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スフィーと聖なる花の都の工房 ~王立アカデミーのはぐれ綴導術士~  作者:
<3>魔王鳴動と開催前夜の狂争曲の章
104/123

(3-47)


 人形たちが数百体規模の凸型特攻編隊を組んで魔王に突撃をかける。

 しかし魔王がなにをするでもなく力を失って落ちてゆき、巨体のまとう長衣の周囲で小さな爆炎の光を点してゆく。

 当然、魔王にはなんの痛痒もない。


《知っているぞ。これは花火というのだろう? 歓待の祝典などでやるのだ》


 魔王が、骨の指を、王城に向けた。


《だが――少し小さいな》


 瞬間、巨大な王城を覆い隠しかねないほどの大爆裂が起こる。ほぼ直下にいたスフィールリアたちは吹き転がされながら悲鳴を上げた。

 王城防衛システムの〝翅〟はただちに反応して魔王の〝力〟の前に集結。多重の花弁のように折り重なって城を護った。

 が、拮抗は三秒が限度だった。半透明な〝翅〟の表面はただちに泡立ち、ねじ切れ、爆砕し……次いで、王城の威容が内側から大きく抉れ飛んだ。黒い炎とともに。

 炎が去り、横腹に大穴を開けた王城が姿を現した。


《……これくらいでなくてはな》


 次に魔王は哄笑しながら腕を振り、そのまま傾きそうな城の頂点に向けて呼びかけていた。


《そろそろ出てくるがよい……ルインヒュトラウムよ! 下級天使の模造品では話にもならんぞ?》


 言葉と同時に、王城上層の一角が小爆発を起こす。小さいと言っても先ほどの魔王の攻撃に比べればの話だ。学院からでも見て取れるぐらいには激しい煙が噴き出す。

 スフィールリアは、見た。その卓抜した視力で。


「ハハハハハハハハッ!!」


 破った壁面に足をかけて現れたのは、エストラルファ王だった。

 そのたくましすぎる上半身を露わにし――いや、明らかに謁見した時よりも筋肉が増大している。服も内側から破けている様子だった。

 ともかく。エストラルファ王は激しく哄笑しながら先のお返しのように魔王を指差しして、大声を出した。


「これはこれは大変なお客様がいらっしゃった! 魔王・不死大帝…………陛下!」


《クク……》


「しかしながら、困りますな……我が臣民の大切な住処を荒らされましては! これはおもてなしをしなければならない! 魔王殿が退屈しないおもてなしを! ――とう!」


 飛んだ。

 装備もなにもなく。信じられないことに王は落下することなくそのまま魔王目がけて高速で飛翔してゆく。


「陛下ぁあああああ…………」


 最後まで王に取りすがっていた大臣の悲痛な叫びを残し、


「受けてくださいますかな、わたくしめからのおもてなしを!!」


《……よいだろう!》


 人形たちを阻んでいた〝死〟の領域を突破し――これも信じられなかったが――魔王と激突を開始した。

 莫大な〝気〟の光点を炸裂させながら、拳を何度も打ち込んでゆく……!

 …………。

 そこまでを見届けてから。

 冷や汗を流しながら視線を元の地上、仲間たちに戻すと、最初に目が合ったのはテスタード上級生だった。同じく一連を目撃して、組んだ腕(本当に再生した)の姿勢のままで。


「……なんの話だっけ」


「ちょっ、起死回生の策の話ですよっ!」


 彼女の大声で、ぽかーんと口を開けていた一同も意識をこちらへ戻してきた。

 続ける。


時間を巻き戻す(・・・・・・・)って!! 本気で言ってたんですか!?」


「あ、ああ。それだ、それな……」


 発言者自身であるテスタードはどうやら本気で頭からすっぽ抜かしていたらしく、いまだに未練ありげな視線を飛び立っていった王の方角に投げたりしている。


「ちょっと、ちゃんと集中してください!」


「分かってる。俺は真面目だ」


 実際、今度こそ向き直ってきたテスタードの顔に冗談の色はなかった。


「そんなことを本気で言っているのかい?」


 真顔のラシィエルノに対しても、それは変わらなかった。


「ああ。魔王が召喚される前まで戻す。反則技には反則技でお返ししねーと釣り合わねぇだろ」


「そうじゃない。そんなことが可能なのか……というより、どうやって実現するって言うのか、聞かせてもらいたいね」


「なにも時間そのものを巻き戻そうって言ってるわけじゃない。擬似的な話だ」


 再生した手のひらを、握り締めて見せながら、


「局所的に――具体的には、王都周辺の時空を圧縮する(・・・・・・・)。引っくり返った時間と空間の関係の中で任意の時間点を選択、時空が修復された時には元通り、ってのが大雑把な筋書きだ」


