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 ……さて、時をほぼ同じくして、大ブレイク中の人気ユニット《DARK BLUE》のお二方。

 イベンターの運転する車の後部座席にだるそうに身体を預け、眠そうな目で前方を見ながら、立て続けに出て来る欠伸を噛み殺す、金色に髪を染めた青年。彼こそが、世の乙女の憧れとも言える《DARK BLUE》のヴォーカリスト、相川律あいかわりつである。

 そして、その隣で、やはり同じように眠そうにしているオレンジ色に髪を染めている青年が、雑誌の言葉を借りればカリスマ・ギタリストである西沢海斗にしざわかいとだ。

 超人気ユニットとも呼ばれる《DARK BLUE》を構成するのは、この二人の青年である。

 その知名度や華やかな売り文句とは裏腹に、やたら庶民的な様相を醸し出しているのは、彼らの性格によるものなのかもしれない。車内に立ち込めているだらだらとした雰囲気は、とてもではないが、世間で人気絶頂と言われるミュージシャンのものとは思えない。

 大体、普段は太陽が高くなった頃になってようやく起き出すような生活をしているのだ。ツアーともなれば早寝早起きは当然のことだが、夜型生活に慣れた身にはそれが結構辛い。慣れない時間にマネージャーに問答無用で叩き起こされ、二人はまだ半覚醒状態だった。

「う~。眠い……」

 眠気覚ましにミントタブレットを口の中に放り込み、律はぼそぼそとつぶやいた。

 ツアーが始まるのは大歓迎なのだが、この、朝が早いのだけは勘弁して欲しい、といつも思う。それが無茶なことを言っているのはわかっているけれど。

「昨日、早く寝ろって言ったろ?」

 マネージャーの橘圭吾たちばなけいごが、助手席から振り返って説教じみた言葉をかける。それを聞いて、律はバツの悪そうな表情を浮かべ、言い訳を始めた。

 一応、寝不足にはそれなりの理由があるんだという主張だけは、したいらしい。

「寝ようと努力はしたんだけどさぁ、しょーがないだろ。眠れなかったんだから」

「律はいっつもそうだよな。ツアー初日の前日、興奮して眠れねえの」

 くすくすと笑いながら海斗が返し、律をからかうように彼を小突いた。律は憮然として黙り込み、心持ち海斗を睨む。

「……遠足の前の日の子供か、お前は……」

 呆れた様子の橘に、律はムッとして子供のように口を尖らせた。

 彼は、これでも二十代半ばの好青年なのだが、そういう子供っぽい表情や仕草を見せる辺りが、彼の人気の理由のひとつでもある。

 ファンに言わせれば、いつもはカッコいいのに時折見せる子供っぽさがキュート、なのだ。

「うっせえな。ホントに楽しみなんだから、いいじゃんかよー」

 拗ねたように言うと、律はぷいと顔を背けた。

 律は、自他共に認めるライヴバカだった。ライヴとなるとうきうきそわそわ、いつもは緊張症のくせに舞台度胸だけは天下一品。狭いステージを走り回り、観客を煽り、挙句の果てには許容量の限界を超えて倒れ込んでいる。それが、いつものことだ。

 そんな彼が、ツアー初日を前にやたらと興奮して眠れなくなるなんてことは、実を言うと、やっぱりいつものことなのだ。

 二人で《DARK BLUE》としてデビューする前から、いや、そもそも学生時代からの悪友で、一緒にいないことの方が珍しいくらいの長い付き合いの海斗である。ブレイクする前もした後も、全く変わることのない相棒の様子に、苦笑を返すだけだった。

 変わらないのは、嬉しいことだ。

 いつまで経っても、ライヴ大好きでいる律を見るのは、海斗としても楽しくてたまらないことであることに違いなかったから。そんな律と一緒に音楽をやれているということが、幸せだったから。

「……ま、ツアー初日だしね。それはそうと、今日もワンフの皆さんはお揃いですかね?」

 ふと、思い出したように律はそうつぶやく。

 ツアーとなれば付き物の追っかけの皆さまは、きっと、今頃自分たちの到着を待ち構えているはずだ。それが、嬉しくないわけでもないのだけれど、複雑な心境であることも確かだ。

 何しろ、駅だの空港だのは公共の場所。ライヴ会場でならともかくとして、そんな場所で騒がれてしまうのは世間さまのご迷惑。それを理解しているファンはいいが、そうではない傍迷惑なファンもいるのは、頭が痛いが歴然とした事実だった。

