4th
ご迷惑おかけしました。最後に更新したの七月って……
「ねぇ、ねぇっ……」
女の子の声が聞こえた。立華だろうか。
「ねーってば、アッキー!」
違う、まただ。また、俺は夢を見てるのか。忌まわしい、あの夢を。
2084年10月27日 10時05分
「おいっ、ボーっとすんな、暁!」
「―――っ!すんませんっ……」
「アッキー、右足狙って!」
三人して銃を構え、一体のバケモノの右足を狙って一斉射撃を開始する。
一箇所にダメージを集中させた為、原喰生物がバランスを崩して横たわり、体ごとバタつかせてもがく。
そうなった瞬間に、また三人同時に狙いを胴体に絞る。
弾を切り替える行為を三人で絶妙なタイミングで行うため、降り注ぐ弾丸には一切の隙は無い。まるで、遥か昔の戦国武将のような戦略で。ここまで一方的な交戦に持ち込んだ時点で、彼らの勝利は揺るがないだろう。
そして、その少し後には原喰生物は動かなくなった。
「ふぅ~、ひやひやさせんなやっ、暁コノヤロー」
息をついて銃を降ろした暁に軽く拳で鉄槌を下して先輩が彼をしかる。
「すっごいよ、アッキー。アタシ達、初めての任務で原喰生物討伐に成功しちゃったんだ!」
「そうだなぁ、小鳥遊の指示と状況分析は相変わらず正確だった。助かっちった」
「うおいっ、二人して無視すんなやっ。先輩、泣いちゃうよ~」
三人して笑う。学校で触れ合う皆が皆、俺は大好きだったけど、この三人は俺にとって特に掛け替えの無い人達だった。記憶の無い俺にとって、それは今、心に残る唯一の思い出であり、大切なモノだった。
そして、俺はこれから失うんだ、それを。いや、それだけじゃない。自分をも、失う。
眩しい夕陽に、目を覚ます。
冷や汗が額を滑り落ちる。それでもいささか安心していた。自分は再び見ないでも済んだ。あの続きの……あまりに残酷な血の流れを。
少しの間そのまま黙っていると、なんとか落ち着いてきた。
そして思うのだ。自分はやはり笑って生きなければならないと。そんな義務も、責任も無いのを自分はわかっているのに。そんな事をしても、あの二人は……皆は戻って来ないのを、重々わかっているのに。何よりも、自分が一番理解している。何かが彼を突き動かしているのだろう。
決して、美しくない。ただ、血に濡れた記憶が。
――――死ぬ恐怖を知るのは死者だけ、いなくなっていく時の流れを知るのは、残された奴らだけ……なんだよ、きっと。俺達が感じている恐怖はほんの一部なんだ。もし本当にその命が尽きた時に、その『真』の恐怖を知るのは消えていく人なんだ。だから、俺達はただ楽観していればいい。それは知るまで気にすることぁ無いってことなんだから……
さすがにそこまでのポジティブシンキングは無理ですよ、本多先輩……
そう答えた自分は愚かだったのだろうか。
今じゃその正しい答えはわからない。いや、そもそも正しい答えなど存在するかさえ危ういのだから、そんなことは関係ないのだろう。ただ、たったの一週間で多くの人から学んだ事を思い出す度に、頬が濡れる。それが、今自分が生きているという証だ。
だったら、俺の意思は決まってる。歩め、彼女と共に。楽しかろうが、苦しかろうがそれは俺の記憶だ。それを、俺は捨てたくない。これ以上、失いたくない。だから、まだ俺は死なない。
きっと立華も同じ思いだ。
わざわざ暁が昼を抜いてまで、彼女に時間を与えたのは考えて欲しかった。これから自分達は何を始めるのかを。
苦い思いで保健室を後にして、食事を手に図書館に向かう。
正直どんな顔をして彼女に会えばいいのかわからなかった。やはり、笑うしかないのだが、笑えるかが不安だった。あの少女の顔を見て、自分も『笑っていれば良い』などと言えるか、実のところ自信が無い。
図書館の扉を押し開けて、中を恐る恐る覗くと、少女の寝顔が遠巻きに目に入る。
どうやら、考え込んだ末に疲れて眠ってしまったようだ。日記や本が何冊か散らばっている。昼前は本当に情報の取得に費えたのだろう。
そして、彼女の寝顔はたまに苦痛に歪められた。安らかな寝顔が苦しみに抗うような表情になるのは、見ているだけでこちらまで悲しくなるようなものだった。
これ以上見ていられなくなり、暁が立華の肩を静かに揺らす。
「おい、立華。起きろよ、ほら、晩飯持ってきてやったから……」
しばしそれを続けると、虚ろな瞳がゆっくりと開く。
「あ――――暁、くん?」
「そーだ。ほら、もう外は暗いんだぜ。飯食って寝よう。明日からは半端な気持ちじゃいれない」
「うん……助けるんだよね、私達が」