「一応聞くけれど……それほどの式を実行するのには途方もない触媒が必要よ?」


 学院長へ顔を向け、即答した。


「今回は〝重力子(グラビトン)〟を使う。時間を飛び越えて力を媒介するゲージ粒子なら今回の式の媒介にも打ってつけだ。便乗させてもらう」


「重力はか弱い力だ! それだけの式を実行可能にするに足るだけの触媒がどこにあるって言う!」


 苛立ちを表明したラシィエルノに。

 す……と。テスタードは額を押さえて「やっぱり……」とうめいている学院長のうしろを、静かに指差した。


「あるじゃねーか。そこに」


 彼が指差したのは、魔王使徒ノルンティ・ノノルンキアの死骸だった。


「今、自身を魔王召喚の触媒と化したあの目玉野郎の死骸の余剰情報は、この世に自然に存在するにはあまりに過激な異常物質として急速にゲージ粒子に運び去られて〝処理〟されてる最中だ。〝光〟(フォトン)にも溶けてるようだが、一番過激なのは重力子(グラビトン)だ。時間を飛び越えてバラまけるから処理も早いしな、当然っちゃ当然な反応だな? そして処理に用いられているその性質は、時間を飛び越える式にも打ってつけだ」


「なっ……て、敵を!? あんなものを使うっていうのか!」


「利用できるもんはなんだって利用するんだよ。そうじゃなきゃ勝てる相手か?」


「……」


 押し黙る……というより、彼のしようとしていることを理解したからこそ非常に嫌そうな顔をして言葉がなくなった様子のラシィエルノ。

 スフィールリアも概要は理解した。つまるところ空間と物質を、一旦時間ごと〝素材〟の状態に戻して再構築しようという話だ。魔王使徒の死骸を使うということは、直感的には一度魔王使徒と自分が混ざることに近いと言えるだろう。彼女が嫌がっているのはそこだ。

 首を振り、再度、ラシィエルノ。気を取り直したように発言した。


「待ってほしい。それでも、到底実現可能だとは思えない。そのおびただしい重力子を把握してわたしたちの制御下に掌握することはもちろん、すべてが圧縮されて基準点を消失したカオスの中で、どうやって存在しなくなった(・・・・・・・・)任意の時間を選択するのか。君の主張にはそれらがまったく語られていないが?」


「だからさぁ。あるじゃん。――その重力子の在り処も、選ぶべき歴史も、すべてを記述したベンリなもんがよお?」


 ラシィエルノの顔に不穏なものが混じった。


「まさか」


 にやりと笑い、テスタードは言った。


「そうだよ。『学院の秘宝』だよ」


 今度こそ、黙った。


「……」


「俺の見立て通り『学院の秘宝』がこの世のすべての情報の濁流を一方向に記述するものなら、今この学院に起こった歴史も、その中の全物質・全事象の記録もされているはずだ。そいつを式に組み込んで強制遡行させた重力子に乗せる。あとは術式の中に任意の時点を選択する〝意思〟が加われば――いける。はずだ」


 学院長がため息をついた。


「それで、まずわたしに声をかけたのね?」


「ああ。『召喚機』を使う。アレは真っ先にアンタたちが回収して、まだ王室には手続きの関係で渡してないと聞いた。返してくれ」


「……」


「どうせ全物質の配置も元に戻るんだ。使ったことも、渡したこと自体バレないって」


 学院長は、厳しい顔のまま詰問のように問う。


「そもそも。魔王使徒の術で世界が塗り替えられている可能性が高い。時間を戻しても、魔王がこの世界に存在しているという事実までは変えられない可能性は高い」


「まぁな。だがこうなっちまった以上、召喚という現象さえ取り消せればいい。贅沢は言わねぇよ」


「もうひとつ。すでに現界してしまったあの魔王が、時間圧縮を受け入れない可能性もある。抗われれば、巻き戻って、なにも知らないわたしたちの前にいきなり魔王が現れていた、などという事態もあり得るわね?」


