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時と貴方と   作者: 聡川 新
1/1

絵師と仲間と貴方と

偉人は死後、転生し、今は普通の人間として暮らしているー…はずなかった。

※後に内容の大幅な修正があるかもしれません。

歴史はまだまだ勉強中なので、間違っていることがあるかもしれません。

誤字、脱字共にお知らせください。

電車を待ちながら夕飯のメニューはなんだろう、と考えた。

携帯を開いて母親に今日の夕飯は何かとメールした。

一緒に帰る友達はいない。

だって私は今日転校してきたばかりだから。

周りは自分にとってはどうも煩くて馴染めそうにもない。

元々そういう派手な性分ではないし、何より疲れる。

仕事や学校帰りの人混みの中で呆然と、ただ何もせずに立っていた。

すると急に目眩がした。

まるで目の前の景色が歪む、実に気持ち悪い感覚。

さっき一人で食べた弁当のおかずを吐いてしまいそうなくらい気持ち悪い感覚。

そして私は意識を手放した。




どれくらい時間が経っただろうか、私はベッドの上で寝ていた。

辺りを見回すと絵の具や鉛筆、汚れたままのパレット、くしゃくしゃに丸めた紙屑が散乱していた。

一言で言うと汚い。

此処は一体何処で、誰が私を此処まで運んだのだろうか。

まだ少し歪む視界に頭を抱えながら床に足をつけた。

どうやら紙を踏んでしまったようでくしゃり、と音がした。

するとギィ…と扉が開くような、鈍い音がした。


「起きてましたか、具合は如何ですか?」


扉をパタン、と閉めたと同時にお粥をのせたお盆を持って立っていた男が優しく言った。

「空腹のようでしたらお食べ下さい。」

そう言って彼は静かにお盆を置いた。

近くで見ると少し顎髭が生えていて、睫毛は長く、切れ長の細めの目に男かと疑う程華奢な体、長い足…随分容姿の整った、所謂イケメン、であった。

歳はおっさんくらいのようだが…

「あの…」

漸く口を開いた私の声は少し掠れていた。

それに気付いたのか、彼はすぐに水を私に差し出した。

渡された水を一口、ぐいっと飲んでまた口を開く。

「此処は何処ですか?」

「ん?ああ、私のアトリエというか…部屋ですね。」

なるほど、アトリエならこんなに画材が散らかっているのにも納得がいく。

「それで、貴方は?」

「私ですか?いやあ、名乗る程の者では……」

ははは、と彼は静かに笑った。

「教えてください。」

私が真剣な表情で力強く言うと彼はまたくすり、と笑い私の目をじっ、と見た。

「菱川…菱川師宣と申します。」

菱川師宣…?

何処かで聞いたことのある名前だ。

しかし思い出せない…何処で聞いたんだか…

「お嬢さんは…えっと…雛垣、いろなさん?ですよね?」

考えていると不意に名前を呼ばれた。

「えっ、なんで…」

「生徒証ですよ。失礼ながら拝見させていただきました。」

生徒証…あっ、そうだ。

私は確か駅で倒れた筈だ。

目眩と吐き気がして…

「駅のホームで倒れていらしたので危ないから私の部屋に運びました。」

余程不思議そうな顔をしていたのだろう。

彼はにこり、と微笑みながら言った。

「えーっと…」

御礼を言おうとしたが名前をど忘れしてしまった。

うーんと、ああ、そうだった、菱川……ん?

「菱川……」

「師宣です。」

菱川、師宣…

「菱川師宣!?」

私はその名前を耳にした事がある。

確か…

「菱川師宣って江戸時代の絵師で、浮世絵を確立させた…見返り美人図描いた人ですよね!?」

「ええ、はい。」

そこで私は冷静になってふと、なんだ、同じ名前か、と思った。

だが、偉人の菱川師宣も、目の前にいる菱川師宣も画家で、名前も同じ…

なんていう偶然だ。

なあんだ、偶然かーあははーと笑い飛ばす私に目の前の菱川さんは首を傾げて

「いや、私がその菱川師宣ですよ?」

だなんて冗談を言った。

…え?

