけど、なんだかだいじょーぶでしたねー! なんだかアムはじょーぶな子みたいです。えっへん!」


 いいのかそれでと思いもしたが、悪いわけもない。無事だったこと、合流できたことにほっとしつつ、再び回廊端まで吹っ飛んでいた『兵隊アリ』を見据える。


〝キリ……〟


 しかし『兵隊アリ』は、切断面から光のフレームを現していとも簡単にすべての傷を再生してしまっていた。脚も、今までの乱攻撃の連続で砕けていた装甲も、すべてだ。

 視線がいまいち読みづらいが、その目は、ただひたすらにスフィールリアを目指して注がれているような気がしてならない。


「あれれー? これってふりだしなんですかねー?」


「あっ! そういえば無限に再生するって言ってたかも!」


「そうなんですか? むーん。きりがないですねぇ」


 やはり微妙に危機感に欠けた調子のアメルだったが、言っていることは冗談でもなんでもなかった。キリがない。アレを倒す方法はないのだろうか――

 と、そこでスフィールリアは電撃的に閃いて「あ!」と声を上げた。

 あるではないか。倒す方法というか、実際に『倒した』方法が!


「アムちゃ! 能力切り替えよ! 倒せるかもしれない! いける!?」


「はいー。おねぃさんのイメージがよければアムはいつでもっ」


 頼もしい返事にうなづき、目を閉じてイメージする。あの理不尽なモンスターを倒す力を。


(アイバ……!)


「おー?」


 同時、アメルが変化する。小さな手の中の『薔薇の剣』が光の粒になって散り、次に新しい形へと再構築されてゆく。

 より長大に。樹木を思わせる意匠は伸びやかに、美しく。静謐な湖面のように周囲を映し返す、白き片刃の刀身。

 かつて世界を救ったという――『世界樹の聖剣』へと。


「おお~!」


「よし……!」


 うまくいったことを見届けてスフィールリアはガッツポーズを取った。

 アメル自身の見た目に変化はなかったが、能力もアイバのものになっているはずだ。

 スフィールリアはびしっと『兵隊アリ』を指差しした。


「さぁーアムちゃん! もうあたしがやりたいことは伝わってるはず! アイテム変化の技でアイツをやっつけるのよ! アメ玉にでもしてやりなさい!」


「がってんでーす!」


 得意げにぴょんと前に出るアメル。


「こいつはこいつは、こいつもスゴいですよー! おねぃさん見ててください!」


『世界樹の聖剣』を掲げ、『薔薇の剣』の時と同じように歌い上げる。


「せかいをつらぬくおうなるき、めぐみのしずくをこぼし、ゆらぐちをうるおし、はてしちをほす。えんかんのぬしー。なんじの名をうたおう。ゆえになんじもうたわん。うたえこのほうまつなるよに。みはてぬかみのゆめを! ――じゃじゃーん!」


「おお!」


 じゃじゃーん、のあたりですでに『世界樹の聖剣』は激しく白光を放っていた。アイバは絶対にこのことを知らないだろう。

 端的に言って、すごく強そうである。これはもう勝ったな、そう確信するほどに。

 ところが、である。


「あ、あれれっ……?」


 聖剣の輝きはほんの一時のことだった。どんどんと光は弱まり……ついには『ぷすん』と音でも立てそうな感じで消え去ってしまった。


「あれーー!?」


「えっ、えっ? アムちゃんなに、どしちゃったのこれ!」


〝……キリ!〟


 警戒に身構えていた『兵隊アリ』が、再びスフィールリア目がけて突進をかけてくる。

 アメルはしきりに聖剣を振っているが水の類ではないので光は出てこない。


「あれれーーー!?」


「アムちゃーーーーん!?」


「のひゃーーー!?」


 アメルは掬い上げるような頭突きを食らって吹っ飛んでいった。


〝キリリ……〟


 再び、『兵隊アリ』がスフィールリアとアメルの間に挟まる構図になる。そのままスフィールリアにおしりをを向け、べしゃ、と落ちたアメルに対峙する。


「あ、アイバの……ばかーー!!」


 思わず叫んだところ、起き上がったアメルに大変ショックを受けたような顔を向けられた。


「つまり……アムがばか……!? おねぃさん、アムのことがきらいに……!?」


「あっ、いやっ、違っ! 今のはアイバに言ったのであって……ってそれもなんか理不尽か……ってそうじゃなくて! あああ、しまった。また捕まってしまった……」


「むーん。予想いじょーに使えねーヤツだったです。おねぃさんコイツぽんこつですよ」


「えっ、あれれっ、それじゃーアイテム変換術も使えない感じ!? ……ほんとに!? あ、ダメ!? やっぱダメ!? ……そっか! どうしよう!」


 何度でもうなづいてくる少女へしきりに確認を入れ、最後にモンスターのうしろでがっくり落胆するスフィールリア。

 モンスターはひとまずアメルを脅威対象にしているらしく、スフィールリアのことは襲ってこない。なのでとりあえず下がって崩れかけた壁の影に隠れる。意味があるかどうかは知らないが。