「それも、イエスだ。野郎の目的が分からないからな。ひょっとしたら案外どーでもいいと思って素直に引っ込むかもしれねー。すべては賭けだな」


「ふむ……」


「いかがされますか、学院長。わたしは彼の案を支持しますが」


 タウセン教師の言葉に、テスタードは少々意外そうな顔を向けていた。


「……」


 うなるような息とともに、学院長はしばし黙っていた。だがそれは悩む時間ではなく、成算を弾く時間であったのだろう。

 やがて顔を上げ、うなづいた。


「いいでしょう」


 場の緊張が解け、動き出そうとする気配がわずかに生じた。


「『召喚機』は無事なのか?」


「ええ。正直、なかなか大したものだわね? あれだけ無茶な召喚を行なったのに、少し外装が破損していたていどよ」


「ちっ。改善の余地アリだな……」


「センパイ……」


「いや、純粋な意味だって。魔王はいったん眼中外だ」


 しかめた顔をスフィールリアが向け、手を振って見せるテスタード。


「……テスタード・ルフュトゥム。ひとつ、聞きたい」


 そんな彼を見つめていたラシィエルノが、おもむろに口を開いた。今までずっと思わしげな表情で彼を見ていた。


「なんだ?」


 テスタードが向き直るのを待って、


「君がどういうつもりでその作戦を立てたのか、わたしは知りたい。君は、級友やこの国のことなんかどうでもいいと思っているものだと思っていた。いや、誹謗中傷をしているわけじゃない。ただ……君は、『ここ』のことを見ていない。いつも、もっと『別のもの』を見ている……そう思っていたんだ。どうなんだ?」


「……」


「聞かせてほしい。君は今ここにいる人々を見ているのか? 彼らのために。三年間、たったひとりの君を『金』の階級まで押し上げさせたその目的、その力をすべて使おうとしているのか?」


