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好きじゃないから結婚

「私と結婚して。」


目の前の黒髪のセーラー服女子は、膝をついてそういった。


「いいけど、そうしたらこの手錠外してくれる?」


俺の手には左手と右手、それぞれバラバラに黒い輪が取り付けられ、そこに鎖が通っていた。その鎖は首輪につながり、手と首が鎖で一直線に繋がっていた。

何の心あたりがあったわけでもない。起きたらこの無機質なマンションにいて、手錠と鎖に繋がれていたのだ。

正直な話、鎖はそんなにきつくはなかった。余った鎖のたるみは、丁度両肘の下あたりにある、重しに繋がっていた。

重しを持ち上げないと、歩いて移動ができない。


そこで仕方がないので、とりあえず上体を起こし、あぐらをかいて、この状況を思案することにしたのである。

おそらく自分を拘束した相手であろう、黒髪セーラー服女子が、自分の目の前に立ちはだかっているこの状況を。


「いいの? 結婚してくれるの?」


「いいよ。君きれいだしね。もし明日ハネムーンに行けるなら、今結婚してもいいよ。」


「あなた16じゃない。」


「よく知ってるね。とりあえず俺を解放してくれない。」


「それはできないわ。少なくとも今はね。」


「なるほど......それじゃあ、君と結婚して、俺は何を得るの? いやそれ以上に、俺と結婚して、君は何を得たいの?」


「あなたも私も自由を得るのよ。いずれ分かるわ。」


にこりとも笑わず、彼女はそういった。俺は返答以上に、その無機質さがなんだか気に食わなかった。


「この手錠と鎖はカーボン? ずいぶん高価な拘束具だね。もし、君が、金を持っていることが自由だと思っているんだったら......」


俺は利き腕の左手側に落ちていた重しについた取っ手を掴み、砲丸投げの要領で半回転をして目の前の美人の太ももを狙って振りかぶった。

本当は顔とか腰とかが良かったのだが、鎖の長さを計算すると足が精一杯だったのだ。

ところが、足が急にもつれ、踏み出すことができなくなって、俺は前のめりに倒れ込んでしまった。

計画は失敗し、自分の頭が彼女の膝めがけて突っ込む。

彼女はそれを両手で受け止め、自分の膝の上に寝かせた。俺はうつ伏せになったままだ。足は地面から浮かすこともできない。気付かなかったが足にもなにか拘束がされており、磁力か何かで抑えられているに違いない。


彼女は抑えた声で言った。


「あなた、一瞬、私の顔を狙おうと考えたわね。顔はやめて。あなたと結婚できなくなってしまう。」


「あんたのそういうどっかおかしいところは好きだけど、残念だけど結婚の話はなしだ。俺にも条件ってもんがあるんだよ。」


「解放すれば結婚してくれるのね。じゃあ、私たちは婚約中っていうことになるわね。」


「ならないよ。あんたの顔が潰れていても、俺が結婚したいと思ったら結婚するし、君がそうやって取り澄ました顔をしていても、ダメなもんはダメなんだ。あのチャンスは一瞬だったし、あんたはそれを逃したんだ。あんたを傷つけようとしたのに、まだ、俺に執着する理由はなんなんだ。」


彼女の顔はとても強い印象を与えるのに、同様にどこも特筆すべきところがなかった。顔は小さく、肌は白く、鼻は小さく、目も特段大きい訳ではなかった。目尻がつり上がって、聡明そうで強気そうな影響を与えるのだが、顔全体の柔和さがそれを打ち消していた。


「そんなに性急にならなくていいのよ。今すぐ手錠を外すのに、残り何十年の長い時間を賭けることなんて最初からなかったのに。」


そういいながら彼女は俺の上半身を起こした。足はいつの間にか、自由に動く様になっていた。俺はもう一度あぐらをかいて、立ち上がった彼女を見上げた。


「私と婚約しましょう。私がその手錠を外した時、あなたが婚約を破棄するかどうか決めてくれればいいわ。破棄すれば私たちは一生会わない。というより、一生会えないわ。」


彼女の言うことは最もであった。

ここは四葉学園都市。世界に秀でた研究成果を上げつづけ、富と知能が結集した結果、もはや一つの独立国家となりかけている、俺のような一般市民は到底立ち入り不可の要塞都市であった。


俺は数時間前にそこに不法侵入した......はずだった。


「とことん不思議な人だな、あんたは。」


少し不愉快だったのは、彼女は自分の顔が他人に不快感を与えないであろうことを、分かっていてそういう行動を取るように思われていたことだった。だからこそ俺は、できれば顔を殴りたいと思ったのかもしれなかった。

俺は重しの位置をずらして右手を彼女に伸ばし、手を伸ばした。


「俺は鏑木明樹カブラギアキ。そして俺は急いでいるんだ。だから少しだけ話し合おう。」


彼女は俺の手を右手で握って握手した後、その手を左手で包み込んだ。左手はひんやりしていて、俺はすぐにその異変に気付いた。長袖の制服に隠れて全体は見えないが、左手はシリコンで本物に似せて作られた偽物なのだ。


「私は都花南ミヤコカナンといいます。手錠のことは謝るわ。他にあなたのためなら、出来ることはなんでもすると約束するわ。」


「なるほどね......」その言葉の優しさとは裏腹に、彼女全体は偽物のシリコンの左手のように、全体がとてもギクシャクしていた。とてもじゃないが、この大胆な申し出にはそぐわないそっけなさがあるのだった。


「君は知っていたんだね。俺がここに侵入するために、無駄な努力を重ねて来たことを。聞かなくてもわかっているけど、君は俺のことが好きなのか? だから結婚してくれっていうのか? そして俺がここに来た目的を助けてくれるのか」


冷たい能面のような顔が初めて破顔した。

「もちろんあなたのことは好きじゃないわ。だから結婚してくれっていっているのよ。そしてあなたの目的も知っている。生死不明の妹さんに会いたいのね......。それについては、私に出来ることがあるかもしれない」


俺のことが好きではない。その本心を聞いて、むしろ安堵する自分がいた。しかし同時に、彼女が本心を話す時に見せる笑顔が、彼女のつり上がった目尻をぐいと下げた。その親しみある顔と口調は、そして俺の目的への言及は、俺にまるで、この不慣れな土地で最大限の理解者を得たような錯覚を抱かせるのに十分だった。

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