囚われているから捉われる
四葉学術都市。
通常であれば、ここには侵入することすら至難の業だった。学徒の子孫は優先的に入学を認められたが、落第生は成年すると叩き出される。それ以外の新入りたちは、世界中から頭の痛くなるような難関テストを何度も乗り越えてやっと、門をくぐることを許された。
俺の妹は車に轢かれてここにきた。
とんだ裏口入学もあるもんだ。
ヘリコプターで学術病院に運ばれた1年前から、生死すら分からなくなっていたのだ。
問い合わせをしても、治療中で面会謝絶。動かすことが命の危険に繋がる、としか回答がない。
「生きてんのか?」
俺は俺の自称許嫁に聞いてみた。
「もちろんよ。」
柔らかく笑って、都花南が答えた。俺は驚いて、彼女と繋いでいた手を離し口元を抑えた。
「……意思の疎通も出来るわ。でもそこまでくるのに10ヶ月かかった。まだ身体状態が良くないの。呼吸器をつけているのよ。だからすぐに学外に出す訳にも行かなかったの。病院側も、あなたには悪いと思いつつ、先が見えずに回答に困っていたのよ。」
「身体に障害があるのか?」
「障害がこれからも残るかどうかは、まだ分からないわ。私たちの治療は世界で類を見ない。だから時として死者すらも治療できる。だからといって魔法のように一朝一夕で治るというわけではないの。むしろ不可能を可能にするのは、とても根気のいることと言っていいわね。今言った通り、身体状態は良くはないし、今は起き上がることもできないわ。でもきっと......四葉以外の病院であったら、望みはもっと薄かったと思う。」
「......頼む......今すぐ会わせてくれ。たった一人の肉親なんだ。」
俺は高まる鼓動と胸からこみ上げる不安と戦いながら絞り出した。
妹のことを何も知らない頃の方が、潜入に集中できていた頃の方が、よっぽど落ち着いていられた。
今は、とても外せそうにない手錠に囚われて、思考が妹の未来のことから逃れられなくなっている。
ベッドの上で呼吸器をつけて一生を過ごすのか?
回復したとしても車椅子?
前のような元気な姿は見れない?
俺は何をしてやれる?
「結婚か......君との......。」
なんという安い代償。目の前の女が大量殺人犯か何かでない限り、意識が戻っている妹に1秒でも会えるのであれば、結婚くらいなんということでもない気がした。
元々不法侵入者。病室までたどり着ける可能性はあまり高くなかったのだ。
なんせ......
「鏑木明樹はあなたの妹の名前ね。」
彼女はもう一度膝をついて言った。
「1年の長期入院で、明樹さんが私たちのシステムに登録されているのを利用し、侵入を試みた。その前に失敗が3回。体力任せ、視察目的、学力テスト。」
彼女は言った。
「今回が一番お粗末だったわね。もちろんそんな手段で侵入なんて出来ない。私が入れてあげたのよ。鏑木明透くん。」
そして彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「入れたなら通してくれ......。妹に会って、治療方針を聞いて、納得したら俺は出て行く。家族なんだ......面会させてくれ......あんたにも家族がいるだろ......」
「思った通り、優しいのね明透くんは。優しすぎるのかも。あなたの不安を取り除く方法を私は知らないわ。」
そういって彼女は不意に俺を抱きしめた。
うつむいていた俺の視界には、地面に向かって伸びる黒髪が揺れていた。
「おやすみなさい。」
彼女がそういうと首もとに電流のようなモノが走り、俺は倒れ込んでしまった。