「……」


 数秒、対峙するように見つめあって。

 やがて、口を開いたのはテスタードの方だった。

 息をつきながら、しかたのない補足を入れてやるように。


「どう俺を見てくれようが勝手だがな。ほかになにがある」


 彼女の視線を、まっすぐから射抜き返し、


「……」


「これは、俺がまいた種だ。それのために関係ねー死体を山積みになんかしてられるかってんだ。――俺が始末をつけるんだよ。文句があるか」


「分かった」


 即答する。

 うなづき、ラシィエルノはテスタードへと一歩を歩み寄った。

 視線を外さず、強さも変えないまま、突きつけるように手のひらを差し出した。


「君を勘違いしていた。認識を改めよう。わたしは君の案を全面的に支持する。当サークルが持つ『学院の秘宝』の全情報を君に渡そう」


「部長……!?」


 彼女のうしろにいたサークルの面々が、驚いたうめきを漏らす。

 今度はテスタードが黙り、その手を見つめ返していた。


「使ってくれ。力ある者の責務として、ともに世界を救おう」


 テスタードは彼女の手を取った。


「言っとくがな、世界なんざーどうだっていいんだよ。俺は俺のためだけにやってやるんだ」


「それでかまわないだろ。利害の一致は術士の行動理由として充分に足るさ」


 と、その光景を驚いて見ていたスフィールリアの、うしろから、


「なるほど話は聞かせてもらった。そーいうことならわたしも協力しよう!」


 振り返ると、そこにいたのは顎に手を当て納得顔のアレンティアと、副官のウィルベルトだった。


「うわっ、あ、アレンティアさん!?」


「やっ、スフィー。無事でよかった」


「……」


 スフィールリアはまず彼女の無事をよろこんだが、すぐに彼女の部下のことを思い出して素直にその表明ができなかった。


「気にしないで。みんないつだって覚悟の上だし、自分の仕事を果たしただけだよ。胸を張ってあげて」


 しかしアレンティアはスフィールリアのそばに部下の姿がないことで察したのだろう。

 うつむいたスフィールリアの肩に手を置き、「しぶとくやりすごしてるかもしれないしね」と気さくに片目を瞑って見せてきた。

 スフィールリアはうなづいた。


「ですが隊長、本当に分かってるんですか? ノリで言ってませんでしたか?」


「分かってるよ~。よーするに、全部元通り! みんな生き返る。そうなんでしょっ」


 テスタードに向け、ウインクをする。


「まぁ、間違ってはいないが……」


 渋面を作るテスタードだったが、それよりもさらに不味い顔をしているのはアイバだった。


「マジかよ。俺さっぱり分かんねぇ……!」


 どうすればいいんだ、とうめくアイバに、一同がため息をついた。


「別に全員が正しく認識してる必要はないんだが……時間が戻るって言ってダメならなんて言やいいんだ?」


「だ、だってだってさ、時間が巻き戻るって言われってもよ、分かんねーよ。どうなるんだ!? 巻いたら痛いんじゃないのかっ!? 痛そうじゃないかっ!?」


「ああ」


 と合点がいった風なテスタード。

 アイバの肩を指差して、


「たとえばな、アンタのその腕」


「お、おう。やっぱ痛いのか……!?」


 言った。


「生えてくるぞ」


「マジかよ!? うっひょー超スゲーじゃんすぐやろーぜ!!」


 片手でバンザイしてよろこぶアイバに、また一同がため息をついた。


「ああ、よく理解したな。えらいぞ」


「えっへへへ……!」


 一方でテスタードは真顔でアイバをほめ、アイバは片手で自分の頭をなでくり回して誇らしげにしている。その光景を見て、スフィールリアはひとりポンと手を打っていた。

 ともかく。

 アレンティアがテスタードに挙手をして発言をした。


「簡単なことではないんでしょ。戦力はどれくらいいる?」


「<封印書庫>は潰れちまってるからな……」


 ちらとラシィエルノへ視線を投げると、彼女が引き継いでアレンティアに告げた。


「わたしが保持しているルートだと正直かなり厳しいです。『学院の秘宝』は学院地下に格納された広大な迷宮(ダンジョン)に封じられています」


 学院長が「ああ、アレのことだったのね……」と少し疲れ気味の表情を見せる間にも、説明を続ける。


「なおかつ、構造の把握は中途止まり。その先を開けるための〝鍵〟も未完成。その上で、採集地基準での推定ランクは、おそらく――S」


「むぅ……」


「準備と補給もロクにない状況では厳しいですよ」


 うなるアレンティアに渋面のウィルベルト。

 そう。

 そういった環境は、本来ならば潤沢に潤沢を重ねた物資調達、事前調査などを重ねた上でさらに充分な時間を充ててようやく踏破の可能性が見えてくるものだ。実際、ラシィエルノたちはそのための積み重ねをつい先日まで行なってきていたのだ。それもまだ未完成だと言う。

 そんな状況で、魔王に世界を壊される前にたどり着き、未知の秘宝を掌握、困難な術式を実行しなければならない――

 しかしアレンティアは「うん!」とさっぱりうなづくと自分のインカムを起動した。


「『薔薇』の全隊へ。わたしだよ、聞こえる? 繰り返します、全隊へ。まだ通信状態は回復していないから、聞き取れたものだけが個別に判断してくれればいい」


 静かに、語りかける。


「――――これより『薔薇』は完全に独自の判断で単独行動に移る。目的は、この状況の回復。時間を巻き戻して魔王召喚の事実を取り消す。繰り返す。目的は、時間を巻き戻して魔王召喚の事実を取り消すこと。作戦ランクは最低S。補給ゼロ。リハもナシでチャンスは一回。ぶつけ本番、カンペキな片道切符。条件は以上。…………この上で信じられる者、願う者、覚悟できる者だけが集まってくれればいい。集合はC-6-12。時間はテキトー。魔王がよく見える場所で。以上。待ってる」