「だから、私は見返り美人図を描いた菱川師宣です。」

「えっいやでも菱川師宣って江戸時代の…」

「ああ、転生したんですよ。」

転生?つまり生まれ変わったということだろうか?

ああ、駄目だ。

頭が混乱してきた。

「あー…まあ最初は混乱してしまいますよね。雛垣さん、説明しましょう。」

菱川さんの話をざっくり要約するとこうだ。

現代には歴史上の偉人たちが転生し、普通の一般人として生活しているらしい。

その中で前世、つまり偉人であった時のことを明確に覚えている人々がいるらしい。

その人々の中でも三つの派閥があるらしい。

先ず最初に菱川さんが所属する「白樺派」

これは転生した偉人が悪さをしないように言われた人々だ。

どうやら偉人には不思議な力がある人もいるらしい。それに武士だったならば刀を持っている場合もあるとか。

なんてファンタジーな話なんだ。

二つ目は「無頼派」

表では一般人を装っているが、裏で他の派閥に属する偉人の排除、記憶操作などをして世の中を創り直す、と明言している団体だ。

最後に「耽美派」

何方にも属さず、気分や状況によって何方かの味方をして情報を流す団体らしい。

一通り話すと、菱川さんは、ちなみに今すぐ貴方を帰せません、と悲しそうな顔をして呟いた。

理由を聞いてみたところ、今その例の「無頼派」がうろうろしてるらしい。

電波が繋がるようだったので部活で遅くなると母親には伝えた。

気を付けてね、という短い文面と可愛い顔文字が返ってきた。

「無頼派って例えばどんな方がいるんですか?」

話を聞いた時から気になっていた事を聞いた。

菱川さんはうーん、と唸り正確にはわからないと言った。

「正確な数も、面子も解らないんですよね。特にガードが硬くて情報が中々引き出せないんです。」

あ、でも、と何か思い付いたように菱川さんがぽんっ、と手を叩いた。

「確か最近入ってきた新人が中々やり手らしいです。名前は…聞いていませんが…私の友人に依ると、『学生服に学生帽の白髪が混じった青年』らしいです。」

青年?

学生姿の青年なんて其処らに万といるではないか。

帽子を被っていてはその白髪も見えないのだろう。

「おや?」

突然、ブー、ブー、と何かが震えるような、鈍い音がした。

どうやら菱川さんの携帯のようで、失礼します、と言って電話に出た。

盗み聞きするつもりは無かったのだが、ちらほら本当ですか、や、今は何処ですか、などが聞こえた。

少し慌てたような素振りをしており、時折私の方をちらちら見てきた。

何分かして菱川さんは電話を切り、私に向き合った。

「雛垣さん、実は例の無頼派の新人が出歩いてるのを友人が目撃したのですが…」

「それがどうかしましたか?」

「貴方に、同行してほしいのです。」



どうしてこうなったのか…



目の前に横たわるサラリーマン、右隣に菱川さん、左隣には私をじろじろ見ながらなるほど…と呟く二十代くらいの青年。

そして菱川さんの隣には右目に眼帯をした金髪の少女。

なんて異様な光景なんだ、これは!

「菱川君、彼女が例の少女かい?」

先程まで私を舐め回すように見ていた青年が言う。

「ああ、彼女が電話で話した雛垣いろなさんです。」

「雛垣さんか。時に、君は何故菱川君の家に?」

「駅で倒れていたのを助けていただいたんです。」

「へえ、なるほど。菱川君、彼女は君や僕の素性を知っているのかい?」

「一通りは話しました。ざっくりとですが…」

「なるほど。初めまして、お嬢さん。」

すると青年は右手を差し出して握手を求めた。

私は断る理由もないので素直にその右手を握った。

「僕は夏目漱石です。」

夏目漱石!?

