(3-43)
◆
「こっちだ! 落ち着いて走れ――よし、よく頑張ったな!」
スフィールリアとは反対方面の後衛層。土嚢を積んだバリケード間のゲート区画(敵の歯止めというより、衝撃や火の粉の類を止める目的のものだ)で。
そこまで後退してきていたアイバは、逃げ込んできた補佐班学院生組の肩を背中をと強く叩きながら、自分たちのうしろへ追い立てていた。
「欠員はいないか? ――よし。回復薬が必要なくらい怪我してるヤツは? ――分かった。手持ちの薬は使わずにこのまま後退して、そこで小回復薬をもらってくれ。補給班の負担が減る。それ以上の怪我や異常があったら医療陣へ。大丈夫だ、まずは態勢を立て直すはずだからゆっくり、万全に自分を整えるつもりでいてくれ。――よし、いってくれ。帰還報告は忘れんなよ!」
興奮している班長位の学生に必要なことを言い渡し、送り出す。周囲では自分と同じ紺色の制服姿が、警戒態勢とともに同じような作業を繰り返している。大きい負傷者を抱えた班を受け取っているメンバーは、なだめるのも含めてもっと大変だ。
ひとまずの息をついて、アイバは穏やかではなくなってきた戦況に目を細めて、騒乱する状況を見渡した。
「スフィールリア、大丈夫なのか……」
もっとも、作戦が始まって最初から穏やかであったことなどなかったが。
「おいおいおい、本格的にヤベェんじゃねーのかコレ。なぁロイ、どうする?」
同じ<国立総合戦技練兵課>のいつもの班メンバーのひとりが、うろたえた様子で指示を仰いでくる。いや、単にだれでもいいから問い正したいだけの類の愚痴か。
気持ちは分かる。アイバたちとて、本来なら負傷者回収班として中衛層の前衛寄りに配置されていたのだ。そこから突如の襲撃に、どうにか自分の班員と直近にいた班を生かしながら後退するので精一杯だったのだ。実際、かなり危うかった。
アイバは当たり障りのないことだけを言った。
「どうするもねぇよ。こんな序盤で出してくるってことは……たぶんアレ、雑魚なんだ。ヤバすぎる。あんなもんポンポン出してくるのが分かったんだから間違いなく再編成だ。指示があるまで動けない。この後衛を死守するんだ」
「ザコって……アレがかよ」
「その通りだ」
足音も感じさせぬいつもの足取りで隣に並んできたのは戦技教官。
視線は同じく、中衛から先の状況を見やりながら。
「そうでなければよほど知能のないバカかだ。未熟者なお前たちの役割は、まともに戦える者たちの補佐以外にはない。役に立つとはそういうことだ。武功と蛮勇を履き違えてくれるなよ」
と、状況に対する回答をふたつ同時に寄越して――教官はアイバに視線をやってきた。
「この状況になり、お前は真っ先に飛び出してゆくんじゃないかと思っていたがな」
「……俺だってバカじゃねーんすよ。いや、バカでもいーですけどクズは駄目でしょ。預かってた連中を生存させる義務が、俺にはある」
「その通りだ」
うなづきもせず肯定してくるのもいつも通り。
しかし、この時は評価されている気配もなかった。
「成長でも見せつけてくれたつもりか? わたしをぶっ飛ばしてみせたら彼女の護衛専属を認めてゴリ押ししろと飛びかかられたあとではまるで説得力はないし、」
「……」
「その上で、こうして尻尾の毛先あたりで小さくまとまって規律だ任務だと言いながら八つ当たりのような目を向けられてもな。お前は護衛職希望だったな? ならばわたしは、お前を評価はしない」
「……煽ってんですか、それ」
教官は眉ひとつ動かさず、声だけを心外な風にして言った。
「そう聞こえたか? ならばはっきり言ってやる。答えは――ノゥ、だ。規律を乱した者は罰を受ける」
「結局いつもの悪態かよ……」
しかし、いつもなら言うだけ言ったら立ち去るはずの教官は、立ち去らなかった。
そこかしこで爆発や土煙が上がり、後方からの色取り取りな支援が飛び交う遠方の戦場へ視線を戻しながら、語る。聞かせるのではなく、語る。