 口上を終え、視線を向けたアレンティアに、ラシィエルノもうなづいた。


「『ワイヤード』を貸していただけますか?」


 手渡されたインカムに、今度はラシィエルノが語りかける。かなり混信している全回線(フルチャンネル)に向けて、手短に。


「<ヘイロウリエスの森>へ出かけよう。鍵守りとねじれた鍵を、出発の場所へ」


 それだけだ。小首を傾げて問いかけるアレンティアにうなづき返し、インカムを返却する。おそらく、聞こえていればそれだけで仲間に伝わる符丁なのだろう。

 学院長がテスタードに首を向けて問う。


「それで? 魔王使徒を触媒として再利用する術式の中核を担うのがあなただというのは察するけれど。任意の時間点を〝観測〟する者は、だれに設定するつもりなの?」


 それが、いくつかある最大のネックのうちのひとつだった。


「人数は少ないほどいいわ? 今進んでいる本来の歴史を認識している人間がいるほど、時間逆行の成算は低くなる。なおかつ、時間遡行に精神を引っ張られずに〝自分〟を認識できる適性もいる。わたしやミスター・タウセンがやってもよいけど、個としてのサイズが巨大すぎるために、わたしたち自身の認識が擬似逆行に勝って術が不発する可能性もあるわよ?」


「そいつについてはアテ(・・)がある。時間遡行に対して絶対の耐性と適性を示して自身を認識でき、術式に対しても完全に影響なく、また本人にも一切のリスクなく任意の時間点を渡り歩ける〝性質〟の持ち主が」


「それは、」


 テスタードの言葉に、学院長がからさまに顔をしかめた。周囲の者たちは、そんな者が都合よくいるのかと言わんばかりに怪訝にしている。


「……?」


 スフィールリアも後者であった。よく分からずにふたりを見ていると……

 学院長とテスタードの顔が、こちらを、向いた。

 釣られて全員の視線も彼女へと集まってくる。


「え……」


 彼らの注目を受け。

 スフィールリアは自分の左右とうしろを念のために確認する。

 だれもいないことを、確認して……

 彼女は自分を指差し、知らないいたずらを咎められたような心地でひと声、ただ発したのだった。


「え?」



 十数分後。


《カァアアアアアッ!!》


 獣じみた雄たけびを上げ、横倒しになっていた白金のドラゴンが首をもたげて起き上がった。

 同時、全身から伸ばした剣を魔王に向けて突撃させて……そのすべてが中途にて、見えない力に弾かれたように叩き落とされた。

 直後、ドラゴンの頭部が激烈に弾かれて再び横倒しになる。


《き、貴様っ……!》


《身のほどを知れ小物》


 さらに続けて数度弾き転がされるドラゴンの方角へ向け、片手でエストラルファ王をあしらっていた魔王が一瞥だけを投げた。


《面白いな、何者だ? アルコ・ティコ・ユラスト……? ほう、第Ⅱ期決壊天の残留物、か。これはわたしから見ても古く、珍しいものだ》


 笑みの気配を深め、


《実領域での動き方を学ばせてもらうにはちょうどよい相手であるな。――適度に傷を受けつつ転がしておけ。ソレは今のお前を害し得るぞ。心してかかるがよい》


《御心のままに》


 何度も起き上がっては魔王へと向かってゆこうとするドラゴンが、空間にかろうじて残線を残す何者かに次々と穴を開けられ、転がされてゆく。そのたびにアルフュレイウスの怒りの咆哮が大気を轟かせた。


