相手の真意
荻原さんは、すらりと背が高くて、中性的な顔立ちの、清楚な人だった。
待ち合わせの店に、先に着いて席に座って待っていた私と目があうと、柔和な笑みを浮かべて会釈をし、近づいてきた。
こちらも立ち上がり、頭を下げる。こうして向かいあうと、その身長差に気圧されそうだ。
お互いに軽く自己紹介をしてから、そそくさと席に着いた。
平常心、平常心。
「すみません、わざわざ」
「いえ、鹿間さんが不審に思われるのも、仕方のないことだと思います」
なんだ、どんな変わり者かと思っていたら、まったく普通の人じゃないの。
いやいや、騙されてはいけない。牧穂の今後がかかっているのだ。何かやましいことでも考えているようなら、きちんと釘をさしておかなければ。
「では、僕がなぜ牧穂さんと結婚しようと思ったのか、その真意をお話しますね」
完全な部外者である私に、一方的に疑いの眼差しを向けられて居心地悪いだろうに、荻原さんはそんなことを微塵も感じさせない落ち着いた様子で、淡々と語り出した。
「牧穂さんからのお話で、ある程度はご存知かと思いますが、僕が牧穂さんと出会ったあの日は、本当に偶然だった。というよりは、神様に導かれたのだと思っています。
僕は、今までの人生で初めての挫折に、焦燥感を隠せなくなってきていたし、とにかく悶々と毎日を過ごしていました。
将来が不安で不安で、もう手当たり次第に面接を受けては落とされて、だんだん余裕がなくなり、自分のこと以外見えなくなっていました。
そんなときに、帰り道で占い師のおばあさんに声をかけられたんです。
普段は占いなんてやらないのですが、もう自暴自棄な状態でした。だから半信半疑で行ってみたんです。そうしたら、牧穂さんがいました。
話しかけたときは、これで就職先が決まるきっかけでもできるのではないかと期待していました。ところが……
いや、あのときは本当に驚きましたよ」
そこで荻原さんは一旦言葉を切り、どこか照れくさそうに視線を遠くへとそらした。
「まったく予想外でした」
「本当、とんでもない子ですよね?」
「はい。でも、すごく清らかな人だと感じました」
「清らか、ね……」
どちらかというと、子どもっぽい、幼稚って形容したほうがあっている気がするけど……
「牧穂さんの家系は、代々神社の神様が相手を決めてくださっているそうですね」
「え? あ、ああ、そうらしいですね」
何? いきなり……
「さすがだと思いました。ああ、だからごちゃごちゃしていないんだなと」
「ごちゃごちゃ?」
「すみません、よくわからないですよね。
話が変わってしまうのですが、サラブレッド、いるでしょう?」
「はあ……」
「どんなに純粋なサラブレッドでも、一度雑種と交わってしまうと、たとえその間に子が産まれなくても、もう純粋なサラブレッドは産まれなくなるのだそうです」
「…………」
「つまり、人間も似たようなもので、一度そういうことがあると、たとえその産まれた子が、遺伝子上はその人の子どもであったとしても、どこかしら以前関わった人の性質が受け継がれていくのだそうです」
何だろう、薄気味悪い。一体どうしちゃったの?
「牧穂さんには、そういうのが一切なかった。代々、神様の教えを守って、貞操を貫いてきたからなのでしょうね」
「ということは、牧穂の家系がその……清らかだから、一緒になろうと考えたと?」
「はい。もちろん、牧穂さん自身もちゃんと見ています。しかし、結婚というのは、二人だけでするものではなくて、そのお互いの家系も一緒にひっくるめてもらうことになると考えています」
荻原さんの顔は、とてもふざけているようには見えない。むしろ、怖いくらい真剣な顔だった。彼の中には、そういう信念があるのだろう。
ゆるぎない信念が。
「牧穂さんと話しているうちに、ああ、僕はこの人と何があっても、どうしても結ばれなければいけない、ほかへは行ってはいけない。そう感じました。
実は、大学に在学中のときにも、本当はいろいろとあったんです。表向きは上手くいっているふうだったのですが。
親類とごたごたがありましてね。思いもよらない不穏な空気が入り込んできました。
自分の中に、こんなにも激しい、忌々しい感情が渦巻いていたことを知りました。
ちょうど、幼い頃から慕っていた祖父が亡くなった直後でもあり、かなり取り乱しました」
荻原さんの顔に、影が差した。親類ともめるのは、たしかに、かなりのエネルギーを吸い取られたりする。心底しんどかったのだろう。
「すみません。こんな話、本来はしないつもりだったのですが……」
「いえ、いいんです。
あなたの本意、きかせてもらえて安心しました。完全に、というわけではないですけど……
荻原さんって、神秘的なもの、信じたり、というか感じたりする人なんですね?」
「……そうですね。
今は昔より、信じています。感じたりすることは、あまりないのですけれど。牧穂さんのときは、ほぼ直感でした。自分でも上手く、説明はできませんが」
「何はともあれ、荻原さんの結婚に対する姿勢が、生半可な気持ちではないとわかっただけでも良かったです。少しは信頼して任せられます」
「ありがとうございます」
そう言うと、荻原さんは本当に、心底嬉しそうに笑った。
私もそれに答えると、もうひとつだけ、質問した。
「今はまだ良いかもしれませんが、長い時間をともに過ごしていると、相手のアラが嫌でも目につくようになるから。
後悔はしませんか?」
すると彼は、緩やかに微笑んで、答えた。
「はい。きっと、後悔しますね」
「は!?」
おいぃ! そこは嘘でも……
「いえ、実は、デンマークの哲学者、キルケゴールが残した言葉に、こういうのがあるんです。
結婚したまえ、君は後悔するだろう。
結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。
どちらにしても後悔するなら、結婚してからともに後悔したほうが良いと思ったんです。
牧穂さんとならば」
結論。
この二人、荻原さんと牧穂は、案外似ているのかもしれない。
ほぼ直感。説明はしませんが!
占いだけに、裏はなかった。
結構な無理やり感ありますね。これが今の作者の限界。悲しい……
荻原さんの正体がわかった人は、私とハイタッチ!