「アム! とりあえずアイバは保留として。一番戦えそうなのはどの人の力だった!? あたしとしてはアレンティアさんがオススメだと思う!」


「うーんそれはそですけど。それよりおねぃさん。ぶっころせないなら押さえ込んじゃえばいーと思うんですけど、そんなカンジでベンリにちからを使える人に心当たりはないですかねー? てりゃーーい!」


 言っている間にも、アメルは聖剣を放り捨てて肉弾戦でアリに挑んでいた。さすがの馬鹿力である。持ちこたえている間に、考えなければならない。


「って言われてもそんな人……」


 そうなると術士のだれかになるが、そもそも手持ちにロクなアイテムがないのも問題だ。ポーチの中をざっと見ても『キューブ』ぐらいしかなく、レベルも最大で10未満だ。

 そんな条件を、満たせる人物。

 まず思い浮かんだのは学院長だった。彼女ならたいていのことはやってのけてくれそうではあるが。しかし、なにかしっくりこない。というより、しっくりくる人物がいたような気がして落ち着かない。


「ああもう……」


 ほかにも。手当たりしだいに思い浮かべてゆく。タウセン。アリーゼル。フィリアルディ。エイメール。テスタード。ラシィエルノ。条件を満たせそうなのは……。


「……あ」


 ふと、トゲが抜けるように思い出した、その名前。

 立ち上がり、スフィールリアはアメルに叫んでいた。


「距離取って! アム! 最強戦力、いくわよ!」


「がってん……でーっす!!」


 巨大な脚と取っ組み合っていた(大きさの関係からねじ伏せられているようにしか見えなかったが)アメルが、転がって腹を蹴りつけて、飛びのく機を見計らって。

 念じた。


「今こそ出でよ、あたしを助けるために…………〝師匠〟ォ~~~!!」


「むむむーー!!」


 やはり、アメルに見た目の変化はなかったが。


「おねぃさん! あたしに『キューブ』をー!」


「がってん!」


 アリの背後から力いっぱい放り投げる。

 放物線を描いたみっつの『キューブ』が、掲げたアメルの手のひらの上に支配される。三重の円を描いて回り出す。


「食らうです! 必殺・銀狼閃スペシャル・檻っ・改二っ!」


〝キリリリリリリリッ――――!〟


 困惑に満ちたアリの悲鳴が響き渡る。弱い力だと思って装甲で受け流そうとしたのが失敗だ。

 三重円を描く『キューブ』は起動状態で激しい電光の輪を作りながら共鳴し、互いを同一のものと見なして合一を果たそうとしながら無限に狭まってゆく。アリの巨体を捕らえたまま。

 アリは敗北を悟ったか、転進してスフィールリアへ向かおうとしてくるが……

 ――パチン! と、閉じた。

 元の『キューブ』とまったく同じ径の平面に。あまりにもあっけなく。

 アメルがふふーんと胸を張る。スフィールリアは今度こそこぶしを握って飛び上がった。


「よしっ……よっしゃ! やったねアム! えらいぞひゃっほー! ていうかそんな名前だったんだ……」


 駆け寄り、小さな頭をなでてあげると、アメルはとてもうれしそうに背伸びして手のひらに頭を押し返してきた。

 床に落ちた四角いパッチを拾う。


「……にしてもこのアリとかいうの、なんであたしを狙うんだろう」


「悪い虫さんなのですー」


「でもこの術、時間限定なのよね。しばらくしたら出てきちゃうんだけど、どうしよう。アムも一緒にくる? こられるのかな?」


 しかし、アメルはにっこりと笑ってかぶりを振り、スフィールリアの懸念に返答した。


「だいじょーぶですよ。拾ったたからものの中にイイカンジの檻がありますから。イイカンジに『停まって』て絶対に壊れないのでちょーどイイカンジです。閉じ込めておいてやるです! おねぃさんにも悪さはさせません!」