「……」


 その様子を、数呼吸分、見守って……


「アルの野郎、まだキレたまんまかよ。馬鹿野郎が、無駄死にしやがって」


 友人がハメを外す姿を目撃したぐらいの軽さで、第二聖騎士団長が息をついた。

 その拍子に目が合ったスフィールリアへ、なにか含んだような怖い笑みを投げかけながら、


「まぁ、時間稼ぎぐれーにはなる。ソッチはソッチの『やらかし』を進めてくんなよ」


 さて。

 スフィールリアたちの前に第三聖騎士団『薔薇』と、ラシィエルノ率いる学院公認サークル『賢人の茶会』の面々、計四十名が集結していた。

 かき集められるだけの装備と人員を集めて。物量、コンディション、そのどれもが、これから行なう突貫作業にはまるで不足していることを、すべての者たちが把握している。

 それでも是非を問う声はなく、互いの持ち寄った装備の準備と能力の情報交換を進めている。

 聖騎士の中から、かなりがっしりとした体格の壮年がアレンティアの前に歩み出た。


「隊長、副長、お待たせです。ウチん中でも最バカの集まりが、サイアクの装備状態ではせ参じましたぜ。今できる最高の選りすぐりでさ」


「ごめんなさい。こんな呼びかけをして。無茶苦茶だってのは分かってます」


 頭を下げたアレンティアに、男は子供が前にしたら泣かせてしまいそうな笑みを浮かべた。


「なに言ってんです。アンタのそういう突拍子もなくて、エキサイティングなところに俺たちはもうホレてるんです。アンタのムチャは副長(・・)がカバーすんでさ。だから今さら遠慮なんかしないでくださいよ」


 ウィルベルトが困り果てた顔でうめく。


「カンベンしてくださいよ……」


 学院生勢の中からは、以前にサークルの部屋でも見たことがある女性の上級生がラシィエルノの前に出ていた。


「部長、まさか本当にこんな時に……『偉大なる鍵』も未完成の状態で……? それに、その。彼も……?」


「ああ。彼は今や同志だ。わたしはそう決めた。君たちにまで強要するつもりはないけれど、これ以降ついてくるなら、そう思っておいてくれ」


 ちらと視線をやったテスタードの方をともに見て、彼女は断言した。


「クク……ものごとはどう運ぶか分からんものだな。まさかこんな時、これほど性急に、しかも組むはずでなかった仮想敵とともに、悲願であったかの地へおもむこうとは。なぁ、黄昏の金姫殿?」


「まったくだよ。賢人たちにはほど遠い。名前負けは承知していたけどね」


 男に、肩をすくめる。

 こちらはともに集まってきた裏サークル『ヘイロウリエスの森』の首領の男。こんな時だというのにサークルの団員服(たぶん)である黒マントをまとい、顔にはアイマスクもつけている。彼の背後にいる団員たちも同様だ。

 学院生勢力は彼と彼女のサークルそれぞれで、きれいに男女分かれる構成になっていた。


「人は追い求めれば追い求めるほどままならないね。一歩近づくほどに真理からは遠ざかり、見ていたはずの人の姿は変わり、決めていたことさえ覆る」


「ふむ、そうかな? そうかもな。そうだったような気もするし、それほどでもなかった気もしているぞ、わたしはな」


「茶化すなよ。――だけどわたしたちの目的はいまだ変わらず、ともにある。あなたも今この時が望むままの形でなかったとしても、長年変わることのなかった鍵守としての役割と願いの遂行を、今。わたしはそれを願うよ。どうぞよしなに」


「ククク、感傷的だな。どうせ巻き戻ってなかったことになるのだろうが。まぁ、よいだろう」


 男は相変わらず大仰な態度で音を立ててマントを翻らせ、背後にいた団員たちへ腕を掲げて見せた。


「諸君、今宵ついに我々は宿願の時を迎える!」


 ザッ!

 ……と音を立てるほどそろって清聴のポーズを取ったのは裏サークルの団員だったが、声の大きさ、そしてそう多くなかった準備の終わりに差しかかり、皆の注意を引いていた。


「しかも、世界を救うというオマケつきでだそうだ! 我々は欲望の使徒であるというのにだ! 富と名誉を求めて集った我らが、それらを引き換えに世界を魔の手から救おうというのだ、笑え!」


「ククク……」


「クフフ……」


「クカカカ」


 クックックック……。

 無数の居並んだ黒ローブたちが肩を揺らして共鳴してゆく。


「……」


 よく分からない表情になった周りを置いて、首領の口上は続く。


「だが、さらに笑ってしまうのは、そんなご立派な偉業さえ我々は捨て去ってしまうというのだ――そう捨てるのだ! なかったことになる! 我々はそののちに再度のスタートを切るだろう。今度こそ己の望みをつかみ取るために! これはその通過点なのだ! なれば心せよ! 人事を尽くせ! この、あと戻りした先にこそ我らの真の道が待っているのだ!」