その名を聞いたことが無い日本人はいないだろう。

かの有名な「坊ちゃん」や「こころ」などの名作を手掛けた超有名作家、夏目漱石。

その夏目漱石は転生し、今や風変わりな青年である。

「うふふ、まあ普通は驚くよねえ、だって僕有名だからねえ、ねっ、そう思うだろう?新橋君?」

新橋と呼ばれた金髪の少女はええそうですね、と優しく微笑み私の顔を見た。

「初めましてぇ、新橋あかねと申しますぅ。」

新橋さんの話し方は妙にねちっこく、語尾に母音が聞こえるような、そんな話し方だった。

「して、雛垣君。」

夏目さんが私をまたじいっ、と見つめてにやにやとしている。

「この横たわっているサラリーマンは何だと思う?」

そう言われて改めてよくサラリーマンを見てみる。

初めは死体かと思ったが、息はしている。

菱川さんに依れば瞳孔も開いておらず、息もしているらしい。

つまりこれは

「気絶…してるだけですね…」

「だろうねえ、見れば打撲痕もあるが…」

夏目さんがぺろり、とサラリーマンのシャツを捲る。

確かにサラリーマンの腹部には青い痣が出来ていた。

「うーん、菱川君、君ならこれをどう思う?」

「そうですね…誰かに殴られたのでしょうか…?」

「おそらくそうだろうねえ。だとすれば一体誰が?」

「その辺のゴロツキか、無頼派の誰かでしょうかねぇ。僕は後者だと思いますよぉ。」

僕?どうやら新橋さんは自らのことを僕と呼ぶらしい。

「うん、私もそう思います。根拠は特にはありませんが…」

「あの…」

私はおずおずと会話に割り込んだ。

「あ、えーっと、雛垣君。どうしたんだい?」

「無頼派の人って沢山いるんですよね?」

「ああ、まあそうだね。」

「あの…さっきからこちらを見てくるあの人は…?」

そう、会話中私はずっと私達を見つめている不気味な人がいるのに気付いていた。

「え?」

驚いた顔をしながら夏目さんがその人の方を見る。

そしてあちゃあ、と参ったように頭を掻いた。

「雛垣君、もう少し早く言って欲しかったなあ。」

「拙いです。こちらに歩いて来ますよ?どうします?」

どうやらビンゴだったようだ。

遠くから見るとわからなかったが、どうやら学生服を着ているようだ。

頭には学生帽を被っている。

「めっちゃこっち見てますよお」

「凄い迫力で此方に向かってきますね。」

「え?もしかして僕のファンなのかなあ?矢張り僕は現代でも人気者なのだねえ。」

なんであんたらそんな冷静なんだ!

菱川さんは危険な奴らだと言っていたが三人とも随分余裕そうではないか、と呆れていたが、夏目さんがやたら汗をかいているのに気付き、ああ、なんだ余裕なんて無いではないか、と私まで足が震えてきた。