「当然の道理というヤツにすぎない。今――わたしもだが。今『自分が動ければ』と思っている人間は無数いるだろう。それが罠だ。目先の焦りに負けて当初の予定をひとつ違えば狂いは一秒ごとにネズミ算式に増えて、我々は敗北するだろう。目を抜いた木組みのパズルのように、ほかのすべてを犠牲にしてな。お前が冷静に周囲を助ける判断をしなければ、お前の言う通り、お前以外の全員が死んでいただろう。お前は正しい」
「…………」
「だが経験から言わせてもらうと、この戦いは厳しい。すべてが狂いなく、なおかつ希望通りに働いてようやく見込みがあるかというレベルだ。当然ながら、そのようなことはありはしない」
「負けるって言うんすか。いやいや、せめて声もーちょっと小さくしましょうぜ」
「当然、勝つつもりで言っているのだ。勝つしかない戦いとはそういうものだ。とは言え相手の手札がほとんど知れていない状況では、たったひとつ想定外の手を打たれただけで――これだ。正しいと思っていることが、正しいことにならない。…………これがこういう戦いの正解だ。お前の言う通り立て直しは当然するだろうが、それも万全にいくとは考えない方がいいな。どうせ十全にうまくいかないと分かっているのなら、そんな理想形にたかだか一個人が固執するのは馬鹿げているとは思わないか? 大勢は変わらんよ。お前ひとりごときが気にしても、気にしなくても」
「…………」
そこで今度こそ話は終わりのようだった。特になにを求めるでも残すでもなく、家にでも帰るような足取りで元きた上位指揮班の方へと歩いてゆく。
それも、間違いだった。足も止めず、ひとつだけ、言い残してゆく。
「なにかが必要だ。規律や定格の外側に脱した作用力――なにかが」
「…………」
それから、アイバはしばらく考えていた。命からがら逃げ込んでくる下位班たちを受け入れ、励ましながら。
「ぶわっ!!」
答えが出ないまま数分ほどしたところで、きた。想定外のものが。
放物線を描き、前衛方向から吹っ飛んで着弾してきた――結晶魔人。三体。
破片を撒き散らし、数度跳ね転がってから、直近のターゲットを発見する。つまりこちらへと。
むくりと起き上がり、歩いてくる。仲間たち、そして手伝いにきていた後衛班から悲鳴が上がる。
「う、うおわぁ!? なんでいきなり!」
「前衛が仕留め損ねたな! くそっ、なにやってんだか!」
前衛エリアの混戦度合いを考えればしかたないことだったろう。これも想定外と言えばそうか。
「落ち着け! 非戦闘員は下がれ、何人かは応援を要請してくれ! 戦えるヤツは前に出ろ! この数の差なら交替で受け止めれば一撃じゃ死にやしないから、落ち着いて、防御訓練だとでも思って当たればいいッ! フォローし合え! 死守するぞッ!」
叫びながら、アイバは『世界樹の聖剣』のベルトを外して土嚢のラインを飛び越えた。その間も教官の言葉がぐるぐると頭を巡っている。
想定外のできごと。理不尽なる突風。状況を動かす力。想定外なことなど、いくらでも起こる……。
「防御訓練だとぅ。正気かぁテメェ、ロイよぉ……?」
ふらり……と、アイバを追い越して前に出ていったのは、同じ班のスキンヘッドだった。
抜き身の剣を提げ、ふらふらと。どこまでも前進してゆく。
「おいこらテメ! 女の子もいるからってカッコつける気ならやめとけバカ!」
だが、男は肩越しにギロリとした目を向けてくるだけだった。
「カッコつけだとぉ? その通りだバカヤロウが。ホレた女の子のためにぐれぃ、カッコつけらんなくってどこに男があるってんだぁ」
「はぁ?」
「ぅあぁ……師匠、師匠……。俺はもうガマンできねぇ。こんな状況、今もどっかで震えてんだ、う、うあああ・あ・あ・あ! …………テメーこの見損なったゼぇロイ野郎がよぉ!! テメーとは師匠を取り合って肉と魂を削り合う切磋琢磨した男だと思ってたのによォ!!」
「は? なに? ってか……えー? そうだっけ?」
「じゃかましあ!! ちょっとイイ剣見せびらかして師匠の気ぃ引いてるだけのオメーとは違うんじゃあ! ――俺は往く。愛する女を護るため。師匠の愛の伝授を受けるのは…………この俺じゃああああああああ!!」
その瞬間――跳んだ。
「あっ、おい!」