 握り、拳を、彼らの前で強く突き上げた。


「ならばよいだろう、やってやろうではないか! さぁお題目を掲げよう。正義を! 力ある者の責務を! 希望を護れ、人理の愛を説け――世界を、救うのだ!」


 内容はいまひとつであったものの。

 成し遂げてやるぞという気概だけは伝わり、共有された。拳を突き上げて吼える黒ローブたちにさらにかぶせて、聖騎士団、学院女子たちの気勢が呼応する。

 そして再び、装備などの最終確認に戻っていった。


「……さてと。そいじゃ俺は、ちょっくら骨の衆どもを地獄に叩き返してきましょうかねぇ。必要でしょ、連中がこん学院をかすめるかもしれねぇってんならさ?」


 その一連を見ていた第二聖騎士団長のガランドールがタウセンら教師へ向けそう言った折に、彼の連絡を受けた第二聖騎士団の数名が駆け込んできた。


「おう、見つかったかよ」


「はい。生命活動停止から二十分、ちょうど限界時間いっぱいの計算、ですが……」


 ふたり抱えで真っ赤に濡れた大きな布包みを、彼の前に置く。

 手早く荷が解かれて、スフィールリアは引きつり声を上げた。

 中身は、斧と、少女だった。

 まるで護るようにして自分よりも大きな柄を抱き込んだ少女の双眸は眠ったように閉じられており、しかしぴくりとも動じない。

 少女の姿を見て、彼が発した言葉は、


「おし、よくやったぞ!」


 だった。


「……」


「これでまだ、俺は戦える」


 少女の額に手のひらを置き、次に腕を解いたガランドールは戦斧を担ぎ上げた。

 微塵の迷いも疑問もない様子の彼だったが、スフィールリアの視線に気づくと、一時だけあいまいな笑みを浮かべてきた。


「見ての通りでなあ。このハナタレが定期的に抱きついとかなきゃ、ロクに戦えねーのよ。このポンコツと、ロクデナシはよ。馬鹿なヤツじゃろ? せっかく逃げとけつってやっとったのに。生意気に、無戦力のクセしてよぉ?」


「……」


 彼らのことをまるで知らないスフィールリアは、なんと言ったらいいのか分からずにただ顔を伏せた。

 そんな彼女に、ガランドールは豪快な笑みを残し、飛び出していった。


「ソイツも生き返るんじゃろ(・・・・・・・・)! 恩に着るから頼んだぜお嬢ちゃん!!」


 そのまま、崖を飛び降りていった。いや。転げながら走り落ちていった。


「ぬおごりゃあああああああテメェらがぁああああああああ…………!」


 やがて遠ざかって点になってゆく姿と、声さえ聞こえなくなりそうになり……入れ替わりに赤い〝気〟の光点が灯る。


「俺の名前ぅお……言ってみろゥらああア…………アアアアアア…………ァァ…………!!」


 はるか崖下でぽつんと小さな土柱が上がり、魔王と骨の軍勢の方角に伸びていって……。

 そのまま、無尽蔵に膨れ上がっていった。

 遠くへいくほどに高く太く伸び上がってゆき、こちらにまで地響きが届いてくるほどになり。

 ついには数十階建ての塔さえ覆い包むほどの津波となって――地上を飲み込んでいった。

 街も、瓦礫も、骨も、なにもかもを巻き込んで進んでゆく。それが収まらないうちから、さらに第二第三の始点となる土柱が発生してゆく。発生点は少しずつ前進している。


「メェら……が巻き戻る前に……ろしにしてやりゃあああぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 そんな声が、風に乗って聞こえてきたような気がした。