そして学生服の青年は私たちの目の前でピタッと止まった。

「いやあ、いきなり失敬。」

そしてにこり、と笑い手をひらひらし始めた。

菱川さんは少し警戒しながら私を守るように前へ出る。

夏目さんは新橋さんの手をぎゅ、と握っていた。

「貴方は、誰ですか。」

静かに菱川さんが言った。

相手はにやりと笑い、学生帽を脱いだ。

髪の一部が白髪になっている。

真っ黒なさらさらの髪の中、一部だけが、真っ白な髪だった。

「自己紹介が遅れて申し訳ないです。初めまして、僕は、」

彼の口から出た名前は、私も誰もが知っている、その名前だった


「伊藤博文。以後お見知りおきを。」


伊藤博文。

日本の初代総理大臣。

ドイツに留学し、憲法を学んだ偉人。

その伊藤博文が。

「伊藤さん、貴方が此方の男性を?」

菱川さんが横たわっているサラリーマンを指す。

伊藤さんはくくく…と笑いながらまた手をひらひらさせた。

「ええ、僕がやりましたよ?だって彼、酔っ払って周りに迷惑をかけていたんですもん。だから僕が黙らせたんですよ。これは善だ。」

「暴力で解決するのは良くないなあ。実に良くない。」

さっきまで怯えていたように見えた夏目さんは首を振りながら一歩前に出た。

「おや?これはこれは夏目先生ではありませんか!如何なされたのですか?」

伊藤さんは大袈裟に驚いたフリをした。目を大きく見開いて。

「如何もこうも僕は君の敵さ、伊藤君。」

夏目さんは何処にしまっていたのか、扇子を取り出し、ぱたぱたと扇ぎ始めた。

「敵?何故です?聡明で頭のきれる貴方が我々の考えを否定する筈ないと、僕はそう聞いたのですけど?」

「聞いたぁ?一体誰にですかあ?」

黙っていた新橋さんが口を開く。

「君は誰だ?…夏目先生の恋人かな?」

「質問に答えて下さぁい」

新橋さんは少しイラッとしたのだろう。

アスファルトの地面がミシッと音を立てた。

この子は本当に女の子か。

「おー怖い怖い。随分と怪力な恋人ですねえ、先生。」

「彼女は恋人じゃあないよ。僕の大の友人だ。」

友人?

随分と可愛い友人じゃあないか。

少し心配だ。

「へえ、愛されたがりの夏目先生なら恋人の一人や二人、いたって可笑しくはないのに。」

「其れは君個人の中での僕のイメージだろう?」

「嗚呼、話が逸れてきた。話を戻してましょう。」

菱川さんが眉間を抑えながら言う。

そう、問題は夏目さんの恋人の有無でも、新橋さんと夏目さんの関係でもない。

「暴力を以って事を解決するのは如何では、と思いますよ、伊藤さん。」

「ん?夏目先生に気がいって気付かなかったが…お?おおお?」

伊藤さんの興味が無さそうな顔がどんどん笑顔になっていく。

「貴方は!菱川氏!菱川師宣氏ではありませんか!浮世絵を確立されたあの有名な画家!こんなところでお会い出来るとは…!」

伊藤さんはバッと手を広げ大きな声で叫んだ。

「真逆、貴方まで我々に賛同してくれぬとは…残念極まりない!貴方のような天性の才を持つ方こそ我々が求める逸材!嗚呼、勿体無い…!!」

「逸材?天性の才?何のことやら。私にそんなものは御座いません。在るのは汚い誇りだけですよ。周りに流されない、汚い誇り。」

菱川さんは何時もより力強く言った。

すると伊藤さんはまた素晴らしいと叫びながら笑った。

「いやあ、流石菱川氏だ!かっこいいではありませんか。誇りねえ。」

くつくつと笑いを堪えながら伊藤さんは菱川さんを見る。

「嗚呼、最高ですよ貴方達!女性二人も大変お美しい!嗚呼、此処で消えて頂くなんて勿体無い。」

え?

今なんか物騒な言葉が聞こえたような… ......

「そこに転がっている方で遊んでとどめを刺そうと見るとこんなに素晴らしい、消し甲斐のある方々がいるではないか!なんて僕は幸運なんだ、嗚呼、今すぐそこの邪魔者と一緒に消して差し上げますよ!」

伊藤さんは徐に学生帽を被り、横たわるサラリーマンを蹴った。



「痛っ」



ん?

いま痛って聞こえたような…


「……は?」

伊藤さんもきょとん、としている。

新橋さんも夏目さんも、菱川さんも。

勿論私も。

するとサラリーマンは蹴られた腹部を摩りながら立ち上がった。

倒れていたので解らなかったが、随分無造作な黒髪から覗く顔は整っている。

イケメン、というより美人だ。

「んうー、あれ?眼鏡、眼鏡…」

またサラリーマンはしゃがみ込み、眼鏡を探す。

私は足元に落ちていた銀縁の眼鏡を拾い上げ、彼に渡した。

「あの、これ…」

「お?ああ、ありがとう。」

サラリーマンは私に微笑み、眼鏡を受け取り、そのままかけた。

「あっ…」

新橋さんと夏目さんがハモる。

遅れて菱川さんが無表情のままぽんっ、と手を叩いた。

あれは菱川さんが何か思い付いたり、思い出した時の癖なのだろうか?