「うわあっあああああああああああ! うわっ! うわあああああああ! しっ! 師匠! 師匠ォ~~~~~ゥオ!! 今いくぞォオオオオ! 俺と結婚という名の師弟関係を結んでくれーーーーーー!!」
中央の魔人に剣を叩きおろして。
かと思いきや、着地もしていないのに次の魔人に跳びかかっている。
アイバを始めとした<国立総合戦技練兵課>の面々は、サポートも忘れて呆然と見つめてしまっていた。
「うわあああっ! うわ、うおェア、どっぐらぎゃらっがーーーーー!!」
数の差がある。兵装の不足も。だというのにだ。
ビョンビョンと。なにがどう跳んでいるのかも分からない滅茶苦茶な軌道・体勢・太刀筋で。
とにかく魔人たちがへこんでゆく。どういう理屈かは知らないが。道理を超えた力――
「ゼィゼィゼィ」
数十秒後。粉々になった魔人たちの破片の山の間で、男は仁王立ちの背を見せていた。
そのまま、歩んでゆく。
「お、おいロイ。どーすんだよ……?」
「どうつってもなぁ……」
腕を組みながら、渋面で。なるほどアイバも教官の言葉がよく分かった気がしていた。
想定外のことというのは、しかたなく起こるものだ。彼を見捨てることはできない。そのためには規律がどうとかは言っていられない。追いかけて、説得に時間がかかろうともだ。
同時に、彼が愛する女とかいうのを護りにいくこともだ。これも、きっと、抗いがたいことなのだろう。すべてはしかたがない……。
アイバは仲間に顔を向け、ニヤリと笑っていた。
「しょうがねぇだろーが?」
◆
〝キューイっ、キューイっ、キューイっ!〟
駆ける風景の中。また一体の魔人の胸を一刀両断してすり抜けながら、アレンティアは声を発する魔王使徒を心外な気持ちで見上げていた。
「鳴き声かわいーな!」
「なに言ってるんです! かわいくないですよ!」
すぐ後ろを走るウィルベルトがツッコみを入れてくる。
また一体を斬り崩しながら、
「いやほら、声だけ! 声だけ聞いたらって!」
また一体を突き倒し、そのまま抉り砕いて、
「かわいくないです! 目玉です! 世界を滅ぼすバケモノですよ!」
合流し、背を合わせる。周囲では彼女の中隊が囲い込んで、猛烈に魔人を狩っていっている。破竹の勢い、というやつだ。
「そうなんだけどさぁ」
「それはともかく――どうやら操ってるようですね。指示を出してる」
「そうね!」
また飛び出し、倒す。
「次いくぞ! 狩れるだけ刈り取る! 速さが命だッ! 取り残された人たちを送り出せるだけ後衛に叩き出せぇ!!」
ウィルベルトの声に呼応が生じ、また全体で走り出す。
「ね、ウィル君、余裕と焦りの両方を感じるね! なんだと思う!?」
「分かりませんよ! そういうのは術士さん方の仕事でしょ。でも余裕がないのは人間ですよ! アイツにも手が出せなくなってる。このままじゃジリ貧です!」
「この混戦具合じゃね――まだかろうじて同士討ちしてないのが救いだけど、一度失敗でも起こってタガが外れるとマズいよ」
「セオリー通りだけに戦っていても勝てないのは分かってましたからね!」
「そうだね――まずはこの状況を早いトコなんとかしたいけど。隙でもできないかな!」
走りながら、また狩っていった。救われた者たちの歓声と声援を背にしながら。
この快進撃が仮初であることを、彼女たち自身が分かっていながらも――走った。
◆
「しっちゃかめっちゃかじゃねーか」
教職員棟。
テスタードもまた、発生した結晶魔人の対処に追われていた。
建物に、無数の魔人がむらがっている。テスタードはしっかりと優先標的に刷り込まれているようだった。
「キリがねぇな……」
壁に指を突き刺してかなりいいところまで登ってきている個体に『レベル4・キューブ』を放り投げて転がし落とし……愚痴る。
「知能はほぼねぇみたいだな。素直に入り口から入ってくりゃ楽なのに。壁登ってこようとしてるうちは、まだどうってことはねぇが」
と、その時である。
ズズン、とわずかな振動を足裏に感じた気がして、もう一度、見下ろした。
地上の正面入り口を、ふた回り以上は大きな巨体が叩き壊しているところだった。