「いるんじゃね? それこそ、ツアー初日だし」

 近場だから行きやすいだろうしね、と海斗は付け加える。

 今日の会場は、その日のうちに行って帰って来られるような場所なのだ。ツアー初日は見たいと言うファン心理に、そういう条件が加われば、それなりに人数が増えるのは当然のことだろう。

「んー、でも、平日だからね、それほど人数はいないと見た。学校は休みじゃないし」

 更に条件を挙げて、律がファンの行動を分析して行く。それを受けて、海斗は首をひねった。

「んじゃ、中央抜ける?」

「……中央じゃ人が多いだろ」

「ワンフが? 一般人が?」

「どっちも。でも、俺は別にワンフがいたってかまわないけど?」

「いたってかまわないと律が思っているのは、あの二人組だけだろうが。亜紀ちゃんと奈央ちゃん♪ あの二人、マジで可愛いもんなー。眩しい美少女二人連れっていうのは、正直、目の保養だよ」

 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて、海斗がそうのたまう。

 ここ数ヶ月、姿を見せるようになった、新顔のファンの少女。

 それが、彼らの覚えているところの亜紀だった。

 その亜紀と共にいる少女、奈央は海斗のファンで、律もその顔と名前は覚えていた。どれもこれも同じように見える没個性の少女たちの群れの中で、彼女はひときわ目立つ華やかな存在感を放っていたからだ。

 海斗もそれは承知していて、彼女は彼の中での「お気に入り」と称されるファンの一人だった。

 ろくに読みもしない、読んでいてもいちいち名前など覚えてはいられない、大量のファンレター。その差出人の名前を記憶しているのは、珍しいことだった。そして、それは律とて同じことだ。

 葛木奈央。それが、彼女の名前で。

 そして、その奈央が最近になって連れて来るようになった、もう一人の美少女。今までは一人で行動していた奈央が、自分とは全く雰囲気の違う美少女を連れて来たのは驚きだった。

 いろいろな意味で、彼女は、他と相容れないタイプだと思っていたからだ。

 その奈央が連れて来た少女……亜紀は、海斗ではなく律のファンだったらしい。

 奈央の連れだということから、てっきり海斗のワンフだと思っていた律は、最初に初々しく手紙を差し出された時には、大いに戸惑ってしまったのである。

 何と言うか、今までとは毛色の全く違ったタイプだったからだ。

 それでなくとも、奈央は人を惹きつける華やかな美貌の少女だというのに、そんな奈央に負けず劣らず(と言うか、律の個人的主観からすれば、奈央よりも亜紀の方がランクは上だ)の美少女に好かれて、嬉しくなければ男じゃない。

 それに、彼女たちは律たちの基準からする「困ったちゃんなワンフ」ではないので、その辺りも気に入っているひとつの理由だった。いくら美少女でも、礼儀を知らない相手は嫌いだし、好かれても嬉しくはない。

「ワンフなんて、正直言って、うざいだけだと思っているけどさ。奈央ちゃんや亜紀ちゃんみたいな美少女だったら、問題ないね。むしろ大歓迎。ワンフが可愛い子だけなら、もう少し苛つかずに済むのになぁ」

「言えてるな。礼儀知らずなのは問題外だけど、顔が可愛ければ、まだなぁ……マシなんだけどさぁ……」

「……お前ら、まかり間違っても公の場でそんなことを口走るなよ……」

 二人の交わす会話の内容に、呆れ果てたように橘が口を挟む。

 実態はどうあれ、ワンフは貴重なお客様だ。

 彼女たちがいるからこそ、売り上げがあって、生活ができる。有名税と言うには少し痛いが、そんなことを公に口走られてはたまらない。

 口は災いの元、失言で人気が落ちたり、騒ぎが起きたりするのは勘弁して欲しいのだ。

 その対処で走り回る羽目になるのは、マネージャーである自分。保身に走ってはいるが、ごもっともな橘の忠告を、律と海斗はありがたく聞き流す。と言うか、元より聞いちゃいない。

 こういう奴らなんだよな、と思いつつ、橘は溜め息をつく。

 口ではいろいろとふざけたことを言っていても、音楽に関してはシビアな思考を持つこの二人のことだから、さほど心配することもないだろう。とんでもないことが起きる可能性など、そうそうあるはずもない。

 ……しかし。

 橘の願いも虚しく、後日、騒ぎは引き起こされることになる。

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