うつむきながらも、彼女には迷いが無いということがわかる。
ただ、これからの生き方は決して、口にしているほど楽じゃない。それも、暁はわかっている。立華の強さで、それをやり遂げることが不可能じゃないとしても、そのものを楽観視は難しい。
「それは、何の為なんだ?」
うつむく少女に吐き出すように疑問をぶつける。
「何のって、生きている人の為に、でしょ」
「どっかの本で読んだことがある。人の為って書いて『偽』と読むんだぜ」
俺がそう言うと、少女ははっとして顔を上げる。
「……それでもっ―――――――」
「これは戒めだ!俺達が明日から何をどうやって、どんな思いでそれに当たるか。俺達は人の為になんて気軽に口にしちゃならないっ。どんなに背伸びをしても、俺達はまだガキだ、ただ生きている世界が腐っているだけの、ガキだ」
「私は偽りなんかじゃないっ……私の思いは偽りなんかじゃ―――――――」
「そうだ。だからこそ、俺達は自身を戒め、偽りだと言わせないようにするんだ!それを選んだんだ。覚悟を決めろ。命を賭けて、他人を救おうなんざ、そうできるもんじゃない。さっき言ったように、俺達はまだガキだ。それでも、ガキでいていい時間はその内終わる。ガキならガキなりに武器を取る。それが俺達の選択」
思い出される。苦い思いで先輩に説教され、小鳥遊に励まされる。それでも、周りは皆俺のことを大切に思い、いっしょに生きたんだ。だから、その皆がいなくなってしまった今でも、からっぽだった頭にもらった多くの記憶は、どれも胸を張って語れる。だから自分は、こんなにもはっきりと彼女の目を見て言える。
「―――――ええ……そうよね。その通りだ。私達は選んだ。でも、後悔はしてないし、する気もないわ。だから、あなたの手を貸して欲しいの」
そんな暁の意志を読み取ったようにその瞳を見返し、言葉を発する。
「ああ、承知したよ。お姫さん」
その後、その場で夕食にした。二人ともほとんど声には出さずに唸っているような難しい顔をしているが、特にもう考えられることは無いと、割り切っていたりもしている。
ひとしきり非常食を食べ終えてから、ようやく立華が息をついて話し出す。
「でもね、暁くん。私はそんなに悲観しているわけでもないのよ」
「と、言いますと?」
口いっぱいに缶詰を口にほうばりながら暁が訊く。
「私ね、さっき寝ちゃうまで考えていたのはね。チームの結成、についてなのよ」
「ちーむ……って?」
今度こそ本当に何を言ってるのかわからなくなり、首を傾げて少女をまじまじと見る。
「だからね。私達の活動は目的や意義があるからこそやれる物じゃない?」
「ふむ」
「つまり、モチベーションをあげる為にも、何らかのチームを結成するのよ。過去に政府がやっていたクソみたいな組織ではなくて、私達を中心とした物を、ね」
誇らしげに胸を張って、少女が言う。
これで彼女が言いたい事はわからなくはないが、正直、苦笑いしかしようがない。
「えっ、何。おまえ、人が心配してあげた時間にそんな事考えてたのかっ?」
苦笑いだけでは済まなくなり、とうとう大声を上げてしまった。
それだけではない。
「―――――俺、おまえのネーミングセンスに期待を全く持てないんだが」
「なっ、何よ。私のネーミングを知りもしないくせに」
「いや、なんつーか。お約束?」
「ずっと考えてたのにっ。じゃあ、暁くんなんか言ってみなさいよっ」
ムチャ振りもいい所である。
「うーむ……チーム・アカツキってのは―――――」
「―――――汚い」
「感想それだけっ!?つーか扱い酷くねぇ!?」
「私が思いついたのはね。何個かの単語の頭文字のアルファベットを取って繫げるみたいなのがカッコいいかなって考えたの」
もはや子供同士の遊びのような会話である。
「じゃあさ、S,S,Jっつーのは?」
「存外……少しカッコいいわね。何の略?」
「はははっ、スーパーサ○ヤ人っ」
「いい加減にしないとそろそろ捕まるわよ」
「一体誰に言ってるの~~?」
たぶんワタクシである。
――――暁が意見を出しまくり、かれこれ言い合って一時間。
「じゃあ、立華はなんかあんのかよ?」
「ええ、あるわよ。T,B,M」
「なんの略なんだ?」
「食べ盛りの、バケモノ共に、負けるな。なんてね……」
「思いの外普通だな――――――」
ここに、初期メンバーたったの二人で、チーム『T,B,M』が(あっさり)結成されるのであった。
「やっぱり、チーム・アカツキは―――――」
「―――――気持ち悪い」
「ひでえっ!」