「杉森さんではないですか。何してるんですか。」

「んう?おやあ?菱川ちゃんじゃあん!何やってんの?あれ?そうちゃんも?あっあかねも!うわあ久振りだねえ」

杉森さんと呼ばれたサラリーマンはぱあっ、と笑って菱川さんたちに話しかける。

「あれえ?見ない顔じゃん!誰?菱川ちゃん彼女出来たの?可愛いねえ、君歳は幾つ?」

「ええっ、あっ、えーっと…」

「辞めないか杉森君。彼女は…」

そこで夏目さんが黙る。

「そういえば菱川君。何故彼女を連れて来たんだい?」

あ、そういえば。

何故菱川さんは私を此処に連れて来たのだろう?

偽善派は危険だ、と本人も言っていたのに。

「後で解りますよ。」

菱川さんが笑った。

「ああもう!!!僕を無視するな!!!!」

ミシィッと亀裂の入る音がした。

伊藤さんの足元に亀裂が入っている。

「僕を無視するな!僕を誰だと思ってるんだ!!僕はっ」

そこで伊藤さんが口を閉ざし、もごもごとする。

何が起こったのか解らず驚いてると、伊藤さんの口元からじわり、と手が浮き出た。

「少々口が過ぎるなあ、伊藤君よお。」

低いドスの効いた声。

まるで周りを闇に包みこむようなオーラ。

「やあ、偽善者ども。新人が迷惑をかけてすまないな。」

猫のような鋭い目付き。

「菱川くーん、君に会えるなんて今日は俺にも神がついてるようだなあ。」

「恋川さん、ではないですか。お久し振りです。」

「恋川…?」

彼もまた偉人なのだろう。

しかし恋川なんて苗字は聞いたことが無い。

「お嬢ちゃん、俺を知らないのも無理は無いよ。余りに無名な者なんでね。」

無名?

「いえ、貴方は立派な偉人です。恋川春町さん。」

「恋川春町?」

私が疑問を口にすると、すかさず夏目さんが説明した。

「恋川春町。菱川君と同じく、江戸時代の浮世絵師であり、作家だよ。本名は倉橋格。酒上不埒という名で狂歌も詠んでいたみたいだよ。浮世絵師としては『金々先生栄花夢』が大ヒットしたみたい。」