周囲にいた魔人を手づかみして、どんどんとその穴へと放り込んでいっている。
だけではなく。つかまれていない魔人も急になにかを悟ったような動きで、自ら入り口へ駆け込んでゆくではないか。
大型の顔が、こちらを向いた。
「ててて、テスタード様! 知能があるヤツがいるみたいですよ!?」
「そうみたいだな。周辺の駒を自動で支配する機能があるらしい。半自律制御と見た。好都合、か?」
「なんでですかぁ! 丁寧に階段登ってあの入り口に押し寄せてくるんですよ!? ここ一本道で逃げ場ないですー!」
『本陣から〝黒帝〟へ! 今、救援部隊を編成しています。持ちこたえてください!』
「はいっ、今すぐお願いします感謝いたします!!」
「まだ大丈夫だ。ゆっくりやってくれ」
「テスタード様ぁ!」
「有用なとこ見せとかねーとな。……三十、四十……八、か。ひとまずこんなもんで」
建物に入り込んだ魔人を数えてから、テスタードは背後に唯一ある扉を数センチ、開いた。
赤黒い、一個の多面石を取り出し、光を点した指先で最後の記述を行なう。
「焼き尽くせ――『ヌクィーリャの瞳』」
放り投げた。輝きを増しながら、カツンコツンと。階段を跳ね落ちてゆく。
テスタードは背中を使って即座に大扉を閉めた。
直後に。
教職員棟すべての窓が爆砕した。
「あちち! あちちち!」
背中の扉が一気に熱を帯びた。激震が全体から足元を揺らし、すべての窓から閃光のような勢いの炎が噴き出して。ぶわっとテスタードたちのいる空間までを熱風が煽っていった。
「お、おヒゲの根元がチリチリしますー……って、テスタード様っ、教師様のお城になんてことをー!?」
「ああ。もうちょっと頑丈かと思ってた。強化しないとダメだなこの扉」
「そーじゃなくーー!」
「……どうだ?」
新購入の殺虫散布剤を試したあとそのままな調子で見下ろした先の地上にて。
一番大きな〝出口〟であった正面玄関。やはり一番大きな焦げ跡を残す石畳の上で、身を伏せたような形で大型が転がっていた。噴出の直撃は受けたが生きてはいるようだ。
だが、入り口付近にいた小型はバラバラになるか溶け崩れて、動かなくなっていた。
大型は起き上がると、様子を見るように入り口内を覗き込んでから……
再び、テスタードを見上げてきた。
「どうやら仕留めたみてーだな。この方法でしばらく保ちそうだ。――本陣。こっちはしばらく保つ。むしろ内部に護衛を配置されると一網打尽にできないし、急いで駆けつけられても噴き出す炎で炙られちまう。少しこっちに引きつけて数を減らす。デカいのだけ、集まったらなにし出すか分からんからこっちにきすぎないよう気を配ってくれ。どうだ?」
『――承認を得ました。了解です。感謝します』
「それと、高いところから見てると分かるんだが、連中明らかになにかを探してるぞ。たぶん一次〝素材〟回収隊の中に、持ってかれると困る素材が混じってる。オリジンかそれに近い優位性を持ってる可能性が高い。しくじったんじゃなくてソレを引っかけちまったんだと思う。集中してるのは六時のエリアだからたぶんその辺の部隊だ。絶対に回収してくれ」
『了解です』
「エレオノーラ」
テスタードは大扉に符を貼りつけて応急の強化処置を施しながら、毛並みを整えている白猫に告げる。
「今のアイテムを起動するだけの状態にして数個渡す。今簡易障壁張ってるから、入ってくるモンスターを五十数えたら起動して放り投げろ。それかデカい足音が聞こえたら、だ」
「か、かしこまりました!」
すべてを完了してから、テスタードは再び回廊の先端にて魔王使徒を見下ろした。
戦場は混乱しつつ、ギリギリのところで秩序を保っている。
よく戦っているように見えて現状はさっそく手詰まりに等しい。
これを長く繰り返しすぎると破綻するのは当然ながらこちらだ。
加えて、テスタードも常に使徒との直結感覚から解析を続けているが目ぼしい進捗はまるでないレベルだ。得られる値はまるで飛び飛びで、連続性がない。まったく違う風景の写真が現れ続けるようなものだ。これでは分析もなにもない。ここに進展が見られないのであれば、最終的にただ力尽きて負けるだけだ。