 次々と津波が膨れ上がって彼女たちの膝をガクガクと揺り動かしてゆく。


「っ…………」


 たまらず地面に手を着きながら、スフィールリアは、彼が飛び出してゆく前の言葉を思い返していた。

 そして、ひとつ。うなづいた。

 そんな彼女に呼応してというわけではないのだろうが、一連を学院長とともに見届けていたタウセン教師もうなづき、スフィールリアの目を見て、切り出した。


「では、わたしもいくとするかな。くれぐれも君が要であるということと団体行動であるということを忘れずに節度を持って。過激な行動や先走りは自重するように」


 口を開きかけた彼女の返事を待たずに、次に学院長へ。


「時間稼ぎはたしかに必要ですからね。わたしは国王陛下の加勢に。そちらは頼みます」


「分かったわ?」


 次に、アイバへと詰め寄った。

 背広の内ポケットから親指ほどの小瓶を取り出して、渡す。


「以前と同じ回復薬だ。今度は全部飲みたまえ」


 言われた通り、アイバがおそるおそるフタを外して中身を煽ると……。


「う、うおわっなんだコレ!? 内側からなんかなんかなんかヘンな感じが……うおわわわ!?」


 アイバの千切れた肩口から荒い角々(かくかく)な形の、光の腕が発生し始める。

 数秒後に光の表面がひび割れて弾けると、そこには元通りのアイバの右腕が復元されていた。

 信じられないような顔をしながら、何度も握り込んで開いてを繰り返して、


「う、うおおおお生えたぁあああ! すっげ、スッゲーー! 先生さんスゲェよおおっ!? なぁ見たスフィールリアっ!? コレ見てコレ、腕生えちゃった!」


 もちろん見ていたスフィールリアは、再び涙をこみ上げさせてはしゃぐ彼に抱きついていた。アイバのテンションは一気に静まって硬直した。


「アイバ……よかった……!」


「あっ、いや、その、えと、お、おぅあんがとな……い、いや悪かったよ泣くなってっていうかくっつくなって……!」


 キョドキョドと周りを見回している(だれも気にしていないが)彼にため息をつき、タウセン教師が簡素に告げる。


「これから未知の場所に飛び込むのに片腕では心許ないだろう? 全員を充分に回復させる量なぞないし、それならば『ガーデンズ』保有者を優先して回復しておいた方が成算も上がる。相応の働きを期待したいね」


 スフィールリアをなだめていたアイバはハッと気づいた様子で脂汗を流し、薬を飲む時よりも恐ろしそうな表情をタウセンへと向けた。


「あのぅ……コレっていったいおいくら……俺、俺! ビンボーなんスけど!!」


 タウセンは苦笑いで手を振り、崖縁へと足をかけた。


「いらん。どうせすべてが巻き戻るのだから投資額もゼロだ。すべてが失敗すればそれこそ意味はないしな。では、頼むぞ」


 飛び立っていった。

 第二聖騎士団長とは違って氷の上を滑走するかのように空へと舞い上がってゆく。魔王と王の方角目がけて。

 その背広姿が見えなくなってしばらく、巨大な魔王の直近で、これまた巨大な爆発が発生し始める。タウセン教師が合流したのだ。

 目を焼かれそうな一瞬の閃光、雷のごとき轟音、そして、爆発。その合間に魔王の哄笑や王のものとおぼしき〝気〟の炸裂光が混じる。

 さらに周辺では魔王への攻撃の機をうかがい飛び回る人形たちが、こちらからでは姿の確認できない何者かによって打ち落とされてゆき、または地上にて暴れ回るガランドールに便乗して(互いに味方として識別しているかは不明だが)骨の軍勢と小競り合いを繰り広げ、戦いは相互に相乗して激しさを増してゆく……!


「う、うひぇ……。こ、こりゃ急がなきゃ、<アカデミー>自体潰れっちまうかもな……!」


 その言葉に応えて、というわけではないのだが。

 ちょうど、準備を終えた面々、そして彼らの中核であるテスタードらの注目がスフィールリアに向いてきていた。

 代表して、というかまさに首謀者として、テスタードが一歩、歩み出てきて断りようもない最終確認を入れてきた。


「いくぜ。なんとしてもお前を『秘宝』まで送り届ける」


 ハードルは無数。タイムリミットは、世界が滅ぶまで。

 ゼロか100かの大博打だ。

 あまりにも過酷で短い〝探検〟が、今――始まろうとしていた。

 スフィールリアは、全員にうなづいた。




明けましておめでとうございます!

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