「そうそう。現代人は殆ど知らなくてさあ、参っちゃうよ。」

確かに私も知らなかった。

恋川春町という名も、金々先生栄花夢という作品すらも聞いたことが無い。

「俺は名の知れぬ常闇の住民さ。誰かに評価されなくても、名が有名にならずとも、そんなこたぁどうだっていい。俺は唯従順な犬になるまでさ…」

伊藤さんの口元から漸く手を離した恋川さんは行くぞ、と伊藤さんの右手を引いて何処かへ行ってしまった。

不機嫌そうな顔をしている伊藤さんを引っ張りながら。

「一体何だったのか…」

ぽつり、と私は呟いた。

真逆一日でこんなに偉人と会うなんて思っていなかった。

「彼等が偽善派の輩だね、菱川君。」

夏目さんが闇に消えていく二人を見ながら言った。

「恋川とは面識があったのかい?」

「ええ、まあ。」

恋川さんと知り合いだったような素振りを見せた菱川さんは曖昧な返事をした。

「昔色々ありまして。大したことではありませんよ。」

「ふうん、まあ他人のことに脚はつっこまないよ。」

すると新橋さんが夏目さんの服の裾をつんつん、と引っ張り、サラリーマンを指差した。

あっ、そういえばこの人忘れてた。

「お久しぶりですぅ、杉森さん~」

「ああ、久し振りだね、あかね。元気にやってるかい?」

「新橋さん、お知り合いなんですか?」

新橋さんは私が喋らない無口な人間だと思っていたのか、少し吃驚したような顔をして、はい、と言った。

「雛垣さん、此方は杉森信盛さん…近松門左衛門さんです。」

ああ、またか。

近松門左衛門。

江戸時代に活躍した人形浄瑠璃という人形劇の脚本家。

そうか、近松門左衛門の本名は杉森信盛だ。

「今思えばさあ門が二回も名前に入ってるなんてどんだけ門好きなんだよっていうねえ!」

「それ僕も思った。」

「あ、お嬢ちゃん、僕とあかねの関係は後々解るから、今はスルーしてくんない?」

それは別に構わないが、偉人が「スルー」って…

いやいや!そうではない!

楽しく談笑してる場合ではない!

「ていうか帰して下さい!」

いつまで此処に留まるつもりだ。

早く帰らなければ母親が心配する。

いやもう十分遅いのだが。

「ああ、そうでした。雛垣さん、失礼ながら、太ももを見せていただいてよろしいですか?」

は?

「えっ…菱川君…君そんな趣味だったのかい…?」

「何を仰ってるんですか、夏目さん。」

「いやあ、菱川ちゃんは意外と変態、なんだねえ。」

「すっ、杉森さんまで!何を仰ってるんですか!」

菱川さんが目を見開いてぱくぱくと口を動かす。

「違いますよ、雛垣さん、左の太ももをお見せ下さい。決して下劣な事では無いですから。」

今までの菱川さんの行動から考えて、確かにそんなことをする人だとは思えない。

私は制服のスカートを腰まで捲った。

体操着のズボンを履いているので下着は見えない。

まあ恥ずかしいのに変わりは無いのだが。

「し、失礼します…」

そっ、と菱川さんが太ももに触る。

「ああ、ありました。」

菱川さんの人差し指と親指には小さな箱のようなものが挟まれていた。

「菱川ちゃん、なあに?それ?」

「おそらく小型発信機…でしょう。」

「何でそんなものが雛垣さんの太ももにぃ?」

「雛垣さんが倒れていた時に誰かが取り付けたのでしょう。」

「だとしても、何故雛垣君に?付けたのは一体誰だい?」

「恋川さん達が付けたと、私は推測していますが…真相は解り兼ねます。」

そうか、あのまま私を帰してしまっていたら家にあの人達が…

いや、待てよ?

「なら此処まで連れてくる必要は無かったんじゃあありませんか?」

菱川さんの部屋で外して、もっと言えば、私が眠っている間に外してしまえば良かったのでは?

すると菱川さんは申し訳無さそうに、頭を掻いた。

「其れに関しては申し訳ありません…言葉が悪いですが…少々利用させていただきました。一応、巷で暴れている学生…伊藤さんを確認しておきたくて…」

実にすいません、と背の高い菱川さんが私に深々と頭を下げた。

「いえ、お役に立てたみたいで良かったです。」

菱川さんは頭を上げるとにこり、と微笑んで家まで送ります、と言った。

もう辺りは真っ暗だったのでお言葉に甘えて送ってもらった。

母親は残業で今日は遅くなるみたいだ。

台所にラップされていた焼きそばとメモが置いてあった。

メールで夕飯を聞いたのに、メモで返事するなんて。

今度母親にメールの仕方を教えてやろう、と思いながら焼きそばを食べた。

はじめまして。

聡川(さとかわ) (あらた)です。

今回、初投稿になります。不慣れな点はあるかと思いますが、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

よろしくお願いします。


さて、第一話ですが、対立し合う派閥の名前がいいものが浮かばず胡散臭い名前になってしまいました…

そんなこんなですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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