その場しのぎの立て直しは、その先に光明を見出せていなければ意味がない。
素材回収隊が引っかけた特殊素材が回ってくれば、少なくともなにかが分かるだろう。
それを、待った。
◆
〝黒帝〟との通信を聞き終えたのちに。
「本当にすべてが最低ランクAとは!」
「それが……何体出てきたのだ!!」
術士本陣では指揮役の上位軍人が何度目か分からない拳で折畳み机を叩いている。
しかし手は止めず。次々となだれ込んでくる情報を学院地図に書き込みながら、取るべき対応を話し合っている。
「いや、何体出せる? これが限度か?」
「そうは思えない。背中の結晶はまだまだ残っているし、伝承も思い出していただきたい。むしろ余力がまだまだあるからこその放出なのだ。……召喚式に集中するための」
「六万の軍勢を与えられし、先駈けなる瞳の尖兵、か……」
「この狭い戦域の中で、もし本当に六万なんぞという数を出されたらひとたまりもない。盛っているのだと思いたいが」
「しかし魔王が自らの存在を人間に認知させるために吹聴していたのなら、分かりません。拘束式と結界で限定されている可能性はありましょうが、楽観は危険でしょう。最低六万として想定しておくべきです」
『スフィールリアより本陣へ。ヒト型の結晶体は結晶密度を変えて、筋肉みたいに硬度を変えられるみたいです。何体か倒しましたけど、その場合、戦士さんのお話だとSランクに近いぐらいになるそうです。胸部コアを潰さないと時間をかけて再生します。それとある一定パターンの攻性術式に弱い構造をしてます。構造計算とデータ一式、送ります』
「分かったわ? ありがとう」
「……」
学院長が返事をしてから。
「優秀ですな。あなた様の生徒たちは。恐ろしくないはずがないのに」
「こういう時は特にね?」
うなづき、一時彼女へ注目していた面々が、再び論じ始めた。今しがたの送信データを書き写しながら。
「最低Aランクのモンスター。特段特殊な能力は持っておらず、肉弾が主だが、攻撃力は高く、また硬い。それが少なくとも三百。厄介すぎる」
「それだけではありません。数は少ないですが、中には最低Sランクになる大型も確認されています。どうやら知能のほぼないAランクの〝兵〟を統率する機能を持つ、〝将〟のような存在であるかと。〝将〟周辺の被害が明らかに大きすぎる」
「優先して潰すべきは〝将〟か。統率をなくせば誘導なりして魔王使徒にも手が回る。早めに人員を後退させたおかげで使徒の攻撃はいなせているが、このままでは前衛が孤立して潰される」
作戦修正が立案されたのは、異変から五分後であった。
地図に書き込みながら、まとめる。
「効果的に〝兵〟を減らし、早急に中衛ゾーンを回復しなければ作戦が成り立たないな。聖騎士隊を中核に精鋭術士で構成した討伐形態を、余裕を持って三班単位で当たらせる。基本的に三角形の陣にて、ある頂点は他の三角と共有し常に補佐を負う。〝将〟を潰したのちに〝兵〟を誘導。あるていど一箇所にまとめた段階で後衛術士勢力にて叩く。〝黒帝〟側があるていど引き受けてくれるようだが、装甲遮蔽体もうまく使いたいな。元の使徒攻撃単位が確保できるまでこれを繰り返す。これでいきたいが、どうか」
一同がうなづく。
「ではその前提で再編成を。今届いた弱点を組み込めば立て直しは可能です。まずは後退した班で適正のあるメンバーを引き抜かせて再編成。順次に聖騎士隊と合流して完成を。取り残されている班はそこで後退し再編成ですね。今すぐ専用の連絡窓口を用意いたします」
ここでフォマウセンが口を挟んだ。
「ひとつよろしい? ――ああ窓口作成は今すぐやってくれてけっこう。その再編成の単位に1.2倍ほどで人員枠を加算してくださいますか? 同じコンセプトで後衛待機勢力も。これは勘なのですが、〝兵〟と〝将〟の機能がこれだけとは思えない。数字の上での消耗率は早まるけれど、なにかあった時に万全に近い状態からフォローに回れる余裕を空けておいてほしいのですわ」
「分かりました」
◆
作戦修正案は即座に実行された。