「そ、そっか。ならひとまず安心か……」


 そういうわけで、アリを閉じ込めたパッチはアメルに預けることになった。


「さぁさおねぃさん。いきましょーいきましょー。時空エレベータはこちらになりますー」


 案内された回廊の終端。

 人が数人は入れそうな柱状の物体の正面扉がスライドして開き、やはり内部には円筒状の空間があった。


「え~。行き先は下~。過去へまいりま~す!」


 ぽーん、と気の抜けるような音とともに扉が閉じ、部屋全体に浮遊感が生じる。急速に下降しているらしい。

 体感だが、際限なくどんどん速くなってゆく。


「大丈夫かな……」


 と思ったのは、本当にこれが過去へ戻る手段の〝正解〟なのかということと、もうひとつは、アメルのことだった。

 気楽に鼻歌など吟じている小さな頭を、見る。

 これからもひとりですごしてゆくのだろうか。こんなさびしい場所で。

 などなど。考えたことはいろいろだが……。


「アメル」


「はいー?」


 呼ばれるのを待っていた子犬のように顔を上げてくる少女にスフィールリアは笑いかけて約束をした。


「約束。おいしーおみやげ、持ってきてあげるからね」


「はいっ。アムは楽しみに待ってます!」


 ぽーん、とまた音がして、部屋が急制動する。


「え~。お待たせしましたー。五時間前~。五時間前でございま~す」


 扉が開く。スフィールリアは思わず「え……」と声を上げた。


「真っ暗なんだけど……」


「え~でも、ちゃんとご指定の時間ですよー?」


 顔を青くして尻込みするスフィールリアのお尻を、うしろからアメルがぐいぐいと押してくる。


「女はどきょーです! さぁ思い切って飛び込んでみましょー。ほらほら! ほらほら!」


「えっ、やだ、ちょ、待っ……心の準備がっ」


 まだウィルグマインの能力を持ったままなのか。まるで抗えないぐらい強い。

 あえなく、スフィールリアは『ぽーん!』と音がしそうな勢いで真っ暗闇のただ中へと投げ出されてしまった。


「ひょろわぁぁああああああああ………………!?」


「またのご利用お待ちしてまーす! またお会いしましょー、おねぃさーん!」


 笑顔で手を振るアメルの姿が遠ざかって、あっという間に見えなくなった。

 落ちてゆく。落ちてゆく。方向もない、ただ暗闇の奥へ。

 スフィールリアはひたすらに絶叫を上げ続けた。


「にゃぁあああああああああああ……あああ……あ…………………………ってどこまでいくのよこれ……疲れた……」


 叫びつかれて、ため息をつく。というか風がない。まだ通常空間ではないようだった。

 それで、気づいた。

 いつの間にか、星々がうしろに流れてゆくかのような無数の流線が見え始めていた。加速しているのは自分ではなく、周りだ。

 そして、もうひとつ。


「――――――」


 思考さえ停滞させて目を見開くスフィールリアの真上。あるいは、正面か。

 そこに同じ速度で併走する、巨大な〝城〟シルエットが。

 甲高い駆動音を響かせて。ふもとに見える大きな都市。いくつもの尖塔。そもそもこの事件に首を突っ込む理由であった大きなひとつ。

 あれだけ渇望してきた、自分に深い関わりがあるかもしれない〝城〟の全容。それが、今やすべてを一望の下に見渡せていた。

〝城〟の頂点に、大きな――全体を覆い隠すほどの大きな――光の円環が多重に広がってゆく。まるで花が開くように。

 その輝きは、この世のだれとも共有されていないはずのスフィールリアの〝絶対色〟と同じ〝金〟だった。


「っ! 待っ!」


 弾かれるようにスフィールリアは手を伸ばしかける。だが、遠い。

 圧倒的に、遠い。あれだけ巨大な全影が手のひらに納まるぐらいには。

 そして、泳ごうとしても無駄だった。動けない。空間と時間の関係が入れ替わろうとしている。見えてはいても互いの座標が絶対的に違った。交われない。

 だが〝城〟の方は悠然と泳ぐように遠ざかってゆく。

 やがてその巨大な輪郭が、流線のトンネルの縁へと触れる……瞬間に。

 ――スフィールリアは、見た。


「!!」


 激しく波しぶきでも上げるように仮想空間の終端に没してゆく〝城〟。

 撒き散らされる光の砕片の中に、見えるが風景があった。

 どこかの時代の。どこかの地の。

 見渡す限りの砂の景色を残して。

 巨大な〝城〟の姿は、彼女のことなどまるで知らんとでも言うかのように、沈みさっていった。


「…………」


 スフィールリアは、半端に伸ばしかけていた腕を引き戻した。

 かき抱くように。もらった想いまでは逃すまいとするかのように。

 届かない。

 今はまだ、届かない。だけど、いつかきっと触れにゆく。

 そのために今やることが、自分にはある。

 まずは約束を果たすために。

 スフィールリアは決意とともに、あとは黙り、落ちていった。

 そして流線の幅が無限に狭まってゆき、彼女自身まで巻き込んで歪み、すべてがない交ぜになっていって、そこでスフィールリアの意識は暗転した。



 歪み、収束していた景色が再び開放されていって――

 はっと、スフィールリアは取り戻した地面の感触にかじりつきながらも顔を上げていた。

 喧騒が耳に痛い。ひりついた空気。焦げた風の匂いと。結界の薄い赤の色。

 見慣れた学院の風景と上空にそびえる魔王使徒の影を持ち上げるように立ち上がり、スフィールリアはうめいていた。


「戻って……きた!」


 魔王使徒の怒りに満ちた絶叫が、大地と、空を、揺るがした。


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