Survivors coming across you
Survivors coming across you ☆巡り会う生存者達☆
「初めまして、生存者さんっ」
自分に面向かい破顔する少女に動揺して、とっさに懐から銃を取り出して構える。
「ちょっ、物騒な物向けないでよ。ほら、どう見ても人間でしょ?」
その少女が慌てて手を挙げて自分が無抵抗なのを示す。
確かに、人間だ。
そう思うと同時に銃を仕舞う。
「ほかに、生きてる奴なんかいないと思ってた……」
「私もよ。でも、いたでしょ」
女の子は片手で自分、もう片方の手で俺を指して微笑む。
俺が戸惑いながらもうなずくと、彼女ははきはきと話し始める。
「あなた、見た限りは18くらいかしら?ということは『愚類消化』を生き延びた人間ってわけだ」
「ああ…………」
力なく相槌を打つ。それ以外に答えようが無い。
「特殊なバクテリアが集合した存在、原喰生物が愚かな人類を食い漁って世界をこんなにしてしまった現象。訊きたい事はたくさんあるわ。でも今はこれだけでいい。あなたはその時、何をしていたのかしら?」
この娘が言いたい事はすぐにわかった。
頭の中で必要な言葉を探して順序良く並べる。が、答えようとした瞬間、かなり悪いタイミングで自分の腹が鳴る。
「なあ、女の子さんよ、名前は?」
俺が腹を押さえながら問いかける。
「……立華 楓よ」
「よし、立華。腹減ってないか?俺はこれから飯なんだ。ロクな物も食ってないんだろう? 女の子がそれじゃあダメだなぁ。ほら、来いよ」
とりあえずは話を中断して歩き出す。一度振り返って見ると女の子……じゃなくて立華もちゃんとついて来ていた。話を止めたのが気に食わないのか、バツの悪い表情をしていたが、それでも良しとして俺は歩幅を少し大きくして体育館に向かう。
「驚いたわね……これほど食料の備蓄があるなんて。これなら私達が死ぬまで食べていけるんじゃない?」
体育館に着くなり、脇にある倉庫を開けて中を見せる。
中には、主に缶詰と水が収納されている。
と言っても、立華が言うようにはいかないだろう。そもそも、缶詰だけだと不足する栄養分も少なくは無いのだ。
「定期的にこの辺りの民家の残骸を漁ってるんだ。食料もそうだけども、銃とかの武器とかも集めてるんだ。でも、両方、使えたりするような物はほとんど無いよ」
そう、今いるこの町も、どこだって廃墟しか残っていない。ただ、ある物は使わねば生きていけないような物もある。唯一の助けは、人間の死体が無いことだ。原喰生物は一欠けらも残さずに物質の最小単位でそれらを喰らっていく。そうでなければ今頃俺は外に出る事をためらって死んでしまっていたかもしれない。
「じゃあ、これは全部あなたが?」
「いや……。前はたくさん人がいたんだ、ここには。愚類消化の前後は少なからず。でも、皆死んじまった。そいつらの分でもあるんだよ。これは、前に皆で探して、分け合っていた物だから」
俺がそう言うと、立華は控えめになり押し黙ってしまった。先程まで明るく振舞っていた彼女が急に黙りこくってしまったせいで、辺りが急に静かに思える。いや、実際そうなのだが。
「でも、これだけじゃないんだぜ?地下に妙なスペースがあってな。そこにまだ食い物もあるし、武器だって多少はあるんだな~。これが、結構バカにならない量なんだ」
できるだけおどけた風に言ってみた。第一印象はかなり活発だったが、立華はやはり女の子だ。打たれ弱いのは仕方が無い。それに、これまで一人で来たのだろう。辛くないわけがない。
そこまで考えると、暗い発言をしてしまった自分が憎く思えた。
保存食を二食分取り出して倉庫を閉める。
その内一食分を彼女に渡してその場に座りこむ。腹も減っているし、ここで食べても構うまい。
「……あなたの名前は? 私だけ名乗って、不公平じゃない?」
俺のおちゃらけた雰囲気に少し安心したのか、まだうかない表情だが、立華が俺に話しかける。
「ああ、悪い。暁。暁 椎名だ。よろしく」
乾パンを口に放り込みながら俺が自己紹介を済ます。とても、新鮮な気持ちだった。
「じゃあ、暁くんはずっとこの学校を拠点として必要な物とかの収集に明け暮れているのね?」
缶切りを手渡すと、立華が缶詰を開けながら俺に訊く。
「一応な。おまえも感づいているとは思うが、建物がこんなに形を保っているのが学校以外にあったか? 全部、この異常気象かバケモノ共のせいでボロボロだ。でも、今俺たちはアイツ等に襲撃されることもなく生きている」