後退待機していた各班長が本陣よりの指示の元、自分たちの把握しているメンバーの知識と判断で編成を組み直したことで再編成は速やかに完了していった。再編成完了の報告も各自にさせたこと、余った人員はいくらでも他役職に充てられると言えば充てられることなどから、ここの流れはほとんど滞りがなかった。早めに後退を指示して休息が取れていたことも大きかった。
次に結界外に待機していた聖騎士団の交替メンバーを一時前借りして中衛ゾーンを突っ切りつつ奪取する急場の切り込み部隊を編成。後衛術士の援護とともに突貫を開始。
合流して対応できる態勢を取り戻した前衛部隊が盛り返し、状況は開戦直後に近い状態まで回復した。
そして――
「いっくぞぉーーーーー!!」
「うおぉおおオっ!!」
「待ってたぜりゃーーーー!!」
魔王使徒を挟むように、みっつの光点が駆け上がってゆく。
〝白竜皇〟アルフュレイウス・ディウヴォード・パルマスケス。
〝崩壊の砕禍〟ガランドール・ミーズ・バズマ。
〝薔薇の剣聖〟アレンティア・フラウ・グランフィリア。
一瞬とも言える空隙の時間。現在展開戦力中、最大の三人に、同時に動く機会を与えるという失策を魔王使徒は踏んだ。三人はまったく示し合わさずにこの機をつかんだ。
さらなる失策は、初撃の記憶から最脅威と判断したアレンティアを最優先に迎撃しようとした点だった。アレンティアもまた使徒の攻撃の経験者だった。攻撃が『赤き薔薇の長剣』に切り裂かれ、無力化される。
到達する。三人の固有武技が、いかんなく。発動する。
『〝アルコ〟ズ・コラプス』――!
『薔薇の型・茨乙女の抱擁』――!
『城郭崩し』――!
また、これは使徒の失策ではないが……同時発動した三人の武技は相互作用を起こした。
剣から半顕現して、大範囲に渦を巻きながら収束するアレンティアの〝茨〟が、ふたりの武技に込められた〝気〟の効果情報を巻き込んだ。
ガランドールの極大攻撃力が〝棘〟の形となって〝茨〟の数だけ複製される。完全に同じ威力が複製されるのは世界が正しい認識を取り戻すまでの一瞬間だけであるが、その一瞬の妙技の存在を察知してアレンティアが〝茨〟を操作し、威力は顕現した。魔王使徒全体の理論障壁が一斉に砕け散る……だけに留まらず。〝茨〟本来の威力を伴って全身に多重螺旋の斬撃を発生させた。使徒の全体が美しいリンゴの皮むきのモデル写真のようになる。多分の肉ごと抉り取って。
そして、最後に。アルフュレイウスの『剣鱗』の力が収束して消える直前の〝茨〟の力に伝播――乗っ取った。
渦の流れ全体に伝播し収束してゆく、光さえ弱らせる減衰の力が、魔王使徒の活力を奪い取って萎ませる。
〝キィ――――――!〟
それらの渦の中に、魔王使徒は巻き込まれていった。
「返すぞ。アルコが腹を壊す」
着地の前。〝白竜皇〟が『剣鱗』に溜め込んでいた力を解放する。
発生した極大の斬撃が、切り裂かれ、干からび、かさかさになっていた魔王使徒の頂点に直撃。その身の半分ほどまでを断ち割った。
〝…………!!〟
無数に切り裂かれて液体をこぼした使徒の瞳から、光が失われてゆく。地に残っていたすべての結晶の魔人たちが崩れ落ちる。
歓声が上がった。
同時に、予測されていた『それ』もきた。
『減衰ストップ。底面部開眼が開始――タペストリー投射スタート! 条件が合致しました。先と同じ回復術式の発動兆候です!』
◆
『――先と同じ回復術式の発動兆候です!』
ガタン!
とパイプ椅子を跳ね除けて。フォマウセンは机に手をつき立ち上がった。
「きたわね! 全力収集! 気づかれてもいいっ――全観測子をブチ込みなさい!」
「攻撃隊は前に出ろ! ここが隙だ! 底面〝目玉〟にありったけの攻撃をブチ込んでヤツを止めろッ!!」
『全体は今のうちに態勢を取り戻してください! 先と同じ結晶魔人の出現にも備えてください! 補給班用補給を開始!』
まるで人間がくわえたストローと活火山のマグマ上昇ほどの差異を思わせる圧倒的スケール感で、みるみると回復術式が『現れて』ゆく。
フォマウセンはその様子を、モニタリング機器と自らの直視力で感じ取っていた。
「きてみなさい。そのトリック、暴いてやるわ」
◆