乾パンを平らげて、豆の煮汁の缶を開けて一気に腹に流し込む。
「どうしてこの学校が安全と言えるのかしら?」
「そこまで断言はできないさ。ここが何か特別な場なのか、それとも、バケモノ共の気まぐれか、これっぽっちも検討はつかないんだ」
肩をすくめて俺が言う。事実、俺はそれなりに長い間この学校にいるが、わかることなど無かった。
ふと目をやると、立華は手を止めて何かを呟きながら考え事をしている。
「暁くんは愚類消化の時、何をしていたの……?」
しばらく黙っていると、立華が俺に問いかける。やや控えめな言い方で。
その質問に、自分の中にある『穴』を感じる。
「――――――覚えてない。目が覚めたら変な施設にいて、近くに手紙と地図が置いてあった。そこに書いてある通りに歩き続けた。そうして学校にたどり着いて、すでにこの場所を拠点にしていた人達に助けてもらったんだ」
そう、つまり俺には目覚めるまでの……愚類消化の時やその前の記憶が無いんだ。
小声で何かを吐き出すように告げる。
立華は目を見開いてから言う。
「……だいたい話の道筋は見えたわ。あなたが目を覚ましたのは愚類消化後で、この学校は生き残った人が集まる場だったのね」
「だろうな」
空気がまた重苦しくなる。
「ねえ、暁くん。地図と手紙って言ったわよね? その手紙には何て?」
これ以上あまり話したくなかった。だから、自分のポケットから古い紙切れを取り出して手渡す。
受け取った紙を立華が小さな声で読み上げる。
「これが……『椎名、目が覚めたらすぐに逃げなさい。一緒に置いてある地図の場所に行けば、たくさんの食料と武器の備蓄があるはずだ。最後に、父さん達を許しておくれ。親としてやれることはした』これって、あなたの両親からなの?」
息を大きく吸う。
「まあ、うん。そうだと思う。後で調べたよ。暁 翔英と未来って名前の教授らしいけど」
手をいじりながら答える。そもそもこの話題に関しては良い気はしない。
この事を考えると、自分の中にぽっかりと空いた『穴』について考えねばならない。
第一、記憶にも無い親の事を考えると様々な気持ちが揺らぐ。そんなのが良いとはちっとも思えなかった。
「ちょっと待ってよ。暁夫妻教授ってあなたのご両親のことだったのっ!?」
「なんですか、それ?」
俺がすっとんきょうな声で聞き返したからか、逆に立華は俺が言っていたことが本当だと信じたようだった。
「……本当に記憶が無いのね。疑ってたわけじゃないんだけど。有名なのよ。天才夫婦が新しく発見されたバクテリア……要するにEE27のことだけど。そのバクテリア研究の日本での第一人者なのよ」
立華が興奮した表情で膝をすって近づいてくる。
「なあ、嬢ちゃんよ。そんな事はとりあえずどうでもいいや。頭に無い事を追及する必要はあーりません。これっぽっちも、な」
ぴしゃりと話を終えて立ち上がる。
「立華、おまえ一応はここに残るんだろ?」
「えっ…………?」
立華が俺が言い出すことに身じろぎまでして驚く。
その反応は多少気になりはしたが、とりあえず続ける。
「ここなら、少しの安全の保障はできるし、食料や武器まであるんだ。何も、わざわざ出て行くことは無いだろ?」
言いながら立華に歩み寄り、手を貸して立たせる。
肩をすくめて笑いかけると、少女はポカンと口を開けて小声でつぶやく。
「いて、いいのかな? ここに、私が……?」
さっきまでのはきはきした話し方とは対照的な言い方だった。
「ダメ、なんか言わねぇよ。夢にも見た女の子だ。これで種族繁栄の可能性が新たに浮上だ」
場を盛り上げる冗談のつもりで言ったのだが、何の反応も無い。
……あれ、もしかしてワタクシ、スベりました?
しばらく掻いたことのない汗が体中から滲み出る。体内の水分が抜けていくのを感じた。
「……っか、いや、無理に引き留めもしないが、歓迎はするぞ」
汗ばんだ手を差し出すと、立華はゆっくりとその手を握り返してきた。
手が触れた途端に、他人といることの温もりを感じた。いつからかずっと忘れるはずだった感触だ。
「そう、ね……なら、お言葉に甘えようかしら。缶詰、美味しいし」
「缶詰目的かよっ」
立華が声を上げて笑う。本当に楽しそうに。
その笑顔を見ていると、心から俺は嬉しいと思った。
壊れてしまった世界で、出会うはずのない二人が出会い――――――――
壊れたはずの歯車が再び回り始める。
この世界の物語は、再び終わり、始まろうとしている。
行き着く『果て』は―――――――――――




